第7章
今週の土曜日は自殺の名所と知られる、とある樹海での一斉悪霊駆除作業の日であった。年に一度の作業であり、霊界議事堂で雇われた数多くのハンターたちが集まる毎年恒例の行事でもあるらしい。本来は大神さんとの共同活動になる予定であったが、急遽他の仕事が入ったために、今回は俺一人でその行事に参加しなくてはならない。
この恒例行事について、大神さんからの説明を受けていた。
この樹海には毎年数多くの自殺する人が続出するため、天に帰れない魂が腐り、悪霊となり、悪霊の巣窟になっている。そして、その悪霊が更なる生死をさ迷う生きた人間を殺し、悪霊にしてしまう悪循環が存在するらしい。そのため、交渉主義者たちもこの行事に対しては何も言えないのだ。
その樹海にはいくつかの箇所に霊力鏡が設置してあり、アンダーワールドと繋がっているため、今日集まるハンターたちは一度アンダーワールドに設置してある樹海行きの霊力鏡の前に集合となっている。
このことを超常現象研究会の二人に話したら、参加したいと言い出し、説得するまで時間がかかってしまった。口は災いの元とはこのことだ。
七時四十五分になり、俺はいつもの格好で準備を整えていた。そして、自分の霊力鏡の中に入り、アンダーワールドへと一瞬でたどり着いた。すると、すでに大勢のハンターたちが集合している。ほとんどが男性であり、女性は数人くらいであった。
すると、この行事の担当者らしき人々が拡声器を試用して数十人のベテランハンターたちを誘導し始めた。
「皆さん。本日は集まってくれてありがとうございます。今日は毎年恒例の樹海の悪霊狩りの日を無事迎えることになりました。本来の時間より少し早いですが、さっそく樹海へと移動してください。樹海に移動した方々から悪霊等の駆除を行ってください」
すると、担当者は小さな立方体のものを一人ずつに渡していった。
「今お配りしているのはマップ式通信機です。樹海はとても危険で道に迷う場合があります。その際、そのパネルに地図が表示されます。また、悪霊の位置も灰色の点で表示されるようになっています」
そして、武装したハンターたちは次々と霊力鏡に入っていく。集団でいる中で一人だけで行動する俺はどこか浮いているのではないだろうかと不安に狩られてしまう。
最近、一人でいるということに疲れているというか、寂しさのようなものを感じている自分がいる。
続々と霊力鏡に入っていく中で俺はあることに気がついた。ハンターの集団を冷ややかに見ている人々がいた。駆除に反対する交渉主義者や理性を持っている亡霊たちであった。
そして、順に並んでいると自分の番になり、俺はその中へと入っていった。霊力鏡から出てみると、そこには自殺の名所と言われるように霊気が異常なほど感じ取れた。森の中は薄暗く、朝のはずなのに夕方ではないかと思われる異様な雰囲気を抱いた。まさに死の世界である。この場所にはアンダーワールドのような死との共存はない。まさにダークサイドだ。
俺は適当に歩いていると、ハンター全員が樹海に集合したため、担当者が拡声器を使って再び音を発した。
「皆さん、先ほど渡した通信機を出してください。そのパネルで赤く光っている点が方々の座標です。青く光っている場所は私の通信機です。そして、白く光っている三つの点は霊力鏡の場所を示しています。もし、何かあれば私にご連絡ください。では、これから悪霊の一斉駆除を開始します。範囲は自由ですが、三時間後には必ず霊力鏡まで戻って来て下さい。では始めてください」
すると、大勢のハンターたちは一斉に散らばり、駆除を開始した。俺は右方向へと向かった。通信機があるため、問題なく奥へと進んでいける。しかし、霊気が拡散されているのでどこに悪霊がいるかが自分ではわからない。魔のトンネルの時と同じ感覚だ。しかし、この通信機のパネルを見れば分かる。
すると、通信機に灰色の点がこちらの方に無数に接近していることが分かった。数は・・・・どんどん増えていてあっという間に数十体に増えている。
どんだけ悪霊の巣窟になっているのだ?
しかし、だからこそ楽しいのだ。
そして、大量の悪霊たちが現れた。顔が歪み、化け物のような二足歩行の悪霊を俺はライフルを使って霊力弾を発射した。霊力弾の光の弾はその悪霊を一撃で駆除することができた。しかし、前方や左右にまるでゾンビのように接近してくる。ライフルを連射し続けて攻撃を続ける。しかし、木々が邪魔で遠方の敵を狙うのは難しかった。すると、今まで見たことのない霊力弾が発射されていた。俺のライフル異常のスピードで霊力弾は俺の横を通過していった。
「今のは何だ?」
すると、左から半透明の悪霊が飛び掛ってきたのでライフルを向けると、何者かに悪霊は真っ二つに切り裂かれ、消滅した。
「よ、お前、神川って言うんだろ?」
赤いバンダナを頭に巻いている俺より少しだけ身長の低い男が悪霊を倒したのだ。両腕には剣らしきものを両腕に持ち合わせており、剣と腕が鎖でつながれている。
「そうですけど、あなたは?」
「俺は三人でハンター職をやっている桑野秀夫だ。この霊力ブレードでの近接戦闘で悪霊駆除をしている」
俺とほとんど年が変わらないのに、熟練した感じがする。俺よりも経験値が高そうである。
「で、さっきの霊力スナイパーライフルで長距離攻撃をしたのが、戸口雅彦。まあ、あいつは木の上に登って攻撃するのが隙だからここからじゃ姿が見えないが」
「おい、桑野何やってんだよ」
背中に大型の霊力タンクを身につけ、そのタンクに取り付けられているコードから霊力が供給されるようになっているハンドガンを右手に持っている。
「神川、こいつは福士真治。三人の中で一番霊力がない男だ」
「この少年が神川君か。あのゲームの記録を更新したっていう天才ってのは?」
「天才じゃないですよ」
俺は謙遜した。
「またまた・・・・でも、今まで見かけたことがなかったってことは最近になってハンター職についたってことかい?」
「そうです。大神さんにスカウトされたんで」
「霊界学校には行ってないのか?」
「はい、そうです。最近のことなので」
「すごいな。まあ、あの大神さんも霊界学校を中退したからな。天才は学校の枠には収まらないということか」
「そんなことはないですよ」
「お手並みを拝見させててくれよ」
すると、悪霊が前方からどんどんやってきた。
俺はライフルを使って、連射で応戦した。多くの悪霊はその攻撃で駆除されていく。しかし、多数の人型の悪霊を殺すことは、無防備な人を無差別に殺しているような漢学があり、一種の罪悪感に近いものを感じる。しかし、それ以上にこの状況を楽しんでいる愉快犯俺もいる。
桑野は霊力ブレードを駆使した近接戦闘を行っている。霊力ブレードの刃先が白く光っており、その部分に霊力が浸透していることが理解できる。その武器の切味は鋭く、一瞬で悪霊を真っ二つに切り裂き、前進していく。
桑野の後方を行くのが思い荷物を持っている福士でハンドガンによる桑野のバックアップをしている。そして、さらに後方には戸口による遠距離射撃が完璧な命中力を誇っている。この三人の連係プレイは完璧であり、まさに『三位一体』であった。
俺は興奮と対抗心に燃え、俺なりの攻撃悪霊を駆除していく。
しかし、悪霊自体が弱いため、歯ごたえがない。この状況がゲームの世界なら、このゲームはあまり売れないだろう。しかし、一斉駆除なので仕方がない。危険な悪霊が生まれる前に駆除してしまう。それがこの仕事の本質だ。
自殺の名所でこのようなことをするなんて俺は夢に思わなかった。改めて、世界の広さと俺の価値観の狭さを痛感させられる。
俺たち四人はそのまま森の奥深くまで向かっていった。しかし、至る所に悪霊が存在する。理性を失い、何をすべきなのか分からない生きる屍たち。俺はためらい無く、ライフルで霊力弾を発射する。
すると、桑野から再び話しかけられた。
「なかなかやるね。本当に霊力学校は出てないんだよな?」
「そうですよ。つい最近までこの世界を知らなかったんですから」
「天才はすげぇすげぇ。俺たちとは大違いさ」
「そんなことはないじゃないですか。皆さんすごいですよ。連携が完璧じゃないですか!」
「凡人の悪あがきだよ。俺はこの霊力ブレードを使っている。理由は霊力消費量が低いからさ。だから、体を酷使して接近戦専門になったんだよ。遠方で俺たちを覗いている戸口も霊力はそれほどでもないが、射撃だけは得意でね。自分の霊力と霊力ボックスを併用している。しかし、福士は特に取り柄がない。何せ、同学年時にもっとも霊力がないと烙印を押された男だからな。だから、ああやって荷物を持っているんだよ」
すると、福士から言葉が飛んできた。
「おい、その話は止めろ!」
「図星だろ」
「戦闘のモチベーションが下がる」
「分かった、分かった」
俺は左方向から迫ってきている悪霊を一体撃破した。
「じゃあ、御三方は全員霊界学校の同期なんですか?」
「ああ、そうだよ。卒業したら三人で駆除職をしようって決めていたんだ。人の怨念を扱う仕事は需要があるからね」
「ネゴシエーターにはならなかったんですか?」
俺はまた一体悪霊を駆除し、桑野もまた二刀流で悪霊を切り裂く。
「あんなものになるつもりはないよ。あの仕事はとにかく面倒だ。亡霊と交渉し、互いに成仏できる道を模索するなんて。たいした金にもならないしさ」
「霊界学校はどちらかといえば、交渉主義者の先生で構成されていると聞いていますが?」
「それは本当だね。教師たちはすぐに亡霊たちの味方をするんだ。この一斉駆除行事だって、教師たちの反対が強くてね。俺たちも決していい思い出ばかりではなかったよ」
「そういうものなんですね」
「それでも、ハンターになるやつは結構いてね。その都度、進路相談で教師たちから根も葉もないことを言われるんだよ。ハンターは激務だとか、とても危険だとか、割りに合わないとかな。しかし、あの学校に通っていたから霊力を高めることもできたし、後悔するようなことはなかったぜ」
その口調はいい思い出を語っているものであった。俺にはそれがない。桑野の思い出を聞いているとうらやましい気持ちがわいてくる。
「神川君はどうして霊界学校には行かなかったのかい?」
「俺はアンダーワールドの存在をつい最近まで知らなかったんですよ。だから、家族も俺のやっている仕事やアンダーワールドの存在は一切知らないです」
「マジで!?」
桑野はかなり驚いていた。
「すげー話だな。じゃあ、本当にこの世界のことを知らなかったわけか?」
桑野は正面の敵を切り裂きながら口を開いている。
「はい、大神さんに偶然遭ってから俺の人生変わりました」
「しかし、今まで霊力があることを気づかれなかったのは大変だったろうに。俺は小学校高学年の時に初めて幽霊が見えてな。それからしばらくして、幽霊たちを介してアンダーワールドの人々に知られて、家族ぐるみで紹介されたよ。家族の皆は驚いていたけど、俺のことを信じてくれるようになってな。幽霊見えるって普通の世界じゃ異常者扱いじゃん。それに誰にも相談できなかったし。それで、高校卒業したらすぐに霊界学校に入学したんだ。そうしたら、皆幽霊の見えるやつらの集まりばっかで良かったよ」
「うらやましいです」
本当に悔しかった。俺はなぜ誰にも気づかれなかったのだろうか? それが悔しくて後悔しきれない。
俺はその怒りを悪霊にぶつけるかのように数多く駆除していった。
しかし、それでも悪霊の数は一向に減らない。通信機を確認しても灰色の点がうじゃうじゃいる。
「桑野さんは毎年参加しているんですか?」
接近時の身体的疲労を一切見せずに二刀流で悪霊を楽しそうに切りつける桑野は言った。
「毎年参加しているよ。霊界学校に通っていた時も参加していたよ。まあ、あの時は三人ともへたれで、霊力も弱く、ハンドガンを使って弱そうな悪霊を探して戦っていたよ。しかし、三時間はきつくてね。二時間位したら、ハンドガンから霊力弾が出なくなってね。特に福士はぶっ倒れてたしな」
「うるさい。昔の話を蒸し返すなよ」
福士はコードにつながれた霊力ハンドガンで悪霊を一体撃破した。
一時間以上が経過し、悪霊の数が減少してきたと実感してきた。そのため、俺たち四人はさらに奥へと向かっていった。
「さすが、天才神川君だ。一時間以上経過しても汗一つかいていない。普通、君の霊力ライフルを連射していたら、もうばてているはずだ。俺や福士、戸口だってそうだ。その力が正直うらやましいよ」
「そうですかね?」
この力を今まで憎んできた俺にとってその言葉はやはり理解できないものであった。しかし、この力で今は人助けをしている。不思議なものだ。人生とは・・・・
そのまま駆除し続け、すべてが終わるはずであった。乱射に頼る俺。接近戦に汗を流す桑野。霊力タンクを積みながら努力して悪霊を倒す福士。長距離から一撃で狙い倒す顔を知らない戸口。すべてが順調に進んでいたはずなのに・・・・・
ある程度、駆除が完了し、数がさらに減少してきた頃であった。とてつもない霊気を発している悪霊の存在を確認した。
「神川君。強い霊気を感じるが、どうだい?」
桑野からの質問に俺は即答した。
「はい、俺も感じています。今までにない感じです」
「俺もそうだ」
福士も同意見であった。
すると、突然突風が向かい風でやってきたのだ。それは自然の風とは違う何かであることは誰の目にも明白であった。
すると、独特のオーラを放っている悪霊が一体現れたのである。その目は狂気に満ちていて悪霊の中でもトップクラスの強さを誇っているように感じられた。
「おい、福士。あれ、指名手配の伊藤博信じゃねーか?」
「本当だ!」
俺は目を疑った。賞金がかけられている悪霊がなぜこの場所にいるのだろうかと? それなりの知性を持った悪霊がこの恒例行事が行われる場所に現れるなんて・・・・
おかしい、こんな出来すぎた幸運があるだろうか?
