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時の旅人 二八

 尋人は、どこに呼び出されたと誰かに言うことはなかった。

 だが、尚也は最初の電話を聞いていた。

 尋人に掛かってきた電話に、少年が聞き返していたこと。


 ――…あの日の続き……?


 あの日の続き。

 その意味を、中流は知りたくなくとも気付いてしまった。

 全ての成功を失った連中が、もう一度、栄光を取り戻す為に始めるなら、あの夜、尋人を自殺に追い込んだ場所でしかありえない。

 何か手掛かりはないかと、尚也に改めて電話し聞き出した情報から、ここだと確信した中流は走った。

 尋人のことだけを想い、走った。

「菊地の言うとおり…、その腐った根性どうにかしろよ下種野郎……っ!」

 怒鳴り、尋人を組み敷く男に強烈な拳を振り下ろして殴り倒すと、すぐに尋人を抱き起こし、その腕に抱き締めた。

「…っ…」

 衣服は乱れ、ところどころに擦り傷や殴られた痕はあったが、…間に合った。

 今度こそ、間に合った。

「尋人…っ!」

「………っ」

 強く、強く抱き寄せて。

 一つ、深い息を吐いた。

 そうして顔を上げ、今度は菊地を押し倒している男に言い放つ。

「放せ」

「…っ」

「そっちの男も! 今すぐに菊池を放せ!!」

 五人を相手に凄む中流だったが、数にしても体格にしても、自身の不利は否めない。

 ましてや尋人と菊地、二人の少年は絶好の人質だった。

 相手もそれを判っているから、菊地から手を離そうとはしなかった。

「この人数見て言ってンのか? 痛い目、見たくなきゃさっさと失せろよ、それとも見学してくのか?」

 一人の男が言って嘲笑すると、それは連中の間に漣のように広がっていく。

 中流を無謀でバカな奴だと罵倒する。

 だが、本当の愚か者はどちらか。

「…俺が一人で乗り込んでくると思うか?」

「なに…?」

「おまえらみたいな卑怯者が何人もいるって判ってて一人で来ると本気で思ったのか? いくら俺だって、そこまで命知らずじゃない」

「そういうこと。ココの一族に声掛けられたら、集まる連中って半端じゃないよ?」

「!」

 中流の言葉を補うように、その声は突如割り込んできた。

「その節はどぉもぉ。――っつって憶えてる? お店の再建はまったく進んでないようですケドね、エータさん」

「……っ!?」

 楽しげな笑いを交えて言うのは、城島という青年。

 中流の従弟・大樹裕幸の学校の先輩であり、あの日、中流の兄達とともに三十人前後の仲間を引きつれ、男たちの店を再建不可能なまでに叩き壊してきた人物だ。

 と言っても、エータ達本人に覚えはない。

 そのときの記憶は、ある種の呪いによって全て忘れさせられているのだから。

 あれだけ酷い目に遭ったんだからショックで記憶ないかもね――…、何食わぬ顔で城島にそんなことを言ったのは中流の実兄・出流だった。

 そして今、建物の内外に集まった兵は十数人。

 尚也から情報を得た中流は、すぐに裕幸に連絡を取り、誰かすぐに敷明小路に来れて手を貸してくれる人物はいるだろうかと尋ねた。

 さすがに複数の男たち相手に――そのうえ尋人と菊地を人質同然に取られている状況で勝てるとは思わないし、自分のために誰かが傷つくことなど決して望まない尋人に、殴り合う場面は、出来ることなら見せたくなかった。

