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時の旅人 五

「昨日の二人が学校に!?」

 彬から、午前中の学校での話を聞き終えた尚也は、驚きのあまり大声を上げてしまった。

 昨日の駅近くの駐車場で二人のキスシーンを目撃した少年達。

 もしも素性が知れて大事になったら…と心配していた尚也にとって、その話は、出来れば実現して欲しくなかった展開だ。

「…で、オマエどうしたんだよ…っ、そいつらオマエのこと知って学校に来たのか?」

 不安から、思わず語尾が掠れてしまった尚也に、だが彬は苦笑する。

 恋人の不安を知っているから、笑んで、それを否定した。

「俺がその場に居合わせたのは、ただの偶然だよ。あの子達は自分の元同級生に会いに来たつもりだったようだから」

「元同級生…?」

「あぁ。二人の内、気弱そうな子の方を覚えているか?」

「…俺と最初に目が合った方かな」

「ん。その子が去年まで榊の生徒だったらしい。ヒロト君と言ったかな」

「ヒロト……?」

 彬が目的で学園に現れたわけではないと聞き、内心で胸を撫で下ろす尚也だったが、その名前に、ふと引っ掛かるものを感じた。

「ヒロト…」

「尚也?」

 もう一度その名前を繰り返し、首を傾げる。

「何だ…? 俺、どっかで“ヒロト”って名前を聞いた覚えがある…」

「おまえもか」

「え?」

「野口はその子を知っていたぞ」

「野口?」

 思い掛けないところで友人の名前を聞き、尚也は目を丸くする。

「なんでアイツが一緒だったんだ?」

「それこそ偶然だよ。部活の後輩に届け物があったとかで榊に来ていたんだ」

「へぇ…」

 つい最近までは同じ教室で過ごしてきたはずなのに、卒業式を過ぎただけで高校時代が懐かしい。

 あまり口数の多い方ではなかったけれど、よく一緒に行動していた野口健吾は、後輩の面倒見が良く、中等部にも頻繁に足を運んでいたことを思い出す。

「…それにしたって、なんで野口は“ヒロト”を知ってンだろ…」

「二年前の体育祭で同じチームだったと言っていたから、尚也も同じだったんじゃないか?」

「二年前の体育祭…?」

「あぁ。話を聞いていたら、そのヒロト君、一年半前に交通事故に遭ったせいで記憶を失くしてしまったんだそうだ」

「――は?」

 サラリと言われて、思わず流しそうになってしまった尚也は、しかしハッと我に返る。

「記憶失くしたって記憶喪失のことか!? それって…それで何だって学校に…っ、それが転校してった理由か!?」

「転校?」

「そうだよ、それを俺、また知らなくて中流に…」

 中流に。

 転校していったことを知らなくて。


 ――最近、中等部に行かなくなったよな……


 そんな台詞で、怒らせるかもしれなかった高二の三学期始め。

 およそ一年半前の、あの日。

「…思い出した……」

「尚也?」

「そうだ“ヒロト”だ……そうだ…っ、中流が可愛がってた下級生の名前だよ!」

「可愛がってた?」

 ようやく合点がいき、スッキリした顔で声を上げる尚也に、しかし今度は彬の方が眉を寄せる。

 野口の話では、そんな特別な繋がりがあるようには思えなかったのだ。

「野口は、そのヒロト君を六条のストーカーだと勘違いしていたぞ」

「ストーカー?」

「六条は、ヒロト君が事故に遭った時にたまたま居合わせただけなのに、親戚が医者だからって、あの大樹総合病院に搬送させて、ヒロト君の命が助かるように手を尽くしてくれたんだそうだ。――これはヒロト君本人から聞いた話だから本当だと思うけど、野口はそれを知らなかったから、ここ最近、六条の周りをうろついているストーカーだと勘違いしたらしい。写真が受賞してから、いろんな連中が寄ってくるって言ってたろ」

「そりゃ言ってたけど…」

 いろんな連中というのは、いわゆる言い寄ってくる女、やっかみを言う同志、そういったある意味現れて当たり前の存在のことで、もしもストーカーが存在していたなら、尚也はそんな話を聞いたことがない。

