さあ、王太子による断罪の時間だ!
【登場人物】
リアム
第一王子であり、王太子。ソフィアの婚約者。金髪に青い目の男性。十七歳。
ソフィア
公爵令嬢。王太子であるリアムの婚約者。茶髪に茶色い目の女性。十八歳。
ミラ
平民。白髪に青い目の女性。十七歳。
エドワード
第二王子。リアムの腹違いの弟。黒髪に緑の目の男性。十七歳。
国王
リアムとエドワードの父。
王妃
リアムの母。
「さあ、王太子による断罪の時間だ!覚悟はよいか、ソフィア!」
第一王子であり、王太子でもあるリアムは、颯爽とソフィアに指を突き付けた。金髪をなびかせ、サファイアのように澄んだ青い目で、婚約者であるソフィアを睨みつけながら。ソフィアは茶色い髪を優雅にまとめあげ、知性を感じさせる茶色の目で毅然とリアムを睨み返している。
王宮の大広間には、国王夫妻をはじめ、王太子リアム、第二王子エドワード、告発されたソフィア、証人のミラ、警備兵が数名、高官たちがずらりと集っている。
「ええ、貴方の醜態を衆目に晒す覚悟なら、とっくに済んでおりますわ、殿下!」
ソフィアは公爵令嬢らしく、堂々と気品のある姿で言い放った。官吏の一人が咳払いをして、紙を読み上げた。
「本日は、宝物庫に保管されていたティアラが破壊されていた件について審議を行います。この場にいる全ての人物は神に誓って真実のみを述べ、本件に関して一切の隠し事をしないように願います」
一同は同意した。王家の宝であるティアラが破壊されたのだ、犯人は極刑を免れないだろう。張り詰めた空気の中、リアムが証言を始めた。
「一週間前、午前十時から十二時の間、俺が王太子に任命される儀式が、ここ大広間にて行われた。その場にはソフィアもいた。ティアラを含む戴冠宝器は十二時半に宝物庫にしまわれた。それは俺と警備兵が確認している。ティアラは俺が箱に入れたところを警備兵も見ているはずだ」
リアムが目をやると、数人の警備兵が頷いた。
「宝物庫には鍵が掛けられていた。そして、十三時にミラが血相を変えて駆け込んできた。宝物庫から駆け去るソフィアを見たと言うのだ。十三時五分、警備兵を伴って宝物庫に行くと、宝物庫の鍵はこじ開けられ、ティアラは箱から取り出されて破壊されていた。十三時十分、ソフィアは図書館に一人でいたところを発見されている。相違ないか?」
「はい」
ソフィアは頷いた。
「では、十二時から十三時十分の間、お前はどこで何をしていたと言うのだ、ソフィア」
「図書館で一人読書をしておりましたわ」
「それを証明する者は?」
「おりません」
ひそひそと囁く声が聞こえた。ソフィアはすかさず声を張り上げた。
「しかし、わたくしは宝物庫に行っていないのですから、その女の証言が間違っているのですわ!リアム殿下がお忍びで王宮を抜け出しては、平民の女と遊んでいることは分かっております。わたくしに濡れ衣を着せるために、その忌々しい野良犬がティアラを破壊して、わたくしを見たとうそぶいているに決まっていますわ!」
リアムは重々しく首を横に振った。
「残念ながら、それはあり得ない。王家の宝物庫の鍵はこじ開けられていたが、ティアラの仕舞われていた箱は綺麗に開けられていた。あれはパズルになっていて、開け方を知っているのは、王家の人間と、王太子の婚約者であるお前だけだ。ミラには、犯行が不可能なんだよ!」
ソフィアは、リアムの陰に隠れている女を睨みつけた。長い白髪にサファイアのような青い目をした、可憐な女性、ミラだ。その身なりは場違いなほどみすぼらしかった。
「しかし、わたくしを見たと言う人物が、その女だけであることは事実ですわ。宝物庫には見張り番がいなかったのでしょう?他の人が犯人ではないと言い切れまして?」
「それができるのだ。他の王家の者は一堂に会していたのだからな。おい、エドワード」
脇に控えていた黒髪に緑の目の人物が進み出た。第二王子のエドワードだ。