「どうする? 駆除するか。それとも捕獲するか? しかし、捕獲用の武器を俺たちは持っていないし、交渉術もない」
桑野の言葉に俺はためらいもない一言を口から発した。
「駆除しましょう!」
賞金などどうでもいい。やつは生きた人間を殺す悪霊だ。生きる資格はない。
「その意見に俺も賛成だ。福士はどうだ?」
「俺たちはハンターだ。やることは一つ」
すると、桑野の携帯電話が鳴り響き、その連絡内容を確認した。
「戸口からだ。早く殺せ、バックアップは任せろだとよ」
俺と福士は武器を構え、桑野が一人、走りながら指名手配犯に接近して行った。
「お前の首はもらった!」
桑野は霊力ブレードを振り下ろし、攻撃した。すると、伊藤の悪霊は気体状になり、浮遊して、桑野の攻撃を交わした。
「何!?」
まるで水中を泳いでいる魚のようにくねくねとした浮遊の仕方であった。しかも、スピードがある。俺と福士の霊力弾もすべて交わされてしまう。
「化け物がぁ!」
伊藤の悪霊は桑野に狙いを定めている。桑野の周りを浮優しながら、様子を見ているようであった。
「小僧が四人ごときに俺はやられないよ。フフフ」
伊藤の声は異常なほど不気味な声を発している。余裕の表情とこの状況を楽しんでいる。今までの悪霊とは違う。
「束になったところで俺には勝てないよ。悪あがきはやめて俺たちの仲間になろうよ。さもないと・・・・・殺しちゃうよ」
この悪霊は一体何を言っているのだ?
すると、辺りが急に暗くなってきた。そして、鬼火らしきものは無数に広がり、俺たちに心霊現象の恐怖を与えていた。
「今までたくさんの仲間を殺してくれたね。君たちは。だから、そのおかえしはしなくちゃいけないよね。今日この行事に来たハンターたちは一人として返さないよ」
多数の悪霊が俺や福士に迫ってきていて、桑野の援護ができない。
一体駆除しても、また一体とゾンビのようにやってくる。しかも、前半に出てきた悪霊とはレベルが違う。一撃で倒せない悪霊や地縛霊が出てきたのだ。
俺の地面から無数の悪霊の手が伸びてきた。そして、俺の足を掴もうとしているのでライフルでそれらを駆除する。しかし、地縛霊の数も半端ではない。桑野や福士の周りにも地縛霊が出てきた。そのため、桑野は伊藤の悪霊だけではなく、そいつらの相手もする羽目になり、雑草を刈るかのように生えてくる両腕を霊力ブレードで切り裂いている。しかし、このままこの状況が続けば、いずれ疲労し、戦えなくなる。俺は問題ないだろうが、二人は違う。俺が何とかしなければならない。
しかし、敵は地面からだけではない。無数の鬼火が襲ってきたのである。オーブとは違い、熱があり、身体的ダメージがある。俺は鬼火に攻撃を仕掛けたが、小さい浮遊した的を狙うことは難しく、射撃力に欠ける俺には正直不慣れであった。ハエのように俺に群がってくるので俺は霊力手袋を装着した両腕でそれを払いにのけようとした。しかし、駆除しているわけではないので時間稼ぎにしかならない。しかし、次第に頭にきていた俺は鬼火の一体を左手で掴むことに成功したのである。
「この、虫けらが!」
俺はその鬼火を握りつぶした。
その光景に恐怖した鬼火が俺から離れたので、その隙を突いて霊力ライフルで攻撃し、撃退することができた。それでも、無数の地縛霊、鬼火たちが漂っている。その後方には二速歩行の悪霊たちが目を光らせている。
「福士さん。去年もこんなに大変だったんですか?」
俺は霊力ライフルのトリガーを引き続けながら聞いた。
「今までこんなことはなかった」
「今年が異常なんですか?」
「異常ってレベルじゃねーぞこれは」
俺は一人孤独に戦っている桑野の方へと走った。
遠距離にいる戸口からの援護射撃で桑野を援護し、同時に浮遊するのを止めていた伊藤の悪霊を狙って攻撃したのである。しかし、大量の鬼火を盾にして攻撃を回避した。
「俺は死なないぜ・・・・」
暗い闇が周辺を覆い、ホラーの世界にでもいるかのようなこの樹海を支配している。
「お前たちハンターは一人として生かして返さないよ・・・・・フフフ」
悪霊ごときに負けるわけにはいかない。俺のプライドが許さない。
俺は霊力手榴弾を使って、周囲の地縛霊と鬼火に向かって投げつけた。放物線を描いた霊力手榴弾は地面に叩きつけられ、その衝撃で霊力が拡散爆発した。その周囲にいた鬼火や地縛霊たちを大量に駆除することができた。そして、俺はそのまま桑野に加戦しようとしたが、樹海の後方にいる鬼火や地縛霊が前進してきて、俺の行く手を阻む。
「これじゃ、切が無い!」
俺はこの時、川西や立浪を呼ばなくて本当に良かったと思った。こんな危険な場所に二人を巻き込むことは出来ない。まあ、霊力鏡を二人は潜ることはできないため、どの道こういう結果になったのであるが。
霊力ライフルをただ連射する。俺はそれだけでいい。しかし、残りのメンバーには限界がある。
桑野は地縛霊や鬼火を二刀流の霊力ブレードで切り裂き続けている。その中で伊藤の悪霊が念動力で突風を起こし、桑野の邪魔をしている。福士は霊力タンクの担ぎ、ハンドガンで戦い続けている。この持久戦ともいえる状況はとても危ない。すると、桑野が福士にあることを命じたのである。
「福士、担当者に連絡して増援してもらえ。俺たちだけじゃ手に負えない!」
「了解!」
福士は通信機から連絡をした。その際、無防備になってしまうため、俺はやむなく福士の護衛に回ることになった。福士の周囲の悪霊たちを駆除し、接近していく。
「神川、すまない」
「かまいません」
この事態を打破するには応援を呼ぶことしかなかった。
福士が通信機で連絡を取っている間、俺は福士のすぐそばに来て、ライフルのトリガーを引きまくっていた。乱射をただ続けるだけだ。しかし、数が多すぎるため、桑野の援護ができないことが不安でしょうがない。
すると、福士が驚くような声を発していた。俺は駆除に夢中になっていたために会話の内容を聞き取ることはできなかった。地縛霊の腕を引き抜き、霊力ライフルで撃ち抜く頃に福士は通信機をポケットにしまい、予想もしていなかったことを口にした。
「他のエリアも悪霊だらけで応援に行けるやつだ誰もいないって言うんだ」
「何だと!」
そんなことが・・・・・この行事はただの駆除だったはずだ。大神さんからも説明を受けたが、こんなことになろうとは・・・・・・
「一体どうなっているんだ? この行事は」
桑野は叫んでいた。
俺は桑野の援護をするために、再び彼の元に向かった。すると、伊藤の悪霊が恐ろしいことを言い出したのだ。
「そろそろ気づいたほうがいいんじゃないのかい。君たちハンターはここで死ぬんだ。君たちは罠にかかったのだよ。この日のために大量の悪霊たちを用意したんだ。ハンターが一斉に集うこの日にね」
罠だったというのか? この日が・・・・・
しかし、霊力鏡でアンダーワールドに避難することができれば、一斉駆除できなくても問題ないはずだ。やはり、悪霊は所詮悪霊。理性を失っているのでどこかぬけている所がある。伊藤の悪霊を逃がしたとしても、問題いないはずだ。
けれど、悪霊ごときがそういう計画を練るとは夢にも思わなかった。それは他のハンターたちもそうであろう。
「俺はお前を殺してやる。指名手配犯なんて関係ねぇ!」
桑野は気合の入った声で言った。
「そうかい・・・・・フフフ・・・・君たちハンターの弱点は霊力の消費だ。この悪霊たちを何のために集めたか理解していないようだね。だから、駄目なんだよ。君たちの霊力は有限だ。持久戦になれば武器が使えなくなる。霊力が低下したハンターなどこの俺の敵ではない!」
すると、伊藤の悪霊は再び気体化し、桑野に向かって急接近してきたのである。桑野は迷わず、霊力ブレードを振り下げたが、軽く避けられてしまった。そして、伊藤は実体化し、桑野の両腕をつかまえ、攻撃できないようにした。
「桑野さん!」
俺は桑野を助けたかったが、大量の地縛霊たちが俺の両足を掴み、身動きが取れなくなっていた。
「くそ、いくらでもわいて出てくるな!」
俺は霊力ライフルを、銃口を下に向けて、駆除したが、虫のようにどんどん群がっている。しかし、鬼火も群がり、思うように行動できない。
「邪魔くさい!」
しかし、駆除しても駆除しても変化を感じない。むしろ、敵が増えているのではないかという錯覚に陥る。
すると、桑野の身に予想外の出来事が起き始めていた。無数の鬼火たちが桑野に体当たりしてきたのである。人の顔より小さいくらいの無数の火の玉は引火することはないが、身体的ダメージを受ける。桑野は吹き飛ばされ、大木に背中をぶつけた。
「さあ、そろそろ霊力が限界なんじゃないか?」
すると、桑野の霊力ブレードの刃先の光が若干ではあるけれど失われていることに気がついた。悪霊たちを倒しているため、霊力の消費が早まったのだろう。現に、桑野の顔は汗でまみれている。かなりの疲労をしていることが分かる。
「もう十分だろう。やろうたち、やつの体を乗っ取れ!」
やつらめ、桑野に憑依する気か。
「まずいぞ。これは!」
福士が声を張り上げて言った。
「霊力も持っていない人間に憑依することは悪霊にとっては簡単なことだ。しかし、霊力を有する人間は抵抗力がある。しかし、今の桑野は霊力が低下している。今なら簡単に表意される」
俺には初耳のことであった。憑依霊の説明を大神さんから受けていなかったのだ。
すると、伊藤の悪霊の周辺にいる他の悪霊たちが気体化して浮遊して桑野に向かって接近して行ったのだ。
福士は携帯電話を取り出し、敵を倒しながら戸口に連絡していた。
「戸口、桑野が憑依される。援護してくれ!」
その指令を受けた戸口は桑野に取り付こうとしている悪霊を遠距離攻撃した。すると、一体の悪霊に霊力弾が命中し、駆除された。しかし、残りの悪霊が桑野の体の中へと入っていってしまった。すると、桑野の体が光りだしていた。
桑野は急に暴れだし、鎖でつながれている霊力ブレードを手放した。
「桑野は抵抗しているんだ。しかし、霊力が落ちているからいずれ乗っ取られる」
「そんなことが・・・・」
なら、霊力手袋で悪霊をつかみ出すしかない。
すると、予想外のことが起きたのだ。戸口が発射した霊力弾が桑野の身体に命中し、再び吹き飛ばされたのだ。すると、取り付いていた数体の悪霊が桑野の体から飛び出し、そのまま消滅した。
