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初登場? 和海の妹! 1

 和海の家から三駅ほど離れた賑やかな街には、大きな商店街、デパート、洒落たカフェなどが立ち並ぶ。スクランブル交差点の信号が青になると同時に道路に出てくる人の群れは、上空から見れば蜜にでも群がる蟻のようだろう。


 この街に百貨店は3件ほどあるが、その中の一つ、全国的に有名な百貨店の7階特設スペースで開かれている『大サマーSALE』の会場内更衣室に、一人の女の子が入っていた。


その子は、鏡の前で胸を突き出したり、後ろを向いてお尻を振ってみたり、両手を頭の後ろに置いて腰を右に左にクネクネと動かしてみたりしている。


 更衣室のカーテンは二重になっており、一枚目を開けて入ってきた女性店員が中に声をかける。返事が聞こえた後、二枚目のカーテンを開けた。



「わぁ! とてもお似合いですよ、お客様!」


「に……似合ってない!」


「……えっ? あの……すごく可愛いと思いますけど?」


「全然かわいくないっ!」


 女の子は水着を試着していた。黒を基調とした生地に、濃いピンクがラインであしらわれている水着。ビキニタイプであり、女の子の大きな胸と、くびれたウエストを強調させる。


彼女の手足は、モデルやアイドルを思わせるような真っ直ぐで細いものであり、顔もそう言われたとしても誰もが信じてしまうような人を惹きつける魅力のある目の大きな子。しかし、店員が褒めちぎるのを、首をぶんぶんと振って「似合わない」を連呼している。


