今度は3泊4日? スキー合宿! 6
ナデシコダンジ2に合わせて、修学旅行→スキー合宿に変更です。
部屋に帰った俺は、千夏と風呂へ行く。当然予約を取っていた家族風呂だ。大浴場に一度も入れなかったのは残念だったが、この家族風呂も二人で入ると大浴場のように手足を伸ばせるので悪くはない。何より、千夏と二人っきりと言うのはリラックスできる。
風呂から上がると、部屋では同部屋の男達が一人ひとり俺を呼び出してくる。そろそろだろうと心づもりをしていた俺だが、やはり非常に億劫だ。並んで一斉に言ってくれないものかなと考えるが、多少久美の言っていた事が気にかかり、素直に呼び出しに応じる。もちろん、断るのだが。
「あれ、正也は?」
最後に正志を振って終わりかと思った俺だが、部屋に戻ると千夏に「さっき出て行った」と言われた。めんどくさい予感がする中、俺の携帯にメールが届く。
《中庭にて待つ 正也》
「正気かこいつ……」
中庭とは、おそらく電飾で飾られたオブジェがあったホテルそばの場所の事だろう。ゲレンデに面しており、今ならナイターの照明が最高に綺麗に望める場所かもしれない。……が、ここは北海道のニセコ、それも時期は厳寒の2月だ。気温は恐らく零下二桁だろう……。
「あー最悪だ……」
俺は室内着の上にコートを着込み、ジーンズを穿く。東京ではこの格好でも十分だったが、北海道では死ぬほど寒い。スノーボードでレンタルしていたジャケットがあれば何とかなったかもしれないが、夕方に返却してしまっている。
俺が虚ろな目をして千夏を見ると、「がんばって」と言う口の動きで俺を励ましてくれる。頑張るよ……。寒さに耐える事をがんばるよ……。俺は、千夏と真っ白の男達3人がいる部屋からため息を付きながら廊下へ出た。
時間は夜の9時少し前。ナイターは終わってしまったようだが、オレンジやグリーンの照明がまだゲレンデを照らしていた。
ホテルのゲレンデ出入り口から出た俺は、皮膚がぴりぴりとするような寒さの中、腕を組みながら雪の上を歩く。中庭だと思われる場所に来てみたが、正也の姿は無かった。
この場所と違うのか? と思った俺の耳に、何かが雪の上を滑るような音が聞こえてきた。
「よく来てくれた、和海っ!」
何処で手に入れたのか、プラスチック製の黄色いそりに乗った正也が俺の方へ滑ってくる。慌てて避けると、オブジェのレンガ造りの土台に乗り上げて奴は転んだ。
「掴みはOK!」
「…………」
ガッツポーズをしながらこちらを向いた正也に俺は何も言わなかった。寒くて口を開くどころじゃない。
「相変わらずその服装良いよな! センスが良い、和海は!」
俺はPコートにジーンズ、ロングブーツの北海道へ来た時のスタイルだ。正也の奴も黒いコートにヴィトンカラーのズボンを履いている。
「お前を呼び出したのは他でもない。薄々気付いていたかもしれんが……」
(一年生の時から全開で感じてたけどな)
「…………」
そこで正也は俺の顔を見ながら黙った。俺の口は「ご」の形で固まる。早く言えよ。寒いんだから……。
「多分……駄目だと思ってる。なんせ、お前は男、そして俺も男だから。俺も悩んださ。自分が異常じゃないかってさ。でもな…」
異常……。正也は自分の事をそう思っている。久美の言っていた事がまた俺の心に突き刺さった。
「でも……どんなにいけない事だって考えても、お前の事が頭から離れないんだ。その顔、表情、仕草……全部気になる。男だって……分かっていても、どうしても駄目なんだ」
俺は正也の真剣な顔から目を反らした。
「付き合ってくれないか? 俺は他人の目なんて気にしない! 和海も……気にしないでくれ。絶対俺達は上手くいく」
俺は即答することが出来ずに、そのまま一歩後ろに下がった。
正也は……いや、男子達は俺が思っていた以上に……思い悩んでいた。俺が女じゃないから……。俺が女だって言ってないから……。
