第6章
次の日、学校でいつもと変わらぬ授業を終え、支度をして帰ろうとしていた矢先であった。教室にあの二人が現れたのである。
立浪は廊下で待ち、川西だけが俺の席へとやってきた。
「話があるんだけど?」
その異様な光景は周りの生徒たちの注目の的になっている。友達のいない俺の前に別クラスの女子生徒が突然やってきて『話があるんだけど』と聞く。それは数多くの人々が俺たちの関係を誤解させることに繋がる。
周囲の冷たい視線を無視し、俺は口を開く。
「話って何?」
「超常現象研究会として話があるんだけど!」
川西は周りのことなど一切気にしていないようであった。
「分かったよ」
「じゃあ、今来て」
俺はバッグに最低限の荷物をいれ、いつでも帰れるようにしてから、教室を後にした。
川西と立浪の後を歩いていった俺は普段授業以外では行かない北校舎に向かっている。
「どこに向かっているんだ?」
「超常現象研究部の部室よ!」
「本当に部室があるのかよ?」
俺は開いた口がふさがらなかった。
何か・・・・・痛い部活動だな・・・・
そういうことを口に開けば、気の強い川西のことなのできっと口げんかを引き起こしてしまうだろうから、俺は何も言わなかった。
そして、北校舎にある『超常現象研究会』と書かれた看板が置いてある教室を見つけた。
「どうぞ!」
川西はぶっきらぼうに言った。
「失礼します」
俺は部室の中へと入ると、多くの写真が飾られていた。UFO映像らしき多くの写真や、目撃情報を地図で表示してあったりと・・・・・
「すごい部屋だな。まるで別世界だ」
別に褒めてはいなかったが・・・・・
「ねえ、早速なんだけど、この動画見てくれる?」
川西は教室にある電源の入ったノートパソコンのとある動画を見せてくれた。その映像は夜空に白い球体のような光がいくつか飛ぶものであった。
「この白い物体は何だい?」
すると、立浪が先に口を開いた。
「UFOの映像だと最初は思っていたんだ!」
「最初は?」
俺は言っている意味が理解できなかった。
「神川さんはこの動画を見たことないんですか?」
「ああ、これが最近流行っていたUFO動画だったのか!」
「はい、僕たちが撮影したんです」
「じゃあ、魔のトンネルの時も撮影してたのか?」
「ほとんど撮影はしていませんでした。何せ、あんなことが本当にあったんで・・・・」
そりゃそうだな。
「そんなことはどうでもいいのよ!」
川西からの怒声が飛んできた。
「この動画の白い物体をよく見なさいよ!」
俺は言われるがままに動画を見た。すると、この白い浮遊物についてあることに気がついてしまった。
「これは・・・・・霊力弾だ!」
「そう、それなのよ。俺たちがせっかく苦労して見つけたUFOは偽物だったのよ」
「そうだったのか。じゃあ、今のUFO騒ぎはすべて嘘ってことになるな」
実に滑稽な話である。学校中がだまされているということだ。
「ねえ、俺たちを騙したこの霊力弾を発射しているやつが誰だか分かる? この映像から察するに高い所から撃っているように見えるんだけど・・・・」
「この動画はいつ撮影した?」
「つい最近だけど」
「・・・・・・・・」
俺は何も言えなかった。この映像は間違いなく、俺が二階の部屋から霊力弾を乱射しているものだったからだ。しかし、そのことが川西にばれればいろいろと面倒なので口を閉じることにした。
「俺はハンター職についたばかりだから俺以外にどれくらいのハンターがいるかは分からないよ」
「ふ~ん、そう」
川西は納得していなかった。
「じゃあ、俺は帰るよ」
「ちょっと待ちなさいよ。話はそれだけじゃないのよ」
「え!?」
「これから、俺たちに協力しなさい!」
「はぁ?」
この女は一体何をいっているのだろうか?
「何で俺がお前たちに協力しなければならないんだよ。しかも、人に物を頼む態度かそれが!」
どうして、川西は初対面の相手に対し、こうも上から目線でいられるのだ。
「君は幽霊の存在を知っていた。その存在を証明することも肉眼で見ることもできた。君は俺たちの側の人間だった。けれど、そのことを表に出さなかった。知っているのに知らない振りをすることは罪だわ。だから、俺たちに協力しなさい!」
何という理屈だ。こんな自分よりの考えを相手に押し付けるなど・・・
俺がどれだけ苦しんできたのかも理解できないやつが知ったようなことを。
「そんなに幽霊が見たいのか?」
「ええ、もちろん」
「なぜだ?」
「なぜって、だって夢があるじゃない。科学では解明できない超常現象を見ること、知ることができる。それは喜びよ」
「俺は小さい時からその『夢』ってやつを見てきたんだよ。その結果、俺はこの社会から拒絶された。変な子、頭のおかしい子とののしられ、生きてきたんだ。俺は亡霊の存在、そして自分の能力を呪いながら生きてきたんだ。それを『夢』と定義するお前に俺の苦しみが分かるものか!」
その俺の形相に立浪は恐怖を感じていたが、川西はそれでも眉毛一つ動かさなかった。
「あ~あ、情けない。そんなことでうじうじしているなんて。せっかくの才能をもっと喜びに活かしなさいよ」
川西は俺の弱さを完全に否定した。いや、否定したというより取り除かれたような感覚に陥っていた。しかし、俺は人を、社会を信用できずにいる。
「もし、俺の助けを借りたければ、金をもってこい。俺は仕事で亡霊を殺しているだけだ」