「あの……では違うものを……」


「い……いやっ! これで……いいっ! これを買う!」


「えっ? ……あ、ありがとうございます」


 店員がカーテンを閉めた後、その女の子は自分が映っている鏡に片手をつき、うつむきながら肩を小さく揺らして笑う。


「ふっふっふ……。なんて俺は可愛いんだ。ちょっとびっくりしてしまった……。こんな子が歩いていたら、硬派な俺でも携帯番号聞いてしまうぜ……」


 そこで、ふと我に返った様子の女の子は、真顔で鏡を見る。


「って、ちがーう! これは仕方なしに着てみただけだっ! 俺の…………バカーっ!」


 店の中を歩いていた女性店員が振り返った。何やら殴るような音と、「痛いよぉ」と言う声が聞こえたからだった。




「ど……どうして水着を試着しただけで……泣いているの?」


「泣いてなんていねぇ! これは鉄拳制裁による、ひや汗だっ!」


 俺は、家から30分ほどかけて来た繁華街に千夏と一緒に来ていた。


千夏は両手一杯に洋服店の袋を下げている。俺も、先ほど購入した水着が入った紙袋を一つ持っている。今日はこれで目的のものは全て買い終えた。後は帰るだけである。


「けどよ、女物の服そんなに買ってどうするんだ?」


「だって、可愛いからっ! 今期物の色と形なんだよっ! 見て!」


 紙袋の口から服の色を覗かせて俺に見せてくるが、散々買い物に付き合わされた俺はバーコードを読んだだけで服の形と色を思い出せる。


「男のお前がはしゃぎながら服選んでいるのを、店員は口を半開きにして見ていたぞ」


「いっ……いいじゃない! 別にっ!」


「だから、買っても着れないだろ? お前、その175cmの男の体に、女物のMサイズを無理やり着るのか?」


「もしっ! 女に戻れた時のためにだよっ!」


「ったく。医者の娘…息子?は違うな……。もったいない。お前、世界には服を選びたくても選べないような人達が…」


「いいもん! それまで和海クンに着てもらうんだからっ!」


 紙袋を突き出してみせてきた千夏から俺は後ずさる。


「ばっ! 馬鹿言うなっ! 俺はそんなもん着ねーぞっ! って言うか、スカートを穿くくらいなら切腹するって言ってんだろっ!」


「もうビキニまで着るんだから、一緒だよっ!」


「違うっ! これは……仕方なくだっ! 何度も言っただろっ!」


「その割には……買った水着の包みを抱きしめて走ってくる和海クンの顔……、周りの男の人達が見とれていたくらい可愛く喜んでいたみたいだけど……」


「何を言っている! どうして俺が水着を買ったかについて、今一度お前に説明しておくっ!」


「えー……。もう何回も聞いたからいいよぉ……」


 顔を背けた千夏の肩を、俺はしっかりと掴んで話を始める。


「いーや、駄目だ。あれは、水泳の授業が終わった後の7月の事だ………………」




     ※     ※    ※




 梅雨前線は7月の訪れと共に消滅をした。セミの声が鳴り響き、日差しの強さは今年も猛暑だと感じさせる。  


 今日は日曜日。俺は青い空を見上げてひんやりとした水の中で揺られていた。


「おじゃましまーす。……って、和海クン……何をしているの?」


「……お前こそ」


 千夏は、野菜が詰まった手提げカバンを持ちながら、俺を縁側から見下ろしている。


「夏野菜で…サラダを作ってあげようと思って」


「マジか? お前の料理すげー美味いからなぁ。うちの母さんが、あの歳で料理教室通い始めたくらいだしな」


「それで、和海クンは何をしているの?」


「ん? お前も入る?」


 俺は、空気を入れて膨らました子供用ビニールプールに水を張り、その中に男の時に着ていた水着を身につけて入っていた。


「入らないけど……。だから、どうして胸を放り出してそんな事をしているの?」


「大丈夫だって。俺の家の庭は、親父が馬鹿みたいに木を植えているから、外から見えないし。それに、俺はこの水着しか持ってねーもん」


「だからっ! 女の子の体になったんだから、もっと恥じらいを持ってって、いつも言っているじゃないっ!」


「なんで誰にも見られないのに恥らうんだ? 学校ではちゃんとあの馬鹿男子共には見せないように気を配っているじゃないか」


「もうっ! 本当にいつまで経っても心が男のままなんだからっ!」


「お前もずっと、心は女のままじゃねーか。そのなよなよした感じも俺は直せって言っているのによ」


 俺は、縁側に座った千夏に向かって時折水を飛ばしては、嫌がるそぶりの千夏を笑った。


「あのさ。一番近い外国のビーチってどこだ?」


「えっ? 外国?」


「トップレスだっけ? 上の水着つけなくて良いんだろ?」


「あれは……外国のビーチならどこでも良いって訳じゃないよ。ヨーロッパの方にならあると思うけど……」


「ヨーロッパかぁ……。飛行機代高そうだな……」


「外国に行ってまで泳ぎたいの?」


「だってよぉ。お前らは学校のプール授業があったから良いけど……俺はこの夏まだ泳いで無いし、これからも泳ぎに行けそうに無いんだぜ。小学校の時に、三度の飯より泳ぐのが好きって言われ、黒人とのハーフかと思われるくらい真っ黒に日焼けしていたこの俺が……」


「そんなに好きだったの? ……学校のプールは、和海クン全部欠席したもんね……」



 6月後半にあるプール授業。それが大好きな俺は、どうにかしてみんなの目を欺けないものかと三日三晩徹夜で考えたが、これだけはやはりどうにもならなかった。


千夏の父親は、これを機会に女の子として生活を始めたらどうかと勧めてきたが、断固拒否をする俺に折れ、持病のためと診断書を書いてくれた。もちろん、偽造でも何でも無い。持病のせいなのは間違いないし、俺に多大なストレスをもたらすので問題無いはずだ。



「あー泳ぎたい泳ぎたい泳ぎたい。何とかなんねーもんかな。こんな小さなプールじゃあ、なにも出来ないぜ! 小さくなったこの体でも、普通に手足を広げただけでプールからはみ出すし……」


 俺は今、お尻とお腹、胸の下半分しか水につかっていない。


「普通に、海に行ったらどう? 僕も行きたいし」


「へっ? 乳丸出しで? お前が駄目って言ったんだろ?」


「バカっ! どうしてそうなるのよっ! 水着を着けてに決まってるでしょっ! ……女の子用の」


「女用っ! それこそ何言ってんだっ! だから、そんなもん着るくらいなら切腹するって言ってんだろっ!」


 俺はプールの水面を叩きながら千夏に強く言う。


「でも、スカートとは違うよ。スカートは女の子のためだけに作られているけど、水着は本来、男も女もないんじゃないの? 隠さないといけない部分だけを隠す物なんだから?」