確かに、取り付いた霊に対し、霊力弾は有効ではあるが、取り付かれた人にも身体的ダメージを受けてしまう。それは以前の仕事で学んだことであった。霊力手袋で悪霊を取り出す方法が一番ベストであったが、そんな余裕はなかったのだ。不幸だったことは、取り付かれた桑野が霊力を有していることだ。霊力弾は霊力を持った人間対しても、痛みを与えるものだ。そのため、撃たれた桑野は地面に倒れたままであった。
体力の消耗と撃たれた痛みで立ち上がれないことは誰の目にも明白であった。
俺はようやく、桑野のそばまでやってくることができた。
「桑野さん。大丈夫ですか?」
「いや、俺はもう限界だ。俺を残して逃げてくれ・・・・」
「何を言っているんですか?」
霊力ライフルのトリガーを引きながら、俺は応戦している。しかし、伊藤の悪霊の前には無数の鬼火が邪魔をして攻撃が届かない。
俺は桑野が見につけている霊力ブレードを手に取った。鎖がついていたが、すぐに外れる仕組みになっていたため、鎖から外した。左手に霊力ブレードを持った瞬間、刃先が白く光り始めた。俺の霊力を吸収している。
「あいつ、まだ霊力があんなにのこっているのか? あれだけライフルを使っていて・・」
福士は驚きを隠せないようであった。
「お前・・・・・天才には叶わないな・・・・・俺の武器を好きに使え・・・・」
桑野からの指示を受けた俺は雑草のように生えてくる地縛霊の腕を霊力ブレードで切り裂いた。すさまじい切れ味だ。桑野が接近戦にはまるのも無理はない。この武器には男のロマンが詰まっている。
「お前は何者だ! あれだけの霊力を消費してもその武器の輝きは・・・・・」
俺に群がる鬼火を左手で握っている霊力ブレードで切り裂き続けた。
「そうか、お前が神川か、あいつが言っていたやつか!」
あいつとは一体誰のことを言っているのだろうか?
すると、伊藤の悪霊は念動力を使って突風を再び吹き付けてきたのだ。俺は霊力ブレードを地面に突き刺し、居場所を固定した。そして、右手に持っている霊力ライフルで伊藤の悪霊を攻撃した。乱射したうちの数発は命中し、ダメージを与えることには成功したが、葬り去ることはできず、やつは再び気体化し、俺に接近してくる。俺は霊力ブレードで振り払おうとしたが、軽く避けられてしまった。しかも、霊力がある代わりに筋力が極端に低い俺の剣術など通用するはずがなかったのだ。
そして、やつは俺の背後を取り、俺の体の中へと入っていったのである。
「神川!」
桑野が叫んでいた。しかし、その時の俺にはその声は耳には入らなかったのである。
「お前の体に取り付いてやる・・・・」
その悪意に満ちた声は俺の体内から聞こえてくる。とてつもない寒気が俺を襲い、体の自由を奪おうとしているのが分かる。
「お前の体をいただこうか!」
「人の体の中に・・・・入るな!」
俺は大声を上げ、霊力ライフルを地面に捨て、その霊力手袋を身に着けている右手で自分の胸辺りを掴んだ。すると、霊力手袋に吸着力を感じた。俺はそのまま握力を強め、伊藤の悪霊を体内から引きずり出した。すると、やつの頭を掴んでいたらしく、そのまま俺の体をすり抜けるように出てきた。
「お前、霊力がまったく落ちていないっていうのか?」
その言葉を聞いた俺はどこか恐怖した。ハンターたちは霊力を消費する。しかし、俺にはそれがない。どうなっているんだ? 俺の体は・・・・・
「まあ、何でもいいさ。お前はぁ!!!死ね!」
左手の握っていた霊力ブレードでやつの首を切り裂いたのだ。すると、体が消滅し、首から上だけが俺の右手で握り締められている。
「この俺が・・・・新米ハンターに殺されるなんて・・・・・」
胴体を失ってもなお、悪霊として生きているこいつの首を俺は高々と上げ、ここにいるすべての霊たちに見せ付けた。
「お前たち悪霊どもよ。こうなりたくなければ、この場から去れ!」
「お前たち・・・俺を助けろ!」
まさか、悪霊が悪霊に助けを求める姿を見ることができるとは夢にも思わなかった。しかし、こいつを助ける気は悪霊たちにはなかった。
「お前たち、何をしている? こいつらを殺して、俺たちの世界を作るんじゃなかったのか?」
「どういう意味だ。伊藤?」
俺は伊藤の頭を強く握り締めた。
「や、やめろ! 分かった、話す」
すると、伊藤は堅い口を開いた。
「ここで大量のハンターを倒した後、ホワイトアウトを起こすんだ」
ホワイトアウト? またこの単語が出てきた。
「ホワイトアウトとは何だ? 答えろ!」
「そんなことも知らねーのか」
「だから聞いている!」
俺はさらに握力を増して尋問した。
「分かった・・・・ホワイトアウトとは・・・・現世に死の世界の扉を開くことだ」
「何、死の扉だと」
「昔起こったホワイトアウト現象。それは死の世界に通じる扉が開いた光だった。そこから大量の死者を召喚する。数は無制限だ。そうなれば、この世界は死者の世界になり、お前たち生きたものは全滅する」
そ、そんな馬鹿な・・・・では、あのホワイトアウト現象はやはり悪霊たちの仕業だったということか?
「いつ、どの悪霊がどこで起こすんだ、答えろ!」
「そんなこと俺は知らない。俺はお前たちハンターを倒すように頼まれたんだ。ホワイトアウトの起こし方なん知るかってんだ」
「今、頼まれたといったな。誰にだ?」
「それだけは言えないな。そいつには散々助けてもらったからな。死んでも言えないな」
「じゃあ・・・・死ね!」
俺はそいつの頭を握りつぶし、完全消滅させた。
今の俺は混乱していた。ホワイトアウト、黒幕、死者を召喚する・・・・わけが分からなかった。
「神川、ここは一旦引こう」
福士の発言に対し、俺は反対したかったが、桑野を救うために仕方なかった。今ならもっと多くの悪霊を殺すことができるのだが・・・・・
自分の中に潜む『殺意』が再び暴れだしたかのような感覚であった。
俺と福士は桑野を立たせ、福士は背負っていた霊力タンクを地面に捨てたのである。
「くそ、もう霊力が空っぽだ!」
身軽になった福士は桑野を背負い、後方へと進む。戸口は安全な場所から援護する。しかし、俺は逃げようとはしなかった。
殺したい、殺したい、すべての悪霊を殺したい。
霊力ライフルを地面から取り出し、再び乱射の嵐を起こした。
「神川、早く行くぞ!」
福士から叫ばれたので俺はなくなく後退し始めた。その際、自分が投げて霊力が空っぽになっている霊力手榴弾を拾い、作業用のベルトに閉まった。
すると、福士たちの前に別の悪霊が現れたのだ。福士はベルトの隙間に挟んでいたハンドガンを取り出して、自身の霊力を消費しながら霊力弾を発射したのだ。その悪霊を駆除することには成功したが、彼の霊力の低さを理解した俺はすぐに彼らの元へと向かった。
そして、俺は二人に寄り添い、霊力ライフルで応戦しながら、霊力鏡のところまで後退していった。
しばらく、三人で移動し続けた。戸口はどこにいるか分からなかったが、援護射撃をしてくれている。俺も福士も応戦し続けていたが、福士の徐々に衰弱していくのが手に取るように分かっていた。彼の息は荒くなり、足取りが重くなっていくのは明白であった。
「もう少しです。がんばってください!」
俺は自分が余裕なことをいいことにきれいごとを言っている。そんな自分に嫌悪感を抱きながらも、二人を守っている。
どうして自分にだけこれだけの霊力が備わっているのだろうか? 俺の出生に何か秘密があるのか? しかし、祖父祖母からは何も聞かされてはいない。
しかし、今の俺のこの能力は必要不可欠だ。
「福士さん。後は俺が一人で応戦しますから、桑野さんをお願いします」
そして、最初に使用した霊力鏡の設置場所を肉眼で取られることができた。弱っている二人を最後までついていこうとしたが、霊力鏡の周辺には多くの悪霊たちがふさいでいたのであった。そして、俺はあるおぞましい光景に気がついた。
周囲に大勢のハンターたちの・・・・・・血と遺体が散らばっていたのである。俺はすぐ近くに倒れていた人を見つけたので近寄り、触れたが、何の反応もなかったのだ。頭部から血を流しており、それが致命傷になったのだろう。その光景に俺はおどろき、腰を抜かしてしまった。
「し、死んでいる・・・・・」
霊力鏡を守っていた最後の一人である拡声器を持っていた担当者は霊力ガンを使って応戦していたが、霊力を激しく消耗してしまったのだろう。トリガーを引いてももう何も出てこなくなっていたのだ。そして、数体の人型の悪霊に首を絞められ、絞殺された。
そして、霊力鏡は完全に悪霊たちの手に落ちたのである。
「そ、そんな・・・・」
俺は呆然とし、体から力が抜けるようであった。
「駄目だ。他の悪霊たちが邪魔をしてこの森から脱出できない」
福士はパニックを起こしている。恐怖に怯え、体が硬直しているようであった。
「福士さん。まだ霊力鏡は二つ残っています。その一つはあの霊力鏡の向こう側にありますから、その反対方向にある霊力鏡まで向かうしかないでしょう」
このような異常な状況の中で冷静で入られる自分が非常に怖かった。きっと、恐怖よりも憎しみが勝っているのだろう。怒りは人の力を発揮させてくれる今までだってそうであった。俺は怒りで悪霊と戦ってきたのだ。
俺は脱出より、戦いたいという感情が高ぶってくる。しかし、そのために二人を見捨てるわけにはいかない。
俺は通信機のパネルを操作し、現在位置を確認し、三人で目的の霊力鏡のところまで移動し始めた。福士は途中で戸口に連絡したが、つながらなかったのだ。
「戸口との連絡が取れない」
「大丈夫です。きっと、通信機を落としたか何かあったのでしょう」
そんな根拠はどこにもなかった。何かあったに違いない。それは分かっていたが、口に出すことではないと判断したのだ。
悪霊の気配のする場所を避け、視界に映らないように慎重に進んで行った。その時間はとても長く感じられ、悪霊たちがぞろぞろと移動しているのを見ながら、草むらや大木に隠れ、過ぎ去るのを待った。しかし、疲労している福士はともかく、複数の悪霊たちに取り付かれた上に味方の強力な霊力弾を受けたのだ。早く医者に見てもらう必要性を感じている。
そして、その努力が報われたのか、少し丘になっている場所に霊力鏡が設置してあるのを発見した。その間、三十分くらいはかかっただろうか?
