死闘? クリスマス!
ナデシコダンジ2に合わせて、ひな祭り→クリスマス会に変更です。
ばれそうになる事が多々あったが、俺はそれなりに高校生活を楽しんでいた。
相変わらず男子に追い回される毎日。着替えを凝視される体育の授業前。常に連れションに誘われる休憩時間。それを、時には千夏の力を借りて俺は潜り抜けた。
俺の人生の中で激動であった高校一年生も終わりに近づく冬。俺の家でイベントをやる事になってしまった。親父が10年ぶりだからと気合を入れているそれは、クリスマス!
親父は俺が女になってからと言うもの、何かとイベントごとは張り切る。
確か……サンタクロースは、10年前に親父が「あんな西洋かぶれの男など、倒してやったわ! わっはっは!」と言ったっきり我が家を訪ねて来なかったのだが、今回から「前田健次郎に手を回させた」と言う理由で国交を回復したらしかった。
「なあなあ、和海ん家でクリスマスパーティーやるんだろ? 俺も呼んでくれよ」
「俺も頼むよ」
それを一週間後に控えた日から、クラスメート達が次々に俺にそう言って来た。
「てめえら、どこでそれを……?」
「さっき、校門の所でレスラーみたいな人が配ってたぜ」
「いや、あれは超人じゃなかったか? 1000万パワークラスはありそうだったぞ」
俺はそいつらが手にしていたビラを奪う。それには正確な開催日時と、俺の家までの詳細な地図が載っていた。
「和海ん家ってこんな所にあったんだ……」
「今度見に行って良いか? 別に出てこなくても良いからさ、カーテン越しに人影が見えただけで満足できるから」
「俺もシャワーの音を聞いただけでご飯3杯はいけるかも」
「ストーカー共がっ! 来たら、すまきにして川に捨てるぞっ!」
毎日そんなやりとりを繰り返していた俺の所に正也と松尾が現れた。奴らは、『取材拒否』と書かれた鉢巻をして、近づいてくる男達から俺を守ってくれる。意外と良い奴らだなと思っていたところ、前日になって俺にクリスマスパーティーへの参加を土下座して頼んできた。
こうして、俺、千夏、久美、恵と言うメンバーに、正也と松尾を加えてのひな祭りが始まる。
「たった6人なんてパパ悲しいよー。100人は呼ぶつもりだったのに……」
「そんな人数、家に入らねーだろっ! 大体、チラシみたいなビラとか作ってんじゃねーよ! 金もったいないだろうっ!」
「大丈夫だよー。前田健次郎に言ったら、タダで1万枚作ってくれたからー」
「だから親父! それまさか総理大臣じゃねーだろうなぁ!」
俺は廊下で奴にカウンターで飛び蹴りを狙うが、胸の筋肉の動き一つで跳ね返される。やっぱり女の体になってウェイトが減ったから……、って本当にそんな理由か?
「せっかくだからこのドレス着てちょうだい、和海ちゃーん!」
「友達が来るんだ! そんなもん着れるかぁ!」
奴はフリフリの白いシャツに、これまた輪をかけたフリフリの白っぽいスカートを持って俺を追いかけてくる。フリルが少女趣味だと言えるが、ドレスとしてはまずまずかもしれない……って俺は何を言っているんだ! あんな物を着れるはずがないっ! スカートなんて……。
こんな肝心な日に、母さんは同窓会だとか言って出かけてしまっている。暴走列車となった親父を止める術がねぇ!
「和海ちゅわぁぁん!」
俺は、伸びてきた奴の肘を、膝で蹴り上げようとした。しかし、どう見ても俺の膝よりも太い肘に弾き返される。
「早くその服脱いでぇ!」
[ピンポーン]
家にチャイムの音が鳴り響く。しかし、親父は目を爛々と輝かせて俺を追ってくる。……こいつ、完全にイってやがるっ!
