第5章
今日の夜は『超怪奇現象スペシャル』という番組が夜の九時から放送されていた。UFOや幽霊などの胡散臭いネタで視聴率を取る番組である。亡霊の存在を知っている俺にとっては興味を持つことは必然であったのだ。
食事や風呂を早めに済ませ、霊力鏡を部屋の角に設置した俺はすぐに一階の居間へと移動した。祖父祖母は早寝早起きの習慣がついているのでもう眠ってしまっている。俺は最低限の音量に設定し、チャンネルを合わせた。
そして、番組がついに始まった。
『今日は超怪奇現象スペシャル、激論バトルをお送りします。ゲストの方は以下の通りです』
女性司会者が説明をしている。
そして、最初にUMAについてのVTRが放送された。
UMAとは未確認生物のことであり、イエティやツチノコなどのことを言う。しかし、そんなものに俺は興味が無かった。そもそも存在自体信じてはいない。写真などが公開されたが、どうも胡散臭い。しかし、その胡散臭さがこの番組のよさであり、これはこれで笑いが取れる。そういう番組なのだ。
けれど、俺が本当に見たいのは亡霊ネタだ。
そして、UMAのVTRが終わり、多数のゲストによる激論バトルが開始された。互いのエゴをぶつけるだけぶつけ、何も結論が出せない無意味で愉快な光景の始まりだ。
UMA肯定派と否定派に別れ、激しい激論が行われている。このUMA肯定派と否定派は、つまり、超怪奇現象の肯定派と否定派ということと同意語ということになる。このゲスト人の仲にUMAは信じるがUFOは信じないという人はいない。極端な考えを持ったゲストだけを集めた番組なのだ。
『この写真が何よりの証拠ではないですか!』
肯定派の一人が写真のボードを皆に見せ、説明している。
『ただの着ぐるみとかじゃないんですか? 信憑性が薄いんですよ。あなたはいつも!』
今度は否定派の人は反論した。
イエティの写真が今は話題に上がっている。白い毛皮で人波の大きさをした写真なのであるが誰がどう見ても胡散臭い。
『そうやって、すぐ否定する。あなたは! どうして現実を受け止めようとしないんですか!』
肯定派は大声を上げている。
『誰が見ても、着ぐるみを着たただの人間じゃないですか! そんなことも分からんですか。頭がまたおかしくなりやがって!』
その発言に肯定派は激怒し、罵声の飛ばしあいになった。しかし、これはある意味で『お約束』であり、この番組の定番なのだ。
『UMAは必ず存在するんですよ。その証拠となる映像や写真はいくらでもある』
『だから、どれも信憑性がないんですよ。いつも、映像ばかりで現物が存在しない。仮にあったとしても、変な死体ばかりで根拠がまったくないんですよ。本物を見せてくださいよ』
その後も、不毛ではあるが白熱した激論が交わされた後、次のコーナーへ進むことになった。
『では、次にUFO襲来? 特集をお送りします! VTRどうぞ!』
すると、一般人が撮影したであろう質の悪い画像が公開された。すると、暗闇の上空に白く光る物体が突然現れ、しかも、前後左右と動き回っている。隕石などの類ではないことは分かる。
しかし、どのような物体かが分からない=UFOと定義するには疑問が残る。UFOの存在自体を否定するのは夢が無いが、だからといってこの物体をUFOと断定することも俺にはできなかった。
ただ、この物体が一体何なのだろうかという疑問は俺の興味を引きつけた。
そして、次に流された映像は赤い光が昼間に上空を飛んでいる物であった。すると、突然、その赤い発光する物体が突然二つに分裂したのである。しかも、分裂した二つの赤い物体はまるで意思を持ったかのようにそれぞれ違う動きをしながら浮遊している。
この映像もまた俺に興味を抱かせた。今まで分裂したという例を俺は聞いたことがなかったかである。
その後も、数多くの映像が流され、再び激論が開始された。
『UFOは我々の常識を超えるテクノロジーで監視しているんですよ!』
肯定派は相変わらず根拠の無い仮説を立てている。
『あんな映像いくらでもありますよ。合成や吊るしているパターンじゃないですか!』
否定派も負けてはいない。
『じゃあ、あの二つに分裂した映像はどう説明するんですか!?』
『何らかのトリックがあるんですよ。我々はもうこの手の映像にいい加減飽き飽きしているんですよ。本当にUFOが不時着して異性人が現れたら我々は信じますよ。けれど、それが出来ない以上、信用できるわけないでしょう!』
そういえば、最近学校でUFO騒ぎになっていることを俺は思い出した。さすがにこのテレビは何ヶ月か前に収録されたものなので学校で話題になっている映像はなかったであろが、本当にUFOのものだったのだろうか? 俺はその動画を見ていないので判断することができない。
『宇宙人は私たちを日々研究しているんですよ。いつか侵略を受けるかもしれない。その時になって後悔するはずです。どうして、あの時私の言葉を信じなかったのかと』
実にめちゃくちゃな議論だ。しかし、そこがいい。
『何馬鹿なこと言っているんだ! もし、仮に侵略を受けたとしてもあなたのことを信じなかったという後悔だけはしない!』
すると、肯定派の一人は大きな写真を取り出した。
『皆さん。この写真はどう説明するんですか?』
その写真は誰もが知っているある原因不明の事件であった。
それは俺が住んでいるこの町で起きた事件であった。巨大で白く光る渦ができたこの事件はマスコミが大きく取り上げたのだ。竜巻のような白い光が天を貫き、その現象は今でも解決されていない。俺の生まれる少し前の事件であった。その現象をマスコミは『ホワイトアウト』と呼んでいた。しかも、多数の行方不明者や死傷者を生み出してしまい、政府はこの事件に対する回答を出していない。そのため、多くのものは、UFOによる連れ去り事件であると信じるものがいた。
