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14/21

今度は3泊4日? スキー合宿! 1

ナデシコダンジ2に合わせて、修学旅行→スキー合宿に変更です。

 三学期に入り、一か月が経った。



 ある日の朝、俺は朝起きた瞬間から不快だった。別に機嫌が悪いとかそんなんじゃない。なんていうか……不快なんだ。体調が……非常に悪いが、風邪……と言う感じではない。なんかムカムカ……イライラ……。ここに正也がいなくて良かった。いたら泣いてもコブラツイストをやめないところだ。


 ベッドから出てみると、立ちくらみに襲われる。しかし、一年生の初めに入院した時程ではない。視界こそは歪むが、それも全て含めて不快だ。足を踏み出してみると、下腹部に痛みが走る。お腹を壊しているとかじゃない。針で刺されているような痛みだ。


「また……病気か? 今度は何になるんだ? 超人? なら親父とも対等に戦えそうだが……。それよりやはり、男に戻れたら……最高だけどな」


 便意など無かったが、俺はとりあえずトイレに行ってみた。


 個室に入るととりあえずパジャマを下ろして便座に座ってみる。


「本当に……病弱になってきたな。女ってこんなもんなのか? 相変わらず最近もすぐ涙がでてくるし……」


 俺は10分ほどそうしていただろうか。体調は改善しないが、とりあえず学校へ行かなくてはいけない時間が迫ってきているので、立ち上がってパジャマのズボンを上げてトイレを流そうとした。


「……えっ……。……ええっ!」


 俺はそれを見ると、目の前が真っ暗になった。




「愛しの和海ちんはまだ起きてこないのかい?」


「さっきトイレに入ってたみたいですけどね」


「……覗いてきちゃおっかな! 心配だしっ!」


「お父さん、また嫌われますよ……」


 そんな会話が聞こえていたリビングに、俺は毅然とした態度で入った。


「あら、もう制服に着替えているの? 今日は早いわね」


「おはよー! 和海ちゃん!」


「親父、母さん、話があります」


 俺はもう一度ネクタイが真ん中にあるか右手で確認すると、床に膝を付いて頭を下げた。


「どっ……どうしたのよ」


「今まで……育ててくれて、ありがとうございました。俺は、この歳まで生きる事が出来て、幸せでした」


「な……なに言ってるのぉ、和海ちゃぁん。家出されたらパパ泣いちゃうぞっ!」


 俺は頭を上げると、真っ直ぐに二人を見る。


「男たるもの、幕は自分で引きます。俺はこのまま消えて、戻っては来ません。情け無用でございます」


 俺は立ち上がり、もう一度頭を下げた。


「親父の教えの通り、男は不要な荷物を持って行きません。体一つで十分。部屋のものは処分をお願いします。あと……、千夏によろしくお伝えください」


 瞬きすると、俺の目から涙が出た。肝心な場面なのに、女の体って奴はまったく……。


 俺が扉を開けて廊下に出ようとすると、母さんがその腕を掴んだ。振り返ると、親父の方は涙と鼻水とよだれを垂れ流していた。


「何があったの和海! 千夏ちゃんと喧嘩でもしたのっ?」


「いえ、そんな事ではありません。俺は、病気なのです。おそらく、もってあと……半年。ドラマとかなら大抵そのくらいなのです」


「どこが病気なのっ! また性別が変わるとかなの?」


「今回はそんな特殊な病気ではありません。おそらく……癌」


「が……癌っ? 病院で……千夏ちゃんのお父さんに言われたの?」


「先ほど自分で気がつきました。多分、大腸癌なのです……」


「先ほど? 気がついたのはさっきなの? どうして……そう思ったの?」


「食事中申し訳ございません。……下血です。トイレで、大量の出血をいたしました」


「血……が?」


「それは痔だよぉ。お医者さん行ったら治るから、和海ちゃん、出て行かないでぇ……」


 巨体を揺らし、両手を広げて走ってきた親父を、母さんは足を引っ掛けて転ばした。親父はかなりの勢いで床を転がり、テレビ台に頭をぶつけて動かなくなった。


「ちょっと来なさい和海」


「母さん、俺もう駄目だって……死ぬんだって……」


 母さんは、俺の手を引いてずんずんとトイレに歩いていく。





「せい……り…ふがふが」


「黙れっ! 千夏!」


 俺は千夏の口に手を当てて言葉を封じる。


ここは校舎裏。昼休みに千夏を俺は連れ出していた。

 

