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『人間の国』シリーズ

北の大地で空を睨む

作者: 在処
掲載日:2026/05/10

「トーイ、氷の聖女に興味はありませんか?」


 月に一度の診察の後、僕の目をまっすぐに見てサチ様は言った。

 戦災孤児だった僕達を拾ってくれた方—の部下に当たるサチ様は見た目こそ幼い少女だけれど、僕よりも(はる)かに長く生きているらしい。


「興味ないです。」


 僕がそう言うと、サチ様は大きな丸い眼鏡を光らせて息を吐く。


「そうですか。……サラはどうですか?」

「あります!」


 僕の後ろに座っていた、僕の姉に当たる褐色肌の少女—サラが質問に食い気味に答えた。

 ……あぁ、これ僕に拒否権ないやつだ。せっかく高等部に入って初めての夏休みだったのに。家でのんびりしたかったなぁ。


「遠い北の最果て、ノースデンスを統治する領主—ジーゴ・ヴァン・ケイデンス辺境伯の三女—リリシャ・エスピス・ケイデンス嬢がそう呼ばれているのですが、近々結婚するのだそうです。」


「聖女ってなんなのですか?」


 遠い目をしている僕に構わず、二人は話を続ける。どうせ一緒に行かされるんだから、僕も聞いておかないと。


膨大(ぼうだい)魔力(マナ)を持ち、魔術の扱いに()けていること。その美しさと気品、領民を思いやる優しさから聖女と呼ばれているそうですよ。」


「それで、その聖女が結婚することに何か問題があるんですか?」


 僕が質問すると、サチ様は愉快そうに目を細める。


「結婚自体に問題はありませんよ。ただ、相手の男はケイデンス辺境伯と(えん)所縁(ゆかり)もない、貴族ですらない魔術師だと言うんです。」


 辺境伯と言えば、侯爵と同等の爵位だ。その娘が平民と結婚するというのはたしかに怪しくはある、が。


「その聖女様が相手を選んだ可能性は?」


「残念ながら、それは違うみたいです。先日依頼がありました。『氷の聖女の婚姻を阻止してほしい』って。」


「でも、もう結婚しちゃうんですよね?」


 サラも口を開く。


「ですから、あまり時間がありません。すぐにノースデンスに向かってください。」


「すぐにって………。」


 ここは王都だ。ノースデンスまで行くとなると、馬車を使っても一ヶ月以上かかる。

 そんな迷いを見透かしたのか、サチ様はどこからか二枚の紙切れを取り出した。


「最近完成したアレがあるじゃないですか。これが乗車券です。」


「すご~い!わたし気になってたんです!」


 さようなら、僕の穏やかな夏休み……。





 魔術機関車—魔力結晶を燃焼させて走る乗り物だ。馬車とは比べ物にならないほど多くの人や物資を遠くに運ぶことができる。技術の進歩ってすごいなぁ。


「すごいねっ、トーイ!」


「……そうだね。」


 窓から外を見ながらぴょんぴょんとはしゃぐサラ。個室だからいいけど、一応僕より一つ年上なんだから年相応の振る舞いを学んでほしい。学校の先輩達はもっとお(しと)やかだよ?


「とりあえず、あっちでの仕事を確認しよう。」


「も~。トーイはまじめだなぁ。」


 サラはぶぅっと(ふく)れながらシートに座り直す。

 僕達にとってサチ様達は命の恩人だ。その恩返しとして、サチ様達のお仕事—何でも屋みたいなもの—の手伝いをしている。

 僕は学校に通っているからいつもはサラや他の兄妹に任せているのだけれど、行くからには頑張らないとね。


「僕達の仕事は聖女の結婚の阻止……方法は問わないってさ。」


「なんか適当だね?」


 サラが首を(かし)げる。確かに、これじゃあなんの作戦も立てられない。


「いつもはこうじゃないの?」


「う~ん……。いつもはもっとわかりやすい目的があるからなぁ……。」


 …………サチ様は、僕達にどうしてほしいんだろう?


