第2章
夕方になり、辺りが暗くなってきた。
俺は明日からゴーストハンターだ。この幼稚な喜びを俺は心からうれしく感じる。しかし、いまいち実感がわかない。
もし、この仕事で生計が立てられるなら、高校をやめてもいいと俺は思っている。この仕事は霊力があるかないかで決まる。学歴など関係ないのだ。上司もない。部下もいない。まさに自営業だ。しかも、幽霊は必ず現れる。リスクが少なく、需要がある。これほど恵まれた職業はない。
俺は近くにあるコンビニに立ち寄った。ある物を買うためである。
コンビニ店に入ると、そこには部活帰りの他校の学生服を着た男子たちが雑誌などを立ち読みしていた。俺は店内で大きめの懐中電灯と電池を購入した。案件が書かれた用紙には夜の五時以降のものがほとんどで、懐中電灯が必須になってくる。
霊力電灯なるものがあれば、買わなくてもいいのだろうが、そんなにうまい話はないだろう。一体、霊力とは何なのだろうか?
そんなことを考えながら、コンビニのカウンターで懐中電灯を購入した。幸い、店内には幽霊はいなかった。
もし、いたらどうすればいいのだろうか? いきなりライフルを黒いかばんから取り出し、撃ち殺すべきか・・・・・・周りは動揺し、警察沙汰にされる可能性があるか・・・
懐中電灯をバッグに入れ、コンビニ店を後にした。
家にもうすぐ着こうとしていると、しばらくぶりに幽霊の公園にたどり着いた。
この場所は本当に久しぶりだ。
自分が幽霊を見ることができると知った時から、この公園にはこなかった。
俺は顔をのぞかせると、ベンチには新聞を読んでいるおじさんと、かつていっしょに遊んでいた女の子がいた。
彼らは長い年月が経っていようとも、同じことをただ繰り返しているだけだ。まるで、プログラムどおりにしか動かないロボットのようだ。
その光景は悲しくもあり、どこか懐かしさを感じていたが、俺にとって幽霊は敵だ。殺すべき相手なのだ。
覚悟を決めなければならない。俺は今日からハンターだ。この世に残ってはいけない幽霊たちを始末するのが俺の役目だ。
俺は黒いバッグからライフルを取り出し、砂場で遊んでいる女の子に向かって手すり越しから狙いを定めた。
しかし、俺にはためらいがあった。彼らは何も悪いことをしていないのだ。人に危害を加えることなく、ただその場所にいるだけなのだ。その権利を俺が侵害していいのだろうかと思い始めたのだ。
何を迷っている。彼らのような存在がいるから俺は長い間社会から孤立し、苦しい生活を余儀なくされたのではないか。死人は天に帰るべき存在だ。それを反してこの場所にいることは罪なのだ。いずれは悪霊になり、人に危害を加えるかもしれない。
そう言い聞かせてはいるが、俺の体は言うことを聞いてはくれない。
ためらいと罪悪感が入り混じった感情を俺は抱いていた。
かつて、幼かった時はあの女のこといっしょに砂場で遊んだ。それはただ楽しく、幸せな時間であった。そして、俺たちをいつも見てくれる新聞を読むおじさんがベンチに座っている。この光景が永遠に続くとさえ思った。しかし、人間と幽霊の区別ができるようになり、すべてが変わった。もし、区別が付かなければ違う人生が待っていたはずだ。
もうあの頃に帰ることはできない。やるしかないのだ!
そして、俺はライフルのトリガーを引いた。
霊力弾は光り輝きながら、女の子の所へ飛んでいったが、左へとそれていった。俺は急いでその場所から離れ、後にした。しかし、女の子とおじさんの声が俺の耳に入っていった。
「何か光るものが飛んできたよ。おじさん」
「そうだね。おじさんも気がついた。今のは何だったんだろうね?」
その声は昔のままであり、俺にあの懐かしい頃を深く重い出させた。
霊力弾は外れたのではなく、わざと外したのである。彼女やおじさんを殺すことは俺にはできなかったのだ。
一体何をやっているのだろうか? 俺は。
しかし、同時に安堵感が沸いてきたのもまた事実。これで良かったのだと俺は思うことにする。河川敷で見た幽霊の形相は人間ではなかった。怪物のようなその顔はまさに悪霊と呼ぶにふさわしい。俺が退治しなければならない幽霊が皆悪霊なら何のためらいもないのだが・・・・・
バッグを持ちながら、俺は夜空を眺めながら、家へと向かっていく。すると、幽霊の気配を感じた。この感じや方角から言って、公園の二人からのではなかった。
帰り道でたまに遭遇することがある。徘徊幽霊と俺は命名しているが、その幽霊は不特定であり、男女や子供、老人などそれぞれである。そのため、よく道を変えて進むが、もうそういう逃げる生き方はしたくなかった。
俺はバッグを地面に置き、ライフルを取り出した。
幽霊を感じる方向へライフルを構えている。
さあ、来い。退治してやる。
しかし、安易に幽霊を殺していいのあろうかと俺は考えていた。ただ、徘徊しているなら徘徊させ続ければいい。しかし、生きている者に害をなす悪霊は殺す。
しかし、俺がライフルを取り出した理由にはもう一つあった。
練習したかったのである。
どんな優秀なやつでもいきなり仕事をしろと言われてできるはずがない。練習用の幽霊がほしかったのだ。その歪んだ考えは俺の頭からは離れない。
少しずつではあったが、確実に幽霊は近づいてきている。まだ姿は見えない。俺の向こうにはT字路になっていてどちらの角からやってくるかまでは分からなかった。
俺は息を呑みながら、幽霊がくるのを待った。そして、その時がきた。
右の角から一人の女性が現れたのである。かなりの年齢の老婆で下を向きながら、背中を丸めて歩いている。その姿はただ徘徊している痴呆の老人にしか見えなかった。もしかしたら、死んだことを自覚していないのだろうか?
しかし、変に話しかけても後々面倒なだけだ。このまま殺してしまっても良かっただろう。しかし、そんな権利が俺にあるのだろうか? そんな考えが再び頭を支配していた。
俺がライフルを構えていることをその老人は気がついていない。
このまま老人が通り過ぎるか、俺が殺すかだ。
次第に老人との距離が狭まっていく。
どうする? 俺、どうする?
そして、老人は俺の横を通り過ぎて行った・・・・・
駄目だ・・・あれだけ幽霊に対して殺意を抱いていた俺が幽霊一人殺せないなんて。
果たして、明日の仕事を成し遂げることができるのだろうか?