しかし、別方面から悪霊が数体現れたのである。
「福士さん。先に霊力鏡で脱出してください!」
「お前はどうするんだよ」
「俺が囮になります。さあ、急いでください。俺は大丈夫ですから」
「すまない。本当は俺たちが経験浅いお前を助けなきゃいけないんだけどな」
「そんなこと気にしちゃ駄目ですよ」
そうさ。気にする必要はない。俺は悪霊を駆除することを生きがいにしている歪んだ男なのだ。
そして、俺は二人と離れ、一人悪霊たちの元へと向かった。霊力ライフルで威嚇射撃を行い、注意を俺の方に向けさせた。
悪霊たちは俺の方に顔を向け、接近してきたのである。
俺もやつらに向かって走った。そして、霊力ライフルで数体の悪霊を撃ち殺し、無数の鬼火を霊力ブレードで切り裂いた。このパターンの繰り返しをし続け、二十分ほどが経過した。すると、生き残っていたハンターたちが弱った体でやってくるのが分かった。
俺は彼らの周囲に悪霊がいないことを確認し、その方角へ向かった。まだ生き残っている人がいると考え、そして悪霊を駆除するために再び戦場へと足を運んでいった。
それから十分くらいであっただろうか? 早歩きで森を進んでいくと、異様な光景を目の当たりにしたのだった。
大量の悪霊を引き連れている一人の人間がいたのだ。黒いマントを羽織、黒い仮面をつけているのだ。そして、そのコスプレ的衣装を守っている人間の首には何かワッカのようなものを取り付けているのだ。
俺は遠くからその光景を眺め、様子を伺っていた。
あいつは何者だ。霊気を発していないところから見て、明らかに人間だ。しかし、悪霊たちの味方をしている。つまり、裏切り者ということになる。
すると、それに立ち向かうかのように何人かのハンターたちが抵抗をしているのが分かった。
ハンターたちは木に隠れて霊力弾を発射した。すると、その仮面の男はマントを体に包み込み、霊力弾から身体を守ったのだ。
霊力弾は霊力を持った物体にダメージを与える。しかし、それ以外の物体に対し、物理的威力はほとんどない。それを考慮してのマントによる防御方法をとったのだ。これは明らかに対ハンター用の戦略と言える方法であった。すると、その仮面の男はマントから俺とまったく同じ色、形の霊力ライフルを取り出したのである。そして、ハンターに対し攻撃し始めた。ハンターたちはなす巣でもなく、木の陰に隠れた。
「馬鹿な・・・・・人間がハンターを裏切ったというのか?」
俺は応戦する勇気を一気に失ってしまったのだ。相手が悪霊だけならともかく、同じハンターの武器を使うやつであるとは・・・・・
俺は憎しみが減少し、恐怖というものを生まれて初めて体験するかのように怯えてしまった。
すると、仮面の男は攻撃を止め、ライフルを捨てると、首輪を右手で触れ、スイッチを押したかのようであった。そして、予想もしていなかったことが起こったのだ。
無数の悪霊が仮面の男に憑依し始めたのである。しかも、桑野の時とは違い、自ら望んで悪霊に取り付かれている・・・・・いや、吸収していると言った方が正しいのかもしれない。
そして、数体の悪霊に憑依された仮面のやつの体からは邪悪な気とも言うべきものが噴出していた。それはもはや、悪霊の霊気を漂わせている。
「この、化け物がぁ!」
ハンターの一人が霊力手榴弾を投げたのだ。これなら、周囲に霊力が拡散し、あの仮面のやつにもダメージを受けることはできる。しかし、予想もしていなかったことをあの仮面のやつがやってのけた。
手をかざし、宙に浮いている霊力手榴弾を、念動力を発動させて浮いた状態で止めてしまったのだ。
「馬鹿な!」
俺は驚きを隠せずにいた。
悪霊を吸収し、悪霊の力を利用しているということか? しかし、悪霊ですらろくに念動力をコントロールできないのに。あの仮面の男は一体誰だ?
そして、浮いている霊力手榴弾は念動力により、ハンターたち目がけて飛んでいったのだ。そして、地面にぶつかり爆発した。霊力の拡散された光はハンターたちに命中し、吹き飛ばされた。そして、悪霊たちが弱ったハンターたち目掛けて襲い掛かってきたのだ。まるで、獲物を見つけたハイエナのように。その光景に俺の体はさらに硬直していった。
か・・・勝てない・・・・
俺の頭の中には死という名の恐怖心が全身をさらにめぐり、支配されるような感覚に襲われた。
俺は一目散にその場から去り始めた。
悪霊相手に恐怖したことは今までほとんどなかった。緊張はしても恐怖は無い。そして、自分が死ぬんじゃないかと思うことなど今まで一度も無かった。しかし、この一斉駆除の行事は違っていた。明らかに計画的であり、一斉に駆除されたのは悪霊ではなく、俺たちハンターの方であった。
錯乱していた俺は途中でハンターの遺体を見て、さらに恐怖した。それでも必死に逃げ続けた俺は霊力鏡のある丘へとたどり着いた。すると、どこから現れたのか分からなかったが、弱そうな悪霊が丘の上にいたので霊力ライフルで攻撃したが、慌ててふためいていた俺はすべての攻撃を外してしまっていた。仕方がないので俺は霊力ブレードで切り裂き、そして、霊力鏡の中へと入ってその場からの脱出に成功したのであった。
アンダーワールドのまったく来たことのない場所に繋がっていたこの霊力鏡から人気のある場所に移動するのに数十分かかってしまった。そして、最初に集合した場所にたどり着いた時、大勢の人間や無害の亡霊たちがいた。
大勢の人々は喚き、泣き叫び、混沌としている。
多数の負傷者、死傷者をタンカーで運ばれていく姿を目撃しながら、俺は野次馬たちに向かって歩いている。すると、ハンターらしき男性がこう叫んでいた。
「悪霊たちは私たちを待ち伏せしていたんだ。あれは罠だった。しかも、悪霊たちに寝返った人間がいたんだ!」
その言葉に大勢の野次馬たちは息を呑み、静かになったのだ。
「その裏切り者は黒いマントと仮面を身に着けていた。しかも、あいつは疲労することなく霊力弾を発射してきたんだ。疲労しきっていたところを完全にやられたんだ」
「じゃあ、何か。その裏切り者は霊力の強さに関して最強だったってことか?」
「ああ、そうさ」
「しかし、そんなやついるのか? あの天才と言われた大神さんですらないとすると・・・」
あの仮面の男は俺に匹敵するくらいの霊力の持ち主ということなのか? だから、ハンターたちはその相手には叶わなかった。霊力の持久力でハンターの素質が決まると言っても過言ではない。
「一人、いるじゃないですか? 皆さん」
何とそこに現れたのは数人の友人を連れた池上だった。
「あそこにいる大神さんの弟子であり、現時点で最高の霊力を持った神川が!」
池上は俺に向けて指を刺し、俺がハンターを襲った裏切りものであるとでも言いたいようであった。すると、それに追い討ちを掛けるかのように、生き残ったハンターが言った。
「あいつが持っているライフルは俺が見た仮面のやつと同じだ!」
その発言で仮面の正体が俺ではないかという疑惑がわきあがってきたのだ。
「あいつがハンターを殺したんだ!」
「そうだそうだ!」
なぜ、そうなるんだ!