本当は亡霊を『駆除』したいだけなのだがな。それに、誰かと協力して何かをするというのは昔から苦手だ。
俺は心のどこかで孤独を憎みながらも、同時に感謝し、矛盾した自分の存在に内心笑っていた。
「お金って何よ。いいじゃない。同じ高校仲間なんだから。ケチ!」
「仕事なんだからしょうがないだろ。それに、お前たちのように亡霊が見えないのであればなおさらいやだ。足手まといにもほどがある」
俺ははっきりと言ってやった。しかし、そんなことで怯む川西ではなかった。
「女の子がこれだけお願いして、断る男子がいる?」
「女がそんなに偉いのか?」
互いの譲ることはできない。それが今の現状だ。しかし、この状況を打開する人物が介入してきた。
「あのさ~ だったら神川君の仕事を僕たちが手伝うってのはどうだろう?」
立浪がおどおどしながら言った。
「そんなことを言われてもな・・・・足手まといなのに変わりない。それはしょうがないことだ」
しかし、魔のトンネルでの戦いで、一人でハンターを続けることに若干の恐怖心を抱いてしまったことは事実であった。例え、俺が霊力の塊で天才といわれようとも、人間一人でできることなど限られている。しかし、こいつらが役に立つとは到底思えない。
「霊力のないお前たちがどうやって戦うんだ?」
霊力無き彼らには答えられないことであった。
「それは・・・・・・・」
川西は何も言えなかった。言えるはずがないのだ。答えが決まっているからだ。
戦える手段がないのだから。
すると、立浪が下を向きながら口を開いた。
「お願いします。この超常現象研究会に入ってください!」
内気な立浪が大声で懇願したので俺は驚いてしまった。
「僕たちは今まで科学で解明できないことを信じてきました。けれど、皆それを馬鹿にしているんです。神川さんのように僕たちは幽霊を見ることはできません。けれど、昨日の出来事で完全に存在を確信し、自分たちが間違ってはいなかったことを知りました。今後の活動には神川さんのような人が必要なんです。お願いします。僕たちに協力してください!」
立浪は頭を下げて懇願している。その光景に俺や川西は驚きを隠すことなどできなかった。
俺は心の中にあった曲々しいものが取り除かれたようであった。
「分かったよ。協力するから」
「え! 本当ですか?」
「ああ、約束するから頭を上げてくれ」
別にお金などどうでも良かったし、彼らのように俺を分かってくれるかもしれない人を拒絶する理由なんて始めからなかったのだ。ただ、川西の態度が気に入らなかったというくだらない理由で断っていただけなのだ。
俺のとって亡霊をこの世から抹殺することは天職であり、夢でもあり、そして・・・・生きがいなのだ。
「初めからOKしてくれれば良かったのよ」
川西の態度は変わらない。
「うるさい。お前は黙れ!」
「何よ。俺を否定する気?」
この女とうまくやっていく自信が、今の俺にはなかった。
「まあまあ、二人とも」
立浪が仲裁し、俺は正式に超常現象研究部へと入部することになったのだ。
「さっそくで悪いんだけど、仕事がもう入ってるの?」
「何!?」
俺は部室のソファに腰を下ろして絶句した。
「俺たちの研究部を信じてくれる生徒がいてね。今日ここに来ることになっているの!」
「聞いてないぞ、そんなの?」
川西の自己中心的態度はどうしても好きになれない。
「だから、今言ったでしょ!」
「本当に腹の立つ女だな!」
それから、数分後に研究室のドアからノック音が聞こえた。
「どうぞ!」
川西は『待ってました』とばかりにドアを開けた。
「いらっしゃい。高橋さん」
廊下からやってきたのはたぶん同学年であろう女子生徒であった。少しだけボブカットの髪型に茶色が混ざっている。それが地毛なのか染めたかまでは分からなかった。
「こんにちは」
その女子生徒は、この異質な雰囲気を漂わせている部室に入りにくそうであった。
「さあ、入って。遠慮しなくていいから」
その女子生徒は空いているソファの上に座った。
「神川、紹介するわね。高橋ひとみさんっていうの」
「よろしくお願いします」
高橋から挨拶されたので俺は慌てて挨拶を返した。
「あの~ 川西さん。この人が例の神川さん?」
「そうよ」
一体何の話をしているんだ。
「神川さんにお願いがあってきました」
「お願い?」
俺はまったく話が見えなかった。
すると、高橋は顔を真っ赤にして口を空けた。
「死んだ私の恋人に会わせて下さい!」
「・・・・・・・・」
今、何と言った?
俺は突拍子の無いことを言われたために絶句してしまった。
「神川、何黙っているのよ!」
川西のパンチの効いた声で俺は現実世界に戻ってきた。
「ああ、予想外のことを言われたもんでね」
すると、高橋は急に涙目になり、顔を背けた。
「やっぱり、無理ですよね。私馬鹿ですよね、こんなこと言っちゃって」
「高橋さんは間違ってないわよ。神川、君がちゃんと答えないから」
「俺のせいかよ!?」
すると、立浪が寒気を感じたのか、急に体が震えだしていた。しかし、川西はそんなことはお構いなしに話を進めていく。
「俺から説明するわね。高橋さんには別の高校に通っている彼氏がいたんだけど、交通事故で亡くしてしまったのよ。それからして、彼女の周りで不可思議な事件が多発したの。誰もいない場所にあった花瓶が落ちて着たりとか、そういった心霊現象が起きるようになったのよ」
