第1章
生まれた時から、俺は全世界の人口以上の人を見ることができた。つまり、死者を見ることができたのだ。幼い時は人と死者を見分けることができなかったが、年齢を重ねるごとに違いを理解することができた。すると、よく公園で遊んでいた女の子が幽霊であることが分かったのだ。それだけじゃなかった。俺を毛嫌いする人間が多かったのは俺が他の者には見えない幽霊と接していたからだ。他者から見ればそれは頭のおかしい少年に見えたのだろう。しかも、最悪なことは、俺の友達のほとんどが幽霊だったことだ。公園で遊んだ女の子も、公園のベンチでいつも俺たちにやさしく話しかけてくれたおじさんも皆、死人だった。
その時、俺の中で何かが壊れたのだ。俺を受け入れていたものは嘘で俺を拒否した社会が真実。俺には居場所がなかった。家以外の居場所が。
俺は自分の能力を最初は恨んだ。誰にも理解されず、変人扱い。しかし、年齢をさらに重ねるごとに考え方が変わっていった。
俺は悪くない。悪いのは俺を受け入れられないこのつまらない社会といつまで経っても成仏せず、徘徊を続けるだけの幽霊であると。
なら、俺の選択は一つだ。この世の幽霊を抹殺する。生きているものを殺せないなら死した者を殺すしかない。
しかし、その幽霊を成仏させる方法を俺は知らない。パソコンのインターネットで調べても、すべてはまゆつば物だ。オカルト趣味の域を超えていない愚劣の産物だった。数珠やお経、呪文などあらゆるオカルト系のものを試したが、幽霊にはまったく通じなかった。道端や人気のない所にいる幽霊たちを実験台にしたが、結果は無残にも散っていく。しかも、そのいくつかの幽霊は俺に取り付いてくるかのように、俺の背後をいつもうろついている。
こいつらを殺す手段を見つけなければならない。しかし、俺はただの高校生だ。何もできないし、何をすればいいか分からない。
今、俺は高校の授業を受けている。本当は勉強など大嫌いなのだが、俺の祖父祖母がうるさく、高校だけは卒業しなければ就職に響くというので仕方がなく通っている。
しかし、いくら勉強に集中しようにも必ず霊が邪魔してくる。クラスの人数以上を俺は見ることができる。なぜ、三十人しかいないクラスに四人も学生服を着た幽霊が授業を受けているのか?
俺は幽霊に感づかれないように黒板を見ている。もし、幽霊たちが俺の能力を知れば、幽霊たちは俺の気持ちを考えずにまとわりつくからである。
頼むからとっとと成仏してくれ! お前たちは邪魔なんだよ。
俺は心の中で叫び続けていた。
こいつらを殺せるなら、どれだけ幸せだろうか?
テレビや映画では、あんなに簡単に霊を倒している。しかし、現実では一般市民は幽霊の存在自体は信じていても、実際に見たことあるやつなどいるのだろうか。
もし、この高校で幽霊を見たことがあるというやつがいたら、それは幻覚が大うそつきのどちらかだ。なぜなら、この高校には数多くの幽霊がはびこっているからだ。教室、体育館、職員室、トイレ。特定の場所で幽霊を見たなど、デタラメだ。話を聴く価値がない。
中学時代。学校に幽霊が出没するという話が流行ったことがある。トイレの花子さんだ。実にオーソドックスな話であったが、女子たちが特に怖がっていたことを俺は覚えている。一方の男子たちは幽霊などいないと否定し、また別の男子たちは幽霊がいても余裕だと強がっていた。
幽霊など見たことないやつらが何を言う。
俺は彼らの知ったかぶりに腹を立たせながらも、トイレの花子さんが本当かどうかを調べるつもりであった。そのため、放課後人がいなくなるのを見計らって、出没するという二階の北校舎の女子トイレへと向かったのだ。
ただ、男子が女子トイレに入るというのは正直抵抗があった。もし、女子生徒がトイレの中にいたら、俺の社会的地位は終了する。そのことに気をつけながら、俺は女子トイレに入った。すると、予想外の出来事が起きたのだ・・・・・・
何もいなかったのである。
