初登場? 和海の妹! 2
久美の声に俺は背中を大きく震わせる。ここに自爆ボタンがあったら、「さらば、高校生の日々」と言って、今押したところだ。
「何? 和海君がどうしたの? 千夏君が浮気をしているって言いたいの?」
恵は立ち上がった様子で、久美に尋ねている。
「違うっ! この子っ! 和海君にそっくりっ!」
「えっ? ……和海君に? あれっ……。そう言えば……」
俺は千夏に向かって、「もう駄目だ」と言おうとした。しかし、千夏は小さく手を一つ叩くと、俺に何やらアイコンタクトを送ってくる。……なんだ?
「やっぱり似てるんだよ! いつも僕が言っているでしょ! ねっ、和菜ちゃんっ!」
「へっ……?」
俺が戸惑っている所、千夏は俺の両肩に手を乗せる。
「この子、和海クンの妹さんなの! いつもお兄さんと似ているよって僕が言うんだけど、全然信じないんだ!」
「か……和海君の……」
「妹?」
千夏が俺の体を回して二人の方を向けると、唖然としている久美と恵がいた。
「この人達は、お兄さんのクラスメートだよ! 右が久美ちゃんで左が恵ちゃん!」
「え……えっと。ゴホンっ。和菜ですっ! はじめましてっ!」
これで騙せるのかは分からなかった。だが、いつも声を低く出そうと努力している俺だが、この時ばかりは地声を出した。千夏に女声と言われ、封じていた声だ。
「和海君に……妹……ちゃんいたんだ……。かわいいっ! 和海君が女の子だったら、こんな感じなんだぁ」
恵は手を叩いて笑顔だ。どうやら信じてくれたようだが、久美は腕組みをしたまま、まだじっと俺を見ている。
「でも……似すぎてない? 私が覚えている昔の和海君とは違うけど、最近の、入院してからの和海君と……そっくりなような……」
顔を寄せてきた久美に、俺は引きつった笑顔を見せる。俺の奥歯がカチカチ音を鳴らしているのは聞こえていないだろうか……?
「双子なのっ! ね、和菜ちゃん!」
千夏が俺の背中を軽く叩いたのをきっかけに、奥歯に力を込める。
「ふっ……双子なのに……全然似てないでしょっ? お兄と一緒の顔なんて、心外デス!」
俺は自分の女の振りに吐き気がする。しかし、ここまできたら……やるしかない!
「双子? でも、男と女だから、二卵性よね? すごく似ているね……」
「久美サン! だから、私とお兄は似てないデスよっ!」
俺は二度ほど脚を踏み鳴らすと、背伸びをして頬を膨らましてみた。
「やっば、この子……。これ私達のクラスの男子に見つかったら、全員ストーカーになるよきっと……」
恵が久美にそう言うと、久美も頷いた。
もしかして……久美も信じたかも……?
「これ……パットじゃないよね? 自前?」
―プニュ―
「きゃぁ!」
恵が俺の胸を突いてきたので、俺は胸を両手で押さえて後ずさった。
やばい。今のは演技じゃなく、マジで声が出てしまった……。
「恵、本物だった?」
「マジ、マジ! マジ物っ! 大きなマシュマロっ!」
「なんだ……。やっぱり女の子か。和海君が女装しているって線も消えたか」
「女装しているって、この体の丸みとウエストのくびれは無理でしょぉ。胸の谷間もすっごいし……」
「くやしいけど、勝てる気しないね!」
久美と恵は二人で笑いだした。と……峠は……越えたか?
二人はどうにか双子だと思ってくれたようで、その後4人で遊ぶ事となった。
今日は胸も隠さなくて良いし表情も気にしなくていい。その分、女の振りをしないといけないが、それは口調だけですむ。男を演じている時より楽だ。まあ、心以外の全てが女だから当たり前かもしれないが。
「もうちょっともうちょっと……あっ! つながったよ、恵っ!」
「やったぁ!」
久美と恵は、お互い砂山に腕を肩まで突っ込んでいる状態で声を上げた。
「ほらっ! 上手にやれば上のトンネルと下のトンネルを作ることが出来るんだよっ!」
自慢げに胸を張った俺の顔を、三人は目を輝かして見てくれる。
「和菜ちゃん、すごーい!」
「地下鉄みたいだねー」
俺達は身長ほど高さのある山を四方向から囲み、全員で両手をあげて万歳をした。
「和菜ちゃんって男の子みたいに元気があるね!」
恵の言葉に少しドキリとしたが、その表情から深い意味は無さそうだった。
「えっ……そ……そうデスか?」
「さすが和海君の双子って感じ!」
そう言った恵の隣で頷いていた久美も、俺の手を握って言ってくる。
「これからも一緒に遊ぼうよ!」
「いや……えっと……あの……」
それはもちろんお断りだ。遊ぶのが楽しくないわけじゃない。いや、結構楽しい。しかし、和菜の姿を覚えさせてしまうと、和海を見た時に、男子制服を着ている和菜だと思わせてしまう。つまり、それは和海が女だとヒントを与えてしまう事になる。
「だ……駄目なの。和菜ちゃんは……ねっ?」
千夏がここでフォローに割って入ってくれた。俺は千夏の機転に期待をし、相槌を返す。
「そ……そうそう……」
「え? 何で? どうして?」
「あの……ほら……家にいなくて……。寮……、全寮制の学校に……」
「う……うん! 今日家に帰ってきたのはたまたま……なんだっ!」
全寮制の高校に入っている、めったに会えない双子……だな、千夏!
