父と子
キリスト教をあまり気にせずに書いていたためか酷いことに……。
すみません。
ドアを開けたのは、キリスだった。驚いていた。…まぁ、驚くなと言われても無理な話だろうが。
そしてあたしは今、彼の父親という男と話している。…まぁ、よく喋る。本当によく喋る。自分の息子の元恋人が現れたから無理はないが、あたしに1言も話さずにずっと自分1人で喋り続けるのは如何なものか。
「――ですから、ユリサ様にはぜひうちの息子のキリスを、と思いまして。」
しかもずっとこの話。正直に言うと、飽きた。
彼に言わせてみせると「シャーラ」はもう駄目らしく、なら代わりの家と婚約関係を結ばせてしまえばいいではないか、と思ったらしい。そこへあたしが現れた。素晴らしく良いタイミングで。もうあたししかいないと見た瞬間に思った。そんな話を長くゆったりと話された後、さっきの彼の言葉に戻る。
あたしをキリスの花嫁に迎え入れたいという気持ちは、嫌というほど伝わったから、今度はこっちの話も聞いて欲しい。
「ユリサ様?」
あたしが名乗った偽名を彼が口に出す。
「何でしょう?」
それに作った笑顔を向ける。
「大丈夫ですか?」
「何がですか?」
意味が分からないという表情をほんの少し覗かせれば、父親は慌てて頭を掻き出した。
「いや、私の勘違いだったら悪いんですけどユリサ様が少々疲れているように見えたものですから。」
……。
「…昨日よく眠れなくて……。キリス君に会えるのが待ち遠しかったからだと思うんですけど…。」
困ったように笑えば、相手は嬉しそうに頭を掻いた。
人間というものはなぜこんなにも「結婚」に悩み、苦しむのだろう?
「ですが……。」
わざと視線を斜め下に移す。そうすれば人間は不安そうな顔であたしを見て話を聞いてくれると、最近気づいた。案の定父親は不安そうな顔をして黙った。
密かにほくそ笑む。
「実は残念な事に親たちが勝手に婚約者を決めてしまったようで……。」
それを伝えに。
呟けば彼は顔を強ばらせた。そしてみるみるうちに青くなっいく。
「そうですか……。」
彼は残念そうに呟いた。まぁ、予想のできた行動だから気にはしないが。
「期待をしてくださっていたのに申し訳ありません…。私自身も結婚はぜひキリス君と、と考えていたものですから、残念です……。」
苦しげに顔を歪めて相手に同情を誘う。しかし、彼はあたしが思っていた行動とは全く違った行動をとった。目を輝かせたのだ。
「それは可哀想に……。」
同情しているつもりだろうが目は人間が好んで使う「希望」とか「自信」とかいうものに満ち溢れていた。
何なんだ?
「しかし、ご両親も酷いものだ。自分の娘さんがこんなにも恋い焦がれている人と結婚をささてあげないだなんて。私ならきちんと娘さんの気持ちを考慮してから決めるのですが。」
そう言って残念そうに首を横に振る。
ほぅ……。
あたしの親は神と女神なのだが、そいつらにいちゃもんつけた人間を始めて見た。しかも、あたしは天女だ、本物の。天女という位の奴が自分の結婚相手の1人や2人くらい決められないでどうする?
しかし、この男、「自分だったら娘さんの気持ちを考慮してから決める」とか言ったか…?