「悪いが……お前とは付き合えない」
地面を見つめながら、俺は首を横に振って言った。
「どうしてだよ。友達として……親友として仲良くしてこれたじゃないか……。もう一歩踏み込んだとしても……」
「いや……、俺には好きな奴がいる。だからだ」
俺は、自分が男は嫌だと言う理由ではなく、もう一つの理由を正也に告げた。俺が……心から女であったとしても、付き合えない正直な理由を……。
「誰だよ……。やっぱり……千夏か?」
俺が顔を上げて頷いて見せると、正也は寂しそうに視線を下げた。
「そうか……。お似合いだもんな……。俺、千夏には勝てないし……、ルックスも性格も……。でもさ、安心したよ。お前も……男を好きになれるって事をさ。なら、俺にもいつかはチャンスが回ってくるかもしれない。それを……待つよ」
「待てっ! お前はアホで馬鹿だが、正常だ! 他に……俺じゃなくて、良い女は一杯いる。女の中から探せ!」
「そうかな。今までで一番好きになったのが……男だった俺だぜ。女より……男を探すよ。男で良いって思ったのは和海しかいないから……見つかるかどうかわかんねーけど……」
「違う! お前はアホで馬鹿で痛くて間抜けな奴だが、女を好きになれる奴だ! 自信を持て!」
「……いつかは女が好きだった頃の俺に戻れたらいいな。ありがとう和海……」
正也は無理やり感いっぱいの笑顔を俺の前で作ると、震える背を俺に向けてホテルへと向かう。
「違うんだっ! お前は一言で言うとくるくるパーだが…………。分かった、後でメールする」
「メール?」
涙と鼻水でまみれた顔で正也は振り返った。
「付き合うとかじゃないから、期待するなよ。アドバイスするだけだ」
「……了解」
俺は正也の姿がホテルに消えるまで、いや、その姿が消えてもずっと見送っていた。
いつの間にか辺りに粉が舞っている事に気が付く。……雪だった。
見上げると、黒一色の空から俺に向かって白い雪が落ちてくる。
俺は手のひらを空に向け、それを食い止めようと試みる。
しかし、次から次からと舞い落ちてくる天使の羽根は、俺の手をすり抜けて体に突き刺さる。
俺が何をしたところで、この雪は降ることをやめない。
それに気が付いた時、俺の肩には雪が積もっていた。
[コンコン]
返事があったので俺はドアを開けた。
「何? 和海君」
「……久美。ちょっと……いいか?」
「えぇ! まさか和海君、久美に告白するつもりぃ? ……っ!」
俺が顔を上げると、久美と同部屋の恵から笑顔が消えた。
「恵、悪いけど……」
「私、ちょっと実優の部屋行って来るねっ!」
恵は、俺の横をすり抜けて出て行った。
「何突っ立ってんのよ。ドアを閉めてとりあえず座ったら…つめたっ!」
俺の体を触った久美は、驚いた顔で自分の手を見ている。
「濡れてるし……、何をしたらこんなに……冷たくなるの?」
俺の頬に手を添えた久美に答える。
「30分、雪を見ていた」
「この二月のニセコで? 凍死するよ。バカじゃない」
俺達はベッドに並んで腰を下ろす。久美は座ったままの俺から濡れたコートを脱がしてくれた。
「知っているか? 俺、女なんだよ」
「うん、知ってる」
「でもさ、昔は男だったんだよ」
「うん、それも知ってる」
「じゃあさ、これからはさ、……どっちで生きれば良いんだ?」
「………」
「俺はどんどん女に近づいていってる。体も……心も。でも、認めたくないんだ。男が良いんだ」
久美は、俺の頭を抱き寄せてくれた。胸の中で俺は目をつぶる。すると、そこから雫が流れ落ちた。
「怖いんだ。女になってしまうのが怖いんだ。でも……男の振りをしているのも……周りを困らせる」
「分かったんだ?」
俺はそのまま頷く。
