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夾竹桃の恋  作者: 橙夏
7/13

お話しましょ

叱られ終わった姉は、部屋にいる私を見てただ1言、

「何か嬉しい事でもあったの?」

と問いかけた。

何で?と逆に問いかけると、

「今のあんた、凄く嬉しそう。なんだもの。」

と不思議なものを見るように私を見た。

嬉しい事は無かった。

ただ天女に会っただけ。

「何でもないよ。」

でも「天女に会った」なんて、言えるわけがない。馬鹿にされることくらい分かるから。

だから、姉が母からお叱りを受けている間、私は誰とも会っていない事にしなければならない。

本当は違うのに。

認めてもらいたいくせに。

姉がにこりと笑う。


「嘘は駄目だよ。」


姉の静かな事が聞こえた。


「やっぱりバレるものなの?」

自分では完璧に嘘をつけたと思ったのに、いつも姉だけにはバレる。少し悔しい。でも…。

「そりゃあ、あんたの美しいお姉様だもの。分からなきゃ姉失格だって。」

私を産んだ母でさえ気づかないことが気づかれるのはそこまで嫌な気分ではない、とは思う。

「でも…。」

クスリッと姉が笑う。

「言いたくないんだったら言わなくて良いよ。」

ほら、部屋に戻ろう、と言って私に手を差し出す。


優しい。

いつも優しくて私を支えてくれる。

私はそんな姉が好き、だ。


それでも、天女の事は話せない。頭がおかしくなったとか、思われたくないから。

私は姉が消えたドアを見て、ゆっくり椅子から立ち上がり部屋を出て行った。



午後7時。自室で学校の友達から借りた本を読んでいると、メイドのリリアが母が私を呼んでいる、と告げて、私を母の部屋に連れて行った。

リリアがコンコンとドアを2回ノックする。

「奥様、セリアお嬢様をお連れしました。」

「入りなさい。」

中から母の静かな声が聞こえてくる。

「失礼します。」

ドアを開けると、大きい椅子に悠然と腰掛ける母がいた。

その姿はさっき見たときよりも落ち着いていて、だからといって安心した気持ちで彼女と向き合えるかと問われれば、決してそういうわけではなくて、逆に彼女からは静かな怒りを感じる。

姉が何か話したのだろう。

ただ何かと言っても、見当がついていないというわけではない。

母がため息をつく。

「あのお得意様の息子の事だけれど…。」

やっぱり。

キリスの事をすぐに話したのだ。まぁ、あの姉に期待する事自体が間違っているのだが。

「キリス様の事ですか?」

母の顔が少し驚いたように固まった。

え…?私は何か変な事を言ったのかしら?

再び母がため息をついた。

「貴女がそういう風に様をつけて呼ぶと言うことは、少しでも彼に興味を持っているということですよね?」

母は私の事をよく分かっている。私の言葉の1つ1つに込められている感情をすぐに読み取る。

「はい。……本当に少し、ですが。」

手の甲にキスをされた後、彼の笑顔を見て不覚にも綺麗だと思ってしまった。

邪気のない綺麗な微笑み。彼の笑みに偽りは無かった。それはその笑顔を見た人なら全員が分かる事だろう、と言える程に綺麗な微笑みで。ただそれだけなのに、私が興味を持つには十分だった。

「ただ、彼は誰にも縛られずに自由に育てられていたように見え、珍しく思っただけです。」

ゆっくりと母を納得させる為に1言1言、言葉を紡げば、やがて母の諦めたようなため息が聞こえる。

「貴女が興味を持ったら誰にも止められないことは、私もよく知っています。」

だから、と言葉を紡ぐ。

「お好きにやっても構いません。但し、シャーラの婚約者だということを忘れない程度に、ですが。」

母は私の顔を見ると少し困ったように、笑った。私もその綺麗な笑顔に負けないくらいの「微笑み」を返し、

「ありがとうございます。」

と言って部屋を出て行こうとした。


「待ちなさい。」


母の冷めた声が部屋に響く。

「何でしょう?」

振り返ると、にこやかに笑う母が椅子に座っている。

「話はまだ終わっていませんよ。」

口調も丁寧で笑顔も無理がない。雰囲気も穏やかでさっきと何ら変わりはない。

でも、やっぱり分かってしまう。

さっきまで話していた時よりも怒っている。だが、今度は本当に怒られる理由が分からない。礼儀が悪かったのだろうか。

「何の話でしょう?」

にこりと微笑んで見せる。母もそれに答えるようににこりと微笑んだ。

「キリス様の事ですよ。」


あぁ…。


彼って人気者なのね…。

呼び止められたと思ったら、2度目の彼の話題を持ち出される。

「彼の事なら先程もお話ししましたけど?」

「もっと詳しく言えば、シャーラの事です。」

あれ?

「今、キリス様の事だと言ってませんでした?」

母が疲れたように重い溜め息をついた。

「キリス様も関係します。」

「では、どのようなお話しなんでしょう?」

また、溜め息が聞こえた。

「シャーラの心を彼に向かせたいのです。」

……はい?

「…お母様がそこまでする必要があるのでしょうか…?」

「普通は必要ないでしょうが、今回はアリンジリンス家との関係ですから……。」

……あぁ…。

つまり「お得意様」との関係を良くする為の婚約だから本人達の意見関係なく、成功させなければならない、と。

姉さんも大変だなぁ。

「では、私から姉に彼の事を話しておきますので。」

再びにこりと笑って見せれば、彼女は安心したように微笑んで、

「じゃぁ、よろしくお願いしますね。」

と言って自分の仕事に戻っていった。


部屋を出るとドアのすぐ横の壁に寄りかかる姉がいた。

「姉さん……?どうしたの?」

姉が私を見た。

いつもと違った。

何が、て?

悲しそうな顔をしてこちらを見ていたのだ。

私の驚いた顔を見ると、姉は少し目を見開いて再び俯いてしまった。

「姉さん……?」

彼女の表情を窺うようにして顔を覗き込んでみると、やっぱり悲しそうな顔をしていて、見ているこっちが悲しくなってくる。

「あたしは……。」

彼女の口からか細く弱い声が漏れた。

「ん?」

そう言って先を促せば、ゆっくりと言葉を紡いでいった。

「あたしは別に、あの坊ちゃんの事が嫌いなわけではないから。でも、あの坊ちゃんはあんたの事が好きだから……。」

あたしに結婚させようってのが無理なんだよ。


弱い。

脆い。

崩れやすい。


こんな姉を作り上げたのは、私。

こんな姉を心配したのは、私。


馬鹿みたい。


ごめんね、姉さん。


口の形だけで伝えたその言葉は、勿論俯いている姉に届くはずが無くて。


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