「ちょっと待ってください! 俺は今日大神さんに頼まれてこの行事にハンターの方々と参加したんですよ。それに集団で行動していました。桑野さんや副士さんたちといっしょに。二人が証言してくれます」
「二人は霊界病院に運ばれて治療を受けている。霊力の消耗が激しすぎて目を覚ますには時間がかかる。それに君は彼らといっしょには脱出しなかっただろう。どう説明するんだ!」
明らかにハンターではなさそうなおじさんに問い詰められた。
「これは幽霊たちの復讐だ! 今までハンターたちが幽霊たちの権利を無視して殺してきた復讐なんだ!」
別の野次馬の男性が叫んでいる。
「いや、裏切り者が悪霊たちをそそのかしたのかもしれない?」
野次馬たちは好き勝手なことを言っている。すると、また来てほしくない人物が現れた。
「皆さん。落ち着いてください」
池上の父親が上から目線で野次馬たちに言った。
「まずは裏切り者の可能性のある神川君を拘束することが最善の策ではないでしょうか?」
「あんた! 何を言っているんだ。俺はむしろ被害者だ。何の根拠も無いのに拘束とかおかしいだろ。地上ではそんなことはしない」
「ここは地上の世界ではないのだよ。神川君。アンダーワールド。選ばれた人間の世界なのだよ。状況や環境が違うんだ。ハンターの話が本当なら持久力に富んだ霊力を現在有しているのは君だけだ。他には誰もいない。霊界学校にも現役のハンターでもね。ましてや、交渉主義者たちならなおさらさ。そして、君はあのゲームで記録を更新した。そして、仮面の人物とやらと同じ武器を所有している。君の無実が確定するまで霊界刑務所で拘束するのが妥当だとは思うが皆さんどうだろうか?」
こいつ、アンダーラウンドゼロでのつまらない恨みをまだ根に持っているようであった。実に小さい男だ。その息子も含めて。
「この世界には警察はいないのか! お前らどうかしているぞ!」
すると、霊力弾が俺の胸に命中し、俺は仰向けで倒れてしまった。その霊力弾は池上からの攻撃であった。明らかに仕返し行為であることは分かっていた。
「息子よ、よくやった」
何が良くやっただ。
腹が煮えくり返るような怒りに狩られている中である人物が俺の元にやってきた。
霊界大百科の大島さんだ。
すると、大島さんは俺に近寄り小さな声で言った。
「今はあいつらの言うことを聞くしかない。あいつらは交渉主義者の集まりでハンターを嫌っている。後で必ず大神といっしょに救いに来る。それまで辛抱してくれ」
その言葉には熱がこもっていた。とても信頼できると俺の心が言っている。確かに、この場から無理に逃亡してもどうしようもない。まずは疑惑を晴らすことが優先であった。
「分かりました」
すると、大島さんは大声で言葉を発した。
「この少年を拘束してください。彼の武器は私がこちらで預かります」
俺は大島さんの言う通りに武装を解除し、武器のすべてを大島さんに渡した。そして、俺は数人の男性陣に連行されていった。俺は何の抵抗もせずに、歩いていたが、野次からの誹謗中傷が酷かった。まるで俺が凶悪犯かのようにだ。実際、凶悪犯であった悪霊を一体駆除した俺はむしろ英雄扱いされるべきはずだと、幼稚じみた考えた頭を回り続けている。
しばらく進むと、そこは霊界刑務所であった。そして、その中に入った俺は空いている牢屋に入れられたのだ。全体が霊力で守られており、当然霊力を有している俺にも害が及ぶ。つまり、完全に犯罪者扱いでこの牢屋を出ることはできなかった。
左右に透明な壁に霊力の白い光が混ざっているため、触れることはできないが、覗くことができた。人の姿をしていない霊魂が無数に存在する牢屋が左で、右は人の姿をしている悪霊が悪意に満ちた目で俺の方を見ている。すると、その悪霊が俺の方に近寄ってきて話しかけてきた。
「生きた人間が来るとは思わなかったぜ」
俺は悪霊と話すことはないので布団も何も無い牢屋の地べたに仰向けになった。
「おめぇ、何したんだ? 人殺しか、盗みか」
「お前には関係ない」
俺は冷たく言い放った。
「つれねぇな。俺の名は秋山正行、そんなに悪い悪霊じゃねーよ」
「悪いから悪霊なんでしょ?」
俺はつい突っ込んでしまった。
「やっと話してくれたな。で、何をしたんだよ? 教えろよ。別に損はないだろ」
俺は今日の出来事を簡潔に説明した。別に減るものではなかったからだ。
「ついてねーな。俺と同じだ」
「お前と?」
「ハンターのお前には分からんことさ」
「ハンターは嫌いですか?」
俺はこの悪霊に妙な親近感を抱いてしまった。同年齢くらいの悪霊だからだろうか?
「そりゃ、嫌いさ。でも、ネゴシエーターのほうが性質が悪い。あいつら偽善者の方が嫌いだね」
意外なことを言ったので俺は驚いてしまった。
「ネゴシエーターは亡霊たちを救ってくれるんじゃないんですか?」
「確かにそうだな。だがな、生かしてくれることと救うことは必ずしもイコールじゃないんだよ」
この内容から分かることは、この悪霊には理性がある。心の破綻を感じない。悪霊ではなく、亡霊と言ったほうがいいのかもしれない。
「どういう意味ですか?」
「俺は病気で若いうちに死んじまったんだ。まあ、それはいい。問題はその後だ。幽霊になっちまった俺はこの世界に未練を残してしまったんだろう。若い頃にできなかったことへの後悔。その言葉に囚われちまった俺は成仏できずに各地を転々としてたんだ。まあ、思考も働いていたから、亡霊も案外楽しいなと思っていた矢先さ。たまたま、悪事を働いていた不良たちがいたから霊力でこらしめたことがあったんだ。そうしたら、それが癖になってな。世直し亡霊になったんだよ。そうしたら、あっという間にネゴシエーターやハンターに俺の存在がばれて殺されそうになったりした。それでネゴシエーターたちに捕まった俺はここに隔離されて何年も経ってる。成仏したくても、この世界をもっと堪能したいから成仏できない。しかし、ネゴシエーターの目的はあくまで成仏。利害が一致しない状態が何年も経過している現状を考えると、ハンターに殺された方が楽だったろうにさ」
こういう亡霊もいるということか。しかし、一度悪霊と決めつけられると駆除されるか、成仏させられるかの選択肢しかない。俺は今までそういう風に物事を考えたことは無かった。
「すいません。霊力の強い人について心当たりはないですか? 大神さん以外で」
すると、亡霊の囚人はあぐらをかきながら、考え込んでいる。
「悪霊の中でも大神さんは最強だったからな。実は一度だけ大神さんに出会ったことがある。俺が亡霊同士のけんかに巻き込まれたことがあったんだ」
「幽霊同士でけんかってあるんですね?」
想像したこともなかった。
「そりゃそうさ。肉体は失っても魂は残っているしな。そうしたら、その中で一体理性を失って悪霊になっちまったんだよ。そのせいで俺は殺されかけたんだよ。その時に大神さんに助けられてな。当時の俺は、ハンターは何振りかまわず幽霊を殺す暗殺者だと思っていた。現にそういう時代はあったらしい。だが、あの人はその悪霊だけを殺して俺たちを見逃してくれたんだ。悪さをしないかぎり、自由に生きる権利があると。ハンターの言う台詞ではなかったぜ」
「そんなことがあったのか・・・・・」
考えてみれば、俺は大神さんのことを良く知らない。ある日現れて、俺に仕事をしつけた。それくらいだ。一度でもじっくり話したことはなかったな。いつも聞かされるのは『他者』からの大神さんだ。大神さんの口から自身の過去を聴いたことがない。
「しかし、相変わらずえげつないやつらだな。交渉主義者たちは。何の証拠も無いくせにこの刑務所に隔離するとはな。あいつらはハンターを心底嫌っているからな。君はもしかして何か嫌われるようなことでもしたんじゃないのか?」
「そんなこと言われてもな・・・・・」
正直、心当たりはないが、関係あるかもしれないことを口にした。
「江本愛って女に仕事を邪魔されたことかな」
「あの女か!」
急にその悪霊は怒りを露わにした。
「あの女にとっつかかまったんだよ。俺は」
「そうだったのか・・・・・俺もあの女は嫌いだ。できれば一生会いたくない」
その後も、この気のあってしまった悪霊とたわいも無い会話をして過ごしていた。
しかし、俺の頭にはあの仮面の男のことしかなかった。
正体は誰か。憑依装置の首輪、悪霊を引きつれている目的。
そして、この後の俺の状況や立場についてだ。
悪霊たちと同じ場所に隔離され、周囲からは裏切り者扱い。しかも、大量の悪霊たちが何をしでかすか分からない状況。そして、何より大勢のハンターが負傷してしまっている事実は強烈だ。
そして、俺が想像していた恐怖は現実のものとなった。
数時間が経過し、夕方近くになっていた。今だ拘束が解けない状況の中で最悪な事態が起きたのだ。
霊界刑務所内が騒がしくなったのである。すると、所内に大量の悪霊が現れたのである。黒いオーラを放つ無数の悪霊の姿はもはやゾンビのようにしか見えなかった。
「なぜ、悪霊が進入することができたんだ!?」
こいつらは明らかに樹海にいた悪霊たちであった。
「悪霊は霊力鏡を通り抜けられないはずだ!」
すると、隣に監禁されている悪霊にあることを言われた。
「一つだけ方法があるんだよ」
その言葉に俺は口を空けてしまった。
「俺は何度かその方法でこの世界にきたことがある。一つはネゴシエーターに拘束された時に使用される特殊な箱があってね。その中に入れば、霊力鏡を通過することができる。その代わり、豚箱行きだが」
「もう一つは?」
俺は心臓が止まるかのような緊張が全身を駆け巡った。
「他人の体に憑依することだ」
その言葉に俺はすべてを理解した。あの仮面の男は悪霊を自らの体内に憑依させていた。しかも、複数の悪霊を。その憑依した状態で霊力鏡を通り抜け、悪霊を解き放った。そうとしか考えられない。
俺は隣にいる悪霊に更なる質問をした。
「首に巻きつけて亡霊を憑依させることは人工的に可能なんですか?」
「ああ、亡霊融合装置のことか」
「亡霊融合装置?」
「知らないのか。まあ、あの装置は危険だからな。本来は霊力補助のために開発された装置だ。俺たち亡霊は言ってみれば霊力の塊のようなものだ。その霊力の塊と一体になり、霊力の強化し、場合によっては亡霊の能力を使用することができる。ただ、亡霊融合装置は副作用の改善ができず、現在は使用禁止になり、持っているものはほとんどいないはずだ」
その言葉で俺はあることに気がついた。初めて大神さん出会い、武器等の資料を貰ったときだ。亡霊融合装置がその資料内に書かれていたのを思い出したのだ。あの時、俺は大神さんから借りた武器の使用方法のことで頭がいっぱいだった。その時に書かれていたものを敵が使用している。
「副作用って何なんだ?」
俺は敵が来ているにも関わらず、そのことが気になってしょうがなかった。
「まずは精神障害だ。昔、亡霊融合装置は霊力の弱いハンターが使用することが多かったんだ。そのため、大勢のハンターたちの間ではその装置が流行ったんだが、その内暴走するやつが現れたんだ。理性を失い、霊力弾を無差別に乱射して大勢の人間や亡霊たちに被害を及ぼす事件が起き始めたんだ。それから、亡霊融合装置の危険性が広まったんだ。そしてもう一つは身体的障害だ。亡霊と融合することは限りなく死に近い存在になることだ。そのため、装置を使ったために霊力が低下したり、数多くの身体障害を起こし、最悪早死にするケースもあったんだ。まるで違法薬物と同じだった。だから、今は販売が禁止されている」
つまり、大神さんは亡霊融合装置を所有しているということになった。それは過去に使用していたことに他ならない。まさか、仮面の男の正体は大神さん・・・・いや、それはない。体格が違いすぎる。それに大神さんには悪霊に加担する理由がない。
悪霊たちは牢獄に幽閉されている同族たちを次々と解放していったのだ。その中にはかつてハンターであり、現在は悪霊になってしまった橋場裕也もいた。
アンダーワールドのやつらは一体何をしているんだ?
