093 歓迎式典
軽快な音楽が流れる儀式用ホールをストラミア帝国の選手団が進んでいく。それを見守るエレウス王国の関係者の表情は和やかだった。
なぜなら、全員が学生だからだ。大人としては見守りたい。例えそれが招かざる客でもだ。
ちょっと、怪しい風体の選手もいるが、成長が早いと言われれば納得するしかないだろう。まあいいか。そんな余裕の表情である。
一方、苦々しくこの様子を眺めているのは、魔動機関貴族のダーチェリスト・ストラフィアだ。なぜなら、想定が大きく違ってしまったからだ。
飛行船での突然の襲来。武装してるわけではないが、予告無しにエレウス国上空に侵入するなど、そう思われても仕方ない敵対行為である。
だが、親善試合という平和的な催しのために訪れたのだ。招待状もある。都市部にも入っていない。ギリギリ言い訳ができる行為である。すべてグライヒグの戦略の一環だろう。
そして、未知の技術に恐れおののいた相手が言われるがままにこちらの要望を聞かざるを得ない状況を作り出すはずだったに違いない。
この歓迎会も、本来なら国賓として迎賓館で行わせるはずだったのだろう。皇帝でもないのにだ。どこまでも思い上がった考え方だ。
会場にエレウス王国はいない。国の重要メンバー達も出席していない。会場を貸しただけだという立場を貫いている。ダーチェリストとしては、実に不愉快な状況だ。
ざまあみろ! と言いたい。
「私は、エレウレーシス連合王国魔術学院交流戦選手団団長のアルティーヌだ。ストラミア帝国魔法学園の学生諸君! よく来た。歓迎する。国王陛下からもそう伝えてくれと伝言を預かっている」
アルティーヌさんが会場を見渡した。相手国の学生達はきちんと整列して直立不動だ。こちらの学生達は、並んではいるが自然な立ち姿でいる。雰囲気に飲まれてはいない。
「魔法学園の諸君は、明日から会場となる魔法闘技場で練習を開始してほしい。我が国の選手団は、試合当日までその会場を使う予定はない。存分に練習を重ね本来の実力が発揮できるよう調整してほしい。以上だ」
こちらの準備は全て整っているという宣戦布告である。それが伝わったのだろう、ダーチェリストが顔をしかめている。おまえも貴族だろう、感情を表に出すなど失態ではないのか。
その証拠に、グライヒグは揺るがない。無表情を貫いている。
歓迎会はあっさりと終了した。食事会もない。当然である。こちらにとっては招かざる客なのだ。
「ふふふ、見たかあの顔」
ダーチェリストの不機嫌な様子のことを言っているのだろう。アルティーヌさんがご機嫌だ。
「はい、ざまあみろですね」
私も同感だ。2人で顔を見合わせてニヤリとした。
「カナデさん、相手側にかなり年配に見える選手がいたんですが、本当に学生なんですか」
クルリスが不思議そうに聞いてきた。雰囲気にのまれず相手を観察できたということだ。成長した。
「よく見ていたな。偉いぞ。たぶんだが、それなりに実力がある魔法使いだろう。学生だけでは心配だったということだ」
「ですよね。どう見ても学生じゃないですよ」
ロスタも不満そうにしている。他にも眉をひそめている者が多い。うん、いい雰囲気だ。
これなら大丈夫だ。気持ちでも負けていない。アルティーヌさんも満足そうだ。
さて、あちらはどんな様子だろうか。見に行ってみるか。
『エレウス王国総合芸術大劇場』それがこの劇場の正式名称である。今年で創立500年だ。つまり、魔術学院と同じ年に作られたということだ。
創設者はもちろんネメルさんだ。レーデルさんと仲がいいのもうなずける。
観客は最高で3万人収容できる。東京ドームのコンサートは35000人から55000人位らしいので、それよりも小さめの大きさになる。
こちらの名目は、交流演奏会だ。魔術学院とではない。エレウス王国の楽団とになる。ミリコス殿下との対戦前に親善コンサートが開かれるようだ。