『このホワイトアウト事件は間違いなく、宇宙人の仕業なのですよ。これはまじめな話です。行方不明者が現に多く出しているんです。これでもまだUFOの存在を信じられないのですか?』
ホワイトアウト出現による多数の行方不明者は今もどこにいるか分からない。生還者がいないのでUFOによる誘拐事件であると断定することはやはり俺にはできない。
『この事件はまだ解決されていないんですよ。それを安易に見せつけ、UFOに連れ去られたというものじゃないでしょう。今すぐ被害者の遺族に謝罪しなさい!』
『私はまじめに話しているんですよ。現にこの現象、事件は解決していない。今の科学では解明できない現象をあなたはどう説明できるんですか! 異性人の脅威はすぐそこまで迫っているんですよ。政府は早急に対策をとるべきだ!』
この事件はあまりに悲惨だったことからこの町では話すこと自体がタブーとなっている。そのため、祖父祖母に聞いても何も教えてくれなかった。
その後も、成長しない激論は続いたが、最後の議題へと移っていった。それは他でもない、心霊現象ネタであった。
俺が本当に見たかったのはこの特集である。心霊と俺は切っても切れない腐れ縁なのだ。この話だけは信憑性もある。何せ、本当に亡霊は存在するのだから。
すると、心霊写真が公開された。
まず、一枚目は体育祭での集合写真であった。女子五人による写真であったが、すると、薄く、六人目の女の子の首から上の顔だけが端に映っていたのである。その透明感はまさに亡霊と合致することができるが、実を言うと俺はこれだけ亡霊が見えるくせに一度も心霊写真を生で見たことが無いのである。そのため、どこか実感がわかない自分がいる。
祖父祖母を取った時の写真にも何も写っていなかった。ましてや自分の幼い頃の写真にもだ。
そのため、テレビに映っている写真が本物か偽物であるかは俺には判断できなかった。
そして、次の写真が公開された。
次の写真は少しショッキングなものであった。二十代前半であろう三人組の男たちが海水浴のためにビーチで取った一枚であった。すると、真ん中にいる男性の右腕が見事に消えていたのである。しかも、始めから無かったかのように、本来あるはずの腕の場所には海の光景がはっきりと映っている。合成などで消したようには見えないのだ。
この写真が亡霊と関係があるかどうかは俺には分からない。調べてみたいという願望すら生まれてきた。
今度、大神さんに聞いてみよう。
三番目の写真は産婦人科で見たオーブの心霊写真であった。
この写真はどこかの神社で撮影された数人の学生の写真であるが、その周辺にオーブらしき緑色の球体が至る所に存在した。しかし、産婦人科で見たオーブとは言葉では説明できないが、捏造か他の自然現象ではないかと思った。
その後も、数多くの投稿された写真が公開され、最後のコーナーへと画面は変化した。
『では、最後に霊媒師による心霊現象をノンフィクション映像でお送りします』
ノンフィクション? このパターンはこの番組では珍しい。
すると、とある家の映像が映し出され、説明のための製作されたVTRが流れた。
『とある家でポルターガイスト現象が発生するという。次のVTRは取材で再現され、製作されたものである』
そして、画面が役者を用いて製作されたVTRが公開された。
『四人家族の加藤家では一年前に祖母がなくなり、悲しみも次第に薄れた時であった。夜の八時十分になると必ず、家全体が揺れ始めるという。最初に揺れが発生したとき、地震だと思い、そのまま放置したのである。そして、次の日の朝、旦那さんと子供たちが家を出た後で、近所の奥さん方での立ち話が始まり、昨日地震の話をしてみると、予想外のことが起こったのです。どの主婦の方たちも地震など起きていないと言うのです。そして、その日の夜になるとまた家中がゆれ始め、しばらくすると揺れが止まるのです』
『その話を聞き、我々番組スタッフは一人の霊媒師の元を尋ねました。その人は数多くの霊を成仏させてきた北上由紀子さんです』
なんと、そこに現れたのはかつて憑依霊を駆除した時に出会った自称霊媒師であった。こんな霊力も無い女が除霊などできるはずもない。
しかし、俺の心情とは関係なく、映像は進行していく。
『我々番組スタッフは北上さんの協力を得て、事情宅へと向かいました。すると、北上さんから思わぬ言葉を発したのです』
『この家から霊気を感じますね』
『北上さんは霊の存在にいち早く感じているようです』
嘘をつくな! と俺は心の中で叫んでいた。
『そして、家の中へとお邪魔しようとした時、北上さんに異変が起きました』
『私の体に霊が入り込もうとしている』
そう北上はいい、入り口付近で倒れこんだ。
なんという猿芝居だ。
俺は憤りを覚えながらも、テレビを見続けた。
『大丈夫ですか!?』
スタッフの一人が声をかける。
『大丈夫です。さあ、中に入りましょう』
残念ながら、テレビからでは俺は亡霊を見ることはできないため、どのような状況なのか、正確な判断が出来なかった。
『我々は家に向かうとそこには夫婦とお子さん方がご在宅でした。すると、池上さんはすぐに霊の正体に気がつきました』
『この家には祖父の霊が取り付いています・・・・・・・・』
『北上さんは目を閉じ、まるで霊を交信しているようでした』
そのフリだけどな!