俺は恐怖とあせりを感じていた。丸腰でしかも閉じ込められている俺にはなす術もなかった。
そして、悪霊たちは隣にいる秋山正行の亡霊も解放された。すると、悪霊たちは皆俺の姿を見た
「こいつはどうする?」
「生きた人間なんかに興味はない。一生閉じ込めとけ」
しかし、橋場の悪霊が現れた。
「この人間は俺の獲物だ」
すると、悪霊たちはそれを承諾し、その場を後にした。
「さ~て、お前をどう料理しようか?」
その不気味で悪意の塊の言葉に対し、俺は激しい憎しみを抱きつつも何もできない自分にもどかしさを感じていた。
牢屋の扉が開き、橋場が入ってきた。すると、亡霊である秋山が橋場に突進してきたのである。そして、互いに殴り合っている。
「秋山!」
「ハンターは嫌いだが、お前は気に入った。早く逃げろ」
「この裏切り者が!」
「お前たちの仲間になった覚えはねぇ。俺は自由が好きなんだ。お前のような見も心も腐った死人はジャマなんだよ!」
亡霊同士の戦いを見るのは初めてであり、一瞬見とれてしまったが、今の俺はこの牢屋を脱出する必要がある。
「ありがとう! 秋山」
俺は自分のいた牢屋を脱出することに成功したが、あたり一面悪霊だらけであった。もちろん、この霊界刑務所の門番であった亡霊たちは悪霊と対峙しているが多勢に無勢である。しかし、これ以上無いであろう幸運にまさしてもめぐり合ったのである。
「神川、無事か!」
大島さんが自身専用の武装を身にまといながら、俺に向かって走ってきてくれたのだ。俺に作業用のベルトを投げつけると、俺はそれをすぐに腰にまき、ライフルも受け取ったのである。
「くそ、悪霊がこの世界に侵入しやがって、ネゴシエーターたちも必死で戦っている」
「あいつらがですか?」
「ああ、そうさ。まあ、ハンターやハンター志望の俺たちに比べれば、正直足手まといだがな。味方の幽霊たちもいる」
俺は自分のいた牢屋に向かうと、秋山が橋場に苦戦している姿を目の当たりにした。
「おい、橋場!」
橋場が俺の方に向いた瞬間、俺は霊力ライフルで橋場の頭部を打ち抜いた。その光景は秋山にとって恐怖だったであろう。
俺は秋山のほうに顔を向けた。そして、霊力ライフルで彼に狙いを定めた。秋山は完全な死を覚悟していたのか、何も言わず、目を閉じている。その光景で俺は決心した。
「行けよ。好きなところに」
「いいのか? お前はハンターだぞ」
「もし、お前が悪さをしていたら、その時は俺が責任を持って駆除する」
俺は笑みを浮かべながら言った。
「ったく、甘いやつだな」
そう言うと、秋山はそのまま牢屋を後にし、戦闘を避けるように霊界刑務所を後にした。
「秋山か、後で愛ちゃんに怒られるな!」
「この場所を無事脱出できたらですね」
俺と大島さんは互いの背中を向け、背後を守るように陣形をとった。辺りは悪霊だらけである。
「神川、君のお手並みを拝見しようじゃないか!」
「いいでしょう」
大島さんはこの状況を楽しんでいる。ハンター志望でその道を挫折したこの人にとってこの事態は夢を一時的に実現することのできる空間なのだろう。
そして、お互いに持っている霊力ライフルで周囲の悪霊を駆除し始めた。味方の亡霊たちに命中しないように気をつけながら、攻撃を続けた。そして、この霊界刑務所を無事脱出することに成功したのである。
すると、大島さんから思いもよらないことを言われた。
「神川、お前は自分の高校に向かうんだ!」
「なぜですか?」
「ホワイトアウト現象が再現されているんだ」
「ホワイトアウトが!」
「それは分かっているな」
「けど、どうして俺の高校に・・・・」
「それは俺にも分からない。実をいうとかつて起きたときの現象も原因不明なんだ。大勢のアンダーワールドの人間、亡霊たちがあの時の現象を調べたが、解明できなかったんだ」
「そんな・・・・」
「大神はそこに向かっているはずだ。君も早く向かうんだ」
すると、大島さんは腰部分のベルトに挟んでいた霊力ブレードを俺に渡した。
「これ、桑野のだろ。俺が発注して売ったものだから覚えている。お前が桑野たちといっしょにいたことはこれで信憑性があるし、大神が選んだ人間が悪霊側につくなんてありえないからな。俺はお前を信用している」
「ありがとうございます」
「あの現象で、大勢の人間が死んだんだ。早く止めなくてはならない。かつて大神が止めてくれたように、今度は弟子である君が世界を救うんだ」
「俺なんかに世界を救うことはできませんよ。それに仮面の男は亡霊融合装置を使っているんです」
「何、あの装置は販売禁止のものだ。俺の店でも撃ってやしない」
「やつを倒す方法はないでしょうか? やつが悪霊の力を自在に使っている所を目撃したんです。そんな相手にどう立ち向かえばいいのでしょうか?」
その質問に大島さんは言葉を渋ったが、それでも敵を倒すヒントを与えてくれた。
「倒す明確な方法はないが、弱点ならある。あの装置は亡霊や悪霊を取り込み、霊力増強としての媒体装置だ。しかし、亡霊に憑依されることは身体的に負担が生じる。生きた人間に死んだ人間を憑依させる。それは限りなく死に近い状況を作り出すものだ。そのため、使用し続ければ、身体的に崩壊し、精神は発狂する。だから、あの装置には限界時間がある。長時間の使用はできない」
その言葉で勝機があるとは思えないが、絶対的強さではないことは分かった。
「すいません。大島さんにお願いがあるんですけれども」
そして、俺たち二人は悪霊を倒しながら、霊界大百科に到着した。そして、中に入ると、大島さんは人間仕様の霊力ライフルを二丁と霊力ゴーグルを用意してくれた。
「人間用の武器をどうするつもりだ?」
「悪霊の存在を知っているメンバーに戦ってもらうんですよ」
大きな黒いバッグに必要な武器を入れ、それを背負いながら、俺はドアを開けた。
「気をつけろ。お前が大神の再来、いやそれ以上なら勝てるさ」
「ありがとうございます。では、行ってきます!」
そして、俺はその場を離れ、自分の霊力鏡へと向かっていった。
数多くの悪霊を倒しながら、すぐに霊力鏡へと向かうとそこには江本愛が悪霊たちに囲まれていた。
「私はあなたたちを殺したくないの! だから皆を襲うのをやめて!」
相変わらずの平和主義者だ。しかし、現状でそのようなことを言える神経が分からない。戦場のど真ん中で平和を訴えるくらい愚かな行為だ。
すると、一体の悪霊が彼女に襲い掛かってきたのでピンク色の霊力ライフルで彼女は応戦した。しかし、その放たれた霊力弾は限りなく小さく、殺傷しない程度の出力に調整されていることが分かった。多少のダメージだけを与え、動きを止め、交渉する。それが江本のやり方なのだろう。しかし、悪霊たちがそんな生易しいわけがない。
俺はためらうことなく、霊力弾を発射し、江本の周囲にいた悪霊を駆除した。
「あなた、裏切りもの!」
江本は霊力ライフルに取り付けられているダイヤルを回している。きっと、そのダイヤルが霊力の出力を調整する場所なのだろう。
その派手なピンク色の霊力ライフルを俺に向けている。
「俺は裏切り者じゃない。でなければお前を助けたりはしない!」
その言葉を聞きた江本は納得したのか、霊力ライフルを下ろした。
「じゃあ、俺はホワイトアウトを止めるために高校に行くんで!」
「ホワイトアウト現象がどうして私たちの高校で起こるのよ!」
「そんなことは知らない。大島さんからの情報だ」
「だったら、私の霊力鏡から移動すればいいわ」
「何だと?」
その発言は俺にとって予想外のことであったからだ。
「ホワイトアウトは大勢の犠牲者を出した事件よ。それを止めなくちゃいけないわ。私の家から高校までは徒歩で数分だからその方がいいでしょ」
「ああ、じゃあ頼む」
まさか、この女と協力することになるとは。
しかし、そんなことを考えている暇はない。
俺たちはピンク色の枠で作られた江本の霊力鏡の中へと入った。そして、地上へと戻って来た。そこは一軒家の庭であり、霊力鏡が外に設置されていたことを意味していた。
「さあ、行くわよ」
「俺に命令するな!」
そして、道路に出た俺たちを待っていたのはおぞましい数の悪霊と高校の校庭から空に向かって円状に光を帯びているホワイトアウトであった。そして、その光の中から無数の霊魂が現れている。それが悪霊と化して人々を襲っている。しかし、悪霊を通常の人間には見えないため、抵抗することなどできなかった。
「行くしかないのか・・・・」
俺は怯えていた。この混沌とする状況と仮面の男が使用している思われる亡霊融合装置に恐怖していたのだ。
俺は荷物を持ちながら霊力ライフルで悪霊を一撃で駆除していった。しかし、江本は攻撃することはせず、俺の後方を進んでいるだけだ。
「なぜ、攻撃しない?」
「例え、悪霊でも私は殺せない。だって生きてるんだもの」
「やつらはすでに死んでいるんだぞ!」
「私にはできない!」
だから、交渉主義者たちは困る。
そして、高校の正門へとたどり着いた。
すると、そこには俺が予想していた二人が待っていた。
「神川、何やってたの。高校がとんでもないことになっているわ」
川西の怒声が周囲に響き渡る。
「いろいろあったんだよ。それより、二人に渡すものがある」
そして、俺は川西と立浪に人間仕様の霊力ライフルと霊力ゴーグルを渡した。
「これは」
「霊力のない人間用の武器さ。弾数制限はあるけど、がんばってくれ」
すると、そのことに気分を害した江本が口を挟んだ。
「彼らを戦いに巻き込む気?」
「そうだ。協力してもらう」
その間に川西が入ってきた。
「江本さんってハンターだったの?」
「違うわよ。私はネゴシエーター。殺しはしないわ」
「とにかく、二人は出来る限り、学校内の悪霊を殺してくれ。俺たちはあの光を止める」
しかし、どのように止めればいいか分からないが。
そして、俺たちはそれぞれの役目を果たすために、その場を離れた。
学校の校舎の裏から光が放たれている。俺と江本はそこへ向かうとそこにあったのは古い井戸とそれに触れている仮面の男であった。
井戸から強烈な光が空に飛び交っている。そして、その光から無数の霊魂が解き放たれている。
そして、その仮面の男は俺たち二人の姿に気がつき、こちらに振り向いた。俺はその隙に霊力ライフルで攻撃したが、無数の霊魂が壁となり、攻撃が届かなかった。
「不意打ちは卑怯だよ。神川君」
仮面の男は井戸に自身の霊力を与え続けている。
「なぜ、ハンターを大勢殺したんだ! なぜ、悪霊の味方をする?」
すると、仮面の男は霊力注入を止め、俺の質問に答えた。
「僕にとって・・・・・・生きた人間こそ・・・・・悪霊だよ」
「何を言っている? 生きた人間を悪霊と言うのか?」
「そうだよ。僕は人間じゃないからね。君と同じように」
仮面の男は俺を指差している。
「俺が人間じゃない。どういうことだ・・・・・・・天王寺大!」
「え、大ちゃん?」
江本は絶句していた。
「そうだよ。愛ちゃん。僕だよ」
そして、黒い仮面を外した天王寺は仮面を投げ捨てた」
「神川君。どうして分かったんだい?」
「池上たちから救出した時、お前はシューティングゲームの話で首なし騎士と戦ったと言っていた。でもな、首なし騎士は第五ステージ、つまり大神さん以上の霊力を持った人間しか行けないステージでしか現れないキャラなんだよ。一度しかやったことがないお前の口から首なし騎士が出るということは、そのステージまでクリアしたことがあるということになる。それで考えたんだ。お前は自分の霊力の強さを隠しているとな!」
