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虹色の伝説 魔法が解ける日 1

ナデシコダンジ2に合わせて修正済み。


スキー合宿の翌週、二月の中盤には大イベントがあるようだ。そう、あの日。2月13日。この日は俺の学年……、え? 一日間違っているって? いや、13日で合っているらしい。この日は俺の学年の男子がチョコレートを持って登校する日に決まったと言う事だ。え? 14日で女子だろって? 


違うって。どういう訳か翌日のバレンタインデーに引っ掛けて、13日は男子が意中の相手にチョコレートを渡しても良い日だと言う事に口コミで広まっている。


それが本当にバレンタインの前日だからそう決まったのか、それとも……俺の誕生日だからそう決まったのかは……駅から学校までにすでに俺がチョコレートを10個貰っている事から段々と分かってきた。



「和海っ! これっ!」


「もうカバンに入らないんだけど……」


「だからっ! これもっ!」


「……ありがとう。き……気が利くな……」


「クリスマスプレゼントの時は持てないって言われて、受け取ってもらえなかったから……」


 俺はこの調子で、教室に入る時には学生カバンの他に、チョコが詰まったエコバッグを2個下げていた。


「千夏、食い切れそうか?」


「甘い物ならいくらでもっ!」


 千夏は、俺の持っているチョコレートに目を輝かしている。ケーキやアイスクリーム、チョコレートなど、甘い物が大好きな所は女だった時からミリも変わっていないらしい。


「帰る頃にはこれの倍だからエコバッグ4個だぞ……」


「毎日食べても一週間は持つよねっ!」


「50個をたった一週間??」



 俺はひとまずエコバッグを机の上に置き、カバンから教科書を出して机の中に入れようとした。


……入らない。


俺は突っ込もうとした教科書の端が少し茶色く汚れているのに気が付いた。


「なんだぁ?」


―ズルッ―


 机の中を覗きこんだ俺は椅子からずり落ちた。……机の中一杯に、ギリギリのサイズで馬鹿でかい茶色いチョコレートが裸のまま差し込まれている。


「んな正気じゃない事をする奴と言えば……」


 教室の前のドアから顔を出し、目からキラキラと星を俺に向かって飛ばしてくる奴が目に付く。当然正也だ。


「てめぇ正也! こんなもん入れられて今日の授業どうしたらいいんだよっ!」


「和海ぃ、チョコの上にメッセージが書いてあるから見てくれよぉ」


「目一杯詰め込まれていて、出せねーよ!」


「机を斜めにして振ったら出るって!」


「ったく! 教科書入れられないからやるけどなっ! …………うう、……重たくて……上がらない……」


 俺は必死に抱え上げようとするが、机の奴はびくともしない。


「和海クン、手伝おうか?」


「頼む……」


 さすが男の千夏。少し辛そうな顔をしながらも、机を持ち上げた。俺は滑り落ちてくるチョコレートを受け止めようと、椅子に座ったまま両手を出して構える。


―ズルッ ズドッ―


「ぐえっ!」


 机の中から出てきた超巨大な茶色い塊は、俺の手を押しのけて腹にめり込んだ。俺は重みでそのまま倒れると、チョコレートは床に当たって、見事『和海LOVE正也』のLOVEの部分から真っ二つに割れた。 


「正也ぁ! 何kgあるんだこれはっ!」


「えっと、ブロックチョコレートを200個ぐらい溶かした……手作りだぜっ!」


「ああ、手作りだろうなっ! こんな馬鹿なもんを作るお茶目なメーカーがあったら見てみたいぜっ! 物を粗末にしてんじゃねーぞ! 持って帰れ!」


「ええ……、和海受け取ってくれねーのかよぉ……」


「受け取る以前の問題だっ! 20kgある物を持って帰れるかってっ!」


「だからちゃんと台車も用意して…」


「俺はチョコレート搬入業者じゃねぇぞっ!」



 正也の奴は……一度振られたくらいでは諦めない奴だった。俺が女だと言う事を知って、より強力に、何の憂いも無く、まあ簡単に言うとこんな感じで遠慮なく迫ってきやがるようになった。他の男達も告白こそもうしてこないが、プレゼント攻撃などは同様だ。


俺が女なのが皆にばれたかって? 正也は言いふらしたりしない。俺のため……ではなく、もちろん正也自身のため。奴は、俺が男だと思われている方がライバルの数が少しでも減ると踏んだらしい。女なんてばれたら、他の学年はもちろん、他校の生徒まで押しかけて来るだろぅっとか目を血走らせながら吼えていた。


久美もそんな正也を見て「男はバカなんだ。心配して損した」と、冷めたように見るようになり「バカ共は放って置いて、好きにしたら?」と協力してくれる。

 


