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夾竹桃の恋  作者: 橙夏
9/13

訪問者


姉さん……?


「私」の夢で姉は泣いていた。


どうしたの…?


私が問いかけても、うずくまったままで答えようとしない。


戸惑った顔の私を、「私」はどこかで見ている。…どこかは分からないけれど。


可哀想なお姉様。


私の隣に立っている『私』が囁く。


自分の妹に好きな人を取られて。


私は目を大きく開けて、『私』を見つめる。


『私』はニヤリと口端を曲げた。


だって、そうでしょう…?あなたのお姉様は、あなたに好きな人を奪われて苦しんでいるんでしょう?


私は俯いた。


そうだったの……?


私の問いかけに姉は答えない。


嫉妬してるんでしょう?自分の妹に。


『私』が姉に話しかける。姉の白い頬に涙が伝う。


……あんたはあの人の事好きじゃないくせに。


泣き声で姉が私に言った。


愛していないくせに。


また、一筋の涙が流れた。


違う。


「私」の声は彼女らに届かない。


姉さんは嫉妬なんかしない。


『私』が私の横顔をちらりと見る。


私もまた静かに泣いていた。


姉さん、ごめんなさい。


私の口からかすれた声が漏れた。


あなたは謝らなくて良いのよ。


「私」が言っても、気づかない。



夢の中で姉は……。





「姉さん。」

最近、姉が私より早く起きている。だが、起きていたとしても自室でずっと私を待っている。私が来るまでずっと部屋にいるのだ。一昨日だったか、姉に何故食卓についていないのか、と聞いてみたら、ただ微笑んだだけで、質問には答えてくれなかった。だから、その真意は不明だ。

姉は私と一緒ならどこへでも行った。逆に、私がいなければ自室に籠もっている。

姉がそんな状態になってから、私は変な夢を見るようになった。

夢の中で私は白い部屋に立っている。横も天井も床も真っ白。その部屋には私の他に3人の人間がいた。黒いワンピースを着た私と白いワンピースを着た私。そして、その2人の目の前でうずくまっている姉。

夢の中で私の声は絶対に届かない。白いワンピースを着た私は必死に姉を呼んでいるけれど、姉はそれに答えようとしない。なぜか黒いワンピースを着た私の言葉には反応するのだが。

姉さん……。

私は呼びかける。

反応は、ない。

姉さん……?

白い私の戸惑った声が部屋に虚しく響く。

やっぱり姉は何も言わない。でも、彼女の体がかすかにピクリと震えた。

反応は、した。

お姉様は自分の妹に嫉妬してるんでしょう?

黒い私がニヤリと笑いながら姉に話しかけた。

反応なんて、いらなかった。

姉は、泣いた。泣いて叫ぶように白い私に話しかけた。

あんたはあの人の事好きじゃないくせに。

白い肌に涙が落ちる。

美しいエメラルドの瞳に浮かぶのは嫉妬と、憎しみ。

汚い。

私が呟いても、やっぱり届かない。

白い私に当惑した表情が浮かぶ。

違うの。

白い私の声は今にも泣きそうな程に揺れている。

黒い私はその声を面白そうに聞きながら、自身は姉に語りかける。

どこか違うところなんてあったかしら、お姉様?

姉が黒い私を見ながら静かに首を横に振る。

違うのよ……。

分かって、と懇願する白い私の声が部屋に響く。

これは夢よ。

誰かが囁く。

そう、これは夢だ。とても悪い夢。

だから、懇願しなくて良いの。

そう、懇願なんて必要ない。

ねぇ。

誰かと誰かの声が重なる。

あなたは何で願うのよ?

白い私に誰かの声は届かない。

白い私も黒い私もうずくまっている姉も、誰も私と誰かの声は聞こえていない。

何で?何で?何で?何で?何で?

問いかける声がだんだん大きくなっていく。

何であなたは……

私は後ろに誰かの気配を感じた。だから、振り返った。誰でもそうするでしょう?

でも、後ろには誰もいなかった。

不思議に思って前を見ると、そこには大きく口を開いて私に迫ってくる3人の姿が。

食われるっ……!

