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夾竹桃の恋  作者: 橙夏
2/13

天女

自分で言うのもなんだが、私は早起きだ。間違いなく姉よりは。

午前7時10分。安息日。普通の齢16の少女が休みの日に起きる時間だと思う。だから、私は起きている。目覚まし時計も7時ぴったりにセットして。ついでに姉のは10分早い6時50分にセットして。部屋では寝るのに快適な湿度にセットして。私がしたら姉が「絶対に起きる。」と言ったから、朝起きて、カーテンを開けながら「Good morning!」なんて、らしくない事までして。

私は起きた。確実に。目なんてとっくに覚めてます!

なのに…。

姉はまだ起きない。妹の私と3つも離れてるのに。5分ごとに鳴る目覚まし時計はすでに5回鳴っているはずなのに。私より2時間ぐらい早く寝たはずなのに。10時間は寝ているはずなのに。

何故?

Why?

何で起きないの?

食卓に座って姉の起床を待つ私の前には10分程前に作られた美味しそうなパンとミルク。それと10分程前には湯気がたっていたスープがある。母親と父親は私が起きる前に朝食を取ったらしい。長いテーブルには自分用の朝食しかなかったから。

私の母親の家系は理由は知らないが、妹と姉は一緒に朝食を取らなければならないらしく、それは勿論、娘の私と姉にも適用される事だった。つまり、私が何故、姉の起床を美味しそうなパンを目の前にして待っているのかと言うと、そういう理由からで。朝に弱い姉を待っているこちらとしては良い迷惑なのだが。

でも、今日はのんびりしていられない。

安息日。

日曜の礼拝。

幸い、私達一家が通う教会は10時からで、まだ時間があるから良いのだが、そんな事を言ってたら、あの人がいつ起きてくるか分かりやしない。

そろそろ起こしに行くか…。

前までは母親が行っていたこの日課にも、もう、慣れた。少し寂しいけど。座っていた椅子から腰を上げる。

食卓がある部屋を出ると、そこからは色々な部屋と繋がる長い廊下が視界を占める。

広い……。

16年間住んでいて未だに家の中を迷うのはこの広さのせいだ。絶対に。…決して私が方向音痴とかそういうわけではないのだ。……ないはず。だが、迷うと言っても姉の部屋は毎日行ってるから流石に迷わない。姉の部屋まで行くのに10分はかかるが。廊下が長すぎて。

途中、微かにドアが開いている部屋から母親と父親、それに執事のクリスの声が交互に聞こえてくる。

今日の予定を話しているのだろうか。

朝早くからご苦労なことだ。

姉の部屋のドアには「シャーラの部屋」という札が掛かっている。シャーラというのは姉のことだ。

ドアを軽くコンコン、と2回叩き

「姉さん、起きて。」

……起きる訳ないか。

もう一度同じ動作をしてみる。今度はやや大きめの声で。

…まぁ、起きる訳がないということは誰よりも分かっているんだけど。

だから失礼ながら部屋に侵入させてもらうことにした。

ドアを開けると、やはり姉はベッドに倒れ込んだような状態で寝ていた。この人は19にもなるというのに、私より寝相が悪い。

起きる様子のない姉の体を揺すって、

「姉さん、早く起きて。今日は礼拝があるんだよ。」

と耳元で囁くと、3回繰り返したところで「ウーン。」という眠そうな呻き声と共に体をゆっくりと起こしてきた。

「…あぁ、セリアか。今何時?」

「朝の7時30分になるところ。」

寝ぼけ眼で尋ねてくる姉に答えてやると、彼女はもの凄く嫌そうに顔を歪めて「えーっ。」と不満の声を漏らした。

「礼拝まで、まだまだ時間あるじゃない。もう少し寝かせてよー。」

「姉さん、姉さんは少なくとも私より2時間は多く寝たのよ。十分でしょ。」

「ウーン…、眠い。」

「起きなさい、今すぐに。」

「起こして。」

そう言って寝そべったまま右手を私に差し出す姉は19歳のはずだったのだが…。

「何歳児なの?」

「19です。」

自信満々にそう答えた姉の右手を溜め息と共に掴んで、そのまま引っ張ると、彼女は左手でバランスを崩した自分の体を支えながら、ベッドの上に座った。

「セリア、ご飯食べた?」

「まだ。というか、姉さんが起きるまでご飯食べないっていう規則じゃない。」

「あぁ……。そう言えばそうだったわね。」

「…忘れないでね。」

「分かってます。」

姉が身支度を済ませるのを待ってから、彼女を引き連れて再び食卓へ向かう。

「今日のメニューは何だった?」

「パンとミルク、それと姉さんの起床時間があまりにも遅かったために冷めてしまった、元熱々のスープ。あとその他諸々が冷蔵庫に入ってたはず。」

「サラダ?」

「多分。」

「ごめん。」

「何が?」

「スープ。」

「あぁ……。気にしてないから。それに。」

「それに?」

「慣れた。」

「あ、そう…。」

食卓のある部屋のドアを開けると、先程と変わらない位置に私だけの朝食が置いてある。

「姉さんのは冷蔵庫にあるから自分で温めて。ついでにサラダも持ってきて。」

遠くで「はぁーい。」と言う声が聞こえたかと思うとドアが閉まる音がした。食卓のある部屋と冷蔵庫があるキッチンは同じ部屋には無いため、キッチンに用がある場合は再びあの長い廊下を歩かなければならない。こういう面倒くさい事は全て姉に任せている。当人もそれは承知しているらしく文句を言われた事が無い。私は誰も居なくなった食卓でただ1人、大人しく待っていればいい。

姉が部屋を出ていってから何分経った頃だろうか。突然、背後に「何か」の気配を感じた。振り向くとそこには確かに人がいた。

艶のある癖の無い真っ直ぐ伸びる黒髪をかなりの長さまで伸ばし、丈の長い長袖のワンピースのような衣服を体を優しく包み込むようにして身に纏っている。白い肌に浮かぶ赤い唇は僅かに喜びで歪められ、透明にさえも見える程綺麗な青い瞳にも喜びを溢れさせていた。

同性でもつい見とれてしまう程の美しさを身に纏う少女は、今まさに見とれてしまっていたセリアに一歩近づくと嬉しそうに今度はきちんと微笑んだ。

「あたし、天女のキイナ。あなたと仲良くなりたいの。あなた、名前は?」

「天女のキイナ」と名乗った少女は私に尋ねてくる。

「天女…?」

問い返すと、キイナは満面の笑みを浮かべ、

「そう、天女。でも信じる信じないはあなた次第だから。名前は?」

と答えた。

「…セリア…グランセ…。」

私の名前を聞くと、キイナは再びにこり、と笑い、顔を近づけてきた。

一瞬、薔薇の香りがした。

「あたしのことは、あたしとセリアだけの内緒だよ?」

次の瞬間、ドアがバンッと音を立てて開いた。音のした方を見ると、姉が2つのサラダと自分の朝食をお盆に乗せて入ってきた。

「何かあったの?」

姉に言われてキイナのいた場所を見たら、そこにはすでにいなかった。

何だったんだろう。

「ほら、早く食べちゃおうよ。」

姉の待ちきれないとでも言うような声で我に返ると、そこには何の変わりのないいつもの姉がいた。

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