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時の旅人 二六

 K市から敷明小路のあるS市まで快速電車を使えば十五分。

 新千歳空港から、同じくS市までは三十分。

 中流が新千歳空港に着いたのは、尋人が尚也の乗った電車を見送り、十分後の快速電車に乗った後だった。

 空港の地下にあるJR駅から快速に乗った中流は、電車が動き出してから車内の公衆電話を使い、大樹家に電話した。

 自分の携帯電話は自宅の机の上に置いて来ている為、電話番号を暗記しているのは自分の家と従弟の自宅番号だけだった。

(どうすっかな…、電話帳か何かで尚也の自宅番号を調べてもらって、おばさんに携帯番号を聞くか…それとも学校に電話して時枝先生に連絡取るのが先か…)

 先日の電話で、あんな別れ方をしている友人だ。

 長い付き合いから、今も怒っている可能性は限りなく高く、なるべく穏便に話が出来る場を持ちたかった。

 だが、そんなことを考えていた中流に、電話に出た従弟は最悪な現状を知らせた。

 野口が襲われ入院中であること。

 尋人が狙われていること。

 今日、中流が帰ってくることを前もって知っていたから、尚也が尋人を迎えに行ったのだが、昨夜からまったく連絡がないこと――。

「裕幸、尚也の携帯番号知ってるか!?」

『判ります、念のために聞いておきました…』

 そうして教えられた番号を腕に書き、急いで掛け直した。

「尚也…っ」

 出てくれ、頼むから繋がってくれと念じながら相手が出るのを待っていた。

 十数回目のコール。

『誰だ忙しい時に!!』

 繋がったと思った途端にそのように怒鳴り返されて、とりあえず電話に出られる状態だと安堵した。

「悪い、俺だ」

『俺!? 俺って誰だよっ、ふざけてンなら切るぞ!』

「待てよ尚也、俺だって、中流」

『――中流!?』

 恐らく公衆電話からの着信だったこともあり、彼曰く「忙しい時」の電話を煩わしく思っていたのだろう。

『中流、おまえ今まで何してたんだよ! っとにふざけんな!!』

「悪い、それは後でちゃんと謝る。おまえの説教もちゃんと聞く。…だから…」

 だから、おまえが迎えに行ったという尋人はそこにいるのかと、問いかけようとするより早く。

『それより今マジで忙しいんだ、おまえ今どこだよ!』

「空港から電車に乗った。いま…千歳を過ぎたとこ」

『じゃああと十分もしないでK駅だよな、だったら、もしかしたらまだ駅にヒロトがいるかもしんない! いたら、今度こそちゃんと捕まえておけ!!』

「――駅?」

『野口の話、聞いたか?』

「あぁ。いま、従弟に先に電話して」

『その野口を襲った連中、今度はヒロトを呼び出した』

「――!」

『菊池を攫って脅迫して来たんだ、無事に帰して欲しけりゃ来いってな!』

「それで…っ…それで尋人は……!」

『駅に置いて来た。すぐに家に帰れって。おまえが行くことないって説得したんだ』

 だから、今の時間から尋人の地元に帰る電車が来るまで、しばらく待つはずだ。

 うまくいけば中流と尋人は駅で会える。

 そう告げる尚也に、だが中流の顔からは一斉に血の気が引いた。

「尚也…その菊池って、……もしかして尋人の…友達、か…?」

『あぁ、転向した先の同級生だって言ってた。だから俺が必ず助けるって約束してきた』

「…おまえが行ったら…っ…今度はおまえが野口と同じ目に……っ!」

『かもな。けど俺が行けばそれで済む。野口と同じだ。殴られて蹴られて…は、するだろうけど、それ以上のことはない』

「尚也…」

 親友の言葉の裏に伏せられた意味を、中流は否がおうにも察してしまった。

「尚也…おまえ、知ってるのか……?」

 あの日の尋人に起きたこと。

 中流が彼を受け入れられなかった本当の理由。

『……もしかしたら、あいつらの電話のせいでヒロトも薄々気付いちまったかもしれない』

「…っ……」

『けど…だから尚更、ヒロトには行かせられないだろ? 俺だって……相手が彬だったって…、そんなこと、思い出したくないんだからな…!』

「尚也…」

 だからって。

 そのために、尚也を犠牲になど出来るわけがない。

「尚也、おまえ今どこだ?」

『敷明小路に入った。そろそろ着くから、電話切るぞ』

「待て! おまえだって行くことない、俺が行くからおまえは引き返せ!」

『! バカか!? おまえはヒロトだけ守ってりゃいいだろ!!』

「俺は尋人を守れなかったんだ!」

『!?』

「あの日…俺は尋人を守れなかった…っ……だから失ったんだ」

『中流』

「頼む。だったら尋人の友達は守ってやりたい…その菊池も、尚也も、…傷つけば尋人が苦しむ事になるんだ…!」

 誰が傷ついても、尋人は自分のせいだと自身を責める。

 彼のことだから分かる。

「ぁ……!」

 そうだ。

 尋人は、自分のために他人が傷つくことなど決して望まない。

「尚也っ、連中が来いって指定してきた場所はどこだ!?」

『場所? JESSって店…敷明小路の二丁目にあるって聞いたけど…』

「っ…」

 その店の名前には聞き覚えがあった。

 あの夜、兄達が徹底的に破壊した店。

 …尋人を乱暴した連中が経営し、裏で闇の商売をしていた奴らの本拠地だ。

「――! 尚也、その店はもうない!」