これには俺は落胆するしかなかったのだ。何かしらの幽霊が潜んでいると思っていたのにこのありさまだ。噂を流したやつを心の底から恨んだ。
しかし、何もいないことにこしたことはないのだ。そう思っていた。すると、別の場所からうめき声が聞こえたのだ。
「何だ?」
俺はすぐに幽霊であることを感じ取った。その頃には知覚だけではなく、感覚だけで幽霊の気配を確認することができるようになっていた。
気配を感じる場所は女子トイレの隣。つまり、男子トイレだったのだ。
俺は幽霊に対する恐怖心はまったくなかった。そのため、夜の学校やお化け屋敷に耐性があり、何のためらいもなく、男子トイレへと足を運び、扉を開けた。そこにいたのは首をロープでつっている幽霊だったのだ。普通の人間がその光景を見たら、心臓が止まる恐怖心を抱くだろう。しかし、そのような反応をすれば、幽霊は自ずとその人物に好意を抱き、取り付く可能性がある。だから、俺は何も見なかった振りをしたのだ。
「何もいないな。気のせいか」
目をその霊からそらし、何も見えていないかのように辺りを見渡す。そして、男子トイレを後にした。
結果的にトイレの花子さんは嘘であったが、男子トイレに首吊り自殺をし、成仏できない幽霊がいたことは確認することはできた。しかし、俺にできることなどこれくらいに過ぎなかったのだ。
幽霊退治がしたい。それが俺の望むたった一つの願いであった。
幽霊を導き、天国へ成仏させる。そういうドラマは存在するが、そんな面倒で時間のかかることなどしたくない。そんなことをした所で時間を浪費するだけだ。
スパッと幽霊を子殺せる武器があれば・・・・・そんな非現実的なことを考えながら、歪んだ高校生活を送っている。人間と幽霊といっしょに。そのため、俺は生徒たちのかかわりを避けるようになっていた。幽霊が見える人間など頭がおかしいと思われるだけだ。だからといって、自分の能力を隠し、否定しながら生活することも俺にはできない。だから、俺はただ生きている。何の目標もなく、生活をしている。実に無意味だった。
あの人に出会うまでは・・・・
その日も、無駄に学校生活を終えた俺は一人学校の校舎を離れ、歩いて家まで帰っていた。
俺にとって、幽霊のいない場所は家と大きな川が流れる人気のない河川敷だけであった。俺は寄り道ついでにその河川敷に向かったのである。特に理由はない。家に帰ったとしても何もやることはない。勉強など赤点さえとらなければどうということはないのだ。
俺には両親はいない。二人ともすでに他界していて、祖父祖母のみである。幸い、両親の霊は現れたことが一度もないので家に取り付いている幽霊は存在しない。誰かに恨みを買うようなこともしなかったので、唯一の居場所であり、安全地帯でもある。
しかし、ゲームくらいしかやることのない場所にいてもしょうがない。なら、外で一人落ち着いた時間を送るべきだ。
十五分くらいかかり、俺は河川敷にたどり着いた。坂になっているところにかばんを置き、俺は仰向けに倒れた。
「ああ、気持ちいいなぁ!」
人間と幽霊を見ていると、非常に疲れる。ここには余計な物が存在しない。
そして、日ごろの疲れのせいで、俺はそのまま寝込んでしまった。
それから、何時間か過ぎ、目を覚ました時には夕日が沈んでいたのだ。
「寝ちまった!」
そんな驚きもつかの間で俺は周囲に霊がいることに気がついてしまったのだ。
「最悪だ。こんな所にまで着やがって」
しかし、この場所に来たのは幽霊だけではなかった。黒いコートを着た男性が幽霊と戦っていたのである。
「何で幽霊と戦っているんだ?」
しかし、その男性は確かに幽霊が見えていた。持っている銃を使って幽霊目掛けて発砲しているのだ。しかし、発砲しているのは弾ではなく、何か白く光るもので俺にはまったく理解できなかった。しかし、その幽霊はすばやく、その光る弾を交わし、男性目掛けて殴りつけている。
幽霊に物理的攻撃ができることに俺は驚いたが、それ以上にこの戦闘に興味を持っていた。
