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第4章

今週の土曜日になり、俺は朝早くから大神さんに呼び寄せられた。

 祖父祖母には友達の家で遊びに行くと嘘をついた。しかも、亡霊駆除に使用しているライフル等々も持ってくるよう指示されたのだ。

 いっしょに亡霊駆除をするのだろうか? それとも何かの特訓か?

 俺はそんな想像しかできなかった。

 黒バッグを自転車のかごに乗せ、自転車をこぎ始めた。

 今日は付いているのか? 追い風だったので楽に大神さんの家まで向かうことができた。しかし、そんな朝からでも亡霊は俺の視界に入ってくる。すると、昨日の女子高生のことを浮かべてしまった。

 気分をさらに悪くしてしまった。あの後は消化不良のような不愉快さを抱きながら眠りにつくしかなかった。

 亡霊たちはどうしても俺の視界から消える気配が無い。夜のほうが活動は多いが、肉体の無い魂に朝夜はあまり関係なのだろうか? 老人ホームの時は時間どおりに出現した。出現タイプと永続タイプとかに分かれているのかもしれない。亡霊と悪霊、オーブを見た俺だ。もう何が現れても驚くことは無いだろう。

 大神さんの家に到着した頃には亡霊は一体もいなくなっていた。

 所定の位置に自転車を置き、家のインターフォンを鳴らした。

「どちらさまですか?」

「神川です!」

「少し待っていてくれ」

 言葉通り、待っているとドアが開き、老けた顔をしている大神さんが出てきた。

「いや、今日は来てくれてありがとう」

「いいえ」

「急に仕事を押し付けてしまったことも本当に申し訳なかった」

「気にしないでくださいよ」

 俺は笑みを浮かべて言った。

 大神さんはやはり、杖をついている。まだ足が悪いのだろう。

「今日は他でもない。アンダーワールドへ行こうと思ったんだよ。君を紹介したいし、見てほしい世界があるから」

「そんな簡単に行けるもの何ですか?」

「ああ、霊力を持っていれば誰でもね」

 俺の心は興奮していた。ついに別世界を見ることができるのだから。

「さあ、入った、入った」

「・・・・え?」

 俺は一瞬驚いてしまった。

「アンダーワールドへ行くんですよね?」

「そうだよ」

「外出ではないんですか?」

 すると、大神さんは微笑んだ。

「そうか。説明するのを忘れていたね。まあ、いいや。中へ入れば分かることだ」

「分かりました」

 疑問を抱きつつ、俺は中へと入っていった。

 黒いバッグを持ちながら、中へ入ると、以前きた時とほとんど何も変わっていなかった。しかし、部屋には見知らぬ大きな鏡が立っていた。スキー板並みの長さに人幅くらいの横幅の赤いふち。なぜ、このようなものが居間に置いてあるのだろうか?

「すまないが、その霊力鏡に触れて、霊力を充電してくれ」

「霊力鏡?」

 アンダーワールドはどこまで霊力をエネルギーに変えたら気が済むんだ。この社会で販売したら絶対売れるだろうに・・・・・

 俺はその大きな鏡に触れると、赤が白に変色した。

「いや、しばらく使っていなかったから霊力がぬけてたんだよ。すまないね」

「それは別にかまわないですが、この霊力鏡を何に使うんですか?」

 俺には大神さんの行動が理解できなかった。

「この霊力鏡を使ってアンダーワールドへ行くんだよ」

「な・・・何ですって?」

 俺は自分の耳を疑った。

「この鏡を通り抜けるんだよ。そうすれば、アンダーワールドへ行けるんだ」

「そんなことが・・・・・・?」

「まあ、見てなさい」

 大神さんは右手を鏡に向けて伸ばした。そして、鏡に触れると、液体状のような表面になり、右腕が鏡に吸い込まれていく。

「こ、これは」

「この鏡は一種のワープ装置になっているんだ。ただし、霊力を有した人間にしか使用できないけどね」

「すごい、装置ですね・・・・」

 ここまでくると、もうホラーというよりSFだな。

「じゃあ、先に行くよ。荷物を持って後についてきてくれ」

 そして、大神さんはその鏡の中へと入っていった。

 俺は一瞬恐怖したが、それを乗り越えて鏡の前へと立った。そして、右手を鏡に触れると、鏡は液状になり、俺の右手を貫通した。特別といって感触らしきものはなかった。液状になってはいるが、純粋に貫通しているだけで液体が手に触れている感じはない。

 そして、俺は体ごと鏡の中へと入っていた。

 すると、そこには俺の知らない世界。文字通りのアンダーワールドへと来ていたのだ。地下に作られているのか? 上を見上げると空は無く、灰色の天井が高く聳え立つ。しかも、霊力鏡が左右至る所に存在する。きっと、他者の霊力鏡なのだろう。

「ようこそ、ここがアンダーワールド。オカルト社会だ」

 背景のほとんどは灰色でまさに別世界であった。何せ空が無いのだから。

「ここがアンダーワールド?」

「そうさ。神川君が本来来るべき所だったはずの場所だ。まったく、上のやつらは何をやっているんだか?」

「上のやつら?」

「神川君のように霊力を持った人々を保護する組織のことだよ。霊力を持つ家系ならともかく、自然と霊力を持ってしまった人々を救うことを仕事にしているやつらのことだよ。しかし、君のような歴史上最高クラスの霊力を持つ少年を今まで保護できなかったのは失態以外の何物でもないな」

 大神さんは怒っている。普段はやさしい顔をしているが、今は鬼のような形相をしている。

「今まで神川君は霊力を持つゆえに苦しんだはずだ。誰にも理解されずに。その苦しみは私も理解できる。それを阻止するために作られた組織が機能していないのは許されない」

 確かに。俺は今まで苦しみながら生きてきた。もし、幼い段階でこの世界の存在を知ることができたならば、違った人生を送っていたに違いない。

「今日は神川君にこの世界を知ってほしいから連れてきたんだ。後、上の連中に講義するためにね」

 後者の方が目的のように俺は聞こえた。

「案内するよ。いろいろとね」

 そして、俺は黒バッグを持ちながら大神さんの後についていった。

 建物全部が灰色で商店街のような場所であった。

 数多くの店が並んでいる。食堂や武器屋などいろいろと。すると、予想外のものを俺は見たのだ。

 若い男女が手をつなぎながら歩いているのだ。それ自体に問題はないのだが、共に亡霊なのだ。

「大神さん! 亡霊ですよ」

 俺は慌てて黒いバッグから銃を取り出そうとしたが、大神さんに止められた。

「気持ちは分かるが駄目だよ。彼らを駆除しては。彼らはこの世界での市民権を得ている亡霊なのだから?」

「市民権・・・・ですか?」

 馬鹿な・・・・亡霊にそのような権利が・・・・この世界は俺にとってすべてが未知でできている。もうわけが分からない。

「私や神川君にとっては複雑だろう。亡霊に市民権というのは。しかし、中には信念を持ったまともな亡霊もいるんだよ。亡霊をまともと言っている時点で間違っている気はするが、生きた人々に危害を加えず、自分の置かれた状況を把握できる亡霊が。その大半は生きていた頃に霊力を有していた人間だから、亡霊になっても理性を失わないんだ」

「理性ですか・・・・?」

「神川君が今まで駆除してきたのは理性を失った亡霊たちだ。魂だけの存在という概念を知らない彼らはただの生きる屍なんだよ。そういう連中は学習することができない。それは証明されている。だから、私たちのようなハンターが必要なのだ」

「なるほど」

 学校では絶対に教えてもらえない斬新で新鮮な知識が俺の頭に入っていく。

「しかし、それでも交渉して天へ返そうという考えを持ったアンダーワールドの人間もいる。この社会は駆除と交渉という考えで二分化された社会なんだ」

「昨日の仕事でそれを思い知らされました」

「例の産婦人科でかい?」

 俺は昨日出合ってしまった女子高生について話しをした。

「ああ、江本愛ちゃんのことか? 同じ高校だったのか? 話したことはなかったのかい。同じ霊力を持つ人間として?」

「一度もありません。俺、友達いないんで」

「そうか。それは辛い高校生活だね」

 大神さんの顔は優しさに満ちた笑みを浮かべている。

「まあ、人生は変わるよ。生きてさえいれば。かなり遅かったと思うが神川君は今ここにいる。それは変化だと私は思うよ」

「そうですね」

 今の俺にはそれしか言えなかった。

「そうか。愛ちゃんが邪魔しにきたのか。あの子は一度決めたことは絶対曲げない女の子だからね」

「おかげで、霊力弾を食らってしまいましたよ。あれには怒りを覚えました」

「私もそうだよ」

「・・・・え?」

「私もまだ元気があった頃はよく愛ちゃんと遭遇してね。何度殺されかけたことか」

 ハンターにとって亡霊以外にも敵がいるということか・・・・

「まあ、彼女にもいろいろ事情があるんだよ」

「仕事の邪魔をする事情ですか?」

 俺は少し怒りをこめた言い方をしてしまった。

「詳しいことは分からないが、彼女の身内が亡霊になってね。しかし、理性を持った安定した亡霊だったんだ。だけど、どこかのハンター気取りが、悪事を一切していない亡霊を面白半分に殺しちゃったらしいんだよ。しかも、彼女の目の前で。それで、彼女は交渉という形で亡霊を成仏させる仕事をしているらしい」

「そうだったんですか。ハンターを毛嫌いするわけですね」

 そういう事情は仕方がない・・・・・のだろうか? 大神さんの前ではそう言ってみせたが、死んだら即天国へ行くべきという考えの俺にとっては複雑な心境である。確かに、俺には両親はいない。両親の亡霊もいない。けれど、俺はそれを受け入れている。やはり、彼女とは分かり合うことはできないだろう。亡霊を殺された女子高生と、亡霊に人生を邪魔された俺。できれば、二度と会いたくはない。

「愛ちゃんも向こうの社会で仕事をしているから、嫌でも出会ってしまうだろうね」

「おかげで直径三十センチのオーブを奪われましたよ」

「それは悔しいよね」

「悔しいですよ。あの巨大オーブは彼女とどっかへ行ってしまいましたから」

「成仏されたんだろうね。時間をかけて」

「あの~ 交渉のことが俺にはよく分からないんですけど・・・・」

「ああ、そうだね。説明しよう」

 俺たちは近くに設置してあるベンチに腰を下ろした。

「交渉と言っても口だけで天国へ行くとは限らないさ。愛ちゃんを例にして例えようか」

 江本愛。俺にとって最大の天敵になるであろう女。正直、その女の話など聞きたくはないがしかたがない。

「彼女には憑依能力があるんだ。この世界では憑依業と呼ぶんだけどね」

「憑依業?」

「ああ、そうだよ」

 また、分からない単語が出てくる。

「本当はこの世界の単語はアンダーワールドの学校で学ぶんだけれど」

「が、学校ですか?」

 今日は驚いてばかりだ。このアンダーワールドはもう一つの国があるみたいであった。しかし、この世界には一応日本人だけしか確認してはいないが。

「しかし、君には必要ないさ。私も一応入学したが、中退したからね」

「中退って? 何かあったんですか?」

「学業に関しては問題なかったんだけれども、どうしても学校そのものになじめなかったんだよ。それに実技に関しては霊力がすべてと言っても過言ではないんだよ。だから、神川君が入学してもあまり意味はないと思うよ。霊力を高めたいとか、何か目標がないと駄目だからね。それに学校はハンター職に対して非常に冷たいんだよ。教師たちは反駆除派の集まりみたいなものだから、ハンターになりたい人は行かずに独学とか、他のハンターの弟子になって学ぶ方がいい」

「どこの学校にも欠陥があるんですね」

 俺は今まで目標なく学校に通っていた。それは周りがそうしているから。就職に響くから。その程度の理由で俺は税金を使って授業を受けている。しかし、そんなものに意味なんかないことは俺が一番良く知っている。勉強は頭に入らない。友達はいない。部活はしていない。そして、目標が無い。

 学校を辞める時がきたのかもしれない。しかし、祖父祖母は絶対に反対するだろう。その時は家出でもするか?