「なるほど。だから、俺にその彼氏の悪霊を駆除しろって言うんだな」
「違う!」
川西と高橋の両方から怒鳴られた。
「いや、だってさ。それは立派な悪霊だぜ。駆除の対象だ。俺はそれが仕事なんだ」
俺は決して間違ったことは言っていない。
「まったく、融通の利かない男ね。彼氏の幽霊と彼女を会わせればいいのよ」
「会わせる?」
「そう、会わせて心霊現象をやめてもらうのよ」
「駆除した方が早いんだがな・・・・・」
「高橋さんは君と違って幽霊見えないんだからどうしようもないでしょ」
「しかしな。高橋さんの後ろにその彼氏らしき人がいるんだけどな」
その言葉に一同は絶句した。
「神川、本当なの?」
「本当なんですか? 神川さん」
女性陣からの質問攻めにあってしまう俺であった。
「ああ、立浪も霊気を感じて寒がっているし、ずっと高橋さんの後ろにいたよ」
「それを早く言いなさいよ!」
川西に叱られた。
「それ、本当なんですか?」
高橋は後ろを振り返った。しかし、彼女には何も見えない。
「そうだね・・・・・・高橋さんの彼氏は身長が百七十センチ以上あって体育会系の坊主頭。色黒で目が細めかな? 名前は・・・・・・石橋まさるっていうのか」
「そ、そうです。本当に幽霊が見えるんですね?」
「まあ、いつものことだから。学校中には多くの亡霊がいっしょに授業を受けたり、部活動をしていたり。俺にとっては日常茶飯事なんだよ」
「怖くないんですか?」
高橋が恐る恐る聞いた。
「慣れの問題だよ」
俺は普通に答えた。そういう会話が許された空間にいたからだ。
「確かに、君の彼氏を見る限りでは悪霊ではなさそうだね。しかし、成仏しないのは感心できないことは事実だ。もしかしたら、悪霊になってしまうかもしれない」
「そんな・・・・」
高橋は不安に狩られた。
すると、高橋の背後にいる石橋の亡霊は三人には聞こえない言葉で俺にあることを話しかけた。
「夜の八時に心霊公園に来てほしいって言っているぜ。高橋さんの恋人さんは」
すると、石橋の亡霊はその場から去っていった。
「いなくなったな」
心霊公園・・・・本当の名前はさくら公園であるが、亡霊が出ると言われていて、遊戯物も古く、子供たちがほとんど遊び場にしないと有名な公園である。この町に住んでいる人間なら誰でも知っている。
「どうして、あの心霊公園なの?」
川西が高橋に聞いた。
すると、高橋が重い口を開いた。
「まさるといっしょによくそこで会っていたの。人気もないし、噂を立てられたくなかったから。でも、仮に私がそこに行くとしても彼の姿は見えないし触れられないわ」
「そこは安心して、この神川はそれを可能するグッズを持っているから」
「そうなんですか?」
「おい、何知ったかぶっているんだ! 川西!」
この女は実にマイペースだ。
「高橋さん。今日の夜八時前に公園に来て。彼を見たいでしょうから私たちがいろいろ準備してくるから。ただ、何が起こるか分からないから私たちも公園の外で見張っている必要があるんだけど・・・・」
「構いません」
「分かったわ。じゃあ、今日公園でまた会いましょう」
川西が話を終了させ、高橋は部室から去っていった。
「というわけだから、神川。あのゴーグル持ってきてね」
「簡単に言ってくれるな。しかし、幽霊の彼氏に会わせるなんておせっかいな女だな。お前は」
「いいでしょ。私の長所よ。それよりも頼むわよ。私たちは一応超常現象研究部なんだから、彼女の安全を確保する責任があるんだから」
「無報酬で責任重大だな」
俺は笑みで皮肉を言った。
「あの~ 神川さん。できれば幽霊の声とか聞こえるものってないでしょうかね?」
「ああ、そういえばそうね。あなただけに聞こえたってしょうがないでしょ。何か無いの? グッズみたいの?」
「そんなこと言われてもな。俺もこの仕事について日が浅すぎるからな」
「というか、昨日から気になってたんだけど、そんな武器どこで手に入れたのよ?」
その質問で俺は息が詰まった。アンダーワールドの話をすべきではないと思ったからだ。大神さんはその存在を一般市民にはできるだけ公にしない約束をしていた。
「それは秘密だよ。一般市民には話せない約束になっているんだ」
「いいじゃない。教えなさいよ」
「できないものはできない!」
しつこい人間は嫌いだ。
「まあ、いいじゃない。はるか。それにその武器を入手できたって僕たちには使えないんだから」
立浪による仲裁はパターン化されているようであった。
「まあ、いいわ。とにかくよろしくね」
「分かったよ。川西。でも、ゴーグル以外にも武器は一応身に着けさせてもらうからな」
「彼氏を駆除しちゃ駄目よ!」
川西は叫び声を出して俺を自重させようとした。
「それは時と場合によるさ」
夜の八時前に公園に集合と決まり、俺だけその場から去った。
しかし、俺はある悩みを抱いていた。その一つは昨日の悪霊の強さであった。電話で大神さんには伝えたが、かなり驚いていたのだ。昨晩の仕事は本当に危険であったことを証明している。今の武器では今後の凶悪な悪霊には対処できないのではないかと俺は懸念していたのだ。大神さんはそんな悪霊は滅多にないと言っていたが俺は恐怖していた。そして、それは同時にあるものを渇望させる結果となった。
もっと、力がほしい!