「十二時から十三時過ぎまで、わたしと国王陛下、王妃陛下の三名は、ずっと大広間におりました。十二時から十二時半までは兄上も。警備兵らもいたので、間違いありません」
「ご苦労」
「一時間早く生まれただけのくせに、偉そうに……」
エドワードは自分の席に戻る時に低い声で呟いたが、誰にも聞こえなかったようだ。エドワードはリアムの腹違いの弟で、リアムが産まれたのと同じ日、一時間後に産まれたため王太子の座を逃して第二王子となっている。
「ちなみに、宝物庫に番人はいなかったが、不審者が通ればすぐに分かるようになっていた。手先の器用な外部犯の可能性もない」
リアムの言葉に、先程の警備兵たちが頷いた。ソフィアは焦ったように口を開いた。
「では、リアム殿下は十二時半から十三時まで、どこで何をなさっていたのです?」
「談話室にいた。侍従長も一緒に」
「間違いございません」
リアムに目配せされた侍従長は恭しく頭を下げた。
「口裏を合わせているのではなくて?」
「いいえ、ソフィア様。事件の直後、わたしたちも兄上に会いましたが、既にお忍び用の服に着替えておいででした。礼服から着替えるには、少なくとも十五分は掛かりますし、変装用のかつらを着けて顔や手を靴墨で汚しておりました。礼服が綺麗な状態で談話室にあった以上、移動時間も考えると兄上に犯行は不可能です」
エドワードが静かに口を挟んだ。
「まあ、王太子ともあろうお方が、そんなみすぼらしい格好をして、一体何をするおつもりでしたの?」
ソフィアは皮肉たっぷりに言いながら、ミラを見つめた。
「それは本件に関係ない」
「関係ありますわ!その野良犬に会うためでしょう!わたくし、その女と同じ空気を吸うだけで気分が悪くなりますわ。本当に犬みたい。そもそもその女が王宮内にいること自体おかしいではありませんか。わたくしに罪を着せて最も得をするのはその女なのですから、どうして宮中にいたのか説明する義務があるのではございませんこと?」
ソフィアが怒鳴ると、ミラはリアムの後ろに隠れた。
「ソフィア嬢の主張を認めます。ミラ、説明なさい」
威厳たっぷりに口を開いたのは、玉座の隣に腰掛けた王妃だ。第一王子を産んだことで正妻となった彼女は、後宮に控える妃たちと一線を画す権力を誇っている。
「私はリアム殿下に呼ばれて、侍女に紛れてリアム殿下が王太子に任命される儀式を見ていたんです。以前お会いした時にそれは立派な式典になると聞いたので、私が見たいと言ったら招待して下さいました」
周囲にどよめきが走った。大切な式典に部外者の平民を入れたリアムの行動は異常だが、ティアラが破壊されたことに比べると些細な問題だ。あからさまに指摘する者はいなかった。
「やはり、五年前の事故で兄上はおかしくなったみたいだな」
エドワードは微かに呟いた。近くにいる人は聞こえたかもしれないが、無視した。
「貴方はどうして宝物庫の前にいたのです?」
「リアム殿下は儀式の後、私と一緒に宮外で会う約束をして下さっていました。私は先に宮外に出ようと思ったのですが、道に迷ってしまいまして、偶然宝物庫の傍を通りかかったのです。その時、宝物庫から走り去るソフィア様の後ろ姿が見えました。近付いてみると、宝物庫の鍵が壊されていることが一目で分かったものですから、リアム殿下にお知らせしたのです」
ミラはおずおずと証言した。ソフィアはごみを見るような目でミラを見ている。
「いかにも怪しいではありませんか!その女はリアム殿下と懇意にしておりました。ティアラを仕舞ってある箱の開け方も教わっていたのではなくて?」
「それは無理だ。お前にも分かるだろう。あの箱の開け方は口や図で説明して分かるものではない。俺も習得するのに一か月かかった。実物は宝物庫に厳重に保管されていたから、事前に練習しておくこともできなかった。あの箱は王家の者以外には、絶対に開けられない」