幽霊はその男性の銃を吹き飛ばし、使用できないようにした。男性はポケットにしまってあったナイフを取り出した。すると、そのナイフの刃先も白く輝いている。そして、その幽霊目掛けて切りつけようとしている。しかし、その攻撃も交わされ、幽霊はすばやく後方へと下がっていく。その移動の仕方はまるでホバーリングしているようであった。
その男性は隙を見計らって、吹き飛ばされた銃を拾うために走ったが、その行動を予測していた幽霊は念動力のような力でその男性を吹き飛ばした。男性はかなりのダメージを受けているらしく、立つのがやっとのようであった。しかし、右手に握り締めているナイフからはなぜか、光が失われていった。
俺は直感的にその男性が危険な状態であることを理解した。そして、何かできないかと思い、俺は考えた。すると、俺の目に落ちている銃が目に入ったのだ。
やるしかない。
俺は銃が落ちている場所へと足を運んでいった。その時、その男性は幽霊に捕まり、首を絞められている。このままでは殺されてしまうと俺は危機感に見舞われた。
やるしかない。
何が何だか分からないこの状況で俺はその銃を手に取った。その銃の種類はライフルで一メートルくらいの長さであった。
そして、幽霊に向かって照準を合わせた。そして、引き金を引いた。すると、光の弾が先ほど男性が放った大きさの倍以上に膨れ上がり、そして幽霊に向かって飛んでいった。その光の弾のスピードは速く、通常の人間でも勘で避けれる程度のものであった。しかし、ライフルの使い方を知らない俺は見事に攻撃が幽霊から大きくそれてしまった。
「あれ、狙い方が悪かったかな?」
そんなのん気なことを言っていると、幽霊が俺のことに気がつき、首を絞めていた男性から手を放した。
「に、逃げるんだ!」
男性は俺に向かって逃げるよう指示している。しかし、俺は逃げようという考えが頭になかった。もう幽霊から逃げたくなかったのかもしれない。
俺は再び、ライフルを構え、引き金を引く。再び光る弾は光を舞いながら発射されたが、今度は幽霊に避けられた。頭にきた俺は引き金を押しっぱなしにして連射し続けた。乱射される発光弾はあたり一面を輝かせた。その時、幽霊の顔を俺は見ることが出来た。憎しみに包まれ、目つきに殺意を抱いたその顔は幽霊ではなく、悪霊であった。俺はトリガーを押しっぱなしにしたおかげで、その幽霊に発光弾が命中し、悪霊は消え去っていった。
「悪霊を消した・・・・俺が・・・・・」
俺の心は次第に高揚感に包まれていった。
夢が叶った。霊を殺すことに成功した。
「君は・・・・何者だ?」
地面に倒れている男性は俺に向かって言った。
「あ、すいません。手を貸します」
先ほどの戦闘で体を痛めただろうと考え、俺はその男性に向かって走っていった。
「君は悪霊が見えたのか?」
その男性は弱弱しく立ちながら、俺に強い口調で質問してきた。
「あ・・・・はい。幽霊が見えるので・・・・・」
この言葉をいうのは本当に久しぶりだ。幽霊が見えると言うと、変人扱いだったので、同じ能力を持った人がいるだけで俺は満足であった。
「あの霊力銃の性能をあそこまで引き出せるやつを見たことがない!」
「霊力銃? 何のことですか?」
この男性の言っていることが俺にはさっぱり分からなかった。
「君が持っているものの事だよ」
俺は右手に握り締めている銃を見つめた。
「霊力銃・・・これが?」
まるで、別次元の世界の話をしているかのようであった。
「すごい、霊力だ。これだけの力を引き出す霊力を持った人間を私は初めて見た。私が最高だと自分を買いかぶっていたよ」
「あの~ 話が見えないのですが?」
しかし、褒められていることは理解できる。そして、悪霊を殺した快感を俺は忘れられないでいる。
「君は幽霊が見えるんだね」
「はい!」
はっきりと言った。
すると、その男性から不可思議な笑みを浮かべていた。
「これだけの霊力の持ち主をやつらが野放しにしていたとは・・・・・まったく、やつらはつくづく愚かだ」
やつらとは何なのだ?
