次女であるかぎり
姉と私がちょうど朝食を取り終えた時、別の部屋で父親とクリスと話し合っていた母親が部屋に入ってきた。
「2人共、今日はうちのお得意様がいらっしゃるから、礼儀正しく、相手が不愉快にならないような行動を取って下さいね。」
「何時に来るの?」
「3時ぐらいですよ。」
「じゃあ、私が紅茶とお茶菓子をお持ちするわ。姉さんはお茶菓子を作ってね。」
「分かってる。」
「では、お願いしますね。」
そう言って伝えることだけ伝えると、彼女は部屋を後にした。
「そろそろ決まりそうね、婚約者。」
「あんたまで勘違いしてたら堪らないから一応言っておくけど、あたし、知らない人にホイホイついてくような人間じゃないの。」
「分かってるよ。でも、お母様は知ってるのよ?」
「あたしは知らないもの。」
「流石にお母様はそんな事しないでしょ。」
「何で?」
「あのお母様が可愛い可愛い愛娘を、その愛娘が知らない男性に嫁がせるわけ無いじゃない。」
「そうだけど…。」
「それにそんな事ばっかり言ってると、何時まで経っても結婚出来ないよ?」
「あら、私が本気を出せば男の1人や2人、すぐ虜にしてみせるわよ。」
「あ、そう。」
食卓の横に置いてある呼び出し用のスイッチを押して、出て来たメイドの2人に食器を片づけるよう頼んでから、礼拝へ行く準備をする。
姉が自分の部屋に戻ったのを確認してから、2階の自分の部屋へ行くため、奥の方へ進む。
「どーこ行ーくのぉ?」
急に後ろから声がかかった。
覚えのある声、だ。
「…キイナ…さん…?」
振り向くとそこにはさっき会ったばかりの、黒いワンピースを着た黒髪の少女が嬉しそうに立っていた。
「どっこ行っくの?」
明るい声が耳に届く。
「…自分の部屋、です…。」
この人はどうやって入ってきたんだろう?警備は完璧のはずなんだけど…。
「あたし、天女だからさ。行きたい、と思えばどこへでも行けるんだよ。」
「…私が何を考えているか、分かるの…?」
突然現れた「天女」に問いかけると、彼女は得意げに笑って、
「あたし、天女だから。」
と言った。天女、というのは……。
「本当だよ。」
何も言ってないのに答える。
「これからどこか出かけるの?」
「何で…?」
「違うの…?」
「………日曜の礼拝をするために、教会へ…。」
「じゃあ、あたし、ついていこうか?」
「何で?」
「教会の牧師さんよりもあたしの方が神様の事は知ってると思うの。」
「流石にそれは…教会が混乱するから…。」
「まぁ、そうだろうね。あたし自身が教会、あまり好きじゃないし。」
「そうなんですか?」
「ンー、大嫌いというわけではないんだけど。あの雰囲気が苦手というか。」
そう言いながら微かに眉をひそめる。
「その教会って何時から始まるの?」
「10時から、です。まさか来る気ですか?」
来られたらそれこそ教会全体が大混乱に陥るだろう。本物かは証明し難いが、礼拝中に天女が現れたのだとしたら……。
あ。
どうしよう…。
物凄く、面白い。
説教中に牧師の後ろに舞い降りる「本物」の「天女」。そして、自ら神について語り始める。その神秘的な光景に見とれる教会に来た人々。だが、本当に「本物」か分からずに「天女」を疑う人々。それを呆然と見つめる牧師様。キイナはそんな人を見ながら、堂々と説教を続ける。
ああ…。
本当に。
想像するだけでワクワクしてしまう。
キイナはそんな私の気持ちを読み取ってからかニヤリと笑って、
「それも面白そうね。」
と言った。
「…絶対に来ないで下さいね。混乱しちゃいますから。」
笑みを浮かべているキイナに注意すると、彼女は頬を膨らませた。
「自分だって面白そうとか思ったくせに。」
確かにそうだが。
「駄目です。」
強い口調で拒否すると彼女は何が面白かったのかは知らないが、ケラケラと笑い出し、私に手を振って、
「分かった。行かないから、また会おう。」
と私を部屋へ行くよう、促した。
そんな頻繁に会う必要があるのかは分からないが、とりあえず教会の大混乱は免れたようで、ほっと胸を撫で下ろした。
午後3時。教会はキイナが訪れる事なく、無事に進んだ。そして今、私の目の前には向かい合って座る母親と、息子らしき青年を連れたよく訪れるお得意様がいる。確か有名な貿易会社の社長だったはず。名前はアリンジリスだったと思う。
「お紅茶とクッキーをお持ちしました。どうぞお召し上がり下さい。」
母親とお得意様がどんなに立ち入られたくないような内容の話をしていても、飛びっきりの笑顔を浮かべていれば、何でも許される。
何度も会っているお得意様は何度も見ているはずの私の作り笑顔をしばらくじぃっと見つめた後、下手な作り笑顔を浮かべて「ありがとう。」と一言呟くようにお礼をして、「早く部屋を出て行って欲しい」というような眼差しを一瞬、私に見せた。
馬鹿馬鹿しい。
「それでは、私はこれで。失礼しました。」
ゆっくりとお辞儀をしてから部屋を望み通りに出て行った。出来るだけ、お上品に。ドアを閉める音など立てないように。
名家グランセ家の「次女」としての誇りを見せつけるように。
「上品に。気高く。凛と咲く花のように美しく。」
その為に、まずは自分を捨てなさい。
私達姉妹は母親のように大人しくなかったから何度も言われてきた。
お転婆な女性はグランセ家の恥だ。
何度も言われてきた。
だから笑顔を偽って、自分を隠していった。
「グランセ家に相応しい、お淑やかで上品な女の子だ。」
お得意様は私を見る度に言う。
どこが?
私の作り笑顔さえ見分けられないただの金持ちのくせに。
グランセ家に相応しい?
私を知らないでよくそんな事言えるのね。
ああ…
「なんて馬鹿馬鹿しい。」