091 ストラミア帝国の尊厳
7章が始まります
「マーレさん、もう一皿食べてもいいかな」
「はい、たくさん作ってありますから大丈夫です」
ここは、王城壁内にある円形魔法闘技場である。
普通の闘技場と違うのは、客席と闘技場の間に魔法をキャンセルする結界を張ることができることだ。
属性魔法使いの放つ魔法は威力がある。それた魔法が客席に直撃したら大惨事になる。
マーレさんに昼食のおかわりをねだっているのは、聡明さを隠そうともしない風貌の男である。
名前を『エーデルシュタイン』という。この国の国王だ。
「国王陛下」
「エーデルだ!」
「……」
王女と国王はよく似ている。いや、親子だから当然か。
「エーデル様」
「なんだ」
「仕事に行かなくていいのですか」
「キュリンドルに任せた」
「……」
あとでシンティに昼食を届けてもらおう。
「このカレーライスという食べ物は実にうまい。何杯でも食べられそうだぞ」
稲の収穫が終わった。精米に時間が掛かったが、エルとシンティが試行錯誤の末、何とか精米機の実用化に成功した。
「マルモル公爵領の米作りが成功すれば、この他にもいろいろなおかずと組み合わせた料理ができますよ」
「うむ、絶対に成功させないといけないな。国の総力をあげて取り組むぞ」
この人がやると言ったら絶対に手を抜かない。期待しよう。
平民学生達の特訓は順調に仕上がっている。C級の属性魔法使い達とも対等に戦えるだけの実力が備わった。
ここに、私の魔法陣展開『神装力』が合わされば、B級とだって戦える。大樹の森なら。6層までの魔物と互角にやり合えるということだ。
「カナデ君。さっき訓練の様子を見させてもらったが、順調に仕上がっているようだね」
「はい、正直、ここまでの力がつくとは思っていませんでした」
「この訓練方法は秘匿するべきだな。敵側に洩れたら戦力を強化させてしまう」
つくも(猫)の力がなければここまでにはなりません。安心してください。
「いい臭いにつられてきたら、エーデル、執務はどうしたのですか」
王妃様が腰に手を当てて見下ろしていた。かわいい王女と王子が後で同じポーズをしている。癒やされる。
「いや、訓練の様子を見に来たついでだ。直ぐに戻る」
どこの家庭でも母は強い。
「カナデさん。カレーライスをいただいてもいいかしら」
「もちろんどうぞ。たくさん作ってあります。何杯でもおかわりしてください」
「ならば、おれもおかわりだ」
空になったお皿をマーレがもっていった。
「このカレーという食べ物をお城の料理人にも作らせているのですが、なかなかこの味には届きませんね」
「つくも(猫)が言うには、調合の比率は秘密だそうです。料理人の創作で無限の味になるから真似はさせないと言っています」
「うむ、理にかなっている。それでいい」
国王様が満足そうだ。
マーレ達がカレーライスが入ったお皿を運んできた。このお皿も王都の職人に作らせた特別製だ。カレーがなみなみと入る作りになっている。
「私、このカレーライスという食べ物がすごく気に入っているの」
王女様がホクホク顔だ。
「カナデ様が稲作がお礼だといった意味がよく分かりました」
王子よ、分かってくれたか。うんうん、そうなんだよ。
マーレにキュリンドルさんに届けるカレーライスを準備してもらった。
「演奏のほうはどんな感じですか」
「順調よ。芸術の神獣が張り切っているの。もちろんネメルもだけどね」
あのウサギか、かわいいからな。みんなも励みになっているだろう。
「サクラシア様の歌声って素敵です。うっとりしてしまいます」
「ボクもです」
王女と王子が幸せそうな顔をしている。
みんなそうだよ。天使の歌声なんだよな。
「ストラミア帝国はいつ王都に来ますか」
「そろそろだ。国を出立したという知らせは伝書魔鳥で届いている」
