094 文官達の戦い ★
エレウス王国が誕生したのは今から800年前になる。世界樹の裁きが起こってからは約100年後になる。
それまでは、小さな国がいくつも乱立していた。争いも絶えなかった。エレウス王国もエレウスという冒険者が集まるただの町だった。
しかし、属性魔法使い達が多くいたので特別な自治権を確立していた。小さな国はエレウスには勝てなかった。
カロスト王国、マイアコス王国、アルエパ公国が次々と誕生したのもこの頃である。エレウスに対抗するために軍事力を高める必要があったのだ。
ストラミア帝国がある半分の大陸は、新星のように現れた皇帝が次々と周りの国を滅ぼし大国へと突き進んでいた。その力は脅威だった。どう考えてもそのころの技術ではあり得ない兵器が使われていたのだ。
皇帝の後ろには強力な協力者がいた。ナダルクシア神国である。この新大陸で最も古い歴史を持つ国である。この国が誕生したのは、今から1000年前である。
レーデルが弟のレームスと生き別れになったのも、丁度この頃である。何かの関係があるのは間違いがないだろう。
1000年前は、世界樹の裁きが起こる100年前のことである。そして、この100年間、ナダルクシア神国の周りにある小さな国の住民は不思議な現象に悩まされていた。
突然火山が爆発したような大きな音がする。
地震のような震動がしてくる。
大きな鉄の塊が動いている。
空に変な物が浮かんでいる。
そして、一番恐怖したのが、
空に向かって光の線が大きな音と共に伸びていく現象だった。その光の下には、入道雲のような白いものが次々と生まれていたのだ。
他にも異変はあった。
木魔と呼ばれていた、樹木がどんどんと切り倒されていたのだ。この樹木は、魔力を蓄えているのではないかとそのころの学者達が研究をしていた。
その勢いは止まらなかった。鉄の塊が大樹山脈のふもとにある木魔達を次々と運んでいった。人の力ではない、馬の力でもない、何かよく分からない力で運ばれていくのだ。
そして、今から900年前、それが起こった。
一夜にして木の壁が長さ数千キロメートルにわたってできていたのだ。『世界樹の裁き』と呼ばれている現象だ。
いままで入れていた森に、人類は誰ひとりとして入ることができなくなったのだ。それが、約300年間続く事になる。
その300年間に、今存在している国が全て設立されたのだ。エレウス王国はカロスト王国に次ぐ2番目に古い国になる。
話をエレウス王国に戻そう。
皇帝が、ストラミア帝国の誕生を宣言したその直後に、エレウス王国とその周辺の国が集まり協議をした。そして、エレウレーシス連合王国が誕生した。
協力するのは、対ストラミア帝国との抗戦のみである。それ以外は、州王国としての自治権が認められている。
エレウス王国も、その戦いで勝利をし手柄を立てた冒険者達が貴族として領地を持つようになった。そして、建国800年の間に、その貴族達がどんどんと力をつけていった。典型的なのが小麦貴族である。
王都の食料庫であるその領地は、王族でも手出しができないような強力な力を蓄えていったのだ。
そして、世襲制だった子孫達は、その権力を当然のように振りかざすようになっていった。貴族特権の誕生である。
いまや、どの国も、有力貴族達が中心になり、世界は自分たちを中心にして動いているのだと疑わないようになった。
大樹暦の宣言から来年で2000年である。今は、世紀末と呼ばれている混沌とした時代なのである。
* * * * *
エレウス王国の役人達は文官と呼ばれている。主に国や公共機関で行政事務(政策の立案・実行、法律、外交など)を行う役職の人である。
王城の一室に、ストラミア帝国の役人とエレウス王国の文官達が集まっていた。そして、先ほどから何やら揉めているのだ。
「なぜこちらの言い分を認めてくださらないのかが理解できませんな」
ストラミア帝国の一番偉そうな役人が椅子にふんぞり返った。
「なぜと言われましても、失礼ではありますが公爵閣下は皇帝ではありません。こちらも国賓扱いにはできません。そもそも、今回は交流演奏会と交流試合です。魔術学院と魔法学園の交流に過ぎないのです」
エレウス王国の文官は、淡々と説明をしていく。
「それがそもそもの間違いですな。こちらは国の代表できているのですぞ。閣下はいわば皇帝の代理です。ないがしろにしていいはずがありませんな」
その役人は、ふんぞり返ったまま上を向いた。このまま椅子ごと倒れてしまうのではないかと周りの人間がヒヤヒヤしている。