「ちなみに、殺しはあり?」


「……状況次第かな。」


 面倒が少なければいいけれど……。





 機関車は数日で北の最果てに到着した。

 ノースデンスは『人間の国』の最北端にある町で、国の四方にある国外への大扉の一つ—北門を守護するために作られた。国の境界となる高い壁に接するように作られていて、駅を設置したことで北の流通の要となる予定—らしい。

 機関車から降りた途端、冷たい風が吹きつけてくる。話には聞いていたけれど、夏なのに本当に寒い。


「サラ、大丈夫?」


「さ、さぶい…………!」


 来るまでのはしゃぎようと打って変わってぶるぶると震えるサラ。防寒着を着ているけれど、効果は薄そうだ。

 心配していると、サラはおもむろに僕の腕を抱きしめる。


「はぁ~……。トーイはあったかいね~。」


「はぁ……行くよ。暖かいものを食べれば、寒さも少しはマシになるでしょ。」


 ぐりぐりと頭をこすりつけてくるサラを連れて見知らぬ街並みを歩く。例の結婚式の影響なのか、それとも普段からこうなのか、大通りは多くの人々でごった返していてすごい活気だ。

 僕達はそんな中で目についた食事(どころ)に入り、温かいスープにありつく。香辛料の効いたスープはちょっと辛かったけれど、十分に体を温めてくれた。


「次はどうしようか、サラ。………サラ?」


 しばらく歩いていると、サラの姿が消えた。辺りを見回すが、あまりの人ごみに眩暈(めまい)がしてくる。……どうしよう、はぐれちゃった。こんなことなら手を(つな)いでおけばよかったかも。


「………まぁ、いいか。」


 宿の場所は教えてあるし、こっちはこっちで仕事の準備をしておこう。まずは領主館を見に行こうかな。

 歩き出そうと前を向いた時、不自然な感覚があった。横を見ると一本入った細い路地を小柄な影が走っていく。その後ろには男が四人。影を追っているのだろう。


「………。」


 行ってみるか。





 逃げていたのは女性だった。フードを目深に被っているから顔はわからないけれど、追手達と何やら言い争っている。


「来ないでくださいっ!」


「そうはいかねぇ。アンタには戻ってもらわねぇとなぁ。」


 女性は路地の突き当りに追い詰められて逃げ場がない。男達がジリジリと包囲を(せば)めていく。


「さぁ聖女様。お忍びの時間は終わりだぜぇ……。」


「いや……!」


 あー………。そういう………。


「あの~………。」


 僕が声をかけると、男達が一斉(いっせい)に振り返った。


「なんだぁガキィ~。こちとらお取込み中なんだよ、()せな!」


「すいません、できません。」


 そう言って壁を蹴り、男達と女性の間に割って入る。男達は一瞬目を見開いたが、その内の三人がすぐにナイフを取り出した。


「あなたは……?」


 後ろで女性が声を上げる。と、同時に男が一人走ってきてナイフを突き出してきた。その腕を(つか)んで引き倒すと、男はあっさりと(ころ)ぶ。


「てめぇ……!」


 男がもう一人、ナイフを振り回す。それを手で(はら)い顔面に一発入れると、男はのけぞり気絶してしまった。


「くそっ!なんなんだよてめぇ!」


 ナイフを取り出さなかった男が後ろに回していた腕を突き出す。……銃だ。

 魔術が使えなくても遠くにいる敵を攻撃できる銃はかなり厄介だ。しかも後ろには女性がいる。僕は()けられるが彼女は無理だろう。逡巡(しゅんじゅん)しているうちに転ばせた男も起き上がる。さて、どうするか……?


「…………なにしてるの?」


 その時、通路の入り口から声が聞こえた。見ると、サラが無表情でこちらを見つめている。


「てめぇもコイツの仲間か!?」


「そうだけど。それが?」


 サラは武器を持っていない。男達は無防備なサラに狙いを付けたようでそっちに向かっていく。

 一人がナイフを突き出した。サラは左手で男の手首を引っ張ると、男の顔面に(ひざ)を叩きこんだ。

その後ろからもう一人がナイフを振り回す。サラは後退しながらそれを避け、男がナイフを振り上げた(すき)に男の鳩尾(みぞおち)に蹴りを入れた。そのまま崩れ落ちる男を抱え上げ、銃を持つ男に肉薄する。

