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時の旅人 二七

「っ」

「大人しくしろよ」

 乱暴に背中を押され、突き飛ばされた先にはアスファルトの地面。

 廃墟になって久しいらしく、寂れた雰囲気は、決して清潔とは言えない状態と相まって非常に陰鬱としていた。

 中流との電話を切った尋人は、そのとき既に目的地の近くまで来ていた。

 中流の声を聞いたせいで、泣き出しそうになるのを必死に我慢し、このビルにやってきた。

 何年も放置されているのか、正面玄関は一応の立ち入り禁止処置が施されていたが、裏口に施錠はされていなかった。

 階段を上がり、指定された五階まで上がったところで、背後から誰かに口を覆われた。

「…一人だな」

 低い問い掛けに頷くと、その男は尋人を中に押し込み、その部屋に突き飛ばしたのだ。

「よぉ、ご無沙汰だな。…ってか、覚えてないんだっけ?」

「…」

 警戒を強め、精一杯睨み付けた尋人に男は笑う。

「くっくっくっ…、忘れたなんてつれないよなぁ? 俺はおまえの初めてのオトコだぜ?」

「――…っ」

「この場所であんなに可愛がってやったのによぉ。…ホントに全部、忘れてンのか?」

 距離を詰めてくる男から逃げるように、尋人は一歩ずつ後ずさりする。

 この男の言っていることは判らない。

 記憶もない。

 だが言い様のない恐怖が全身を駆け抜けた。

「実は俺達もさ、最近まで何で自分達の商売がダメになったか全っ然、判ってなかったんだ。けど何日か前、テレビでオマエらを見てイキナリ思い出した。俺らがダメになったのはオマエのせいだ、ってな」

「…っ」

「オマエらのせいでダメになったんだ。だったら俺達は、あの夜からやり直してやる」

「!」

 伸びてきた男の腕から逃れて、尋人は壁伝いに距離を取る。

「何も覚えていないけどっ、僕は貴方達に何をしたんですか! 商売を駄目にしたってどういう意味なんですか!?」

「聞きたいのはそれだけか? 順番に答えてやるから、聞きたいことは今の内に全部言えや、チャンスはこれっきりだぜ?」

「…っ…」

 警戒する尋人を追い詰めて楽しんでいるかのように、男の表情からは笑みが消えない。

 それがなおも尋人の恐怖心を煽った。

「…商売…って、何ですか」

「あとは?」

「あの夜からやり直すって…、電話で言ってた、思い出させてやる…って、どういう意味ですか?」

「次は?」

「…っ……菊池君はどこですか!」

「ハッ」

 鼻で笑われ。

 途端に今までとは比べ物にならない速さで距離を詰められた。

「やっ…、!!」

 腕を取られ、吐息が掛かるほどの至近距離。

「今のが最後の質問でいいな?」

 決して反論はさせない調子で言い放ち、男は出入り口の向こうに声を上げた。

「おい、そのガキ連れて来い!」

「……!」

 耳に届いた複数の足音。

 四、五人の男とともに、その先頭を歩かされていた菊池は背中で手首を縛られ、口にはガムテープが貼られていた。

「菊池君!!」

「んんんっ!!」

 くぐもった呻き声にしかならないが、菊池もきっと尋人の名を呼んだはずだ。

「まず最後の質問から答えてやる。おまえが探しているガキはここにいる。これからおまえと二人、俺達の“商品”になってもらうぜ」

「商品…?」

「俺達の“商売”ってのはいわゆる裏ビデオさ。顔出し無修正の“商品”で好き放題ヤッてるVHSやDVDを作って売ってる。世の中“変態”ってのは多いからな、俺達の商売は大成功してたんだ」