俺はそのままその男性へと近づいた。
「すまない。肩を貸してくれ」
「いいですよ」
俺はその男性の肩を持ちながら、河川敷を歩き出した。
「すまない。助かったよ。君が霊力の持ち主で本当に助かった」
「いえいえ」
「まったく、私も落ちぶれたものだ。悪霊一匹倒せないなんてな」
「悪霊を倒す?」
「ああ、すまない。君は事情を知らないんだよな。忘れてくれ!」
「もっと、教えてください!」
俺はこの人のやっていることに興味心身であった。
「分かった。命の恩人に嘘はつけないな」
この男性からは妙なやさしさを感じた。
「私は悪霊や亡霊を退治しているゴーストハンターだ」
「ゴーストハンター?」
まるで映画の世界の言葉であった。
「ああ、悪霊を退治してそれを商売にして生計を立てている。アンダーワールドの人間だよ」
「アンダーワールド?」
「またはオカルト社会の人間と言ったほうが正しいか」
「オカルト社会・・・・」
わけの分からないことを言われ、俺は混乱していた。
「今は分からなくていい。俺を家に送るのを手伝ってくれないか?」
「それはいいですけど、病院にはいかないんですか? 手伝いますよ」
「いや、いいんだ」
「けど・・・・」
しかし、この男性は頑固で病院に行くことを拒んだ。仕方がないので俺はその人を肩で担ぎながら数十分が過ぎた。すると、古びた一軒家を見つけた。
「そこが俺の家だ」
新築とはほど遠いその家はどこか幽霊屋敷のような感じがした。もちろん、この辺りに幽霊はいない。
すると、その男性は懐から鍵を取り出し、俺に渡した。俺はその鍵で扉を開け、中に入ると、ホコリやゴミがそれなりに溜まっており、きれいな家とは言えなかった。
「すまないな。汚い家で」
「そんなこと、気にしていません」
それよりも、俺が気になっているのは幽霊を倒せる武器やオカルト社会という言葉だ。この出会いは俺の人生を改善してくれるかもしれない。
俺の知らない世界。俺が追い求めていたものがついに現実になる。
そして、俺はその男性を部屋の中にあったソファに下ろした。
「いや、本当にありがとう。助かったよ」
俺は家の明かりをつけると、その男性の顔をよく見ることができた。四十代くらいの男性で、非常にやつれている。こんな状態でよく戦えたものだな。
俺は次第にこの男性を見下すようになっていた。俺の内にひめたる野心が出てこようとしている感じだ。
「あなたの言うオカルト社会について説明してください」
俺は自分の欲望が抑えきれなくなっていた。この男性の怪我などとうに忘れている。
「分かった。話そう。君にはその価値がある」
男性はソファの腰の位置をずらし、口を開いた。
「私はゴーストハンター。おもに悪霊を抹殺するのが仕事だ」
「誰かから報酬をもらったりするんですか?」
「もちろんだ。そうでもしなきゃ、この仕事は続けられんよ」
悪霊を殺す仕事か。わくわくしてきた。
俺は『殺す』という言葉に魅力を感じていた。普段から幽霊や俺を否定する社会に対して『殺意』を抱いている。その言葉は俺を興奮させ、喜ばせる。
「この社会にも悪霊の存在を信じている者がいてね。悪霊が原因での数多くの事件・事故を処理するために私のような霊力を持った人間が必要なのだよ」
「そうなんですか」
「例えば、学校に悪霊が出たとしよう。そのせいで多くの生徒が襲われ、命を落すものがいるとする。けれど、警察ではどうすることもできない」
「そうですね」
「そういう時に私のようなハンターが裏で必要になる。私はその学校に行き、悪霊を殺す。それが仕事だ。今日も依頼で悪霊を追っていたのだが、私も限界の時が近づいてきているようだ」
「どういう意味ですか?」
「包み隠さず話しておこう。霊力を持った人間は普通の人間に比べて寿命が短いんだ。だいたい五十歳前後で死ぬ。中には三十代で天命を全うするものもいる」
「じゃあ、俺も長生きできない」
「悲しいが、それが現実だ」
悲しそうな顔をしているが、俺はちっとも気にしていない。長生きすることが人生の幸せにつながる条件には必ず際もあてはまらない。
たかが、命。俺は死者を見てきた。ある意味で俺は死の世界に生きているのかもしれない。
「霊力とは霊の力。私や君のような霊力を持った人間はある意味で亡霊に近い。ゆえに死にも近いということだ」
「死に近いところにいる・・・・」
「若い君には酷な話だろう。だが、四十代半ばで死期が近いことを最近は実感しているよ。霊力を持った人間は自分の死期を理解できる。私はもう長くない」
そんなことはどうでもいい。亡霊を殺す方法について話せ!
自分が次第に傲慢になってきていることを理解しながらも、自己肯定するしかないのが俺だ。
「急な話なのだが、君に私の後継者になってもらいたい」
「俺が・・・・・後継者?」
ずいぶん急な話だ。しかし、亡霊どもを殺せる職業なら喜んでやらせてもらいましょう。
「俺はかまいません。特別、目指している職業とかもありませんし」
「君は高校生か?」
「そうですが」
「勉強の邪魔にならないかね」
「別にかまいません。ただ、俺にそれだけの力があるかどうか・・・・」
亡霊どもを殺したいが、俺にそこまでの力があるかどうか?