「憑依業の話に戻るけど、用は亡霊に取り付かれることで生計を立てることなんだよ」

「どういうことですか?」

「憑依の仕方は学校で習うんだけど、できる人間と最後までできない人間がいるんだ。私はその授業自体をさぼっていたからできないけれど」

 それも学校で習うのか・・・・

「例えば、とある家族の家にポルターガイストが起きたとする。その原因は死んだ祖父の魂が原因だとする。私たちハンターならどうする?」

「駆除します」

 俺は即答した。

「ハンターならそれでいいね。けれど、彼女らネゴシエーターは違う。ポルターガイストの原因である老人を見つけたらまず話し合いをする。その結果、誰にも気づいてもらえない悲しさからポルターガイストを引き起こしたとする。それを知ったネゴシエーターはその亡霊を説得し、自ら憑依されるんだよ。そして、憑依した亡霊がそのネゴシエーターの体を借りて家族と対話をする。そうすれば、それに満足した亡霊は天へ召させる。これがネゴシエーターのやり方の一つなんだよ」

「憑依業・・・・亡霊に取り付かれるなんて嫌ですね。その事例なら霊力ゴーグルで家族に祖父の姿を見せるとかは駄目なんですか?」

「霊力ゴーグルは結構高いんだよ。使用させるにしても霊力消費が激しいんだよ。霊力の高い神川君ならそれでいいだろうけど、他の人はそうはいかない。それに霊力ゴーグルを着用しても、亡霊の声は聞こえないからね。見ることはできても会話ができない。そのための憑依業なのだよ」

「何だか嫌ですね。体を貸すってのは?」

「ああ、私もだよ。ははは」

 大神さんと二人で笑った。久しぶりに気持ちの良い笑いができた。

「その点、ハンターなら駆除すればそれで良いから効率的でいい。ただ、亡霊たちの間では嫌われている職業だけどね」

「そうでしょうね」

 と言う事は、このアンダーワールドで一応生きている亡霊たちからも嫌われているということか?

「だから、亡霊たちには気をつけてくれ。特にこの世界の亡霊には。たまにハンターと亡霊とのけんかが起こったりするから」

「そんなことがあるんですか? 物騒ですね」

「そうなんだよ。ハンターが亡霊を殺してしまうケースが多いから、対立が強くなる一方なんだよ。だから、何もしていない私たちはそのとばっちりを食らっているってことだ」

 どこの世界でも理不尽は付きまとうものか・・・・

「よし、知り合いの店にでも行こうか」

「お店ですか?」

「武器とかを売っている店だよ」

 そう言われ、俺たちは座っていたベンチから立ち上がった。

 そして、右方向の商店街どおりを進んでいく。

 しかし、空と太陽の無い、人工的な光だけが存在するこの世界はどうも息苦しい。一面は決して狭くはないのだが、どうしても閉塞感を感じてしまう。ここは一体どこの地下施設なのだろうか?

 俺は気になってしょうがなかった。

「大神さん。すいません。この世界ってどこにあるんですか?」

 すると、大神さんの表情が一瞬こわばった。

「それは私にも分からないんだよ。私が生まれた時にはもうこの世界はあったから。この世界の場所を知っている人間は上の連中だよ。霊界議事堂の議員たちだよ」

「霊界議事堂?」

 また、新しい単語は発見された。

「アンダーワールド版国会議事堂のことだよ。まあ、人数はそう多くは無いけど。この場所がどこにあるかは私にも分からないんだよ。もしかしたら、海外にあるのかもしれないしね」

「そういうもんなんですね」

 俺たちは周囲を見ながら歩き続ける。亡霊同士のカップルや家族が歩いている。もちろん、生きた人間たちも。

「今日は休日だから生徒たちはいないのか」

「生徒ですか?」

「霊界学校の生徒たちだよ。平日はこの時間帯に商店街を通るんだけどね」

「霊界学校ってどういう生徒たちがいるんですか?」

 すると、大神さんは微笑みながら答えてくれた。

「まず、大前提は霊力を持った人間だよ。しかし、霊力といってもいろいろいる。微々たる霊力しか持っておらず、亡霊すら見えない人間は対象外だ。亡霊がはっきり見える人間が前提となる。だから、亡霊が見える人間を霊界議事堂直轄の施設が上の世界で見つける、いや保護するんだ」

「俺にはそれがなかったんですね」

「ああ、最低なことだよまったく。君は最高クラスの霊力を持っている。にも関わらず今まで保護の対象にならなかったのが不思議でしょうがない。怠慢だねこれは」

 そこまで褒められると、つい天狗になってしまう。しかし、自分が強力な霊力を持っているという実感が正直わかないのだ。なにせ、俺は大神さん以外のハンターの仕事を見たことがないのだから。唯一、江本愛から霊力弾を撃たれたことくらいだ。あの女がどれほどの霊力を持っているかはさすがに分からなかったが。

「年齢的には君と同じ高校生とか、大学生くらいの人もいるかな。霊界学校はあくまで亡霊に関することを勉強するから国語とか数学は勉強しないんだよ。だから、義務教育を受けてから入学する場合がほとんどだよ。他にも、高校に通いながら夜間の霊界学校に通うというケースもある。私は高校を卒業してから入学したね」

「霊界学校ですか・・・・」

 一度体験入学でもしたいと思い始めてきた。しかし、椅子に座って勉強することに対して抵抗があることも事実。

「入学してみたいかい?」

 大神さんに見透かされているようであった。

「入学というより、自分と同じ霊力を持った人々と話しをしてみたいというのが本音ですね。勉強とかはやはり、好きではないので」

「そうか。それで苦労してきたんだもんね。なら、一度カウンセリングを受けてみると良いかもしれないね」

「カ、カウンセリングですか?」

 俺は少し深刻な顔をしてしまった。

「そんな強張ることはないよ。カウンセリングといっても別に心の病を治すためのものではないよ。亡霊を見えてしまう人や気配を感じてしまう人たち同士が集まって話をするんだよ。神川君にはそういう相手がいなかったんじゃないかい?」

「確かにそうですね」

 大神さんの言うとおりである。俺にはそういう友人や仲間がいなかった。そのために、苦しむ人生を送ってきた。

「けれど、アンダーワールドにはその場所が無いんだよ。上の世界に専用の施設がある。後で教えてあげるよ」

「ありがとうござます」

 しかし、実際にその場所へ行くかは分からない。

 そして、歩き続けること十分くらい後、目的の武器ショップに到着した。

「霊界大百科?」

 看板にはそう書かれていた。

「ああ、ここが説明した武器ショップだよ。今は大島俊っていう俺の同級生が店長をしている。さあ、入ろうか」

「しかし、まだオープンしてないんじゃないですか?」

 俺は営業時間が書かれた看板を指差した。

「いいんだよ。大島は昔からの親友だからね。それにあいつは早いうちからドアだけは開けているんだよ」

 そう言うと、大神さんはドアを開けた。

「お~い、大島!」

 大神さんはずうずうしく店内へと入っていく。それに続いて俺の中へと入っていった。すると、中には数多くの武器が置いてあった。数種類のライフルやサブマシンガン、ハンドガンやナイフ等々。

「大島、大神だよ。どこにいるんだ?」

 大島という人は店内にはいなかった。

「少し待っていてくれ」

 大神さんは店内の奥へと向かったので俺は商品を眺めていた。

 数多くの武器が展示されているので俺は一つ一つゆっくりと眺めた。

「いろいろあるんだな」

 俺が感心していると、後ろから物音がしたので振り返った。

「朝早くから誰だ?・・・・ん、お前は誰だ?」

 俺は振り向くと、そこには禿げていて小柄で太っている中年の男性が立っていた。

「あ、あの~ 大神さんといっしょにここに来たものなんですけれども・・・・」

 すると、その男性は顔に明らかな変化があった。

「何、大神が!?」

 すると、大神さんが再び現れた。

「おはよう、大島。久しぶりだね」

 大神さんは手を振っている。

「急に押し寄せやがって。久しぶりだぜまったく」

 大島さんは疑いの表情が消え、笑顔になった。これが親友というものなのだろうか? 

 俺には理解できなかった。

 そのことを俺の心のどこかで悲しいと感じている。

「おい、それでこの少年は誰だよ?」

 大島さんは大神さんに聞いている。

「俺の後継者だ」

「何! いつの間に後継者なんて作ったんだよ?」

 大島さんの怒鳴り声が店内に鳴り響いた。

「つい最近だよ。二、三日前くらいだよ」

「おい、そんな月日でもう後継者かよ。弟子じゃないのか?」

「弟子じゃないよ。だって、何も教えていないんだからね」

 大神さんは俺に微笑んだ。

「まあいいや。とりあえず、二人とも上がれ」

 そう言われたので、居間の方へと案内された。居間に上がり、俺は正座をして机の前に座った。

「あぐらでいいよ」

 と大神さんに言われたので俺は正座を止めた。

「お前の家じゃないんだぞ。威張るな!」

「大島、一度でもこの家で正座したことあるのか?」

「そう言われると、ノーと答えるしかないな。ははは」

 大島さんは俺と大神さんにお茶を出してくれた。

「ところで君の名前は?」

 大島さんから不意に質問されたので俺は答えた。

「神川真治です。よろしくおねがいします」

 愛想だけはよくしておく。

「よろしく、大島俊だ」

 大島さんは握手を求めてきたので俺はそれに応じた。

「ところで、話は戻るが、どうして急に後継者を作るようになったんだよ。ハンター内一有名で一匹狼のお前が」

「ハンターって複数でやるものなんですか?」

 俺はつい口を出してしまった。

「おい、大島。まさか、少年を一人でハントさせているのか?」

「ああ、そうだよ」

 大島さんの笑みは変わらない。

「おい、何を言ってるんだよ。危険じゃないか? 第一霊界学校には通わせているんだろうな」

「いいや? 私がそんな無駄なことをすると思うかい?」

「一体何を考えているんだ!」

 大島さんは急に怒り出した。

「分かってないな。大島。私が選んだ後継者だよ。強力な霊力を持った少年、神川真治君だよ」

 その二人は俺を見た。俺は反射的に顔を背けてしまった。

「はっきり言って、この世界の中で彼こそ歴史上で最強の霊力を持った少年といっても過言ではない。私が言うのだから間違いないよ」

 そこまで断言されると、つい緊張してしまう。大神さんはどこか勘違いしているんじゃないかと思ってしまう。

「じゃあ、訓練させずにいきなり実践か?」

「ああ、そうだよ。もう私の出番は無いよ」

「信じられないな。伝説のハンターと呼ばれたお前がそんなことを言うなんてな」

「伝説のハンターって?」

 俺はその言葉に妙な興味を抱いた。今の大神さんからは正直、『伝説』とは似つかわしいからである。その偉大なオーラをまったく感じない。

「やめてくれよ。大島。昔の話だ」

 大神さんは微笑みながら照れている。

「神川君。この大神はこう見えて、昔は最強といわれた霊力の持ち主だったんだよ。その傲慢ゆえに学校は退学したが」

「傲慢は余計だろ。大島!」

 二人はとても楽しそうである。しかし、どうもこの状態をなじめない哀れな自分がいる。

「まあいい。その伝説のハンターの後継者というならよほどの腕なのだろう。今まで何人がお前の弟子にないたいと思ったことか?」

「そんなに人気だったんですか?」

「ああ、こいつはハンター志望にとって、まさに英雄的存在だったからね。けれど、大神は一度も弟子を取ったことがない。だから、君は本当恵まれているんだよ」

「そうなんですか?」

 すると、大島さんは俺の言葉にイラついたのか、形相が変化した。

「君は何も知らないんだな。一体今まで何をしていたんだ」

 大島さんは急に切れだした! その反応に対し、俺も激しい憤りを感じた。すると、大神さんが間に入ってきてくれた。

「今日はそのために来たんだよ。彼がこの世界に来たのは今日が初めてだよ。上の連中が今まで彼を放任してきたんだ。だから、今日は彼をこの世界に案内する他に上に苦情を言いに来たんだよ」

「しかし、だからといって、後継者にするには早すぎたんじゃないか?」

 大島さんは俺のことをにらみつけた。

「神川君。バッグからライフルを取り出してみてくれ」

「あ、はい」

 俺は慌ててライフルを取り出した。

「天井へ向けて連射してくれ」

「分かりました」

 すると、大島さんが驚いていた。

「おい、霊力銃で連射かよ」

 何をそんなに驚いているのだろうか? しかし、俺はライフルを上に向けてトリガーを弾いた。

 すさまじい霊力弾が天井に当たり、はじけて消えていく。その連射を俺は無尽蔵に続けた。すると、その光景に驚いた大島さんは口を空けている。

「何だ・・・・こいつ?」

 まるで俺を化け物扱いだ。

「どうだ! 連射記録を更新しただろ」

 連射記録って何だ?

「まったくだ。お前が後継者にした意味を理解したよ。弟子ではなく後継者に」

「この子に訓練など必要ないことを分かってくれてありがとう。だから、今日は神川君を見せびらかしにわざわざ来たんだよ」

「あの~ 連射記録とは?」

 もう何もかもが分からない。この世界は。

「霊力弾を何発連射できるかっていう霊界記録の一つだよ。神川君の霊力は最強だ。少なくともこのアンダーワールドでの最高記録は私の三十五発だ。しかし、君ならそんな桁以上の記録を作れる。これは歴史上の人物になるだろう。まあ、霊界学校の歴史の教科書にしか載せられないけどね」

 俺はその言葉に微笑んだ。

 所詮は裏の世界で偉人になるしかないということを。

 俺はトリガーから指を離し、連射をやめた。

「あの~ 霊力弾を連射できることはそんなにすごいんですか?」

 俺の体は一切の疲労を感じていない。本物の銃を使用している感覚と同じはずだ。

「本当に何も知らない。どうしようもないな」

 大島さんの発言には棘があり、好きになれなかった。

「大島! 彼は何も知らないからここにいるんだよ。攻めるなら上の連中にしてくれないか!」

 大神さんに助けられた。

「霊力があってうらやましい限りだね」

 それは俺に対する嫌味であった。この人は明らかに俺を嫌っている。この人からの悪意を感じる。しかし、なぜ俺は嫌われなければならないのか? 同じ霊力を持った人間ではないのか?

