076 エルフの親子
第6章が始まります
5月下旬8の日は休息日1日目だ。
マルモル家で数年ぶりに家族と出会えたシンティは、とても幸せそうだ。3大公爵家の一つ『ルキミア』家嫡男である『カルピオ』が、シンティとの婚姻を無理矢理推し進めようとしていたらしい。
A級3属性魔法使いであるシンティを取り込みたい。ルキミア公爵もそれに賛同し、いろいろと暗躍したようだ。
ここでもストラミア帝国の魔動機関貴族が絡んできて、情勢は一気に危険な域に達してしまった。
メタレイヤ公爵家は中立の立場を取っていた。入り口の町にいるカルコス親方は親族だったので、そこを頼ってシンティを預けたという経緯だ。
許嫁だったエルも当然危険になる。なので、パーソンさんを頼ってやはり入り口の町に避難してきたのだ。
ストラミア帝国や他の有力貴族達が入り口の町によくない感情があるのは、こういう経緯もあるからだろう。強い権力を使い、自分たちの思い通りに動かしたかった相手がみんな逃げていく。
そこには、拒否権を持つ強力な守護者いる。武力でも財力でも権力でも手が出せない相手だ。権力者にとってはまさに政敵になる。
この3日間の休息日で何とかチャルダン接触がしたい。そのために計画したことが、『親子で買い物作戦』だ。
子役はレーデルさん、母親役がマーレさんだ。2人ともノリノリで演技をしている。
チャルダン公太子が市場で店を開いていることは確認済みだ。そして、その周りにはたくさんの監視者がいる。『真色眼』で確認したので間違いはない。
グライヒグはチャルダンをマークしている。きっと、私達と連絡を取るはずだと確信しているようだ。本当に油断がならない相手だ。
でも、そのおかげでチャルダンは市場に来られている。私達をおびき出す囮として。これもチャルダンの画策だとしたら、やはり、たいした策士だ。是非とも仲間にしたい。
「母様、はやくはやく、あっちにおいしそうなお菓子が売っています」
1人のかわいらしいエルフの子どもが駆け足で走って行く。
その後ろには、それをニコニコしながら見守っている母親がいる。母親は純粋なエルフではない。耳が普通だからだ。
でも、エルフ系の母親からエルフの特徴である耳を持った子どもが生まれることは珍しくない。ごく普通の親子に見える。
「レーデ、あまり急ぐと転びますよ」
母親が注意をした直後に、その子どもが豪快にすっ転んだ。場所は、チャルダンが店を開いている目の前だ。
「ヒック、ヒック」
今にも泣きそうな子ども。
周りには、人相が悪い怖いお兄さんお姉さん達がたくさんいる。こんなところで泣き出したら「うるさい、泣くな!」と怒鳴られるだろう。
周りにいる大人達はヒヤヒヤして見守っていた。そして、母親に「泣くな」と早く言えと懇願する。
「転んじゃったのね。痛かったのね」
母親はゆっくりと子どもに近づいてそう言った。
「うん、痛かった。でも、泣くのは我慢したの」
「そうなの、でもね、痛かったら泣いてもいいのよ」
「うん、分かっている。もう大丈夫」
変な会話だ。この場面では「泣くな」が正解だろう。誰もが不思議に思ってその会話を聞いていた。
「いいねえ、その通りだよ。痛かったら泣く。これが正しいのさ」
成り行きを見守っていたチャルダンが満足そうに親子にそう告げた。
「あら、ここは何を売っているお店なの」
その母親がそう尋ねると、
「ぼくが描いた絵本を売っている」
「その絵本を見せてもらってもいいかしら」
「どうぞ、ゆっくり見ていってくれ」
母親と子どもが楽しそうに絵本を見ていた。
「おもしろそう。欲しいな」
子どもが買ってほしいと母親にお願いをした。
「いいわよ。でも、一冊だけにしなさい」
「うん」
全ての絵本を見比べているが決められない。
「どれもおもしろそうなの。決められないわ」
母親がチャルダンを見た。そして、鞄からお金を出してこう言った。
「お薦めの一冊があるかしら。それを買うことにします。お金はこれで足りますか」
お金をチャルダンに渡した。一瞬、ほんの一瞬だけ、ピクッと眉が動いた。でも、それだけだった。
「気に入ってくれたみたいでありがとう。一番端の本がお薦めだよ」
「これね」
子どもがニコニコしてその本を手に取った。
チャルダンも嬉しそうにうなずいた。
買った本をしっかり抱きしめて、子どもは母親と一緒に本来の目的地であるお菓子を売っている店に歩いて行った。
これだけである。ごく普通の親子の買い物だ。
監視者達も全く違和感を感じなかったはずだ。誰も連絡をするために動かない。市場はいつも通りの賑わいだ。
「レーデルさん。本当にあれでよかったんですか。すごく目立っていましたよ」
マーレが辺りをキョロキョロしながら、小声でささやく。
「うむ、問題ない」
本当ですかぁー? そんな表情のマーレさんと自分の演技が完璧だったとしたり顔のレーデルさん。対照的な2人が市場から戻ってきた。
「2人ともお疲れ様でした」
ジェイドがニコニコ顔で出迎える。早くチャルダンが渡した絵本を見てみたいようだ。
目的のものは手に入れた。では、帰ろうか。
「まだ食材を買っていないぞ!」
猫からダメ出しが出た。
リーウスが指名され、市場に向かった。ここには、繁華街にはない珍しい食材も売られている。つくももご機嫌だ。