 そうして集まったのが彼ら。

 あの夜も力を貸してくれた城島達が、何も聞かずに協力を承諾してくれたのだ。

「エータさんね、敵に回した相手が悪かったンだよ」

「ンだと…っ!?」

「ま。悪いことはしないにこしたこともないけどさ」

「はっ、今は腑抜けたみたいだがオマエにそんなことが言えるか!? 城島!! オマエらだって何して生きてきた!?」

「ん〜、それ言われると何だねぇ」

 クスクスと笑う城島は、前に出ようとした中流を制し、ウィンク一つ。

「あの連中は俺達に任せなさいって。こっちにはこっちのやり方があンの。アタっちが関るこっちゃないよ」

“アタっち”って誰のことだ…と頭の片隅で思いながらも、暢気に笑っている城島の、瞳の奥に見え隠れする不穏な気配を感じ取って、素直に聞き入れる。

 任せろと言うなら任せよう。

 それを、彼らが望むなら。

「とりあえずね、その可愛い子二人、解放してくれる? エータさん、まさか俺達全員相手にして勝てるなんて思わないよね?」

「…っ」

「せっかくの機会だし、こっちはこっちで決着つけようよ。その方がまだ生き残れる可能性あるしさ」

「…どういう意味だ…っ!」

「言ったしょー。敵に回した相手が悪かった、って。アンタだって【大樹】の名前くらい知ってるよね? 商売してンなら【大樹】にもれなくついてくる二大財閥だって知ってるしょ?」

「――」

「クラハシヒロトの恋人が誰なのか――アタっちのバックに誰がいるのか、もう少し調べておいた方がヨカッタよね?」

「まさか…っ」

「この人【大樹】のお坊ちゃまだよ?」

 驚愕し、目を見開く連中に、城島は薄く笑う。

「ね? “商売”巧く行かなくなるわけだよね」

「……っ」

「ぁ…」

 唐突に、菊地を押さえ込んでいた力が緩み、男達は放心したように、その場に座り込んでしまった。

 自分達が何を敵に回したのか、彼らはようやく思い知ったのだ。

「じゃ、行こうか」

 ニッコリと笑った城島は、仲間に合図し、五人の男達をそれぞれに抱えて、その部屋を順に後にした。

 残るのは尋人と菊地と。

 中流と、城島。

「…連れてってどうするんだ?」

 止める気はなくとも、多少不安も残る中流が城島に尋ねると、やはり彼は笑う。

「言ったしょ? アタっちは関ることじゃないよって。心配しなくても流血騒ぎにはしないさ。…まぁ、ちょっとは自分達が今までしてきたことを実体験して貰おうかな、と思うけど」

「実体験…」

「そ。二度とこんな商売に手ぇ出せないように脅迫材料くらいは取っとこうと思うんだ。…いざとなったら、現像はアタっちにお願いするからね」

「…見るに耐えないものは持って来ないでくれ」

「あははは、それ俺達も見たくないよぉ」

 じゃあね、と手を振って、仲間達の後を追う城島。

 この建物を出るのではなく、階段を上がって行く彼らは、この上階で何を仕出かすつもりなのか―――。

「…菊地、大丈夫か?」

「ぁ、…ああ」

 菊地もようやく自分の足で立ち上がり、脱がされ掛けた衣服を整える。

「悪かったな、遅くなって」

「いや…、それより、なんで俺のこと…」

「尚也に聞いた。この場所も、尚也から教えてもらったようなもんだ」

「…さっきの人達は?」

「従弟…裕幸や時河に会ったんだよな? あいつらの学校の先輩だった人達だ。あいつらのこと気に入ってるみたいで何かと協力してくれるんだ。今もたまたま敷明小路にいたからって、近くにいた仲間を呼び集めて来てくれた。…もう、大丈夫だ」