銃を持った男は味方に当たると考えたのか一瞬迷う。その隙にサラが(あご)に一撃入れ、男は気を失った。


「助かったよ、サラ。」


「もぉ~、勝手に迷子にならないでよね。」


「いや、迷子になったのはそっちでしょ?」


「違うよ!トーイ!」


「……あ、あのっ!」


 僕達が言い争っていると、女性が近づいてくる。


「助かりました。あなた達は一体……?」


「…………とりあえずここから離れましょうか、聖女様。」





「改めて、先程はありがとうございました。」


 サチ様が手配してくれた宿は薄暗い路地にあった。僕達は一部屋に寄り添い、顔を突き合わせる。


「すごい、本物の聖女様だ!」


 サラが興奮気味に(まく)し立てる。フードを取った聖女様は水色の長い髪と同じ色の()んだ瞳をしていた。


「それで、あなた達は一体……?」


 僕達がここに来た事情を説明すると、聖女様は苦しそうに(まゆ)を寄せる。


「では、止めていただけますか?オーギレオの凶行を………。」


 聖女様が言うには、二ヶ月前にオーギレオと言う魔術師がケイデンス辺境伯のもとを(たず)ねてきたらしい。その時聖女様は近くの村に出かけていたのだけれど、帰ってみるといきなりオーギレオとの婚約を言い渡された。その時のケイデンス辺境伯様はどこか(うわ)の空で聖女様の話を聞いてくれなかった、と。


「以来、お父様とは一度もお会いできていません。(わたくし)が何度お話に(うかが)っても、部屋に(こも)ったまま出てこられませんでした………。」


「………洗脳、とか?」


 サラがそう(つぶや)いて僕を見る。僕も魔術にすごい(くわ)しいってわけじゃないけれど、話を聞いた感じそうかもしれないね。


「まぁ、見てみないと何とも言えないね。」


「じゃあ、夜まで待とっか。聖女様、辺境伯様のお部屋の場所を教えて?」


「ど、どうするつもりなのですか?」


 僕達の話についていけなかったのか、聖女様は狼狽(うろた)えている。まぁそうだよね。


「領主館に忍び込んで辺境伯様の様子を確認します。」


「!わ、私も行きますっ!」


「聖女様はここで待ってて。せっかく外に逃げられたんだから、わざわざ戻らなくてもいいでしょ?」


 サラの言葉に、聖女様は黙り込む。……なにも迷うことは無いと思うけど?


「……いえ、私も行きます。お父様が心配ですから。」


 ………心配、か。家族だもんね。そりゃそうだ。


「わかりました。」

「トーイ!?」


「足手まといだけど、連れて行かないと部屋の場所を教えてくれないんじゃない?」

「足手——!?そ、そうです。教えません!」


サラは不満そうに僕を(にら)んでいたけれど、やがて観念したように肩をすくめた。


「じゃあわたしが先行するから、トーイは聖女様をお願いね?」

「え………?」


 思わぬカウンターを食らってしまった。まぁ、仕方ないか。

 決行は夜だ。今は休もう。





 領主館の警備ははっきり言って手薄だった。人がほとんどいないから聖女様(足手まとい)がいても楽々侵入できる。


「……おかしいね。」


 銃を構えるサラの声が緊張(きんちょう)(はら)んでいる。僕も周囲の気配に気を配る。


「どういうことですか?」


 聖女様が小声で(たず)ねてきた。


「辺境伯様がいるにしては、警備が少なすぎるんです。」


「もしかしたら、わたし達がここにいるのも気付かれてるかも。」


 僕の言葉をサラが引き()ぐ。サラは魔術を使えないけれど、こういう状況には慣れているのだろう。緊張はしているものの焦った様子はない。


「……魔力探知、ですか?」


 聖女様の言葉に(うなず)く。魔術を使えるかどうかに関わらず、生物はみんな魔力を持っている。相手は魔術師—魔力を扱うプロなのだから、こちらの位置は筒抜けと考えるべきだろう。


「それにしても、もっと警備がいてもいいと思うけどね。」


「よっぽど腕に自信があるみたいだね。」


 人のいない廊下(ろうか)慎重(しんちょう)に歩く。三階に上がったところで聖女様が声を上げた。


「この先です。」


 聖女様が突き当りの扉を指さす。近づいてみると、扉には鍵がかかっていた。


「……魔術の(たぐい)はかかってないね。」


 僕がそう言うと、サラがどこからか針金を取り出して鍵穴をいじる。鍵はカチャリと音を立ててあっさりと開いた。

 その間に魔力探知をしてみるが、中の気配は一つしか無い。おそらく辺境伯のものだろう。そうなるとオーギレオはどこに行ったんだろう?