「君は今まで見たハンターの中で史上最高の霊力を持った少年だ。今日の戦いを見れば分かる」
そんな要素があっただろうか?
「君が使った霊力銃があるよね。あれは使用者の霊力をエネルギーにしているんだ。つまり、銃弾はトリガーを引いている本人になる。君はその銃を使いこなした。通常の人間では霊力弾は発射されない。また、霊力を持っていても、撃てて数十発だ。もし、連射しようものなら体力が持たない。しかし、君の霊力弾はまるで命が宿ったような光を放ち、大きく、そして連射ができた。ハンター内でもそれができる人間はいない。皆、体力や霊力の消耗を気にして、連射などしない。ちょっとこれを持ってみてくれないか?」
その男性はポケットにしまっていたナイフを取り出した。
「このナイフも亡霊を倒すことができる。銃よりも攻撃力は劣るが、接近戦の時にはこれが一番だ。もし、霊力を持っていなかったり、私のように体力を著しく消費している人間なら、このナイフは光らない。このナイフもまた霊力をエネルギーにしている」
その男性は握っていたナイフを俺に渡した。すると、右手で握っているナイフが火あり輝き始めた。
「これは・・・・」
「これで分かっただろう。君には優れた霊力がある。君だって分かっているはずだ。幽霊が見えるのだろ?」
その言葉に俺は心臓を突き刺されたような感覚に襲われた。
「はい、見たくないほど見えます」
俺は大きな声で正直に答えた。俺を理解してくれる人がいたことに喜びを感じたからだ。
「苦労したんじゃないのか? 本来見えない者が見える。その状態を霊力なき市民は理解できない。私も同じような苦しみを味わった経験があるから分かる。一般市民の大半は幽霊を信じているはずなのに、俺たちのような人間を否定する。実に矛盾に満ちている。しかし、だからこの商売は楽でいい。しかし、私は霊力があるゆえにもう長くない。できれば、この職の後を継いでくれる人間を望んでいたが、その素質を持つものにようやくめぐり合えた」
「そんな・・・・」
「急すぎる話で悪いのだが、明日から私の仕事を引き継いではくれないか?」
「・・・・・はい?」
急すぎるにもほどがあるぞ!
「あの~ 急に引き継ぐといわれても・・・・・訓練とか、そういうのをある程度積んでからとかじゃないんですかね~?」
「その必要はないさ。この仕事は霊力があれば誰でもできる。だから、おいしい仕事なんだよ。もちろん、分からないことがあれば何でも答えるが、亡霊退治をすればそれでいい。殺せばいいんだ。後は経験だけだ。陸上自衛隊のような体力や筋力は不要だ。筋トレなど意味がない。まあ、霊力銃には体力が必要だから、マラソンとかをやってみてもいいが、この仕事は至ってシンプルだ。霊力銃を使えるだけの体力があればいい」
「そんなもんなんですか?」
「ああ、だから言っただろ。この仕事はおいしいって。公務員より楽だぞ」
そんなうまい話があるのだろうか? 俺は何かにだまされていないか?
「その目は疑っているな。しかしだ。この仕事は社会では認可されていない。これがどういうことか分かるか?」
「いいえ・・・・・」
「税金が取られないんだよ。この仕事は」
「あ・・・・ああ、」
何だ、このふざけたような雰囲気は・・・・・
「考えても見なさい。幽霊退治が仕事って言っても一般社会ではそんな仕事存在しない。せいぜい、御払いがいいとこだ。まあ、あんなの気休めにもほどがある。あんな意味の分からないお経やはかまを着て幽霊が倒せるなら苦労しない。あれこそ、警察が取り締まる仕事だ。インチキなんだからな」
「あの~ あういう人たちって幽霊とか見えているんですかね?」
俺はこの社会の素朴な質問を投げかけた。
「嘘、嘘! だって、よくテレビで亡霊が乗り移ったとか言ってるけど、あれ全部嘘だからね。君も分かっているようにテレビからでも幽霊は確認できる。しかし、御払い系の番組で取り付いてはいないからね。亡霊がね。しかも、亡霊が地上に降りてきて、身内に話しかけているのも嘘。あれも嘘だから。全部、霊媒師の演技だから」
はっきり否定したな。しかし、気分がいい。
「本当に世間のやつらは亡霊に対する知識がなさすぎる。だから、その世間内で亡霊の存在を知っている者たちが俺のようなハンターに依頼をしてきて亡霊退治をさせるんだよ」