ここであまり目立つことは避けたい。私達は紅茶が飲めるお店で待つことにする。謎解きは隠れ家に着いてからだ。ジェイドがちょっと残念そうだ。
真色眼で確認したので、周りに私達に敵意を持った人間はいない。便利な能力だ。
とりとめのない話をしながら時間を潰していると、後から声をかけられた。
「カナデ君、お久しぶり」
だれだ、振り返ると情報部員のお姉さんがいた。名前はミラーシさんだ。ダンジョン勝負の時以来になる。
「あなたがいると言うことは、イローニャも近くにいるんですね」
「えへぇ、分かっちゃった」
相変わらずのぶりっこだ。
「ナツメから事情は聞いているわよ。情報が欲しいんでしょう。どう、私達をあなたの本拠地に招待する気持ちはある」
うーん、真色眼は無色だ。敵でも味方でもない。中立の立場ということだな。
レーデルさんを見た。アドバイスが欲しい。
「小娘よ、選べ。本拠地に来て我々の協力者になるか、情報提供だけの関係に留めておくか、どうする」
うーんと考えるミラーシさん。小娘と子どもに言われたことを気にもしていない。
「あー、もう。どうしてこんな切れ者がいるのよ。本拠地を暴露させる計画が台無しよ」
あまり悔しそうではない表情でそう言うと、
「今回は情報提供のみよ。情勢が動いてきたらまた考えるわ」
そう言って、1枚の紙を渡してきた。
「予想されるメンバーの名前と分かる範囲の能力よ。この貸しは、いつか返してもらうからね」
そう言って、去って行った。
「ストラミア帝国も、一枚岩ではないと言うことですね」
ジェイドの言葉に、レーデルさんも続く、
「今の皇帝は、穏健派でもあり改革派でもある。強権主義の魔動機関貴族とも距離を置いている。頃合いを見て、粛正しようと考えていると思うぞ」
「頃合いというのが、10層攻略の動き次第ということですね」
「たぶんな」
今、ここにいるのは私とマーレさん、レーデルさん、ジェイドだけだ。残りのメンバーは隠れ家で待っている。帰りは図書館の次元渦巻から帰ることになっている。
メディも連れてきたかったが今回は見送った。神装結界の発動がいまいち不安定だったからだ。今頃、クエバの特訓を受けているだろう。
(カナデ、先に図書館に向かっているぞ)
猫から念話が来た。
「つくも(猫)が図書館に行くって言っています。リーウスも一緒でしょう。私達も行きましょう」
会計を済ませ、店を出る。マーレさんとレーデルさんは顔だけの部分的な認識阻害を発動させている。相手はあのグライヒグだ、用心するに越したことはない。
図書館の入り口には疲れ切った表情のリーウスとご機嫌な猫が待っていた。いつもの買い物事情を知っているマーレさんが苦笑いだ。
「カナデ喜べ。面白い素材が手に入ったぞ」
何だろう。気になる。
「どんな食べ物なの?」
「食べ物ではない、飲み物だ」
「……?」
「コーヒー豆だ!」
「まじですか!」
「ああ、帰ったらさっそくシンティにコーヒーミルとフィルターを作らせる」
「フィルターは布でも代用できたと思うよ」
「ああ、いろいろ試してみよう」
マジですか。紅茶も良いけどやっぱりおれはコーヒー派なんだよな。うう、楽しみだ。
みんなからジトーと見られていた。
「すまん、この食材はだいぶ苦いので好みがある。あまり期待しないでくれ」
そう言いながらも、顔はにやけているのだろう。
ジトー顔が続いていた。
すみません。はしゃぎすぎましたね。
図書館は休日でも開いている。司書がいないので貸し出しはしない。閲覧のみになるが、寮生達にとってはよい学習の場になっている。なので、結構込んでいるのだ。
学生証で扉を開けると同時に認識阻害を発動する。そのまま、資料室に向かった。扉はいつも開いている。壁にできている次元渦巻に入ると白い空間になる。
そこのどの渦でもよいので行き先をイメージしながら進むと目的地に着く。今回は、隠れ家の小部屋だ。
「隠れ家の小部屋に行きたい」
渦に入るとそこは小部屋だった。
後からぞろぞろと後続組が出てくる。
隠れ家は賑やかだった。
「イグニス、うちが大事にしていたおやつ食べたでしょう」
「いや、おれが食べたのは残り物のパンだけだぞ」
「じゃあ、誰が食べたのよ」
「すまん、多分私だ。おまえの物だとは知らなかったんだ」
「姉様ですか! うー、わかりました。こんどからしっかり名前を書いておきます」
冷蔵庫にあったプリンを食べたのは誰? 的なやりとりだな。懐かしい。
「あ、カナデ君達が帰ってきました」
ハラハラしながら成り行きを見守っていたエルが気がついてくれた。
「カナデさん、チャルダンの絵本は確保できましたか」
サクラさんが目をキラキラさせて聞いてきた。その後ろには、疲れ切ったメディがいる。でも、気になるようでソワソワしている。
「ああ、ばっちりだよ」
私がそう言うと、レーデルさんが自分のねこちゃんペンダントからチャルダンの絵本を取り出した。いつの間にかやって来たモモンガのオキナがのぞき込んでいる。
「絵は上手なの。でも、つくりはダメダメなのよ」
製本が雑だと言いたいんですね。でも、その通りです。
「その絵本の謎解きはお昼の後だ。マーレ、サクラ急いで準備をするぞ」
猫が張り切っている。きっと、コーヒー豆が見つかったのが嬉しいんだろう。おれもだけど。
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