俺と千夏はややぎこちないながらもテレパシーで通じ合った気がした。……ただ、残念ながら俺の家は、全寮制の高校に娘を入れるような裕福な家庭では無いが、ここで久美と恵の二人は金銭面の話には気づくことは無いだろう。最悪、鹿児島のじーちゃんに死んだ事になってもらって、その遺産って事に……。
「あー。全寮制かぁ……。私の中学校の時の友達も行ってるけど、外出外泊に厳しいもんねー」
さすがは金持ち学園の生徒の一人、深田恵。そんなマンガの登場人物のような設定の友人を持っていたか……恐ろしい奴だ。だが、逆にリアリティが出てきたぜ。
「お……おまけに愛知にある学校なんだっ! だから…」
「そう! お盆と正月くらいしか……。今日はえっと……創立記念日だったからっ!」
再び千夏から送られてきたパスを、俺はぎこちなくトラップし、シュートにこぎつけた……しかし、そんな俺を見ている久美の口元が緩んでいるのに気が付く。あいつ……なんで……。
「あ、みんな喉乾いて無い? 僕が買ってくるよ」
「俺……じゃなくて私も手伝う!」
千夏もこれ以上この会話を引っ張るとボロが出てくると踏んだのか、良い口実を作った。当然俺も急いでそれに乗っかった。
千夏には本当に助けられる。海で喉が渇いていない奴なんて殆どいないだろうから、千夏のセリフにはより自然さが伴う。俺なら、「トイレ行ってくる」とか怪しさ無限大の言い訳しか思いつかないところだ。
俺達は売店まで走る。何となく逃げ出したような気がしていた俺と千夏は、顔を見合わせて笑った。
スポーツドリンク2本に、お茶が2本と、適当にペットボトル入りの飲み物を買ってきた俺達。人で混雑している場所を抜けると、遠くで手を振ってきた久美達が見えた。両手がふさがっている俺達は、軽くペットボトルを振って返事を返す。
―ドンッ―
その時、友達同士ふざけあっていた男達の一人が、千夏にぶつかった。
「ご……ごめんなさい」
「痛ってえなぁ。何すんだよ」
俺は自分からぶつかってきたくせに横柄な態度を取っている男を睨む。俺ならこいつらなんて即座に蹴り飛ばしてやってるが、千夏は丁寧に頭を下げている。そんな健気な千夏と、男達の間に俺は立つ。
「謝る事ねーぞ、千夏。こいつらからぶつかって来たんだ。お前らこそ謝れ馬鹿」
「なんだと? ……おお」
その三人組は俺を見た後、ヒソヒソと三人で話している。そして、男の一人が前に出てきた。
「僕、この子をちょっと貸してくれたら慰謝料は無しにするよ。いいだろ?」
千夏に向かってそう言うと、男は俺に向かって手を伸ばしてくる。俺はステップを踏んでその手を避けると、一つ頭に浮かんだセリフを言う事にする。この小さなアクシデントを生かして、千夏に男の経験を積ませる方法だ。
「この人はお前らよりずっと強い。恐らく銀河最強だ。どこからでもかかってこい。ロケットパンチが火を噴くぞ」
やや棒読みだったかもしれないが俺は言った。そして、千夏の後ろに隠れる。
「後は頼んだ、千夏!」
「ええっ! 和…和菜ちゃんがさんざん煽っておいて、それはないよぉ!」
「今日、俺は女だ。暴れたら久美と恵にばれるだろ? お前は男だからいける! 自分の力を信じろ!」
俺は無理やりバトンを千夏の手に押し込んだ。その代わりに手に持っていた飲み物を受け取る。千夏がこれから男として一皮向けるには、ここしかない。俺は期待していた。
「何ごちゃごちゃ言ってるんだよ! さっさと女の子達を譲れよボク!」
男の一人が、千夏を顔で威嚇しながら俺の前へ歩いてくる。
(ふん、こいつは格好だけのタイプだ。鼻でも殴ったらすぐ泣くな)
そいつは俺の腕を掴んできた、それに対して俺は冷めた視線を送る。
「か……和菜ちゃんに何をするんだ!」
千夏が……バタバタと男に向かって走った。よし良いぞ、千夏! 俺はそれを横目で見守る。
そして、……そうっ! 千夏は猫科の動物のようなパンチを男に向かって放った! 猫科って言うか、猫。ようするに、猫パンチ。それが男の顔を捉える!