「の、野郎っ!」
俺は玄関脇に置いてあった木刀を親父に向かって投げる。この木刀は桜島の溶岩に浸しても燃えない霊木で作られているらしく(親父曰く)、そう簡単には折れない。親父は足の間に木刀を挟みこみ、廊下で激しく転んだ。
俺は玄関ドアを開けて外へ飛び出る。
「なっ……何してるの……和海君……」
門の外に立っているひな祭りに来てくれたメンバーは目を点にしている。それもそのはずだろう。俺はビリビリに破られたTシャツの切れ端で、胸を押さえているだけの姿。当然ブラジャーまでつけさせたい親父に、さらしなんかすでに千切られている。
「松尾! 例の物持ってきたかっ!」
「え……。まあ、一応……」
「だせっ! すぐに出せ!」
「軍用のヤツだから、取り扱いに気をつけてくれよ……」
俺は松尾の手から、プラスチック製の黒い棒状の物を奪い取る。それを片手に家の中に戻った。
「ぎゃわわわわゎぁ!」
三分後、さらしを巻き終えた俺はパーカーをかぶってみんなを家に招きいれる。
「何してたの和海君……」
「ん? ちょっとな……」
チキンなどの料理が並べてある居間のテーブルに俺は全員を案内した。座った久美は、松尾に質問をする。
「松尾君、さっきは和海君に何を渡してたの?」
「俺のコレクションの一つでさ、軍用スタンガン。120万ボルトで熊でも倒せるって奴」
「スタンガン?」
「まあ、そんな事は良いじゃないか! 始めようぜ!」
俺は汗を拭いながら皆にノンアルコールシャンパンを手に取るように勧める。
奴は当分動けないとは思うが、念のため納戸に閉じ込めて鍵をかけてやった。道具は使いたくなかったが、今の俺は女の体と言うハンディキャップがある。それに、パーティーも控えているから、まあ、仕方が無いだろう。
だが、心配なのは奴に使ったスタンガンの威力だ。これは、『軍用』と聞いている。つまり、対人間相手の武器。奴相手にどのくらいの時間稼ぎが出来るやら……。
取りあえずは、和やかなムードでクリスマスパーティーパーティーが始まる。
料理やケーキを食べ始めるとすぐ、話題は風変わりな家の和風庭園についてとなった。
「あのでかい松、幹についている跡すごいな。木刀で殴った傷か?」
「お、良い勘してるな。そうだ、俺の木刀と、親父の手刀の傷だ」
「しゅ……手刀? 素手で??」
「あの平べったい石はバーベキューとかに使うのか?」
「あれか。あれは雨だれ石を穿つって奴の練習で、石を繰り返し拳で殴って割る練習だ」
「割れるの?」
「いやぁ、俺には無理だな」
「お父さんは割るんだ……」
「和海……、あの地面に突き刺さっている年季の入った木の杭みたいなのは、親父さんがへし折ったバットか?」
「何言ってんだ。あれは親父が葬った奴の墓じゃねーか」
「………………」
「って、冗談だって! 信じるなよ! 馬鹿だな、おまえらっ!」
「どれが……冗談だったんだ?」
「え? もちろん墓の話だろ?」
「後は……冗談じゃねーんだ……」
意外に俺達のクリスマスパーティーは和気藹々と進んでいた。学校にいる時のように話題は尽きない。
しかし、1時間が経った頃だろうか。俺の耳に、妖怪を閉じ込めた岩戸が開かれる音が聞こえた。
「お前ら……動くなよ。巻き込まれるぞ」
俺は立ち上がり、居間の扉を見る。するとやはり、身長190cmの巨人が扉を開けて顔を覗かせた。
「和海ちゃーん。パパもまぜてくれよーん」
「おとなしく封印されていれば良いものを……」
俺は皆を巻き込まないように庭に出ると、奴は嬉しそうに俺に付いて来た。
「和海ちゅわーん」
じりじりと俺に近づいてくる奴を前にしながら、俺はすばやく庭の池にミドリガメのミドリがいない事を確認した。
「さぁ! パパにあーんでご飯を食べさせてよーん!」
雪崩を思わす様子で突っ込んでくる奴に向かって、俺は池の水を足先で蹴った。その飛沫は、奴のタンクトップを濡らす。
「くらえっ! 伝導率アップ! 120万ボルト電撃攻撃!」
[バチッ!]
俺の体の影から突き出したスタンガンは確実に奴の心臓をとらえた。しかし、奴は胸をぽりぽりと二度ほど掻くと、俺に目を向ける。
「ちょっとビリッときたけど……。もしかしてそれはパパに買ってくれた電気マッサージ機ですかぁ! パパ、愛されちゃって困るなぁ!」
「もう……耐性をつけやがった……。化け物め……」
俺は後ろ向きに二歩、三歩と下がる。俺の後ろには松が立っている。この太い木を盾にしたところで、奴はあっさりとへし折って迫ってくるだろう……。
「仕方が無い! 最終奥義だっ!」
俺は奴を回りこみ、居間と庭を隔てる窓ガラスの前に立つ。千夏や正也からは俺の背中しか見えていないだろう。俺はスタンガンを縁側に投げ捨てる。
「ああ、パパへの大切なプレゼントが壊れちゃうよぉ」
奴の目が餌に食いついた。俺は一直線に化け物に向かって走る。その途中、俺の手はパーカーの中に滑り込ませ、中のさらしを緩める。
「くらえ!」
俺は大きく跳ね上がった。奴が俺に向かって手を伸ばしてくるが、それが届く前に俺はパーカーの前をめくり上げる。
奴の目が俺の胸に釘付けになり、動きが止まったところで俺は奴の頭に両手を付いて跳び箱のように飛び越えた。
奴と背中合わせになって落下する途中、俺は空中で両腕を奴の首に巻きつけてぶら下がる。重みで奴の体が後ろに反った。
「必殺! パイ見せ、ネックブレイカー!」
[ボキッ]
俺が、親父の首を逆側に背負い投げするように地面に腰を付くと、奴の首から大きな破壊音が鳴った。
「ふう……。これだけは使うまいと思っていたが……」
俺は、仰向けで白目をむいた親父を見下ろしながらパーカーを整えると、みんなのいる居間へと戻る。
「これで俺が地上最強だ」
そう言いながら、再び乾杯をしようと俺がグラスを上げるが、誰も付き合ってくれなかった。
「和海……。最後何をやったんだ? えっと……ぱいみせねっく……なんとかとか言ってたけど……?」
「ばっ……馬鹿! 全然違うぞ! ぱ……ぱ……パンチ……、パンチ入れ、ネックブレイカーだ。高速で急所にパンチを入れて全身を麻痺させ、そこから首をへし折る。あの化け物に勝つために俺が一年かけて考えた技だ」
「へ……へぇ……」
「和海君……毎日大変そうね……」
「あのスタンガンが聞かない和海の親父さん……何者?」
「だから……超人だろ?」
こんな日がずっと続くと思っていた。
しかし、楽しいのとは関係なく、不自然な時間は音と共に崩れる日がくるのだ。