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夾竹桃の恋  作者: 橙夏
11/13

お久しぶりです

あれ以来、「自称」天女に会ってない。一度しか会っていないというのによく気になるものだ、と自分で自分に呆れる。まぁ、それ程に彼女の存在が自分の中で大きくなっていくということだろうが。

彼女は女だ。…多分。そしてセリアさんも女性だ。…女装ではないと願いたい。キイナは多分。セリアに恋をした。または好いている。……これは天女にそういう感情が生まれるというのであれば、だが。だが、たとえ恋とかいう感情がないのだとしても、彼女に何かしら思うところがあるのは事実だと思う。

そう思ってるのは自分だけだというのも分かる。キイナ自身にそういう事が分かるような行動が見えなかったから。セリアさんも多分同じ。互いに必要以上に意識していない。意識しているのは、自分だけ。

悲しいと思うのも、自分だけ、だ。




「キリス。」

朝食を取り終えて、自室へ戻ろうとした時、父親が俺の名前を呼んだ。理由は言われなくても分かる。

「少し話をしよう。」

父親が静かな目を俺に向ける。

怒ってるな。

「何でしょう?」

俺も静かに問いかけてみれば、ゆっくりと、椅子に座るよう目で促された。俺はそれにこくりと小さく頷いて答え、再び席についた。

父親が呆れたようにため息をついた。

ため息つきたいのはこっちだっての。

心の中で悪態を吐いてから、何でもないように笑顔を向けた。

「どうかしましたか?」

どうかしましたか、なんて聞かなくても分かってるくせに。

こういうところが、自分で自分が嫌になる。

「…分かっているだろう?」

父親も分かっている。だが、少し焦らしてみようと思いわざととぼけてみせる。

「学校のことでしょうか?成績とか人間関係とか。」

再び父親がため息をついた。

「違う。」

その低い声に少し怒りがにじみ出ている。

…そろそろ意地悪はやめてみようかな。

だが、人間そう簡単に思い通りに行動なんてできるはずもなく。

「それでは、何でしょう?跡継ぎ問題とかでしょうか?それともご近所付き合いとかで」

「キリス。」

父親の低い声が俺の話を遮った。

俺は苦笑する。

怒らせてしまった、らしい。

「分かっていますよ。……セリア嬢の事でしょう?」

父親はゆったりと頷いて、

「そろそろ諦めないか。」

と本当に呆れたように呟いた。

「愛に諦めるなんてありませんよ、父様。」

大袈裟に両手を広げて、おどけてみせる。

「そう言うと思っていたが、諦めてくれないと」

「困っちゃうんですよね。」

にこりと微笑んでみせる。父親はそれをしばらくの間じぃっと見つめていたが、やがて

「そうだ。」

と短く答えた。

「それでも俺は諦めませんよ。」

「シャーラ嬢は……。」

父親の眉が苦しげにひそめられる。

「シャーラ嬢はどうなる?」

呟くように小さな声だった。

「向こうはお前に好意を寄せているぞ。」

分かっている。彼女の顔を見れば。出迎えてくれる彼女の顔を見れば。彼女が俺の事を好きだということを。彼女がどれだけ俺の事が好きだということも。簡単に分かってしまう。でも……。