『すると、北上さんは目を開けました』
『おじいさんがなくなったのは夜の八時十分頃ではなかったですか?』
北上が家族に質問している。
『は、はいそうです』
『おじいさんはその時間にポルターガイストを起こし、存在に気づいてほしかったんですね。』
『あの~ 祖父は今も近くにいるんでしょうか?』
『もちろん!』
『ごめんね。お父さん。気づいてあげられなくて』
その後は馬鹿らしいくらい早く解決し、祖父の霊は成仏したらしい。実にくだらない。やらせではないかと俺は思った。
そして、最後の激論が始まったが、飽きてしまった俺はテレビを消し、眠ることにした。
次の週の月曜日の夕方、俺は霊力鏡を利用してアンダーワールド経由で大神さんのブラックボックスに霊力を譲渡し、再び自分の家に戻り、黒いバッグを持ち、自転車に乗り込んだ。
今週から大神さんも復帰し、仕事をすることになったのだ。しかし、霊力の低下により、ハンターとして厳しい仕事は難しいということで仕事を分担することになった。
今日は使用されていないトンネルに住み着いている亡霊の駆除をしなければならない。そのトンネルは『魔のトンネル』と呼ばれており、遊び半分で中へ入った若者が行方不明になっているという噂が後を絶たない。
俺はそのトンネルに一度も行ったことがなかったので何とも言えないのだ。大神さんの話では、旧道で現在はほどんど使用されないトンネルであり、そこに入った若者が二度出られなくなるというトンネルだ。現にそういう噂を俺も聞いたことがあり、その真相ともし、本物の心霊トンネルであるなら、そこに住み着いている悪霊を駆除することが今回の仕事だ。
まるで、テレビの心霊番組に出てくるような話であるが、もし事実であるなら、非常に危険な場所である。俺が今まで出合ってしまった悪霊たちの能力は念動力と憑依力である。しかし、遺体なしの行方不明となると、どのような能力を持っているのか不安に駆られた。けれど、逃げるわけにはいかない。恐怖以上に憎しみが勝っている俺は止まることはない。前進するしかないのだ。
自転車で十五分する場所に人気のない森が存在した。そこには土と草に覆われた階段がある。そこからは自転車では迎えないため、俺は自転車を止め、黒いバッグを肩に背負いながら、登った。
数分して、階段がなくなると、コンクリートで固められた小さなトンネルを見つけた。車一台分くらいしか入らない幅に作られている。
しかし、残念なことにこのトンネルには強力な霊力を感じる。つまり、何かしら存在するということだ。
作業用のベルトを腰に巻き、霊力手袋を両手にはめ、霊力ライフルを構えた。
さあ! ハンティングの時間だ!
この仕事をすると、まるで自分の人格が変わっていくのではないかと心配している自分がいる。ただの被害妄想であることを俺は祈っている。
そして、ライフルに取り付けられているライトを点滅させ、俺が暗いトンネル内に入ろうとすると、あることに気がついた。トンネルのすぐそばにとても小さなお墓が斜めに傾きながら、立っていたのである。それ自体に問題はなかったが、ある現象が起こったのである。お墓から赤い血が流れたのである。その光景はとても不気味で恐怖した。
そういえば、こういう話を聞いたことがある。このトンネルにあるお墓が真っ赤に染まる時、トンネル内に入った者は二度と出られなくなると・・・・・
普通なら、恐怖心が増し、映画ならすばらしい展開なのだろうが、ハンターである俺には通用しない。しかし、噂の一部が真実であることは確認できた。つまり、トンネル内に入れば、何かが起こるということだ。しかし、俺の最初の仕事はすでに始まっていた。
赤く染まったお墓に近づいた俺は霊力手袋を着けている左手で墓からあるものを取り出した。
「うわぁ! 何をする!」
半透明な悪霊を墓から引きずり出したのである。
「墓を赤く染める理由を言え!」
俺はほとんど人の顔をしていない悪霊の小さな頭を掴みながら、尋問した。
「馬鹿な人間たちを恐怖に陥れるからに決まっているだろう・・・」
この歪んだ思考は亡霊ではなく、間違いなく悪霊だ。駆除の絶対対象だ。
「それによ。そういう噂を聞きつけた人間たちがこのトンネルに入り込んで俺たちの餌食にする。この墓はそのためにあるんだよ」
「墓は死んだもののために存在する。お前の墓なのか?」
「さあ、知らないね。そんなこと忘れちまったよ。ははは」
ずるがしこさを感じるこの悪霊を俺はすぐさま駆除したかったが、このトンネルの情報を知る手がかりにはなると思い、生かしている。まあ、用が済めば駆除するだけのことだ。
「それよりもさ、どうして、てめぇはおどろかねーんだよ!」
「ハンターだからさ」
「ま、まさか・・・・」
「悪霊にも怖いものがあるんだな。普段は人を驚かしているくせにさ。まあ、いいや。この魔のトンネルといわれている場所でお前は何をした?」
「俺はこの墓に入っているだけさ。他のことはしらねーよ」
明らかに嘘をついている。教える気など更々ないようであった。
「分かったよ。せっかく教えてくれたら助けようと思ったのにさ」
もちろん、嘘である。
「本当か? 本当なのか。じゃあ、話そう!」
意外と素直だな。しかし、そう思った俺が大馬鹿であった。
「話すわけねーだろー このくそ餓鬼が!」
その一言で頭に血が上った俺はライフルを地面に置き、右腕で悪霊を殴った。
「ぐわぁ!」
「もう、選択肢が無いな」
俺はホルスターからハンドガンを取り出し、悪霊に向けた。
「最後に一つだけ教えてやるよ。どうせ、お前はこのトンネルから出ることはできないんだからな!」
「どういうことだ?」
「お前が来る少し前に二人の若い高校生の男女がトンネルに入って行ったぞ!」
「何だと?」
その二人の生死に関わる。これは迅速な対応が必要だ。
「ありがとう、じゃあ」
俺はハンドガンでためらいも無く、この悪霊を駆除すると、ハンドガンをホルスターへ戻し、ライフルを持ちながらトンネルの中へと入っていった。
トンネルからは異常な霊力を感じていた。何が起きてもおかしくはない。しかし、俺はすべての悪霊を駆除しなければならない。
意を決して、俺は真っ暗なトンネルの中へと入っていった。
若い男女を救出し、死霊を除去する。
しかし、中は真っ暗でしかも若い男女は見つからなかった。
ライフルに取り付けられている霊力ライトで全体を照らしているが、土やコケが至る所にこびりついているだけで特別変化は無い。しかし、並み以上の霊力を漠然とした状態で感じるのはなぜだ?