 一番長く付き合ってきて、親友だと、思っているのに。

 ……なぜ、自分の知らないことを野口が知っているのか…それが、面白くない。

「絶っ…対に違う。ヒロトって名前、中流が可愛がってた後輩の名前だ。それで去年の三学期が終る前に転校してって…」

 それは野口も知っているはず。

 あの日、あの場には彼もいた。

「野口のヤツ…なんで、その“ヒロト”をストーカーと間違うんだ?」

「その上、六条がアフリカに出発したのは一月前だなんて嘘まで言ってたぞ」

「……なんで?」

「さぁ。…まぁ、たぶんヒロト君が一週間以上前に会いに来るって手紙を出していたにも拘らず出発した六条を庇うためだろうな」

 説明しながら、彬は最後の野口の表情、その口調を思い出す。

 言っている内容は厳しかったけれど、そこに含まれていたのは、明らかに中流への気遣いだった。

「…じゃあ、なんで可愛がってた後輩が会いに来るって判ってて、中流は日本を出てったんだ?」

「……何故かな」

 二人は互いに顔を見合わせ、首を傾げる。

 中流の急な出発と。

 ヒロトの来訪。

 野口の嘘。

 可愛がっていた後輩が、事故現場にたまたま居合わせただけだと教えられた六条中流は、…尚也が知る限り“ヒロト”をひどく可愛がっていた。

 とても大切にしていたように思う。

 そんな尚也の話に、彬はふと思いついたように口を開いた。

「……六条が、過去に“男”と何かあったのかどうか、という話だが……」

 いつだったか二人で推測した、あの親友の過去。

 決して語られることのない、癒えない傷。


 ――…好きな奴に好きだって言える…こんな幸せなことないぞ……


 それは。

 自分との時間を失くした――記憶を失くした、ヒロトのこと……?

「…っ……あいつ、ホントに自分のこと何も話さねぇ…っ」

「尚也…」

「記憶喪失だって何だって…っ……好きなら、言えばいいじゃないか自分はおまえの恋人なんだって!!」

 あんな顔をして、好きな相手に好きと言えることを尊ぶなら。

 ヒロトを望んでいるのなら。

「なんで…っ……それで会わないためにイキナリ出発したのか!? アフリカなんかに逃げたのかよ、あのバカ!!」

 憤る尚也に、彬は顔つきを険しくし、あの元教え子に言われた言葉の数々を思い出す。

 他人の“幸せ”を望む彼は、…もし本当に“ヒロト”が彼の恋人だったとして。


 記憶を失くした恋人に、どんな“幸せ”を望むだろうか……。


「……六条は、どうして言わなかったのかな」

「何がっ」

「ヒロト君に、どうして自分達は恋人同士だったって言わなかったのかな、と思ってね」

「それはおまえ…っ」

「記憶を失くした恋人に“男同士”なんて茨の道を歩かせたくなかったから?」

「――…っ」

「あの六条が…、それに、あの六条が好きになった相手が、そんな理由で“不幸”になったりするかな」

「…それは……」

 肯定は出来ない。

 それこそ、長年の付き合いが尚也に理解させる。

「……だったら、なんで何も言わないんだ……?」

 好きな相手に、好きと言わずに。

 卒業式前後には何人もの少女達から告白されて、それを全て断った。

 理由は「今は恋人なんかいらない」だったけれど、本音は「今は誰も好きになれない」。

 その心に住めるのは、たった一人だけだから。

「……大樹総合病院か」

「え?」

「…一年半前なら、兄貴がもうあの病院に勤務していた」

「…彬、まさか……」

 まさかと疑いながら、微かに期待してしまう。

「…ん。あの兄貴が簡単に話してくれるとは思わない。それが患者のこととなれば尚更ね。兄貴がヒロト君を知っているかどうかも判らないけれど、…手掛かりがあるなら、試してみない手はないだろう」

「…」

「俺も気になるよ。本当にヒロト君が六条の恋人だったなら、…野口にあんな嘘で庇われてまで、六条が逃げた理由」

「彬…」

 それは、決して興味半分の提案ではなく。

 ここにヒロトが来ることを知っていながら日本を離れた中流に対して、ここで何かを知っておかなければ、後々、とてつもない後悔をしそうな気がする。

 ここで何かをしなければ、何より、誰よりも中流を傷つけてしまう。

「…彬、頼むな」

 尚也に頼まれて、彬ははっきりと頷く。

 恋人の滅多にない頼み事に、あの兄への闘志が燃え上がるようだった。




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