そんな不毛なことを考えながら、俺はライフルを再びバッグの中へ入れ、家へと帰っていった。
家の扉を開けると、中から光が飛び出してきた。
「ただいま。遅くなった」
「お帰り、真くん」
母方のおばあちゃんが台所で料理をしながら、返事を返してくれた。
「遅くなったね。真くん。珍しいわねぇ」
「学校で話をしてたら、遅くなったんだよ」
俺は普通に嘘をついた。
バッグを持ちながら、廊下を進んでいくと、居間でおじいちゃんがテレビを見ている。天気予報を確認しているようだ。
「おじちゃん、ただいま!」
耳の悪くなっているおじいちゃんのために俺は大きな声で口を開いた。
「あ、ああ。真くん。お帰り」
やさしい笑みを浮かべ、返事を返してくれた。
俺が生まれる前に父親は死に、生まれてすぐに母親もこの世を去っている。そのため、俺は両親を写真でしかしからない。若い両親が隣り合ってカメラ目線でいる写真くらいだ。しかし、祖父祖母のおかげで俺は非行にも走らず、霊力以外では至って普通の生活を送っている。
しかし、祖父祖母の年金や貯金で生活しているのであまり贅沢なことはできないでいる。そのため、高校に入らず、就職使用とも考えたが、祖父祖母の反対や、中卒では就職が難しいと言われたので高校に通わせてもらっている。しかし、正直高校生活にあまり意味を見出せていないのが心情だ。
早く卒業して就職して祖父祖母を楽にしてあげたい。
だからこそ、ハンターという仕事は俺にとって適材適所であり、就職先でもある。もし、この仕事で生計が立てられるなら、このまま続けたいと思っている。
俺は二階にある自分の部屋に向かった。その部屋はかつて母親が使っていた場所らしい。俺は重い荷物を抱えながら、階段を登り始めた。そして、登りきり、自分の部屋へと入っていく。
そして、荷物を床に投げ置くと、俺はベッドの上に転がりこんだ。今日の出来事を整理したかったのだ。
大神さんから言われて一番ショックだったのは、霊力を持った人間が短命であることだった。つまり、霊力が強ければ強いほど、寿命が短い。それは俺にとって一番の悩みとなるだろう。あの大神さんとてとても衰弱し、やつれた感じがあった。年齢的にはまだまだ元気なはずである。
俺は長生きできない。その事実を受け止めるのには若すぎる年齢である。しかし、そんなことを一体誰が信じるであろうか? 誰にも相談できない。今は何の病気もなく、健康に生活を送っている。その俺が早死にしますといったところでどうすることもできないだろう。
次に問題なのは、俺は幽霊を殺せずにいることだ。悪霊と亡霊は違うことは今日の河川敷のできごとでよく分かった。
悪霊は殺せるが、何の罪も無いただの幽霊は殺せない。もし、明日以降に出会う幽霊が善人であれば俺はこの仕事をやめるしかない。
後、アンダーワールドと呼ばれる裏社会についてだ。この場所は幽霊の存在を知っている世界であることは分かったが、議員が存在することなど謎が多い。そもそもどこにそんな場所があるのだろうか? 何かの宗教団体や犯罪に手を染めているような場所ならどうすればいいのだろうか? 警察で解決できることなのだろうか。
そういう被害妄想的な想像は尽きないので一旦頭の中を白紙に戻した。
そして、何より問題なのはこの職業を誰にも話せないということだ。しかも、高校はバイト等の仕事は禁止している。まあ、そこはたいした問題ではないが、誰にも理解されない職業であることが問題なのだ。唯一の家族である祖父祖母には話せない。話した所で理解されない。そんなことは目に見えている。
また学校で、俺がライフルを持って何かをやっているという噂が流れ、変な目で見られることは容易に想像ができる。
普通とは違う人間はこの日本では変人扱い。最悪排他される。
この職業は絶対に秘密にしなければならない。
と考えては見たが、俺には友達がいないので、あまり関係ないのかもしれない。俺のことを理解できない人間たちの中で、俺は友人を作れなかったし、作る気すら起きなかった。いつも一人ぼっちだ。しかし、それでいい。今の俺は特にそうだ。大神さんに出会って、自分がまともな人間の一人であることを認識させられたのだから。
俺は何も間違ってはいない。間違っていたのはこの社会の方なのだから。幽霊を信じるくせに幽霊が見える人間を否定する。この矛盾した世界に俺はあきれ果てている。
明日から、俺の本当の人生が始まるのだ。
そのためにも武器などを確認しておく必要がある。
俺は黒いバックからライフルを取り出し、印刷してもらった用紙を照らし合わせた。ライフルを確認すると、あることに気がついた。
「マジかよ。ライト付だった!」
ライフルの銃口付近に点灯が着いていたのである。用紙を確認すると、そこにはスイッチがあり、所有者の霊力をエネルギーにしていることが分かった。
「やっぱり存在したのかよ。今日買った懐中電灯が無駄になった!」
しかし、そんな後悔以上にライフルを使ってみたいという願望にさらされた。
俺はライフルのライトを確認すると、確かにスイッチらしきものが存在した。俺はそのスイッチをオンにすると、少しではあるが光っている。その光がどれほどのものがさらに確かめるために俺は部屋の電気を切った。すると、霊力弾のような白い輝きを帯びている。電気を付け直し、説明用紙を再確認した。
『ライトに使用される霊力量は微量であり、消費量を気にする必要はない』
その文章を読んで俺は安心した。これで夜心着なくライトを使用できるということだ。
ライフルに関して、それ以上の記述は載ってはいたが、大神さんの言っていた言葉どおりだったので用紙をおき、俺は窓を開いた。そして、二階から下を眺め、誰もいないことを確認すると、ライフルを用意し、窓の外目掛けてトリガーを引いた。霊力弾は大きな光を放ちながら、とこまでも飛んでいく。俺はトリガーを引きっぱなしにしながら連射を楽しんでいた。何十発放たれたか分からないが、俺は自分の限界を知りたくなったのだ。しかし、百発を軽く超えても俺の体力は消費されなかった。まったく疲労感を感じない。これが霊力の強さなのだろうか?