 すると、大神さんから意外な言葉を聞いた。

「すまないね。神川君。大島はうらやましいんだよ」

「なぜでしょうか?」

「このアンダーワールドは霊力を持った人間と亡霊が共存した世界だ。亡霊をはっきりと見る力を持った人間だけがこの世界にいられる。しかし、その人間たちの間でも霊力の強弱が付きまとうんだ。この大島は上の世界では強力な霊力を持った人間だけど、この世界では低いんだよ。だから、ハンターになれなかったんだ。それが悔しいんだよ」

 大島さんの笑みは変わっていない。本当に不思議な人だ。この人からは不の感情をまったく感じないのだ。

「余計なことを言うんじゃない! 大神」

 大島さんは怒りを露わにした。

「いいじゃないか。見栄やプライドに縛られていては人生を損するぞ。大島」

 怒りを出す大島さんと笑みを浮かべる大神さん。まったく対照的な二人が親友というのだから人間とはおもしろい生き物だと俺は思った。

「まったく、俺がいっしょにハンターやろうと言った時は普通に断ったくせに、この少年を見つけたら即スカウトで、しかも弟子じゃなく後継者だもんな。相棒ですらない。どうなっているんだ! 天才たちは?」

 天才とは大神さんと俺のことでいいのだろうか? まったく実感がわかない。

「もし、大島をハンターか相棒にしていたら、お前は何度死んでいたか分からないよ。それに武器商人としてのお前を私は評価しているし、そのままこの店をやっていてくれなければ私も困る」

 まったく嫌味を感じさせない言い方で大神さんは言い放った。

「俺もハンターになりたかったぜ。しかし、霊力弾を数発放つだけで息切れするし、使えなくなる。これじゃあ、悪霊は狩れねぇ。悔しいが俺は諦めざるをえなかった」

 そういうものなのだろうか?

「人は皆それぞれだ。気に病むことなんてないんだよ」

 しかし、大島さんは悔しさをにじませる顔つきであった。本当にハンターになりたかったのだろう。

 と言う事はネゴシエーター派の人間ではないということだ。

 そのことだけはうれしい。まあ、ネゴシエーター派の人間とハンターである大神さんが仲良くできるわけはないか・・・・

 そんな勝手な決め付けで俺は結論付ける。

「そんな訳で武器のメンテナンスを頼みたいんだけど?」

 大神さんは俺が持っていた黒いバッグを大島さんに渡した。

「久しぶりだな。お前の武器のメンテは」

「今日中に頼むよ。神川君が今後も使うことになるからね」

 その言葉を聞いた大島さんはまた顔を歪めた。

「わ、分かったよ」

 本当はこんな見知らぬ少年のために武器をメンテナンスしたくはない。そういう顔をしていた。

「神川君、時間がきたら連射記録を更新しに行こう!」

 大神さんは笑顔で俺に言った。

「それはかまいませんが・・・・・」

 正直、どうでもよかった・・・・この世界でも俺は浮くことを強いられているような気がしてならなかった。

「君なら私の記録を軽く超えることは容易だ。この世界の秩序がまた変わる。それはいいことだ」

 まるで、この世界を嫌っているような言い方であった。

「大神、自分の最高記録を自ら明け渡すのはどうなんだよ?」

 大島さんは大神さんに指摘した。

「私の時代はもう前から終わっているんだよ。それをここの住民に分からせる必要がある。私はそのためにここにきたのだよ」

 自分自身を否定するために・・・・・・? 

 俺には大神さんの言っていることに対し、共感することができなかった。

「伝説の男が何を言うんだ。ハンター派の間ではお前は英雄。尊敬される存在だ!」

「それはもう過去の話だよ。大島も分かっているはずだ」

「そりゃそうだけど・・・・・お前がいなかったら、あの事件は・・・・」

 あの事件? 一体何の話だ。

 俺はまた質問しそうになったが、大島さんの機嫌を損ねることを考え、諦めた。

「過去のことはいいんだよ。それにもう私はハンターとしてはやっていけない。もうほとんど霊力弾を撃つことができないんだ」

「そんな・・・・・確かにあの事件でお前は・・・・」

 大島さんは一瞬俺の顔を見た。

「年齢だよ、大島。霊力を持ったものの宿命だ。俺はもう長くない。分かるんだよ。もう限界だ」

 大島さんが長くない・・・・・確かに霊力を持った人間は短命と聞いたが・・・・

「そうか・・・・あの事件でお前の体はぼろぼろだったしな。だから急いで後継者を見つけたのか?」

「まさか・・・・後継者を作るつもりは俺にはなかったよ。それは他の若きハンターたちがやればいい。しかし、私はこの神川君を見つけてしまったのだよ。偶然にも。しかも、彼に助けられた。あの悪霊を相手に助けられたということはそういうことだ。私が教えるのは知識だけだよ。技術じゃない。そのためにこの私を超えるであろう少年に教えているのだ。この世界のことをね」

「うらやましい限りだよ」

 大島さんは恨めしそうに俺の顔を再び見た。

「これが私の最後の使命だ。もう杖なしでは動けないしね」

 大島さんは笑みを崩さない。体が衰え、弱っていることは本人が一番辛いはずなのにどうして笑みが絶えないのであろうか?

 この人は本当に不思議な人だ。俺に仕事をいきなり丸投げした上に、急にこの不可思議な裏世界につれてきたりと。しかし、俺はこの人を嫌いにはなれなかった。

「そういえば、お前。最近霊界新聞は取っていたか?」

 大島さんが完全に話題を変えてしまった。

「いいや、もう何年も見てないな」

「まったく、地上にすっかり浸透しやがって。まあいいか。ちょっと待ってろ」

 大島さんは居間から離れ、新聞を取りに戻ってきた。

「大神よぉ、最近この世界から距離を置いていないか?」

「そんなことはないさ。仕事が忙しかっただけだよ。ただ、その仕事も今はできないからゆっくり新聞を読む時間もできるようになったがね」

 大神さんは大島さんから手にした新聞の一面を読み始めた。

「ハンターの死亡事故が増えているな。これは酷いな」

 大神さんから笑みが消えた瞬間であった。

「そうなんだよ。地上の悪霊駆除で命を落としているらしい。最近の悪霊も性質が悪いよ」

 大島さんは済ましたように自分で持ってきたお茶を飲んでいる。

「悪霊は昔から性質が悪いよ、大島。今に始まったことじゃないさ」

 しかし、大神さんから笑みは戻ってこない。

「原因は何だろうな?」

 大神さんは新聞紙を凝視続けた。

「どの悪霊が犯人かは分からないんだ? だから、最近は、ハンター職を志望する人が激減している」

 大島さんはお茶を飲みながら言った。

「この時代だからこそ、ハンターは増やさなければいけないんだがな」

「弟子を取らないお前が言うな!」

 大島さんからの激しい突っ込みが入る。

「俺が言っているのはそういうことではないよ。霊界学校の授業内容に問題があるんだよ。あそこにいる教師たちはネゴシエーター派だ。悪霊を駆除する指導をすべきなのだよ。霊力だってそうだ。霊力を高める授業をやっているが、あの程度ではハンターにはさせられない。地上と同じで教育が駄目なのだよ。だから、私は弟子を取らないのだ。神川君を除いて他の志願者たちは正直霊力が低かった。大島も含めてね」

「それは余計だ!」

 大島さんは飲んでいたお茶を吹きだした。

「しかし、この記事は見逃せないね。違う県で複数も起きている。これは対処したほうがいいが、私はこの通り老いぼれだ。神川君に悪霊を退治してほしいが、まだ経験が少ない。才能があっても経験から学ぶことは多いからね。危険な悪霊と数多く対峙してからでないとこういう悪霊と戦うことは難しい。油断したら、殺されてしまう。できれば、一人前のハンターになってから凶悪な悪霊を駆除してほしい」

 その言葉は真剣そのものであった。肝に銘じておく必要がある。しかし、出来ればその凶悪な亡霊と対峙してみたい。そして・・・・・殺したい!

「経験を積んで、知識を増やしてからですね」

 俺は優等生みたいな発言をした。

「これからも私の仕事を頼むよ。本当なら私も手伝えればいいのだが、この通りの足で体だ。邪魔になるだけだし、本当に危険で難しい仕事なら手伝うが、君の能力なら問題なかっただろう。神川君は一人で十分の能力だ。これを生かすには一人が一番だ」

 一匹狼ってことか・・・悪くないな。

「しかしなぁ、大神が殺人を犯している悪霊を殺してくれれば一番いいのだがな」

「それだけの体力はもうないよ。それにネゴシエーター派がうるさいだろう。現に、神川君は江本愛ちゃんに邪魔されたんだからさ」

「愛ちゃんにか?」

 おっさん二人は江本のことを愛ちゃんというのか? 親しいのだろうか?

「彼女ならやりかねんな。一直線な性格だからね」

 大島さんはうれしそうに笑っている。ネタとして笑っているのか? それとも、俺が痛い目にあったことが楽しいのか?

「じゃあ、愛ちゃんは学業と心霊交渉人を両立しているのかな。地上では?」

 大島さんの笑みは消えなかった。

「そうじゃないか。愛ちゃんは普通の高校に通いながら、霊界学校の夜間部に通って勉強していたからね。今じゃ、霊界学校は卒業して心霊交渉人で働いているんだよ。私も亡霊駆除中に愛ちゃんに攻撃されたからね」

 大神さんはもう笑い話にしている。しかし、俺はどうしてもあの女が許せないのだ。狩りの邪魔をしたことを。

「神川君、これからも地上で彼女と会う事があると思うけど、うまくやっていてほしい。互いに対立する仕事といえども、人を救うという点では一致しているからね」

「そう言われましても・・・・・」

 同じ人を攻撃する女とうまくやっていけるわけがない。

「愛ちゃんは本当にハンター嫌っているからな。だから、俺の店にもこないんだよ。昔は愛想がよかったんだけどな・・・・・」

 大島さんが名残惜しそうに言っている。

「仕方がないさ。人は変わるもの。特に女性はね。大人になっていくんだよ」

 大神さんはやさしくなだめる。

「変わらないものもあるけれどね」

 俺は江本の考えが変わってほしいと願った。

「よし、そろそろ武器のメンテナンスを始めるか」

 大島さんが言い出した。

「じゃあ、よろしく頼むよ。全部この黒いバッグの中に入っているから」

 すると、大島さんから予想外なことを言われた。

「普段より早く営業するから俺の犬を散歩させてくれないか? 散歩させないとほえてうるさいんでね」

 犬を飼っているのか? しかし、外には何もいなかったはずだ。室内で飼育されているということか?

 そして、大島さんが連れてきた犬は俺が想像していたものとはまるで違ったのだ。

 チワワでとてもかわいかったが・・・・・・亡霊犬だったのだ。

 この半透明の感じはまさに亡霊と同じだ。

「ああ、言うのを忘れていたよ。神川君。大島の犬は亡霊だ。特殊な首輪で飼っているんだ」

「そうなんですか?」

 亡霊犬・・・・・この世界は本当に亡霊と人間が共存する世界なのだなと俺は改めて思い知らされた。だから、駆除主義と交渉主義と二分化したのだろう。もし、俺みたいな人間ばかりならこの世界そのものを壊しているかもしれない。

 俺は今この衝動に駆られている。例え、犬の亡霊であろうとすべての亡霊は駆除の対象だ。俺みたいな人間をこの世界ではきっと『過激派』と呼ぶのだろうけど。

「やあ、ひさしぶりだね。チワ!」

 この亡霊犬のことをチワと呼ぶらしい。しかも、触れられないはずの犬を大神さんは頭をなでている。それに対し、チワは喜んでいる。すると、チワは俺を見つけると、にら見つけるかのような形相になり、ほえ始めた。それはまるで俺を敵だと思っている動物の目だ。

 どうやら、俺はこの店の犬にまで嫌われてしまったようだ。もしかしたら、俺の駆除主義をこの犬に見破られたのかもしれない・・・・まあ、そんなことはないだろうが。

 チワはまだ俺に向かって吠えている。大神さんがなだめているが、言うことを聞かない。俺も知らぬまにその犬をにらみつけていた。

互いに嫌っていることは明らかであった。人のペットだから何しないでいるが、野良犬亡霊犬だったら、とっくに駆除している。

 犬に対しての恐怖心はない。吠えられることに対する恐怖もだ。俺にあるのは憎しみだけだ。

「じゃあ、チワをよろしく」

「ああ、分かったよ」

 そして、俺は大神さんといっしょにこの店を後にした。

 俺はチワの首輪に結ばれているひもを手に持ちながら、言うことを聞かせている。しかし、見事な相性の悪さに俺は翻弄される。亡霊犬とは思えない推進力で前へと足を走らせようとするのを俺は必死で抑えている。足を痛めている大神さんに任せるわけにはいかなかったのでこの亡霊犬と格闘せざるをえない。

「私が散歩させた時はこんなに暴れたりはしなかったんだけどね・・・・?」

 この犬は俺が嫌いなのだ。俺もこのチワワは嫌いだ。なぜなら、死んでいるからだ。

「この世界では動物の亡霊もペットにするんですか?」

 俺は主人のいうことを聞かない亡霊犬を必死で抑えながら聞いた。

「まあ、稀にだけどね。実は死んだ魂が亡霊になるメカニズムはまだ解明されていないんだよ。だから、仮に神川君が未練を残して死んだとしよう。しかし、未練があるから亡霊になることは必ずしも起きないんだよ」

「そうなんですか?」

 俺は少し驚いてしまった。しかし、もしそのメカニズムが解明されているならハンターやネゴシエーター職は必要ないのだろう。

「自分の意思を持ち、思考が安定している亡霊たちもなぜこうして生きているかは分からないんだそうだ。逆に特別未練をもたなく寿命を全うした人でも亡霊になる場合もある。まあ、そうした人は時間が経てば天国って所に勝手に行くけれど」

 そういうものなのか?