俺は今、社会の常識とは逸脱した話をしている。これは本当に現実世界なのかと疑ってしまう。実は夢の中の話で現実とは異なる・・・・・しかし、これは紛れもないげんじつだ。
「だから、明日から仕事を一任するよ。案件が多くてね。仕事が溜まっていて私がやりたいのだけれど、見ての通り、この有様だ。しかも、霊力が著しく落ちていて、亡霊を肉眼で捕らえることしかできない。亡霊を殺すだけの力は今の私にはない。だから、君に任せたい」
すると、その男性は使用しているノートパソコンの隣にあったプリンターを動かし、紙を印刷している。
「よし、これでいいだろう」
そして、その男性は印刷したての紙を俺に渡した。
「ここに書いてある案件をよろしく頼むよ。中には内のお得意さんもあるから」
そこにはここの近所の至る場所の住所や電話番号、どのようなことが起こっているかについて箇条書きで書かれている。
「それをよろしくね」
「いや、よろしくと言われましても・・・・・」
「私の持っている装備を貸すから、君はただ、亡霊を倒せばいい。河川敷でやったみたいに」
「そんな簡単に言われても・・・・・」
確かに、この仕事はおもしろそうだ。部活や勉強など比べ物にならないくらいにだ。しかし、そんな簡単にできるものなのだろうか・・・・・
「もちろん、給料は出すから安心しなさい」
「安心しろと言われても・・・・・・」
「それにまだ言わなければならないことがあった」
「何ですか?」
何だかんだ思っていても、俺はこの仕事をやってみたいのだ。
「このオカルト社会には二つの思想がある」
「それは?」
「その一つは私のようなハンターだ。つまり、亡霊を殺すことだ。亡霊は本来、成仏し、天へ行かなければならない。しかし、亡霊を殺すことはその魂を殺すこと。つまり、成仏させない、天国へはいけなくするんだ」
その言葉に俺は一瞬恐怖した。
「もちろん、亡霊を殺した所で何かが変わるわけでもないし、問題はない」
一呼吸置いて、男性は話を続けた。
「それを良しとしないものもいるということだ」
「殺すことがですか?」
俺は目を大きくしながら質問をした。
「そのとおりだ。亡霊は殺さず、話し合いで説得し、自然と成仏させる。ゴーストネゴシエーターだ」
「ゴーストネゴシエーター?」
また、分からない単語が出てきた。
「彼らネゴシエーター派は亡霊にも権利があると主張している。ただ殺すハンターを敵視している。そのため、オカルト会の議会は亡霊を殺すことを罪とする法案について話し合っている」
まさにアンダーワールド。裏の世界だ。
「まったく、ふざけているよ。あの世へ逝かない亡霊は生きている者に何かしらの危害を加える。それをいちいち交渉していてもどうしようもないのに」
「おっしゃるとおりですね」
まったくだ。そんなことをしているなら、幽霊の一匹や二匹倒してくれよ!
「いずれ、オカルト社会、アンダーワールドへ連れて行く。それまでは紙に記入された仕事をしておいてほしい」
「ぜひ、行ってみたいです」
もう何が何だか分からないが、俺はもう元の世界へは戻れないような気がした。いや、戻りたくはないのが本音であろう。
「もしかすると、亡霊が殺せなくなる時代が来るかもしれない。そうなってしまえば、この世界は終わりだ。しかし、そうならないように君にも協力してほしいのだ」
「何をですか?」
「選挙だよ、選挙」
「せ、選挙?」
「君の年齢はいくつだい?」
「十七歳ですけど」
「じゃあ、投票権はある。アンダーワールドでは議員の投票権は十五歳以上が可能だから安心したよ」
「つまり、アンダーワールドで幽霊を殺すことを認めている議員に投票すればいいんですね?」
「そう、そのとおりだ」
民主主義はアンダーワールドでもいっしょなのだと俺は実感した。
「しかし、仮に亡霊を殺すことが罪になる法案が可決されても、ハンターは仕事をやめないだろう。そうなれば、一斉にハンターは捕まるに違いない」
「捕まるとは・・・・・刑務所ですか?」
「ああ、牢獄だ。アンダーワールド専用の」
「そうですよね」
俺は警察が絡んでくるのかと思ってしまった。
「あそこには亡霊を操って悪事を働いた者や、さまよっている亡霊を保管するための場所だ。亡霊は保管され、ネゴシエーターによってカウンセリングや話し合い、未練の残ったことを成し遂げる手伝いをする場所でもある。しかし、そんなことをしていてもきりがないけれどな」
