最終話 虹色の伝説 魔法が解ける日 2
ナデシコダンジ2に合わせて修正済み。
飴を口に入れた俺達は幸せだった。隣にいる千夏がもじもじと手を動かしている様子なので見ると、小さく開いた手で俺の人差し指を柔らかく握った。俺は、手のひらを開くと、その千夏の手を包んであげる。千夏の顔は赤かったが、恐らく俺の顔はもっと赤かったんじゃないかと思う。
繋いだ手、その反対の手のひらから七色の光が出た。それは、千夏の手のひらから出ている光とつながり、虹色のアーチを作った。
「あっ! 虹だ!」
その声で俺は目を開けた。窓際では空を見上げている髪の長い女の子が後ろ向きで立っている。
「なんだ。久美かよ」
その子は振り返ると、俺の所へ走り寄ってくる。
「目を覚ましたのっ!」
「覚ましたから声を出して目を開けてんじゃねーかよ」
そっけない言葉を発した俺に向かって、久美は目を潤ませている。
「なんだよ、その顔」
「……虹、見る?」
顔を俺から背けながら、窓の外を指差した久美を俺は笑う。
「子供じゃあるまいし、何言ってんだお前」
俺は窓から入ってくる風に雨の匂いを感じながら、ベッドから足を出して立ち上がった。
「あー……。何してたんだっけ?」
久美を見ると、相変わらず顔をこちらに向けないが、……何か違和感がある。
頭の位置が俺より低いんだ。久美の足元を見ると別に曲げている様子ではない。
……まさか。
俺は部屋の隅にある洗面所へ行くと、鏡を見た。
…………男の顔だ。
「もっ……戻ったのか俺はっ!」
そんな俺に久美は冷めた視線を送ってくる。
「戻るって……何に?」
「だから、男にだよっ! 男に戻っているじゃねーか!」
俺は両手を見る。妙に太い指に違和感ありまくりだが、確か昔はこんなだった気がする。
「和海君、ずっと男でしょ? 何の話? 女装でもしてたの? ……きもっ!」
「……えっ?」
目をぱちくりさせているだろう俺の前に歩いて来た久美は、ふんぞり返る。
「ところで、私にお礼は? 入学早々、教室で倒れた和海君のために救急車を呼んだんだから。今日もお見舞いに来たし」
「えっ……えぇっ?」
高校入学早々……俺は倒れた? ……そして病院。まさか……そんな……、いや、そうだよな……。男が女になるなんて……ありえないよな……?
「夢オチ……か……」
俺はベッドに勢い良く座ると、ガックリとうな垂れた。
「俺、何日入院してた? 一日か?」
「ううん、一週間かな」
その期間は、俺の夢の中での入院期間と同じだ。寝ている間に耳から入った情報が、夢に反映されたのだろうか。例えば睡眠学習のように。しかし、本当に長い夢を見ていた気がする。そりゃあ、一週間も眠り続ければあたりまえか……。
俺は男になったと言う元女の千夏と出会い、それから1年近く親密に交際する。交際と言っても、俺の心は男だったので、親友のような付き合いだ。二人で海に行ったり、映画を見たり、俺の家でまったりとしたり。
学校の行事では、林間学校、文化祭、体育祭、そして、スキー合宿。何かとトラブルメーカーの正也が思いも寄らないことをして、俺が女だとばれそうになったが、俺と千夏はいつも楽しく笑っていた……。
……あの、1年は……、俺の想像が作り出した物だったのか。
[コンコン]
扉がノックされる音で俺は顔を上げる。久美が何故か口に手を当てて笑いを堪えるような仕草をしていたが、俺を見ると慌てて笑いを飲み込んで真面目な顔をする。
[カチャ]
扉が開く音がすると、誰かが入ってくる。
「久美ちゃん、雨が上がったみたいだよ。短い時間だったけど、嵐みたいな土砂降りだったね」
「でも、もう晴れたよね」
久美は、髪が肩までしかない華奢な子と話をしている。元気な久美とは正反対で、おしとやかそうな子だ。目や鼻のバランスが良く、端正な顔立ちをしているその子はかなり美人だと思った。
「久美、友達か?」
知らない子だが、ひょっとして俺のために見舞いに来てくれた子なのかと思い、俺は久美に聞く。
「え……、あっ! 和海クン! 目を覚ましたのっ! 良かった……」
その子は驚いた顔をしながらベッドの側まで来ると、何やら3度ほどためらったかと思うと、4度目に俺に抱きついた。
「えっと……どちらさんでしたっけ?」
俺はかなり好みの子から抱き付かれたあまり、声が上ずっていた。
「僕……、私っ! 千夏!」
「……千夏?」
「わ……忘れちゃったのっ?」
その子は、切れ長の大きな目で俺の顔を覗きこんでくる。
千夏と言う名前は、もちろんはっきり覚えている。しかし、……しかし。あれ? 千夏と言う人物は実在したのか? んじゃ、一体何処から何処までが夢だったんだ?
