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097 精霊の舞台




 大劇場を埋め尽くす観客達は誰もが笑顔だ。先ほどの(たましい)を揺さぶる大合唱の余韻(よいん)がまだ続いている。小さな声であの歌のフレーズをハミングしているのだ。


「これからミリコス殿下と騎士(ナイト)の勝負を始めます」


 司会の拡声(かくせい)魔道具を使ったアナウンスに会場が盛り上がる。


 ミリコス殿下が納得できないという表情で近づいてきた。


「あれは何だ。どうして観客は皆が同じ歌を歌えた。いや、その前に、姫のあの歌声は何だ。何をした。どんな魔法を使った」


 魔法がある世界だ。理解しがたい事は全てそれで説明がつく。科学ではない。超常現象ちょうじょうげんしょうなのだ。


「魔法ではないですよ。あれは姫の歌声です」


「ふざけるな! あんな高音域で響く歌声などあってたまるか。(たましい)に響いてきたぞ。この天才の魂にだ。あり()ないだろう」


 おお、さすがは一流だ。心は正直だ。


「殿下、始まります。自席(じせき)にもお戻りください」


 プルクスさんが、そう声をかけると、まだ納得ができないのだろう、ブツブツ言いながら戻っていった。


「試合方法の説明をします。これは一対一の戦いになります。国宝級魔道具である『精霊の踊り』を使った勝敗になります」


 ステージにその魔道具が運ばれてきた。私とミリコス殿下がいる場所の真ん中当たりだ。


「この魔道具は、きれいな音色や美しい歌声などに反応します。精霊と呼ばれている存在が踊り出すのです。この踊りは、過去3回しか出現していません」


 シーンとなる会場。一般市民は国宝という言葉だけですごい物だと思ってしまう。


「なので、何らかの反応があった方が勝ちになります」


 踊らないが、光ったとか、何かが浮かび上がってきたらということだろう。そのような事は頻繁(ひんぱん)に起こっているらしい。


「第2勝負は、騎士(ナイト)からになります。始めてください」


 これも想定内だ。勝負はここで決める。殿下に演奏はさせない。心を折ることが目的なのだ。


 ねこちゃんペンダントを取り出す。


 グライヒグよ、ちゃんと見ていろよ。


「世界樹の横笛」


 小さくそうつぶやくと右手にあの横笛が現れた。


 世界樹の枝を取り出すときのサクラさんの加護と同じだ。入り口の町では珍しくない光景だ。しかし、王都の市民には新鮮だったようだ。


 おおー、


 少しざわめく。


 アイテムボックスからではなくペンダントから取り出すのには理由がある。


 私が使っている謎の力は、このペンダントの加護だとグライヒグに勘違いをさせるためだ。


 あの『精霊の踊り』の正式な持ち主はネメルさんだ。その特性は()()くしていた。


「とびっきりの陽気な曲を聴かせてやるからな」


 箱ではなく大合唱の歌声に()かれて集まってきている存在達に話しかけた。


(神装力第三権限開放『神力波』発動)


 演奏を始めた。


 この世界樹の横笛は、神力を込めて吹いても壊れない素材でできている。遠慮はいらない。


(神装力『再現』発動)