射撃武器だけでは対処できない事態になった時、どうすればいいのだ? 悪霊なんかに殺されたくは無い。しかし、昨日はあまりに危険な仕事であった。何か? 何か新しい武器が必要だ。
そして、もう一つの悩みは亡霊に対する『殺意』が俺の中でガンのように増殖していることであった。今日、学校に来る時や学校にいる時、すべてに存在した罪なき亡霊たちに対し、俺は殺害衝動に狩られていた。
ハンターになってからその衝動はますます強くなっていく自分がいる。それは危険であるが、俺にとっては正しいことなのかもしれない。
教室内を歩いていると、相変わらず亡霊が生きているかのように廊下を歩いている。
俺は学校内に武器を持ってきていないので駆除することはできなかった。まあ、悪霊ではない限り、駆除することはしないだろうが。
俺はそのまま自転車で一旦家までスピードを出して帰っていった。
家に着き、すぐに自分の部屋へと入ると、俺は財布をポケットに、悪霊駆除用の作業ベルトを腰に巻きつけ、ライフルや霊力ゴーグル、霊力手袋は黒いバッグにしまったまま、部屋に置いた。そして、大神さんに購入してもらった霊力鏡に俺は入った。
液体状になった鏡の表面を通り抜けると、空の無いアンダーワールドへたどり着いた。以前来たときより、人気が多かった。霊界学校の帰りの生徒らしき人々がたむろっている。
俺がここに来た理由は、霊力無き人間でも亡霊の声を聞き取れるような道具があるかどうか、霊界大百科に行ってみようと思ったのだ。
俺もずいぶんお人よしになったものだ。
そんなことを考えながら、俺は目的地へと歩き始めた。
作業用ベルトはあくまで護身用に所持している。例え、この世界が亡霊と人間が共存する世界であっても、油断することはできないのだ。
この二重生活を送ることになるとは俺は思っても見なかった。しかし、俺は自分の新たな価値観であるこの世界を見つけることができたのである。それは喜びであり、希望なのだ。
もし、この世界で生まれていたならば、俺の人生は大きく変わっていたであろう。亡霊に対しても憎しみを抱くことはなかったはずだ。もしかしたら、ハンターにはならなかったかもしれない。
人というのは環境でいくらでも変わるものだ。
人間は元々もっている才能と環境で価値が決まる。地上の世界での俺の価値は低い。しかし、この世界での俺は天才と呼ばれた。自分に溺れている考えではあるが、それは事実だ。俺には才能があった。ただ、その才能をあっちの世界では認めてもらえなかった。それは理不尽で不幸なことであった。
そんなネガティブなことを考えていると、あっという間に霊界大百科に到着してしまった。
俺は店内に足を踏み入れると、大勢の客が品物を眺めていた。俺もその一人となって、人間でも亡霊のうめき声が聞こえる道具を探し始めた。
相変わらず、悪霊駆除の武器が満載に置いてあり、俺を飽きさせなかった。しかし、あくまでも、霊力無き人間用の武器コーナーである。俺はすぐにそのエリアに向かった。マイナーな武器のためか、店の奥の方にあった。
そして、非霊力者用の武器コーナーに入ると、霊力タンク付きの霊力ライフルや、霊力自体が流入されているタンクなどが販売されていた。もちろん、色違いの霊力ゴーグルも売っており、購入したい衝動に駆られた。
しかし、今日は他人のために商品を探しに来たのだ。
いろいろと眺めていると、霊力デジタルカメラという商品を見つけた。多数の色が塗られている箱に包まれており、商品説明が書かれている。
『このカメラに霊力を貯めると、稼動することができ、周囲の幽霊を撮影することが可能』と書かれている。
俺は興味を持ち、値段を確認すると、三万円だったので諦めることにした。
そして、さらにいろいろと探していくと、目的の物が本当にあったのである。
『霊力補聴器』
商品の機能は、周囲の亡霊の声を聞き取ることができるというものであった。小型で耳掛け用のフックがついている。その他にも冬用の耳当のついた霊力補聴器もあった。
値段を確認すると、どちらもは一万円未満であった。通常の補聴器ならかなりの値段である。
俺は迷わずに耳フックをついた小型の霊力補聴器を手に取り、カウンターまで向かった。すると、それに対応してくれたのは店長の大島さんであった。
「神川君。いらっしゃい。今日はどうしたんだい?」
「営業で使うんですよ」
「そうかい」
今日の大島さんはご機嫌のようであった。
「ありがとうございました」
「お、ありがとう」
袋に入れられた霊力補聴器を持ちながら、俺はすぐに店を後にした。
俺は腕時計を確認すると、まだ五時を回っていなかった。時間はたくさんある。
そう思った俺はこのアンダーワールドで時間をつぶそうと考えた。やはり、アンダーワールドゼロに行くべきと考えた俺はすぐに足を踏み出した。前回は一つのゲーム機しかプレイすることができなかった。おまけに他の娯楽を見ることができない。
しばらくして、アンダーワールドゼロに到着し、自動ドアを通り抜けた。休日ではないのか思ったほど人はいなかった。
そして、店内を見ていると以前行ったシューティングゲームが稼動しており、数人の男子たちが挑戦をしている。
俺の記録は超えられない。そういう優越感を俺は抱きながら、その場を後にする。
エレベーターの近くにあった地図を確認すると、ボーリング場やカラオケなど地上と変わりない娯楽施設が設けられていることが分かった。
すると、興味深い儀楽施設を見つけたのだ。
『霊力射撃場』
その単語は俺の心を高ぶらせた。射撃ゲームではない。スクリーンに向かって攻撃するものでもない。
今、霊力に頼りすぎによる射撃力のない俺にとって、この場所はいかなければならない場所であった。
俺はすぐにエレベーターに乗り、五階まで向かった。エレベーター内は俺一人だったので気楽に上昇して行ったが、三階でエレベーターが止まり、扉が開くと、数人の人間と亡霊の集団が入ってきたのだ。俺はつい、ホルスターに収めている霊力ハンドガンを取り出そうとしてしまったが、必死でそれを抑えた。その人間と亡霊の集団は楽しそうに話をしている。それが、俺には考えられない光景であった。
そんな場違いの空間にいた俺であるが、すぎに五階に到着したので、エレベーターから降りることができた。
そして、目的地である射撃場に到着したのである。
最大二十人での射撃が可能であり、場所ごとに壁の仕切りが立てられている。俺は十一番と書かれた場所へ移動した。両サイドに壁が立っており、正面には何メートルも離れた円形状で黄色の的が用意されている。右壁にはコイン投入機が設置してあり、一回二十発で二百円と書かれている。左の壁には通常のライフル、ハンドガン、スナイパーライフルなどが置いてあった。そのすべての武器にはケーブルが取り付けられており、そのケーブルは机の下に繋がっていた。そのケーブルを通して、霊力を供給しているのだ。つまり、コインを投入しなければ、霊力が武器に挿入されず、射撃することができないのだ。
俺は財布から百円玉二枚を取り出し、投入部に入れた。すると、機械が反応し、どの武器で射撃をするか選択ボタンが赤く点滅していた。俺は少し迷ったが、いつも使用している武器ではないスナイパー式のライフルを使ってみたく、そのボタンを押した。すると、スコープのついたスナイパーライフルのカートリッジ部分のメーターが白く輝き始めた。霊力が補充されているのがすぐに分かる。
俺はスナイパーライフルを手に取り、机の上に置いた。カートリッジ部分には白いメーターが『20』と表示してある。二十発の攻撃が可能というわけだ。
また、遠く離れた的のどの部分に命中したかが分かるように上面部にモニターが設置してある。ボーリング場のモニターに似ていた。
俺は早速、スナイパーライフルで的をスコープで狙い始めた。机に体重をかけ、狙いを定める。そして、一発目の霊力弾を発射した。すると、反動があり、的を外した。モニターを確認すると、外れたことを表示してあった。
その後もトリガーを弾き、霊力弾を発射したが、二十発のうち五発しか命中せず、しかも、的の外枠ぎりぎりであった。
すると、モニターには『素人レベル・もっと努力が必要』と表示されてしまった。
俺は悔しかったので、今度は通常のライフルで立った状態で再度コインを投入し、挑戦した。しかし、ほぼ同じ結果になった。
このゲームではっきりしたことは、射撃力が俺には不足しているということだ。しかし、そんな長距離の敵を相手にすることがあるだろうか?
