086 鎧の献上
チャルダンの絵本には、まだ秘密が隠されていた。絵に仕掛けがあったのだ。日本でなら『トリックアート』と呼ばれているものだ。
「わたしが絵の評価をして欲しくてネメルさんに見てもらったんです」
メディが発見した経緯を話し始めた。
「計算し尽くされた絵だということは直ぐに分かったの。細密画の部類に入る秀作よ。だから、興味を持ったわ」
「細かな絵と製本の縫い目に違和感があるってネメルさんが疑問に思ったんです」
「細密画を描く性格の持ち主なら製本の縫い目にも拘るはずなのよ。このいい加減さはあり得ないわ。ならば、この縫い目には意味がある。そう直感したの」
「そういう目でもう一度縫い目をみて考えたんです。小さいころ一緒に遊んだ宝探しの地図に似ているなと直ぐに気がつきました。座標指定です」
「後は簡単だったわ。メディが座標を指定してその方向から絵を見たら、雪の山脈になったというわけよ」
さすがは芸術の探求者だ。おれたちは『上手な絵だ』としか思わなかった。
「レーデルさん。ストラミア帝国とナダルクシア神国は繋がっていると思いますか」
「繋がっているね。ただ、ストラミア帝国ではなく『魔動機関貴族』と限定した方がよさそうだな」
「賛成だ。魔動機関貴族が『技術の探求者』を利用していると考えるべきだろう」
1000年だぞ。そんなに長い間監禁されていたのか。
「別れてから1000年ですよね。ずっと、監禁されていたということですか」
ジェイドも同じ事を感じたか。
「弟も私と同じだよ。興味があることにはのめり込む。おもしろい魔道具を作ってくれと言われれば、喜んで研究室にこもりっきりになる」
いや、限度があるでしょう。
「ボン様が言っていた、『世界樹の裁き』の前に作られた強力な兵器のことなのでしょうか」
そうか、そっちか。
「その話しは聞いていないな。詳しく教えてくれ」
レーデルさんたちに、ソフィアがキリヤ島で聞いた話をした。
「魔動機関貴族め。そんなことにレームスを巻き込んでいたのか」
レーデルさんがここまで感情を出して怒ったのは初めてだ。
「いちど、しっかりと話を整理した方がよさそうだな」
ディーラさんの言葉に皆が顔を見合わせる。
「ミラーシさんとも話をする必要がありそうですね」
「そうね、兄に連絡してみるわ」
「サクラさん、お願いします」
「会議はここまでですね」
エルの提案は採用された。
リビングに残ったのは、私とサクラさん、レーデルさん、ディーラさん、ネメルさんだけだ。たぶんだが、他の仲間は気を利かせて退室したのだと思う。なぜなら、ジェイドもソフィアもいないからだ。
猫はサクラさんの隣で丸まっている。
「すまない、もしかすると裁きの原因を作ったのはレームスかもしれない」
レーデルさんがぽつりと言葉を落とした。
「気にするなとは言わないぞ。その可能性は大きいからな。だが、本人に善悪を判断するための記憶はない。そして、正しい情報を伝えてもらっていたかも分からない」
「ディーラの言う通りね。私の知っているレームスなら、裁きに繋がるような発明は絶対にしないわ。都合のいい情報だけ伝えて、いいように利用されていると思うの」
私も2人の意見に賛成だ。
「そうだとしてもだ。結果としては加担したことになる」
沈黙が流れた。
「悩んでいても仕方ないです。レームスさんに会って話を聞きましょう。もし、非があるなら償えばいいんです。技術の探求者なら平和利用の発明だってたくさんできるはずです」
レーデルさんが顔を上げた。
「姫はすごいな。その通りだ。元気が出たぞ!」
「さくっと魔動機関貴族を排除してナダルクシア神国に行きましょう。とぼけたやつがいたら、そいつにもきつーいお仕置きをして償わせましょう」
みんなが私を見た。
「ふん、俺様がいるのだぞ。レームスにもきつい一発をお見舞いしてやるから安心しろ」
笑顔が戻った。
笑い声につられて、リビングに仲間達が集まってきた。ここは優しい風が吹き抜ける住みかだ。
* * * * *
エレウス王への献上鎧が出来上がった。そして、王城から呼び出しが来た。
3日間の休息日は騎士のお仕事になりそうだ。
つくも(猫)が言った「10日後に全てが動き出す」の言葉にエレウス王が直ぐに反応した結果だ。さすがだというしかない。
今日は、鎧装着の練習をエレウス王にしてもらう。ちょっと緊張する。ディーラさんもいるので心強い。
「カナデ君。急に呼び出してすまない」
「大丈夫です。そろそろだろうと心づもりはしていました」
ここは、王族の居住区だ。王妃様と2人の子どもがキラキラした目で椅子に座ってまっている。
「まず、私が手本を見せます」
ねこちゃんペンダントにさわる。
「アーマー装着」
ペンダントから黒いリボンがシュルシュルと飛び出してきて、一瞬で体に巻き付いた。次に、装甲板が足下から順番に転送されていく。
