008 ナツメさん
『大樹の森編』の続編になります
ナツメさん達を、ベニザクラ号がある場所まで案内をする。青竹ミカヅチ号の専属冒険者はリムケンさんだった。
「兄様久しぶりです。それにリムケン君も元気そうでよかったです」
サクラさんは叔母さんになるのかな?
「サクラおば……お姉様。お久しぶりです」
サクラさんの眉がピクッと動いていた……リムケンよ、ギリセーフだ。
「ツバキが困っているだろうから買いそろえてもっていきなさいと手紙に書いてきたからその通りにしたぞ」
そう言って、次元箱をテーブルに置いた。中には、野菜、果物、パンにいろいろな種類の魚や生肉が大量に入っていた。
「姉様さすがです。まさに困っていました」
サクラさんが小躍りしなが手を叩く。いや、その後ろで例の2人がダンスをしていた。
「料理長、援軍です」
エルが泣いている。
「ふん、ナツメでかした。褒めてやる。いっしょに食べていくことを許可しよう」
猫が次元箱を覗きながら尻尾を左右に激しく振っていた。
「……」
固まる精悍な顔立ちのエルフが2人。
うん、ナツメさん達のそんな顔が見られて、私は満足だよ。つくも(猫)よくやった。
エル達が作った焼き肉炭火コンロは最高だ。ナツメさん達も興味津々だ。
もってきた食材は、すべてつくも(猫)の異次元収納に瞬時に収納された。そこでも、精悍な2人がしばらく固まり、ようやく復活したところだ。
「猪の肩ロースは、塊で丸焼きにするのがうまい。焼けてから切ってやるから、できたてを食べなさい。脂身もロースよりも多いから、サクサクとしためずらしい食感のはずだ」
かたまり肉がすでに網の上で丸焼きになっていた。
つくも(猫)は肩ロースの塊の焼き具合を確認している。弱火で2時間以上じっくり焼いてきた肉だ。脂が滴り落ちている。
「うん、ころあいだな。シンティ、火力を上げろ」
猫が指示を出す。
シンティの体内魔力が膨れ上がる。3属性の魔法を使い分ける天才でもある。火力調整は得意だ。
「両面30秒ずつだ」
「わかった」
網の上には、ころあいになった塊が数十個乗っている。
シンティの火魔法が炸裂した。
30秒、一気に炙る。脂がポタポタ落ちながら音を立てて蒸発していく。表面がカリッと焼き上がる。
「よし、上出来だ。後は包み込むぞ」
「エル、シンティ、クエバ、融合魔法だ。土の中のガラス質で保温瓶を作れ」
「やってみる」
クエバが魔法の杖をつかんだ。エルとシンティが体内魔力を練り上げる。
「ちょっと難しい。イメージできない」
クエバがめずらしく弱気だ。
「魔法陣で補助する。だいじょうぶだ」
猫が魔法陣を一瞬で構築する。
「主は土なり、火が従、中がキラキラ外がホカホカ フュージョン」
土が空中で丸くなる、土の中には火が封じ込まれている。普通なら酸素がなくなれば火は消える。しかし、つくも(猫)の魔法陣がそれを許さない。
土の中のガラス質が溶けて固まり、魔法瓶のようになる。その中に、表面がカリカリに焼けた肉の塊を放り込む。
「よし、肉汁が内部でなじむまで大体15分だ」
「猪肉が仕上がるまでは、ナツメがもってきた肉や野菜をを焼いて食べなさい」
素直に従う胃袋を捕まれた従僕達。
何が起きているのか理解できないでいる二人のエルフ。
「さあ、できたての猪の肩ロース肉だ。めしあがれ」
神装結界を纏った猫の爪できれいに切り分けられたお肉が、肉汁を流しながら皿に並べられている。
二人のエルフが、恐る恐る、カトラリーで肉を刺し、口の中に運び咀嚼する。
「……うまい。なんだ、このサクサクした食感は……これが、猪の肉なのか」
新たに二人のエルフが胃袋を捕まれた瞬間だった。
肉は魔法のようにあっという間にお皿から消えていた。
「ねこ君の雰囲気がずいぶん変わったね。びっくりしたよ」
ナツメさんが食後の紅茶を飲みながら満足そうにお腹をさすっている。
「ビオラ様は、ずいぶん時間がかかったという感想でした」
「そうか、母の人の本質を見抜く感覚は一級品だからね。もともとはあんな性格だったということだね」
「私も知りませんでした。でも、今のつくも(猫)の方がおもしろいです」
二人で顔を見合わせ、ぷっと吹き出してしまった。
「さて、じゃあ本題だよ。ツバキの手紙で大体の状況は理解している。その通信機を見せてくれないか」
「ハイこれです」