そんな言い訳を心の中で思いながら、俺はその場を去っていく。その途中で何人かの同年代くらいの男女たちの射撃結果が表示されているモニターを確認したが、俺よりも段違いの好成績をたたき出している。これはショックであった。
もし、俺も霊界学校に通っていればこれくらいの成績が出せたのだろうか?
悔しさをにじませながら、俺はエレベーターに乗り、降下した。
まだ、時間はあったが家に帰って食事などを取りたかったので、帰ることにした。エレベーターのドアが開き、外に出ると、大勢の十代の男女がグループになって遊びに来ていた。その光景を見た俺はどこか自分がみじめになり、すぐに店を出た。
アンダーワールドでは太陽が無いので上空には無数のライトが照らされている。そのため、夕方のはずなのにまったく明るかった。
一人、店を後にして霊力鏡まで向かっていると、おもしろい店を見つけることができた。
『天国交信店』
その店の名前から察することができるのは、天国にいる魂との交信を仕事にしていることである。
俺は興味を持ったため、その店の看板を見ることにした。
『当店は完全予約制。魂との交渉にはその人の写真が必要』
などなど説明書きされている。
天国との交信か・・・・・・死んだ両親と話ができるのかな・・・・・
しかし、同時に胡散臭さを感じた俺はすぐにその場を去った。
いくら、アンダーワールドでもそんなことができるのだろうか?
俺は夜の約束のためにそのまま霊力鏡まで向かおうとしたが、予想外の出来事を目撃することになったのだ。
薄暗く、狭い路地に差し掛かった時、数人の男子たちが一人の少年に暴行を加えていたのだ。その光景を見過ごすことの出来なかった俺はそこに近寄っていった。
「何をしているんだ!」
俺は大声で怒鳴ると、暴行している数人がこちらを向いたのだ。すると、その一人があの嫌味な口調で俺に対し、嫌悪感を抱いていた池上大輔の姿があったのだ。
「てめぇか! 一体何のようだ!」
その目は狂気そのものであった。不良の目とはこういうものなのかもしれない。
「少年を暴行するのはやめてほしいと言っただけだ!」
「ちょっくら霊力があるからって調子の乗ってんじゃねーよ!」
その怒鳴り声に対し、俺は恐怖と同時に激しい憎しみを抱いた。
「少年が何かをしたっていうのか?」
「こいつは霊界学校でいじめられているんだよ。低下層の人間でな。霊力は弱いし、ぐずで使えねぇ。だから、俺たちが調教してやってんだよ」
「ただのいじめじゃないか!」
俺は小学校の頃から、いじめの現場を見てきた。俺もされたし、他者がされているものを見たことはトラウマのように残っている。
「てめぇはここの人間じゃねーだろう。すっこんでろ!」
その言葉に対し、心の中にあるスイッチがONになるのを感じた。そのスイッチは亡霊対する憎しみのためのスイッチである。
俺は迷わず、ホルスターからハンドガンを二丁取り出し、池上に対し、霊力弾を発射した。すると、池上は攻撃を受け、後方に飛ばされた。霊力を持った人間に対しても有効な武器なのだ。
その状況に対し、池上とつるんでいるやつらも所有していた霊力銃で俺を攻撃してきた。数発両腕をかする程度だったために反撃するのは簡単であった。その後は霊力銃の撃ち合いになったが、俺の勝利で終わった。彼らは数発撃っただけですぐにばててしまったからだ。倒れている連中を跡目に俺は暴行されていた少年を立たせた。
「大丈夫か?」
その少年の顔を見て俺は驚きを隠せなかった。江本愛と同じようにハンターを否定している少年、天王寺大だったのである。
「天王寺だったのか・・・・」
「神川・・・・さん?」
天王寺はばつの悪そうな顔で俺を見た。
「どうして、僕を助けたんですか?」
考えが正反対の人間を助ける。それはとても複雑な気持ちであった。
「池上が嫌いだったからさ。それに・・・・・単純に人として見過ごせなかっただけだよ」
「あ、ありがとうございます」
実に言いにくそうな声であった。
「別にいいんだよ」
「でも、いいんですか。彼らから仕返しを受けるかもしれませんよ。それに霊力銃を人に向けたことが分かればいろいろと面倒になります」
「池上はプライドが高いから、口を開くことは無いさ。仮にそうなっても、その時はその時だ」
俺は気絶している池上を見て内心ほくそ微笑んでいた。
「けど、すごいですね。その霊力は。僕もあのゲームを一度だけ一人でやりましたけど、いや難しかった。地縛霊とか首なし騎士とか現れて大変でしたよ。けど、どうしてハンターなんですか? 交渉人のほうが僕はいいと思いますけど」
「俺は亡霊が嫌いなんだよ。昔から。死者は現世に止まってはいけないと俺は考えているからね」