千夏が目をぱちくりしながらも、静まった様子なので手を離してやった。


「どうして……今頃……」


「いや、俺には分かる。俺は、一学期に女となったすぐよりも、ずっと女っぽくなっているんだ。体の変化もそうだが、最近は男としての野生も失いつつある事に……気がついていた。ただの……『慣れ』とかだと思っていたが……」


「違うの?」


「ああ……。おそらく、俺はこのまま本物の女になってしまう気がする」


「嘘……。和海クンに限って、それは…無いよ。心まで女になるなんて……」


「なる。このペースだと、あと一年か二年で……。卒業までには確実に……」


 俺を見る千夏の顔はいつの間にか真剣な物となっていた。


「切腹とか…しないでよね……」


「野生が失われてきていると言ったろ? もう……そんな事考えなくなってきている気がする……」


「どう言う事?」


「簡単に言うと……。俺は最近、スカートを穿いても良いんじゃないかって……思い始めている」


「――――っ! 嘘……。あんなに嫌がっていたのに……」


「心のどこかで感じるだけだ。本気で穿こうと思っている訳じゃない。だが……怖いんだ。他にも、男子生徒達のアイドルとして喜びを感じてきている気がする。つい、わざと男の気を引こうと思ってしまう時もある。今までお前にすら言わなかったけど……」


「ホルモン……。女性ホルモンの働きかも……」


 俺は頷く。その後、千夏はうつむき加減で小さく口を開けた。おそらく俺の頭に浮かんでいる、最も危惧すべきイベントの事を言うのだろう。


「でも……、もうすぐだよ。……スキー合宿」


「分かってる。一学期の林間学校以来の泊まりだ。……なにが起こるやら」


「だね……」



 俺達は空を見上げた。いつかのような、どんよりとした天気だった。





 スキー合宿。3学期に行われる、高校一年生最大イベント。名前は昔の名残で『スキー』が使われているが、内容はスキーではなく『スノーボード』である。スキー場もいつまでもスキー場だろ? そういう事らしい。


 期間と行き先は、3泊4日で北海道。さすが私立のお坊ちゃん学校だけある。公立の高校の修学旅行規模だ。


北海道には行きなれている俺の周りの奴らも、友達と一緒にゲレンデで遊んだ奴はほとんどいない。みんなの浮かれ具合は一か月前からどころか、年が明ける前からかなりのものだった。



 俺達は二月の某日、羽田空港から千歳空港へと、飛行機で北海道へ入る。そして、空港からニセコスキー場まではバスで3時間と言う事だ。その日のうちに着いた俺達はゲレンデを楽しむ。ゲレンデはナイター営業もしているが、事故を防ぐためと監視の目が行き届きにくい理由で滑る事は出来ない。1泊目、2泊目、3泊目と、全てニセコスキー場ゲレンデ側のホテルに宿泊する。スキー合宿という言葉に、まさに一点の曇りもないだろう。




 さて、はしょってホテルに着いた所から説明したいところだが、そう言う訳には行かないトラブル常備の俺達。


 空港からいろいろやらかしてしまう……。




「おぅいぃーっす!」


「よう……正也……?」


 ハイテンションで挨拶して来た正也っぽい奴に俺は後ずさった。少し早めに空港の団体集合場所に着いた俺と千夏の前に、正也……っぽい奴が現れたのだ。


「高そうな……服着てるな?」


「おっ! 分かるっ?」


「そりゃぁ……分かるぜ……。ヴィトンだろ?」


「んんんんん……、………正解っ!」


 正也っぽい奴は、十分に溜めた後、俺を指差してきてそう言ったが、どでかいサングラスをかけているので表情が良くわからない。 そのサングラスのレンズとレンズの間のブリッジ上には、金色に輝く『LV』と言うエンブレムが乗っている。おまけに、転がしてきたトラベルケースもヴィトン定番のカラーだし、穿いているズボンもヴィトンカラーだ。そんなズボン……あったんだな。


「自慢じゃねーんだよ! ただ、お洒落して来たのは事実っ! なんせ私服を披露できる修学旅行だからな! 大目に見てくれよ!」


「大目にって言うか……多分お前が思っている意味とは違う意味で、大目に見てやるよ……」


「和海だってかわいいじゃねーか! その黒のジャケット可愛いし、俺とおそろいみてーだよなっ!」


「え……お……あ……りがと」


 制服はだぶだぶのまま過ごしているが、俺も女になって約一年、多少この体に合わせた服を買いそろえている。


今日の俺はショート丈のPコートに、タイトなスキニージーンズ。ジーンズの上から膝丈の茶色のブーツを履いている。


千夏と一緒に買いに行き、二人納得して買ってきた服だが、母親に見せると「あんた、完璧に女の子に見えるわよ。その服のセンスも女ね」と、言われてしまった。徐々に女になりつつある俺と、元女の千夏で選べば、よく考えたらそうなるのは当然だ。ではワイルドアクセントにと、古着屋で袖のちぎれたノースリーブGジャンを買おうかと千夏に言ったら、それだけはやめてくれと言われた。