「う……。そ……そんな事言われても……、騙されねーぞ……」


 俺が頬を膨らましながら腕組みをして顔を背けると、千夏は自分の顔を手でパタパタと扇いでから伸びをする。


「今年の夏も暑いねー。僕は何度か海に行っちゃおうかな。もう久美ちゃんや恵ちゃんに誘われているしっ!」


「お……おまえ……。俺がどれだけ海やプールが好きか分かってて言ってんのか、それ。心頭滅却すれば……とか言って、この時代にクーラーの無い俺ん家。小学生の時からどれだけ海やプールを俺は愛していたか……」


 俺が前のめりになって千夏に訴えると、奴は口を横に開き、怪しい笑みを浮かべる。


「砂浜でお山も作ろうかなぁ。こーんな大きい奴!」


 千夏は、自分の身長より大きな山を手で表現して見せてきた。


「ま……まさか、トンネルも掘る気じゃねーだろうな……」


「あの手と手が繋がった瞬間が、最高に楽しいんだよねっ!」


 自分の右手と左手を繋いで、千夏は嬉しそうに笑う。こいつ……知ってるじゃねーか。


「お前! 掘り方にもコツがあるんだぞっ! やや下に向かって掘って、Vの字型のトンネルになるようにイメージを…」


 俺が山の断面図を一生懸命体で表現していると、それをクスクスと笑いながら見ていた千夏は口を開く。


「どうする? 行くにはちゃんと胸を隠せるような水着が無いとねー?」


「う……うむむ……」




※    ※     ※




「結局さぁ。和海クンが海に行きたくて我慢出来なかっただけでしょ?」


「そ……そうとも言える……」




 

 一学期の終業式も終わり、なぜかクラスの男子共から寄せ書きをもらう俺。それを紙飛行機にして窓から飛ばした時の奴らの顔って無かったな。


 それから数日経った、7月末の某日。

 俺と千夏は、電車で一時間ほどのビーチに来た。もちろん目的は泳ぐためだっ! 


平日に来たのは空いているからと言う理由と、親父が休みの日に行こうとしたら、泣いて付いて来ようとするからだ。




「結構……混んでるな」


 ビーチには平日とは思えないほどの人がいた。まあ、芋洗いと表現するほどでは無い。探せばパラソルを立ててシートを広げるスペースはあるだろう。


「だって、今人気のビーチだもん。新しく出来たんだってっ!」


「はぁ? お前、そんなとこへ俺を連れてきて、もし、クラスの奴らに見つかったらどうすんだよ。俺は、爺さん婆さんしかいないようなマイナーな海岸に連れてきてくれるのかと思ったけど……」


「この人数だよ! そんなの宝くじが当たるような確率だってっ!」


「まあ……そうだな。木の葉を隠すには森の中……だな。それに、男は度胸だ」


 俺は、更衣室の前まで行くと悩んだ。男用と女用に分かれているのだ。男用に入ったなら、水着を出てくる時にえらい事になる。だからと言って、女用なんかには入れてくれるはずが無い。俺の今日の格好はジーンズにTシャツ。スカートは穿かないとしても、もう少し女っぽい服を着てこれば良かったかな……。


―ポンッ―


「おわっ!」


「いってらっしゃーい!」


 油断している所を、千夏に背中を押された。俺はよろよろと女子更衣室の中へ足を踏み入れる。


「痴漢っ! ……って、言われ……」


 そんな様子は無かった。女性達は俺がそこにいるのは当たり前かのように目もくれない。


「はぁ。俺って……男子制服着てないと、完璧に女にしか見えないんだな……」


 俺は個室に入ってカーテンを閉め、そこで着替えを始めた。




 着替え終わって出ると、更衣室の外にはもう水着姿の千夏が待っていた。男なので当然ハーフパンツ型水着だ。


「おっそいー」


「だってよ、さらしをほどかないといけないし、水着も上下あるしよぉ……」


「ふふっ。どうせ和海クンって、今まで女の子に向かって着替えるのが遅いって言っていたんだろうから、わざと言ってみましたぁ!」


「うう……。それは反省しますです……」



 俺達は二人で並んで砂浜を歩き、パラソルを差す場所を探す。ビーチの入り口付近、更衣室のある辺りはかなりの混雑模様だったが、入り口から離れるに従って人もまばらになってきた。