「そんな・・・・・」
すると、意外なやつが俺たちの前に現れた。
「大ちゃん。大丈夫?」
江本愛が現れたのだ。そして、俺を見るなり殺意に近い目つきでにらみつけてきた。
「何であなたがここにいるのよ!」
大声を上げた。
「余計なお世話だ!」
「大ちゃん、何かされなかった?」
「ううん。神川さんが助けてくれたんだ」
「ん、そう」
俺は立ち上がり、その場を去ろうと歩き始めた。すると、江本が呼び止めた。
「あなた、これからも幽霊たちを殺す気なの?」
その問いに対し、俺は即答した。
「それが俺の天職だ!」
通称『幽霊公園』にたどり着いたのは夜の七時四十五分くらいであった。
俺は高橋ひとみに霊力手袋、霊力ゴーグル、霊力補聴器すべてを貸してやった。すると、口うるさい川西が大声を上げた。
「俺たちの分はないわけ?」
「あるわけないだろうが!」
「何よそれ、まったく君は本当に気が効かないわね!」
「まあまあ、はるか。いいじゃない」
この川西と立浪のコンビを見ていると、江本と天王寺の関係を思い出す。どちらの男子も尻にしかれているところが特にだ。
「金出したら、買ってきてやってもいいけど」
「ケチ!」
そして、八時を迎えようとしていた。
「じゃあ、俺たちは公園の外で待ってるから、高橋さんは公園の真ん中付近で彼氏の幽霊を待っていて」
「うん」
そう言い、俺たち三人は高橋から離れて、公園の外で彼女を見張ることにした。
恋人同士の密会を覗くようなことはしたくはなかったが、仕方がない。亡霊はいつ悪霊になるか分からないのだ。
そして、時計が八時を指した。
「来るわね」
唯一余っていた霊力ゴーグルを川西に貸しているので、見張りとしては一応役には立っている。それもいいだろう。
すると、待ってましたとばかりに霊気を感じた俺は、石橋まさるの姿を確認することに成功した。
「寒気がするんですけど・・・・・」
立浪も霊気を感じているようであった。
「あ、誰か来てるわね」
石橋まさるは格好の悪い霊力ゴーグルを着けた高橋ひとみの方に向かってくる。
彼女も霊力ゴーグルで彼の姿は見えている様子でとても喜んでいる。そして、感動のあまり、霊力ゴーグルを外し、涙を拭いている一面を出している。
この光景はハンターとしてとても斬新であった。死者と生者が分かりあう偉大な瞬間を目の当たりにしている感覚を抱いていた。
そして、不幸な恋人たちの声が聞こえてきた。
「ごめんね。今まで気づいてあげられなくて・・・・」
「いいんだよ。俺の方も強引だったよ」
俺は恋人ができたことがないので、彼らの気持ちが半分理解できない。死んでもなお、愛する者のものへ向かおうとする気持ちが・・・・
「ねぇ、どうして死んじゃったの。私を置いて・・・・」
「それは俺にとって一生の後悔だ。許してくれ」
「絶対許さない!」
高橋は霊力手袋を身に着けた右手を、肉体を失った亡霊である石橋の左手を強く握った。
「本当にさびしかった。あなたがいなくなって、どれだけ苦しかったことか・・・・」
「そのゴーグルとかは一体何なんだい?」
「知り合いが貸してくれたの。この手袋も補聴器もそう。あなたに触れて、あなたの声が聞きたかったの」
二人は互いを見つめあい、抱きしめあっていた。この光景を見ることに対し、俺は罪悪感を抱いている。できれば、二人だけにして俺たち三人は立ち去るべきなのだ。しかし、恋人はあくまでも亡霊。何が起こるか分からない。
すると、二人は近くにあった古いブランコに座り、会話を続けていた。
「幽霊の彼は何を話しているのかしら?」
川西が空気の読めないことを言っている。
「我慢しろ!」
俺は静かな声で言った。
「君は幽霊見えるし、声が聞こえるからそんなことが言えるのよ。見えるだけで何も聞こえないのって結構辛いのよ」
川西はいつも自分のことばかりだ。一番辛いのは彼らだろうに・・・・
「はるか、かっかしないで。僕は姿も声も聞こえないんだからさ」
確かに・・・・・・この中で一番苦しいのは他でもない立浪かもしれない。
その後、恋人の二人はブランコを動かしながら、たわいの無い会話をしている。友人の話や家族の話。最近流行りの音楽やドラマ、昔話など他多数・・・・・
二人から会話が途切れることがない。まるで一心同体のような関係だ。恋人とはそういうものなのだろうか?
もしかしたら、俺には一生縁のないことかもしれない。
しかし、それもまた人生。今までもそうであったし、特別生活に支障をきたすことでもない。悪しき亡霊を駆除して生計を立てる。そして、日本の平均寿命を満たすことなく死んでいく。霊力を持った人間は寿命が短い。それもいいかもしれない。ただ無駄に生きるのなら短い人生で質のいい人生を送るほうが!