 結局、日常は何も変化する事無く始まる。


 しかし……俺の心は…………。




「女の子になるの? 和海クン……」


「ああ。2年になったらな」


 俺は、貰ったチョコレートを千夏と二人で食べながら放課後残って教室で喋っていた。


「すごい混乱になるよ。卒業まで待った方が良いんじゃない? 大学からにしたら?」


「いや、もう決めたんだ。やるなら早いほうが良い」


 俺は千夏に笑って答える。 


「どうして急に? 久美ちゃんや正也クンに知られたのと関係があるの?」


「まあ、それもあるが……。結局今のままだと何も進んでいかないなって思ってな。男だ、女だ、ってやって……俺の人生終わっちまう。いや、俺の人生はそれでも良いんだ。だが、周りに……迷惑をかけてしまうからな」


「正也クンや他の男子達にだね……」


「いや、そうじゃない。千夏……お前にだ」


 俺は机に頬杖を付きながら千夏の顔を眺めた。


「えっ……僕? 僕は全然迷惑じゃないよ?」


 千夏はキョトンとした顔で、俺に向かって両手を横に振っている。


「お前をずっと待たせてしまう。それでも良いのか?」


「ま……つ……?」


 首を傾げる千夏を、俺は真っ直ぐに見つめた。


「お前は女なのに男として生きている。俺は……男だからって女として生きようとせずに、男のままでいたがる。このままじゃ……俺とお前はずっと友達同士だ」


「うん……。僕はそれでも……」


 俺は、両手で千夏の手を握って言う。



「千夏、俺と付き合ってくれないか?」


「えっ……」


「俺とお前は女と男。ぴったりだ。性格も……良く合う」


「ぼ……僕は……、男と男のままでも……和海クンが好きだし、付き合っていけるけど……」


 視線を落とし、チラチラと上目遣いで見てくる千夏。その手を握る力を、俺は強くした。


「俺は自然にお前と付き合いたい。そりゃ今の時代、男と男でも結婚できるけど、男と女の方が何かと……便利だろ? 実際、体の作りも男と女だし、無理なく自然にな……」


「えっ……結婚って……」


 千夏の声は上ずり、顔が真っ赤になっている。


「俺は元日本男児。付き合うからには、そのくらいの心構えはあ…」


 言い終わらない内に、千夏は俺に抱きついてきた。


「良いの……? 良いの? 僕の事彼女にして……、ううん、彼氏にしてくれるの?」


「ああ。こちらからお願いします……だ」


「良かった……。嬉しい……。勇気を出して……和海クンと同じ学校に通う事にして本当に良かった……」


 千夏は俺の胸に顔を押し付けてきた。俺は女になると決めたんだから、千夏の方のこんな女っぽい所も直していかなきゃなと思うと、俺はついつい微笑んでしまう。


「でも不思議だよな。俺達は性別が変わって困っている訳だけど、それがあったおかげで千夏は勇気を出して俺に会いに来た。結果、男と女って立場は変わったけど、二人は再会してまた仲良くなった。そして、もう俺達は子供じゃない。親の都合に引っ張り回さされる事も無く、自分の意思でこれからはずっと一緒にいられるな」


「これが……運命って……ものなのかな?」


 顔を上げた千夏の目は涙で輝いていた。


「そうだな。俺達は赤い糸で結ばれてたんだよ」


「赤い糸……。あっ! 前に僕が病気の時に虹色の飴を食べたって話を覚えている? あの夢の中で和海クンと手を繋ぐのは、きっと赤い糸で結ばれている事の暗示なんだ!」


「ああ……。それか。俺、言いそびれてたけど、俺も……いつ見たかは覚えていないけど、そういえば同じような夢をみた気がするんだよ」


「やっぱり! きっと僕達は、あの時に……、飴をくれた人に指を糸で結んでもらったんだよ! 絶対そうだと思うっ!」


「へぇ……。それじゃ、結んでくれた人に感謝しないとな」


「うん。感謝しないと……」


 俺達は見つめあい、顔を寄せる。千夏の顔を最後まで見ていたかったが、俺は先に目をつぶった。



 千夏の吐息が近づいてくる……。




[ガラッ]


「ちょっとぉ! あ……、まあ良いや! ちょっとこれ見たあなた達!」


 俺達は慌てて顔を離した。わざとらしく外を数秒眺めると、教室にうるさく入ってきた奴を見る。ジャージ姿の久美だ。奴は、手に持っている雑誌を広げながら俺たちに近づいて来る。


「今部活でだらだら遊んでたらさぁ……今月の『CUTE』見せてもらったのよ、友達に。もう見た?」


「えっと、今日帰る途中に買おうと思ってたんだけど…」


 俺はデリカシーの欠片もない久美に我慢がならなくて、二人の会話に割って入る。


「お前、こんな場面にズカズカと入ってくる奴知らねえぞ……」


「そりゃあ、お楽しみの所邪魔して悪いんだけどさ、こっちのほうが重要だって……。これっ! この特集!」


「あ、『CUTE GIRL』の選考始まったんだ。みんな可愛い……って、これっ!」


 俺は千夏が指差した場所を見た。


「ん? ……げっ! 俺がマジで載ってる!」


 見慣れた女の顔。俺だ! 背景は思いっきり空港。修学旅行中に撮られたあれだ!