しばらくして、ライフルを部屋の床に置くと、今度は二丁あるハンドガンをベルトから取り出した。そして、ライフルの時と同様に開いた窓へ向かってトリガーを引いた。っ射程距離や連射力は明らかにライフルを下回っている。しかし、映画の主人公になったかのような快感を抱きながら、好きなだけ霊力弾を放った。
そして、次は霊力手榴弾だ。ベルトに取り付けられた三つの霊力手榴弾の一つを取り出し、手から霊力を充電した。光が増し、霊力が満タンになったことを確認し、窓を閉め、部屋の床に叩きつけた。すると、光が飛び散り、辺りが光に包まれた。霊力手榴弾の表面はゴムなので霊力手榴弾はバウンドしながら飛んでいる。地面に付くたびに光を拡散させた。しかし、一つだけ失敗を犯した。その爆発に俺が巻き込まれたのである。俺は光の各拡散の影響をもろに受けたので吹き飛ばされ、物置扉に背中をぶつけたのである。しかも、全身がやけどしたかのような痛みを味わう羽目になった。
大神さんが言っていたことを俺は今になって思い出していた。
霊力系の武器は霊力を持った人間にも影響を及ぼすことを。特に霊力手榴弾の扱いは気をつけるようにと。その言葉を痛みに耐えながら俺は深くかみ締めていた。
体の皮膚を見ると、やけどをしたかのように赤く腫れている。しかし、血を流してはいないし、放置していても問題はないと判断した。
ひりひりした痛みを抱えながら、俺は転がっていた霊力手榴弾をベルトに戻し、ナイフを取り出した。
先ほどの失敗をしたくはなかったので、誤って体を傷つけないように用心した。ナイフを握ると、白く光りだした。俺は嘗め回すようにナイフを見ていると、あることに気がついた。本物かと思っていたナイフが形だけであることに。
俺は霊力ナイフを一旦床に置き、手放した。その後で人差し指でナイフの先端に触れると、何のことはない。血か出るどころか傷すらつかない。おもちゃのようなものだ。少なくとも、霊力のない状態ではそうだ。
そして、武器ではないが霊力手袋と霊力ゴーグルを取り出した。まず、霊力手袋を手にはめると、手袋から光が放っている。これで幽霊に触れることができると説明用紙に書かれている。取り付いた幽霊を引き離す時などに使用でき、打撃攻撃にも有効である。また、充電式であり、霊力を持った者からの充電で稼働時間は約二十分である。
幽霊との殴り合いに使用することができるか・・・・これでは手袋というよりもグローブだな。
そんなことを考えながら、俺は霊力ゴーグルを手にとった。ゴーグルのふち部分は赤くなっており、水中用眼鏡に見えた。しかし、俺が握っていると、そのふち色が変色しだしてきた。俺の霊力を吸収しているに違いない。そして、霊力ゴーグルの全体が白く変化したのである。
俺は床に置いてあった説明書に目をやった。
『霊力ゴーグルは霊力を持った者からの霊力を吸収して初めて稼動できる。霊力の充電量はゴーグルの変色により確認でき、次第に赤色になると、霊力量の低下が表示される。満タン時は全体が白で覆われている。使用者は霊力を持たない人間に限定される。霊力を持たない人間がゴーグルを使用した際、充電された霊力が使用者の眼球に浸透し、亡霊が見えるようになる。ただし、着用者にもよるが、最大使用時間は約三十分である』
しかし、営業以外で使用することがあるかどうかが疑問だ。霊力を持つ俺にとっては不要の産物だ。
そんなことを考えながらも、霊力ゴーグルの霊力量を充電している。
世の中には『もし』という考え方がある。
もし、俺の仕事場で一般市民がいたとして、襲われているなら、その人にゴーグルを被らせ、幽霊の存在を認識し、逃がすことができるかもしれない。
俺を否定した一般市民を助けることはどこか複雑な気持ちであるが、その一般市民を守って初めて金を得ることができる。支えあいこそ人間の本質なのかもしれない。
霊力ゴーグルの充電も完了し、手袋と共に黒いバッグに投げ入れた。そして、俺は明日の仕事が書かれている用紙を手に取った。
『午後六時にヒカリライフという老人介護ホームに行き、そこでポルターガイスト現象を起こす幽霊を駆除すること』
と書かれている。
ヒカリライフといえば、新築であり、評判もいい場所だ。そこに幽霊が現れるとなると、この世に未練を残した老人である可能性がある。ポルターガイストとは実に迷惑な話だ。もし、悪霊化しているなら即効で駆除する必要がある。しかし、訳アリの幽霊であったなら、俺はその幽霊を駆除することができるのだろうか?
次第に俺の体の中は不安という物質でいっぱいになっていった。
例え、訳アリだとしてもこの世に止まる理由にはならない。死者は天に召されるべき存在だ。けれど、駆除することは魂を天へいけなくすることでもある。
そんなことをひたすらに考えていると、下の方から声が聞こえた。
「真くん。お風呂沸いたわよ」
おばあちゃんの声は老いを重ねても遠くまで響き、聞き取りやすい。俺は今の悩みを一旦忘れ、俺は着替えを用意して一階へと降りていく。そして、脱衣所で裸体になった。すると、体が赤く腫れている。先ほどの爆発が原因だ。
浴場に入ると、風呂から湯気が立っており、いい湯加減であることがわかる。俺はお湯の温度を確認すると、少し熱いくらいであった。
湯船に浸かる前に体を洗おうとすると、先ほどのやけどが鏡に映っている。しかし、気にせずお湯を体に被ると、皮膚から痛みが発した。その痛みは体全身をかけめぐり、俺を苦しませた。
これはまずいな。
少し心配した俺は蛇口から冷えた水を桶の中に入れ、赤く腫れた皮膚に塗りつけた。しかし、冷たい水を全身にかけるのは心臓にもよくない。そのため、今の行為にあまり意味を感じなかった。
体と頭と顔を洗い終わると、俺は湯船に浸かった。すると、赤く腫れている場所が熱により痛んだ。
しかし、しばらく使っていると、体が湯船の熱になれ、痛みがなくなっていた。体がリラックスしている中で俺は再び明日の駆除について考え始めていた。
幽霊を殺すことは罪かどうかだ。
しかし、もし幽霊を説得すれば未練をなくし、天へ召させることができるかもしれない。しかし、それにはかなりの時間を要する。テレビドラマのようにはいかない。だからこそ、手っ取り早く駆除することが一番合理的なのだ。
しかも、幽霊を駆除したところで犯罪にはならない。
考えても見れば、日本の女性には中絶とういう立派な駆除があるじゃないか。言葉は非常に悪いが、おなかの子供は紛れもなく生命だ。どんな形にしてもその生命を中絶という形で駆除する。そういう考え方なら俺が明日からやろうとしていることも同じだ。しかも、幽霊は死んでいる。肉体を失っているのだからもはや、生命ではない。
理屈では正しくても、やはり心のどこかでしこりが残っている。
思い出せば、俺は幽霊とは、気っても切れない人生を送ってきた。今ハンターとなろうとして幽霊を駆除しようとしても、結局は幽霊を駆除するという仕事を得ただけであり、無縁になることはできなかった。
もはや、腐れ縁といっても過言ではない。こういうのを受け入れるしかないというのだろうか?