すると、辺りが急に光出し、渦巻状で黒光りした空間らしきものが俺を襲った。まぶしさで一瞬目を閉じ、再び開くと、そこにはライトが無いはずなのに光輝いているトンネル内と俺と同じ制服を着た同年齢くらいの男女が二人立っていた。男子のほうは若干俺よりも身長が低く、天然パーマであった。いっしょにいる女子生徒はポニーテールの髪型をしていて、この男子と同じくらいの身長をしていた。
「君、誰?」
その女子生徒から唐突な質問を受けたので俺はその質問に素直に答えた。
「神川真治」
すると、気の強そうなその女子生徒はこちらに近づき、いかがわしいものを見るかのような目で俺を見ている。
「ねえ、何で制服の上にサバイバルゲーム見たいな格好をしているの? 説明しなさい!」
初対面で、いきなり命令形で言われるとは思っても見なかった俺は一瞬呆然としてしまった。すると、もう一人の男子生徒が割り込んできた。
「はるか。そういう言い方はよくないよ」
天然パーマのその男子はどこか気弱で人の顔をすぐにうかがうタイプに見えた。
「勇気は黙っててよ。それにこの男、怪しいじゃない。この魔のトンネルの心霊現象に何か関係しているかもしれないし!」
まさか、アンダーワールドから来たハンターか、ネゴシエーターか?
「俺の質問に答えてないわよ!」
このはるかという女子生徒の一人称は『俺』らしい。実に変わった女だ。まあ、人のことは言えないか・・・・・
「俺はこのトンネルを調査しに着たんだよ」
俺は駆除することはあえて言わなかった。いろいろと面倒なことになりそうだと思ったからだ。
「じゃあ、俺たちと同じだわ」
「やはり、君たちは・・・・・」
「俺と勇気は高校の超常現象研究会のメンバーなの!」
「・・・・・・・ん?」
あれ、俺の予想がこの上なく外れたような。いや、間違いなく外したのだ。大勘違いであったのだ。
「俺の名前は川西はるか。で、こっちは」
すると、勇気と呼ばれている男子は人見知りのようであまり俺の顔を見ようとはしない。それに起こった川西は勇気君を引っ張り、俺の所までつれてきた。
「自己紹介ぐらいしなさいよ!」
まあ、超常現象研究会をいう非常にマイナーでマニアックな部活動を堂々と言えるものではないが・・・・・
「わ、分かったよ。僕の名前は立浪勇気。よろしく」
非常に弱弱しい声であった。
「勇気、もっと元気出しなさいよ!」
この二人を見ていると、少なくとも男女の仲ではなさそうであることは分かった。親友というべきか。そのため、この二人を見ると俺の心に隙間風が吹き付けるような妙な悲壮感に襲われた。孤独な毎日の俺と、友情を手にしている二人。この差は一体何なのであろうか?
「で、神川っていうんだっけ。君。何でそんなライフルなんか持っているの?」
その質問に俺の思考は詰まってしまった。
どのように説明したらいいか分からなかったからだ。しかし、そんな時間の隙を与えるような川西ではなかった。
「何、答えられないの。本当に調査しに来たわけ?」
実に強い口調で俺を攻めてくる。
さあ、どうするか。俺はハンターで悪霊を駆除する武器で君たちを助けに来たとでも言うべきなのか。そうか、超常現象研究会なら俺の仕事や存在を信じてくれるかもしれない。別に隠す必要性はないのだから。
すると、立浪が再び割り言ってきた。
「まあ、いいじゃない。はるか。僕たちと同じでこの人も幽霊の存在を信じているんだから。そうでしょう?」
「もちろんだよ!」
それに関して、俺は即答した。
「じゃあ、どうして俺たちの研究会にこないのよ。同じ高校でしょ。他の部活と偏用は嫌だから?」
川西の質問はいつも強気で押されてしまう。
「いや・・・・・知らなかったんだよ。友達いないから」
それに関して、半分は真実であった。実際、友人がいなければ学校内の情報は意外と分からないものだ。しかし、本当の理由は学校のすべてから目を背けていたからだ。部活や学校行事など目や耳に入れようとはしなかったのだ。この現実社会は俺を拒絶した。だから、俺も拒絶してやる。自ら歩み入る覚悟と勇気はなかったのだ。
しかし、今はそんなことを思っている場合ではない。
「ところでこのトンネルで何かあったかい?」
俺は二人に質問した。
「俺たちはこの魔のトンネルの噂を聞きつけたから、調べにきたんだけれど、噂は本当だったわ。知ってるわよね? トンネル前にあるお墓が赤い血で染まると、トンネルから出られなくなるというの?」
「あ、ああ。実際俺のときも墓が赤く染まっていたし」
「やっぱりね。勇気、やっぱりこの世の中には科学では証明できない現象が存在するのよ。だから、ゆうきの霊感も本物よ」
「霊感?」
俺はその言葉に本能的反応を示してしまった。
「そうなの! 勇気は霊感があるの。このトンネルに入る前からそれを感じていてとても怖がっていたんだけれど、超常現象研究会としては行かざるを得ないから。君も幽霊を信じているからここにいるんでしょ?」
「ああ、そうだよ」
そりゃあ、信じるとも!
「君は霊感ある人、ない人」
川西は実直に質問をしてくる。
「あるよ。霊感」
俺は生まれて初めて言った気がした。その時の爽快感は言葉には言い表すことが出来ない。しかし、意外な言葉が返ってきた。
「本当に?」
その目は完全に疑っている。俺をまったく信用していない。
しかし、このトンネル内に強い霊力を感じることは確かであるが、悪霊らしき物体が見えないのは事実だ。墓に取り付いていた悪霊とは違い、このトンネルから悪霊の正確な位置が把握できないのだ。
「ねえ、勇気。どうなの? このトンネル内に幽霊はいる?」
川西は俺の話を聞かず、立浪に質問を投げかけた。
「すごい寒気を感じるんだよね。さっきからずっと」
その言葉には恐怖心がこめられていた。しかし、どこまで霊力があるかは皆目見当がつかない。アンダーワールドにいる人々は霊が見えて当たり前だ。しかし、立浪という少年は本当に霊が見えるのだろうか?