ソフィアは悔しそうに唇を噛んだ。身に覚えがあるためだ。
「おや、お前はパズルが得意で、例の箱の開け方も三日でマスターしたと自慢していたではないか。十年前のこととはいえ、勘違いするほど耄碌はしておらぬはずだが」
玉座にいる国王が不思議そうに言った。リアムは目を伏せた。
「十年前はそうだったのでしょう。俺は五年前の事故で箱の開け方も忘れてしまって、王妃陛下にもう一度教わったのです。その時は一か月かかってしまいました。幼い頃の方が、手先が器用だったのでしょうね」
「なるほど。まあ、あれは複雑な手順を要するからのう。儂は今や開け閉めできるかも怪しい。王族が口伝で開け方を伝えておるだけじゃから、儂と王妃、二人の王子とソフィア嬢以外に開けられる人間はおるまい。犯人はこの五人以外にはあり得ぬ」
国王の一言で、容疑者は確定させられてしまった。
「そして、ソフィア以外の人物が犯行を行うことは不可能だった。つまり、犯人はお前以外あり得ない、ソフィア!」
「そんな。わたくしがどうしてティアラを壊すというのですか?一体何のために!」
ソフィアの声色に焦りの色が滲む。
「お前は近頃、俺や王室の悪口ばかり言っているそうだな。王室に泥を塗ろうとして戴冠宝器を壊したのだろう」
「そんな馬鹿なことするはずがございませんわ!リアム殿下が五年前の事故以来、別人のようになってしまわれたから、多少の愚痴は申しましたが、戴冠宝器を壊すなんて大罪を犯すほど愚かではなくてよ!」
ソフィアは訴えるように人々を見たが、周囲の目は冷ややかだった。ソフィア以外の容疑者には、確固たるアリバイがある。動機が多少曖昧でも、犯人はソフィア以外あり得ない。
「大人しく罪を認めたらどうだ、ソフィア!」
「ち、違います。わたくしは本当に何もしておりません。これは何かの間違いです。信じて下さい!」
「見苦しいぞ、ソフィア。さあ、裁きを下す時だ!」
武装した警備兵たちがリアムの合図でソフィアに近付こうとする。ソフィアは目を見開いて固まっている。
「残念でしたね、ソフィア様。番犬の鼻は誤魔化せても、リアム殿下の目は誤魔化せませんよ!」
ミラがソフィアを煽るような口調で言った。エドワードが眉をひそめる。
「え?番犬?」
「はい。宝物庫の前には黒い大きな犬が繋がれていましたけど、王太子の婚約者には吠えなかったのでしょうね」
「待て!まだ彼女を捕らえるな!」
ソフィアを捕らえようとしていた警備兵が立ち止まった。エドワードが身を乗り出している。
「事件があった時、宝物庫の前にはマックスが繋がれていたのか?」
「それがどうしたと言うのだ、エドワード」
「どうしたじゃありませんよ、兄上。ソフィア様は犬に近付くことさえできないではありませんか。まさか、それさえお忘れだというのですか?」
リアムは目を円くしている。
「何だと?」
「犬が同じ部屋にいるだけでも、涙と鼻水、くしゃみが止まりませんのよ。近付いたら息もできなくなってしまいますわ。七年前に発作を起こした時、隣にいらしたでしょう、リアム殿下」
「そうだったのか」
リアムがたじろいだのを見て、ソフィアは周囲の人々に向かって必死に訴え始めた。
「マックスが宝物庫の前に繋がれていたのなら、わたくしが中に入れたはずがございませんわ!わたくしは宝物庫に近付いてすらいないのです!」
「そんなわけがあるか!そうだ、昔は駄目でも、今は犬に近付けるようになったのかもしれない」
リアムの声色は明らかに焦っている。
「それならば、マックスをこの場に連れてきてはいかがです?ソフィア様が犬に近付けないというのが本当なら、症状が出るでしょう」
王妃が言うと、ソフィアの顔が蒼くなった。
「……分かりましたわ。でも、絶対にリードを放さないで下さいまし」
マックスがやってくるのを待つ間、人々はひそひそと囁き合っていた。やがて、扉が開かれ、警備兵が黒い大犬を連れてきた。精悍な顔立ちのマックスが入って来た途端、ソフィアのくしゃみが響き渡った。