そう思った時、私はいつもベッドの中にいる。

嫌な夢。

寝起きは最悪、だ。だから最近の私は機嫌が悪く見えるらしい。自分はそんなつもりは無いのだが。姉はそんな私を見る度に心底心配そうな顔をして「大丈夫?」と尋ねてくる。私はその度ににこりと笑って、「大丈夫だよ。」と答える。

そんなやり取りに慣れてきたある日、家に、ある訪問者が来た。キリス・アリジリンスだ。

彼は私を見るとにこりと笑い、隣で迎えた母を早速困らせていた。

姉は彼に会いたくないらしく、迎えを拒んだ。

あんたはあの人の事好きじゃないくせに。

夢で泣き叫ぶ声が頭に浮かんだ。

あの人、とはこの目の前でにこやかに笑う青年の事だろうか。

「お元気そうで何よりです。」

彼は私の顔を見て微笑む。

「お姉様もお元気でしょうか?」

この問いは正直意外だった。婚約者であるはずの姉の前で、私に愛の告白をしたのだ。姉には興味がないのかと思っていたら違うようだった。姉の心配をしたら、次に姉の好きな物に興味を持ち始め、私に質問してきた。

ますます姉にぴったりな人材じゃないの。

自分から話すのは恥ずかしいから私という人物を姉との間に置き、間接的に関わっていくつもりか。

その行動にはあまり共感は出来ないが、姉に興味を持ち、しっかり「姉」という人間を知ろうとするところは気に入った。母も気に入ったらしい。…まぁ、理由は違うだろうけど。

それに、彼と話をしていると色々な事が分かってきて面白い。

一見隠し事の無さそうな青年だが、彼自身は結構裏表のある人だということ。何も考えていないように見えるけれど、実はきちんと考えて行動しているということ。私に告白した時も悩んで悩んで悩んだ末に出した結果だったらしい。告白の場に姉がいたのは想定外だったらしいが、この場を逃したらこの先に機会は無いと思い行動に移したそうだ。

「本当に申し訳ないと思っているんです。」

彼は何度もこの言葉を繰り返した。何度も私に謝った。私に。

…姉に謝れば良いのに、と思うのは私だけだろうか。

そしてもう1つ、分かった事がある(と言っても彼の言動から気づいた事で、事実かは分からないけれど)。彼は多分…。

彼女に会っている。自身を「天女」と呼ぶ美しい少女に。

最初に気づいた時は、私の勘違いだろう、と思った。でも、彼と話しているうちにだんだんとそれは確信へ変わっていった。

この人はキイナに会っている。

だからどうした、という話なのだが。

何故彼女はこの人の前に現れたのだろうか。彼女は何故…。

「あ、そういえば。」

さっきまで黙っていたキリスが、突然楽しそうに声をあげた。

「どうかしましたか?」

尋ねると、彼は面白そうににこりと笑って、

「この間、面白い事があったんです。」

と言った。

「へぇ……。どんな事ですか?」

彼はクスリと笑う。

「天女様に会ったんですよ。キイナ……と名乗っていたような気がします。」

「…そうですか。」

やっぱり、ね。

「何か言ってましたか?」

「はい。」

そう答えると、彼は寂しそうに笑ってしばらく黙ってしまった。

「あ、あの……?」

何か気に障るような事を言ったのだろうかと不安になる。

「キイナ様に。」

絞り出したような声だった。

「セリア様が好きかと聞かれました。」

「へぇ、あの子が…。」

見た目ではそんな事を言うような子には見えないから少し驚いた。

「僕は好きだと答えました。それを聞いたら、彼女は……。」

「キイナは……?」

「寂しそうな顔をしたんです。」

寂しそうな?

「彼女が?」

「はい。」

天女の彼女寂しそうな顔をした。

私のためじゃないって分かってるけど、何故か嬉しい。何故だろう?彼が私を好きだと言った。それも、嬉しい。じゃあ、彼女は?寂しそうな顔をしただけなのに。

「……彼女は多分…。」

キリスが悲しそうに口を開いた。

「セリア様が好きなんだと……思います。」


色々と考えていた私には、その言葉は聞こえなかった。


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