「しかし、動物はほとんど知性を持たないから亡霊にらならない。このチワは特別だよ。神川君は動物の亡霊は見たことあるかい?」

「いいえ」

 俺は即答した。

「そうだろうね。私もハンター職をしているが、動物の亡霊による仕事は今までしたことはないんだよ。だから、大島は貴重価値のある亡霊犬をこの霊力首輪で飼っているんだ」

「では、この首輪も定期的に充電しなければいけないんですか?」

「ああ、そうだよ」

「大変そうですね」

 俺は霊力が低い大島さんに対する一種の嫌味で言った。

「まあそうだな。大島は霊界学校時代から霊力は低かったからな。しかし、餌とかを必要としないからそれはそれでいいのかもしれないね」

「なるほど」

 そういう考えもあるのか。本物の生きた動物を好むか死んだ動物を好むか・・・・相関がえると、俺が手綱を握っているチワワ犬が不気味に覚えてきた。

「では、次はどこに向かうかな・・・・・」

 大神さんは笑みを取り戻し、前を見ている。しかし、俺は言うことを聞かないこの亡霊犬のために下を見ている。

「そうだ。亡霊刑務所にでもいかないかい?」

「ぼ、亡霊刑務所?」

 俺は手綱を離しそうになってしまった。

「ああ、あそこには数多くの悪霊が拘束されているんだ。不本意だけどね」

「悪霊なら駆除されるんじゃないですか?」

「本当はそうしたいんだけれど、交渉主義の霊界議事堂の議員たちが設立した場所なんだよ。おもにネゴシエーターが捕獲するんだけれど、交渉などでどうしても天国へいけない亡霊たちを収容する場所なんだよ」

 なんとまあ、効率の悪い交渉主義だ。

「しかし、メリットもあるんだよ」

 その言葉に俺は再び驚いてしまった。

「何なのですか? そのメリットとは?」

「それは行ってからのお楽しみだよ」

「ずるいですね」

 俺は笑みで言葉を返した。

「しかし、ハンターたちにとってはある意味、デメリットなのかもしれないけどね」

 一体何があるのだろうか?

 俺はその答えを考えながら、大神さんといっしょに前へと進んでいく。この亡霊犬を先頭に。

 しばらくすると、辺りに人と亡霊たちで満ち溢れている。実に不気味な光景ではあるが、正直地上で見る光景と何ら変わりは無い。しかし、この世界では明らかに生きた人間と死んだ人間との共存が成り立っている。互いに存在を認め、理解しあっている。地上では生きた人間たちのほとんどは死んだ人間を見ることも会話することもできない。この差は非常に大きい。この世界では俺は至って普通の生きた人間だ。偏見も無い。当たり前の世界だ。

 そして、目的地である亡霊刑務所に到着した。

 とても大きな建物で正門には二体の亡霊が門番をしている。

「すいません。刑務所内に入りたいのですが?」

「面会ですか?」

 制服を着た亡霊の一人が質問を投げかけた。

「いいえ。見学です」

 その言葉に俺は驚いた。

「大神さん。見学って何ですか?」

「ああ、そうか。また言うのを忘れていたね。この刑務所は亡霊、いや幽霊たちしかいないんだよ。もちろん、生きている人間がこの刑務所を維持しているけど、捕まっているのはすべて幽霊だよ。だからっていうのは変だけれどこの場所では見学ができるんだよ。幽霊たちをただ牢獄に隔離しているだけだからね。食事や働くことはないからね」

 大神さんは亡霊から幽霊と言いなおした。きっと、亡霊と言うと嫌悪感を抱かれるからだろう。

「そうなんですか?」

 俺は一応納得して見せた。

 すると、門が開きだし、俺は亡霊犬チワに引っ張られ、そのまま中へと入っていった。そして、中にある普通の扉を開けた。

 中を見ると、そこには受付をしている亡霊の女性が透明窓越しに座っている。

「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件ですか?」

「刑務所見学です」

「かしこまりました。ペットは規則により、こちらでお預かりします。こちらの名簿にお名前をご記入ください」

 俺と大神さんは亡霊犬を女性に預け、名簿に記入をした。

「では、ごゆっくり見学なさってください」

 しかし、亡霊のしかも悪事を働いたものを見物する。よく考えれば非常に悪趣味な行動である。しかし、今後ハンターとして働くにはこういうダークサイドを見ておく必要があるのかもしれない。

 中へを進み、大きな扉を開くと、そこには大きなフロアーと左右の側面に階段があった。三、四階はあるだろうその建物の中には数多くの牢屋が側面に設置してあった。そして、その中を人間と亡霊の看守が数人見回っている。

「刑務所へようこそ。って言うのも変かな」

 大神さんはテンションを上げながら言った。

「正直、複雑ではありますが、興味もあります」

 そして、俺たちは右側にある牢屋から順に見ることにした。

 亡霊用の牢屋のつくりは立て状の柱が何本もあり、透明ガラスが全体に取り付けられている。もし、この中に人間が入れば窒息死するだろう。しかもガラスは内部にまで及んでおり、その中に目つきの悪い悪霊が何体か入っている。

「この牢屋の仕組みは何なのですか?」

 俺は牢屋にいる悪霊たちをにらみつけながら大神さんに質問する。

「霊力を浸透させている特殊なガラスだよ。普通の牢屋なら脱走されるからね。霊力弾と同じように殺傷作用があるんだよ。だから、ここの悪霊たちはこの場所から出られないんだよ。しかし、会話ならできる」

 大神さんは牢屋に近づいた。すると、悪霊の一匹がこちらに近づいてくる。もちろん、ガラスには触れないように。

「お前・・・・大神だな」

 半透明で意地悪い顔つきをした男性の悪霊が大神さんに話しかけている。

「久しぶりだね。元気だったかい?」

 大神さんはいつもの笑みを浮かべている。それが嫌味なのかどうかは分からなかった。

「てめぇ、この場所から抜け出して絶対殺してやるからな!」

 その悪霊は顔を歪ませ、強烈に叫びだした。その顔はもはや人間ではなかった。

「それは楽しみだよ。君とは決着をつけたいと思っていたからね」

 その言葉には本気が感じられた。ふざけてなどいない。笑みを浮かべながら、本当のことを言っている。

 すると、この悪霊は俺に目を向けた。

「てめぇは何者だ!」

 切れた不良の口調であった。仕方がないので俺は普通に答えようとしたが、大神さんに止められた。

「この少年は私の後継者だ。もし、私が君に殺されたとしても必ずこの少年が君を殺すよ。それは保障しよう。なぜなら、私より強いからだ!」

 大島さんは笑顔で力強い口調で言ったために、その悪霊は一瞬たじろいだ。しかし、悪霊は所詮悪霊である。弱さを一切見せない。

「だったら、師弟まとめて殺してやるよ。その時が楽しみだ」

 その言い方に嫌悪感を抱いた俺は一言だけ口を開いた。

「この悪霊、この地上にいる価値も権利もないですね」

 俺は大神さんの真似をして笑顔で言った。

「てめぇ、調子こいてんじゃねーぞ!」

「君の言うとおりだよ。この悪霊は地獄に落ちるべきだね」

 そういうと、俺たちはその場を離れた。

「おい、待て! 絶対殺してやるからな!」

 無視してその場を去る俺と大神さんは他の亡霊を眺めていた。

 大抵の亡霊たちは人間体であったが、中には巨大なオーブや霊魂などさまざまであった。こんな思考を持っているかもあやしい亡霊たちのためにこんな施設を作るなど片腹痛い。

「あの悪霊とは知り合いなんですか?」

 俺は先ほど出会った態度の悪い悪霊のことを質問した。

「ああ、私がハンターの仕事でターゲットにしていた悪霊だよ。あの悪霊は実は元ネゴシエーターでね。事故で死んだのだが亡霊として現世をさまよっていたんだが、次第に悪霊になり、悪事を働くようになったんだよ。それで私に仕事が舞い込んできて、あの悪霊を殺そうとしたんだが、バウンティハンターに邪魔されたんだ」

「バ・バウンティハンター?」

 俺はその言葉の意味が分からなかった。

「霊界での賞金稼ぎのことだよ。指名手配された亡霊や悪霊を捕獲して賞金を得る仕事さ。そこのポスターに書いてあるよ」

 俺が目をやると、壁に指名手配のポスターが貼られていた。もちろん、指名手配されているのは死んだ人間である。

二人の男女の悪霊の写真が張っている。一人は伊藤博信の中年の悪霊である。写真には生きていた頃と死んで悪霊と化した姿の両方が記載されている。容疑は五件の殺人になっており、そのうち三人の被害者はハンターである。

そして、もう一人の指名手配写真は女性の悪霊であった。こちらは二十代前半で計十人以上の霊力を持った男性と同居し、殺害している。魔性の女と言ったところか。

「刑務所に入る前に言ったメリットとデメリットについて説明するよ。メリットは悪霊を捕まえて賞金を得られることだ。特にハンターになるやつのほとんどは霊力の高い人間ばかりだ。やろうと思えば賞金稼ぎにはなれる。逆にデメリットは悪霊が生き延びでしまうということだ。また、賞金目当てで殺さずに捕まえようとするから逆に返り討ちにあうケースもあるんだ」

 欲に目がくらんだ結果ということか・・・・

「悪しき亡霊をなぜ収容する必要があるのか私には分からないよ」

「そうですね」

 そのとおりだ。生きた人間が殺されているのに、この指名手配犯たちはあくまで捕獲した場合のみ賞金が発生する。殺しては、賞金は手に入らない。理屈は分かるが、それでは死んでいったものたちに対する理不尽な対応だ。

「神川君に聞きたいんだけど。もし、この指名手配が君のところに現れたらどうする? もちろん、私に遠慮する必要はないよ」

「即駆除します」

 俺の意思は揺るがない。お金に興味は無い。俺は邪魔な存在である悪霊をすべて駆除する。それが今の俺の生きがいなのだ。

「良かった。私と同意見だ。しかし、指名手配されている二体の悪霊は強力だ。倒すのはそう簡単にはいかないと思う。まあ、私はまだ一度も出会ったことがないからね」

「バウンティハンターと呼ばれる人はどうやって特定の悪霊を見つけ出すんですかね?」

「ああ、それはね。亡霊から聞き出すんだよ。亡霊と深く交流すると、つながりができて情報のやり取りが生まれるんだよ。ただ、私は亡霊たちから好かれてはいないから無理だけどね」

「では、亡霊同士で会話をしたりするんですか? 地上でも」

「それはそうさ。まあ、知能や理性がある亡霊に限るだろうけどね」

 と言う事は、俺もバウンティハンターにはなれないということだ。

 俺はポスターに記載されている二人の顔を必死で覚えようとした。もちろん、駆除するためである。賞金など知ったこっちゃない。駆除すればすべてが終わる。

 俺は一階の牢屋を一周した。チワと同じような亡霊犬もいれば、人の形をしているが片目で髪の長い不気味な女性が怨念を漂わせていた。

 なぜ、彼らを駆除しないのか? 俺にはまったく理解できなかった。

 そして、二階、三階へと向かい、数多くの亡霊を確認すると、この場所から去ることになった。

 受付で、亡霊犬のチワを受け取り、その手綱を俺が再び持つことになった。そして、散歩をしたがっているチワのためにすぐに外へと出た。

「どうだった? この場所は?」

「いい勉強になりました。ただ、この場所の存在意義を正直理解できませんでした」

「そうだろうね。ハンターの私たちにはね」

 その後、しばらくはチワの散歩をしながら空の無いアンダーワールドの天井を眺めていた。すると、あることに気がついた。

「そういえば、霊力鏡のことなのですが?」

「それがどうしたんだい?」

「この世界で購入できるんですかね?」

「ああ、そうか。神川君の家からこの世界に行ったほうがいいからね。もちろん、購入できるさ。ただ、万単位の値段がかかるし、霊力鏡は二つ購入する必要があるんだよ。同じ霊力鏡がね」