「んんっ! んんんむぅ!!」

「黙れガキ!」

 それ以上、尋人にそんな話を聞かせるなと叫びたい菊池は、だが思いは言葉にならず、話の邪魔をするなと腹部に強烈な一撃を受けて痛みに顔を歪めた。

「っ…!」

「菊池君!」

「おっと…」

 友人に駆け寄ろうとした尋人を、男は笑んだまま取り押さえた。

「その大成功していた商売が、あの日、オマエを“商品”に選んだせいで大失敗だ」

「――」

「何でかは、これも忘れちまったけどな。オマエのせいで何かが狂ったのは間違いないんだ。でなきゃオマエのことだけ思い出すなんてあると思うか?」

「そんなこと…っ」

 そんなこと。

 知るはずがない。

 こうして話を聞かされたって、彼らの言うことは理解出来なかった。

「だから、オマエのせいでダメになった商売なら、今度はオマエで再起してやる」

「……!」

「オトモダチと一緒なら心強いだろうが?」

「やっ…! 今の…っ、そんなの……! 僕は悪いことなんか何もしてない! 間違っているのは貴方達じゃないか!! なのにこんな真似…っ、菊池君まで巻き込むなんて!!」

「うるせぇよ」

「!」

「弱ぇ奴は俺達の言うこと聞いて、素直で従順な“商品”になってりゃいいんだ。そうすりゃ少しは役に立つってもんだろ」

「気持ちいい思いだって、させてやってんだ。悪いことばかりじゃないよな?」

「モノが売れりゃ、それなりの金だってくれてやるし、ギブ&テイクってやつじゃん?」

 次々と上がる男達の嘲笑と侮蔑の声。

「それに安心しろよ、このガキ使うのだって、オマエのダチだからって理由だけじゃねぇ」

「ぇ…」

「このガキ、俺達にオマエを犯れって言ってきたタキオカに似てンだよ」

「――」

「…っ」

 タキオカ――滝岡修司。


 ――…滝岡…って、覚えているか……?


 昨晩の菊池の電話。

 彼が。

 あの、優しい人と記憶している元同級生が、自分に何をしたと……?

「本人の行方が知れないんじゃ仕方ねぇ。顔の似たこのガキなら多少のウサ晴らしにはなるだろってな」

「――っ……!」

「今ので全部の質問に答えたよな?」

「ぁ…!」

「さぁ、あの日の続きを始めようぜ」

「新しい門出だ、せいぜい楽しもうぜ」

「やだ……っ!!」

「んんんんっ」

「菊池君!!」

 腕を引かれ、倒され。

 硬いアスファルトの冷ややかさが背筋を震わせる。

「放して……!」

「そうさ、せいぜい抵抗してくれよ。あの日みたいに無抵抗じゃ楽しみも半減だ」

「――!?」

「声だって我慢すンなよ。二人で足りなきゃ三人、四人で可愛がってやるからよ」

 無抵抗…?

 こんなことをされて、自分は何の抵抗もしなかった…?

「しっかり撮れよ」

「任せとけって」

 カメラを用意されて。

 男達に組み敷かれて。

「クククッ…、オマエも、まぁカワイソウではあるよな」

「…っ」

「滝岡の奴、オマエが他の男のモンになったと思い込んでたんだからな」

「――――!」

「好きな子イジメるってな、ガキでもねぇのにバカかよ」

 虐め。――滝岡修司が?

 他の男。――六条中流のこと?

 この硬いアスファルトの上で。

 この男達に組み敷かれて。――無抵抗で。


 ――…クククッ…同級生に売られた気持ちってどんなだよ………


「っ…」


 ――…可愛がってやるからイイ声聞かせてくれな…、オマエの男にもちゃんと届けてやるからよ…

 ――…オイ鳴けよ少しは…面白味ないぜぇ?

 ――…ざけんな抵抗もナシかよ、俺ら和姦してんじゃねぇんだぜ?

 ――……ンだよ、俺らが抱いてンのは死体か?

 ――…いい加減にしろよ……っ…このクソガキが!!