確かに。殺したほうが合理的に考えて楽だ。
「それに亡霊は生きた人間の魂だから、殺しても捕獲してもまた現れる。この世界に未練を残した亡霊たちが。だから、俺たちハンターは食っていけるんだけどな」
殺しても殺しても、亡霊は現れる。もし、現れないことが起きた時、それはこの世界があらゆる意味で平和になった時だ。
「だから、君にお願いする。私の後継者になってほしい」
「分かりました」
俺は即答した。
「そうと決まれば、武器になどの道具について説明しておこう。ライフルとナイフはさっきの説明でいいだろうから、他の物について話そう。
その男性は腰に巻きつけていた工具用ベルトを取り外した。そして、工具のポケットに納まっているものを取り出した。
「じゃあ、一つずつ説明しよう・・・・・あ、そうだ。パソコンでプリントしたものを渡してからの方がいいか?」
その男性はパソコンまで移動して、別のフォルダーからワードを起動させ、プリントしてくれた。
「後継者が現れるために作っておいたんだ。やっと役に立つことができる」
「そんな、うまくいかないかもしれませんよ」
幽霊を殺せるのは結構だが、そんなにうまくいくほど世の中甘くはないだろう。
「絶対にうまくいく。何の取り柄もない私が霊力だけでやってきたのだ。私以上の霊力を持つ君なら、新たな時代を築けるだろう」
新たな時代・・・・・この人は何を言いたいのだろう。とても格好のいい言葉であるが、妙な重みを感じる。
俺は印刷された紙を渡された。最初に渡された案件の用紙と同じように、この紙に書かれている使用道具もまた箇条書きである。
「まずは・・・・この霊力手榴弾について説明しよう」
俺は紙に写真として貼り付けてある白い手榴弾のようなものを確認し、男性がベルトから取り出した物と同系のものであることを認識した。
「これは霊力手榴弾だ。まあ、戦争で使う手榴弾のようなものだが、この霊力手榴弾もまた所有者の霊力をエネルギーで霊力爆破する。その方法は至って簡単だ。これを握って見てくれ」
俺はその男性から霊力手榴弾を渡された。すると、その弾は次第に白く光りだした。まるで電球のように。
「触れた相手から霊力を吸収する。後はそれを敵に投げつれば衝撃で霊力エネルギーが爆発する。しかし、投げて敵に当てるのは難しいから、私はその亡霊の地面にぶつけて爆発を拡散させ、亡霊に対してダメージを与えるか、目くらましに使う。しかし、一つだけ気をつけてほしいことがある」
「何でしょうか?」
「この霊力銃も霊力ナイフなどの幽霊に対する武器は霊力を持った私や君にもダメージを受けるんだ」
「どういうことですか?」
俺は妙な恐怖心を感じた。
「霊力を持っているのは亡霊も同じだ。霊力の塊と言っても過言ではないだろう。霊力の塊である亡霊に有効な武器なら同じ霊力を持つ私や君も殺傷の対象となる。だから、気をつけてほしいのだ。霊力を持たない人間にはまったく効かないからいいが、特に霊力の強い君は必要以上のダメージを受けるかもしれない。だから、霊力弾の使い方には気をつけてほしい。爆発に巻き込まれたらシャレにならないからね」
「分かりました」
この事実は俺と幽霊が同質の存在であるといわれている気がして不愉快であった。しかし、霊力を持った人間はある意味で『生と死の間』で生きているのかもしれない。
「後はハンドガンが二丁入っている。ライフルに比べれば威力や連射力は落ちるが、狭い場所や接近戦には有効だ」
俺は紙に書かれていることを確認した。
「基本装備はライフル、ナイフ、霊力弾、ハンドガンで十分だ」
その言葉に俺は安堵した。余計な練習を必要としない。この社会では霊力がすべてを支配する。
しかし、次の言葉で予想外のことを言われた。
「しかし、殺してはいけない亡霊がいることを忘れてはいけない。例えば、指名手配になっている亡霊だ」
「指名手配?」
「ああ。逃亡中の凶悪犯は指名手配されているだろ。アンダーワールドでも同じだよ。指名手配された亡霊、いや悪霊は賞金がかけられている。多くの家庭に取り付き、殺害や不幸を呼ぶ悪霊が少なからず必ず存在する。そのため、私のように悪霊を殺すのではなく、捕獲してアンダーワールドの議会へ持っていけば、多額の賞金を得ることができる。だから、もし指名手配の悪霊を見つけたら、殺すんじゃなくて捕獲するんだ。ちょっと待ってろ。今指名手配書と捕獲用の道具を持ってくるから」