俺は高校に入学し、千夏という『男』と出会ってすぐ入院した。起きた時は女だった。
でも、その性別が変わった部分の話は俺の夢。
久美が言うには、俺は今その入院中だと言う。
それなら、入院前に出会った千夏と言う男が実在するはずだが、実際は千夏と言う超美人な女の子が俺の目の前にいる。千夏君は夢で千夏ちゃんが代わりにいる。じゃあ、千夏君と出会ったのは夢であり、その前に俺は入院をしたって事? それっていつになるんだ?
訳が分からない……。
俺は千夏ちゃんにあまり触れないように体を仰け反らしていたところ、目の端にお腹を抱えて壁をバンバンと叩いている女を見つけた。
俺の視線に気が付くと、久美はポケットから紙を取り出し、俺の前に広げて見せてきた。それはパソコン画面をプリントアウトしたような物で、何人もの女の子の写真が写っている。
「見てこれっ! 断トツ一位の9万6千票! たった一週間でね! 二位の子はまだ1万票にも届いていないってのにっ!」
投票数と思われる数字が、一人だけ4桁になっている女の子の顔には見覚えがある。耳よりも少し長いくらいの女の子としてはやや短めの髪だが、おかしいんじゃないかと言うほど大きな目。小さい鼻に小さい口。これは……。
「和海君! 『CUTE GIRL』グランプリ確定だよ、これっ! でも、おっしいっ! 男に戻っちゃった!」
舌を出して見せている久美に、俺は肩を震わせる。
「てめぇ! 騙しやがったなっ! やっぱり現実だったんじゃねーかっ! ちょっと千夏ちゃん、どいてくれっ! あいつの尻を叩いてくるっ!」
「もう和海君は男なんだから、そんな事をしちゃセクハラだよっ! ベーだ、ベーだっ!」
丁度俺の手の届かない距離から罵ってくる久美。俺は自分の体にくっついている千夏の体を引き離そうとしたところ、手を止める。
「あれ……千夏。お前……も、女に……戻ったのか……?」
千夏は俺の顔を見上げながら、こっくりと頷いた。
「そう言えば……小さい頃の面影がある。そして、男の時の千夏にも似ている。これが……今の千夏か……」
俺は顔を赤くする。……超絶美人じゃねーか。『地味』とか自分で言ってたが、現実離れした謙虚さだぜそれって……。おまけに……、
俺は一度それとなく千夏の胸に目をやる。まずまずな一品だ。
「あっ! 見ないでっ! 小さいんだからっ!」
千夏は俺の視線に気が付いたのか、両手で胸を隠した。
「そ……そんな事無いと思うぞ。自信を持っても大丈夫……だ」
「だって! ……女の子の時の和海クンよりずっと小さいし、久美ちゃんよりも……」
「あ! こいつはパットが…」
[バコッ]
「言うなっつってんでしょっ!」
「痛てて……。だから、女がグーで殴るなって言ってるだろ……」
俺は、その日のうちに退院した。鼻血の治療を受けてからな。
今年の春は早く訪れそうだ。3月初旬にして、梅のつぼみが開きそうだと言うニュースを聞く。
俺達は授業を終え、靴箱へ向かう。その姿は、俺は男子高校生、千夏は女子高校生の制服だ。もちろん学校は大混乱だった。特に、男子生徒のすすり泣く声が何処からともなく聞こえると、大谷高校七不思議のひとつに認定されたほどだ。
だが、切り替えの早い高校生達。俺の代わりに現れた美女が人気を博す。アイドルのようだったと言われる俺に対し、どこぞの人気女優だと称えられる千夏。彼女の行く所、男がすぐに現れる。