風呂から上がると、おばあちゃんが食事を机の上に用意している。俺は頭を乾かし、祖父祖母と三人で食事を取りはじめた。
俺はふと、二人に質問した。
「おじいちゃん、おばあちゃんは幽霊とか信じる?」
唐突に質問したので、二人は驚いていた。
「真くんは急に何言っているの?」
そのため、俺は嘘をつくことにした。
「いや、学校でそういう話が流行っててさ。それで参考までに聞いただけだよ」
「そうねぇ・・・・私は信じてるわよ。ご先祖様の霊が私たちを上から見守っていると思うわ」
「そうか・・・・」
少なくとも、俺たちの周りには先祖どころか幽霊すらいないがな。しかし、そのことを言っても誰も信じない。
「わしも信じているよ。仏様とかそういうの?」
仏に関しては見たことがないので判断しかねる。
「ありがとう」
それだけ言って、俺は食事を口に中へ入れ、部屋へと戻っていった。
次の日、俺はハンター用の道具を家に置いていき、教科書と弁当が入ったバッグだけを持って登校した。
しかし、特別変わったことは何もなかった。教室では相変わらず、幽霊がいっしょになって勉強しているし、俺はクラスから孤立している。教室から出ても、至る所に幽霊学生がいる。何も変わらない毎日に本当に俺はハンターになったのだろうかと疑問に思ってしまう。
もし、ここで俺が武器を持ってきたとしたら、彼らを駆除することができるだろうか。しかし、この高校に入学して幽霊たちによる怪奇現象は一切起きてはいない。そのため、駆除する必要はない。しかも、この高校からの幽霊を駆除するような仕事は来ていないはず。昨日渡された用紙の案件には載ってはいなかった。
今日は一人屋上で弁当を食べることにした。屋上なら幽霊がいない場合があったからだ。屋上の扉を開けると、案の定幽霊はいなかった。おまけに生徒すら存在せず、この場所は俺だけの物になった。
俺は空を眺めながら腰を下ろし、おばあちゃんが作ってくれたお弁当を食べ始めた。
今日の天気は曇りで少し暗い。感じの悪い天気だ。
しかも、俺は今日の仕事をこなせるかどうか不安になっていた。
初仕事という緊張と、幽霊と対峙した時に駆除する勇気があるかどうか。この不安を消すには実際にはんたーの仕事をしてみるしかない。
しかし、俺の霊力は一体なんのためにあるのだろうか? 今までこの能力のせいで多くのものを失ってきた。しかも、今度は幽霊を駆除するためにこの能力を使わなければならない。この能力で得るものは金だけなのだろうか。
そして、一番の疑問はどうして俺に霊力が備わっていたかということだ。俺は両親のことをよくは知らない。特に母親のことは。病気で死んだとか、昔の思い出話をしてくれるくらいだ。その話の中にオカルト系なことは口から出ることがなかった。
まあ、話題に出すほうがおかしいのだろうが祖父祖母共に何かを隠しているようではあった。けれど、歪んでいるが平穏な日常には必要のない考えなのだろう。しかし、その平穏で科学的な人生は終焉を迎えたのだ。世間の常識を逸脱した世界に俺は足を踏み入れたのである。
もう後戻りはできない。俺にとって、その世界こそ絶対的なものであり、この日常が嘘になったのだ。ここでこうしてお弁当を食べることもまた俺にとって嘘であり、学校もテレビもコメンテーターも何もかもが嘘になる。
俺は今まで嘘によって誰からも認められず、排他され続けた。すべては世間の『嘘』によって俺は振り回され続けた。しかし、俺が認められる時代が来たのだ。憎しみと喜びが半々な気持ちで俺は箸を動かす。
もし、俺に能力がなければ、もしくは亡霊がこの世界にいなければ、俺の人生は変わっていたのだろうか。余計なものも見えず、周りから変な目で見られることなき人生。俺は他者を避けることなく、また他者も俺を避けることもなく、人生を送ることができたであろうに。
そう考えると、自分の人生が非常に惨めに感じた。生きている人間とも深く関わることもできず、死者とも関わることができなくなった俺の人生。一体何がいけなかったのであろうか。この能力を受け入れ、他者の目を気にせず、幽霊たちと触れ合うべきだったのであろうか。それとも、何も見えないまま自分に嘘をつき続け、生きた人間と仮染の友情を育むべきだったのか。
結果として、俺はその両方の選択を選ばずに中途半端な生き方をしてしまった。しかし、俺は間違ってはいなかったのだ。幽霊は存在し、俺はその姿を見ることができる。その事実だけは誰にも変えられない。
そして、今日もまた何の変わらない学校生活が終了した。放課後の俺は一人緊張していた。幽霊駆除が俺にできるかどうかという心配を。その俺の苦しみを理解する生徒は誰もいない。皆、勉強から解放され、喜びに満ちている。さらに、楽しい部活へと足を運ぶ生徒が大半であるので、この現象は致し方ない。高校生のあるべき姿なのだろう。部活に入ったことのない俺には理解できない境地だ。
中にはアルバイトなどするために帰宅する者もいるし、部活に入っていなくても放課後の友人同士による雑談を楽しむ生徒もいる。
しかし、幽霊駆除という裏の仕事をする人間は俺だけだろう。誰にも相談できず、この仕事に立ち向かわなければならない。
不安と孤独を背負っている俺はただ、今の高校の校舎を後にするほかない。
俺は一旦家へと向かった。幽霊駆除に使用する道具は家に置いてきてあるからである。また、午後の六時からの仕事なので学校で時間をつぶすには無理がある。友人なき俺には一人教室で無言のまま椅子に座る羽目になる。なら、家へと帰る。それ以外の選択肢は今の俺にはない。
かばんを持ち、校舎を後にすると、校庭から運動部たちの掛け声が聞こえる。俺はその光景をどこかうらやましいと思いつつも、運動部に混ざって練習をしている幽霊を見て目をそらした。
俺が決して手に入らない光景だ。
下を向きながら、どこか沈んだ気持ちを抱きつつ、俺は学校を後にした。
哀愁に満ちている俺は一人、道を歩いている。俺は死者としか向き合えないのかもしれないと、被害妄想のようなネガティブ思考に陥っている。しかし、その考えは正しいのかもしれない。幽霊が見えないふりをしてからの俺はまさに孤独であった。そのふりは、生きた人間や死んだ人間の両方を自然と拒むようになり、孤立無援の青春時代を送っている。頼れるのは祖父祖母だけ。両親はいない。
それだけ考えると、俺は不幸な生い立ちの人間に見えてくる。しかし、俺以上に理不尽な不幸を押し付けられている子供たちはいくらでもいるはずだ。
もしかしたら、俺と同じ悩みを抱いている人がいるかもしれない。考えてみたら、俺のような普通の人間に霊力があったのだ。他の人にだって同じ悩みを持っている人間はいるはずだ。この学校にもいるかもしれない。
その歪んだ仲間意識は所詮、想像に過ぎない。仮に霊力を持っていたとすれば、オカルト社会、アンダーワールドに浸透している可能性がある。しかし、これだけの霊力を持っている俺が今まで放置されてきたのだから、その線も怪しい。
デフレスパイラルのように自分を追い込みながらも負の連鎖から逃れられない思考を抱き、俺は家まで歩き続けた。
しかし、俺の視界には必ず幽霊が映ってくる。赤信号の歩道のど真ん中に、血まみれの幽霊が立っている。そして、車がその幽霊に衝突するが、肉体を失った幽霊は透明であり、透けた状態で車は動き続ける。何台もの車は幽霊を貫通し、タイヤの摩擦移動を利用してアクセルを踏む。
俺はその幽霊と目を合わせないように、信号機が青になるのを待った。信号機の色が変わると、俺は上を向きながら空を見て歩き始めた。幽霊が見えることを知られたら、巣地―カーのように取り付かれる。それだけはごめんだ。
けれど、今の俺には武器がある。幽霊を駆除するための武器が。問題はその取り付いてきた霊を殺せるかどうかだ。それは俺自身の問題であり、俺にしか解決できない課題だ。
俺は歩道を渡り、幽霊に感づかれないように進みきることができた。そして、その幽霊を少しだけ見ると、あいも変わらず車に引かれている。あの幽霊の行き着く先とは一体何なのだろうか?
