079 ねこちゃん会社の営業マン
ここは王都東南、アステル湖側作られた『ねこちゃん印工場』である。隠れ家からなら5キロメートルぐらいの場所に作られている。
5月下旬最後の休息日だが、この工場は稼働している。3交代制で休み無しのフル操業をしているからだ。
私はこの会社の社長である。しかし、今は学生なので経営や工場の事は別の責任者がいてその人達に全て任せている。
真色眼とは、反則的な能力だ。高次元空間で授かった技術に間違いはない。なので、赤玉の人たちは全て採用試験で落としてある。つまり、ここで働いている人たちは全て無条件で信用できる人たちである。
「社長、ここに来るのは久しぶりですね」
「メニーケ、そう言うな。結構忙しいんだぞ」
「分かっていますよ。責めているわけじゃないです」
メニーケは、入り口の町の冒険者だ。『ポンコツC級スター冒険者』と言った方が分かりやすいか。昇級試験以来見ていないと思っていたら、エレウスの冒険者ギルドで依頼を受けていたのだ。
「メニーケこそ、ここの仕事には慣れたのか」
「はい、『ポンコツ』の名前を返上できるほど、自信がついてきました」
「副社長というか、実質の経営トップだものな。確かにポンコツじゃ困る」
「ええ、ランタナさんにいきなり連れてこられた時は、毎日胃が痛くなりましたよ」
「ランタナさんの人を見る目は一流だ。素質があったと言うことだよ」
「自分でもびっくりです。結構楽しいです」
そう言いながらも、さっきから書類を捌く手は動いている。器用なやつだ。
「忙しいところ邪魔したな。ちょっと工場の方に行ってくるよ」
「はい、みんな喜びますよ」
王都工場で作っている主力商品は、温水シャワー付きトイレになる。これは全てをここで製作している。
他には、コトン紙を収納する次元箱型パネルやトイレ用次元箱の塗装や装飾もここで行っている。装飾は、高級感を求める貴族向けである。
黒板もペンキ以外はここで製作している。
王都工場で作られた製品が、エレウレーシス連合王国全ての国で販売するこことになる。なので、生産が追いつかないのだ。
「教官、お久しぶりです」
ここでも言われてしまった。確かにここに来るのは採用試験以来だ。二ヶ月は来ていない。言われても仕方がない。
「ボワよ、元気か」
「はい、ここでの生活にも慣れました。他のメンバーは今営業中です」
「困ったことはないか」
「ありません。あのペンダントがあるので身の安全も保障されています。こんなに恵まれている会社はどこを探してもないです」
「そう言ってもらえると、苦労して労務体制を整えた甲斐があるよ」
「ランタナさんに声をかけられた時は正直不安でしたが、やってみると私達にぴったりの仕事でした。今では感謝しています」
ランタナさんの手腕はさすがだよ。適材適所の人材を見つけてきて配置してくれる。
「工場長はいるかな」
「はい、温水シャワートイレの所にいると思います」
「休んでいるところを邪魔したな。営業がんばれよ」
「はい、ありがとうございます」
ボワ達は、入り口の町で一番初めに教官として指導した生徒になる。『お気楽E級冒険者』という称号がつくほど甘えた考えの持ち主だったが、今ではエリート営業マンだ。
「工場長、いつも任せっぱなしですまない」
「カナリズマ社長、お久しぶりです」
ははは、ここでもか。
「何か、問題があるのかな」
作業員が集まって相談している。
「社長、実は貴族からの発注なんですが装飾への注文で困ったことがあります」
なるほど、見栄っ張りの貴族ならありそうなことだ。
「ナバル、おまえでも手に負えないほどの注文なのか」
ナバルは、入り口の町で見習い冒険者としてしばらく私と依頼を受けていたことがある。装飾関係に才能があったので、パルトの店で修行をして貰っていた。
「はい、技術的なことじゃなくて素材が手に入らないんです」
「何の素材だ」
「水性魔物の魔石です」
「そんなもの何に使うんだ」
「水温調節をもう少し細かくできないかという注文なんです」
「貴族向けは今でも3段階で調節できるぞ。足りないのか」
「他国からの来客が多い家なので、技術的で優れていることを宣伝したいみたいなんです」
「どこの貴族だ」
「ペリティア公爵家です」
縦ロールの家か。確かに客が多そうだな。