 話の途中で亡霊犬のチワに引っ張られ、俺は踏ん張った。

「この世界に来たとき、大量の霊力鏡が並んでいただろ。その分と家に設置する分で二つ。その二つで初めて使用できるんだよ」

「なるほど」

 俺はもうすっかりこの世界の住人気取りになっていた。この世界では俺の能力が普通なのだから。しかし、駆除主義を否定する交渉主義が存在するのもまた事実。完璧な社会がこの世に存在しないことがよく分かる。

「二つの扉が必要なんですか? どこで購入できますかね?」

 もちろん、お金は持ってはいない。ハンターの仕事で得たお金で購入できればいいが。

「それなら、大島の霊界大百科でも売っていたはずだから大丈夫だよ」

「そうですか」

 正直、違う店が良かった・・・・

「まあ、お金を貯めてからですからいいんですけどね」

 その言葉に大神さんは反応した。

「なら、私が買うよ」

 俺はその言葉に驚いた。

「そんなつもりで言ったわけではありませんよ。自分のものは自分で買います」

 俺に新しい世界を見せてくれた人生の恩人である。そんなことは望んでいない。

「いいんだよ。いきなり神川君に仕事を丸投げした罪滅ぼしだよ」

「俺は一切気にしていません」

「じゃあ、これも仕事の一貫だと思ってくれ」

「仕事の一貫ですか?」

「ああ、そのための道具の一つと考えてもらえばいい。それなら納得するでしょ。仕事のためにここに来ることもあるだろうし、一々私の家に来るのは時間の無駄だよ」

「そこまで言われると・・・・・断れませんね」

「じゃあ、決まりだ!」

 亡霊犬チワは最後まで俺の言うことを聞かなかった。大島さんの店である霊界大百科に戻り、チワを返すとまだ武器のメンテナンスが終わっていないということで、店内にある武器を見ることにした。

「大島! 霊力鏡はあるかい? セット購入したいんだけど?」

 大神さんは居間にこもっている大島さんに呼びかけてくれた。

「え~と、たぶん店内の隅に在庫が何セットか残っているはず」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

 俺はすぐに店内を調べた。すると、霊力鏡ではないのだが、興味を持つコーナーを見つけたのである。

『非霊力者用武器コーナー』

 これは一体何であろうか?

 俺の頭の中から霊力鏡というワードが完全に消え去っていた。

 確認してみると、霊力ゴーグル、霊力手袋、霊力ライフル等々いつもの武器が備わってはいた。しかし、決定的に違っていたのは『霊力バッテリー』というものだ。ライフル用の貯蔵霊力カートリッジや貯蔵霊力タンクが置いてあったのだ。

 このことから推測できることは、この武器が霊力を持たない普通の人間のためのものであるということだ。しかし、このアンダーワールドに霊力を持たない人間などいるのだろうか?

「まだこれが残っていたのか?」

 俺の右隣に大神さんがやってきた。

「あの~ これは?」

「霊力を持たない人間用の駆除武器だよ。昔は需要があったんだけれども、今は増加したハンターが駆除してくれるから必要なくなったんだよ」

「何だかさびしいですね」

「さびしい? 神川君。どういう意味だい?」

「地上にはもっと亡霊のことを知ってほしいんですよ。この武器ももしかしたら、そういう願いがこめられて作られたのかなって勝手に思っただけです」

「そうだね。でも、地上の人々が亡霊を受け入れることは難しいだろうね」

「どうしてですか? 亡霊を信じているけれど見ることができない人がたくさんいるはずです!」

 もし、地上で亡霊の存在が完全に証明されれば、俺のような苦悩をする人々は減るはずだ。俺は完全に善意を持った考えを言ったまでだ。しかし、それは同時に自分勝手なエゴであることも自覚している。

「それは少し違うよ。神川君。霊力を持たない人間たちの中には亡霊を信じている者は多いだろう。そこは正しい。けれど、信じているのと自覚することは違うんだよ。信じていても彼らは亡霊を見ることはできない。だから、安心して生活しているんだよ。それに、彼らは霊感という言葉を勘違いしている。亡霊も見えないのに霊感があると言う人々のほとんどはただの勘違いなのだよ。例外がいても、亡霊の存在を感じるだけでどこにいるのか把握することはできない。つまり、亡霊の存在は信じているが、自分たちの近くにはいないだろうと考えているんだ。それは亡霊を恐怖していると同じことだ。もし、世界に亡霊の存在を認識させれば、世界はパニックし、混沌とするだろう。数少ない人々が知っていればいいだけのことなんだよ。日本人なら宗教的束縛は少ないから安心できるかもしれない。しかし、他の宗教の根強い世界では間違いなく、秩序が崩壊する。本当の現実を知った人間は感情を大きく変化させられるからね」

 俺の意思は完全に否定された。つまり、自分らしく生きるにはこの世界でしかないと言われたのと同然であった。地上では偽りの自分で生き、仕事になったら本来の自分を取り戻す生活。それを受け入れなくてはならないということだ。

「さあ、古い武器は無視して霊力鏡を選んでくれよ」

「あ、はい」

 そして、俺たちは霊力鏡のある隅の方へと移動した。

 すると、三セット分の霊力鏡があり、ふちが赤、青、黒の三種類用意されている。すべてダンボールに包まれており、その表面に霊力鏡のデザインが載っているのだ。

「さあ、好きなのを選んでくれ。大きさはどれも縦長で金額もほとんど変わらないから」

 俺はいちいち悩むのも馬鹿らしかったので黒色をした。それはまるで今の自分の心の色を映し出したかのような感じがした。

 大神さんは大島さんから会計を済ませた。

「では、霊力鏡を設置しに行こうか」

「はい」

「じゃあ、また戻ってくるから!」

「了解!」

 俺たちは霊界大百科を後にした。俺はダンボール詰めの霊力鏡を肩の上に載せて歩き始めた。すると、周りにいる亡霊や人の数が増えてきたのだ。

「活気が蘇ってきたな」

 大神さんはなんだかうれしそうに言った。

 しかし、俺は特別うれしくもなんともなかった。この心の狭さ、さびしさは生まれつきなのだろうか? それとも、育っていくにつれて、歪んでしまったのだろうか?

 しかし、新しい世界を見ることは自分の価値観を豊かにし、幸せなるのではないか? もし、俺が大神さんに出会っていなければ、あの地上で腐ってしまっていただろう。犯罪者になるか、自ら死を選んだかもしれない。

 地上は閉鎖的で新たな価値観を否定する。娯楽性にないものは特にだ。亡霊の存在を知って自らの無知や愚かさを知り、混沌の世界へと堕ちてほしい。

 その歪んだ考えが俺の頭からどうしても離れない。非常に野蛮で危険思想を持っている俺はこの先、冷静にハンターとしての仕事を全うすることができるか疑問が残る。亡霊に対する憎しみと、俺を否定した地上の世界。この二つの憎しみで今の俺は動いていると言っても過言ではない。

 そして、最初に来たときに見つけた霊力鏡の列がずらりと壁面に設置されていた。

「ここでいいだろう」

 霊力鏡をダンボールから一つ取り出し、壁にある固定器具に取り付けた。そして、設置されている場所にある名札に自分の名前を書いた。大神さんからペンを借りて。

「後の一つは一旦私の家に置いて、アンダーワールドから地上に戻る時に、神川君が自宅へもって帰ればいい」

「分かりました」

 俺は大神さんの霊力鏡を探し、透き通る鏡の中に入り、鏡を大神さんの部屋へと置いて戻ってきた。

「ご苦労様」

「いいえ、自分のことなので」

 この世界に俺は浸透することができるのか不安でいっぱいである。しかし、一度この世界を知ってしまった以上、逃げることはできない。

「じゃあ、今度は娯楽でも楽しもうか?」

「娯楽ですか?」

 娯楽と聞くと、カラオケやボーリング、ゲームセンターなどを思い浮かべてしまう。

「あそこに水色の大きな建物があるのが見えるかな」

 大神さんが指差す方向に目をやると、確かに大きな建物が存在する。この世界でのアミューズメントパークと言ったところだろう。

「男二人というのも何だか悲しいが、今日は神川君がこの世界のことを知ってもらうための勉強のためのものだからね」

「すいません」

「謝る必要はないよ。私が好きでやっていることだ。それに私も久しぶりに遊びたいしね。この世界でしかできないゲームがたくさんある。それを知るのも仕事の一つだと思ってくれればいい」

 世界を知るもの仕事の一つ。つまり、この世界を知ることは後の仕事の役に立つということだ。

 そして、俺たちはそのアミューズメントパークへと足を運んだ。十分くらいで到着したその場所の名前は『アンダーラウンドゼロ』と書かれている。

「この場所は若者に人気のある店だからきっと気に入ると思うよ」

 このアンダーラウンドゼロはとても大きい。四階以上の高さに長い横幅。

 そして、俺たちは自動ドアの中へと入っていく。

 すると、大音量の機械音が鳴り響き、俺を不愉快にさせた。

「ゲームコーナーの音は相変わらずだね」

 音だけではなかった。大勢の若い人々が各ゲームに夢中になりながら遊んでいる。今はまだ十時頃だというのにだ。

 しかし、一番驚いたのはやはり、従業員のほとんどが亡霊であったことだ。この世界に来る際はこの光景になれる必要がある。

「おすすめのゲーム機があるんだ」

 そう言うと、大神さんは俺を数あるゲーム機の中へと、連れて行ってくれた。すると、そのゲーム機には大勢の人々が集まっている。そのため、どのようなゲーム機なのか皆目検討がつかない。

「あのゲームはいわば霊力の体力テスト装置だよ?」

「体力テスト?」

「ああ、そうだよ。地上で言うパンチングマシーンだよ。まあ、今回のは霊力を計るゲームだけれどね。この世界の人々は霊力があるないで職や人生が決まるから。そういう競い合いが流行るんだよ」

「霊力の強弱でどのように就職が決まるんですかね?」

 疑問ばかり俺は投げかけている。

「いろいろだよ。皆地上で生まれているから、霊力を一切使用しない普通の仕事に就く人もいれば、我々のように霊力が高い人はハンターかネゴシエーターになり、各地に散らばっていくよ。霊力が弱いやつで地上での生活を好まない人は大島のようにアンダーワールドで商売などをする。亡霊たちといっしょにね」

「やっぱり、ハンターは人気があるんですかね?」

「そうだね。正直儲かるし、人気の職業だからね。ただ、霊界学校の連中は反体制派だからネゴシエーターにしようとする傾向があるのも確かだね」

「そういうものですか」

 すると、意外なことが起きた。

「あ、大神さんだ!」

「本当だ!」

「マジで、本物だぜ!」

 大神さんがまるで有名人かのように辺りが騒ぎ出した。

「一体、どういうことですか?」

「まあ、昔はここの常連だったからかな・・・・・それにあそこを見てみなさい」

 大神さんが指差した場所を見ると、霊力上位ランキングが書かれており、一位が大神さんと表示されている。

「大神さん、最強ですね!」

「たまたまだよ。しかし、何十年も前の記録がまだ超えられていないとは思わなかったよ」

 俺が思っている以上にすごい人に出会ったことを実感した。地上では亡霊を狩る裏の人間。しかし、このアンダーワールドでは有名人。価値観が変わるという言葉を始めて理解したような光景であった。

「大神さん。サインください!」

「どうすれば、あなたのようなすばらしいハンターになれるのですか?」

 数多くの同年齢くらいの男女たちからの質問攻めは大神さんを困らせている。しかし、この人のいい所は、どのような状況であろうと笑顔を絶やさないところだ。そして、何があっても自分を謙遜するところだ。もし、他の男であったならば、自分の自慢話などをし、俺の心をイラつかせるだろう。あの霊界大百科の大島店長ならそうだったかもしれない。立場が逆転していても、大神さんの人柄は変わらないだろう。

 辺りが騒がしくなった時、二人の客がやってきて、雰囲気が一変した。

「おやおや、誰かと思えば古い有名人じゃないか?」

 ゲーム機の後方に二人の男性が威張りくさった顔で立っていた。その内の一人は明らかに俺と同い年くらいの少年であった。

「やあ、久しぶりだね。池上」

 どうやら知り合いのようであった。そして、この二人の登場は周りにいる人々にも影響を及ぼしている。

「池上さんだ! すげぇ」

「有名人が二人も!」

 有名人が二人とはどういうことだろうか?