自然と片方の口角が上がる。
面白い。
「あの、どうかしましたか?」
父親が心配そうに尋ねてきた。「婚約関係を結べる、最後の希望」が黙ってしまったのだ、機嫌を損ねたらさっきまでの演説に似た話が全て無駄になるから不安になって、いや。跡取り息子の相手に相応しい人(実際は人ではないが)が機嫌を損ねてこの話に見向きもされなかったら、と不安なんだろう。だからといって相手を見て、例え子供だとしても自分側の利益になるのなら頭を下げる、機嫌を伺うというのは……。
小さくクスリと笑う。
馬鹿みたい。
「すみません、ぼぅっとしてしまいまして……。ですが、本当に駄目なんです。私も親に何度も交渉しました。ですが、受け入れてくれず……。今日はこの気持ちに区切りをつけたいと思いましてうかがったのです。本当に悪いんですけれどキリス君と結婚は」「そんなことはない!!」
父親の怒鳴り声があたしの声にかぶさった。
不思議そうに首を傾げてみせる。
心では悪態のオンパレードだったが。
「親の意見に翻弄される一生で良いんですか?!好きな人と結婚したいという気持ちはなぜ受け入れられないのですか?!おかしいでしょう?!」
「その言葉……。」
ゆっくりと噛みしめるように発した言葉に父親の顔が引き締まる。
「その言葉、そのまんまあんたに返してやるよ。」
その場の空気が瞬間に凍った。
しばらくすると、父親はやっと現状が飲み込めたらしく机に置いた両手が震えていた。
バン、と音を立てて勢いよく立ち上がる。
「何なんだ君は?!年上に対してその態度は失礼だぞ!年上に対しての態度というものを習わなかったのか?親の顔が見てみたいものだ。」
ほぅ……。面白い事言う人だなぁ。
「神と女神だ。」
「はぁ?」
哀れみを含んだ笑いを向ける。否、向けてやる。
「あたしの親の事だよ。」
父親の口が半開きの状態で静止してしまった。そのアホ面というのだろうか、結構面白い。
「親の顔が見たいのなら見ればいい。どうぞお好きに。恥ずかしいことは何にも無いからね。ただし、あたしの親たちは人間には見えないと思うよ。というか、見える人間を見てみたい。」
相手の顔が哀れみで満ちていく。
「信じたくないのなら信じなければ良い。後悔するのはあんただから。」
相手の顔が青くなる。哀れみを含んだり、青くなったり……大変な人だ。
「お前っ……!!」
怒る父親に見せつけるようにゆっくり立ち上がって、失礼ながらこの家を後にさせてもらった。
「お前っ……!!」
あの父親と同じセリフが聞こえた。
振り返るとそこには急いで追いかけてきましたとでも言いそうな程までに息を切らせているキリスだった。
こうして見ると彼の表情はあの父親が怒った時の表情とどこか似ている。遺伝子というやつだろうか?
「お前っ何でっ……!!」
息をする事がキツいのか、言葉が繋がっていない。
「落ち着いてから話せば?」
呆れを半分混ぜて提案すると、彼は辛そうに首を振った。
「そんなの待ってたらっ……またお前っどっかに行っちゃうだろ……が……。」
一気にまくしたてたから疲れたのか、最後の方は切れ切れも良いところ、言葉がさっきよりも繋がっていない。
「……何の用?」
ちなみに今あたし達が話している場所は道のど真ん中。通行人の迷惑になるような場所だ。
正直に言うと、周りの人間達の視線が痛い。できれば違う場所に移動して話し合いたい。
だが、そんなあたしの願いは虚しく、彼はどんどんあたしに近づいてくる。どうやら落ち着いたようだ。
「大丈夫?」
問いかけると彼は小さく頷いた。
「で、何の用?」
先ほどと同じ質問を繰り返した。
キリスは周りをサッと見渡す。気づかれないように素早く。
そして、物凄く小さな声であたしに尋ねて、否、囁いてきた。
「何で今日は浮いてないんだ?」
……は?
「それだけのためにこんなに息切らしてんの?」
キリスの顔が恥ずかしさからか赤くなる。
馬鹿馬鹿しい。
「だって、あんたのお父様にあたしの事バラしたくなかったし。」
まぁ、結果的にはバレちゃったんだけど。
そう呆れ半分に付け足せば、彼は申し訳なさそうに俯いた。
「どうしたの?急に俯いちゃって。」
「……。」
問いかけて返ってきたのは沈黙だった。
「ねぇ?」
「悪かったな、って思って。うちの父親、ちょっと変だから、さ。」
あたしからしてみればあんたら人間は全員変だよ。
この言葉は飲み込んで。
「大丈夫だよ。あたしは全然気にしてないし。」
あんたら自体が変わってるから慣れたし。
「ホントに悪かった。」
再び申し訳なさそうに謝る。
「大丈夫だって。じゃあ、また会う日まで。」
それまであんたらを観察させてもらうよ。
「ああ、じゃあな。」
綺麗に笑って手を振る彼にはあたしが飲み込んだ言葉なんて伝わるはずなくて。