「確かにさぁ、和海君は可愛い。でもそれよりも大きな問題がある。それは男。男子達はその途轍もなく大きな問題に目をつぶり、和海君を好きになるわけよね。和海君も、性別なんて……気にしないでやったら良いんじゃない? 女の子になったなら、女の子で良いじゃない? 後は心に従ったらいいのよ。駄目なら駄目。良いなら良い。女の子の姿でも心が男なら、男は嫌って言えば良い。その方が、お互いに気持ちよくて自然でしょ!」
「……………」
「ねえ、和海君、私のスカート穿いてみない?」
「はぁ? だから……俺は……」
「気持ちに従いなさいっ! ほらっ!」
久美は立ち上がると自分のスカートをハンガーからはずし、俺の目の前に広げた。……相変わらず可愛いスカートだ……。
「そ……そこまで言うなら……。しつこい奴だ。……見るなよ!」
「見るよ!」
俺はスカートを手に取ると、後ろを向きながらジーンズを脱ぐ。
「あれ、パンツは男用を穿いているんだ……」
「見んなって言ってるだろっ!」
「根性決まったら教えてよね。下着を一緒に買いに行ってあげるから」
「パンツはまだ女物を穿きたいなんて思わねぇ!」
スカートはひらひらと落ち着かないが、想像通りの可愛さだった。カーテンを開け、室内を反射している窓ガラスに自分を映してみる。フレア気味のスカートと、そこから伸びる足とのバランスがとても良い。……要するに、可愛い。
映る笑顔の俺の目からは、いつの間にか涙は乾いていた。
「なっ……中々いいなっ!」
「女の子になったら、毎日着れるよ」
「制服のスカートはまだ抵抗あるけど……、私服は可愛くていいよな!」
俺はくるっと一回転してみせると、スカートは広がって舞う。
「そのはしゃぎようったら……。和海君女の子ねっ! ところで、スカートのサイズ、ウェストやっぱり余ってる?」
俺は動いていると段々下がってくるスカートを腰に引き上げると、その瞬間、先ほど頭の隅に生じた違和感が、言葉となって浮かんだ。
「多少余ってるかな……。それで思い出したけど、お前のそれってさぁ」
「えっ……どれ?」
俺が久美の体を指差すと、久美は腰やお尻の事かと思って手で探っている。
「胸、ずっと大きいと思ってたんだけどさ、パット入れてるよな。さっき気が付いた。俺も女だから、感触の違いが…」
[ベシッ]
「なんだよ、いてーなぁ」
久美は胸を隠すように腕組みをすると、俺を下目使いに見下ろしてくる。
「やっぱ和海君、男ねっ!」
「どっちなんだよ……」
結局俺と久美は話が合うんだか合わないんだか、気が合うんだか合わないんだか、意見は一致したんだかしてないんだか……。とりあえず、服の趣味だけは似通っていると言うのは分かった。
《大浴場に一人で来い。中で待っている》
晩の11時。誰もいない更衣室で着替えを済ませた正也が浴場への扉を開けた。多少の湯気の中、広い室内を見回していた奴は、その真ん中にいる俺を見つけた。
「和海、なんで風呂なんだよ? なんかあるのか? あっ! ひょっとして……ついにタトゥー見せてくれる気になったのか?」
正也は湯につかっている俺に向かって近づいてくる。
「そこで止まれ。それ以上近づくな」
「ええっ……さみーよぉ……」
奴は腰にタオルを巻いたまま、内股になり両腕を擦っている。
「お前を待っていたら、のぼせそうになったぜ」
俺は湯の中から体を出すと、風呂の縁に腰をかけて足を組んだ。そして、目を点にしている奴に言う。
「悪いが、タトゥーがあるってのは嘘だ。一年近く騙していてすまなかったな」
俺は手を広げ、体には何も無い事を見せる。
「お……お前……その体……」
「それだけだ。それじゃあな」
俺は湯の中を歩き、湯船から出る。正也とすれ違いざま、その肩を叩いた。
「そうそう。言い忘れてたけど、俺って女なんだ。だから、お前は正常だ。これからも、女の尻を追いかけて頑張れよ! 友達として協力してやるから」
俺は浴室の扉を閉めた。
茫然自失となった正也が、帰りでも鳴らした金属探知機の音をもちまして、俺達のスキー合宿は終わった。