[ペチッ]
「………なんだこいつ」
男は片手で千夏の胸を突くと、千夏は、そんなに飛ぶか? ってくらい吹っ飛んだ。
俺は男の手を振り払い、慌てて千夏に駆け寄って屈みこむ。
「お前マジか? この場面で猫パンチとかギャグ挟むなんて、俺より余裕あるぜっ! ……って、まさか今の本気……でやってないよな?」
「本気だよっ! 人をグーで叩いた事なんてないもんっ!」
千夏はお尻をさすりながらもう半べそ状態だった。
「まだビンタの方がダメージあったよな……。まあ仕方が無い。徐々にお前を育てていく。今回は俺に任せろ」
俺はペットボトルを全て千夏に渡して立ち上がると、小さな体で男達3人の前に立った。久美と恵もいつの間にか俺達から5m程の距離にまで来てくれて、二人で抱き合って見ているが、怖くてそれ以上近づいて来れないようだ。二人の手前、あんまり男の『地』が出ないようにしないとな……。
「やいやい、てめえらっ! よくも俺の…えーと、お兄の彼氏をやってくれたな!」
「お兄の……彼氏?」
男達三人は何やらごにょごにょと話し合って首を捻っている。
あれ……なんか言葉の選択を間違えたかも……。
話し終えた男達の一人が俺の前に出てくる。
「まあ、兄弟がゲイでも……妹には関係ないしな……」
他の二人から「ゲイってリアルで初めて聞いた」とかなんとか聞こえてくるが、どうせもう会わない奴らだからどうでも良いだろう。
「俺は女だ! 多少やりすぎても正当防衛になるから、その辺よろしくっ!」
男はそんな俺に、ニヤニヤしながら手を伸ばしてきた。その指の先には俺の胸がある。揉み合って偶然当たったとでも言うつもりか? いきなり乳を狙ってくるとは、男の風上にも置けない奴だっ!
俺は、右回りに一回転をする。次に男の方を向いた時には屈みこみ、地面スレスレの回し蹴りを男に向かって放った。
「うわっ!」
男は足を払われ、体を横に倒す。腕を伸ばして地面に手を突こうとする男だが、すでに正面を向き直って立っていた俺が、その手を蹴り飛ばす。
―ドシャッ―
受身を取れなかった男は、自分の体重を肩の一点にかけて地面にぶつかった。肩を押さえながらもんどりうっている。
「ええっ……。和海……じゃなくて、和菜ちゃんって……本当に強いんだ……」
俺は後ろから聞こえてくる千夏の言葉の『本当に』って部分がすごく気になった。こいつは、俺が口調だけ荒っぽい男だけだと思っていた気がする。
「ああ、今でこれだから、前はもっと強かったんだぜっ! 今まで俺を倒したのは、親父しかいねーくらいだっ!」
俺は残った二人の顔を見る。次はどっちだ? どっちでも良いぞ。かかって来い。そう思っていた。
[ガシッ]
[ガシッ]
「うそぉ! ちょっと待てお前らっ!」
二人は左右から迫ってきたと思うと、俺の腕を片方ずつ掴んだ。
「なっ……なんて男らしく無い奴らだっ! 男はまず名乗りを上げて、それから一対一で……」
「まあ、お姉ちゃんがやんちゃなのは分かったからさ、大人しく俺たちと遊ぼうよ」
「そうそう」
二人は段々と力を込めてくる。俺は、男の中でも軟弱な部類の千夏よりも力が無いってのに、腕一本を男一人に抑えられて、全く身動きが出来なくなった。
「やっ……やめなさいよー」
「やめろー。やめろー」
いつの間にか千夏のすぐ後ろにまで来ていた久美と恵は、千夏の背中に隠れてこわごわと声を出すが、びっくりするほど役に立たない。クラスで男子達を殴っている時のパワーを今こそ出してくれ……。
「これまで見た中で、一番この子が巨乳かも……」
「ウエストとの差は間違いなく一番だよな」
男達は俺の腕を左右に開く。俺はまるで、はりつけにされたような姿勢になった。
「お前らやめろって! 別にそんないい物じゃねーぞ! クラスに一人いただろ? デブ男。そいつの胸と感触は大差ねーんだからっ!」
二人はヘラヘラと笑いながら、その視線は俺の胸一点に集中している。先ほど倒した一人も、その後ろで起き上がってきた。
「別に見せる分には良いんだけどっ! お前らが女と思って見てくるのが嫌なんだよっ! く……詳しくは言えないけど、お前らが思っているのとちょっと違うぞっ!」
男の胸をやらしい気持ちで揉んだら、こいつらも人生の汚点となると言うのに……、この三人は触る気満々だ。しかし、周りに久美や恵がいる状況で俺が男だとは言えない。まあ、言ったところで信じないだろうし、体は本当に女だからややこしいし……。
その時、何やら日が陰った気がした。視線を上に向けると、雲一つ無い青い空が広がっている。じゃあ、俺を包んでいるこの日陰は一体……なんだ?