「立浪は亡霊を見たことはあるのかい?」
すると、立浪は俺の顔を見るのが怖いのか、下を向きながら言った。
「白いものを何度か見たことはあるんですけど・・・・・後、気配とか。白いものを見たりすると、寒気がするんですよ」
亡霊がはっきりと見えるというわけではない。つまり、アンダーワールドの住人でもなければ、その存在すら知らない。ただの超常現象を信じているマニアたちということだ。
「まあ、いいや。俺はこのトンネルを調べることにするよ」
俺は二人から離れ、入り口まで向かった。
本当に出られなくなるかどうかを調べるためである。すると、川西から助言が言い渡された。
「ここからは出られないわよ。素人君」
この俺が素人。初心者? 冗談じゃない。
俺は憤りを抑えながら、トンネルの外にある出口に足を踏み入れると、不可思議な現象が起きた。外へ出たはずのなのにトンネルに戻ってきてしまったのだ。しかも、入り口とは反対方向の出口にだ。
「ねえ、ここから出られないでしょ!」
大声で川西が勝ち誇った顔で言った。俺は再び入り口に戻り、二人と合流した。
「素人なんだから私たちの言うことを聞いたほうがいいわよ」
川西は、俺のことを何も知らないで調子に乗って心霊スポットめぐりをした間抜けな少年とでも思っている顔だ。
「川西は心霊スポットでこんな超常現象にあったことはあるってのかい?」
「当たり前じゃない。俺たちは科学では解明できないことを今までこの目で見てきたんだから」
「じゃあ、この現象を突破できる方法を知っているんだな?」
俺は少し意地悪な質問をした。
「これから考えるのよ。だから、邪魔しないで」
「分かったよ。だったら好きにすればいい」
俺は俺でこの問題から解決しようではないか。
ライフルを持った俺はトンネル内を歩き始めた。
一方の川西は腕を組みながら必死で考えている。すると、隣にいた立浪がこちらに向かってきた。下を向きながら何か言いたいことがある素振りをしている。
「どうしたんだい?」
「あの・・・はるかの態度・・・・申し訳ありません」
「そんなこと言わなくていいよ」
「はるかはあういう性格なんですけど、根はやさしいんです」
根はやさしいか・・・・・人の性格の『根』とは一体何なのだろうか。本心ってやつか? あまり人と関わったことがないので、そういうことが俺には分からない。
「そうか。分かったよ」
たぶん、川西はやさしい性格なんだと言いたいのだろう。
「だから、はるかと協力してほしいんです」
川西はともかく立浪という男子の性格は内気であるがやさしいやつであることは理解できる。
俺はその時、妙な親近感とでもいうべきものを感じた。本当かは分からないが、立浪は幽霊の存在を信じている。そして、霊感の持ち主である以上、俺と『同じ』なのだ。この苦しみを理解できる人間はそうはいない。
立浪とは話が合いそうと思った俺は何ヶ月ぶりに同年代に話しかけた。
「いつも、こんなことをしているのかい?」
すると、人見知りの立浪は下を向きながら、口を開いた。
「はるかは未知なる物が好きなんですよ。暇があれば、UFO探しに行きますから。僕もそういう類のものが好きなので。まあ、僕は正直幽霊系は苦手なんですけどね」
「怖いのかい?」
「そうですね。臆病なんで。だから、このトンネルには来たくはなかったんですけど、はるかに言われるがままに・・・・・」
立浪は非常に弱気である。しかし、この異次元世界へもぐりこんでしまったかのようなSFチックな状況をどのように打開するか? 悪霊は念力や憑依以外にも特殊な能力があったということだ。
「しかし、どうやってこのトンネルを脱出するかな・・・・・」
俺は恐怖が自然と興奮へと変化していった。なぜなら、SF的状況であっても諸悪の根源は『悪霊』なのだから。大神さんは今までこのような超自然現象に遭遇し、戦ってきた。それは霊力があったからだ。つまり、この状況を打開する方法もまた霊力。俺にならできる。そして、悪霊を駆除する。それが俺の生きがいなのだ。
「神川さん、あなたは怖くないんですか?」
挙動不審のような素振りで俺に質問してきた。
「分かるのかい?」
「それは分かりますよ。はるかは否定してましたけど、あなたはなんて言いますか・・・幽霊慣れしている感じがするんですよ」
その言葉に俺は大声で笑ってしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
立浪に心配されたが、俺は腹の底から笑った。究極的なまでに自虐的過ぎたからだ。
「大丈夫だよ。しかし、俺が思っていた以上に立浪ってしゃべるんだ?」
「僕もはるか以外の人とこんなにしゃべったのは久しぶりです。霊感を持っているっていう男子はあまりいないですからね」
「確かに!」
すると、気の強い女が叫びだした。
「ちょっと、あんたたち。何騒いでるのよ?」
川西が俺たちに突っかかってきた。
「魔のトンネルの怨念をどうやって打ち破るか考えていたんだよ」
すると、急に強力な霊力を感じた。このトンネル全体からである。それと同時に立浪が寒気を感じたのか震えている。
「何かがおかしい・・・・・」
立浪は霊気の変化を感じ取っているようであった。しかし、川西の方は変化に気がついていなかった。川西には霊力は無いことははっきりした。
霊力を待たない人間が亡霊の存在を信じる。実に不可解なことだ。しかも、自分自身は超常現象のプロと豪語している。
「勇気! 大丈夫なの?」
川西は立浪に近づいて、体に触れた。
この信頼関係溢れる光景に俺は少し嫉妬していた。この二人が恋愛関係かどうかは分からない。ただ、互いを信頼し合っていることに対し、俺は憧れを抱いているのだ。
この違いは一体なんだろうか? 出会いが悪かったのか? 亡霊と友達になどなっていたから? 分からない。分からないんだ!
しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。この奇怪な状況を打破しなければ、俺の仕事は終わらない。
俺はライフルを構えながら、悪霊がどこから現れてもいいように準備をした。しかし、霊気がどんどん増幅されていくのに、視覚には何も映ってこない。
あたり一面見渡しても、ライトの無い光に照らされたトンネルのコンクリートしか見えない。何かアクションを起こしてもらわなければ、俺は何もできない。
この状況は非常にもどかしく、俺をイラつかせた。
すぐ近くにいる川西と立浪は緊張している。特に、立浪は体を震わせ、身動きが取れない状態だ。
「君! 霊感あるくせに何ぼんやりしているのよ。少しはリアクションしなさいよ。あ、やっぱり無いんだ!」
川西はどこまでも俺を否定しようとする。
「うるさい! 今考えているんだ。霊力の無い、役立たずは黙ってろ!」
俺は自身の怒りに負け、つい本音を言ってしまった。
「何それ? まるで君が私たちよりこの現象に詳しいみたいな言い方じゃない。この馬鹿やろう」
まさか、女子からそんなことを言われるとは思ってもみなかった。立浪の言った『根は優しい』の信憑性は希薄になってきた。
しかし、そんなことなどかまっていられないことが起こり始めた。
立浪の足元から強烈な霊気を感じた。すると、コンクリートの底から半透明な腕が生えてきたのだ。そして、その両腕は立浪の両足を掴んだ。
「何かが僕の足を掴んでいる!」
立浪は両足を捕まれ、身動きが取れないでいる。
「どうしたの勇気? 落ち着いて」
悪霊の被害を受けている立浪に対し、霊力無き女子高生は対処することはできない。これが定めだ。
俺は立浪の足元にライフルを構えたが、川西が邪魔で地縛霊を狙うことができなかった。
「川西そこをどけ! 邪魔だ」
「うるさいわね。黙って!」
俺の話など聞く耳持たずとはこのことだ。しかし、そんなことを言える状態ではなくなってしまった。今度は川西の足元に半透明な悪霊の腕が伸びてきて、川西の両足を掴んだ。
「何よこれ!」
二人とも、何も出来ない状態であった。
「これだから非霊力者は」
俺は川西の足元目掛けて、ライフルを構えた。
「ちょっと、何するのよ」
「お前を助けるんだよ!」
そして、俺はトリガーを引いた。光り輝く球状の霊力弾が発射された。その霊力弾は川西の足を掴んでいる悪霊の腕を完全に消し去った。その光景に川西は驚いている様子である。
「ちょっと、今の何よ!」
「悪霊を殺せる武器なんだよ。これは!」
川西の足は自由になった。
「あ、本当に足が楽になった!」
俺は移動し、立浪を苦しめている悪霊を霊力弾で駆除した。その光景に立浪は驚いている。
しかし、俺も驚かざるをえない現実に追い込まれていた。天井や底、左右の壁に生えているかのように両腕だけが無数に飛び出していたのだ。
「こ、これは・・・・」
あまりのエグイ光景に、俺はドン引きしてしまった。しかし、川西と立浪は悪霊が見えていない。立浪は霊気だけは感じているようであるが。
「一体何が何なのよ?」
川西は恐怖でパニックを起こしている。
仕方がないので、俺は黒いバックから霊力ゴーグルを一つ取り出した。
「これつけろ。川西」
「何これ?」
「いいから着けろ。そうすればすべてが見える」
いやいやながら、川西は霊力ゴーグルを身に着けた。すると、予想通りのリアクションが返ってきた。
「何よこれ! トンネル内に腕が生えている。気持ち悪い!」
川西は霊力ゴーグルを外した。
「あれが悪霊だ。しかも何十、いや三桁単位でいるかもしれない」
「君は何者なのよ?」
「俺は・・・・・・ハンターだ。悪霊駆除を仕事にしている。このライフルは悪霊を駆除することができる武器だ」
地縛霊はどんどん姿を現し、不気味さを増していった。
「ハンター? 駆除? わけが分からないわ」
川西は霊力ゴーグルを立浪に渡した。
「な、何だよこれ!?」
立浪は霊力ゴーグルをすぐに外した。
「君は幽霊が見えてるの?」
「ああ、その霊力ゴーグルは霊力のない人間が亡霊を見るためのものだ。俺には生まれつき霊力があるから見えるんだよ」
二人は俺の言っていることを理解してくれたかどうかは分からなかったが、今は大量の腕だけ地縛霊を駆除することが先決だ。
俺はライフルで近くにいる悪霊から霊力弾を放ち、駆除していった。川西は霊力ゴーグルでその様子を見ていた。
「本当だ、勇気! 幽霊が駆除されている」
「やっと信じてくれたか」
「じゃあ、君は本当にハンターなの?」
「だから、最初からそう言っているだろ!」
すると、腕だけ生えている悪霊たちから断末魔のような叫び声が聞こえた。それはトンネル内に響き渡った。その声は何かを訴えているかのようであった。
「何、この声?」
どうやら、霊が見えない二人にも聞こえるようだ。
「分からない。しかし、今はやつらを駆除する」
俺は腕だけ悪霊を、雑草を除去するかのように駆除していった。しかし、虫が繁殖しているかのように天井にもいるので油断することができなかった。
「私たちにも武器を貸して。戦うから!」
川西からの提案を俺は即答で答えた。
「絶対駄目だ!」
「どうして? 独り占めする気?」
「この武器は霊力を持ったやつしか使えないからだ!」
俺は質量のあるライフルを右手だけで持ち、左手からはホルスターから取り出したハンドガンで両腕だけ生えた悪霊を駆除し続けた。
すると、また悪霊たちからの叫び声が聞こえた。
「た、助けてぇ・・・・・」
助ける? 一体何から。
俺たちを襲っておいて助けろとはどういう意味だ。
「どういう意味だ! 助けろとは?」
質問しながらも、俺は攻撃を止めなかった。前方をある程度片付けたが、後方にいた川西と立浪が再び襲われていたので、両手に持っている武器を彼らの足元に向けて霊力弾を放った。
「これじゃあ、切りがないな」
「た、助けてくれぇ・・・・・」