 少しずるをさせてもらう。


 横笛は『神楽笛(かぐらぶえ)』しか吹いたことがない。この笛は穴が7つあるので『龍笛りゅうてき』に近い構造になる。


 父の知り合いが吹いていた様子を再現させてもらう。


 私にとってはおなじみの曲でも、この世界の人は聞いたことがないメロディだろう。でも、音楽は世界というか異世界でも共通だ。楽しさは伝わる。


 神力がこもった音色が波になって広がっていった。サクラさんの超音波を含んだ声と似た感覚を人々は味わっているだろう。きっと、心地よいはずだ。


『精霊の踊り』に変化が出はじめた。 


 (ふた)の部分に魔法陣が現れる。それが上に広がっていった。


 神力が高まるにつれて、魔法陣はどんどん広がっていく。


 直径が10メートル位まで広がると、集まっていたあの存在達が具現化(ぐげんか)した。『精霊』と呼ばれている陽気なやつらだ。


 いろいろな姿をしている。


 ウサギに似ているもの。


 モモンガに似ているもの。


 ネズミに似ているもの。


 トカゲやヘビ、カエルまでいる。


 木や花の姿をしたやつらもいた。


 人型もいる。背中に羽がある。


 そいつらがダンスを始めた。陽気なダンスだ。


 いつの間にか、ラリリンとオキナも混じって踊っている。


 さらに神力を(そそ)いで吹く。


 魔法陣がどんどん広がっていき、大劇場全体がダンスホールになった。


 頭上で陽気なダンスが繰り広げられた。人々は心地よい眠気(ねむけ)の中で夢でも見ているような気分でいる。


 静かに演奏を終わりにする。


 それと同時に、魔法陣もふっと消えた。精霊達の姿も見えなくなった。


 観客達も夢から覚めた。


「え、なに、ウサギが踊っていたよね」


「いや、カエルだったぞ」


「違うわよ、きれいなお花よ」


「え、おれにはヘビに見えたぞ」


「なんか、白いウサギがタンバリンを叩きながら踊っていたような気がするが……」




「夢だったのか……」




 会場全体から、同じ声が聞こえてきた。




「すみません、何かが起きていたのはわかるのですが、私には説明ができません」


 司会者が申しわけなさそうにそう言うと、


「私が説明します」


 ステージには芸術の探求者である『ネストメル』さんがいた。近くにはあの魔道具の箱がある。


「この魔道具は、精霊達の舞台なんです。普段は見えない姿をみなさんが思っている姿で具現化させるのです。そして、この舞台の魔法陣を展開できるのは、特別な波長を出す楽器なんです」


 ネメルさんが右手を差し出した。


「世界樹の縦笛(たてぶえ)


 リコーダーによく似た笛が右手に出現した。


 唇を当て、吹き始めた。


 蓋に魔法陣が浮かび上がる。


 それがどんどん広がっていった。


 直径が3メートルほどで、ウサギのすがたをした精霊達が現れた。お尻フリフリダンスをしている。その下では、ラリリンがタンバリンを鳴らしながら同じように踊っていた。


 演奏を止めると魔法陣も精霊達もふっと消えて見えなくなった。


「特別な波長は、どの楽器でも条件が整えば出すことができます。その人が持っている力の強さによって、魔法陣の大きさが決まります」


 そう言うと、そのままステージから降りていった。


「ただいま、芸術の探求者である『ネストメル』様から説明がありました。騎士(ナイト)は会場全体に魔法陣を広げました」


 司会者がミリコス殿下を見た。


「次はミリコス殿下の番です。同じように会場全体に魔法陣を広げられたら引き分けです」


「……」


 ミリコス殿下はぼう然としていた。


「ミリコス殿下、演奏を始めてください」


 呼びかけても返事がない。いつまでも立ったまま、天井を見上げていた。


「ミリコス殿下に演奏をする気力がないと判断しました。よって、この勝負は騎士(ナイト)の勝ちです」


 司会者がそう宣言をすると、会場から割れんばかりの拍手が起こった。


 これで私達の勝ちが確定した。さて、ストラミア帝国はどう出てくるのだろうか。


「予定よりもかなり早く試合に決着がつきました。この後は、ストラミア帝国の皆さんによる親善演奏会になります。準備に時間が掛かりますので30分間の休憩にします」


 司会がそうアナウンスをすると、あの重たい扉が音もなく静かに開いた。すごい、どんな仕掛けになっているのだろう。


「すごかったね」


「ウサギさんかわいかった」


騎士(ナイト)って演奏もできたのね」


「姫の歌声、もう耳から離れないよ。どうしよう」


 観客がそんな感想を言いながら会場から出て行った。外で休憩をするようだ。


 ここのトイレも全てねこちゃん印の温水シャワートイレになっている。試してみてくれ。これも営業だ。




次話投稿は明日の7時10分になります

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