そんな答えなど知らない俺はその場を後にする以外、他に道はなかった。
家に着き、扉を開け、昨日と同じ動作を繰り返す。そして、自分の部屋へと向かった。
かばんを放り投げ、押入れに隠してある大神さんから渡された黒いバッグの中身を確認した。作業用ベルトに取り付けられている武器やライフル等々を確認した。
駆除準備に必要な用具に問題はない。後は俺の心次第だ。
俺はまだ迷っている。ヒカリライフの幽霊が完全な悪霊であること祈っているのだ。訳アリ幽霊なら俺は同情してしまい、駆除できなくなるかもしれない。しかし、心のどこかで『殺したい』という殺意が住んでいる。今まで苦しめられた憎しみが殺意を生み出しているのだ。
この矛盾に満ちた感情のまま、俺は家にいなければならないのか? しかし、他にすることがない。これが俺の人生なのだ。
孤独で悲しく、非現実的な世界に産み落とされた俺の宿命。
運命は自分で変えられるという台詞があるが、現実はそう簡単ではないのだ。運命を変えることは今までの自分を否定することに等しい。それができる人間はごく限られる。それがこの現実だ。
ヒカリライフの場所は俺の家から自転車で十五分くらいの場所にある。登校時には自転車を使わないが、休日はよく使うので運転には慣れている。
それから時が流れ、五時四十分になったので俺は道具をまとめて部屋を出た。
「どこへ行くの、真くん?」
おばあちゃんが買い物から帰ったばかりのようすで、ビニール袋から食料を冷蔵庫へ入れている。
「友達と勉強の約束をしたんだよ。友達は部活をしてるからこの時間帯じゃないと集まれないんだよ」
「そうなの。いってらっしゃい」
俺は前もって嘘を考えておいたのですらすらと口を開くことができたのだ。しかし、友達のいない俺がこのような嘘をつかなければならないのはある意味で皮肉だ。自分で自分を苦しめているような歪んだ何かを感じる。
扉を開け、外へとでた。まだ、春なので空は少し明るい。俺は自転車のかごに荷物を置き、ヒカリライフまで自転車をこぎ始めた。
車の通りや信号などで時間を奪われたが、何事もなく進んでいく。しかし、普段使わない道なので、徘徊幽霊に遭遇することがたびたび起きたが、何も見てない振りをしながら、無視し続けた。
また、夜になれば幽霊が増加することは分かっている。どのような原理なのかは知らないが、夜遅くに出歩いた時は、通常の二倍近くの幽霊を見る羽目になったことがあった。そのため、夜遊びなどしたことがない。
だからこそ、気をつけなければならない。幽霊が増加する夜は俺にとって地獄以外の何物でもないということを。もしかしたら、命を落す可能性もある。
その後、幽霊とは出会わずにヒカリライフに到着することができた。
ヒカリライフの営業時間は午後五時までだ。それ以降の営業はなく、老人たちもいない。職員が数名いるだけだろう。
自転車を所定の位置に止め、俺は荷物を持って自転車から降りた。
俺の緊張は徐々に高まってくる。
深呼吸して心を落ち着かせようとしたが、効果がなかった。仕方がないので俺はヒカリライフに入ろうとすると、あることに気がついたのである。
正面玄関が空かなかったのである。
「あれ、鍵がかかっているのかな?」
確かに営業時間は終了しているが、今日の駆除は前もって決まっていたはずだ。
俺は自動ドアを手動で開けようとしたが、びくともしない。インターフォンもなく、ノックをしても反応がない。
「・・・・・そうか、裏口だ」
友人がいない上に引きこもりぎみで世間知らずの俺は裏口の存在を忘れていた。
俺は正面から左側の方を見てみると、別の入り口があることに気がついた俺はその扉の前まで移動した。すると、インターフォンがあったので、そのボタンを押すと、中から物音が聞こえた。
その音に俺は妙な安心感を覚えた。
「どちら様ですか?」
「え~と・・・・・神川・・・・違う・・・・ゴーストハンターです」
正直、訪問するということに慣れていない俺は別の意味で緊張していた。一種の対人恐怖症のような感じだ。学校や家族以外に面識がまったくなかったからだ。
すると、ドアが開き、中からそれなりの年齢のおばさんが顔を出してきた。
「ゴーストハンターさんですか?」
「はい、そうです」
「いつもの大神さんはどうされました?」
大神さんとは長い付き合いのようであった。
「別の幽霊駆除の時に怪我をしまして・・・・それで変わりに俺が来ました」
「あら、そうなの。大神さんが怪我ですか? 大丈夫なんでしょうか?」
このおばさんは大神さんを心配している。
「大丈夫です。命に別状があるわけでもないですし、足を痛めてしまっただけですから」
一瞬、おばさんとの間があった後、おばさんから口を開いた。
「おあがりになってください」
「あ・・・はい」
俺は緊張しながらも、ヒカリライフの中へと入っていった。中はまだ新しく、床や壁などがとてもきれいだ。更に、中へと進むと広いホールのような橙色の床やピアノや椅子が並べてある。
「あなたはハンターの仕事をしてどのくらいなの?」
おばさんに聞かれたので俺は普通に答えるべきかどうか迷った。この仕事が初めてですとはさすがに言えなかったのだ。
「ハンターの仕事をしてまだ日が浅いです。大神さんの助手として駆除してましたので」
「じゃあ、一人での仕事は初めて?」
「はい。でも、それなりの霊力はあるので大丈夫です」
その言葉は自分自身に言い聞かせている。
「じゃあ、霊は見えるのね?」
「はい、大丈夫です」
そこだけは自信たっぷりに答えた。
「そうなんだ。すごいね」
「いいえ、そんなことはないです」
逆にこの能力が迷惑で仕方がない。もし、この力が取り除けるなら今すぐにそうしたい。
「ちょっと待っててください」
おばさんは別室にとある物を持ってきた。
「このゴーグルを忘れてたわ。これがないと私のような人間は霊を見ることができないでしょ」
「そうですね」
そう言うしかない。
しかし、あることに気がついた。
「そのゴーグル。ちゃんと霊力量がありますかね?」
霊力ゴーグルの色が赤だったので充電が切れていると思ったからだ。
「あら、そういえば購入した時は色が白かったんだけど・・・・劣化したのかしら?」
「貸してください」
俺はおばさんのゴーグルを手にすると、ゴーグルが勝手に俺の霊力を吸収し始め、白く変色しだした。
「あら、真っ白になってきてるわ」
「霊力を充電しましたから、使えるようになりましたよ」
俺はそのゴーグルをおばさんへと返した。
「まあ、ありがとうございます」
「いいえ、それよりも今日の仕事についてお伺いしてもよろしいでしょうか?」
俺は普段使わない敬語に翻弄されていた。
「ああ、そうでしたね。今日および立てしたのはポルターガイスト現象を解決してほしいのです」
「ポルターガイスト現象? 物が勝手に動くということですか?」
「はい、だいたい六時以降になると、この建物が揺れてそれで霊力ゴーグルを使って見ると、昔入所なさっていた方の霊がたくさんいたのです。なのでお願いしました。このままではこの場所はやっていけないので。この場所にいる霊をすべて駆除してください」
「全部・・・・駆除ですか」
俺は一瞬悩んだが返事をするしかない。
「分かりました。俺が駆除しますので、安全な場所へ避難していてください」
「大丈夫ですか?」
「問題ないです」
本当は他者といっしょにいたくなかったのである。孤立・孤独に慣れてしまい、共同作業などが苦手になっていたのである。しかも、このおばさんには霊力武器は使用することができない。非難させるのが無難だろう。
その後、おばさんは外に出て、このホールは俺だけになった。
腕時計を確認すると、そろそろ六時になる所であった。
「さあ、始まるか・・・・・」
果たして、俺は幽霊を殺すことができるのであろうか?