しかし、どこかさびしい考えであることを俺自身自覚している。
すると、亡霊彼氏がブランコから立ち上がり、あることを言い出した。
「もう逝かなきゃないけない!」
「何いっているの? まさる」
「分かるんだ。もうすぐ向こうの世界に逝かなければならない」
すると、亡霊彼氏の体が急に白く光り始めたのである。
「まさる。どうしたの?」
「これで悔いなく別れることができる。ひとみ」
すると、亡霊の石橋はこちらを眺めてきたのだ。
「もう出てきていいよ。神川君たち」
俺はためらいもあったが、姿を現し、悲しき恋人の方へと向かっていった。
「神川君、君には感謝の気持ちでいっぱいだよ」
「いいえ、そんなこと・・・」
亡霊から感謝されるとは夢にも思っていなかった。しかし、妙に良い気分になっている自分に気がついた。
「これからもひとみのいるこの世界を悪霊から守ってほしいんだ」
「守る?」
「ああそうさ。俺は亡霊としてさ迷っていていろいろなことが分かったんだ。君のように霊力を持った人々が集う世界のこととかね」
「そうなんですか?」
「そして、君がハンターとして多くの亡霊を駆除してきたことも」
そのことを聞いた高橋は俺に対し、冷たい目線を送っていることに気がついた。
無理も無い。大切な彼氏を駆除しようと考えていた男がここにいるのだから。
「俺も君に駆除されるかもしれないと内心恐怖していたんだ。亡霊の間では君は有名人だからね」
「有名人?」
「ああ、凄腕と聞いているよ。あの魔のトンネルの悪霊を駆除したことは幽霊たちの間でも有名な話だ。幽霊たちはあのトンネルは絶対近づかないというルールがあったくらいだからね。ハンター内でも、あの場所はとても危険な場所だからね」
俺は大神さんからそんな場所へ行かされたのか・・・・・
「俺たちはそんな危険な場所に行ったわけ?」
川西がかんかんであった。
「そこまで危険な場所だったことは俺も知らなかったよ。まあ、あの時は本当に命がけだったけれど」
俺の発言に対し、川西からのカウンターを受ける羽目になった。
「そんなのん気によく悪霊退治をやっているわね。呆れるわ」
「うるさい。余計なお世話だ。霊力無き女は黙っていろ!」
「何ですって!」
「また、二人とも・・・・」
立浪に止められるパターンがお決まりになってきている。これは痛い。
「神川君はもっと自分の立場を知る必要があるよ。幽霊たちの間でも君に関していろいろな意見が飛び交っていることは知っているかい?」
「いいえ、なにせ人間関係が希薄なんで。ぼう、いえ幽霊に関しても」
「そうか、いろいろあるんだな。もっと、君と話したほうがいいのかもしれないが、俺にはもう時間がないみたいだ」
石橋まさるの体が光の粒子に分解されるように徐々に消えていくのが分かる。話す時間が減少していく。
「これだけは言わせてくれ。君は亡霊たちの間で恐れられている。けれど君を支持する亡霊もいることも確かだ。だからこそ、この世界を守ってくれ。亡霊、いや悪霊と呼ばれているやつらは恐ろしい計画を立てているという噂を聞いたんだ」
「恐ろしい計画?」
「ホワイトアウトを引き起こそうとしているやつがいるらしい」
「何!?」
ホワイトアウト、まさかあの歴史的超常現象事件は悪霊たちによって引き起こされたものだというのか?
すると、高橋が涙を流しながら叫んだ。
「そんなことはどうだっていいわよ。まさる、逝かないでよ」
俺は二人の時間を邪魔していたことに気づき、少し離れた。
「はるか、悪かったよ・・・・・・幸せになってくれ・・・・・さようなら」
粒子化した石橋の体は消え、最後に笑みを浮かべていたが、一瞬だけ俺の顔を見た。その顔には純粋に高橋の住む世界を守ってほしいという願いをこめていた。
そして、石橋の姿は完全に消え去り、文字通り天へと召されていった。
これが江本愛たちネゴシエーターのやり方なのだろう。俺のように駆除するのではなく、彼らの悩み、呪縛を解き放ち、天へと誘導する。その光景は美しく、心がきれいになる感じだ。
・・・・しかし、そんなきれいごとが通用しない悪霊たちが存在することもまた事実だ。江本たちネゴシエーターが光であるなら、俺はその影、闇になろう。悪しき闇ではなく、人のために存在する、まさに人を守護する日陰のように。
高橋は霊力ゴーグル等のオカルトグッズをすべて外し、泣き続けている。川西は彼女のそばに近寄り、慰めている。こういうときは女同士にしておいた方がいいと考えた俺と立浪は本能的に彼女らから離れた。
すると、立浪が下を向きながら俺に質問してきた。
「ホワイトアウトって何だったんですか? 僕たち超常現象オタクたちの間では未確認生物による拉致事件だったという説が一番強かったんです。しかし、先ほどの彼の物言いは明らかに幽霊が関係している出来事だったんじゃないんですか?」
立浪は熱心に言ってきたので俺は少し驚いてしまった。
「立浪、すまん。俺は何も知らないんだ。俺はホワイトアウトの年に生まれたが一切興味がなかったんだよ。だから、今俺は混乱しているんだ」
「すいません」
「いいんだよ。立浪。これは俺の問題なんだよ」
俺は亡霊を見たくなかった。そのため、現実から目を背き、気がつけば、俺は何も見なくなっていた。すべてもことに興味を示せず、触れることもしない。ただ、生きているだけの生きる屍だったのだ。そういう意味では亡霊と変わらないのかもしれない。だから、そんな過去を亡霊と重ね合わせ、俺は駆除という名の否定活動を行っていた。復讐とは違う。否定だ。これは悲しいことだと完全に自覚している。
そんな混沌とした状況の中で俺は新たな霊気をこの公園から感じ取ってしまった。
「亡霊が来る!」
俺が叫ぶと、緊張が走った。
「まさる!」
「違う。彼じゃない。別の何かが。しかも複数だ」
女性人は霊力ゴーグルを見につけ、辺りを見渡している。
すると、四人組の同年齢くらいの亡霊が俺たちを囲んでいる。半透明であるが、一応人型である。
「ったく、石橋のやろう。いろいろとしゃべりやがって。まあいいか。かわいい女たちが二人もいるんだからな」
この亡霊たちからはすさまじい悪意を感じる。しかし、どこか不良臭い感じがする。
「お前たちは何しにここに来た?」
「ハンターの抹殺だ。女はそのついでだ」
「ハンターの抹殺?」
「お前たちハンターは邪魔なんだよ。特にてめぇはな。神川真治よ」
「まさか、こんなに有名になっているとは思っても見なかったな」
やはり、俺は闇の仕事を天職であると断定できる。この状況をどこかで望んでいた自分がいるのだから。彼らを駆逐する。こいつらは亡霊じゃない。悪霊だ。
「石橋め、いろいろ面倒を見てやった結果がこれか。あいつは裏切り者だ。一人、勝手に逝っちまうんだからな。うひゃひゃひゃ」
何なんだ、こいつ?