 サラが銃を構えて部屋に飛び込む。中にはやはり一人しかいない。

 真っ白な髪と口(ひげ)(たくわ)えた男。北にその人ありと(うた)われるほどの傑物(けつぶつ)と聞いていたけれど、ベッドに横たわる姿はどう見ても疲れ切った老人だ。


「お父様………!」


 その憔悴(しょうすい)ぶりは聖女様にも衝撃(しょうげき)だったようで、信じられないと言わんばかりに口元に手を当てている。


「聖女様、何か感じる?」


 サラが辺境伯様にしがみついて泣きだした聖女様に尋ねる。


「…………お父様の中からオーギレオの魔力を感じます。」


「……決まりだね。」


 その時、遠くで足音が聞こえた。たぶん向こうもこっちを探知したのだろう、まっすぐ向かってくる。


「誰か来る。」


「……逃げる?」


 サラがそう言うが、僕は首を振った。すでに探知されている以上逃げきれないだろうし、相手は辺境伯様に魔術を使用した疑いがある。一度問い詰めないと。

 ベッドの方を見ると、聖女様はすでに立ち上がって僕達を見ていた。その瞳は怒りに満ちている。この様子じゃ、逃走を提案しても聞かないだろう。


「……はいはい。聖女様はトーイから離れないでね。」


 言うが早いか、サラは部屋を飛び出し発砲した。明かり一つない廊下の向こうからキィンと甲高(かんだか)い音が響く。


「やれやれ、聖女様が戻ってこられたかと思えば、無礼な護衛を二人も………二人?」


 暗闇から男が現れた。切れ長の目に吊り上げた口の端が男の性格の悪さを容易(ようい)に想像させる。

サラは眉一つ動かさずに再び引き金を(しぼ)り、消音器(サイレンサー)が取り付けられた銃から風切り音が鳴った。しかし男の周囲には術式陣が展開されていて、銃弾を容易に(はじ)く―防御術式だ。銃弾は届かないだろう。


「ハッ!何かと思えば、魔術もまともに使えないようなガキか。聖女様の人脈も底が知れ—ちょっ、人が(しゃべ)ってるでしょうがっ!」


 サラが話を聞かずに撃ち続けるものだから男は声を荒げた。うん、僕も話がしたいからいったん撃つの()めようか。


「えっと、あなたがオーギレオさん?辺境伯様に何をしたの?」


「……失礼なガキだな。私が何かしたという証拠でも?」


「お父様からあなたの魔力を感じました!言い逃れはできませんよ!」


 聖女様が声を荒げ、オーギレオを睨みつける。……こんな顔もできるんだ。


「ジーゴ様が体調が優れないとおっしゃられたので、治療を施したまでですよ。」

「よくもぬけぬけと……!あなたが来てからお父様は——!」


 ……これはダメだな。僕もサラもこういう口論って得意じゃないし、オーギレオから決定的な証言を引き出すことはできないだろう。


「……サラ。」


「そうだね。」


僕が呼ぶとサラは銃をしまい、オーギレオに向かって走り出した。腰から剣を抜き、オーギレオを切り伏せようと狙いを定める。


「たかが剣士が、魔術師に勝てると思うなよ!」


 オーギレオが光の槍を放つが、サラは足を止めない。時に壁を蹴り、時に姿勢を低くしてそれを避けながら進んでいく。そのかわりに光の槍は僕達に飛んでくる。


「危ないっ!」


 聖女様が防御術式を展開してくれた。……あれ、僕の出番無い?