「よう、松尾!」


「おっす!」


 現れた背の高い怪しい男と正也がハイタッチをしている。


 松尾と思われる男は、こちらもサングラスをかけ、くそ長い暗殺者を思わせるような黒のロングコートを羽織っている。頭はてかてかの、オールバックだ。


「ち…千夏。私服はコスプレとか仮装って決まりだったっけ?」


「聞いてないけど……」


 千夏はグレーのダウンジャケットに、ダメージジーンズ。ショート丈ブーツだ。普通の若者の格好をしている俺と千夏が異質に見えてくる。


「はやいね、みんな!」


「ちょいーっす、羽島!」


 次に現れた芸人風な男と正也達はハイタッチをする。


 同じクラスの羽島で、トレードマークは黒縁眼鏡だ。しかし、今、目の前にいる男は、赤いフレームのお洒落極まった眼鏡だ。


 こそこそと輪から離れていく俺と千夏に、三人の顔が一斉に向いた。


「どうっ! 和海! 今日の俺達っ!」


「えっ……えっと……いつもと違うイメージ……」


 俺は顔を引きつらせながら言う。普段は辛口な俺だが、ここでダサいって言って旅行中の楽しい気分をいきなり最低に持って行く訳にはいかないだろう……。


「いよーっし! ポイントゲット!」


「違う自分を見せないとな!」


「そのギャップがいつしか好意に変わるんだよなっ!」


 馬鹿みたいに騒いでいる奴らから、俺はバレないようにすり足で遠ざかる。すると、後ろに人の気配がした。


「はぁ……。本当にスノボ旅行で良かった……。ゲレンデに行けばウェアで分からなくなるもんね……」


 俺の後ろに立っていた久美は、肩をすくめてため息を付いている。俺はその姿に見入る。


「ダウンに……スカートか。んで、生足にロングブーツ……。これ……有りだな」


 俺は久美の服装に感心した。やっぱり女の子にスカートは良く似合う。特に、スカート、生足、ロングブーツの三点セットは可愛すぎる。


「何スカートをジロジロ見てるの? ……着てみる? ホテルで貸してあげようか?」


「ん……。そうだな。一回俺のコートと合わせて……」


 俺は視線を感じて顔を上げる。すると、久美がニヤニヤと俺を見ていた。


「じょっ……冗談だ!」


「そう? 別に良いのに」


 久美の怪しい瞳に、俺は冷や汗が流れた。


(こいつ……なんの冗談だ?)


 

意識した俺は気が付いた。久美は、時折俺をじっと見ている事がある。





[ビー]

 

搭乗口で、金属探知機が反応をする。


日本の空港だと言うのに、


「Why?」


 と言いながら、両手を広げて見せたのは正也だ。


 ポケットを自分で探って確認した後、もう一度通ってみても、また音がなる。係員が携帯金属探知機を手にして、正也の体を調べる。


[ビー]


「ベルトをはずしてください」


 言われた正也は、それを引き抜く。馬鹿でかいLVの形をしたバックルが付いたベルトだった。


[ビー]


「ネックレスのようなものをつけていませんか?」


 正也は手を一つ叩くと、襟口から手を入れて、金属の鎖を頭から抜く。


 置いたそれに、後ろに並んでいる俺だけでなく、係員や近くに立っていた警官も驚いた。


 正也が首から提げていたものは、クロスの付いたネックレス。しかし、そのクロスが問題だ。それは、牧師が吸血鬼相手に突きつけるような巨大な十字架。男の手のひらほどある大きさだ。


「おまえ……マジか? 飛行機慣れてんじゃねーのか……」


「お洒落に目が向きすぎて忘れてたぜ! これは模造品なんだけど、6世紀後半の遺跡から発掘された十字架のレプリカで…」


[バコッ]


 俺が奴の背中を蹴ると、そのまま正也はよたよたと金属探知機を通り抜けた。当然音はならない。係員も、何やら痛いものを見る目をしながら手荷物を早く持って行けと正也に指示をしている。


正也はそんな空気を微塵にも感じず、またどでかいサングラスをかけ、高そうなだけのベルトをして、吸血鬼が恐ろしいのかと言うようなネックレスを身につけて、気味の悪い笑顔を作って顎を突き出して歩いていった。たぶん、ハリウッド俳優とかそんなのを意識しているんだと思う。




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