081 王都の大劇場
この建物は間違いなく一級品だ。
どんな天才が彫ったんだというような彫刻が柱と一体になって並んでいる。
様々なジャンルの絵画もその柱の間に飾られている。
ここはまだ入り口なのに、美術館に来たような気分になる。
ラリリンは、私の前で王女様と一緒にピョンピョン跳ねている。
この王女様は、サクラさんの性格と同じ臭いがする。きっと、王様達もヒヤヒヤしているだろう。
かなり歩いた先に劇場への入り口らしき物が見えてきた。
兎と少女が、重いドアを両手で押して少しずつ動かしている。手伝った方が良いのだろうか。悩む。
「カナデ、重いです。手伝いなさい」
こういう性格はありがたい。
「わかりました」
片手でググッと押すと、ギーと音がしてドアが開く。公演がある時にはきっとドアマンがいるのだろう。でないと、普通の女性ではきっと重くて開かない。
中に入ると、何かのリハーサルだろう。楽団員がたくさんステージの上で練習をしていた。
「あら、エルサ。カナデさんを連れてきたの」
「母様、当然ですわ。私のカナデのピンチです。協力は惜しみません」
王太子戦のことだろうか。
「カナデ、あんな端知らずな王子に負けてはいけません」
ああ、やっぱりミリコス殿下との芸術勝負のことだ。
「エルサ王女殿下」
「エルサよ、言い直しなさい」
「……」
兎が両手を広げて首を振っている。どうやら逆らっても無駄だと言いたいようだ。
「エルサ様」
睨まれた。
「エルサ」
「はい、カナデ何かしら」
「ミリコス殿下はあのルールに関わっていないよ。すべて、ストラミア帝国の参謀が考えた作戦なんだよ」
「そうなのですか」
エルサが母を見上げた。
「どうもそうらしいわ。わたしもエーデルから昨日の夜聞かされたばかりよ」
「ミリコス殿下はうまく利用されたんです。きっと、怒り狂っていますよ」
「ふー、ならまあ、少し許してあげましょう」
「でも、ルールはあのままなのよね」
王妃様が私の方を見た。
「はい、もう、受けてしまいました。あの内容で戦うしかありません」
「それでしたら、やはり私の出番です」
王女様が胸を張る。なぜか兎も同じポーズだ。
「あら、ラリリンもカナデを応援してくれるのね」
「カナデからは、楽しそうないいにおいがするんだ」
王女様と兎ががっしりと握手をした。
オーケストラがどのぐらいの構成でそう呼ばれるのかは知らないが、ステージ上では60人位の音楽家達が練習をしていた。
王妃様もメンバーの1人らしい。バイオリンの練習をしている。それを誇らしげに見上げる王女様。きっと、自分もいずれはと夢見ているのだろう。
「カナデ、確かあなたもバイオリンが弾けるのですよね」
王女様が見上げていた。
入り口の町の特訓ではビオラを選択したが、バイオリンも一応弾くことはできる。
「はい、たしなむ程度ですが」
「母様、カナデも練習に参加したいそうです」
おい、どうしてそうなる。
「カナデ、ここで才能が認められれば、あなたの仲間達もここで練習ができるようになるかも知れませんよ」
おお、そういうことか。ならば、その提案に乗っかるか。
「王女様、私もちょと混ざってみても良いですか」
「いいわよ、私と合わせてみましょう」
携帯型次元箱から出す振りをして、アイテムボックスからバイオリンを転送した。
「私が弾くから、適当に合わせてみてね」
う、いきなり難しい事を要求してくる。何か意図があるのだろうか。
「いくわよ」
きれいな音色だった。思わず聞き惚れてしまう。練習をしていた他の演奏者達も同じなのだろう、目をつぶってリズムをとっている。
この音色を壊してはいけない。私は、主旋律の伴奏、和音、リズムを刻む役割を担うセカンドに徹しよう。
タイミングを見て介入した。
王妃様がピクッとした。しかし、直ぐに持ち直す。
兎が踊り出した。どこから出したのかタンバリンを持っている。踊りながらタンバリンを鳴らす。
他の団員達も、演奏を始めた。
だんだんと音色が広がっていった。
どの位時間が過ぎたのだろうか。気がつくと客席の真ん中当たりで、オレンジ色の長い髪をさらさらと揺らしながらリズムをとっているエルフがいた。
演奏が終わった。
パチパチパチと、そのエルフが拍手をする。
兎が跳んでいく。
「ネメル、出てきてくれたのね」
「ラリリン、心配かけてごめんね。もう大丈夫よ。すごく元気が出る演奏を聴けたもの」
あれが、芸術の探求者『ネストメル・エスピラーテ』か、確かに雰囲気がある。
「あなたの第二バイオリンはすごく知的だわ」
拍手をしながらオレンジ色の髪をさらさらと揺らしてエルフのお姉さんが近づいてくる。歩いているだけなのに、優雅さを感じる。
「あなた、名前は何ていうの? いつこの楽団に入ったの」