「だったら……。」

「何だ?」

父親が怪訝そうに顔をしかめる。

「だったら……どうしろって言うんですか。俺はセリアさんが好きで、婚約者は俺が好き。だから、セリアさんを諦めろと?家の関係を崩さないために、諦めろと?」

クスリと笑い声を漏らす。

父親の目が見開かれる。普段大人しく、親に従順な息子がそんな事を言うとは思ってもいなかったのだろう。

酷い勘違いだなぁ。

こういう勘違いをした時、俺はどう工夫しても父親を“下”に感じてしまう。

最悪な息子だと自分も思う。だが、だからと言ってそんな自分を恨めしく思うかと問われれば、俺はそうではないと迷わずに答えるだろう。

そう思ってしまう自分も、俺は嫌いじゃない。

「俺にそんな事言っても無駄だって父様もご存じでしょう?」

意地悪そうにニヤリと笑ってみせる。

父親の顔が歪む。

父親はよくこんな顔をするが、その表情にどんな感情が隠されているか、よく分からない。

今の表情は出来の悪い息子をけなしてる表情だろうか。

「どうかしましたか?」

2回目の、さっきと同じ質問。

「分かっているが…。」

父親が絞り出すような苦しげな声を発した。

「あの子は駄目、だ。」

あの子は駄目だ。

彼は2度呟く。

「あの子、とはセリアさんの事でしょうか?」

静かにゆっくりと、尋ねてみる。

「当たり前だ。」

力強い声が耳に響いた。

何故かは、聞きたくなかった。

「そうですか……。」

声に落ち込んだ雰囲気を滲ませる。

この親は大抵この声で折れるのだが…

「そうだ。」

正直、驚いた。

あの親が一瞬も戸惑わず、はっきりと答えたのだ。感激、した。

「分かりました。」

父親の目が大きく見開かれる。

驚くのも無理はない。さっきまで必死になって拒否していた息子が、急に頷いたのだ。しかも「愛」などと大袈裟に話を広げておいて、だ。逆に驚かない人を見てみたいと思う。

しばらくの間、2人の間に沈黙が訪れる。正直に言うと俺はこういう空間が嫌いだ。重い空気を漂わす原因となった人間を殴りたくなるほど、だ。

理由は分からないけれど。


ピンポーン


部屋に無機質な軽い音が響く。

父親がそれに答えるように少しだけ腰を浮かせた。

「俺が出るよ。」

そう言って、俺は玄関の扉を開けた。

そこにいたのは……


「キイナ……?」


扉の前で微笑みながら立っている少女は,紛れもなく、自分を天女と称したキイナだった。

キイナは驚きを隠せないでいる俺をよそに、大人しく微笑みながら、

「お久しぶりね、キリス君。」

と楽しそうに俺の名前を呼んだ。

マズい。

今の父親にキイナを会わせたら「良い女性じゃないか」とか言って、セリアさんを諦めさせる理由が増えてしまう。

「誰だ?」

と父親の声が後ろの遠くの方から聞こえてくる。

いつまで経っても客を中に入れない俺を不思議に思ったのだろう、足音が近づいてくる。

父親が俺の後ろから顔を覗かす。

「この女性は……?」

驚いたようで、1人で何かを確かめるように呟いた。

「この女性は」

「キリス君の恋人です。」


…はい?


後ろを振り向くと父親も同じ事を思ったらしく、ぽかんと口を開いてキイナを見つめていた。

当の本人はやや俯いて微笑みながら何でもないように立っている。

「私とキリス君は昔に一緒に遊んでいたんです。」

そんな記憶、俺にはないぞ。

「でも私の父が転勤するにあたって私がここを離れなければならなくなってしまって…。それを一番親しくしてくれていたキリス君に伝えに行ったんです。そしたら、キリス君はとても優しかったので落ち込んでいた私の頬に手を当てて『大丈夫、俺はお前が遠くに行ったとしても、ずっとお前を想ってるから。いつか帰ってきた時、俺に一番に会いに来て。一番におかえりを言いたいんだ。』て。」

おい。子供がそんなキザなセリフを思いつくか?というか、どんな思い出だ。全く記憶がないんだが。

キイナはそんな俺をよそに話を続ける。

「そう言われた時、私、本当に嬉しくて。その言葉だけずっと覚えていたんです。それで9年ぶりにこっちに帰ってきてキリス君との約束通り一番に会いに来たんです。」

9年ぶりってお前何歳だよ。

父親もその話を本気で受け取ってしまったらしく、1人でうんうん頷いてる。

「とりあえず、家の中へどうぞ。」

父親が中へ促す。

俺は仕方がなくなって、扉を手で押さえ、横を通り過ぎるキイナをただ黙って見ていた。


「黙ってくれててありがと。」


キイナが俺にしか聞こえない程度の小声で話しかけてきた。

彼女がニヤリと笑う。

「彼女さん、早くいらっしゃい。」

父親の明るい声が響いた。

絶対楽しんでる。

キイナが「はぁい」と元気良く駆けていった。



何がしたいんだ、あの女。


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