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時の旅人 一二

 他愛ないことを喋りながら、敷明小路を離れJRに乗り二駅。

 松浦高等学校へ徒歩で向かいながら、

「あの…、尚也さんは…六条先輩の従弟さんと、お知り合いなんですか……?」と、尋人がそんなことを尋ねてきた。

「知り合い…つーか、まぁ顔見知りってトコかな」

「そんなんで、学校前で待ってるだけでちゃんと会えるのか?」

 胡散臭そうに見てくる菊池にムッとする尚也だったが、その横で、尋人が友人の態度に動揺しているのが判り、深く呼吸する。

「心配しなくても、あの従弟を見逃すなんてこと絶対に有り得ない。おまえも、実際に会って見りゃすぐに判るさ」

「ふーん」

 あの従弟ならば中流の連絡先を知っていると確信した尚也は、だが行ったことのある自宅に直接向かうよりも、学校前で出てくるのを待つ方法を選んだ。

 現在が三学期末なら、在校生である彼が学校にいる可能性は非常に高く、また、うろ覚えな道を冒険するよりも、よほど確実だと思った。

 それに、菊池にも答えたとおり、例え何十人もの生徒が一度に出入りする正門前で待っていたとて、あの従弟の姿だけは見逃さない自信があったのだ。

「…けど、なんか…」

 ふと菊池が小声で呟き、尚也は(今度はなんだ)と内心で表情を険しくしながら応える。

「いや…、うん。いくらアンタと六条中流が親しくたってさ、普通、従弟まで会わせたりするかな、と思って。しかも家も知ってるって言ったろ」

 自分はこれから先、どんなに尋人と親しくなろうとも従兄弟と会わせることは無い。

 そこには、易々と口に出来ない事情も確かにあるけれど、もしそのことがなかったとしても、従兄弟の家に連れて行くという状況は考えられない気がした。

「う〜ん…、まぁ、アイツを俺の従兄弟の家に連れてくってのは考え辛いけど…、中流にしたら、それが普通なんだろーな」

 言って、苦笑を漏らした。

「アイツの家さ、祖母さんが北欧出身だとかで年中行事もあっちのスタイルに合わせること多いんだ」

「年中行事って言うと…、クリスマスとか?」

「そ。そのクリスマスがビックリだぜ? 本物のもみの木をわざわざ買って来て家の中に運んで飾り付けるんだ。その下にたっくさんのプレゼント並べて、家族みんなで派手なパーティ。俺が行った時には三十人くらいだったかな」

「三十人!?」

 その人数にも驚きだが、それだけ大勢の人間が入ってパーティを催せるという“家”にも興味が湧く。

 それを言うと、尚也は「そりゃそうだ」としたり顔。

「中流の従兄弟の親父さん…、つまり中流の伯父さんか。あの大樹総合病院の院長だぜ?」

「―――」

 その答えに改めて驚いて、少年二人は言葉もなかった。

 大樹総合病院と言えば、尋人も長く世話になった病院だから知らない場所ではなく、あの病院の院長と言われたら、その凄さは実感できた。

 父親は天才写真家で、実兄はモデル出身の人気俳優で、伯父は病院院長。

 まだ探せばとんでもない肩書きの親類縁者が出てきそうで、菊池は肌が粟立のを止められなかった。

「おい…、六条中流って、一体何者だよ…」

 思わず呟く彼に、尋人はビクリと身体を震わせ、尚也は眉間を寄せた。

「そんなの身内にいたら…」

 尋人に真実を伝えず別れを決意した六条中流。

 それを尚也や野口は、尋人の未来を思ってだと思うと口にしたけれど、それでは男同士の恋愛関係で世間体に問題があるのは六条中流の方ではないのかと、内心で渦を巻き始めた不信感。