「カナデです。ここの楽団員ではないです。入り口の町の冒険者です」
「ネメル様、カナデは姫様の騎士よ」
王女様が手を腰に当て、胸を張りながらそう告げた。
「そうなの、でも、なっとくよ。武術の達人は、リズム感がすごくいいのよ」
エルフのお姉さんもうんうん頷きながら腕を組む。
「私もびっくりしたわ。いきなり第二で入ってくるとは思わなかったわよ」
「いい音色だったので、壊したくなかったんです」
「あら、お世辞ではない本気の言葉なのね。ありがとう。どうかしら、このまま、私の息子になっちゃいましょう」
「……?」
「母様、まだ早いです。あと、5年待ってください。カナデにふさわしい淑女になって見せますわ」
王女様が、どんどん反り返っていく。ブリッジでもしたいのだろうか。
それにしても、この親子は一体何のことを言っているのだろうか。王族の考えることは理解が難しい。
「カナデさんでしたね。すばらしい第二バイオリンでした。感激です。この曲に、こんなアレンジもできたのですね」
誰だろう。でも、いい人のようだ。
「ああ、すみません。私はこの楽団の団長をしている『プルクス』です」
握手を求めてきた。何か意図があるのだろうか。
真色眼 真っ青だった。
握手をして返す。そう言えば王女様と兎もさきほどしていた。ここでは普通のことなのだろう。
「それで、どうですか。正式に楽団員になりませんか」
「ありがたいお話ですが、今はやることが多くて、ちょっと難しいです」
「そうですか。残念です」
「でも、8月までの間、ここで仲間達と練習をさせて貰えませんか。それならしばらく一緒に演奏できますよ」
「おお、もちろん歓迎です。そのお仲間はどんなメンバーですか」
「こんなメンバーだ。俺様が連れてきてやったぞ」
猫が腕を組み宙に浮いて喋っていた。
「……」
「第三権限、上位者さま!」
兎が跳び上がった。
「第二権限の兎か、こいつが世話になったようだな」
全員が一斉に私を見た。
「カナデさんは探求者よ! そして、私の騎士よ」
猫の隣で桜色の髪の毛を持ったエルフがふんぞり返っていた。その後ろには、ソフィア達も居る。やれやれという顔だ。
「ネストメル・エスピラーテ、久しぶりだな」
「レーデル・ランデリラなのね、200年ぶりですね」
探求者とは、気が長くなければ務まらない職業だな。
「ラリリン、会いたかったなのよ」
「オキナか、ボクもそうだよ」
神獣が2体いや2柱? 2匹でいいか。お尻フリフリダンスをして再会を喜んでいた。
「ネメル、早速のお願いだ。8月までここで練習をさせてもらえないか」
ネメルさんが固まったままでいるブルクス団長を見た。
「あっ、もちろん歓迎です。こちらからお願いしたいぐらいです」
「詳しいことは、そこの王妃に聞け。エレウス王には俺様から話しておいた」
うなずく楽団員。
「よし、これで芸術勝負の練習場は確保できたな。王妃よ、城の魔法闘技場をしばらく貸し切りたい。可能か」
「はい、エーデルがそうなるだろうと言っていたので、予定は全て取り消ししておきました」
「うむ、助かる」
この劇場でのことも予測していたということだ。すごいな、エレウス王国の王族達は。
「10日後だ。全てが動き出す。そう賢王に伝えておけ」
「わかりました。神獣様」
王妃は静かにその場で会釈をした。
「ここでの用事は終わりよ。カナデさん、帰るわよ」
姫が少しご機嫌斜めだ。どうした。
「カナデさんが王城に無理矢理連れて行かれたって聞いたので心配したんです」
ソフィアがそっと教えてくれた。確かに、状況だけみればその通りだ。心配してくれたんだ。ありがとうサクラさん。
セルビギティウムの紋章を掲げたベニザクラ号を止められる検問管はいない。城門を素通りした。
来る時も、紋章を掲げて堂々と乗り込んできてくれたらしい。かなり心配をかけてしまったようだ。しっかり謝ろう。
歩行型で森に入り、認識阻害を発動させた状態で静かに森の上に浮かび上がった。
乗っているメンバーは、いつもの面々と……兎が1匹。守護者様はたまっていた仕事が山ほどあるようなので劇場に残った。泣いていた。
「ラリリン、隠れ家は森の中なの。すてきな場所なのよ」
「本当かい、森に行くのも久しぶりだよ。楽しみだ」
「上位者様のご飯はすごく美味しいなの」
「ウサギもたまげる美味しさかい」
「モモンガもたまげる美味しさなの」
「いいねえ、すごく楽しみだよ」
ホッとするような癒やされる会話を聞きながら、ベニザクラ号が隠れ家にしずかに着地した。
きっと今夜は歓迎会になる。
たぶんあの芸術の探求者もここが気に入る。
別館でも建てた方がいいのだろうか。まだまだ、仲間が増えそうだ。
次話投稿は明日の7時10分になります