「大神さん、俺には何が何だか分かりません」

「あの池上親子のことだね。父親の池上幸雄は俺の同級生でバウンティハンター、つまり亡霊専門の賞金稼ぎなんだよ。その道のプロでね。仕事で成功して、その賞金でリッチな生活を送っているお金もちなんだよ。だから、この世界では有名人の一人なんだよ。それに交渉主義者たちから高い支持を得ているのも人気の一つだよ」

 すると、大神さんは顔を俺の耳元に持ってきて、小さな声で言った。

「でも、私はあいつが大嫌いなんだよ」

 笑みを浮かべながら言いわれると、逆に恐怖を感じてしまう。しかし、大神さんが嫌うのは無理も無い。駆除主義の大神さんと交渉主義であろう池上さんが分かり合うことは難しい。それにあの池上という男性は嫌みったらしく、意地悪そうである。見るだけで嫌悪感を抱いてしまう。大神さんのことを古い有名人といった時の顔つきは仲のいい友人同士の冗談話ではなく、互いに嫌悪感を抱いたまさに『ライバル』と言った感じだ。

「それに、あいつは元ハンターなんだよ。賞金稼ぎになったのは亡霊を保護したいのではなく、単に賞金がほしかっただけなんだよ」

「元ハンター・・・・?」

 では、交渉主義者ではないということか?

 すると、池上親子は俺たちの方へと足を運んできた。

「久しぶりだね。池上」

 大神さんは笑みを崩さず、優しく言った。

「しばらくこの世界に顔を出さなくなったから、亡霊に殺されたと思っていたよ」

 池上という男は人を見下したような顔で言った。俺はその態度に怒りを覚えた。けれど、大神さんは一切動じない。むしろ呆れているような顔をしている。

「最近はあまり仕事をしていないんだよ。もう体が動かないよ」

 正直すぎる人だ。

「それは見れば分かるさ。雰囲気が昔よりみすぼらしくなったからね」

 次第に重い空気が辺りを漂い始めている。ざわめきは沈黙へと化学変化し、俺たちの精神に干渉している。

「私も年なのだよ。老いには勝てないさ。ところで今日は何しにきたんだよ。親子そろって?」

 大神さんは表情から笑みを取り戻し、質問した。

「息子の霊力がどの程度成長したかを調べにきたのだよ」

 自分の息子を周りにいる人々に自慢したいと言いたげであった。

「息子の大輔は霊界学校での霊力は上位でね。無事に卒業できるさ。そういえば、大神は中退したんだっけな」

 どこまでも嫌味な男だ。霊力ライフルがあったら撃っているところだ。

「それは良かったね」

 俺は池上大輔という同い年の少年を見た。父親と同じく、人を見下した顔をしている。ワックスで髪の毛を逆立てていて、容姿全体は父親のコピーといっても過言ではないくらい似ている。正直、不愉快であった。

「私の息子がこのゲーム機で実力を確かめたいというのでここにいるのだよ。さあ、大輔、このゲーム機で私に力を見せてくれ」

「はい、父さん」

 どこか作ったような言い方であった。心のどす黒さを感じさせているが、この父親は自分の息子のことを理解していないようであった。

 すると、驚いたことに周りの連中は池上大輔に道を開けたのである。まるで王子様が通るかのように。この不可思議な光景は一体何なのだ。

 そんなことを考えていると、池上がゲーム機へ到着し、百円玉をいれ、ゲームをスタートさせた。すると、横から大神さんが話しかけてきた。

「このゲームは亡霊を撃破するシューティングゲームだ。ただ、地上のシューティングゲームと違い、取り付けられているライフルは本物だ。つまり、霊力銃のことだ」

「じゃあ、このゲームは・・・」

「そう、射撃センスよりも霊力の持久力を必要とするゲームだ。だから、このゲームは霊力の強弱を測るのに便利なんだよ。何せ、ゲーム感覚だからね。それにハンター志望の若者がはまるようになっているんだよ」

「なるほど!」

 このゲームは命中力ではなく、持久力のゲームか。

 池上は二丁あるうちの左にある一丁を手にし、ゲームをスタートさせた。

 数多くの若者たちが見守る中でゲーム機の画面の映像が始まった。

 ゲーム名は『ゴーストハンター』

 設定はゴーストハンターのプレイヤーが数多くの場所へ行き、無数に出てくる亡霊たちをライフルで撃退するというゲームだ。ただ、このゲームに銃弾の補充、リロードは必要ない。プレイヤーの霊力が銃弾になるからである。

 つまり、プレイヤー自身が銃弾なのだ。そして、霊力の低いプレイヤーは戦闘中に弾切れし、亡霊に倒され、ゲームオーバー。これがこのゲームのシステムであろう。その中で大神さんは最高得点を出した。そして、この記録は今も消えてはいない。まさにハンター志望の若者にとって大神さんは絶対的存在なのだろう。

 そして、池上はゲームをスタートさせた。

 画面上では第一の試練である怪談学校が舞台となった。夜の学校に現れる亡霊たちを倒すのが最初のミッションである。

 画面に映りだしたライフルを構えた腕だけが映りだし、ゲームが開始された。心霊ネタではお約束の学校の旧校舎が舞台となり、プレイヤーはその旧校舎の入り口から自動的に一階の校舎へと移動になった。すると、案の定宙に浮いた亡霊がプレイヤーに襲い掛かってきた。その姿は黒く、獣のような醜い姿であった。それに対し、池上は霊力弾を発射し始めた。おもちゃではないライフルを画面に向け、本物の霊力弾を画面上の亡霊目掛けて発射している。霊力弾は画面に命中し、それに反応して画面上の亡霊たちは画面上から消え去り、撃退されたと認知される。

「余裕だな!」

 池上は霊力の強さをあたかも自慢するかのような発言をし、余裕をかもしだしていた。しかし、どのレベルが霊力の強弱を測る上での基準になるかが俺には分からなかった。この世界を最近知ったばかりであり、なおかつ霊界学校にも通っていないので分からない。池上という少年が優れているかどうかも現時点で判断することはできないのだ。

 エリアをどんどん進んでいく。その都度、悪霊は現れ、霊力弾が発射される。しかし、池上はためらいも無く連射し続けている。この光景に大勢の野次馬たちは驚いている。

 すると、大神さんは俺に小言を言った。

「大輔君はなかなかの霊力だね」

「そうなんですか?」

 俺はいまいち納得していなかった。

「重要なのはこれからだけどね」

 旧校舎の二階へと上がった池上はそこに現れた人型の亡霊を再び攻撃し始めた。

 ここまではノーダメージで敵を倒している。地上のシューティングゲームならリロードなどの若干の隙で直接攻撃を受けるパターンだ。

 池上の持久力は落ちることなく、霊力弾を連射して敵を倒している。その状況に大勢の人々は驚きを隠せない様子でいる。

「さすがは私の息子だ!」

 池上の父親は息子を賞賛している。親ばかというか馬鹿親というか・・・・

 旧校舎の二階にある理科室へと急ぐと、そこにはたまたま興味本位で旧校舎に侵入した同級生たちが人体模型に襲われているシーンが映像に映し出されていた。そして、映像にはある文字が表示されていた

『人命救出! 攻撃してはならない』

 人体模型に襲われている生徒たちを攻撃してはいけないということだ。これは射撃力を求められる。乱射ばかり考えている俺にはできないかもしれない。

 池上は一瞬の間を置き、狙いを定め、人体模型に向かって霊力弾を発射した。すると、見事命中し、人命救出に成功した。

 すると、人命が成功したことによるボーナスポイントが発生し、プレイヤーは自動的に三階へと足を運んだ。

 そして、このエリアのボスらしき巨大な茶色の悪霊が現れた。すると、画面上にはその亡霊の弱点となる丸く黄金色のコアが映し出されている。そして、そのコアを霊力弾で打ち抜くと、亡霊のボスキャラはダメージを受ける仕組みだ。この時ばかりはさすがに射撃力が試される。

 池上は連射しながら、コアを攻撃している。七割くらいの確立で命中し、ボスを簡単に倒すことに成功した。しかも、このステージで受けたダメージはゼロであった。

「余裕過ぎて眠くなってきたぜ!」

 言葉はともかく、言い方が嫌みったらしかった。

 そして、第二ステージが開始された。

 今度のエリアはとある森の中であった。状況設定は亡霊森から脱出することである。すると、木に隠れていた亡霊たちが姿を現し、猛スピードでプレイヤーへ接近してくる。池上は霊力弾を連射し、正確に狙いを定め、攻撃している。連射力も衰えることなく、余裕の表情を見せている。この光景に大勢の野次馬たちは驚いている。それだけ、この池上という少年の霊力が高いのだろう。

 しかし、第二ステージだけあって難易度がそれなりに上がっている。狙いを外し、亡霊からの直接攻撃を受けてしまう場面があった。しかし、ダメージを受けたのはその一回きりであり、その後は亡霊を倒し、最後のボスへとたどり着いた。

 その場所は大きな湖であり、外装が水で出来ている安っぽい巨大な亡霊が襲い掛かってきた、そして、お約束のボスキャラの弱点が表示された。今度は左右にある赤く光っている両目であった。しかも、最初のステージの時とは違い、巨大亡霊は左右に動きながらプレイヤーに接近している。そのため、池上の射撃力でも何度も攻撃が外れてしまい、ダメージを受けている。すると、脇から見ていた池上の父親が声を発した。

「何をやっている。お前はこの程度ではないはずだ!」

 たかがゲームごときで何を怒鳴っているのだろうか? ゲームは楽しんでこそおもしろいものなのに。そこ楽しみを大人が干渉することは子供にとって不愉快以外の何物でもない。しかし、池上はその父親に従順であった。

「はい、父さん!」

 父親のプレッシャーを一身に受け止めた池上は集中力を増し、狙いが徐々に定まってきた。ダメージを何回か受けたが、第二ステージのボスを倒すことに成功した。しかし、池上の様子がおかしかった。

 息遣いが荒くなり、明らかに疲労困憊しているようであった。しかも、汗をかいている。マラソンでもしてきたかのようであった。

「そろそろ、限界かな?」

 大神さんが俺の耳元で小さな声でささやいた。

「限界・・・・ですか?」

 俺は池上親子に聞こえないように言った。

「次のステージでどこまでやれるかだね。しかし、第三ステージまで来たのはすごいよ。普通は第二ステージでゲームオーバーだからね。あの大島は第一ステージすらクリアすることができなかったんだ」

「霊力の強弱の問題ですか?」

「もちろんそれが一番大きいね。しかし、池上君の場合は無駄弾を撃ちすぎていることも原因だよ」

「無駄弾ですか?」

「普通は霊力を温存するために連射は避けるんだよ。一発一発を大切に使用する。でないと持久戦で参ってしまうからね。今の池上君がまさにいい例だよ」

確かに。彼は連射して、敵を倒していた。単発での攻撃は一切していない。これは射撃に自信がないためか、それとも霊力の強さを見せつけるためなのか、または・・・・父親にそうしろと命令されたかだ。

 第三ステージは廃墟と化した病院であった。プレイヤーのライフは今までのステージで受けたダメージをそのまま引き継いでいるので、ライフが四分の三の状態で戦いに望まなければならない。

 廃墟と化した病院では視界が悪く、亡霊がよく見えない。そのため、急に攻撃されたりと不意を付かれるステージであった。その代わり、亡霊自体の数は多くなく、池上は安易な連射をやめて単発で亡霊を倒す先方へと変更した。しかし、体力の消耗が激しく、単発でしか霊力弾を発射できないようであった。

 病院の階段を登り、現れる数体の患者の格好をした亡霊を倒し、手術室へと足を運んだ。そして、ボスキャラが登場した。白衣を着た悪霊医者が手術室の椅子に座っていた。両手が巨大なメスになっており、プレイヤーに襲い掛かってきた。こんどのボスキャラのウィークポイントは両腕に装備されている巨大メスであるが、縦横無尽に動くために、池上が放つ霊力弾が命中しなかったのだ。連射できるのであれば、偶然に命中した可能性があったが、もはや体力が残っていなかった池上には単発の霊力弾しか発射することができなかった。

「大輔、まだまだだ! こんな所で負けたら承知しないぞ!」

 この父親は一体何を言っているのだ! たかがゲームじゃないか。誰かが損するわけでもない。しかし、俺は父親を知らないから偉そうなことはいえない。親というものを俺は理解できないのだ。

「はい、父さん」

 この親子の空気は独特なものを放っている。もし、このような親子がいれば、馬鹿にするはずである。しかし、周囲の人々は針物を見ているかのように緊張し、恐怖している。この親子を中傷することはこの世界ではご法度のような感じだ。

 ボスキャラである悪霊医者のナイフがプレイヤーに命中し、ダメージを受けた。しかし、攻撃してきたナイフが近くにきたことで、ナイフの映像が大きくなり、池上の攻撃が命中した。痛み分けである。