『何だって!?』

「その店はもうない…奴ら、その近くに現れた尋人を連れ去る気だったんじゃないか…!?」

『そんな…それじゃあ俺が来ても…』

 顔の知られていない尚也が近付いても、敵は決して動きを見せないだろう。

 現に、こうして周囲を見渡してもそれらしい動きを見せる人物はいない。

『くそっ…!』

 そもそも、自分のために誰かを犠牲にすることなど望まない尋人が、尚也に説得されて黙って自宅に戻るだろうか。

「…っ、尚也、一度切るぞ」

『中流? おい―――』

 中流は言ったが早いか尚也の反応を待たずに電話を切ると、急いで背負った鞄から一通の封筒を取り出した。

 多少の皺を刻んだそれは、尋人から送られてきた手紙。

 連絡が欲しいと、文末には電話番号が記されている。

「尋人……!」

 番号を押す指先が震えた。

 天に縋るような気持ちで、尋人が出ることを祈った。



 人は、それを運命と呼ぶのだろうか。

 なにを絆と詠うのだろうか。



「シュウ、さっきオマエ探してるガキがうろついてたよ」

「…」

「知らないって無視してきたけどさ、なんか オマエに似てたなぁ…もしかしたら兄弟とかなんじゃない? いいねぇ、探してくれる家族がいるなんてさ」

 話しかけてくる同居人に視線だけで応え、言葉を返すことはない。

 同居人と言っても、この辺一体に集まる似た者同志。帰る家もなく、たまたま同じ場所で寝起きするようになっただけの間柄だ。

「しっかし、最近、人捜しが流行ってンのかね。この間も…なんだっけ、クワバラヒロシ…じゃねーし、……あぁ、ヒロトだ、ヒロト。その情報持ってないかって、エータさんとこの連中が嗅ぎ回ってたしさ」

「――」

「まぁ、今じゃエータさんも大して力ないし、適当に流しといたけどね。いちいち知るかっての」

 続けて出された、同居人の曖昧な記憶の中の名前に。

 そしてエータの名前に。

 彼は手を止めた。

 一瞬、息も止まった。



 静かに、静かに。

 時の歯車は動き出す。

 旅人達に道を示す。





『………はい』

「! 尋人か!?」

『……っ…』

 電話の向こうで、少年が息を呑むのが判った。

 …あぁ、尋人だ。

 間違いなく彼だ。

「尋人…俺だ」

『……先輩……?』

「尋人……っ」

 声にならない声が。

 伝えたいのに伝えられない言葉が。

 顔の見えない、息遣いだけが伝わる電話の向こう、確かに互いの想いは感じられた。

「…っ」

『…っ…ぁ……』

 好きだよ。

 誰より、何より。

 求めていたのは君だけ。


 傍にいて欲しかったのは、たった一人。



 叶うならば時を止めて。

 このまま、二人にして欲しい。

 ようやく触れた心の距離。

 もう、決して手放したくはないんだ――。


「…行くな尋人」

『ぇ…』

「俺が行くから、おまえは今すぐに家に戻れ…、連中にどこに呼び出されたのか教えてくれ。俺が、ちゃんとおまえの友達を連れて戻るから……っ、だから尋人、おまえはすぐに戻ってくれ…っ!」

『先輩…』

 中流の必死の訴えに心は揺れた。

 このまま彼の言う通りに引き返して、彼に菊池を助けてもらって、今度こそ再会出来るなら、それは何て幸せなことだろう。

 例えそれが病院のベッドの上でも。

 身代わりに傷ついた身体でも。

 自分は幸せだと、微笑えるだろうか…?

『…先輩…、もし……もし僕が、失くした記憶を思い出しても……、…いつか、会って話しが出来ますか…?』

「尋人?」

『僕が…、……僕が、一度死ぬ前の僕に戻っても…』

「――っ」

『それでも、……僕達はもう一度、逢えますか…?』

「尋人…!」

 君が何に気付こうと。

 何を、知ろうとも。

「当たり前だろ…っ? 俺はおまえに会うために帰ってきたんだ…っ、今度こそ尋人とちゃんと向き合うために帰ってきたんだからな……!」

『…ありがとうございます。僕も…、先輩に逢いたいです。……その時には、菊池君を紹介しますね…』

「尋人っ」

『今から彼を迎えに行きます。これは…これだけは僕の役目なんです』

「尋人やめろ! 戻って来るんだ!!」

『僕のせいで誰かが傷つくのは絶対に嫌なんです。菊池君も、尚也さんも、……先輩が、傷つけられるのも』

「尋人…!」

 あの夜が蘇える。

 中流の想いを信じていたからこそ。

 …誰より深く想っていたからこそ、汚れた自分で中流を縛りたくないからと自ら命を絶った尋人。

 いま再び、彼は一人で傷を背負おうとしている。

 中流が――菊池が。

 尚也が。

 自分のために傷つくことも辞さない覚悟だと知っているからこそ、自分一人で背負うことを決意してしまった。

 だがそれは違う。

 君を想うからこそ。

 君が想ってくれるからこそ。

「俺はおまえを守りたいんだ……!」


 もう、二度と失わないために。


「頼む…っ…俺に守らせてくれ……、尋人、今度こそ、おまえを抱き締めさせてくれ……!」

『先輩…』

「尋人、頼むから…っ……頼むから!!」

『……ごめんなさい』

「尋人!!」

 切れた電話に、中流は叫んだ。

 どこにいる。


 おまえはいま、どこにいる―――!!





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