「そうか、せっかくひ弱なキャラを演じてたのになぁ。残念だよ」
「どうして、大ちゃん。どうしてハンターたちを殺したの?」
「愛ちゃんだけはいつも僕の味方だったね。うれしかったよ・・・・・でも、僕は生きた人間に興味はないんだよ」
その言葉に俺と江本は絶句した。
「どういう意味だ?」
「僕の人生はつねに生きた人間に邪魔されてきた。僕は幼い時から幽霊が見える少年だった。多くの死者と友達になって遊んでいたし、僕はそれを楽しんでいた。両親はアンダーワールドの住人でもあったから、自分が霊力を持った特別な人間であることは理解して痛んだよ。しかし、そんな楽しい生活を邪魔する生きた人間たちがいた。幽霊と遊んでいることは何も知らない地上の愚民からすればおかしい少年と思われていた。だから、僕はよくいじめられた。生きている人間とは友人を作れず、死者たちだけがいつも僕の味方だった。幽霊たちは僕を助けようと、僕をいじめた同級生たちを霊力で懲らしめたんだ。僕を助けてくれた。皆いい幽霊たちだったのに・・・・・・・その幽霊たちをハンターが殺したんだ!」
その狂気と憎しみに満ちた目は俺に向けられていた。
「僕は許せなかった。僕を助けてくれた幽霊たちを悪霊と称して殺したハンターたちを。霊界学校に入ってからも結局僕はいじめられた。池上たちだけじゃない。見てみぬ振りをする連中すべてからだ。愛ちゃん以外の生きた人間。僕は憎かった。その時は霊力も低かったから反撃する力もなかったからね」
「じゃあ、霊界学校で霊力を鍛え上げたのか?」
俺の質問を聞いた天王寺は笑ったのだ。
「それは違うよ。神川君。さっきも言ったように僕と君は人間じゃない。それを説明するよ」
天王寺は俺を見つめながら、再び声を発した。
「僕は一度死にかけたことがあるんだ。その時は本当に危なかった。その状態で僕は向こうの世界を見たんだよ」
「向こうの世界?」
「臨死体験だよ。僕は向こうの死の世界を見たんだ。いや、もうその世界にいたんだろうね。でも、僕はこの世界に戻ってきた。でも、一度は死んだんだよ。君も死にかけたことがあるんじゃないのかい?」
そういわれても、俺には覚えがない。
「まあ、いいや。その体験後に、僕の霊力は増大した。消費しても決して減らない無限の霊力。その時になって僕は決めたんだ。この世界のハンターを・・・皆殺しにするってね」
最後の言葉には力がこもっていた。
「でも、考えたんだよ。僕は生きた人間に絶望している。なら、すべての人間を殺して亡霊だけの世界を作れないかってね?」
「何を言っているんだ? お前は・・・・・」
俺の気持ちとは対照的に天王寺は笑っている。
「大ちゃん。やめて。そんなの大ちゃんじゃない」
江本は涙目になって訴えている。
「ごめんね。愛ちゃん。でも、僕は父さんの遺産を使ってこの世界を変えるんだ」
「遺産だと?」
「僕の父さんはアンダーワールドの研究者でね。亡霊の存在、力、霊力なんかを研究していたんだ。その研究の中である一つの仮説を立てたんだよ。亡霊は死んだ人間が肉体から解放されて現れるのではなく、死の世界からやってくるという仮説をね」
「どういう意味だ!?」
「生と死の世界は紙一重ということだよ。父さんは見つけたんだ。死の世界と現世の世界の亀裂をね」
「亀裂?」
「そう亀裂だよ。この井戸もその一つさ。世界には無数の亀裂があることを父さんは見つけた。そして、その亀裂から死の世界にいる亡霊たちが紛れ込んでくることをね。でも、亀裂は一時的な現象ですぐに閉じてしまう。しかし、父さんはどの場所にどの時間帯に亀裂が発生するかを調べ上げたんだ。そして、その亀裂から死の世界とこの世界をつなげるという夢を持った。その研究成果の一つがこの井戸の中だ。ただ、亀裂は一時的でしかも小さい。そこで父さんは考えたんだ。この亀裂に『霊力』を加えればどうなるかってね」
俺はその話に恐怖し、異常なほどの恐ろしさを感じていた。
「そして、父さんは大量の霊力ボックスを使って亀裂を大きくし、亀裂が自然に閉じてしまうのを回避したんだ。それがあのホワイトアウト現象さ」
「じゃあ、大ちゃんのお父さんがあの現象を引き起こしたの?」
「その通りだよ。愛ちゃん」
無数の霊魂が天王寺の周りを浮遊している。
「あの現象で立証されたんだ。僕の父さんの研究成果は。ただ、父さんはこの研究に関しては一人で行っていたから、アンダーワールドの人間たちは誰も知らないけどね。それから何年かして父さんは研究成果を残して寿命を全うした。霊力を有している人間は寿命が短いからね。でも、それはかまわらなかった。だって、すぐに幽霊として僕の前に現れたんだからね。そして、父さんは幽霊の状態で研究に没頭し続けた。そして、また新たな仮説を立てたんだ。それが僕と君さ」
「一体どういう意味なんだ?」
「父さんは予見していた。いつか必ず現れると。そう、ハーフゴーストがね」
「ハ、ハーフゴースト?」
その言葉に俺も江本も唖然としていた。
「肉体を持ちながら無限の霊力を有するもの。それがハーフゴーストさ。僕は一度向こうの世界を見た。死の世界にいったんだ。それはある意味で死んだことに等しい」
「お前と俺がそのハーフゴーストだというのか!」
「そうだよ。無限の霊力を有するのは亡霊と悪霊だけだ。それはある意味で死の証明とも言える。体力の消費なしにあのゲームの第五ステージにいけるということはそういうことなんだよ。通常の人間ではあの第五ステージに行けることは不可能だ。もし、それが可能ならそいつは霊力の塊である亡霊くらいのものだ。僕たちは肉体を持った亡霊なんだよ」
その言葉に俺の頭は混乱していた。
俺は人間じゃない? 俺は亡霊? 俺は・・・・悪霊?
「その説を証明する前に父さんはハンターに殺されたけどね。悪霊ではなかった父さんをハンターの大神が殺したんだ。だから、僕は決めた。この世界を死者の世界にするってね」
「大神さんが殺した・・・・・・」
俺は呆然としている中で江本が天王寺に向かって言った。
「大ちゃんやめて。人を殺すなんて大ちゃんらしくない!」
「愛ちゃんはいつも僕の味方だったね。生きている人間で愛ちゃんだけは大好きだった・・・・でも、愛ちゃん。人は心だって亡霊として生きていける。これは人殺しじゃないよ。愛ちゃんだって亡霊になってしまえば、永遠にこの世界で生きていけるんだよ」
「私は肉体を失ったら、すぐに向こうの世界へ成仏するわ。亡霊にはならない!」
「そういうと思ったよ。愛ちゃん」
すると、天王寺は指をパッチンさせると、地縛霊を江本の足元から召喚し、身動きを取れないよう拘束した。
「江本!」
俺は我に帰り、この混沌とした世界に戻ってきた。
「僕は愛ちゃんを失いたくない。君を肉体から解放したら、きっと天国へ行ってしまう。僕の永遠の味方でいてほしい。だから、しばらく拘束させてもらうよ」
「天王寺! 貴様!」
俺は霊力ライフルで江本を助けようとしたが、他の悪霊が彼女の前を固め、盾になっている。
「神川君。決着をつけよう。同じハーフゴーストとして」
俺と天王寺は同じだったんだ。それはハーフゴーストという意味ではない。お互い、社会に迫害されたもの同士だったんだ。しかし、俺は亡霊を憎み、彼は亡霊の存在を認めない人間に憎悪を抱いた。本当の意味で、俺と彼は『紙一重』の存在だったのだ。そんな彼と俺は戦わなければならないのだ。
すると、天王寺はマントの中からショットガンらしき形をした銃を取り出し、俺に攻撃したのである。彼の発射した霊力弾は拡散したため、俺は避けきれずに、左肩に命中し、ダメージを受けた。
「これは霊力散弾銃。威力自体は拡散して低いが、命中率が高くてね。君もハンターの端くれなら霊力での戦いをしよう」
「望むところだ!」
俺は霊力ライフルをやつに向けると、トリガーを引いた。無限の霊力を有するハーフゴースト同士の戦いに霊力の消耗はない。あるのは射撃力だけだ。
俺の発射する無数の霊力弾に対し、やつはマントを広げ、防御したのだ。
「くそ、やるな」
霊力弾を連射し続けながら、俺は接近していった。やつのマントにしか霊力弾は命中しなかったが、接近戦に持ち込めれば何とかなると思っていた。しかし、マントの隙間から霊力散弾銃を出し、再び拡散する霊力弾に命中することになった。避けきれなかった俺は地面に倒れた。
「ハーフゴーストは辛いよ。人間でも亡霊でもない中途半端な存在だ。どちらにも理解されず、恐怖を抱かれる。だから、僕はあのシューティングゲームで自分の記録を入れなかったんだよ。本当は第五ステージもクリアしていたんだけどね」
天王寺は余裕の笑みを浮かべている。
「君の噂は仲のいい亡霊たちから聞いているよ。すばらしいご活躍のようだね。残忍に悪霊を殺すと有名だよ!」
確かに、悪霊に対する俺の憎しみは尋常ではない。天王寺が人間に憎悪を抱く気持ちと同じだ。俺とこいつは似たもの同士なのだ。
「君の存在は幽霊世界には不必要だ。同じハーフゴーストとしては残念だが、死んでもらうよ。死者の世界のために」
その言葉に俺は反論した。
「何が死者の世界だ。死者は天に帰る。これが自然の摂理だ。それを犯す悪霊はこの俺が駆除する。ましてや、死の世界を作ろうとしているお前は倒さなければいけない。そこにいる江本のためにも。お前の行為は彼女を否定することにつながる。それでもいいのか!」
天王寺は江本の顔を見た。
「いずれ、彼女は僕が作ろうとしている世界を理解してくれるよ。今までだって僕を理解していてくれたんだから」
すると、江本の口から彼女の思いが飛び出した。
「私はそんな世界認めない。私の求める世界は人間と幽霊が共存する世界よ。例え、私が死んでも、大ちゃんの世界は絶対認めないわ」
江本は自分の考えを持っている女だ。だからこそ、友人である天王寺の考えを言葉で否定したのだ。
「愛ちゃんの気持ちは分かるよ。でも、その考えもいずれ変わる。僕には分かるんだ。僕は間違ってないからね」
「大ちゃん・・・・・」
江本は弱弱しい声で言った。
「天王寺、俺は絶対お前を認めない」
俺は体の痛みに耐えながら、立ち上がった。
「俺もお前のように社会から阻害されて生きてきた。そのため、お前とは違って俺は亡霊を憎むようになっていた。今もその気持ちは変わらない。俺は悪霊を駆除するのが仕事で生きがいだ。例え、その考えが歪んでいても、譲ることは出来ない!」
「僕もそう思うよ。同族の君とは分かり合えないのは非常に残念だ」
天王寺は霊力散弾銃を俺に向けた。すると、俺の後方から霊力弾が発射され、天王寺のマントに命中した。
「神川さん。大丈夫ですか?」
立浪が俺に近寄ってきた。
「ああ、すまない」
「まったく、だらしないわね。神川は」
川西の毒舌がとても心強く感じた。
「君たちにようはない。死ね!」
天王寺は霊力散弾銃で攻撃してきたが、二人が俺の盾になってくれた。二人には無数の光の弾が命中したが、霊力がないため、一切のダメージを受けることはなかった。
「お前たち・・・・そうか、ただの人間か! これは予想していなかったよ」
すると、無数の悪霊を駆除し、江本を助けたもう一人の男が現れた。
「天王寺君。もうやめよう。こんなことをしたって誰も救われないよ」
かなり弱ったかおをしている大神さんが現れたのであった。
「偉大なるハンター、大神。いや、そんな偽りの肩書きを聞くのはうんざりだ!」
偽り? 一体どういう意味なんだ?