「この辺にしとくか?」


「そうだね。あんまり人がいなさすぎるのも寂しいし」


 俺はパラソルの柄を両手で持ち、砂浜に向かって狙いをつける。


「おらぁ!」 


[ズザッ]


「…………」


 パラソルは10cm程しか刺さらなかった。


「こっ……これからだぜっ!」


 俺は体重をかけてぐりぐりとパラソルを砂浜に押し込もうとするが、ミリ単位でしか進んで行かない。


「ちょっと貸してよ」


 千夏は俺からパラソルを取り上げて、一度引き抜く。そして、その長身から地面に向かって振り下ろした。


「えぃ!」


[ズシャッ!]


 パラソルは、30cmは砂の中にめり込んだ。回しながら千夏が体重をかけると、更に深く差し込まれ、パラソルは安定感抜群、その潜在能力を全て発揮して俺達に日陰を作り上げた。


「もう……俺立ち直れないかも」


 俺はパラソルの下で膝を抱え、体育座りをして海を見た。


「ま……まあまあ。力は仕方が無いよ……。女の子の体にも慣れないとね……?」


「うん……」


「それじゃ、早速泳ぎに行こうよ!」


「おおっ! お前、バタフライ出来るかっ? 俺出来るぞっ! 見せてやるぜっ!」


「ほんとっ? 見せてみせてっ!」


 俺は差し出された千夏の手を掴んで立ち上がる。そして、二人で海に向かって駆けて行った。




 泳いでいたのは一時間程だろうか。俺はひとしきり海を堪能した。


バタフライの最中、いつの間にか胸の水着が消えて無くなっていたのには驚いたが、千夏が慌てて拾ってきてくれた。


「女の水着ってちょっと機能的じゃないな。バタフライにも耐えられないとは……」


「競泳用じゃないんだから、無理しちゃ駄目だよ。後ろも蝶々結びで締めているだけなんだから」


 俺達は浜に上がって荷物の所へ戻ってみると、すぐ横に今来たのか、砂浜にパラソルを刺そうと苦戦している女性二人組みがいた。


「千夏、やってあげろよ。なんか俺、今日はあの子達の気持ちがすっごい良く分かる」


「うん、任せて!」


 俺は自分達のパラソルの下に行き、カバンの中に入れたタオルを探す。すると、俺の耳に非常に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あっ! 千夏君!」


「わぁ! 偶然っ!」


 俺は瞬時に顔を反らし、そいつらに背を向けた。次に千夏の驚いた声が聞こえる。


「久美ちゃん! 恵ちゃん! どっ……どうして……」 


「泳ぎに来たのよぉ! だって、今ここって若い人に超流行ってるビーチでしょっ!」


「千夏君は一人? あれっ? あの人が連れの人? ほら、そこで穴を掘っている人」


 隠れようと砂浜を急いで掘っていた手を俺は止める。見つかった……。


「誰っ? 千夏君の彼女? 何あの胸! 超スタイル良くない、あの子っ!」


「千夏君って女もいけるって奴? 両刀使いなんだっ!」


 足音からすると、俺の後ろに三人が立った。


 やばい……。今回は風呂の時のように湯気もお湯もない。さらには、すでにこの、女を象徴する乳が見つかっている。砂浜に急遽掘った穴もまだ頭の半分しか入らない……。


「こんにちはぁ!」


 覗き込んできた恵と目が合った。俺は、何故だか緊張の余り微笑む。


「うわぁ! この子、超絶かわいいっ!」


 恵がマジに驚いて尻餅を付きやがった。なんか……嬉しい……。

 って、やばい状況なのに何喜んでんだ、俺っ!


「うそうそっ! どんな子!」


 今度は久美が前に回って俺の顔を見る。しかし、驚いたのは一瞬で、眉をひそめて怪訝な表情をしたまま俺をまじまじと見てくる。 


「あなた……どこかで……」


 俺は回れ後ろをして、久美に背を向けた。目の前には口に両手を当てて、困った様子の千夏がいる。


「……和海……君?」


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