080 交流戦選手団結団式
朝が来た。
猫はすでにいない。きっと、朝食の用意だろう。できる猫は朝が早い。
この隠れ家の扉には、全てに猫用扉が付いている。ナツメさんらしい気配りだ。つくも(猫)のことなので、いつかは壁抜けもできるようになるのだろう。
朝食はだいたいがパンだ。かわったのは、モーニングコーヒーが飲めることだ。コーヒー党だった私にとっては、テンションが上がる。仲間達も、だんだんとコーヒーの味に慣れてきたようだ。
あと二ヶ月で稲が実る。焼き魚にご飯と味噌汁の朝食も直ぐそこまで来ている。楽しみだ。
「忘れ物はないですか。では出発します」
ベニザクラ号が静かに森の上に上昇していく。この場所ではいつも認識阻害をかけている。毎日違うルートで進んで、森の中から歩行型で街道に出る。そうやって、隠れ家の場所推測できないようにしている。
相手はあのグライヒグだ。用心に用心を重ねてもまだ安心できない。やっかいな相手だ。
講堂には全ての高等部生がすでに集まっていた。
今日は、『ストラミア帝国魔法学園選手団』と戦うことになる『エレウレーシス連合王国大陸総合研究所魔術学院選手団』の結団式がある。
名前の長さなら圧倒的にこちらの勝ちだ。どうだ、参ったか。
壇上には、生徒会長と学院長、そして、エレウレーシス連合王国代表がすでに用意された椅子に座っている。エレウス国が実質の主催国になるが、名目上はエレウレーシス連合王国にしないといろいろ都合が悪い。
「それではこれから『ストラミア帝国魔法学園選手団』と交流戦を行う『エレウレーシス連合王国大陸総合研究所魔術学院選手団』の結団式を行います」
ソフィアの提案はその日の内に学院長が許可を出しエレウス王城に進言された。そして、異例の速さで受理された。また、エレウス国が全面的に協力することも確約された。
国の威信をかけた戦いになるのだ。当然だろう。
「主催者代表挨拶 アルティーヌ団長お願いします」
金色の長い髪をさっとひとつに束ねただけの質素な容姿なのに、歩く度に揺れるその髪が圧倒的な存在感を醸し出している。
「選手団団長に就任したアルティーヌだ。以後この選手団の世話役にもなる。よろしく頼む。さて、数百年ぶりの交流戦が実現されることとなった。これは、喜ばしいことだ。相手国も一流の選手を選抜して乗り込んでくる。ならば、こちらとしても、それに見合った実力を持つ選手を選ばなければならない」
ここで、アルティーヌさんがソフィアに目で合図を送った。ソフィアがうなずき、指揮者に向かって手を挙げる。
吹奏楽部の学生達がファンファーレを鳴らした。
壇上の向かい側にある扉が開く。
華やかな演奏に合わせて、統一したユニホームを着た選手達が入場してきた。全て平民だ。
「紹介しよう。私の指揮の下で交流戦を戦うことになった選手達だ」
事前に生徒会メンバーがお願いした『さくら』たちが盛大な拍手を送る。つられて、他の学生達も拍手をする。
選手団が全て壇上に登った。総勢30人だ。全て追い出された平民学生になる。
「エレウス王から感謝の言葉を伝えて欲しいとことづかっている。魔術学と魔法学の教授達よ。優秀な貴族学生達がたくさんいるにもかかわらず、さらに優秀な平民学生達を惜しげもなく選手団として送り出してくれたと聞いている。そなた達の献身に感謝する」
アルティーヌさんが、金色の髪をふさっと揺らしてかるくあたまをさげた。
苦々しい顔でその様子を睨み付けている貴族枠の教授達。
それもそうだ。ここまで大々的に国の代表選手として戦うなら大変名誉なことだ。普通なら、平民の学生など補欠にもなれない。すべて、貴族選手で占められなければならないはずなのだ。
しかし、もう遅い。喜んで追い出してしまった。そして、あの方はこの選手団を望んでいる。そこに異議を申し立てることなどできるはずがない。