「アステル湖の船を使わないとかなりの道のりになりますよね」
「ああ、だが、予約はされていないようだ。いきなり来て乗せろということもあるからな、準備はしてある」
抜かりはないか。
「滞在はどこになるのですか」
「ストラミア帝国の屋敷だな。かなり大きな屋敷だから問題ないだろう」
きっと、50人位の団体さんになるはずだ。
来たら歓迎式典があり、しばらく戦いが行われる場所での練習をしてもらうことになる。それが7日ぐらいだろう。その後、いよいよ交流戦が始まる。
* * * * *
その日、王都の全ての住民が空を見上げていた。
真っ黒な物体が3つ空に浮かんでいた。地上から見てもかなりの大きさに見える。
私はあの物体の正体を知っている。
「飛行船だ!」
空を見上げてそうつぶやいた。
飛行船は、王都の北側に広がる草原に着陸した。アステル湖と貴族街に挟まれた場所になる。そこにはたくさんの魔動車が止まっていた。
出迎えたのはグライヒグだ。
やってくれたよ。ストラミア帝国の尊厳を見せつける最高の演出だ。
エレウス王国の対応は出遅れた。船を利用すると思い込んでいたので、出迎え用の人員はほとんどが王都を離れていた。
誰も出迎えない草原から、魔動車が貴族街に隊列を組んで進んでいく。貴族門での制止も効果はない。招待状を見せ、そのまま王都に堂々と乗り込んできた。
1台だけ隊列を離れて王城の方角に向かっていた。他の車両はすべて貴族区にある屋敷に向かっている。
王城城壁前でその車が止まった。
ドアを開け、降りてきたのはグライヒグとあの魔動機関貴族『ダーチェリスト・ストラフィア』だった。
その顔は、完全に相手を出し抜いたという満足感で高揚していた。
これで、相手は気後れする。無茶な要望も聞かないわけにはいかなくなる。そういう計算があるのだろう。グライヒグならやりかねない。
出迎えたのはアルティーヌさんとキュリンドルさんだ。
「遠路はるばるようこそエレウス王国に来てくれた。歓迎するぞ」
さっとひとまとめにした金色の髪を風になびかせて騎士の礼をひとつする。
「エーデルシュタイン国王陛下も歓迎の意を示しております。そちらにご希望があれば謁見も叶いましょう。また、連絡をいただきたい」
相手はただの公爵だ。国王が出迎える必要はない。
「それにしてもだ、飛行船でまいるならそのように伝えて置いてもらえればありがたかったな」
アルティーヌさんがさりげなくそう言うと、いままで見下した態度で笑顔を見せていた魔動機関貴族が初めてぴっくっと表情をくずした。
「おや、あれが飛行船だとよくわかりましたな」
グライヒグだ。さすがだ。動揺を顔に出さずに情報を得に来た。
「我が国にも優秀な人材はそろっています」
キュリンドルさんは表情ひとつ変えずにそう答えた。
ふん、と言う表情のグライヒグ、目を見開いている魔動機関貴族。これで駆け引きの勝負は振り出しに戻ったはずだ。あぶなかった。
グライヒグがちらっと、文官達と同じ場所にいる私を見た。
「騎士殿が出迎えてくれるとは光栄ですな」
「姫もよろしくと言っていましたよ」
「是非、直接お目に掛かってお話がしたいと伝えて置いてくれ」
「わかりました」
グライヒグだちは、そのまま魔動車に乗り込み去って行った。
「ふー、カナデ君、飛行船の情報を教えてもらって助かったよ。これで、勝負を振り出しに戻せた」
キュリンドルさんは緊張が緩んだ拍子にヒア汗が出てきたようだ。額をハンカチで拭いている。
「まったくだ。あのグライヒグという男、油断ができないな」
アルティーヌさんも額に出てきた汗を拭いている。珍しい姿だ。
いよいよ、ストラミア帝国と決着をつけるときがやって来た。
次話投稿は明日の7時10分になります