10秒後には、白銀に輝く騎士アーマーを装着した私が立っていた。
「……」
びっくりして、言葉も出ないようだ。
「すごい、かっこいい!」
一番初めに反応したのはやはり王女様だった。
「いや、びっくりしたぞ」
「はい、夢でも見ているのかと思いました」
「ボクも欲しいです」
次々に王族達の感想が出てきた。
「パネル表示」
ブワンと制御用のパネルが手元に転送されてきた。
「収納」
頭の部分を選択して収納する。顔が出た。
「このパネルでいろいろな選択ができます。今は、兜を収納しました」
「すごい、かっこいい!」
「ボクも欲しいです」
王子よ、まだ早い。
「説明はされていたが、実際に見るととんでもない技術だな」
「はい、時代を100年は飛び越えています」
ディーラさんがそう進言すると、
「10層に行くんだ。それぐらい当然だ」
エレウス王はサクラさんに考え方が似ている。この2人はきっと気が合うだろう。
「これが私用の鎧か」
献上用の一級品の入れ物の中にはペンダントが入っている。さすがにねこちゃんではない。シンティとディーラさんが協力して作った一級品だ。中央にはエレウス王の紋章が入っている。
「本人登録をしてください」
例の棘を近くにいるキュリンドルに手渡した。
一通りのチェックがされ、王に手渡された。
「よし、おわったぞ」
「自身の魔力を流してください」
「うむ、馴染んだ。使えそうだ」
「さきほど私が出したものを思い浮かべて『パネル表示』と行ってみてください」
「わかった。『パネル表示』」
ブワンと王の手元にパネルが転送された。少しびっくりするが、直ぐに持ち直す。
「モードが選べます。今は、デモモードになっています。確認してください」
「うむ、確認した」
「収納で消えます」
「収納」
ぱっと消えた。
「では、本番です。ペンダントに触れながら『アーマー装着』です」
「いくぞ!『アーマー装着』」
ペンダントから黒いリボンが飛び出す。体に巻き付き固定される。次に装甲が足下から次々に転送されていく。
10秒後に、フルアーマー姿のエレウス王が立っていた。
「できているのか」
心配そうにつぶやくと。
「父様、かっこいいです」
「惚れ直しましたわ」
「ボクも欲しいです」
エレウス王の株は急上昇だ。
「パネル表示で消したい部分を選べます」
「パネル表示 兜を消すを選択……と」
顔があらわれた。
「おう、すごいな」
鏡に映してみる。
「うむ、似合っている。それに、この洗練された斬新な外見が実にいい。気に入った」
「光栄です」
ディーラさんが、静かに跪いた。
「マルモル公爵家のディーラよ、お礼がしたい。希望はあるか」
「お願いがあります。私の父と話をしてもらえないでしょうか」
「……どういうことだ?」
「俺様が説明してやろう」
ディーラさんの横に猫が浮いていた。
「う、猫殿か、ならば、説明してもらおうか」
「おまえは小麦粉貴族と戦えるか」
「3年だ。それ以上は国が持たない」
「うむ、稲作が軌道に乗れば、その心配はなくなる。しかし、安定供給までに5年は必要だ」
「理解した」
「マルモル公爵領は肥沃な土地が広がっている。海沿いの土地は、稲作に適している」
エレウス王の頬がピクッと反応した。
「稲は、加工すると日本酒というお酒を造ることもできる。また、蒸留酒の製造にも適した穀物だ」
エレウス王がため息をひとつした。
「ふー、言いたいことは分かった。キュリンドルよ、どう思う」
「提案を受けるべきです。そうすれば、今年中に決着がつきます」
「私も同じ意見だ」
「ディーラよ、その願い聞き届けよう。会談はいつにする」
「俺様がもう連れてきた。ベニザクラ号の中で待っている」
「……」
これにはさすがに呆れたらしい。言葉が出なかった。
* * * * *
エレウス王とマルモル公爵の密談がエレウス王城の一室で秘密裏に行われた。
そこで合意されたことは3つだ。
1つ目は、稲作技術の無償提供。
2つ目は、その技術を使ってマルモル公爵領で稲作をすることを許可する。
3つ目は、マルモル公爵領からの小麦の無償提供。
マルモル公爵領は、農業特区と言ってもいいほど気候と土地に恵まれている。特にカロスト王国と向かい合う内海沿いの土地は稲作に適している。
しかし、農業技術の後れからせっかくの土地が活かされていなかった。
稲作技術が確立すれば、主食の他に、酒造りや米を使った加工品の製造販売ができるようになる。
さらに、味噌と醤油を国策として保護していけば、それを使った商品は無限と言ってもいいほどの富を生むだろう。
小麦粉の無償提供など、この利益に比べたら問題にもならない。特に、酒造りはドワーフ族の魂だ。
明日は貴族学生達が特権を行使できなくなる期日になる。
仕込みはすでに終わっている。
いよいよ、私達の反撃が始まる。
次話投稿は明日の7時10分になります