「国の代表だというなら皇帝からの親書を提示してください。私共はそれを受け取っていません」
痛いところを突かれてしまった。親書など持っていない。それどころか、皇帝にも内緒にしていた新技術で来ているのだ。ばれたら処分されてもおかしくない。
「ふん、いちいち細かいことを言う。これだから冒険者の成り上がりは困るのです」
苦し紛れに言葉を絞り出す。この国の貴族達が一番嫌う言葉である。怒って怒鳴りでもしてくれればこちらの勝ちだ。
「その言葉はエレウス国王によく伝えておきます」
淡々と言葉を返していくエレウス王国の文官。
このままではまずい。閣下に怒られてしまう。何としてても歓迎会を迎賓館で行わせなくてはならないのだ。それが命令なのだ。
それにしてもおかしい。グライヒグ様の話とかなり違っている。恐怖で怯えた文官達は、こちらの要望をすんなり受け入れるはずだったのだ。
なぜ、この文官達は恐怖していない。なぜ、こんなにも冷静でいられるのだ。
自身のことを振り返ってみてもそう思ってしまう。
いきなり連れて行かれた他国、それもいい噂がないナダルクシア神国だった。そこで見たのは、巨大な何かだった。魚に形は似ているが、こんなに大きな魚は見たことがない。しかも、空に浮かんでいるのだ。
紐で繋がれているので、いきなり襲ってくることはないのだろう。でも、恐怖した。未知の生物に恐怖したのだ。
これが人の手で作られた『飛行船』というものだと説明されても恐怖は変わらなかった。未知の技術に恐怖したのだ。
小さな部屋に押し込まれ、飛行船が浮かび上がったときは、これで人生は終わったと思った。選手団の学生達も泣きわめいていた。
1日8時間飛び続け3日かけて王都に到着した。2日目からは私も他のメンバーも冷静さを取り戻していたが、最初の恐怖は今でも覚えている。それが普通だろう。
この国の人間はおかしいのではないか。誰ひとりとして恐怖した顔をしていない。冒険者が作った国だからなのか。
ストラミア帝国の役人がそう考えているときに、エレウス王国の文官が話し出した。
「それでは確認します。歓迎会は儀式用の部屋で行います。出席者は、ペリティア公爵になります。そちらの閣下も公爵様です。身分的には申し分ないはずです」
新大陸3大公爵家のひとつだ。その通りだが受け入れるわけにはいかない。
「われわれは国賓だと申し上げている。迎賓館で国王が歓迎の意を表すのが筋ではないですかな」
もはやなりふり構っていられるか、いつも通りのごり押しで無理矢理納得させるしかない。
「話が戻りましたぞ。そちらがそういう態度でしたら、歓迎会自体を取りやめることに致しましょう」
なんだと、そんな事ができるわけがない。我々はストラミア帝国だぞ。
「いいのですか。我々を敵に回すことになりますぞ。それにですな、わざわざ友好関係を結びに来た選手団を出迎えもしなかったのはそちらの国ですぞ」
最後の切り札だ。どうだ、ぐうの音も出まい。
「出迎えなかったのは、そちらに不備があったからです。飛行船で来るならなぜそのように連絡をして来なかったのですか」
「……」
なぜ、あれが飛行船だと知っているのだ。未知の技術のはずだぞ。
「それにです。エレウス王国上空の飛行許可も出ていないはずです。それなのに、どうどうと国内に入ってきたのはそちらです。これは、我が国に宣戦布告をしたと同じですよ」
その通りだ。なぜ、我々はその事に思い当たらなかった。行政職として失格なのではないか。戦争を仕掛けていると同じではないか……。
ストラミア帝国の役人達は反論どころか下を向いたまま顔を上げることすらできなかった。
このことが皇帝に伝わったら、私達は処分されるだろう。皇帝の許可無しに相手国に宣戦布告のような行為をしたのだ。皇帝になんと言い訳をすればいいのだ。
会談は終わりになった、エレウス王国の文官達が全て退室しても、ストラミア帝国の役人達はいつまでも部屋の中でぼう然としていた。
そのころ、別の部屋ではエレウス王国の文官達がソファーに体を投げ出し天井を仰いでいた。
「あぶなかった。宰相に飛行船の説明と対応の指示を受けていなかったら、あの役人達の言う通りにうなずくしかなかった」
「まったくだ、あの化け物のような物体を見たときの恐怖は今でも忘れられない。見てみろ、手が震えている」
エレウス王国の文官達も目をつぶったまま上を向き動こうとしなかった。
カナデの助言と宰相の機転がこの国の危機を救ったのである。だが、このことが公表されることはなかった。
次話投稿は明日の7時10分になります