「俺たちを・・・・・」
「苦しいんだぁ・・・・」
「息が出来ない・・・・・」
「体が無い・・・・」
「このトンネルから出してくれ・・・・・」
「今、トンネルから出してくれと言った・・・・・どういう意味だ。この魔のトンネルはこいつらが引き起こした現象ではないのか?」
しかし、悪霊の言うことを丸々信じることも俺にはできない。
「お前たちは一体何がしたいんだ!」
俺はトンネル内に響き渡るくらいの大声で叫んだ。
「この・・・・・苦しみから・・・・解放されたい・・・・」
「だから・・・・仲間が・・・・・ほしい」
「俺たち・・・と・・・・同じ・・・・苦しみを・・・・味わう・・・・」
「俺たちを仲間にしたいのか?」
しかし、この腕だけの悪霊たちは何かが違う。諸悪の根源が他にいる気がするのだ。すると、川西が意外なことを口にした。
「都市伝説の話なんだけど、この魔のトンネルに立ち寄った人々はすべてトンネルから出られなくなり、トンネルの亡霊になってしまうって」
「何が言いたいんだ?」
「だから、この幽霊たちはすべてトンネルに入って行方不明になった人たちなのよ!」
「そうか・・・・そういうことか・・・・なら、魔のトンネルにしてしまった悪霊が一体必ずいるはずだ! その悪霊をあぶりだす」
俺はライフルを地面に置き、ベルトから霊力手榴弾を取り出し、悪霊目掛けて投げつけた。そして、霊力手榴弾は地面に叩きつけられた衝撃で霊力の閃光は拡散し、多くの悪霊はその光を浴び、駆除されていった。
「哀れな魂たちよ。俺がその苦痛から解放してやる!」
その後、川西や立浪たちに付きまとっていた悪霊も駆除、天井にいる悪霊も根絶することができた。
「これで片付いたな。しかし・・・・」
まだ霊気を感じる。油断することはできない。
「俺、トンネルから出られるかどうか確かめてみるわ!」
川西はトンネル内の出口へと足を運んだ。
しかし、俺には分かっていた。まだ、問題は解決していない。魔のトンネルを最初に作り、多くの人を殺し、悪霊へと変えていった。しかも、腕だけの地縛霊に。これは非常に恐ろしい。死んだら天国へ行くか、現世をさ迷うしかないが、あの数を見た限り、トンネル内に入ったほぼすべての人間が現世をさ迷わされる結果になってしまったのだ。しかも、悪霊として。罪の無い人間を悪霊にして、しかもこの俺に駆除させた。駆除は天国へはいけない。完全消滅を意味している。
俺は若干の罪悪感を感じていた。あの悪霊たちは明らかに助けを求めていた。自分の意思で悪霊になったとは考えにくかった。結果的に彼らを救うことはできたのだろうが、それは苦痛から解放するだけのことに過ぎない。
この悲劇は今日ここで食い止めなければならない。
立浪がある少女を見つけたのだ。
「あそこにいるのは誰だろう?」
立浪が見えるということは亡霊ではないのか? しかし、このトンネル内に霊気を感じる。
俺は立浪の方に顔を向けると、赤いワンピースを着た少女が倒れている。一体なぜ、こんなところに少女がいるんだ。
「きっと、行方不明になった人じゃないでしょうかね」
立浪が言った。
すると、川西があることに気がついたようであった。
「駄目、トンネル内から出られないわ。どうしてかしら、幽霊はすべて倒したはずなのに」
倒した?・・・・・・トンネルから出られない・・・・・・謎の少女の出現・・・・そして、電灯が無いにも関わらずトンネル内が非常に明るい・・・・・!?
「立浪、その女に近づくな!」
しかし、遅かった。その女は立ち上がり、こちらに振り向いた。すると、その少女の悪霊には両腕がなかったのである。顔が傷だらけで、邪悪な笑みを浮かべている。
「その女は悪霊だ。そこを離れろ!」
すると、少女の悪霊は目を輝かせると、トンネルの天井から曲々しい黒い穴が出現した。そして、そのブラックホールと言うべきところから、人の腕のようなものが生えてきた。そして、その両腕は伸び続けて、立浪の両肩をつかんだ。そして、そのまま持ち上げようと上向きに運動した。
「誰か! 助けて!」
立浪の叫び声に俺は瞬時に反応し、上空のブラックホールへ連れて行かれる立浪の体にしがみつき、必死で抑えた。
「貴様! 立浪をどうするつもりだ?」
俺は実体のある悪霊に問いかけた。
「私の腕を返して・・・・・」
「腕・・・だと?」
悪霊は理性や知性が欠けている。そのくせ霊力だけは一人前に強い。実に性質が悪い。
「そうか、お前は人の腕を欲していたのか! だから、今まで出てきた地縛霊はすべて腕だけだったのか。どこまでも腐った悪霊だ。例え女であろうとこの俺には関係ない。悪しき存在は駆除する」
俺は右腕のハンドガンを連射して、立浪に取り付いている長い腕を吹き飛ばした。すると、少女の悪霊が苦しんで、もがいている。
俺は落下してきた立浪をどけて、ハンドガンで少女を霊力弾で攻撃した。しかし、強力な悪霊なだけに霊力弾は交わされ、先ほどのブラックホールを自身の頭上に召喚し、その中へと入っていった。俺は霊力弾で応戦したが、ブラックホールは閉じてしまった。
「くそ、隠れたな!」
俺は地面に落としていたライフルに持ち替えて、どこから現れるか集中して霊気を感じる場所を探していた。
「二人とも、俺の近くに来い!」
正直、足手まといの二人を助ける必要があった。生きているものは生きなければならない。それが自然の摂理だ。
しかし、霊気が拡散しているのか、悪霊の位置が特定できない。また、実体化し、霊力の無い人間にも見えるようになるとはよほどの霊力だ。
すると、不気味な声がどこからともなく聞こえてきた。
「ふふふ・・・・・ははは・・・・腕がほしい・・・・・私にちょうだい・・・・ついでに・・・命もね・・・・ふふふ・・・ははは」
ふざけたことを言いやがって。
しかし、いっしょにいた二人は怯えている。さすがにこの現状は生まれて初めてなのだろう。当然の反応ではある。