小癪(こしゃく)なっ!」


 闇の向こうでオーギレオも防御術式を展開し、サラの剣を受け止めた。

 サラは一度後退し、くるりと回る。防御術式が消えた瞬間、サラの銃口がオーギレオに向けられていた。引き金が引かれ、弾丸が吐き出される。

 しかし、オーギレオは再び防御術式の展開に成功していた。弾丸は弾かれてしまう。


「っ!」


 攻撃を防いだにも関わらず、オーギレオの顔は(ゆが)んだまま。術式が消えた瞬間、今度はサラ自身が飛び込んできたからだ。もはや手が届く距離、サラはオーギレオの喉元(のどもと)に剣を突きつける。


「大人しく話してくれれば、騎士団に突き出すだけで勘弁(かんべん)してあげるよ?」


「…………まだだ。」


 オーギレオの呟きが聞こえると同時に、僕の耳が壁の向こうの音を(とら)えた。


「サラ!右だ!」

「っ!」


 サラが咄嗟(とっさ)に防御の姿勢を取る。それと同時に壁を破壊して銀色の影がサラを襲った。


鉄騎兵(てっきへい)!?」


 魔術を使って操る鉄の人形。それが壁を破壊しながらサラを連れていく。


「クククッ………!次は貴様だ、ガキィ!」


 オーギレオの魔術が僕に狙いを定めた。


「…………聖女様は下がって。ここからは、自分の身は自分で守ってください。」


「ですが……!」


 聖女様を下がらせ、一歩踏み出す。


「命()いなら聞いてやるぞ?そんな(かす)かな魔力で私に勝とうなど、無謀(むぼう)でしかあるまい?」


「さっきサラに追い詰められておいて、よくそんなことが言えるね?」


 僕の言葉にオーギレオは顔を引きつらせた。


「死ねぇ!」


 光の槍が放たれる。僕も防御術式を展開してそれを防ぎながら、腰に差した剣を抜いた。


「な、何ぃ!?貴様、魔術を使えるのか!?」


「使えないなんて言ってないでしょ?」


 僕は走り出す。オーギレオが(あせ)ったように光の槍を放つが、大きな術式から一本しか出ないから射線が読みやすい。簡単に避けられる。


「魔力を隠していたのか!くそっ!くそくそくそ!」


 オーギレオが先程までとは違う術式を展開した。

 ……これは、攻撃魔術じゃない!


「私のものになれぇ!」


 思わず目を(かば)う。(まぶた)を閉じていても強い光が目を焼いた。くらくらと眩暈がして立っていられない。膝をつくと同時に横腹に衝撃が走った。蹴られたみたいだ。僕が後退したことで、オーギレオとの間に距離が空いてしまう。


「調子に乗るなよガキが!私の計画を邪魔しやがって!」


 さっきの発言と強い光………。友人に聞いたことがあった。光の魔術には光を通して相手に命令を焼き付ける術があるらしい。それで辺境伯様を操っていたってわけだ。

 魔術による精神干渉は犯罪。これでコイツを拘束する理由ができた。


「……魔術師オーギレオ。精神干渉魔術使用の疑いで、お前を拘束する。」


「やってみろガキが!!」


 僕は再び走る。今度は大量の光弾が飛んできて壁や飾られた装飾品を破壊していく。

 まだ目は()かないが、全神経を研ぎ澄ませてオーギレオを狙う。


「ヒィ!く、来るなぁ!」


 そんな僕を見てオーギレオが悲鳴を上げた。攻撃が激しくなるが足を止めるほどではない。一気に距離を詰めて剣を振る。

 オーギレオの防御術式が剣を(はば)んだ。僕は反転してオーギレオの背後に回り込み、腕を掴んで投げ飛ばす。そのままオーギレオを組み伏せ剣を突きつけた。これで終わりだ。


「…………まさか、貴様——!」


 オーギレオは恐怖の表情を浮かべて僕を見上げている。


「聞いたことがあるぞ………!七年前の反乱軍との戦争末期、反乱軍が投入した人間兵器………動物の遺伝子を混ぜられた(あわ)れな子供達—アニマス!この化け物め!」


 ……………知っているのか、クソが。聖女様に聞こえないようにオーギレオの耳元で(ささや)く。


「……そこまで知っているのに、それを口にした者がどうなったか知らないのか?」


「ひぃぃぃぃ!助けてくれっ!私は何も知らないっ!私はただ、この町を私の物にしたかっただけなんだぁ!」


「………それでいい。」


 とりあえず、オーギレオを(しば)り上げる。……サラは大丈夫だったかな?