「ぁ…っ」

 頭の中。

 蘇える声はいつのもの。

 あの日の――あの夜の。

 男達の罵倒。

 階下には同級生がいた。

 男達の蹂躙が終るのを今か今かと待っていた。

 笑いながら。

 隠れながら。

 ――…僕の抵抗する姿を。

 ――…僕の抵抗する声を。

 ――…男達に蹂躙されてよがる声を、階下で笑いながら待っていた同級生。


「――ぁ…っ…ぁあああああああっ!!!」

「!」

「!?」

「や…っ…やだ…僕は……!!」

「……っ…なんだよこのガキ、イキナリ…!」

「気でも狂ったか!?」

「オイ!?」

(倉橋……っ!!)

 菊池もまた男に組み敷かれながら、縛られて抵抗できない状態であるにも関らず、突如叫んだ尋人に目を見開いた。

「やだ…っ…僕は…僕は……!!」


 ―――…逃げれば逃げるほど。

 嫌がれば嫌がるほど。

 叫べば、叫ぶほど。

 彼らが喜ぶのは判っていた。

 それを楽しんでいるのは判っていた。

 だったら、好きにすればいい。

 我慢することは慣れている。

 


 慣れている。

 ――…痛みだけなら、幾らだって耐えられたんだ………



 ―――…尋人………

 その声さえ、聞こえなければ。

 ――…尋人、好きだよ……

 その人さえ、いなければ。

 ――……俺の傍で、幸せだって、微笑っていてくれ………

 僕を愛してくれる。

 愛してくれている。

 僕がどんな目に遭っても、どんな姿になっても。

 先輩は変わらずに僕を好きでいてくれる――それが信じられるような。

 そんな“好きな人”の存在さえなければ、僕はきっと我慢して生きていけた。


 おまえになんか二度と会いたくないと言って別れてくれる人だったら“自殺”しようなんて思わなかった―――……!!



「倉橋!!」

「…っ…」

 不意に菊池の声がした。

 突然、叫び出した尋人をどうにかしろとでも言われたのか、口のガムテープを取られた彼は必死の形相で友人の名を呼んでいた。

「倉橋…っ……倉橋…!!」

 自分も大変な時に、それでも他人の心配をしてくれる友人。

「……お願い、です……菊池君を放して下さい……」

「倉橋!?」

「僕は何をされても構いません…、貴方達の言うとおりにします。だから……だから菊池君だけは放して下さい…っ」

「何バカ言ってんだよ! 倉橋! おまえはこれから六条中流に会って! 今度こそ一緒に…っ」

「会えないよ……っ」

「なんで…」

「会えないんだ……!」

 なにもかもを思い出してしまった。

 六条中流に、どれほど愛されていたか知ってしまった。

「もう…会えない……っ」

「倉橋…!」

 尋人の目尻から流れた涙に、菊地の胸は軋む。

 自分が軽率な行動に出たばかりに、ようやく恋人と逢えるはずだった尋人を傷つける。

 泣かせてしまう。

「くそ…っ!!」

「いいがけんにしろよガキども」

「何がキクチは放せだ、オマエらは二人とも“商品”なんだよ!」

「―――放せ下種! その腐った根性、どうにかしやがれ!! 倉橋、おまえも抵抗しろよ!! 逃げろよ!!」

「……もう…いいんだ…」

 抵抗なんて意味がない。

 我慢して。

 耐えて。

 過ぎるのを待つだけ。

「倉橋!!」

「もういい…、もう、どうなったって…この人達に何をされたって、僕は何とも思わない……」

「――!!」

「…っ…ふざけんなよガキ…っ!」

「倉橋!」

 尋人に馬乗りになっていた男の、振りあがった手は拳を握り、少年の顔面、目掛けて振り下ろされた。

 それでも逃げようとしない尋人に、菊地が叫び。

 そうした次の瞬間。

「!!」

「ぁ…っ」

「なっ…」

 男の背後に、息を切らし、青ざめた顔をした見慣れぬ男が現れた。

 尋人を殴ろうとした男の拳を背後から掴んで止め。

「菊地の言う通りだ…っ、その腐った根性どうにかしろよ下種野郎……っ!」

「…ぁ…」

「――…六条中流……?」

 菊地の、信じられないものを見るような眼差しでの問い掛けに、中流の応えは、尋人を組み敷く男への強烈な一撃だった。




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