この答えを得るにはポルターガイストを起こしている幽霊を見つけ出すことしかない。
俺は黒いバッグから作業用のベルトを腰に巻き、ライフルを構え、幽霊が現れるのを待った。
そして、ヒカリライフ内の時計が六時を指した。
すると、天井に設置されている電灯が不安定になり、周りのものが動き出してきたのだ。
感じる。感じるぞ。幽霊の気配が。しかも一体だけじゃない。複数の幽霊がいる。
俺はライフルを構えたまま、様子を伺い続けた。
考えても見れば、大神さんはどうしてこんな危険な仕事をなぜド素人の俺にさせようとしたのだろうか? 一歩間違えれば怪我をするではないか。
そして、俺の目の前には複数の老人男女が姿を現した。
彼らはただそのホールに立ちながら言葉を発している。
「ワシ達はここにおるんじゃ!」
その言葉を皆がそれぞれ別のタイミングで口走っている。彼らは自分たちの存在を周りに知ってほしのだろう。
「皆さん。俺にはあなたたちの姿を見ることができます。まずは冷静に話し合いましょう。念力を使って物を動かすのをやめてください」
俺は自分の使命を忘れ、幽霊たちを説得し始めていた。このままその場を去り、二度とこの場所へ戻ってこなければ何の問題もない。このライフルを使う必要はない。
しかし、そんな甘い考えが通用する相手ではなかったのだ。
「ワシ達はここにおるんじゃ!」
俺の話を聞いてはおらず、周りにあるピアノや棚などが動き続けている。
「やめてください。やめないとあなたたちを駆除することになります」
俺は銃口を彼らに向けた。しかし、引き金を弾く勇気は今の俺にはなかった。しかも、これだけの人数を止められるだろうか。しかし、そんなことは不可能であることはすぐに分かった。
「ワシ達はここにおるんじゃ!」
同じことしか言わず、しかも、怒りが増してきている。俺が何を言っても無駄であることはこの結果から容易に理解することができた。そして、念力が発動し、俺は後方へと吹き飛ばされた。
「うわぁ!」
白い壁に激突し、背中に激痛が走った。それと同時に俺の中でバランスを保っていた『罪悪感』と『殺意』が徐々に狂い始めていた。
「痛いな・・・」
すると、老人たちの霊は俺に近づいてくる。その目は人に物ではなかった。河川敷の時に見た悪霊と同じ目をしていた。まさに・・・・魔物だ。
「誰もわしたちのことを気づいてくれん」
「わしたちはいつでもここにいる」
「あなたたちは死んだのです。それを受け入れてください!」
「わしらはこうして生きている。死んでなどおらん!」
どうしたらいい。この人たちは死を受け入れられない幽霊だ。けれど、彼らの目は明らかに憎しみを帯びている。この目から感じる憎しみ、怒りは並みではない。
「お前もわしらの仲間にしてやる」
その言葉は俺を殺すということだ。
老人たちは念力をより強力に発動したのか、周囲にあるものすべてを揺らし、宙に浮かせている。そして、俺の体も浮きはじめた。
「やめてください!」
俺は訴えかけたが、彼らは聞く耳を持っていない。俺の声は聞こえているはず。
「殺してやる」
「殺してやる」
幽霊たちはまるで合唱をするかのように言葉を発している。
「誰も俺の言葉を聞いてはくれない・・・・・・」
俺の中の罪悪感と殺意を乗せている天秤は傾き始めた。俺の心が憎しみで満ちている。
「死者は俺の邪魔ばかり・・・・・いつもそうだ・・・・お前たちは・・・・この世界に・・・いては・・・・・いけない」
俺の中の天秤は『殺意』へと傾いた。この天秤がもう動くことはないだろう。
ライフルを構え、そしてトリガーを弾いた。
大きな霊力弾が無数に放たれ、老人霊たちを次々と消し去った。それは銃を乱射しているだけの殺戮だ。俺は自分自身の怒りに屈したのだ。これは駆除ではない。殺害だ。
一瞬で大量の老人霊を殺したので念力が弱まり、宙に浮いていたものすべてが落下した。もちろん、俺も落ちたが、着地に成功したので問題はなかった。
後方にいる老人霊たちは俺を恐れるかのようにこの場から逃げようとしている。
そんなことはさせない。俺がこの手で殺してやる!
逃げようとした一人に霊力弾を連射で放つとその一発が命中した。普通の幽霊なら生きた人間を恐怖に陥れているはずだが、今は立場が逆になっている。悪しき亡霊を食らう鬼になっている俺を止めることは誰にもできない。部屋の奥へ逃げていった亡霊たちを追って、俺は歩き出していく。
暗い場所へと老人霊たちが逃げ込んだのを感じた俺はその部屋の電気をつけた。すると、俺に恐怖している老人霊は密集し、怯えている。
実に滑稽であった。彼らは消えることを恐れている。もうこの世にはいない彼らは人間の俺に恐怖し、何もできずにいる。
「た、頼む・・・・助けてくれ・・・・」
これが幽霊の実体か・・・・人々に恐怖を与えている存在がこのような始末。
「お前たちは生きている人々に悪影響を及ぼした。それだけならまだしも、俺を殺そうとさえした。その罪は重い。死んだお前たちは成仏する価値もない。このまま放っておけば、また悪事を働く。そのようなやつらを生かす理由はない。死ね」
俺はライフルを彼らに向けた。すると、お上際の悪い彼らは念力を発動させ、周囲の物体を俺に向けて飛ばしてきたのである。
この場所は食堂であったために、やかんなどの家裁道具が四方八方から飛んでくる。そんなことを気にせず、狙いを定めていると、まな板が飛んできて、俺のライフルに命中し、吹き飛ばされたしまった。
俺はその行動に更なる怒りを覚えた。亡霊は魂の存在なのではない。エゴの塊なのだ。
作業用のベルトのホルスターから二丁の銃を取り出し、再び彼らに狙いを定めた。
「や、やめてくれ~」
と言っているくせに、念力で物を俺にぶつけている。
「さようなら・・・・」
そして、引き金を弾き、彼らを完全消滅させた。
しかし、まだ霊の存在を感じる。この施設にいるすべての亡霊を抹殺しなければ、俺の怒りは収まらない。
俺は二丁のハンドガンをホルスターにしまい、床に落ちているライフルを手に取り、その場を後にした。
残りの亡霊共を皆殺しにしてやる。
ライフルを持ちながら、俺は亡霊を感じる場所へと向かった。幸い、この場所には二階が存在しない。移動範囲は限られている。しかも、河川敷で出会った悪霊に比べれば非常に弱い。
俺は介護用のトイレを何のためらいのなく空けると、霊感どおり数人の老人霊が隠れていた。
まったく、遠くに逃げればいいものを。しかし、彼らにはこの場所がすべてなのかもしれない。もしくは、思考能力が低い可能性もある。
「頼む、この場所にいさせてくれ・・・・」
まさか、亡霊たちから懇願されるとは夢にも思わなかった。しかし、その願いをかなえるつもりはない。俺の殺意はもう止められないのだ。しかも、この状況を楽しんでいる悪魔な自分がいることに気がついた。
しかし、この仕事はもうやめられない。駆除という名目の殺戮は俺に喜びを与えてくれる。今までの苦しみをすべて、亡霊殺しにぶつける。それが、俺の生きがいだ。
俺はライフルのトリガーを弾いた。霊力弾が放たれる音は部屋全体に響き渡っている。
「殺してやる! お前ら全員殺してやる!」
弾数を気にするつもりは毛頭なかった。俺は異常なほどの霊力の持ち主だ。あれだけ乱射しても体力の低下を感じない。
「頼む、殺さないでくれ・・・・」
トイレに隠れている最後の一人が土下座をしている。
「死にたくないか?」
「死にたくない・・・・・」
「けどな、お前たちはもうとっくに死んでいるんだよ」
「・・・・え?」
そして、俺は霊力弾でその男性の魂を完全消滅させた。
しかし、まだ生き残った死にぞこないの亡霊が周囲にいる。駆除はまだ完了していないということか。良いだろう。根こそぎ駆除してやる!