「トーイ!無事!?」


 声に振り返ると、サラが()けてくるのが見えた。心配いらなかったね。


「オーギレオ。お父様にかけた術を()きなさい。」


 気が付くと聖女様が近くにやって来ていて、オーギレオを見下ろしていた。


「イヤだね。ジーゴ様には私の無実を証言してもらわなければ——。」


 オーギレオが言い終わらないうちにその腹の下で魔力が膨らみ、僕は思わず飛び退(すさ)る。それと同時に床から氷が生え、オーギレオを拘束した。


「次はありません、オーギレオ。術を解きなさい!」

「は、はい………。」


 これで一件落着かな。





 領主館の外に出ると、サラを連れ出した鉄騎兵の残骸(ざんがい)が転がっていた。


「関節が弱くて助かったよ。あと武器を持ってなかったから簡単だった。」


 サラがこちらに向かって指を二本立てる。普通の人は鉄騎兵の(かた)さに苦戦するんだけどね。


「トーイもよく精神干渉魔術だってわかったね?」


「前にアーシャに聞いてたんだ。こいつの魔術もアーシャほど強力じゃなかったし。」


 学校で会った侯爵令嬢の友人が頭の中で笑う。彼女以上の光魔術の使い手にはいまだ会ったことが無い。………これからも会わない気がするけれど。

 とにかく、聖女様の結婚は破談になった。僕達の仕事もこれで終わり。


「お二人共、本当にありがとうございました。」


 会話が切れたところで聖女様が頭を下げてくる。


「気にしないでください。これが僕達の仕事ですから。」


 僕は手に持っていた(なわ)を聖女様に渡した。縄の先ではオーギレオが顔を()らして()びている。サラにこっぴどくやられていたから、もう反抗したりしないだろう。


「それにしても驚きました。聖女様でもあんな風に怒るんですね?」


 そう言うと、聖女様は顔を赤らめる。


「お見苦しい所をお見せしました………。お父様に酷いことをしたのが許せなくて、つい………。」


 気持ちはわかる。僕もサラや他の兄妹達をあんな風にされたら、相手に何をするかわからないし。


「今は何もお礼をすることができませんが、せめて——。」


 そう言って聖女様が近づいてきて、僕の顔に手を()える。



 ちゅっ——。



 (ほお)に一瞬の感触。横を見ると、サラも(ひたい)に口づけされていた。


「このお礼は必ずいたします。どうかお元気で。」


「…………はい。」


 ………まぁ、うん。帰ろう。


「トーイってば、照れてる~!」


「………うるさいよ。」





 機関車に()られていると、眠気が押し寄せてくる。

 サラもさっきまで騒いでいたけれど、気が付くと勝手に僕の膝の上で眠っていた。

 僕も眠ろうかな。なんか疲れたし。


 そもそも、なんでサチ様はあんな小者を止めるために僕達を送り出したんだろう?あの程度なら騎士団が少し調べればわかることだろうに……。

 それに、サチ様に今回の件を依頼した人のこともわからない。聖女様を(した)う使用人の誰かが依頼したのかと思っていたけれど、領主館にはオーギレオの息がかかった者しかいなかった。


 思考と眠気の間で揺蕩(たゆた)っていると突然機関車が揺れ、停止した。


「いたた……。何………?」


 僕の膝から投げ出されたサラが頭を押さえて起き上がる。


「ご乗車中の皆様、大変申し訳ございません!」


 扉の外で乗務員さんの声が聞こえた。


「現在、王都にて大規模な反乱が起きたと連絡がありました!申し訳ございませんが、詳しい情報が明らかになるまで本機関車は停車いたします!場合によっては、ノースデンスに戻ることになりますのでご了承ください!繰り返します——!」


「………反乱?」


 サラと顔を見合わせる。王都に戻らないと………でも、どうやって?

 徒歩や馬車では王都に着いたところで暴動は終わっているだろう。何をしても、もう間に合わない。そんな事実に歯噛みする。


 ………まさかサチ様はこうなることを見越して、僕達を王都から遠ざけたかったのか?


 今の僕には、兄妹と友人達の無事を祈りながら王都の方向を睨むことしかできなかった。

 少しでも面白いと思っていただけたなら、評価、リアクションをいただけると嬉しいです。


 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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