「くしゅん!くしゅん!」
ソフィアはだらだらと涙を流し、勢いよく鼻をかんだ。顔は赤く、しきりに目を擦っている。どう見ても演技ではない。人々もどよめいている。
「これは……!」
「警備兵、もういい。マックスを外へ!」
「は、しかし……」
警備兵は懸命に引っ張っているようだが、マックスは尻尾を振りながら前に進みたがっている。他の警備兵も手伝おうとしたが、マックスは警備兵を振り切って尻尾を振りながら告発者たちの席を目掛けて駆け出した。警備兵たちが飛び掛かるようにして取り押さえる。マックスは外に引きずり出されたが、ずっと告発者たちの席を見て鼻を鳴らしていた。
「マックスが命令を無視するなんて……」
エドワードが呟いた。ソフィアはまだくしゃみと鼻水が止まらない様子だ。
「ソフィア様は今、話すこともままならないご様子。代わりに述べさせていただきますが、彼女が犯人ではあり得ないことは立証できたのではありませんか、兄上?」
「……あり得ない」
「あの様子を見てもまだそう言いますか!」
エドワードが指さす先には、まだ苦しそうなソフィアがいる。リアムは呆然としている。
「では、エドワード。お前は一体誰がティアラを壊したと言うのだ」
「それは……」
静寂の中、ソフィアが鼻をかむ音だけが響く。
ティアラが入っていた箱を開けられた者は、王族とその婚約者の五人だけ。そのうち四人には鉄壁のアリバイがあった。唯一アリバイがなかったソフィアは、マックスのいた犯行現場に近付けない。これでは誰にもティアラが壊せなかったことになる。
「どうした?」
警備兵の一人が、自分にゆっくりと歩み寄るミラに言った。ミラはニコリと微笑むと、警備兵に飛び掛かった。油断していた警備兵は腰の剣を掴まれ、突き飛ばされて剣を奪われた。ミラの手の中で、白刃が煌めいたかと思うと、何が起こったか分からずにいるリアムの方に駆け戻り、ミラはその首筋に刃を突き付けた。
「な、何をするんだ、ミラ」
「ふふふ、ははははは!!!!!」
ミラは高笑いした。警備兵たちは剣を抜いたが、リアムが人質に取られているため、動けなかった。悲鳴が上がり、逃げようとする人々がいる中で、ミラは凛とした声で一喝した。
「黙れ!妙な動きをしたら、この男の首が飛ぶぞ!」
辺りが水を打ったように静まり返った。
「長かった。実に長かった。ようやくこの事件の問題点が明らかになったな、諸君。王家の者にしか開けられないはずの箱が開けられていた。しかし、開けることができる五名の人物は、全員宝物庫に近付いてさえいないことが証明されてしまった。安心したまえ。疑問は綺麗に解決される。じきにな」
「その女を今すぐ黙らせなさい!」
王妃が立ち上がって叫んだ。ミラはリアムに剣を押し当てる力を強めた。リアムの首に赤い血の筋が垂れ、リアムは冷や汗を掻きながら震え始めた。
「ようやく貴様も理解したようだな。これが誰の罪を裁く場なのか。まだ黙っていろ。まずは本件の謎を解決する番だ」
ミラは邪悪な笑みを浮かべた。
「簡単な話だ!私が犯人だったのだ!ソフィアを宝物庫の前で見たなど、真っ赤な嘘だ。しかし、彼女に罪を着せる気は毛頭なかった。ソフィアがマックスに近付けるはずがないことは、私がよく知っているからだ」
「そんな馬鹿な!どうやってあの箱を開けたと言うのじゃ」
国王が言った。ミラは溜息を吐いた。そのサファイアの瞳を、同じくサファイアの瞳を持つリアムに向けると、吐き捨てるように言った。
「おい、言ってやるがいい、偽物。私が誰なのか、貴様もそろそろ分かっただろう」
リアムはがたがた震えている。
「そうか。言えぬならこの手で斬り捨てるまでよ」
「リアム王太子殿下!彼女こそが、本物のリアム王太子殿下です!」
リアムは目を閉じて叫んだ。一同がざわめいた。