「この選手達は国の代表だ。その尊厳を貶めるような愚かな行為をする者はいないと確信しているが、もし、そのような輩がいた場合は、覚悟しておくように。いいか、忠告したぞ!」
追い出しに加担した貴族学生達が真っ青になる。中にはしゃがみ込む者もいる。
アルティーヌさんが静かに席に戻った。
「生徒会長より補足説明があります」
できる男モードの会長だ。堂々としている。
「この交流戦は、サクラシア杯と同時開催される。よって、すでに申し込みがされているミリコス王太子殿下との『芸術勝負』ピエール王太子殿下との『魔法勝負』が実質の交流戦となる。その事を付け加えておこう」
選手団を見て静かに頭を下げた。
「ここにいる選手達の覚悟を話しておかなければならない。国の威信をかけたこの勝負に彼らは全てをかけてくれた……ウウウ」
ポケットから目薬とハンカチをそっと出す生徒会長。
「もし負けた時は、家族もろともこの国を出て行く覚悟なのだ。もちろん、家族も同意している」
シーンとなる会場。
「貴族学生諸君、もしも、これから選手団に入りたいと言う希望を持ったとしたら、この覚悟も添えて申し込むように。いいか、家族もろともこの国を出て行くだ!」
そう言って、涙を流しながら壇上を降りていった。
「学院長の言葉」
「ウウウ、何という献身的な覚悟じゃ。わしは感動したぞ。決めた、我が学院は総力を持って応援するとな。貴族学生よ、選手団に入りたかったら、この覚悟を親に伝えて許可を貰うのじゃぞ。よいな」
涙を流しながら席に戻る。
「これで結団式を閉じます。解散してください」
いったい何が起こっているんだ。そんな表情で講堂をバラバラと出ていく学生達。
残ったのは、緊張した表情の平民選手団とその関係者だけだ。
「カナデ君、どうだったぼくの演技は」
どや顔で生徒会長がそう聞いてきた。
「完璧です。これで、ホイホイと選手団に名乗りを上げてくる貴族学生はいなくなります」
「とにかくびっくりしたぞ、いきなりだったからな」
アルティーヌさんがニコニコ顔で話しかけてきた。
「いきなり猫が訪問してしまい、すみませんでした」
「気にするな。結構おもしろかった。それに、必要な処置でもあった。平民達を守ってくれて感謝する」
「あのー、学院長。本当にあれでよかったんですか。この国を出て行くも何も、私達はもともと他国の学生ですよ」
「よい、よい、軽い気持ちで名乗りを上げられても困るからのう。何しろ、予測ではこちらが圧倒的に不利な戦いじゃ。貴族どもは領地がある。簡単には決断できんじゃろう」
そう、この計画は、隠れ家で今後の事を相談している時にレーデルさんが考えてくれた。つくも(猫)が直ぐにそれぞれの機関に飛んで調整をしてくれたのだ。できる猫はやはりひと味違う。
「これで、貴族対応という煩わしいことがなくなりました。平民達のレベルアップに専念できます」
「まったくだ。せっかく強くしても、直前で貴族どもが出しゃばってきたら台無しだからな」
生徒会長がプンプン怒っている。でも、その通りなんだよ。
「アルティーヌさん、エレウス王から相手国に親書を送って貰えましたか」
「ああ、完璧な書類を作成して送ったぞ」
「土壇場でまたルールが変わるのだけは避けたかったので助かります」
「帝国の皇帝が動いてくれる。さすがにこれ以上の好き勝手は無理だろう」
これも、レーデルさんの案だ。選手団の名簿を交換し、国のトップ同士でルールの承認をしておく。不利になったからとその場でのルール変更は認めさせない。なるほどと思った。
エレウス王にルールの説明をしたら、このルールで本当に受けたのかと呆れられたらしい。まあ、そうだろう。
貴族学生達からの参加の申込期限は6月10日だ。それを過ぎたら一切受け付けない。つまり、平民達の秘密特訓も10後から始まるのだ。