相手のねらいは圧倒的な演奏力で私達の戦意をそぐつもりだろう。多分だが、グライヒグはこの勝負は引き分けを想定しているはずだ。
ここでミリコス殿下に勝たれてしまったら、計画が台無しになる。とどめは魔法勝負という腹づもりのはずだ。ミリコス殿下の役割は、私達の戦力を分散させ1つの勝負に集中できないようにすることだ。
「40人位ですね」
「はい、思っていたよりも人数が少ないです」
「もしかすると、後続組が後から来るかも知れないですね」
「ああ、確かに」
エレウス王国の楽団団長であるプルクスさんとステージの隅でそんな会話していると、相手国の代表だろう、1人の男がやって来た。
「サクラシア様の騎士ですね。私は今回の楽団で団長を任されているミルノーモスです。よろしく」
握手を求められた。楽団の世界では普通なのかも知れない。求めに応じて握手をする。
「ミリコス殿下との勝負では、後援者として助力させてもらう事になっています。人数的にこちらが有利な状況なのですが、手加減はするなという命令ですので、本気でいきますよ」
「ええ、それでいいですよ」
私が淡々とそう答えると、相手の表情が少しゆがんだ。
「本当にそれでいいんですか。閣下からも手加減はするな、しかし、勝負を決めてはいけないと無理な指示が出ているんですよ」
ああ、やはりそうか。
「勝負を決めるつもりで来てください。でないと、そちらが負けるかも知れませんよ」
ナツメさん直伝のポーカーフェイスでそう言うと、
「どうです。取引しませんか。芸術の探求者『ネストメル・エスピラーテ』を我が国に引き渡せば、サクラシア様の事は見逃してあげてもいいですよ」
なるほど、そう来たか。ふん、その約束ですら守る気などないクセによく言う。
「聞き捨てならないことを言っていますね」
突然、横から声が聞こえてきた。見ると、ネメルさんが怖い顔で立っていた。その隣にはラリリンと王女様が同じく睨んでいた。
「おお、ネストメル様ですね。お初にお目に掛かります。どうですか、我が国に来ませんか。歓迎しますぞ」
こいつも、人の話を聞かないタイプだな。
「私の芸術感とかなり離れた思想の文化ですのでお断りします」
「さて、何のことでしょうかね。それよりも、本当によろしいのですか。このままではサクラシア様は我が国に来ていただく事になりますよ。私の提案に賛同することが救いになるのですよ」
「そうですね、では、こういうのはどうですか。騎士がこの芸術勝負に負けたら、私はそちらの提案に従いましょう。ただし、条件があります」
ミルノーモスが怪訝そうに聞き返した。
「条件とは何ですかな」
「騎士が勝ったら、そちらが所持している『精霊の踊り』を返していただきます」
ミルノーモスがピクッと反応した。
「返すとは、おかしなことを言う。あれは、正式な手続きで我が国の物になったと言い伝えられています。変な言いがかりは困りますな」
本当にそう思っているようだ。
「あれが公平な勝負というならそうなりますね。200年前のことですからあなたたちは知らないでしょうがね」
ストラミア帝国は200年前から同じ体質のようだ。
「あの秘宝については私の一存では決められません。この話はここまでです」
どうも、話しが変な方向に行きそうだと判断したのだろう。ミルノーモスは、一礼をすると引き上げていった。
「『精霊の踊り』は、ネメルさんの物だったんですね」
「ええ、卑怯な手段でだまし取られたようなものよ」
その時のことを思い出したのだろう。プンプン怒っていた。
芸術勝負は5日後になる。それまでは、このステージを貸し切りで使用してもらう。練習もさせてもらえなかったと負けたときの言い訳をさせないためだ。
負けることなどまったく考えていないのだろう。ステージ上の楽団員達は、素直ないい音色を響かせていた。
この演奏会が本当にただの交流演奏会ならどんなにいいだろう。その音色を聞きながらそう思わずにはいられなかった。
次話投稿は明日の7時10分になります