 尋人の手前、そのようなことを口には出せなかったけれど、本当に、このまま尋人と中流を引き合わせて大丈夫なのかと不安になる。

 そんな菊池の考えを、どこまで感じ取ったのか、尚也は口を開いた。

 六条中流とは何者なのか、その答えを告げるため。

「…中流はバカだ」

「――」

「え…」

「救いようのないバカだって、今回のことで確信した。自分の幸せ考えないってトコはマゾの気もあるんじゃねぇかと思うけどな」

「マゾって…」

「尚也さん…?」

 思い掛けないことを言い始めた尚也に、少年二人はどう反応すべきか迷いながらも、なおも続く言葉に耳を貸す以外ない。

「おまけに秘密主義だし、どっか普通じゃねぇし、俺達より全然大人だって思わせるくせして時々すげぇガキだし、ムカつくし、イヤな奴だし……」

 ―――けれど。

「でも、あいつじゃなかったら十年以上も友達やってられなかった」

「―――」

「…中流がいなかったら、俺は、…高校卒業出来たかも判らなかった」

 あの日、あの瞬間に。

 時枝彬とのことがあった時に傍にいたのが、六条中流という人間でなければ、現在の自分はなかった。

 だから。

 そういうことも経てきて、中流以上に幸せになって欲しい人間を、尚也は他に誰一人知らない。

「だからヒロト。俺は絶対におまえを中流に会わせるぞ」

「尚也さん…」

「二人の詳しい事情なんか知らないけど、中流を選んだヒロトは、かなり見る目あったと思うぜ?」

 わずかに苦笑めいた表情で告げた尚也は、それきり前を向いてしまった。

 彼の背中を追うようにしていた菊池と尋人は、それぞれに“六条中流”を思う。

 馬鹿でマゾで秘密主義。

 そんなふうに言われながらも、絶対に幸せになって欲しいと思わせる。

 倉橋尋人にとって、六条中流はどんな男だったのか。

「…」

 幸せになれ、と告げられて抱き締められた日の記憶が脳裏を過ぎる。

 何も言わずに。

 尋人のために。

 ただ、離れることを決めた彼。

 もしあの時に、今の気持ちを自覚していたら、彼はどんな顔をしただろう。

 …どんな言葉を返してくれただろう。

 笑い返してくれただろうか。

 やはり抱き締めてくれただろうか。


 彼は、自分を忘れた恋人を受け入れてくれるだろうか――…。


「っ、く、倉橋…」

「ぁ…」

 不意に呼びかけてきた菊池の声は、動揺しているのか震えていた。

「?」

 そうして、自分の目がまた涙を零したのだと気付き、尋人は自嘲した。

「なんか…涙腺がかなり弱くなってる…」

「…」

 尚也も背後を振り返り、じっと尋人を見ていた。

 その視線に、言葉が詰まる。

 息苦しいわけじゃなく、ただ、申し訳なくて。

「……忘れたくなかったな……」

「え?」

「僕…六条先輩を忘れたくなかったです…」

 どんな形でもいい、せめて彼が自分の恋人だったことを憶えていられれば。

 あの瞬間、この想いを自覚出来ていれば、二人は離れ離れにならなくて良かったのだろうか。


 ――…幸せになれ……


 その言葉を、別れの台詞として、尋人だけに向けられることはなかったかもしれない。

 ずっと気になって。

 逢いたくて。

 それが「好き」という気持ちの表れだと知って。

 ……それが、こんなにも切なくて。

「ヒロト…」

「逢いたい…」

 中流に、今すぐに逢いたい……。


 大丈夫だ、と尚也が言いかけた。

 絶対に大丈夫だ、と菊池が友人の肩に手を伸ばす。

 必ず六条中流と会えるから、と尋人を励ますつもりだった二人は、しかし。

「その子から離れなさい!!」

「ぇ…」

 突然の少女の怒声。

 突きつけられた傘の先端。

 そういえば今日は夕方から雨予報だったかと暢気なことを考えている間に、尋人をその少女に奪われた。

 天然がどうか微妙な髪の色、百六十前後の背丈。

 全体的な細身を包む茶系のセーラー服は、尚也の記憶が正しければ、この近所にある聖エイーナ女子高等学校のものだった。

「なっ、おい!」

「そいつに何する気だよ!」

「何する気っ、はこっちの台詞よ! 昨日のテレビでこの子のこと知って近付いたんでしょう!? 目的はなに!」

「目的って…、ちょっ…!」

 少女の怒りは、どうやら本気のものらしいが、尚也と菊池には全く不可解なことであったし、少女が、こちらもまた本気で庇おうとしてくれていると判る尋人は動揺を隠せない。

 この少女は、誰?

「痛い目見たくなかったら大人しく退きなさい!!」

 傘の先端を、よりいっそう尚也に突きつけて言い放つ。

 ピンと伸ばされた腕には震えも戸惑いもなく、真っ直ぐに見据えてくる眼差しには偽りなどない。

 尚也と菊池を敵視し、尋人を――泣いている尋人を庇おうと、真剣だった。

「…待った、ホント、ちょっと待て。俺らそいつを虐めてたわけじゃない…」

 尋人を、中流に会わせたいと思っただけ。

 恋人だったはずの六条中流に。

「――」

 親友の名を心の中で呼んだと同時。

 いつだったかの彼の台詞が思い出された。


 ――同じ年齢の従姉がいてさ……


 顔を合わせるとどうしても言い合いになる。

 思い込みが激しくて扱い辛い。

 けれど、真っ直ぐなヤツ。

 確かそう説明された、聖エイーナに通う従姉の名は――。

「……イツカ…?」

「!」

 明らかな反応に、尚也は急いで言葉を繋ぐ。

「俺! 中流のダチの本居尚也! おまえにだって…去年のクリスマスに一度会ってるよな!?」

「――…中流の友達?」

 怪訝な顔をする少女は、尚也の言葉を素直に信じようとはしていない。

 菊池も口を開きかけ、彼女に庇われた尋人もやはり判ってもらうべく声を掛けようとした。

 そんな彼らに。

「…」

 無言で近付き、尚也に突きつけられた傘を下ろさせた長身の少年。

 瞬時に“黒”というイメージが出来上がる雰囲気で、口を開くことすら億劫そうに見える彼は、

「…裕幸の話を聞け」と、低く少女に言い放った。

 と、彼女はカッとなって言い返す。

「そんな余裕がどこにあるの! 尋人君が泣いてるのよ!? 中流がいないんだもの、私達が守らなきゃ誰が守るのよ!」

「だから、話を聞いてくださいと言ったんです」

 そうして現れた三人目。

 その姿に、菊池と尋人は言葉を失い、尚也も息を飲み込んだ。

 栗色の髪に白磁の肌。

 一瞬、知っている尚也でさえ性別を疑いそうになる、穏やかに整った容貌。

 学校の正門前。

 何人、何十人の同じ制服を着た生徒達が一斉に出てきたとて、その姿だけは見逃せない。

「…ご無沙汰しています、本居先輩」

「ぁ…」

 中流の従弟で、大樹総合病院院長の息子。

 彼らが会おうとしていた目的の人。

「……久しぶり、と言ってもいいのかな、尋人君」

「ぇっ…」

 思いがけず名前を呼ばれて、尋人は明らかに動揺した。

 そんな少年に、その人は微笑う。


 それが、大樹裕幸、時河竜騎、江藤汨歌ら三人との出会い――正確には、尋人との再会の瞬間だった。




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