名簿の交換は、7月に入ってからになる。さて、帝国情報部の実力はどのぐらい正確なのだろう。渡された物と見比べるのが楽しみだ。
結団式があったので、午前中の授業はなくなった。私は午後の授業がないので、初等部のボランティアになる。
お昼はサンドイッチの詰め合わせを学食で買った。仲間達はクラスでやることがあるらしく久しぶりの1人だ。
学院には、外でも食べられる場所がたくさんある。木陰にあるベンチに座って、サンドイッチの包みを開けた。
「調子に乗って少し買いすぎたな。食べられなかったらアイテムボックスで保存するか」
ぽかぽかとした良い天気だ。吹き抜ける風も爽やかに感じる。大食堂の食事はどれも美味しい。王都にあるどこかの食堂と提携しているらしい。そこにも行ってみたい。
「ははは、つくも(猫)が喜びそうだな」
気分がよくなり、つい、昔好きだったアニメの歌を鼻歌で口ずさんでいた。
ん、なんだ? この白い物体は。
ベンチの前に白い丸いボールが転がってきた。
じっと見ていると、ぴょこんと耳が飛び出した。兎の耳だ。
次に丸い尻尾が飛び出し。後ろ足、前足が次々と出てきて、最後に顔が出て完成だ。すごいぞこの兎、まんまるみたいに四足を収納している。
思わず拍手をしてしまった。
「いや、拍手を貰うとは思わなかったよ」
兎が照れていた。
「……」
「キミが歌っていたのは、何という曲なの。思わず歩きだしたくなるような楽しいリズムだった」
こいつは神獣だ!
「曲の名前は分からないな。どこかで聞いたフレーズを思い出して口ずさんでいたのさ」
「そう、それは残念だ」
本当に残念そうに耳がうなだれた。
「キミの名前を教えて」
兎がキラキラした目で見つめてきた。この目に弱いんだよな。
「カナデだよ」
「ボクの名前は『ラリンバリン・アルモティア』。ネメルは『ラリリン』て呼ぶんだ。ボクも気に入っている」
「私もラリリンって呼んでもいいかい」
「うん、キミにならそう呼ばれてもいいかな」
「ネメルさんは、どこにいるの」
「ネメルは劇場にいるよ。『ネストメル・エスピラーテ』が本当の名前だよ。芸術の探求者って呼ばれている」
「そうか、どこの劇場なの」
「王城にある大劇場だよ。でも、今はあまり部屋から出てこないんだ。『つまらない』って言っている」
じっと私を見つめてから、
「だからボクが、楽しいことを探していたのさ」
そう言って、ピョンと膝に飛び乗ってきた。
「キミからは、すごく楽しそうな臭いがするんだ」
クンクンと臭いを嗅がれる。髭が頬に当たりくすぐったい。
「ねえキミ。これからボクと一緒に王城の劇場へ行こうよ」
「うん、とても楽しそうなお誘いだけど、平民は簡単には王城に入れないんだよ」
「そうなの。とても残念だわ」
さっきよりもすごく残念そうに耳がうなだれた。
結局、私はこの兎に懐かれてしまった。側を離れてくれないのだ。私の後をピョンピョン跳ねながらついてくる。
「カナデ、待っていたのよ!」
エレウス王国の王女殿下が仁王立ちで初等部棟の入り口にいた。
「さあ、行くわよ」
ん、どこへ?
「ローターリーに馬車を待たせているから急いで」
訳が分からないまま。馬車に押し込まれた。
「あら、ラリリンじゃない。遊びに来たの」
私の膝の上で丸まっている兎を見つけて頭を撫でる。
「うん、カナデを王城の劇場に招待したいんだ」
「なるほど、目的は一緒ね。まかせて!」
馬車は、何の検問も無しに王城に吸い込まれていった。
「カナデ、ここが王都が誇る大劇場よ! 母もここにいるわ。さあ、乗り込むわよ」
王女殿下はそう言うと、私を城壁内にあるかなり歴史を感じさせる大きな建物の中に連れて行いった。
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