 答えて、中流は尋人を見る。

 腕の中。

「尋人…、大丈夫か」

 一言も発さない少年は。

 …ようやく、この腕に抱き締められた恋人は。

「……っ…放して下さい…」

「――尋人?」

「放して…っ!」

「…っ、おい!」

 自分を突き飛ばし、逃げようとする尋人を。

 腕を振り解き、遠ざかろうとする彼を、中流は慌てて追いかけ、その腕を取り押さえる。

「尋人!?」

「放して下さいっ、もう…っ……もう呼ばないで…っ」

「――どうして…っ」

「どうして!? だって…っ……だって、じゃあどうして僕は生きているんですか!!」

「!?」

「僕は死ななきゃならなかった! いなくならなきゃダメだった!」

「なんで…っ」

「僕がいたら先輩が犠牲になる!」

「――!」

「先輩が守ってくれたもの…っ……大切にしてくれたもの…っ、僕は自分で守れなかった………!!」

 あの夜。

 中流が想い、慈しんでくれた気持ち。

 大切に抱き締めてくれた心。

 ――中流に応えられるようになる前に、何一つ残らず壊れてしまった。

 自分のものなのに、自分自身が守れなかった。

「貴方が僕を嫌ってくれる人なら良かったんです…っ……こんなふうに汚くなってしまった僕から顔を背けて離れていってくれるなら……っ…先輩に大事に想われるのに相応しい人を見つけてくれたら……、そしたら…っ」

「バカ言うな!」

 中流は尋人の腕を引き、真正面から少年の目を見て怒鳴った。

「なんでそれで俺が犠牲になるんだ! おまえを好きでいるのはそんなに悪いことか!? 尋人と一緒にいたいと思うのが、そんなに悪いことか!!」

「僕は貴方の傍にいられない…っ……」

「尋人!」

「僕だけ“幸せ”だって貴方の隣で微笑ったりなんか出来ない……!!」


 ――…俺の隣で、幸せだって、微笑ってくれ………


 中流はそう言ってくれた。

 自分は中流のために何も出来ないと泣いた尋人に、彼はそう言って。

 自分の隣で“幸せだ”と微笑ってくれるなら、それだけで自分も幸せだからと、微笑った。

 だけど、こんなことになってしまって。

 中流が守った“尋人”はいなくなって。


 ――…それでも「好きだ」と言ってもらえたら、僕は幸せだけれど……

 ――…変わってしまった僕が貴方の隣で微笑って……それでも貴方を“幸せ”に出来るんですか………?


「僕は、先輩が守ってくれた“尋人”じゃないんです…っ…“尋人”じゃない……!」

「……っ」

「僕は“尋人”じゃない……っ!!」

 どんな言葉も。

 想いも。

 中流から注がれるべき“尋人”は、こんな汚い自分であってはならないから――。

「……んでだよ…」

 泣き出す尋人に、中流もまた顔を歪めた。

 どうしてそんなことを言う。

 …なぜ、自分は尋人にこんなことを言わせているのだろう。

 辛いし、痛い。

 けれど同時に、尋人から初めて「好きだ」と言われた日を思い出した。

 目に涙を浮かべて、同性しか好きになれない自分を恥じながら去ろうとした。

「好きなんです」と言いながら。

 こんなに、全身で中流を好きだと叫んでいるのに、自分は貴方に相応しくないと逃げたがる。

 ――…変わっていない。

 君は、あの頃と何も変わっていない……!

「おまえが尋人じゃなかったら、尋人はどこにいるんだ」

「…っ…死にました…、あの晩、死んだんです…っ」

「死んでなんかない。尋人は生きてる。…ここにいる」

「違います…っ…僕は尋人じゃ…」

「おまえが尋人じゃなかったら抱きしめたいなんて思わない」

「…!」

「今、俺が何を考えてるか判るか? 抱き締めて、キスして、今度こそ二度と離れていかないように俺に縛り付けたいって思ってる」

「…っ…」

「尋人にしか、そんなことは思わないよ」

「…アンタ、それはどうかと思うぞ…」

 遠慮がちに口を挟む菊地に、中流は笑う。

「黙ってろよ、正直、おまえは気に食わないんだ。俺が一緒にいられなかった時間、尋人とずっと一緒にいたんだからな」

「…けど話した内容は半分、アンタのことだったよ」

「き、菊地君…!」

 苦笑交じりの菊地に、尋人は動揺し、中流は笑顔になる。

「尋人、俺はおまえの“心”が好きなんだ。どんな暴力にも屈しない真っ直ぐな心、いつだって人を思う心、素直な心、意地っ張りで強情で、臆病だけど、…ちゃんと前を向いて行こうとする心」