ライフルを持ちながら、霊を感じる方向へと足を運ぶ。
大神さんは間違ってはいなかった。後継者は俺がふさわしい。これだけの亡霊たちを殺すには霊力の消耗は必須だ。俺にしかできない仕事だ。
今度は押入れらしき所にいる。そう俺の霊力が言っている。
俺は押入れを勢いよく開けると、布団の中に幽霊が隠れていた。俺はライフルを幽霊に向けた。
「最後に言い残した言葉はあるか?」
俺は意地くそ悪くなっていた。今までの憎しみが俺を暴走させている。
「助けてくれ・・・・」
俺はライフルの引き金を何のためらいもなく押し、その亡霊の最後の言葉を受け取った。願いをかなえることはしなかったが。
そして、押入れにいる残りの亡霊たちも、ライフルで駆除した。
これでかなりの亡霊たちの駆除に成功したが、数人取り逃がしている。これは仕事だ。完全駆除する。それが俺の使命であり、過去への清算なのだ。
窓を開き、靴下のまま外へと出る。すると、外の芝生に亡霊たちが立っている。
「お前は何者だ?」
亡霊からまさかの質問であった。
「俺は亡霊を駆除するためにここにやってきた。君たちを食らわせもらう」
「お前は、何の権利でそんなこと・・・・」
「これは仕事だ。お前たち悪しき亡霊を駆除するための」
「わしたちはこの家に痛いだけなのだ」
「その権利は生きている者だけのものだ。お前たちは本来成仏しなければならない。しかし、それを犯し、生きた人間にとって有害な存在は・・・・・駆除する」
そして、残りの亡霊たちをライフルの乱射で駆除に成功した。
その後はヒカリライフの周囲を一回りしたが、亡霊の姿はなかった。感じることもない。駆除は成功したのだ。
俺は黒いバッグを置いてある場所に戻ることにした。その時、自分が裸足で外に出ていたことを思い出したが、気にせず床へと上がっていった。
黒いバッグにライフルをしまうと、あることに気がついた。
「そういえば、これ使わなかったな・・・・」
俺は作業用のベルトに取り付けられている霊力手榴弾を手に取った。
今日使っても良かったのだが、ライフルで乱射してみたいという願望が勝ったのだ。次に使う器械があることを祈るしかない。
片付けを終え、俺は外へと足を運んだ。
外では駐車場に置いてある車の中に入るおばさんに知らせた。
「駆除完了です!」
すると、おばさんは車のドアを開けた。
「終わりましたか?」
「はい。終わりました。もう大丈夫です」
おばさんは車から降り、二人でヒカリライフの中へと向かった。おばさんは持っていた霊力ゴーグルを頭に被り、ホール内を確認している。
「何も見えないわ!」
おばさんは喜んでいる。よっぽど怖かったのだろう。確かに見えないはずの幽霊を数十人見たのだ。恐怖しないほうがおかしいのかもしれない。俺のように日常的に亡霊と過ごしているのとは違う。
「ポルターガイストも発生してないし、大丈夫そうですね」
おばさんはトイレや食堂などをすまなく見回った。しかし、このヒカリライフ周辺に亡霊がいないことは俺が一番良く分かっていた。周辺から亡霊の気配を一切感じないからだ。霊力を持つ俺が思うのだから間違いない。
すべての箇所を確認したおばさんは霊力ゴーグルをはずし、俺のところに戻ってきた。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「いいえ、仕事ですから」
と、言うより趣味になってしまったが・・・・・
「週末に銀行振り込みをしておくので」
「あ、分かりました」
振込み式か。
「では、今日はありがとうございました」
俺は頭を下げた。
「いいえ、お若いのに大変ですね」
「そんなことはないですよ」
むしろ、助かっている。
「しかし、駆除するのが早かったですね。いつもなら後三十分くらいはかかりますけど」
「そうなんですか?」
大神さんとはいっしょに仕事をしたことがないので分からないが・・・・・
俺は黒いバッグを自転車のかごに乗せた。
「では、これで失礼します」
「ごくろうさまでした」
おばさんはヒカリライフの戸締りをするためにドアまで移動していった。俺は自転車に乗ってその場を去っていく。
自転車に乗りながら、今日のことをいろいろと考えていた。
まず、体力の浪費がまるでないことだ。大神さんから霊力が強いといわれているが、それでも少しは疲労してもいいはずだ。しかし、俺にはそれがない。ただ、一方的なサバイバルゲームをした感覚だ。
次に気になったのは、亡霊駆除にかかる費用である。大神さんからはその話は一切されていないし、だからといってヒカリライフのおばさんのようなお客に聞くわけにもいかない。
俺の働き次第で、給料が決まる。しかし、日給なのか自給なのか、その金額がどのくらいなのかについて聞くのを忘れていたので、近いうちに聞かなければならない。
しかし、お金に関しては正直気にしてはいない。この仕事はもしかすると、俺の天職になると思う。
もし、本当にこの職で食べていけるなら、高校に通う必要性はなくなる。勉強などしなくて済むかもしれない・・・・・そんなに世の中甘くはないか。
俺は家に向かう前に大神さんの家へと自転車をこいでいる。
辺り一面は漆黒の闇へと変貌し、街灯がなければ、家には帰れない状態だ。
コイル式の自転車のライトを点灯させ、道を照らしている。
しばらくして、おばけやしきのような雰囲気を漂わせる大神さんの家に到着した。自転車に鍵をかけ、インターフォンを鳴らした。
「ごめんくださーい」
すると、ドアが開き、杖をついている大神さんが顔を出した。
「おう、ご苦労様。どうだった初仕事は?」
大神さんは笑みを浮かべている。不安の色一つ見せない。
「無事駆除しましたよ。老人霊たちを」
俺は少し呆れた顔で答えた。
「そうかそうか。よくやった。私の勘は正しかったようだ」
「勘ですか?」
「君の才能だよ。まあ、上がっていきなさい」
「あ、はい!」
俺は遠慮することなく、居間へと上がっていく。
そして、ソファにこしかけた。
「コーヒーやお茶しかないけど何が飲みたい?」
「いいえ、お構いなく」
こういうのはどうも苦手だ。正直何も出さなくていいのだが。
「仕事に丸投げしているんだ。遠慮する必要はないさ」
「じゃあ、お茶でお願いします」
「はーい」
ご機嫌がいいのか昨日に比べ、妙にテンションが上がっている。
大神さんがお茶の準備をしている間、俺は居間の周りを眺めていると、テレビの上においてある写真立てを見つけた。俺はそれが気になり、テレビに向かうために立ち上がった。
写真を確認すると、そこには若い時の大神さんの隣に若い女性が並んで写っている。恋人か奥さんだろうか? しかし、この家にはいない。
きっと、訳アリなのだろう。変な詮索は無用だ。
俺はそのままソファに戻った。
そして、いいタイミングで大神さんがお茶を運んできてくれた。
「足を痛めているのに、申し訳ないです」
「怪我なんて日常茶飯事だよ。気にしてたら実がもたないよ」
「そうですか・・・・」
そんなものなのか?