「そうだ。その調子だ! さすがは私の息子だ! そんじょそこらの餓鬼とは違う」

 どこまでも偉そうな態度を取る父親だ。大神さんが嫌うのも理解できる。

 この痛みわけ戦法で互いにダメージを受けながらも終わりが近づいてきた。そして、ダメージを受けた悪霊医者が数秒怯んだのだ。そのため、弱点である両腕にある巨大メスを連続攻撃できるチャンスが生まれたのだ。しかし、予想外の出来事が起きた。

 池上がライフルのトリガーを弾いているのだが、霊力弾が発射されないのだ。

「スタミナ切れだね」

 大神さんが言ったので俺は池上の方に目をやると、案の定彼は疲労困憊であり、トリガーを引いているが音がするだけで何も発射されない。すると、悪霊医者が復活し、プレイヤーに止めの一撃を食らわせ、ゲームオーバーとなった。

「大輔! 何をやっているんだ・・・・・・・まあ、第三ステージにいけただけでもいいとするか。どうせ、他の連中にはできないだろうし」

 その言葉は図星のようで、誰も反論することができなかった。

 すると、池上の父親は大神さんの方へ顔を向けた。

「大神、ナンバーワンの記録保持者のお前もやってみたらどうだ?」

 その言い方は紛れも無い嫌味であった。大神さんの霊力が落ちていることを理解した上で言っているように俺には聞こえたのだ。

「今の私には大輔君ほどの力はないよ」

 その言葉に、野次馬たちは落胆し、池上の父親は上機嫌であった。

「そうだろ。当然だ。私の息子だからな。将来はお前を越えるハンターかバウンティハンターになってくれるさ」

「自慢の息子さんで良かったね」

 決して笑みを崩さない大神さんと悪意のこもった笑みを浮かべる池上さん。この二人には因縁的なものを感じざるを得なかった。

「では、大神は今日何しにきたんだ?」

「いろいろあるんだけれど、強いて言うなら、私の記録を破ってもらうためかな」

 ・・・・・・それは・・・・・どういうことだ?

 俺は嫌な予感がした。

「意味が分からないんだが?・・・・・・そうか、私の息子に記録を破られるのを見に着たのか?」

 そんなわけ無いだろう! と言いたくなった。どこまで示威意識過剰なのだ。この男は。

「悪いけれど、今の池上君では私の記録は敗れないよ。私は第四ステージまで行った唯一の男だよ」

「じゃあ、誰なんだよ! はっきりしたまえ!」

「私の後継者だ!」

 その言葉に一同が驚いていた。池上親子も。

「嘘を言うな! お前は誰一人として今まで弟子を取らなかっただろうが!」

 池上さんが怒鳴り散らした。

「つい最近、私の後継者にふさわしい少年を見つけてね。しかも、霊界学校にも通わず、強力な霊力を生まれながらに持ったまさに天才をね。紹介しよう。私の後継者であり、今日初めてこのアンダーワールドへやってきた天才少年、神川君だ」

 俺は大神さんに肩を押された。

「大神さん、そんな、急に・・・・」

 冷たい視線が俺を襲う。

「君が後継者? 見たことが無いな。そうだろ。大輔」

「はい、見たことがありません」

 そりゃ、今日来たのだから仕方がない。

「私の記録を敗れる天才だよ。彼は」

「何を言っているんだ? そんじょそこらの少年じゃないか!」

 池上さんは初対面である俺に対し、容赦なく罵倒する。一体何様のつもりだ。

 すると、大神さんはコインを取り出し、ゲーム機に投入した。

「神川君。今度は君がゲームをする番だよ」

「え・・・・俺がですか?」

 しかし、周囲の雰囲気がゲームをするよう促している。大神さんという伝説のハンターの後継者の力を見たがっている。

「分かりました」

 俺はゲーム機まで移動し、スタートボタンを押した。

 すると、池上が始めた時と同じ映像が流れ出した。そして、第一ステージの学校の旧校舎編が始まった。

 大量の亡霊たちがプレイヤーである俺に迫ってきたので、俺は出し惜しみせずに霊力弾を連射した。その連射スピードは池上と同じである。しかし、俺の方が命中率は低く、連射と勘に頼っている実に乱暴な射撃であった。

「おいおい、そんなんで大丈夫なのかよ。はあ?」

 池上が俺にプレッシャーを与えようと意地悪く言った。その言葉には悪意以外の何物でもなかった。しかし、それが今の俺のやり方だ。他者が口出すことではない。もちろん、大神さんは別だ。

 しかし、こんな雑な射撃力で仕事していたことが大神さんに知れてしまうことは不愉快であった。俺は俺のやり方で戦いたい。

 亡霊たちを何なりと駆除していく。しかし、体力の消耗は無い。これが大神さんのいう『天才』ということなのだろうか?

 今まで他者から褒められるようなことをしてこなかった俺はすっかり上機嫌になっていた。亡霊が見えること意外、何も才能を見出せなかった俺は毎日が憂鬱で意味を成さなかった。しかし、大神さんと出会い、自分の才能を知り、そして今ここにいる。

 自分の才能だけでボスキャラまでたどり着いた。ノーダメージのままボスキャラのウィークポイントを攻撃し、第一ステージは終わった。

「たかが第一ステージごとき、俺なら余裕だね!」

「あ、そう」

 俺は隣にいる池上の存在がとてもわずらわしく思い始めた。しかし、それは同時に対抗心へと変化していった。

 こんな意地くそ悪い男に負けてたまるか!

 第二ステージの森の中でも特別変わったことは無く、ただ闇雲に霊力弾を連射し続けるだけのつまらないゲームになってしまった。第二ステージのボスキャラのウィークポイントは動き、正確な射撃力の無い俺はただひたすら連射に頼った。そのため、第二ステージはクリアすることはできたが、多少のダメージを受けてしまった。

「ダサいぜ。普通ノーダメージだろう」

 池上が嫌味たっぷりに俺に話しかけてくる。

 余計なお世話だといいたかったが、この親子とは関わりたくなかったので無視して第三ステージへと足を運んだ。

 すると、野次馬たちからひそひそ話が聞こえてきた。

「あいつ、ちっとも疲れてないぜ」

「さすが、大神さんの後継者」

「もしかしたら、軽く第三ステージ越えるんじゃね?」

 その言葉は当然、池上親子の耳に届いていた。第三ステージが始まる少し前に一瞬だけ、俺は親子の顔を見ると、憎しみに満ちた顔をしていた。その顔はまるで『悪霊』のようであった。

 廃墟と化した病院にステージが移行され、俺は何のためらいも無く、連射を続けた。薄暗いエリアで襲ってくる亡霊たちをただ駆除し続けた。

 もしかしたら、仕事でこういう所に行くかもしれないと俺は思ってしまった。それだけ、このゲームは俺にとって余裕だったからだ。

 何のためらいも無く、連射し続けるこの光景に次第に野次馬たちは騒ぎ始めていた。

「おい、こいつ何者だよ」

「マジでやべぇ!」

 そして、両腕に巨大メスを持つボスキャラと退治することになった。

 視界良し、体力良好、気合十分。射撃力はいまいち。

 そして、池上が倒せなかった悪霊医者との対決が始まった。

 俺は何のためらいも無く、霊力弾を連射する。体力の消耗がない俺にとってこのゲームは簡単すぎる。池上と時とは違い、射撃にも慣れてきた俺は正確に巨大メスを攻撃することができた。そのため、一定以上のダメージを受けたボスキャラは何度も怯み、その隙を突いてメスに集中攻撃を加える。すると、右腕の巨大メスを破壊することができたのだ。その光景を見ていた野次馬たちは一層騒ぎ出した。

「こいつ、本当にゲームクリアしちゃうぜ」

「マジやばいんですけど!」

「俺、他のやつらにも伝えてくる!」

 なぜ、この程度のゲームごときで騒がなければならないのだ。実にばかばかしい。

 俺は少しだけ、この世界に嫌悪感を抱きつつあった。

 すると、俺の右足に激痛が走った。見ると、池上が何食わぬ顔で俺の足を踏んで邪魔しているのである。実に卑怯で最低な男だ。

 しかし、こういうやつは相手にしない。するだけエネルギーの無駄遣いなのだ。

 痛みに耐えながら、俺は攻撃を続けた。左腕の巨大メスだけを狙い、霊力弾を連射し続ける。ただそれだけのことであった。

「このまま私の記録を破ってくれ! 神川君」

 大神さんだけが俺を応援してくれる。

 もちろん、そのつもりである。第四ステージは目標ではない。ただの通過点である。俺が目指すのはラストステージだ。

 大神さんを越える。それはあらゆる意味で厳しい目標でもある。なぜなら、もし、目標をはたせば、間違いなくこの世界では有名になる。たかがゲームセンターの記録ごときにここまで熱中する連中だ。何があってもおかしくはない。

 そして、左腕の巨大メスをも破壊に成功したが、両腕の無い状態で再びボスキャラ襲いかかってくる。画面表示では身体を狙うように指示が変更になっていたので俺は再び狙いを定め、攻撃を続けた。ボスキャラのライフパラメーターは一気に減少し、そしてボスを倒すことに成功したのであった。

 その瞬間、野次馬たちは歓喜の叫びを上げたのである。しかし、これをよく思わない池上親子の顔はまさに悔しさの表情を表していた。

「大神さんの再来だ!」

「俺生まれて初めて第四ステージ見るぜ!」

 このゲームはコインを入れれば何度でもプレイできるようなゲーム機ではない。霊力を有するゲームゆえ体力勝負となる。しかし、この環境を見る限り、本当に第四ステージ以降を見たことがないらしい。しかし、このゲームは二人プレイまで対戦可能のはず。ライフルが後一つあるのがその証拠だ。協力すれば第四ステージまで行きそうなものだが、それでも負けてしまうということは俺や池上がかなりの霊力の持ち主ということになる。

 そして、波乱の第四ステージが始まった。

 次の舞台は新しく設立された学校であった。第一ステージで登場した旧校舎とは違い、白く当たらし校舎であった。

 しかし、急に青く光る結界のようなものが、学校全体を覆っている。すると、画面に新たな表示が示された。

『この結界を霊力弾連射により一分以内に破壊せよ』

 そして、画面上の結界が映し出された。俺はただひたすらに霊力弾を連射した。時間制限つきの体力勝負であるこの結界破りは同時に心臓破りのゲームでもあった。もし、池上が第三ステージをクリアしていても、このゲームですぐにゲームオーバーになっていたであろう。しかし、俺は違う。まったく疲労していないのである。

 一分以内に結界の破壊に成功した俺は学校の校舎の中へと入っていく。

 その光景を目の当たりにした野次馬たちは静まり、集中して画面の映像を見ている。それだけこの光景がレアなのだろう。

 今ここにいるメンバーはすべて日本人であり、霊力を持っているだけの至って普通の少年少女たちである。地上でここまでゲームセンターで盛り上がることはそうそうないだろう。しかし、ここはアンダーワールド。例え同じ人種であっても価値観が違うのだろう。

 画面は学校の昇降口の扉を開け、下駄箱の辺りをうろついている。すると、人型のかつてこの学校の生徒であったであろう悪霊が数体現れた。半透明で目が野獣のようであり、こちらに対し敵対していることは明らかであった。その悪霊たちは両腕を垂直に上げ、俺に向かって迫ってきたのだ。その光景はとても生々しく、俺は恐怖してしまった。しかし、悪霊である以上、駆除しなければならない。

 俺はいつもの通りの駆除作業を行った。ライフルで迫ってくる悪霊たちを駆除していく。その作業自体はもう慣れている。

 下駄箱付近の悪霊をノーダメージで片付けた俺は次の場所へと移動になった。一年生の教室に入ると、浮幽霊が天井で飛んでいる。その数は正確には計算できないが、それなりにいる。そして、その浮幽霊たちが水中にいる魚が勢い欲俺に迫ってきたのだ。

 くねくねしながら攻撃してくるので狙いが定まらなかったが、連射して何とか対抗した。しかし、この教室にいる浮幽霊の攻撃を回避しきれず、多少のダメージを受けてしまった。

「へたくそ!」

 隣にいる池上が俺に罵声を浴びせる。持っているライフルでこいつを攻撃したくなった。しかし、そんなくだらないことにかまうつもりは無かった。

 このエリアをクリアし、俺は先へと進む。

 階段を登り、二階の廊下に差し掛かると、今度は廊下の床から無数の腕が生えてきた。そして、悪霊たちが上半身だけ姿を現し、不気味なうめき声を上げて、俺に向かって接近してきた。実に生々しいこの光景に俺は恐怖を覚えたが、戦うしかない。

 床からの攻撃に対し、俺は霊力弾で応戦する。しかし、地縛霊ともいえるこの悪霊は左右に揺さぶりながら俺に接近してくるので狙いづらかった。さすがに第四ステージだけのことはある。

 しかし、こんな所で負けるわけにはいかない。俺はハンターだ。亡霊を駆除するためにここにいる。これは訓練だ。射撃力を鍛えるための絶好の場所なのだ。

 こつを掴んできた俺は正確に射撃することができ、ノーダメージのままこの関門をクリアした。すると、野次馬たちが新たな反応を示し始めた。

「おい、大神さんを越えるんじゃないのか?」

「あいつ、ぜんぜん疲労してないぜ!」

「何者だよ!」

「大神さんの後継者だけあってさすがだな」

「新たな時代の幕開けかもしれない!」

 実に大げさだ。たかがゲームではないか。

 俺は次第にここにいることが馬鹿らしくなってきた。もしかしたら、この世界でも変な目で見られるのかもしれない。そう考えると、次第に憂鬱になってくる。

 三階へ向かい、その廊下に向かうと、制服を着た普通の女子生徒がいた。映像でプレイヤーがその女子生徒に話しかけると、その女子生徒は振り向いた。すると、その目は黒光りしており、人の顔ではなかった。というより、明らかに悪霊に取り付かれているようであった。すると、その女子生徒の背後に白い影が現れ、悪霊がその姿を現した。すると、画面に新たな表示がなされた。

『悪霊に取り付かれた少女を救え! 背後にいる悪霊を攻撃せよ! ただし、女子高生を攻撃してはいけない!』

 つまり、少女の後ろにいる悪霊を倒すということだが、少女の頭上に悪霊が飛び出している状態なので非常に難しい。

「これで終わりだな!」

 横にいる池上が吐き捨てるかのように言った。その何でも分かったような口調は俺の腹を煮えくり返していた。

 負けるものか!

