騙し通せるか? 林間学校! 4
俺達は風呂を出た後、自分達の部屋へと向かう。夜の10時半と、高校生なら寝静まる時間には早いはずだが、昼間の登山の疲れがあるからか館内は静まり返っていた。
「マジで正也の野郎、どうしてくれようか……。寝ているところをギロチンドロップして、間髪いれずにエルボーを二発。そこからヘッドロックして……。駄目だ! 俺の体の感触を奴は楽しみやがる。じゃあ、そこから逆エビ固めで……。駄目だっ! 奴は俺の尻の感触をきっと楽しみやがる! くっそぉ……。体を密着させる事は避けないと……」
「なら、キックを使うのはどうかな?」
「それいいじゃねーか! サッカーボールキックで朝まで蹴り飛ばしてやるかっ! やるな! 千夏!」
俺は笑い声が出そうになるのを、慌てて手でふさぐ。
「いやぁ、結構気が合うなぁ俺達」
「でしょっ! でしょっ!」
千夏は俺の腕に抱きついて来るが、千夏は男で俺は女なので、抱きついてきた方の背が高くてかなりバランスがおかしい。
「まあ、病気が無ければ……このまま二人が再会しなかったって事もある訳だ。運命って不思議だよなぁ」
「神様に感謝だよねっ!」
「神様? 病気を神様が起こしたってのか? 俺達二人のために? そんな神様も暇じゃねーんじゃねえの?」
「でもね、私がこの病気で入院した時、不思議な夢を見たんだよ!」
「……夢?」
「あのね、不思議な色の……。あ、虹色の包み紙に入った飴を食べるの。それで、勇気が湧いてきて、隣にいた好きな男の子の手を握れるようになるのっ! きっとあれは和海クンだったと思ってるんだっ!」
「……待てよ。その夢……俺もどこかで…」
[カチャ]
首を傾げながら考えて歩いていたところ、突然、俺の目の前で扉が開いた。
「お待ちしておりました、和海様」
大きな男が執事のように俺に頭を下げる。身長ですぐに分かった。クラス1でかい松尾だ。
「んだよ。起きたのか……。さっきは寝てたくせに……」
「皆さんが和海様をお待ちです」
「……なんの遊びだよ。まったく。……ぶっ!」
俺は扉を開けて中を覗くと、思わず噴き出した。
「おかえりー!」
「おかえりー!」
「おかえりー!」
何人もの声が一斉に俺にかかる。正也と本多だけじゃない、他にも男子達が……って、うちのクラスの男子全員がいるじゃねーか!
「行方不明になっておられた和海様が、なんと戻ってきていると正也から報告がありまして、急いで寝床のご用意をいたしました」
松尾が手をさっと上げて合図をすると、男子共が部屋の真ん中を空けて見せる。そこには、布団が一組敷いてある。よく見ると、それを囲むように所狭しと布団が並んでいる。
「さあ、ぐっすりとお眠りくだ…」
[ボカッ バタンッ]
俺は松尾を部屋の中に蹴り込み、ドアを閉めた。
「和海様! いけません! 外は危険です! 私どもが目を光らして寝顔を見守りますので、安心してお眠りください!」
部屋の中から松尾の悲壮な声が聞こえてくるが、当然俺は無視をする。
「全然安心できねーっつうの」
俺は千夏の手を引き、千夏達の部屋へ入る。当然のようにここは無人だ。
俺は扉に鍵をかけると、それがしっかりと締まっているかを確認する。大丈夫だ。古い旅館とは言え、扉は頑丈に出来てある。
「さあ、バカどもは放って置いて、寝ようぜ」
「大丈夫かな? みんな狭くないのかな?」
「俺とお前除くと、男子は10人だ。それで、部屋が残り二つ。6畳の部屋で5人……。なんとかなるだろ」
「荷物置いたら一人1畳くらいの割り当てになりそうだけど……」
「男たるもの、立って半畳寝て1畳だ。十分いける!」
笑っている千夏の前で、俺は押入れを開けた。
「げっ!」
「あっ!」
布団は……一組しかない。
「なんでだ……、あっ! そうかっ! あいつら……」
奴らは無理やり俺の部屋に布団を敷いてやがった。おそらく、自分の布団もここから持って行ったのだろう。つまり、ここに残っているのは、千夏の分しか無い訳だ……。
俺はため息を付きながら、それを部屋の真ん中に敷いた。
「使え。俺は畳みの上で寝る」
「そんなっ! 寒いよ!」
「大丈夫だ。それに、この布団は元々お前のだしな」
俺は、畳の上に寝転がると、両手を頭の下に敷き、足を組んだ。
「あいつら……朝方乗り込んで、全員サッカーボールキックしてやる……」
すぐ横で畳が擦れる音がしたと思ったら、千夏が俺の横へ布団をずらしてきた。
