095 戦い前夜 ★
「テュロスさん、今日も演奏させてもらっていいですか」
奥で調理をしている店主にそう声をかけると。手を止めないままにっこりと笑い「すきにしな」と言ってくれた。
私達が訪れているのは王都の繁華街にある食堂だ。魔術学院の大食堂が提携しているお店でもある。
私とジェイドが気に入っているAランチのルーツがここにあるのだ。つくも(猫)も認めている味付けである。
お店は夕食を食べに来ている家族で賑わっている。お酒を飲みながらのお客も多い。ちょっと、ゆっくり食事を楽しみたいという客層だ。
接客の店員さんが忙しそうに動いていた。
邪魔にならにように食堂の隅にある特設ステージに登り楽器の準備を始めた。
軽く音合わせをしてからいきなり演奏を始める。
ここでの演奏を始めてからもう2ヶ月になる。すっかりおなじみの光景なのだ。
初めは静かな曲目を選んで演奏をする。ザワついていた室内が静かになる。
一通り演奏が終わると拍手が起きる。そして、アンコールが起これば最後におなじみになった軽快な曲を演奏し、みんなで大合唱をして終了だ。
ここと同じような光景が、ここ数日いろいろなお店で繰り広げられていた。エレウス王都の楽団員が数人ずつの組みになって活動をしていたのだ。そして、最後はおなじみの曲を大合唱して終わりになる。
お店だけではない。広場や市場など人が集まる場所で演奏が披露されていた。そして、最後はみんなで大合唱をする。
ストラミア帝国の楽団が大劇場を貸し切って練習をしている間、楽団員達が町に出て演奏の出前サービスをしていた。
「最後の大合唱が気持ちいいね。なんというか、心が一つになったって言う感じかな」
演奏を終えて戻ってくる楽団員達は口々にそう言ってにこにこしている。劇場でないところで演奏などできないと言って渋っていた人達もすっかり気に入ったようだ。
聴きに来ている観客ではなく、ふらっと立ち寄っただけの人が曲に興味を持ち歓喜していく様子が新鮮だったのだ。
「テュロスさん。長い間演奏させてもらってありがとうございました。私達の演奏は今日で終わりですが、他の楽団員達はこれからも続けたいと言っているので、受け入れてもらえると嬉しいです」
「いや、こんなに盛り上がるとは思わなかったよ。今ではこの演奏が聞きたくてここに来てくれる客がいるほどだ。これで終わってしまうのは残念だ」
「すみません、私達もこれから忙しくなるんです」
わかっているよと言う感じで奥に行きお皿がのったトレイを持ってきた。
「これが一応の完成品だ。味を見てくれ」
その表情は真剣だった。
お皿に入っていたのは、カレースープだ。
「うん、おいしいです。これなら学生達も満足するはずです」
夏休み明けからいよいよ大食堂にカレーが登場する。米はまだ食堂で出せるほどの収穫は見込めないので、パンとセットのカレースープになる。
数量限定なのできっと争奪戦が起きる。整理券を用意しておくか。
ほっとした表情のテュロスさんがまた真顔になる。
「いよいよ明日だね。絶対に負けないでおくれよ」
「大丈夫です。勝つための準備は全て整っています」
私の自信たっぷりな様子に安心したようだ。食べ終わったお皿を持って奥に行ってしまった。
「帰りましょう」
サクラさんが椅子から立ち上がった。
「作戦会議を始めます」
司会はエル、書記はシンティだ。
「明日がミリコス殿下との芸術勝負になります。隊長、作戦の確認をお願いします」
隊長がすっかり定着したな。まあいいか。
「第1勝負は5人でのグループ戦になる。こちらのメンバーは、サクラさん、ジェイド、シンティ、エル、おれだ」
「相手はミリコス殿下と長年一緒に活動をしてきたレオーフ州王国とディスポロ商業公国の仲間になります」
ジェイドが補足説明をすると、シンティが黒板に追記をしていく。
「チラッと練習しているところを見ました。実力は本物です。人数も5人ではありませんでした。曲ごとにメンバーが入れ替わるのかも知れません」
ネメルさんがラリリンを抱きながら見てきたことを教えてくれた。
「グライヒグの作戦は、できるだけ何曲も演奏をさせて疲れさせる事だと予想できます」
ジェイドが自分の考えを言うと、
「うむ、賛成だ」
「私も同じだ」
レーデルさんとディーラさんも賛同した。
「おれも同じ考えだ。ミリコスも決着はおれとの一騎打ちでつけたいと思っている。でないとプライドが許さないはずだ」
芸術家としての誇りはあるが、グライヒグの作戦には逆らえないはずだ。きっと、不満が募っているだろう。
「グライヒグの思い通りにはさせない。勝負は1回で決める。そのための準備は整ってるからな」
そう言ってニヤリと笑うと、
「ミリコス殿下やグライヒグがぼう然とする姿が目に浮かびますね」
エルもニヤリとする。
「こんな方法で来るとは思わなかったはずです。グライヒグの思考に焦りがでればこちらの勝ちですね」
ネメルさんもニヤリとする。
「うむ、わたしも新鮮だったよ。人の心情というものを考え尽くした作戦だ。実に興味深い」
レーデルさんもニヤリとする。
「お仕置きの時間です」
サクラさんが立ち上がり握りこぶしをする。
全員が大きくうなずいた。
* * * * * (ミリコス視点)
実に不愉快だ。なぜ、私がエレウス王国の敵のように扱われるのだ。
グライヒグという男は気に食わない。なぜ、偉そうに命令をしてくるのだ。そして、なぜ誰も異議を唱えないのだ。いくら私が抗議をしても、全く聞き入れない。
あの傲慢で自信の塊だったドモンが子犬のようになっている。あんなふぬけなやつだとは思わなかったぞ。後援など受けなければよかった。
今回の勝負だってそうだ。私とあいつの一騎打ちで勝負がつくはずだったのだ。なせストラミア帝国のプロ楽団が出てくるのだ。理解ができないぞ。
まあいい、明日で終わりだ。
私が準備した仲間は一流だ。ストラミア帝国のプロ達とでも対等にやり合える実力者だ。
そうか、ここで実力が認められれば、彼らにとっても都合はいいか。ものは考えようだな。このままストラミア帝国に行って、活動してもらうのな有りだな。
私は、レオーフ州王国を独立させるという大仕事が待っているから協力できないが、彼らの今までの献身には報いなければいけない。
サクラシア様が我が妃になれば、拒否権を使って全ての権力者達を黙らせることができる。
私が新大陸の新たな象徴になるのだ。全ての国民が芸術の恩恵を受けて心豊かに暮らせる国にしなければいけない。これから忙しくなるな。
カナデと言う男も運がない。天才の私との勝負だからな。あの、ジェイドという少年は実に美しい。絵の専属モデルになってもらうとしよう。
カナデはドモンの下僕になるしかないのか。少しかわいそうだが、まあ、仕方ないな。
機会を見て、私が助けてやるとするか。
次話投稿は明日の7時10分になります