「こんなの戯言です!そこにいるのは女ではありませんか!どこが王太子殿下だというのです!」
王妃のヒステリックな叫びを、ミラは鼻で笑った。
「そう急くな。折角場を整えたのだ。順を追って説明してやろう」
ミラは王妃を睨みつけた。
「さあ、王太子による断罪の時間だ!覚悟はよいか、王妃!」
「あ、ああ……」
王妃は首を横に振った。顔面は蒼白で、冷や汗を掻いている。
「ふん、貴様の覚悟ができるのを待つ気はない。勝手に話させてもらうぞ。事の発端は、十七年前にさかのぼる。国王陛下、リアム王太子が産まれた日の出来事をご説明願えますかな?」
国王は王妃を横目で見た後、口を開いた。
「リアムは難産の末に産まれた。王妃は生死の境を彷徨い、状態が安定するまで二時間はかかった。その間に、弟エドワードが産まれ、儂のもとへ報告が届いていた。王妃が産んだ子が王子であり、エドワードより一時間早く産まれていたことが分かったのは、その後じゃった」
ミラは国王に向かって、優雅に頭を下げた。
「覚えていて下さって光栄です、陛下。王妃は意識が戻った時、自分の産んだ子が王女であったことを知った。そして、自分が命懸けで出産した一時間後に他の女が産んだ子が王子であったことも。自分の産んだ子が男でさえあれば、自分が第一王子の母として王妃になっていたはずなのに。畏れ多くもその女は、そのようなことを考えたのだ。さて、この恥知らずな女は、一体どうしたと思う?エドワード」
エドワードは乾いた唇を開いた。
「自分が産んだ女の子を王子として報告したということですか?」
「その通り。これがこの女の一つ目の罪だ。かくして、哀れな王女は男の名を付けられ、男の服を着せられて、王子として育ったわけだ」
「そんな馬鹿な……」
エドワードは絶句した。
「驚くのはまだ早い。何せ、男の服を着ようが、身体は女。成長するにつれて女としての特徴が現れてしまう。そうなる前に、この悪魔は女を男にしようと思ったのだ。そうして引き起こされたのが五年前の事故だ。罪の二つ目だな」
「五年前、狩りに出かけたリアム殿下は崖から落ちてしまわれて、記憶を失ったばかりか、別人のようになってしまわれましたわ。まさか……」
ソフィアの言葉に、ミラは頷いた。
「五年前、私は崖から突き落とされた。そこにいる悪魔の手によって」
「信じられませんわ!実の娘を、母親が……」
「この悪魔は自分の地位さえ守れれば、王国中の人を欺いて女を男と言おうが、どこぞの馬の骨を王子と言おうが何とも思わんのだ。子殺しなんざ罪とも思わんのだろうよ」
ミラは自嘲気味に笑った。
「では、その男は?」
「自分の口で説明してはどうかね、リアム殿下?」
リアムは、いや、偽リアムは震える声で言った。
「お、お赦し下さい。俺は賤しい生まれの者です。突然攫われて、王妃陛下にリアム王子としてふるまえと命じられたのです。逆らえば家族の命はないと」
「ち、違います!リアム殿下はその女に脅されて出鱈目を言っているだけですわ!」
王妃は必死に訴えるが、周囲の反応は冷ややかだった。
「まあ聞くがよい。その後の顛末を知る者はおるまい。私は崖から突き落とされ、深手は負ったものの生きていた。その後すぐ、私は王妃が雇ったと思われる暗殺者の集団に襲われた。何人かは斬り伏せたが、体力の限界だった。もはやこれまでと思われた時、偶然通りかかった狩人が加勢してくれて、一命を取り留めたのだ。その狩人は私の治療を行い、暗殺者達と私が獣に襲われたように偽装してくれたのだ」
王妃は凄まじい形相で、ドレスが皺になるほど強く握りしめた。
「私は王妃への復讐を誓った。たとえこの身が地獄へ堕ちようとも、あの卑しい悪魔を尊い座から引きずり落としてやると。そこで私はミラと名を変え、復讐の機会を待った」
「そうか。ミラ(Mila)という名は、リアム(Liam)のアナグラムだったのですね」