 俺は集中力を高め、狙いを定めた。そして、悪霊に取り付かれた女子高生が俺に向かって接近してくる。トリガーを弾いた俺は亡霊に攻撃することに成功したが、同時に女子高生にも攻撃が命中してしまった。

「ダッセーの!」

 池上は皆に聞こえるように大声で言った。

 しかし、このゲームは難しい。まるで人質を取っている犯人を狙い撃ちするようなゲームだ。霊力と射撃力を有する難易度の高い第四ステージだ。

 取り付かれた少女をかばおうとすると、攻撃が命中せず、逆に悪霊を本気で狙おうとすうと女子高生にも命中してしまう。しかし、何とかこのバトルに成功し、女子高生の救出に成功した。

「俺なら、楽にクリアできだぜ!」

 池上は馬鹿の一つ覚えのように俺に対する嫌味は絶えない。

 そして、ラスボスまで向かった。

「私がクリアしきれなかった場所まで行ったか!」

 大神さんが俺を褒めている。そして、野次馬たちが余計騒がしくなる。

 画面は職員室まで移動している。そして、職員室に入ると、端のほうに校長先生が座っている。しかし、明らかに様子がおかしい。すると、校長が椅子から立ち上がり、体全体から青いオーラのようなものを発している。ラスボスらしき、貫禄だ。

 校長先生はこちらを向き、俺に迫ってきたのである。そして、互いに廊下に出ると、校長の体から巨大な灰色の悪霊が飛び出してきた。校長が憑依されていたことが分かる。

『灰色の悪霊を倒せ』

 画面から表示され、俺はその通りに灰色の亡霊を攻撃した。幸い、ウィークポイントがなかったのでそのまま倒せると俺は思ってしまったが、甘かった。一定のダメージを与えた瞬間、画面映像が変化し、灰色の悪霊が無数の悪霊を床から生み出している。これは前に戦った地縛霊である。すると、数が多く、灰色の悪霊はその後方に隠れてしまい、直接攻撃できない。生み出された地縛霊をすべて倒して、ボスキャラと戦うことになってしまった。

 仕方がないが、同じ敵ともう一度戦うというのは不愉快だ。しかし、こいつらを倒さなければボスキャラを倒すことはできないのだ。

 俺は大神さんを超える。これが今の目標だ。

 地縛霊は俺に接近してきたので、俺から見て一番距離の近い亡霊から霊力弾による駆除を開始した。画面上では俺は廊下を後退しながら攻撃している。しかし、地縛霊の移動速度が通常以上に速く、狙いをつけにくかった。そのため、一番俺に接近してくる地縛霊を駆除することができず、攻撃されてしまった。俺は慌ててその地縛霊を攻撃し、駆除したが、後方からやってくる地縛霊が俺に近接戦闘を仕掛けてくる。この光景は恐怖そのものであった。まるでゾンビに追いかけられているような恐怖感。それは時にスリルと呼び、興奮を呼び起こす。

 小さくとも、少しずつライフを削られ、次第に敗北感を抱き始めた。しかし、それでも地縛霊の駆除に成功し、悪霊を丸裸にすることができた。そして、一気に霊力弾を打ち込んだ。そして悪霊のライフを大幅に削ったが、画面がフリーズし、悪霊が新たな亡霊を生み出した。今度は浮幽霊が数多く生み出され、空中浮遊での攻撃は再び始まった。

 浮幽霊たちの動きは俊敏なために、俺は再び翻弄される。ダメージを受けながらも浮幽霊たちを倒し続ける。その繰り返しである。そして、ライフもかなり減少したが、浮幽霊の大群も殲滅することができた。

 後はラスボスである灰色の悪霊である。すると、灰色の悪霊は突然、姿を灰色から黒色へと変化させ、丸い黄色い玉を中心部に露出させた。すると、画像に新たな表示が出た。

『黄金色の球体を攻撃せよ』

 つまり、ウィークポイントが発生したのだ。これは、逆にピンチである。悪霊の巨大な身体ではなく、小さなウィークポイントを攻撃しなければならない。しかし、やるしかないのだ。大神さんを超えるために。

 俺は両腕に疲労感を感じながら、攻撃を開始した。霊力消耗による疲労がないだけましである。物理的疲労感はどうしようもないが、動けなくなるほどではない。後は俺の実力次第である。

 しかし、さすがに第四ステージだけある。俊敏な動きに高い耐久力。俺はダメージを受けながら、接近した際にウィークポイントを攻撃する。痛みわけ的な戦法しかできない自分が能力不足を実感させられる。

 その繰り返しを続け、そして・・・・・・第四ステージをクリアすることができた。俺は大神さんの記録を超えたのだ。

 しかし・・・・ライフは残りわずかになってしまった。

 すると、野次馬たちから歓声が沸きあがった。

「本当にやりやがったぜ!」

「さすが、大神さんの後継者だ!」

「すっげぇ、マジで!」

 たかがゲームであるが、この世界の人間にとっては重要なことなのだ。しかし、どうしても身体で喜びを表現することができなかった。その原因として、ゲームがまだ終わっていなかったこと。また、隣にいる池上が嫌悪感を露わにしていること。そして、俺にとってはただのゲームであることだ。

 すると、大神さんが俺の肩に触れた。

「おめでとう! 私の記録を簡単に破るとは。やはり、神川君は天才だ」

「そんなことはないですよ」

 俺の頭にあるのは第五ステージのことだけだ。

 そして、第五ステージの映像が現れた。魔のトンネルと呼ばれる場所にプレイヤーは立っている。そのトンネルに入ろうとした時ある表示がなされた。

『敵接近、攻撃せよ』

 俺はライフルを構えていると、トンネル内からバイクを走らせてこちらに向かってくる首なしライダーが現れたのだ。俺は攻撃をしたが、正面から右に移動し、攻撃を交わされ、首なしライダーが通り過ぎる瞬間に攻撃を受けてしまい、ゲームオーバーになってしまった。

「ああ、負けたか・・・・・」

 しかし、周りの人間にとっては幻の第五ステージだったのだろう。興奮していて、俺を罵声してくる人は、池上親子意外は誰もいなかった。

「ごくろうだったね。神川君」

 大神さんが笑みを浮かべながら褒めてくれた。

「いいえ、俺はただゲームをしていただけです」

 ゲームセンターではいつも前半でゲームオーバーになる俺がここまで粘ったのは生まれて初めてだった。

 すると、池上親子が近寄ってきた。

「この程度で喜ぶとは野次馬たちも低レベルだな」

 池上さんが完全な負け惜しみを言っている。

「神川君。ゲーム機に自分の名前を記録するんだ」

「あ、はい」

 池上さんの言葉を完全に無視し、ボタンなどを使って自分の記録をした。すると、ゲーム画面に歴代の記録の映像が映し出され、俺が一位となっていた。

 野次馬たちの叫び声は止むことはなく、俺は英雄に持ち上げられた。この優越感に浸ったことは生まれて初めての体験であった。しかし、その喜びをぶち壊す出来事が起きた。

 ゲームセンターに二人の男女が現れたのである。

 身長の低い男子は見たことが無い顔であったが、もう一人は言うまでもなかった。

「江本愛!」

 俺は拒否反応を示した。

「あなた、何でここにいるの!」

 俺と江本は互いをにらみつけている。しかし、気になるのは江本の横にいる男子だ。恋人的雰囲気はまったくなかった。むしろ、男子が江本に守られているように見えた。

「ここにいて悪いか!」

 産婦人科での一件を俺は今も根に持っている。

「あなたのような人がこの世界に来るべきではないわ。早く帰りなさい!」

「俺は霊力を持っているんだ。この世界の来る権利がある!」

 俺は自分の意見、エゴをはっきりと言った。

「あなたのような人殺しはこの地を踏むべきではないって言っているの!」

 何て女だ。大勢の野次馬たちが見ているところでよくもそういえたものだ。

「おい、大神。人殺しってどういうことだ。はあ?」

 池上さんは偉そうな態度で大神さんに質問をした。

「ああ、私の仕事を引き継いでもらっているんだよ。駆除仕事をね」

「じゃあ、あの餓鬼はハンターなのか? あの年で」

「ああ、立派なハンターだよ。歴史上のハンターでもっとも霊力を有した少年。長年、この世界に隠され続けた天才。それが私の後継者。神川君だ!」

 すると、野次馬たちが騒ぎ出した。どうやら、俺の年でハンターになることは珍しいことのようだ。

「ねえ、愛ちゃん。あの人が例の人なの?」

 江本の金魚の糞ごとき少年が口を開いている。

「そうよ、大ちゃん。産婦人科で水子の幽霊たちを殺していた人なの」

 すると、大ちゃんと呼ばれている男子は俺をにらみつけている。こいつも交渉主義ということか・・・・・

 すると、俺たちの間に大神さんが入ってきた。

「まあまあ、三人とも。こんな所でけんかしてもしょうがないでしょ」

 俺は冷静さを取り戻した。が、二人の態度は変わらなかった。

「大ちゃん行こう!」

「うん」

 すると、二人はその場を去っていった。

「愛ちゃんと大ちゃん、あいかわらずだね」

 大神さんが言った。

「あの少年は誰ですか?」

「天王寺大君だよ。彼も交渉主義者だからね。二人はいつもいっしょにいるんだ。仲良しだからね」

「そうなんですか・・・・・」

 仲良しか・・・・・俺には友達がいないからよく分からないな。

 俺は妙な光景をいたような気がした。いや、嫉妬をしていたのかもしれない。友人を作っていることに。

 そして、俺と大神さんはパニックになりそうなゲームセンターの外へ出た。

「これからどうしようか? 私はここに残るけれど」

「今日は疲れましたので帰ります」

 新世界になじむには時間がかかるようだ。

「では、大島の所に行って武器等々を回収してきてくれ。後、私の家に戻ったら黒いボックスがあるんだが、そこに霊力を貯めてほしいんだ。私も仕事に復帰したいんだが、霊力が弱まっているから、君の霊力を分けてほしいんだ」

「分かりました」

 そうして、俺と大神さんは別れた。大島さんは霊界議事堂へ行って俺の存在を公にして抗議するのだろう。そのことは大神さんに任せることにした。

 野次馬たちは俺を、有名人を見ているような目で眺めている。しかし、近寄っては来ない。どこか、俺を恐れているような感じでもある。

 ゲームセンターを去り、大島さんの霊界大百科へと歩き始めた。

 しばらく歩き、霊界大百科に到着した。

「お邪魔します!」

 すると、数人のお客が店の中にいた。俺はカウンターの所へいくと、大島さんが立っていた。

「すいません。大島さん。武器を回収しに着ました」

「ああ、メンテは終わったよ」

 そう言うと、黒いバッグと霊力鏡を出してくれた。

「ありがとうございます」

 俺はバッグを肩にかけ、霊力鏡を右腕でわきかかえた。

 そして、俺は霊力大百科を後にし、大神さんの霊力鏡まで移動した。そして、鏡の抜け、大神さん宅に戻ると、机の上に黒いボックスがあった。俺はそれに触れると、色が変色し、真っ白になった。

「霊力満タン」

 大神さんにも若干の霊力があるのなら、このボックスは予備として使用するはずだ。自身の霊力が限界を迎えた時のために取っておくのだろう。今後も霊力を譲渡しなければならないが、問題はない。いくらでもわけようではないか。

 そして、俺は自分の家へと帰っていった。


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