「カナリズマ社長、工場建設でお世話になった貴族なんです。何とか要望に応えたいんです」
ノスコーノがここまで言うか。ならば協力しよう。
「おまえがそこまで言うなら必要な業務ということだ」
水性魔石なら山ほどある。ピラニア型の魔石だ。処分しないでよかった。
「水性魔石には心当たりがある。どの位の量が必要だ」
「D級なら300個、C級なら100個です」
両方あるな。大型のピラニア型はC級認定だ。
「それなら足りる。数はその倍はあるから安心しろ。後で、冒険者ギルドから届けさせる」
メニーケに渡しておこう。一応買取扱いにしないと決算報告で困ることになる。
「分かりました。よかったなシケット」
「はい、その魔石があれば何とかなります」
シケットも『お気楽E級冒険者』の仲間だ。情報部員として採用したのだが、魔道具開発の才能があったので配置転換をした。今、メキメキと腕を上げている。
工場を一通り視察してから総務に行く。社長室もそこにある。メニーケに魔石を渡しておかないと工場が困るこことになる。
何やら騒がしい。どうした。
「社長、緊急信号です。営業はマレッサとローシャのチームです」
営業には、魔道波通信で実験に使った魔石を改良して、信号だけ届くようにした魔道具を持たせている。
「どこへの営業だ」
メニーケが行き先を記入した黒板を見る。
「ハルスロッコ侯爵のところです。小麦貴族です」
「王都の屋敷か」
「はい」
行ってみますか。
「メニーケ、一緒に行くぞ」
「わかりました」
なぜそんなに嬉しそうなんだ。トラブルだぞ。
「おまえ、本当に性格変わったな」
「おかげさまで」
メニーケがニヤリと笑った。
貴族区は魔動車で15分ぐらいの距離だ。
屋敷に着くと、門の辺りで足止めをされている我が社の営業マンが目に入った。マレッサとローシャだ。逞しくなっている。
「だから、待てと言っている。聞こえないのか」
「我が社のお客様使用規則に違反したのです。サービスを停止するのは当然の結果です」
「だから、その規則を見直せと言っているのだ。営業では話にならん。上司をここに連れてこい。いいか、この娘はここで預かっている。おまえが行って連れてくるのだ」
なるほど、状況は理解した。
私は、顔に認識阻害をかけて後方待機だ。対応はメニーケに任せた。
「失礼します。ねこちゃん会社副社長のメニーケと申します」
「な、いつ来た。なぜ来た。どうやって来た」
おまえが呼べって言っていただろう。バカか?
「我が社には、特別な伝書魔鳥がたくさんいますので、このような時には直ぐに連絡が届くのですよ」
「つ、まあいい、副社長か。ならば丁度良い。おまえの会社の何とかという規則を撤廃しろ」
「さて、どのような規則でしょうか」
「魔道具を解体していけないという規則だ」
ああ、こいつ、技術を盗もうとしたんだ。
「なぜでございますか」
「おまえもか、わしの領地は王都の食料庫だぞ。わしが売らないと言えば、王都の食料はなくなるぞ。いいのか」
「それと、魔道具の解体とどういう関係があるのでしょうか」
「分からないのか。これだから平民商売はだめなんだ。解体して分かった技術を他国に売れば、この国の経済が潤うのだぞ」
解体しても分からないぞ。何しろ技術というよりも魔法陣の組み合わせによる制御だからな。それも、秘匿魔法陣も上掛けしてあるからね。魔術学院卒業レベルの魔術師じゃ手に負えないはずだ。
「なるほど、そちらの言い分は理解しました」
「ならば、早くあのマークの封印を解除しろ」
なんだ、そこからか。ここの魔術師は低レベルだぞ。
高レベルの魔術師なら、封印解除まではできる。ただし、その時は魔道具自体が使用できなくなる設計だけどね。
「お断りいたします」
「……」
「よく聞こえなかったな」
「お断りしますと言ったのです」
「正気か! さっきの話を聞いていたか。王都から小麦がなくなっても良いのか。おまえはエレウス王に処分されるぞ」
「エレウス王はそんなことはしませんよ」
「どうなっても知らんぞ。後悔するなよ」
「それでは確認です。ハルスロッコ侯爵家は我が社のお客様使用規則には従わないということでよろしいですね」
「話を聞いていたか、それだと、後悔するぞと言っているのだぞ」