「出て来い! お前のような悪霊はこの世にいてはいてはいけない存在なんだ! この俺が駆除してやる」
すると、数メートル前にブラックホールが現れた。俺はそこに照準を合わせようとすると、再び伸びる腕だけが現れ、俺のライフルを両手で掴んだ。
「くそ、武器を使わせないつもりか!」
その霊力でできたまがい物の両腕の引力は強く、ライフルを持っていた俺はブラックホールにどんどん引きずられていった。
「俺をこの穴に入れて悪霊にする気か!」
あの腕だけの地縛霊になどなりたくはない。すると、ブラックホールから赤いワンピースの悪霊少女が浮遊してきた。
「私の腕を返してよ・・・・ねぇ・・・・ねぇ・・・・ねぇってば!」
悪霊の形相からは憎しみが湧き出ているようであった。その顔を見ていた俺もまた憎しみを増していた。
「悪霊の怨念を俺に押し付けるな!」
俺は引っ張られているライフルをわざと放した。すると、霊力でできた腕がライフルを持っていったので、俺はハンドガン二丁を両手で構え、トリガーを引いた。
すると、両腕に霊力弾が命中し、再び腕が消え去り、ライフルが地面に落ちた。しかし、それを掴むことなく、俺はそのままハンドガンによる攻撃を行った。すると、悪霊の足や胸辺りに攻撃を受けた悪霊は後方に吹き飛ばされた。しかし、並みの悪霊ではなかったために、一撃で駆除することができなかった。
俺はそのままブラックホールをまたぎ、ハンドガンを連射した。悪霊の体を霊力弾が何十発も命中した。しかし、次第に透明化が進んでいったが、駆除しきれずにいる。すると、悪霊は念動力を発動させたために、両手にあったハンドガンが吹き飛ばされてしまった。しかし、俺はそのまま接近し、先ほど爆発し、転がっていた霊力手榴弾を拾い、右手に霊力ナイフ持った。そして、そのナイフで少女の胸を刺した。
その時、すさまじい叫び声がトンネル内に響き渡った。
「さあ、終わりだ。これ以上悲劇は繰り返させない」
「いっしょに・・・・・来て」
すると、ブラックホールが俺たちのいる地面に発生し、俺はその中へ落下していった。
「しまった!」
黒い空間内には限りない無重力になっていたために、宙に浮いた状態で悪霊と握り締めているナイフを手に取っていた。
「あなたも私たちの仲間になるの・・・」
すると、暗い空間から無数の霊力でできた腕が伸びてきた。そして、それは俺を掴もうとしていた。
このままでは俺の悪霊にされてしまう。
この悪霊を一撃で倒す手段を俺は一つしか思い浮かばなかった。
俺は左手に握り締めていた再充電されている霊力手榴弾を勢い欲、悪霊にぶつけた。
「これで最後だ!」
そして、悪霊が作り出した黒い魔の空間内は白い光に包まれ、俺は光からの痛みとともに意識を失ってしまった。
一体、どれくらいの時間が経ったであろうか?
目を覚ました俺の上空はトンネルではなく、きれいな星が輝く夜空であった。
「君、目が覚めた」
仰向けに倒れている俺の視界に川西と立浪が入ってきた。
「ここは・・・・・?」
俺は体中が痛くて、動かしにくかった。
「トンネルの外よ。悪霊が消えたら、トンネルから出られるようになったのよ。君と武器も見つけたから、運んだのよ」
川西は偉そうな言い方であった。
「そうか、あの奈落の底から出られたんだな。霊力手榴弾の爆風で助かったか」
俺は立ち上がろうとしたが、やはり痛みが酷く、体制を元に戻した。
「この爆弾って何なの? 人に有害なの?」
川西は、一応けが人である俺に対し何のためらいもなく質問してくる。
「今はそっとしておこうよ」
立浪が俺に気を使ってくれる。
「大丈夫よ! 意思だってはっきりしているんだから」
川西は俺のことなどどうでもいいようであった。
「まったく、かわいくない女だなぁ、お前」
俺は悪態をついた。
「何よ!?」
川西は俺の右腕を蹴っ飛ばした。
「痛い! お前、何て女だ!」
「俺の質問に答えなさい!」
「助けてやっただろうが。本当なら金を取るところだ!」
俺は川西の冷たさに憤りを感じている。
「まあまあ二人とも」
立浪が仲裁に入ってくれた。
仕方がないので俺は霊力手榴弾について説明した。
「亡霊や悪霊を殺せる武器だよ。もちろん、ただの人間に対する殺傷能力はないが、俺のように霊力のある人間には害があるんだよ。だから、気をつけなければならないんだ」
「すごい、まるでドラマや映画のような話ね」
「そうだな・・・・」
「じゃあ、君は本当にハンターなんだ?」
「何度も同じことを言わせるな。俺は悪霊を倒して生計を立てているんだ」
と一応言ってみた。
「神川さんのおかげで本当に助かりました。あのままだったら、僕たちも悪霊にされるところでしたよ」
立浪は俺の顔を見ずに言った。
「まったく、あんな悪霊までいるなんて聞いて無かったよ。しかも、今まで放置されていたなんてな・・・・」
そんなことを思いながら、俺はある疑問が頭の中に浮かんだ。
「このトンネルの悪霊だったあの少女について何か知っているか?」
俺は大神さんから、ただ悪霊を駆除するようにしか命を受けていなかったため、詳しい詳細については何も知らなかった。
「何? 知らないでここに来たわけ? 信じられない」
川西は叫んだ。
「そんなことはいいから説明しろ!」
すると、川西ではなく、立浪が説明した。
「ここのトンネル周辺では昔悲惨な殺人事件があったんです。その時の被害者は赤いワンピースを着た少女で両腕を切断されてこのトンネル内で見つかったんです。犯人は未だに見つかっていないそうです。それ以来、このトンネルに入った者は二度と出られないという噂が広まったのですが、まさか本当にこんな目に遭うとは思っていませんでした」
「そうだな・・・・・」
残酷な話だ。しかし、いくら恨みがあったとしても、他者には関係ない。トンネルに入ってくる人々を悪霊に変えるなどもってのほかだ。
俺は今日この仕事を通して、理不尽さと悪霊は絶対消えないことによるハンターの仕事が少し恨めしくなった。