エドワードの言葉に、ミラは頷いた。
「私は女の名を持たなかったからな。自分で付けてやったのよ。さて、これで私の話は終わりだ。戴冠宝器を壊した大罪人の言葉にお付き合いいただき感謝する」
あまりのことに、誰もすぐには言葉が出なかった。王妃はぶつぶつと何か呟いている。
「でも、どうしてティアラを壊してしまわれたのですか?王宮にて真相を話してくださればよかったのに!このままでは殿下は……」
極刑は免れない。ソフィアが涙目で訴えると、ミラは寂しそうに微笑んだ。
「平民の女の言葉など封殺されてしまう。男だったはずの王太子が実は女であり、金色だった髪は事件のショックで真っ白になっているのだ。本人だと証明するには、策を巡らす必要があった。ソフィア、君には申し訳ないが、王家の者と高官たちが一堂に会する、貴人を断罪する場が、どうしても必要だったのだよ」
「そんな……」
ミラは剣を下ろすと、投げ捨てた。偽リアムを突き飛ばし、両手を大きく広げてみせた。
「さあ、何を呆けておるのだ、諸君。我が愛犬マックスは、私を一目見るや主と悟って尻尾を振ったぞ。諸君もそろそろ真実に目を向けるがよい。そして、罪人に裁きを!」
国王が悠然と立ち上がった。
「それでは、儂が裁きを下すとしよう。王妃よ」
「……」
「ミラと名乗る告発者の証言に偽りはないものと思われる。すなわち、そなたは自らの地位のために王室を欺き、王の血を引かぬ者を王位に据えようとした。これは赦されざる大罪じゃ。よって、ここに死刑を宣告する!」
国王は重々しい口調で告げた。王妃の顔色が蒼くなった。
「お待ち下さい、陛下!これは何かの陰謀です!どうか──」
「すぐに罪人を牢へ!」
「はい、陛下!」
「陛下!陛下……!」
王妃が警備兵に連行される様子を、ミラは勝ち誇ったような笑みで見送った。
「そして、ティアラの件じゃが──」
「お待ち下さい、陛下!彼女は仕方なかったのです!」
「すべては王妃のせいです!どうか!」
エドワードとソフィアが叫んだ。王の言葉を遮るという無礼を無視して、国王は続けた。
「残念なことじゃ。王妃の座に相応しくない悪魔に王家の宝を戴かせるとは。儂の不徳が招いたこと。代々の王には儂から陳謝するとしようぞ」
「え?」
ミラが驚きの声を上げた。
「尊き宝は、悪魔の頭に乗せられたことで壊れてしまったのじゃろう。嘆かわしいことじゃ。よって、ティアラを壊したのはあの悪魔。その分の罪も付け加えておくこととしようぞ」
エドワードとソフィアは顔を見合わせて笑った。
「ありがとうございます、陛下!」
「はて、何のことかのう。儂は罪人を裁いただけじゃが。続いて、そこにおる男じゃが、儂は目が悪うなってよう見えぬ。ミラ王女、そこにおる男は何者かのう?」
国王からの問い掛けに、ミラはハッと我に返った。
「陛下がお尋ねだぞ。お前の名は何だ?」
「……申し上げられません。殺して下さい。俺の家族はこの件に何の関係もないのです。どうか俺のことは名もなき罪人として処して下さいませ」
偽リアムは震えながら平伏している。ミラは少し眉を下げた。
「陛下、この者は私の友人、リアムです」
「おお、そうか。リアムよ、これからも娘と仲良くしてやってはくれぬか?」
偽リアムは、いや、リアムは思わず顔を上げた。国王の優しい顔を見て、再び顔を下げる頃には涙が止めどなく溢れていた。
「勿体なきお言葉です、陛下……」
「さて、王太子エドワードと、王太子の婚約者ソフィアは何か言うことがあるかのう?」
エドワードとソフィアは顔を見合わせた。
「いえ、何も」
「陛下の名判決に何の異議がありましょう」
国王は玉座から降りると、ミラの雪のような白髪を撫でた。大広間に国王の朗らかな大声が響き渡る。
「それでは、この件はこれで仕舞いじゃ。今日はミラ王女が王宮に戻ってきためでたい日じゃぞ。大急ぎで宴の用意をせぬか。ほれ、早う!」