「一緒に……寝よ」
千夏は顔を赤らめながら、そう言った。
「バカ言うな! そんな事出来るかっ! 俺は男だ! 布団なんか無くても寝れる!」
「でも……、体は女の子だよ? 朝起きたら痛くなっちゃうよ?」
「男を舐めるな。そんなもん、精神力でどうにかなる! ……って、おわっ!」
顔を背け、壁に向かって寝返りをうった俺だったが、伸びてきた両手に布団の中に引きずり込まれた。
「何もしないから大丈夫」
「お前……それは女が言うセリフじゃねーぞ」
俺達は、頭までかぶった布団の中で見つめ合っていた。
「……あ。 電気……消し忘れた」
「もういいじゃない」
俺は、千夏の腕に包まれながら、目をつぶった。
翌朝――。
目を覚ました俺は、布団の外へ手を伸ばして携帯を取った。そして、布団の中でそれを見る。
「げっ! もう8時前だっ!」
布団を跳ね除けて起きたその横で、千夏も同じように体を跳ね起こす。
「うそっ! 朝ご飯は7時から8時までだよっ!」
「早く行くぞ! って、寝ている間にさらしがほどけてるっ! 千夏っ! 頼む!」
「もうっ! 時間が無いのにっ!」
俺達は、『逆・お代官様おやめください! 良いではないか 良いではないか あーれー』を行うことにより、あっという間にさらしを体に巻きつけると、食堂へ急いだ。
「お……おいーっす……」
食堂に入った俺達に、目の下に盛大にクマを作った男子達全員の顔が向いた。
「よ……良く寝れたか?」
「寝れる訳ねーだろ。一人1畳で……」
代表して正也が俺に答えた。
「そ……そうか。よく考えたら……昔の人は小さかったもんな。まあ、元はお前らのせいだし……」
寝る前には男子全員に怒りを覚えていた俺だったが、さすがにこいつらの顔は怖すぎる。
俺は苦笑いをしながら座ると、冷めた味噌汁を喉に流し込んだ。
「あ、急いで食わなくても大丈夫だぞ。あんまり集まりが悪かったから、朝飯の時間は30分延長だってよ」
「えっ! なんだよ……慌てて来たのに……」
良く見れば、正也も朝食の途中だ。
「んでお前ら……二人で怪しいことしなかっただろうな?」
「ばっ! べっ……別にっ! なあ?」
「うっ……うん!」
俺は隣に座った千夏と、二人で引きつった笑顔を見せる。
「何? その話。二人でどうしたの?」
すると、隣のテーブルに座っていた久美が声をかけてきた。
「聞いてくれよ久美。昨日和海に部屋を追い出されてさぁ、和海と千夏は二人っきりで寝たんだよ」
「てめぇ、正也! 全然違うだろっ!」
「違わねーじゃん? 二人で寝たんだろ?」
「そっ……それはそうだが、過程が違う!」
「ホント? 千夏君、ついに……結ばれたのっ?」
またまたややこしいことに、恵まで話に加わってきた。千夏は流せば良いのに、真面目に答える。
「違うよ……。一緒のお布団で寝たけど、何も無かったよ。だって、男同士だから……」
「何言ってるの。男同士でもねぇ……。工夫すればちゃーんと…」
「おい、こらぁ! 恵っ! 余計な事を教えるなっ!」
そこで正也が机を叩いて席から立ち上がった。見たことも無い真剣な顔をしている。
「ちょっと待て! 今千夏ってすげー事言わなかったか? 一緒の……布団で寝たってぇ?」
[ガタッ ガタガタガタ]
正也の声で男子が全員立ち上がった……。
「なんてことするんだっ! 俺達のアイドルに!」
正也に指を刺された千夏は、笑う所なのかどうなのか分からず、とりあえずうつむく。
「そうだっ!」
「そうだっ!」
男子達は、軍隊のようにタイミングを揃えて足を踏み鳴らしながら訴えている。
「マジかお前ら……。俺は男だぞ……」
「マジか男子共……。和海君は男だぞ……」
俺の横で、久美も死んだ魚のような目を男子に向けながら言った。
「うっせー! 和海はお前らよりよっぽど色気があるんだっ!」
「そうだっ!」
「そうだっ!」
それを聞いた久美を始めとする女子は、頬を膨らましながら立ち上がる。
「なっ……何だとぉ! このモテない君共がっ!」
「そうよっ!」
「そうよっ!」
一気に男子VS女子の様相になった。
「さて、飯でも食うか」
「う…うん」
俺と千夏は、怒声が響きあう中、ゆっくりと朝ご飯を食べた。
「絶対なんかあると思うのよね……あの二人」
「千夏君と和海君? まあ、良いじゃない。恋愛の形なんて様々だし」
林間学校二日目は、昼過ぎに出発するバスの時間まで山菜採りの学習だった。ペアに分かれて散策をする中、久美と恵は、図鑑片手に仲良く走り回っている和海と千夏を見ていた。