―ガシッ―
―ガシッ―
俺の頭の右側から一本、左側から一歩と、後ろから伸びてきた丸太が男達の顔を鷲づかみする。
「わしの娘に何をする気だ……」
その丸太のように茶色く焼けた腕は、右手で一人、左手で一人と、男達を宙吊りにした。地面から1mほど離れた足は、もがくように空中を泳いでいる。
こ……こんな事が出来る人間は一人しか知らない。
俺が後ろを振り返ると、戦車を思い出す巨大で分厚い胸板があった。日焼けした短髪の魔人は目を光らしている。
「お……親父! どうしてここにっ!」
親父は握っていた男達が動かなくなると、それを子供が飽きた玩具を投げ捨てるような感じで放り投げた。転がった男達は泡を吹いて白目を向いている。
「なっ……なんだこのおっさん!」
男の最後の一人が、近くにあったパラソルを引き抜いて構えた。しかし、190cm近くある筋肉の化け物相手にその武器では分が悪いと思ったのか、振りかぶると手に持っていたパラソルを投げつけてきた。
「チェストォ!」
俺は風圧でよろめいた。親父は空中でパラソルを叩き落し、くの字に曲がったそれは地面に転がる。
「九州の高校を全て勢力下に置き、鹿児島のダイダラボッチと呼ばれたこのわし。未だに前田健次郎も頭をさげよるわ……」
親父が鋭い眼光を叩き付けると、最後の男は鼻水を垂らしながら倒れた二人の男の体を揺すって目を覚まさせている。完全に戦意喪失で逃げる気だ。
それにしても……前田健次郎って……今の総理大臣と同じ名前だが……、ただの同姓同名だよな……?
「お前は……熊よりも強いのか? なら、かかって来るがよい。久しぶりに熊狩りがしたくなって来たわ……」
親父がもう一歩近づくと、男は目を覚ました二人を連れて猛烈な勢いで逃げて行った。
「てめぇ、親父! さては……今まで俺とやるときに手を抜いていやがったなっ! 男同士の真剣勝負に手を抜くなんて、日本男児の風上にも…」
「パパが来たよー! 一緒に泳ごうねー!」
親父は俺の言葉など無視をして、3m級の高い高いを俺にしてくる。
「え……あの大男って……、和海君と和菜ちゃんの……お父さん?」
「お父さんって、プロレスラーなの?」
手足をばたつかせる俺の視界に、そんな事を言っている久美と恵が目に入った。だれか……助けてくれ……。
「大体親父、だからどうしてここにいるんだ! 大工の仕事はどうしたっ!」
「可愛い娘が海に出かけたんだから、一緒に泳ぐために来たんだよーん。仕事なんか、今日の分を1時間で終わらせてきたよーん!」
「1時間……。化け物め……」
「この水着可愛いねー! さすがわしの娘! なんでも似合うよーん」
親父は、顔を俺の胸にこすり付けてくる。こ……これならさっきの男達に触られた方がましだ……。
「セクハラ親父! やめろっ!」
その時、ハイテンションな親父の後ろに、母さんが立っているのを見つけた。二人で来ていたのか。
「母さん、どうして俺達が海に来ているのを親父が知っているんだよ! 言ったのかっ?」
母さんは親父の横で、ずっとヤレヤレと言う顔をして見ていたが、それを聞くと首を横に振った。
「お父さんは第六感だって言ってたけど……。この前あんたに新しい携帯を買ってくれていたでしょ?」
「……ああ、俺は今までので十分だって言ったけど、無理やり買ってきたあれか?」
「多分、それにGPS機能がついているわ。それで説明が出来るもの」
「げっ! マジかおやじっ!」
「てへっ! ばれちゃった!」
親父は俺に舌を出して見せたが、超絶かわいくねぇ!
俺は高い高いをされたまま、親父の体に蹴りを入れるが、蚊にさされたほどのダメージも与えられていないようだった。
しばらくすると、学校にある噂が流れる。
和海の背後には、『完璧超人』がついている……と。
「お前らだろっ! 久美! 恵!」
「わ……私達はプロレスラーみたいな人って言っただけだよ……」
「無敵っぽいとは言ったけど……」
尾ひれってすげーな。