「マジで南条とか言う人、この雑誌のカメラマンだったのかよ……」


「和海君、いつ応募したの? 女になるとは言ってたけど、すごい急展開ね! いきなりアイドル狙い?」


 久美は、上気極まった顔で俺に詰め寄ってくる。どうしてこいつはこんなに興奮しているんだ?


「あー違うって。えっと……困ってたから、一枚写真撮らせてあげたんだよ」


 俺は時計ほしさに……って部分は誤魔化した。


「今日からネット投票始まるのよ……。和海君、あなた……あっという間に人気出るよ。それに、この応募メンバーの中で……私の目には和海君が断トツに票を集める気がするけど」


「僕もそう思う。他の子達も可愛いけど……。和海クンが一番可愛い……」


「おまけに、和海君だけすっぴんでこれよ! こんなのプロが見たらダイヤの原石ってすぐ分かるわ!」


 久美の様子から、俺は大それたことをやってしまったんじゃないかと思い、段々と怖くなってきた……。


「あ……あはは。俺もそんな馬鹿じゃないって。名前も住所も教えてないから……」


「なんだっ! じゃあ大丈夫だよねっ!」


 ほっとした顔の千夏に対し、久美は眉間にしわを寄せて鋭い視線で俺の目を射抜く。


「……待って。そんなの……ちょっと調べれば分かるんじゃない? あの日あの時間、空港を利用して修学旅行に出かけた高校なんて限られているでしょ。高校が分かれば、和海君なんてあっという間に見つかる……。その撮ったカメラマンはそれが分かっていたから……聞かなかった」


「へ……平気だって! ちゅ……忠告ありがとな」


「忠告? そんなのじゃないよ」


 久美は口を横に広げ、怪しく笑うと続ける。


「もし、和海君がアイドルデビューすることになったら……私を誘ってって言いに来たの。あと、恵も一緒に」


「……はぁ?」


「お願いっ! 48人の内の一人に入れてっ!」


 久美は両手を合わせると、俺に擦り寄ってくる。


「お……お前……アイドルになりたいのかよ?」


「えー。だって、私って……スタイルも顔もまあまあ良くない?」


 久美は、頭と腰に手を当て、座っている俺達に向かってお尻を突き出してみせる。


「でも、お前って、胸あげ底だろ?」


[バコッ]


「黙ってろって言ってんでしょ! 最近のパットは進化してるのよっ!」


 千夏は殴られた俺の額を、「よしよし」と言って撫でてくれる。


「まあ、話はそれだけ! じゃあ、続きをどうぞー! 先生に見つかるなよー」


 久美は笑顔で俺と千夏に手を振ると、背を向けて教室のドアへ向かっていく。



[ガタッ]


 俺が隣の席に手をついたその音で久美は振り返った。


「……何して…んの?」


 久美の顔は、普通じゃない物を見ているかのように強張っていた。


 俺は視界が歪む中、後ろに倒れていく千夏の頭と背中を支える。そのまま椅子から立ち上がって千夏を床に寝転ばせた俺だが、目の前が真っ白になったので慌てて掴まる物を探した。


[ガタガタガタ]


 平衡感覚を失った俺は、幾つかの机を弾き飛ばして床に転がってしまったようだった。


「毒っ! まさか……チョコレートに……毒がっ?」


 そんな久美の声が聞こえたので、辺りを見回してみたが、自分の目が開いているかどうかも俺には分からなかった。しかし、俺はこの強烈な症状に覚えがあった。丁度2年ほど前の入院直前になったあの症状。それの三倍強烈だが……間違いないと思う。眩暈、吐き気、頭痛。しかし、今回は前触れも無く……どうして突然。おまけに……千夏も?


「和海君! 千夏君! 今救急車呼ぶからっ!」


 俺は床を這い、千夏の体を見つけると、そのポケットから携帯を取り出した。


「久美、これを……、これで……千夏の父さんに電話をしてくれ。高倉総合病院……」


 俺は、手のひらから携帯の感触が消えたと思った瞬間、……もう何も……。


「和海君!」




次回、最終話となります。

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