そういうと、怪我をした体でその男性は立ち上がった。
「無理しなくてもいいですよ」
俺はその男性の体を労わった。
「大丈夫さ、いつものことだ」
口調に余裕があったために俺はこれ以上の気遣いはしなかった。
しばらくすると、その男性は部屋へと戻っていった。
「すまない。手配書と道具がどっかにいってしまってね。時間を作って見つけておくから、よろしく頼むよ」
「分かりました」
「まあ、代わりと言っては難だけれど、おもしろいものを見つけておいた」
その男性は机の上に手袋とゴーグルを置いた。
「まず、この手袋だが、これは装着者の霊力を利用して亡霊たちを『掴む』ことができる。捕獲する時や、人に取り付いた亡霊に対処する時に使用する。最近はほとんど使う場面がなくてね」
その男性は笑みを浮かべている。
「紙に書かれた案件は亡霊たちを殺せばいいから必要はないけど、後々やっかいな仕事も出てくるからその都度教えるよ」
「例えばなんですかね?」
俺はこの仕事についてもっと知りたくなった。
「例えば、生霊だ」
「生霊ですか?」
「ああ、あれは厄介だ。殺すわけにはいかないからな」
「なぜですか?」
「生霊は霊力を持っていて生きている人間から生まれる怨念の塊だ。見方を変えれば、生きた人間の魂の片割れだから、殺したりすると、本体の人が死ぬか、意識不明になったりする」
「では、どうすればいいのですか?」
「それはまた後で説明するよ。しばらく生霊とは戦っていなかったから専用の道具も探さなくてはならないし」
「そうですか」
この人は片づけが苦手のようだ。
「後はこのゴーグルだ。これは営業用の道具だ」
「営業用ですか?」
「そうさ。このゴーグルは霊力がない人間でも亡霊が見えるものなんだ。もちろん、このゴーグルにも霊力が必要だが、充電式でね。霊力を貯めておくことができる。亡霊がはびこっていることをお客に見せるためのものだよ。このゴーグルで亡霊の存在を信じる。そのためのものだ。ただ、お得意さんたちには使ったから、今はほとんど使っていないけど」
「そうですね。何も見えない人に対して幽霊がいるので仕事をしますだけでは信じてもらえないですからね」
俺の価値観がどんどん広がっていく。
「まあ、何か分からなければ携帯やこの家にくればいい」
「しかし、この家は広いですね。借家なんですか?」
「ああ、借家だよ。しかもかなり安く借りている。この広さで3万円という破格の金額だよ」
「どうしてですか?」
「この家は昔殺人事件が起きた場所なんだよ」
「・・・・え?」
俺は口がふさがらなかった。
「よくあるだろ。殺人事件のせいで物件自体が安くなるとか。この家もそうだ。亡霊が出るとか変な噂が立ってしまって。しかし、ハンターの私にはそんなものは関係ない。この物件を借りた後、この家を調べたら見事に殺された亡霊たちがうやうやだった。だから、全員殺して今は亡霊がでない安全な住処になったんだよ」
ハンターの特権ということなのだろう。俺も一人暮らしをした時はそういう物件でも見つけるかな。
俺はその男性からもらった用紙を眺めていると、亡霊融合装置というものが書かれていた。
「あの~ この亡霊融合装置って何ですか?」
それを質問すると、その男性は顔をゆがめた。
「これは使わないから気にしなくていい」
何か聞かれたくないというような雰囲気を出していたので俺はそれ以上追及しなかった。
「霊力手袋は持っていたほうが何かと便利だな。ゴーグルは霊力のない人間に見せる時だけ使用すればいい。大きなバッグに入れるから待ってなさい」
置いてあった黒いバッグにライフルやゴーグル、手袋が入れられた」
「この作業用のベルトをつけてみなさい」
「あ、はい」
俺はそのベルトを腰に巻きつけた。
「問題ないようですね」
「それは良かった。では、明日から頼むよ。時間と場所は紙に書いてあるから」
「あの・・・・お名前を伺ってもいいでしょうか? 俺の名前は神川真治といいます」
「私は大神健太だ。よろしく頼むよ。私を継ぐものよ」
俺はベルトと黒いバッグを渡されてその場を後にした。