「何だか俺には分からないが、俺たち生きた人間に危害を加えるつもりならば、俺にも覚悟がある!」
俺は高橋から、霊力手袋を回収、見に着け、黒いバッグからいつものライフルを取り出した。
「俺たちぁ、悪霊の中でも悪中の悪なんだよ。くそがきがぁ!」
「死んだ人間は石橋のようにすべてを受け入れろ。それができないなら、このハンターである俺が相手だ!」
川西と立浪は高橋を避難させ、公園の外へといった。
俺はライフルを構え、狙いを定めた。
「なりそこないのハンター気取りが、ぶっ殺してやる!」
四人の悪霊たちは目を光らせ、怒りをにじませている。
「魔のトンネルの少女の悪霊に比べたら、チンピラ亡霊のお前たちなど強さ、そして存在自体が・・・・くずだ!」
そして、俺は六時の方向にいる悪霊にすぐさま霊力ライフルを向け、連射による霊力弾を数十発浴びせ、駆除した。
「てめぇ!」
「すごいな。霊力弾を数発食らうだけの耐久力があるとは」
俺はこの状況を楽しんでいる。やはり、この仕事はやめられない。
霊力ライフルを今度は三時方向にいるやつをライフルで攻撃した。すると、その悪霊は宙に浮き、それを回避したが、無駄に乱射される霊力弾に命中し、急降下したところを更なる乱射で完全排除した。
「てめぇ、めちゃくちゃじゃねーか、このくそが!」
「すまんな。霊力は最強なんだが、射撃のほうが究極的にド素人なんでて、無理やりな戦いしかできなんだよ。しかし、お前たち相手ならこれで十分だ。さあ、俺に駆除されてもらおうか?」
俺はリーダー格である悪霊に狙いを定めようとした時、その悪霊が念力を発動され、俺のライフルを吹き飛ばした。その隙に、もう一人の悪霊が地縛霊のように地面にもぐり、両腕だけを俺の地面から出し、俺の足首を掴み、身動きを取れなくした。
「楽に死なせはしねーぞ!」
リーダー格の悪霊は浮遊してこちらに近づいてくる。しかし、俺はまったく焦っていなかった。俺の両足を掴んでいる悪霊を、霊力手袋を身に着けた手で無理やり、引きずり出したのである。そして、その悪霊を殴りつけると、後方へと飛び、リーダー格の悪霊にぶつかった。例え、半透明で通常の人間の攻撃では通り抜けてしまうものでも、同族のものなら衝撃があると考えたからだ。
「おめぇ、邪魔だ、どけ!」
「うっせぃ!」
悪霊同士の口げんかとは実に醜い。すぐに始末しなくては。
ホルスターからハンドガンを取り出し、地縛霊で現れた悪霊をハンドガンの連射で滅多打ちにし、消滅させた。
「さあ、あと一人だ!」
霊力ハンドガンによる連射をした結果、数発命中したが、やつはそれに耐え、浮遊した。
「まったく、霊力弾に耐えるやつが現れるとはな・・・・・」
楽しい。実に楽しい。俺ははやつに対する恐怖心は微塵も無い。
霊力ハンドガンによる連射を行ったが、やつはその攻撃を避け続けている。きっと、俺の疲労を待って、持久戦に持ち込もうとしているのだろう。なら、いくらでも霊力弾を乱射してやる!
その後も、浮遊している悪霊との連射と回避が繰り返された。
「てめぇ、何者だ、どんだけ霊力が持つんだ!? 汚ねぇやろうが!」
「四人がかりで攻めてきたお前に言われる筋合いはないんだよ! 俺の射撃の的になれ! それくらいしか役に立たないだろうが!」
そして、浮優して無造作に逃げていた悪霊に霊力弾が命中し、落下した。その後、俺は霊力弾を発射して、両足、両腕を破壊し、何もできず、苦痛にもがいている。
「この・・・・・くそったれが!」
俺はやつに近づき、ハンドガンを向けながら尋問した。
「ホワイトアウトについて聞かせてもらおうか?」
すると、この悪霊は苦痛を抱きつつも悪意に満ちた笑みを浮かべていた。
「ホワイトアウトはまた起きるさ。お前たち生きた人間たちはあの悲劇をもう一度受けることになる。ざまぁみろだ! うひゃひゃひゃひゃ」
「どの悪霊がそれを引き起こそうとしているんだ?」
「拷問されたってはなさねーぜ!」
「なぜ、お前たちはそう悪事を働こうとする。なぜ、成仏しない?」
俺は以前から抱いていた素朴な疑問をあろうことか悪霊に聞いている。この理性を失った哀れな死人にだ。
「そんな簡単なことを聞きたいんか、てめぇ。それなら間抜けのお前にも教えてやるよ。生きているてめぇらが憎いんだよ。この現世に止まっている亡霊たちはどいつもそう思っているさ。その憎しみを抱く俺たちのことなど何も分からないてめぇらハンターはいつか地獄を見るさ。ハンターたちが死んで亡霊になってもそこには居場所はねぇからな」
すると、衰弱していた悪霊の魂は消え去ってしまい、完全消滅してしまった。
結局、ホワイトアウトについて知ることはできなかった。
すると、避難していた三人が現れた。
「神川、どうしてもっとホワイトアウトについて聞かなかったのよ!?」
この女はどんなことでも俺に文句をつける。
「まあ、いいじゃないか。今日はもう解散しよう」
すると、高橋が俺に近づいてきた。
「今日は本当にありがとうございました」
そして、今日はその場で解散となった。