大神さんは目の前にある机にお茶を置いてくれたので、俺はそれを手に取り、口の中へと流し込む。
「ところで、今日はどうだった? 老人ホームは?」
俺は今日の経緯を簡単に説明した。
「そうか。かなりの亡霊を相手にしたんだな。しかし、怪我はしてないんだろ?」
「は、はい」
特別傷ついた箇所はない。
「すごいな。俺だったらまだ亡霊たちと戦っているだろうに」
「そういうものなんですか?」
俺は仕事のプロであろうこの人からそのようなことを言われるとは夢にも思ってなかった。
「霊力が落ちて持久戦になるのが落ちだ。しかし、君の霊力は尋常じゃない。でなければ、あのヒカリライフになど行かせやしないさ。他のハンターたちですら、老人ホームや病院は好まないんだからね」
「じゃあ、俺が今日行ってきた場所はとても危険なところだったんですか?」
「ああ、危険な目にあわせてすまなかったね。しかし、君ならやりとげるという絶対的自身が私にはあったのだよ。君はこの世界で最強のハンターになれるだろう」
「そんな、急に言われても・・・・・」
「すまない、すまない。けれど、これは本当だよ。近いうちにアンダーワールドの人々に紹介しなくちゃな。私の後継者として」
「まだ、始めたばかりですから」
とは言うものの、この仕事にやりがいを見出している自分がいる。
「それで、悪いんだけど、明日急の仕事が入ってしまったんだ」
「明日ですか? え~と、明日は何もなかったですよね?」
「予定ではそうだったんだけど、とある一家の一人娘に亡霊が取り付いたらしく、駆除してほしいと依頼されたんだ」
「取り付かれた?」
「そうなんだよ。だから、取り付いた亡霊を駆除してほしいんだ」
「それはかまいませんが、どうやって?」
「これに必要事項は全部書いてあるから」
そう言うと、大神さんはパソコンで印刷したであろう用紙を俺に渡した。
「紙に説明は書いてあるけど一応説明したほうがいいよね」
「お願いします」
俺は再びお茶を飲んだ。
「まず、取り付いた亡霊を人間から引き離す方法は霊力手袋を使うんだ」
「ライフルで直接攻撃するのはまずいんですか?」
俺の頭には亡霊=駆除の対象としか考えていない。
「それはまずいんだよ。亡霊と人間が一体となっているから、仮にライフルで取り付かれた人を撃ったとしたら、駆除は出来るけどその人にも身体的ダメージを負ってしまう。だから、まず霊力手袋で切り離す。これは絶対だ。過去に君のようにライフルで取り付かれた人を撃ってしまい、意識不明の重体にしてしまったことがあるんだ。気をつけてくれよ」
「分かりました」
過去から学ぶか・・・・・
「亡霊と人間を切り離したら、親御さんにその女の子を確保してもらって亡霊を駆除すればいい」
「なら、何とかなりそうですね?」
俺は少し自信過剰になっていたが、自覚がなかった。
「そうもいかないんだよ。それが?」
「え?」
「亡霊よりたちの悪い悪霊だからだ。河川敷で見たやつだよ。人に憑依する霊は皆悪霊クラスだから、簡単には倒せないだろう」
「そんな・・・・」
「だから、明日行ってほしいんだよ。本当なら今からでも行ってほしいんだが、そうもいかないからな。だから、明日頼むよ。悪霊は通常の霊より危険だから」
「分かりました」
その後、俺は大神さんの家を出た。
今度は憑依霊か・・・・この仕事は人生を大きく変えるだけの危険性を伴っていることを俺は改めて知った。しかし、やめようとは決して思わなかった。
今まで俺は憑依霊に出くわしたことがなかった。俺自身は憑依霊に襲われたことがなかったからだ。憑依霊は作り話だとばかり思っていた。しかし、明日その事実を目撃することになる。
憑依された人間がどのような姿になってるか? 俺は映画なのでオカルト系に出てくるものしか想像できない。
しかし、悪霊なのは確かなので、駆除することに何のためらいもない。
殺してやる。この世に存在するべきではない存在たちを。
自転車をこぎながら、ようやく家へとたどり着いた。自転車を小屋へと戻し、俺は家の扉を開けた。
「ただいま!」
「おかえりなさい」
「おかえり」
祖父祖母が返事を返してくれた。また、食事のいいにおいがしてきたので俺は急いで二階へ上がり、荷物を放り投げ、階段を下り台所でうがい手洗いをして食卓へと向かった。
「お、準備してくれたんだ」
「今、お米を用意するね」
おばあちゃんは茶碗の中にお米を盛り上げている。
「今日は遅かったじゃないか?」
おじいちゃんが質問してきた。
「友達と勉強してたの」
「ん? 何」
そうか、おじいちゃんは耳が遠いのだ。
「友達と勉強してたの!」
大きな声で言った。
「ああ、そうか。偉いじゃないか」
「ありがとう」
家族に嘘をつくのは正直辛いが仕方がない。正直に話したら、精神科へと連れて行かれてしまう。この場所もまた嘘で維持されているということだ。
「はい、お米よ」
「ありがとう」
俺は茶碗と箸を手にとった。
「いただきます」
俺は食事をし始めた。
「しばらくはお友達とお勉強をするの?」
おばあちゃんが聞いてきたのでお米を飲み込んでから口を開いた。
「うん、そうだよ。まあ、不定期だからいつやるかはその日次第だけど」
「そうかい。勉強するだけ良かったよ」
おばあちゃんは俺の嘘に気がついてはいないようであった。
嘘は新たな嘘を作り、その連鎖が無限に続く。いつかは本当の話をしなければならないんだろうけどどのように説明したらいいか今の俺には分からない。