「千夏ちゃんって……和海と付き合っているのか?」
「見たら分かるだろ?」
俺が千夏の肩を抱き寄せると、千夏は顔を赤らめ、その男子は鼻水を流しながら泣いて走り去る。
千夏が靴箱を開ければ、そこからラブレターが雪崩落ちてくる。上級生と下級生からも人気がある分、俺の時よりも多いかもしれない。
苦笑いを向ける千夏の前で、俺も靴箱を開ける。すると、ひらひらと一枚の手紙が落ちてきた。
「あー。和海クン、それ……女の子から? もう……」
「……いや、正也からだ。唯一残っている俺のコアなファン。やっぱあいつ本物のゲイなのかも……」
俺は正也の靴箱を開けると、その手紙を放り込んでやった。
「不思議な二年だったね。結局原因は不明。お父さんが頭を捻っていたのは、なぜ同時に二人が治ったのかって事……」
「なんでだろうな。だが、その病気のお陰で今の俺達がある。感謝だな」
「私はお父さんが目を向けているウィルス説……は違うと思うの。だって、それなら二人が同時に見た夢の説明がつかないもの」
「虹の……飴か?」
「うん。その話を久美ちゃんにしたら、小さな頃に亡くなったお祖母さんから聞いた似た話を思い出して教えてくれたんだよ」
「へぇ……。あの貧乳がねぇ……」
「運命の赤い糸の話だけど、久美ちゃんのお祖母さんが育った地方だと少し違うんだって。運命の赤い糸は、赤以外にもあるらしいの」
「赤……以外にも色がある? そんな話は初めて聞いたな」
「うん。他にも橙、黄色、緑、青、藍色、紫って、赤を入れて七色あるらしいの。虹が人と人を繋ぐんだって」
「それは……また……ロマンティックな……」
「だよねっ! でも、普通の人は赤色の一本だけなの。だけど、神様が気に入った二人には……、七色全部の魔法をかけるの! 七つの虹色の糸でつながれた二人は、どんなに離れてもお互いを見つけ、ずっと幸せにいられるらしいんだよ! 私達の話にそっくりっ!」
俺はその話を信じた。じゃなきゃ、こんな不思議な事が起きるはずがない。
まだ熱弁をふるい続ける千夏と校門をくぐろうとした時、その影から声をかけてくる男性がいた。
「君達、こんな子を知らない?」
その人は俺達の前に、ある女の子の写真を出してきた。
「CUTEって雑誌のさ、『CUTE GIRL』でグランプリを取った子。テレビとかのニュースで見てるよね? この学校にいると思うんだけど……知らない? 朝からずっと待っているんだけど……、今日は休みかなぁ……」
「んー。見たこと無いですね。多分ここで待っていても会えないと思いますよ。その女の子が出てくる事は無いです。諦めた方が良いですよ、南条さん」
「あー、やっぱりかぁ。あの日が修学旅行ってのは嘘だったんだ。一杯食わされたな。彼女の方が上手だったか……。やられたなぁ……」
俺達が横を通り過ぎると、彼は不思議そうに言った。
「あれ……どうして俺の名前を知っているんだ?」
それに対して、俺は後ろ向きに手を振りながら、千夏の腕を見る。そこにはブレスレットのようなキラキラした腕時計があった。
俺達はクスクスと笑い合いながら、角を曲がる。そして、大通りではなく、住宅街を通って駅への最短コースを歩く。
その途中、小さな公園で遊んでいる二人の子供がいた。
「見て、私達もあんなだったんだよ」