「お父さんからあなたのことはすべて聞いていますよ。あなたが亡霊融合装置の中毒者だったことをね」
その言葉に俺と江本は黙り込んでしまった。偉大な存在といわれ続けている大神さんが亡霊融合装置を使っていた・・・・・
「ブレスレット式の亡霊融合装置で自分の奥さんの亡霊を憑依させて、霊力を高め、強力な悪霊を倒してきた。あたかも、ハーフゴーストではないかと思わせる霊力持久力を見せつけていた。しかも、人間にばれないように、弟子も取らず、いつも奥さんと二人で亡霊を殺していったこともね」
「大神さん、嘘ですよね」
俺は嘘だと祈るかのように聞いた。
「・・・・・・」
大神さんは何も言ってはくれない。つまり、すべて事実というわけだ。
「父さんはすべて知っていた。それがばれるのを恐れたあなたは父さんを殺したんだ。悪霊だからという名目で!」
「違う。天王寺君。それは違うよ」
「何が違うんだ! 父さんを殺したことに変わりはないだろうが!」
天王寺は霊力散弾銃を乱射したのである。しかし、川西と立浪が守ってくれたので誰一人傷つくことはなかった。
「何が英雄だ。第一次ホワイトアウト現象時、お前は亡霊融合装置で無数に出てきた悪霊たちと戦った。しかし、もう体はボロボロで瀕死の状態になって、憑依を解いた奥さんの亡霊が悪霊に立ち向かって死の世界へ行ってしまった。ホワイトアウトは一時的な現象で霊力を与えなければいずれは閉じてしまう。しかし、アンダーワールドの連中はホワイトアウト現象を止めた英雄として勝手に勘違いしやがった。俺はそれが許せないんだ。奥さんを犠牲にして偽りの英雄になったことをすべて父さんから聞いたんだ!」
俺が始めて大神さんの家に伺った時、飾ってあった写真の写っていた女性が奥さんだったのだろう。
すると、大神さんが前に出てきて言った。
「君の父さんは、私の親友でもあったんだ。だからこそ、殺したんだ。彼が、私の秘密を知っていたのは、私が君の父さんに相談していたからだ。私は君が身に着けている亡霊融合装置に頼っていた。溺れていた。早くに妻を亡くし、亡霊となった妻に助けてもらっていた。体がボロボロになり、霊力も低下していったよ。でも、そんなことはどうでもよかったんだ。私が君の父さんを殺したのは、ホワイトアウト現象を起こし、大勢の犠牲者を出したにも関わらず、反省していなかったんだ。むしろ、その現象を引き起こしたことに対する歪んだ喜びを抱いていた。私はそれがどうしても許せなかったんだ。神川君の両親を殺したあの現象を引き起こした君のお父さんをね」
俺の両親はあの現象で死んだ・・・・・そんな・・・馬鹿な・・・・そんな話、祖父祖母から聞いていない。
俺は再び錯乱し始めた。頭の中に数多くの感情が入り混じり、混沌とした状況で俺は次第に憎しみに溺れていく。
「人の生き死にを決める権利は天王寺君にはないんだよ。肉体のない魂だけの存在は確かに永遠かもしれない。しかし、それはむなしいだけだ。亡霊の妻と暮らしていたから分かる。人は必ず帰る場所がある。でも、それは一人ひとり違う。君の世界は自分よがりで歪んでいる。そこに幸せは存在しない!」
大神さんは正しいことを言っている。しかし、心が歪みきってしまった天王寺にその声は届かないようであった。
「僕は間違ってはいない。この世界を死の世界にしてやる!」
天王寺は首に巻きつけている亡霊融合装置のスイッチを入れた。すると、数多くの霊魂、鬼火、地縛霊、悪霊たちが彼の体へと吸収されていく。掃除機にゴミが吸収されていくかのように。学校中のあらゆる悪霊を取り込んでいる。
「やめろ、天王寺君。そんなに吸収したら、君の体がもたない。私のようになってしまう」
「うるさい! 黙れ! お前たち全員を殺してやる。例え、化け物といわれても!」
彼の体から異常に強い霊気のオーラが放たれている。彼の髪の毛は逆立ち、目は黒光りしている。もはや、人間ではなかった。
「僕はハーフゴーストだ。大量の悪霊を吸収したところでどうということはない!」
立浪と川西は霊力ライフルで攻撃をした。すると、放たれた霊力弾を念動力で止められてしまったのだ。そして、その霊力弾は空へ打ち上げられた。
「霊力なき人間は消えろ!」
自在に操る念力で川西と立浪は吹き飛ばされ、校舎の壁に激突し、気絶した。
「大ちゃん。正気に戻って!」
江本の叫びは天王寺にはもはや届かなかった。
「僕は正常だよ。愛ちゃんこそ目を覚ましてよ」
天王寺の不気味な笑顔は周りの人間を硬直させた。
やつはもう人間じゃない。悪霊そのものだ。
すると、大神さんは持っていた霊力ライフルで天王寺を攻撃すると、やはり念力で止められてしまった。
「霊力弾は返すよ」
すると、光の弾は跳ね返り、大神さんの体に命中し、後方へと吹き飛ばされた。
「大神さん!」
俺は再び立ち上がり、やつに霊力ライフルを向けた。しかし、その行動も読まれ、念力で霊力ライフルが吹き飛ばされてしまった。
「君は多くの仲間を殺した罪多き男だ。この世界にハンターは不要なのだよ」
このままではやられる。どうすればいい・・・・
しかし、別方向から霊力弾が発射され、天王寺のマントに命中した。江本がピンク色の霊力ライフルで攻撃したのである。しかも、殺傷レベルに出力を上げて。
「愛ちゃん。僕を殺そうというのかい? 大丈夫。この世界の浄化を終わらせれば、僕もすぐに亡霊になるから」
天王寺は江本に顔を向けた。
今しかない。これが最後の賭けだ。
俺は霊力手榴弾を、放物線を描き、天王寺の前に落下すように投げつけた。それに気がついた天王寺は手を出し、念動力で止めようとした。その隙に江本が再び攻撃したので天王寺は霊力手榴弾を念力で江本に向かって投げ返したのである。そのため、江本は霊力手榴弾の爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされてしまった。
しかし、それでよかったのだ。その隙に俺はベルトに差し込んでいた霊力ブレードを取り出し、全力疾走で天王寺目掛けて突き刺そうとした。そのことにも気がついた天王寺は霊力散弾銃を取り出して、俺の胸に狙いを定め、そして・・・・・決着がついた。
霊力散弾がもろに命中した俺の体は痛みを伴いながら、地面に倒れこむ。
「馬鹿な・・・・・僕が・・・・・負けた・・・・・」
俺の突き刺した霊力ブレードは彼の胸に突き刺さり、貫通している。
「この武器は人間に対しての殺傷力はないはずだ。なぜ、僕の体に突き刺さったんだ」
「お前、自分の姿をよく見てみろ!」
俺に言われたとおり、やつは校舎の窓ガラスを使って自分の姿を見た。とても人間とは思えない白く、半透明化しているその姿は悪霊そのものであった。
「悪霊を吸収しすぎたんだよ。だから、体が悪霊化しちまったんだ。これで終わりだ」
すると、血しぶき一つ流さない天王寺は突然叫びだした。それは負傷を負った痛みからではなく、やつの体に憑依した無数の悪霊の嘆き、苦しみであった。
「もし、俺が死んでも、悪霊となって出てきてやる!」
天王寺はそう叫んでいる。
「そうはさせるか」
俺は胸の痛みに必死で耐えながら、立ち上がると、天王寺の方まで歩き出した。
「お前は自分が開いた死の世界へ悪霊といっしょに帰れ!」
霊力手袋で天王寺の首を掴み、そして・・・・・・やつを井戸の中へと突き落とした。光を放っている井戸は死の世界に繋がっているため、やつは別世界へと旅立ったのである。
そして、疲労した俺は大の字なって倒れこんだ。井戸から発している光は次第に閉じ、亀裂は完全に消滅した。
「大神さん、まだ退院はできないんですか?」
あの事件が起こって数日が経っていた。生き残っていたハンターやネゴシエーターも駆除に協力してくれたおかげで、アンダーワールドにいた悪霊も駆除することができた。樹海にいたスナイパーの戸口は悪霊に襲われた際に通信機系等のものを落としてしまい、霊力鏡の場所を探すために森の中をさ迷っていたらしい。
第二次ホワイトアウト現象は終息したが、多くの死者の魂が解き放たれてしまったことも事実だ。その魂がその後どうなるかは誰にも分からない。地上の世界のテレビ局は連日ホワイトアウト現象について特番を組んでいる状態だ。
どうでもいい話だが、霊界病院に入院している桑野に霊力ブレードをなくしてしまったことを告げると、激怒されてしまった。詳しい説明をしたが、今でも根に持っているようだ。
霊界病院のベッドの上にいる大神さんと俺は小さな声で話している。
第一次ホワイトアウト現象について、大神さんは俺にすべてを話してくれたのだ。あの現象で俺の父さんは悪霊によって殺された。俺を身ごもっていた母さんはあの白い光、死の世界に悪霊たちの手によって引きずり込まれそうになったのだ。その時、下腹部まで死の世界に触れてしまったために、その影響で俺がハーフゴーストになったのではないかと結論づけたのである。その後、救出された母さんは破水し、俺を出産したが同時に死んでしまったのだ。
大神さんは奥さんをその事件で失ってしまったために、周りからはホワイトアウトで後遺症を負ったと勘違いされ続けたらしい。今でもその話は大島さんにすら話していない。
「神川君。後の仕事は任せたよ」
「分かりました」
そして、俺は今日心霊現象が起こっている小学校に向かおうと、家を飛び出すと、小生意気な川西と気弱な立浪が待っていた。
「お前たちも行くのかよ?」
「当然よ」
「もちろん」
「分かったよ。だけど俺の邪魔するなよ」
「江本さんは誘わなくていいの?」
「あいつは俺の投げた霊力手榴弾で負傷して以来、そのことを根に持っているからな」
俺たちは次の仕事へ向けて三人で歩き始めた。