 一緒に過ごした時間は半年に満たなくても、いろいろな君を見てきた。

 感じてきた。

 毎日、どんどん好きになっていった。

「…あいつらが、おまえに何したって、心は変わってないだろ?」

「…っ」

「それとも心も変わったか? 困っている人を見たら放っておけるのか? 家族なんかどうでもよくなったか? 嫌な事があったら投げ出すようになったか? ――六条中流のことなんか嫌いになったか…?」

「…ずるい……っ」

「ん?」

「先輩…すごく意地悪なこと言ってます…っ」

「最後に会った日も、俺にそう言ってたな」

「……っ」


 ――…今日の先輩、何だかすごく意地悪です……


 それは、大好きな君への愛情の裏返し。

「好きだ」

「先輩…っ」

「尋人が好きだ」

「……!」

「好きだよ。もう、尋人のいない時間は耐えられないんだ。…一緒の時間に帰ろう。また俺と付き合おう。――ここから二人でやり直そう」

「…っ…ぅ…」


 ――…今度こそ幸せになることを、二人で、私とお父さんに約束してちょうだい……


 不意に蘇える母の言葉。


 ――……六条さんと逢って、もう一度やり直すことが出来たなら、…その時には二人で家に帰ってらっしゃい………


 両親との約束。

 二人は“六条中流”を知っていたから、複雑な心境ながらも、そう言って送り出してくれたのだろうか。

「先輩…っ…」

 僕でいいんですか。

 ……こんな僕で、先輩は幸せになれますか…?


 その答が、この腕なら。

 抱き締められた温もりなら。

「すき、です……」

「尋人」

「先輩と一緒にいたい……!」

「…お帰り」

「っ…ぅ……っ…」

「お帰り尋人…っ!」

 抱き合う二人。

 流れる涙と、毀れる笑顔。

 あの日から分かれてしまった道。

 それぞれの時間を、それぞれに旅しながら、随分遠回りをしてしまったけれど、辿り着いた場所は間違いではなかったと信じている。

 こうして二人、もう一度、出逢えたから。





 ◇◆◇



「…」

 抱き合う二人に、微苦笑して。

 菊地はその場を静かに後にする。

 そういえばあの連中は、城島達に連れられて上に行ったんだっけ…と思いながら、階段を見上げた少年は、今頃そこを上って行く細身の少年の背中を見た。

「…!」

 まさかと思った。

 だが、その後姿は。

「修司!?」

「―」

 ふと彼の足が止まる。

 だが振り返ることなく、また上って行く。

「修司! おまえ修司だろ!?」

 追いかけると、相手は歩調を速め。

 ざわざわと騒がしい部屋を目指して走り出した。

「おい!!」

 刹那、少年が上着のポケットから取り出したのはナイフ。

「修司!!」

 菊地の大声に、城島達も顔を上げ、だが何が起ころうとしているのかなど判らず、動くに動けなかった。

 その隙を、滝岡修司は迷わず駆け抜け、たった一人の男を目指して突き進む。

「…っ! 修司止めろ!!」

 彼の先にはエータ。

 彼らの商売の中心人物で。

 あの夜、尋人を辱めた張本人。


「修司――――!!!!」


 菊地の叫びなど、何の意味も成さず。

 修司が握っていたナイフは男の胸部を突き刺した。

「おい!?」

「マジかよ、なんで!?」

「ちょっ…救急車!」

「おまえ…!」

 血を吐く男を、少年は見下ろす。

 周囲のざわめきも、動揺も。

 少年には聞こえていない。

「修司!」

 菊地が怒鳴る。

 肩を掴む。

 返された言葉は、…だが彼の独り言か。

「償い方なんか…知るか……」

「修司…」

 サイレンが響く。

 内も、外も。

 何事かと人が集う。



「滝岡…っ!?」

「…滝岡君……?」

 中流と、尋人が、その名を呼んだ。

 少年は一度だけ足を止めたが。

 …振り返ることなく警察車両に乗ってしまった。

 彼は、そのまま二人の前から去っていった……。





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