足を止めて見ている千夏。子供達の側には身なりの良い白髪のお婆さんが、ベンチに座ってそれを眺めている。実にのどかな様子だ。
「思うんだけどさ、俺達は……早くに出会いすぎたんだよ」
「どう言う事?」
「運命の相手に……あまりにも幼い頃に出会った。でも、親の都合での引越しや、小学校、中学校、高校と、二人を引き離す障害があまりにも多かった。もし、大人になってから出会っていたら、すぐに結び付く二人なのに、出会った時は幼すぎて、相手を掴む手に力が無かった。……だから」
「神様が、虹の魔法をかけてくれたっ!」
「そう、赤い糸の他に、6本の糸で俺達を繋いでくれた。どうして俺達が特別にそんな事をされたのかは……あの子供たちを見ていたら分かったよ」
俺達は公園に入り、滑り台で遊んでいる男の子と女の子を眺めながら歩く。男の子の後ろを一生懸命女の子が付いて行く。男の子も時折、気にかけるように後ろを振り返っている。
「……そうだねっ!」
千夏は俺の手を握ってきた。俺も、それを握り返す事で答える。
その向こうには、いつの間にかベンチから立ち上がっていたお婆さんが、子供達ではなく、俺達を見ていることに気が付いた。それも、優しい笑顔で。
俺が何となく会釈をすると、千夏もそれを見て同じようにする。
公園から出て、お婆さんが小さくなっただろう頃、千夏が俺に聞いてきた。
「知り合いだったの?」
「んん……なんとなく……」
――僕たち、良かったね
俺は何か声が聞こえた気がして公園を振り返った。
「どうかしたの?」
千夏はそんな俺を不思議そうに見上げている。
「いや……何でもない」
俺達は誰もいない公園を背にして駅へと向かう。
……神様さ。やるなら……もっとスマートな方法が……あったんじゃねーの?
俺と千夏は、今日も手を繋いで二人で歩く。
出演
神野和海 男(俳優 同名)
神野和海 女(女優 設楽みく)
山本千夏 女(女優 同名)
山本千夏 男(俳優 久保田信哉)
大野正也(俳優 同名)
高橋久美(女優 同名)
深田恵 (女優 同名)
神野忠文(プロレスラー ダイダラボッチ田宮)
神野洋子(女優 坂下由真)
南条俊夫(俳優 木戸誠)
おばあさん(女優 竹内千代)
神野和海(幼少時代 山里翔くん)
山本千夏(幼少時代 松本有里ちゃん)
松尾誠二(友人役 同名)、本多弘文(友人役 同名)、羽島秋士(友人役 同名)、松永紗江(友人役 同名)、女教師(声優 間ことり)、……
〈完〉
お読みいただきありがとうございました。
しばらくコメディを休止して他のジャンルを執筆しようかと思います。
こちらでは古い作品か試験的に書いた物を載せていきますので、どうぞご贔屓に……。
●追記● ご好評いただいたため、続編を決めました。『ナデシコダンジ2』ストーリーも『ナデシコダンジ』の続きとなります。
ただ、一点。近いうちに書き直しますが、
『ナデシコダンジ』の物語は高校一年生一学期~二年生三学期までとなっておりますが、これを一年生の一年間であったことに圧縮します。
『ナデシコダンジ2』は、二年生の一学期からのお話となります。
更新頻度は毎日などは到底無理でして、ほかの作品の合間に書きますので、
久しぶりに覗いたら更新されていた。……くらいのお考えでお願いします。申し訳ありません。@音哉