アイテムボックスから瞬時に取り出す。隠し事はなしだ。
一瞬びっくりした顔をするが、直ぐに何でもなかったように振る舞う。さすがだ。
「試してみていいかい」
「はい、丁度定時連絡の時間です」
ベニザクラ号の車内時計が午後8時になろうとしている。通信用の魔石はすでに魔木の上に設置済みだ。
「ナツメさんの魔力を魔石に流してください」
「わかった。こうだね」
ナツメさんが魔道具にはめ込まれた魔石に手をかざして魔力を流す。すると魔石がほんのり輝き出す。
「もしもし、カナデ君、聞こえますか」
魔道具につけられた特殊な板が振動して、ツバキさんの声が聞こえてくる。
「もしもしは、通信するときの詠唱なのかい」
ナツメさんがそう言うと、
「なんだ、ナツメがそこにいるのね」
ツバキさんの声がまた振動する板から聞こえてきた。
「すごいな、本当にツバキが直ぐそこにいるみたいに聞こえるよ」
「ツバキさん、つくも(猫)が食材のことと料理本のことで喜んでいました」
ナツメさんの後ろから、忘れないうちに大事な事を伝える。魔石は広角で音を拾うことが分かったので、いちいち位置を変える必要はない。
「でしょう。ドワーフ族が3人もいるのだもの。きっと足りなくなっていると思ったのよ」
さすがだ。脱帽だよ。
「ツバキは今どこにいるんだい」
「執務室よ。父とかわるわね」
ごそごそと動く音がする。
「もしもし、この言い方で詠唱はあっているのかな」
うん、誤解は早く訂正しておいた方がよさそうだ。
「父様ですか。ナツメです。ご無沙汰しています」
「ナツメか。そこは本当に王都なのか」
「はい、間違いなく。王都にあるキリヤ島です」
「これだと、本当に伝書魔鳥の仕事がなくなりそうだな」
「まったくです」
大丈夫です。この魔石はまだ量産できません。
「それでだ、ツバキから聞いたが、この通信魔道具を私とナツメがもつという事になりそうだが、それでいいか」
「はい、問題ありません。確かにそのほうがいろいろ都合がよいです」
「うん、わかった。こちらにもひとつ大きな動きがあった」
カルミア様の声が少し緊張している。一体何があった。
「ナダルクシア神国から使いが来た」
ベニザクラ号の中に緊張が走る。
「サクラとの謁見を申し込んできた」
「謁見ですか。命令ではなくて……」
「ああ、今はな……」
「そうですか。それで返事は何と」
「今は留学中なので、それはできないと伝えておいた」
「分かりました。こちらでもサクラの安全を優先します」
「まあ、カナデ君と神獣様がいるからね。その事はあまり心配していないよ。サクラは学生生活を楽しみなさい」
「はい、父様。私のことは大丈夫です」
「カルミア様、つくも(猫)が特別な結界を張っています。
それに、旅に出てからつくも(猫)の神力が強くなっているんです。この世界の誰も手出しはできません。安心してください」
「ああ、サクラの事はまかせたよ」
「サクラ、ねこちゃんのことよろしくね」
ビオラ様の声だ。
「料理長ですね。ふふふ、わかりました」
「では父様、連絡するときは、魔石が光るようですのでそれが合図ですね」
「ああ、その事はまた打合せをしようじゃないか」
「了解しました。では今日はこれで失礼します」
魔石の光がふっと消える。やはり、呼び出し音は必要だな。エルと相談するか。
「カナデ君。これは量産できるのかい」
「今は無理です。それに、この魔石の種族がものすごく希少動物なんです。絶対に他国に知られてはいけない機密です」
「ん、普通の魔石に見えるんだが……なるほど、そうとしか認識できないんだね」
さすがだ、どうしてカボーグ家の人たちはこんなに鋭いんだろう。
「はい、つくも(猫)の神装結界で認識阻害を発動しています」
「わかった。このことは機密だ」
この理解の早さがありがたい。
この後の事をナツメさんと相談した。王都での生活は、貴族街にあるカボーグ家本邸ではなく、ナツメさんが用意した別邸で過ごす事になるらしい。まあ、その方がありがたい。
3日後に1度本邸に入り、その日の内にそこから認識阻害状態のベニザクラ号で別邸に向かうことにした。ナツメさんが案内をしてくれる。
さて、これで当面のやるべきことは決まった。明日からの2日間は自由行動になる。うん、『基礎研究仕放題』の時間だ。
次話投稿は明日の7時10分になります