「もう一度確認です。従わない。でよろしいのですね」
「アホか、従うわけないだろが」
「では、ハルスロッコ侯爵家との契約は本日をもって破棄させていただきます。魔道具はご購入いただいた物ですのでそのままお使いください」
「おまえは話が聞けないのか。後悔するぞと先ほどから何回も言っているぞ」
「マレッサ、ローシャ、お疲れ様でした。魔動車はどこですか」
「提携貴族のところです」
「ならば、そこまで送りましょう。後ろに乗ってください」
「では、侯爵閣下。後悔なさらないように」
侯爵が何かわめいていたが、無視だ。
貴族用の高性能温水シャワー付きトイレは、魔石の交換をしなければ3ヶ月で使用できなくなる。ねこちゃんのシンボルを傷つければ直ぐに完全停止する。
営業がメンテナンスに行ったと言うことは、あと10日程で期日になるはずだ。さて、使えなくなった時の女性陣の反応はどうなるだろうな。
人間とは、一度清潔で快適な生活をしてしまうと元には戻れないぞ。その時に、あの侯爵はどうするだろうか。
強権をちらつかせて脅してくるか、何とか体裁をとりつくろって和解を求めてくるか。もし、脅しの方だったらその時がおまえの終わりだ。覚悟しろ。
「マレッサ、ローシャ、成長したな。びっくりしたぞ」
「教官じゃないですか。いつからいたんですか」
「初めからだ。全部見させてもらった。もう、立派な営業マンだ」
「ありがとうございます。この仕事、すごく楽しいです」
うん、ねこちゃん会社は順調だ。
はやく、チャルダンを会計にしないとメニーケがまたポンコツに逆戻りしそうだな。あと、2ヶ月の辛抱だ。
チャルダンとの接触はうまくいった。めがねっ娘が「エルフとして完璧な演技よ!」としたり顔だ。エルフのことはエルフにしか分からない。なので、多分そうなんだろう。
グライヒグが動かない。それが全てだ。お疲れ様でした。
その日の内に、つくも(猫)がチャルダンの元に飛んでくれた。ねこちゃんペンダントも渡せたようだ。
尻尾をビュンビュン振りながら、サクラさんに報告していた。メディも涙目だった。よほど心配だったのだろう。
ここに逃げてくることもできると伝えたら、情報収集のために残ると言ったらしい。
メディがまたもや心配顔になったが、レーデルさんが、王太子戦が始まるまでは絶対安全だと太鼓判を押してくれた。
時間はある。チャルダンならそれまでに、ペンダントの機能を使えるようにしているだろう。そんな気がする。そうなれば、自力での脱出も可能だ。
イディアが、その部屋に次元渦巻を作っておけばいいのでないかと、かなりまともなことを提案した。
レーデルさんがそれを却下した。理由は、双子の弟が『技術の探求者』だからだ。グライヒグから状況を聞いて、妨害できる魔道具を作ってしまう危険がある。それは、今後の事を思うと避けたい。納得だ。
弟の名前は『レームス』という。事情があり記憶を無くしているらしい。それも1000年近くだ。
探求者達も神獣も10層の事を話そうとすると、変換できない言葉にしかならない。私の禁則事項と似ている。この世界に大きな影響を与えてしまいそうな知識や技術については話せないのだ。
と言うことは、探求者と10層には何らかの関係があるということも推測できる。少しずつだが、10層についての情報が集まってきた。
明日から6月に入る。日本なら梅雨の時期だが、この世界にはないようだ。
8月には王太子戦が始まる。ミリコス殿下との芸術勝負があり、その後直ぐにピエール殿下との魔法勝負が待っている。どちらにもストラミア帝国の精鋭達が参加する。
ディスポロ商業公国経由でウィルド州王国から王都に来ることになるだろう。アステル湖の船が使えるので多人数での移動には都合がいいはずだ。
『交流演奏会』に『交流試合』と言う名目で王都に来るので一応エレウスとしても『歓迎』と言う立場になるはずだ。
相手も負けるということは微塵も考えていない。負けたらどんな反応になるのだろう。考えると怖い。
さて、夜も更けた。寝るとしようか。ベットではつくも(猫)が丸くなっている。一緒に寝るのも久しぶりだ。モフモフを堪能させてもらおうか。
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