「そんなのじゃないのよ。私もそれは賛成。でもさ……あの二人には……何か秘密の匂いがするのよね……」
「そかなぁ……?」
「なんでだろ。どうしてか……そんな気がする。私が……前、和海君の事を好きだったってのに関係するのかな……」
「ただのやきもちだったりして?」
「だったら……良いんだけど」
「あの二人、ぴったりじゃない? 良いカップルになれるよ!」
「ぴったり……。そうっ! ぴったり過ぎるのっ! 千夏君と和海君はぴったり! だけど、今の和海君と私はどういう訳かぴったり来ない。どうして?」
「いやっ……。どうしてって……言われてもぉ……」
「私と和海君は、女と男なはずなのに……違和感がある。でも、千夏君と和海君は、男と男のはずなのに……、違和感がない」
「千夏君は女っぽいからねー。男っぽい和海君としっくり来るのかも?」
「女っぽい男の子の千夏君。男っぽいけど、なんか見た目は女の子みたいな和海君。……でも、どちらも男。どこかに……矛盾が……」
「あっ! 久美! それトリカブトだよっ!」
「うそっ! きゃぁっ!」
久美は掴んでいた草を離すと、顔を背けながら手をぶんぶんと振っている。
「あれ? ゴメン、それニリンソウかも……。トリカブトは毒があるけど、ニリンソウは食用だって。良く似ているから注意しろって書いてある……」
「じゃあ、手堅くいらないよっ!」
二人は笑うと、次の野草を探し始めた。
俺と千夏は、用意された籠一杯に食べられる野草を集めていた。クラスの奴らは見るところ、その半分も集めていない。久美と恵ペアにいたっては、明らかに雑草を引き抜いて図鑑で調べてやがる。多分それはセイタカアワダチソウだと思うんだが……。
「あっ! 和海クン、それアカザ、そっちはツユクサ」
「どっちもOKか」
「あっ珍しい! ユキノシタがあるよ!」
「レアものゲットっと」
俺達は辞典を使わず、千夏が見つけた物を俺が次々と引き抜いていく。俺も少しは見つけてみようと、茂みの影に隠れていた食えそうな気がする草を指差す。
「これは食える奴か?」
「あっ! ちょっと待って……。それ……は……」
そこで、千夏はようやく手に持っていた辞典を開いた。
「多分……ニリンソウだと思うけど、一応、念のためにやめとこうかな……」
「なんでだ? 念のためって? 別にいいじゃん、まずかったら残せば良いし……」
「トリカブトかもだよっ!」
「おわっ……たっ……」
俺は掴みかけていた草から慌てて手を引っ込めた。
「しかし、お前すげーな。なんでそんなに詳しいんだ?」
「えへ……。だって……花嫁修業、もう10年だから……」
千夏は、恥らうような表情を地面に向けている。
「マジかよ。料理も出来るのか?」
「うん……。少しだけ……」
「すごいな……。久美とか恵みたいなバカ女に見習わしたいぜ」
「でも……。こんな子……。重くない? 和海クン大丈夫?」
地面に顔を向けながらも、千夏は俺にチラチラと視線を送ってくる。
「だって、大和撫子みたいじゃねーの? すっごく良いと思うぞ」
「大和撫子……。そんなの……、みんなに古いって言わそう……」
不安げな顔をする千夏に俺は近づき、下から見上げて言う。
「何言ってんだ! 俺は日本男児だぜっ! 大和撫子と日本男児、ぴったりだと思わねーか?」
「――――っ!」
途端に千夏の目が輝き、顔が赤みを帯びる。
「それって……告白?」
「えっ! ちっ……違う!」
俺は慌てて首を振り、千夏に背を向けた。
「なんて言うか、気が合うなぁって意味…だぜっ!」
「そうかぁ……。それでも良い! 合うなら良いよ!」
俺は向き直ると、千夏の背中を片手で押しながら自分の腕を空に向かって突き上げる。
「さて、次行くぞっ! どうせ全く採れなかった正也や久美が分けてくれって言い出すんだからよっ!」
「うんっ! 採れたのはおひたしにして和海クン家に持って行くね!」
「え……マジ? お前良い奴だなっ!」
「良い奴でしょっ!」
俺は駆けて行く千夏の後姿に、女の子の姿を重ねて見ていた。
あいつが女で、俺が男のままだったら……きっと……。
俺はそんな事を考えると、なぜだか少し寂しくなった。
ニリンソウとトリカブトの話は、少し前に間違えて食べたお年寄りが亡くなる事故がありましたので、警鐘の意味をこめて、二度くどく書いてみました。みなさんもお気をつけください。