073 マルモル家の家族
村長の家に戻ると、なんと、ベニザクラ号がそこにいた。
「サクラ、いったん収納して運んでおいたぞ」
猫が尻尾を激しく振っている。
「ねこちゃんありがと」
頭を撫でられて。さらに激しく尻尾を振る猫。
お昼は、もちろん味噌と醤油を使った料理だ。村人達も全員地面にござのような物を敷いて座っていた。
「料理長、メニューの説明をお願いします」
「うむ、人数が多いからな。大量に作れる物にしたぞ」
巨大鍋がいくつも湯気を立てている。エルが作ったのだろう、かまども完璧だ。
イグニス達が棒で具材をかき回している。この臭い、懐かしい。学生の頃、河原で芋煮会をしたなあー。
「豚汁だ。それも、猪も入った猪豚汁だ! 野菜もたっぷり入っている。出汁がちょっと物足りないが、十分本来の味に近づいた。具がなくなったら言ってくれ、調理済みがいくらでも収納してある」
「イグニス。今日は飲酒解禁だ! 同じ種族で親睦を深めていいぞ」
イグニスが小躍りしている。おや、ディーラさんもだ。
「パンやサラダもたくさんある。味噌と醤油のお礼も兼ねている。遠慮なく食べてくれ。さあ、宴の始まりだ」
猫がしゃべっていたが、酒と美味しそうな料理の前では気にもならない。村人みんなが雄叫びを上げた。
「うめーべ、味噌さーこげにうめーべか」
「んだんだ、ごどじは作る量増やすべー」
すみません、大豆根こそぎ収穫しました。必要なら置いていきます。
申しわけなさそうに頭を下げる。
「村長さん。大豆必要なら置いていきますけどどうしますか」
「気にするな。どの家庭も使い切れなくて捨てるぐらい収穫してある」
よかった。
「村長よ、焼酎は造っているか」
「難しい製法だからの。ごく少量なら作っている」
「いま、米という穀物をエレウスで栽培している。それを使って焼酎を造り、さらにみりんという調味料にしたい」
「米ですか。聞いたことがない食べ物ですな」
「まだ極秘だ! 小麦貴族に対抗するエレウス王の切り札になる穀物だ」
村長がごくりとつばを飲む。そんな極秘事項を聞いて良かったのか。
「安心しろ。この村には迷惑が掛からないようにする」
猫の瞳孔がせばまる。何かを企んでいるときのつくも(猫)だ。頼むから、やる前に相談して!
きっとこの宴は夜まで続く。イグニスもご機嫌だ。いつも飲酒を我慢させている。今日ぐらいは羽目を外してくれ。『風の森』はみんな成人だ。一緒に楽しんでいる。
めがねっ娘の推定年齢は800歳以上なので、飲酒は問題ないのだろうか。でも見た目では完全にアウトだ。
シンティも公女様だと知って、村人達がたまげていた。事情があり、この国にはほとんど住んでいない。知らないのもうなずける。
「つくも(猫)さん、具がなくなった鍋が大量です。追加をお願いします」
ソフィアさんたちが給仕を手伝ってくれている。若い女性の村人とも直ぐに仲良しになった。
「うん、ちょっと待て……、ほれ、終わったぞ」
いきなり鍋に具が現れた場所では歓声が上がっている。美味しさの前では、奇跡はただの事象だ。
ソフィアさんなら、入り口の町でも生活して行けそうだ。カロスト王国の剣技貴族とは協力関係を築けるかも知れない。
「村長、さっきの話の続きだ。この村で味噌と醤油、そして『みりん』という調味料を作る契約を結んでくれたら、単式蒸留器をエルに作らせるぞ」
「蒸留器……もしかしてそれは、焼酎を造れるのか」
「ああ、焼酎を造り放題だ」
ごくり、村長の喉が鳴る。
「米という穀物は、日本酒という格別にうまい酒を造ることもできるぞ」
ぐるりぐるりと目が動く。
「米で作った焼酎は、甘みとうまみ、まろやかさがあるぞ。ロック、水割り、お湯割り、ソーダ割りどれでもうまいぞ」
ガタガタガタ、貧乏揺すりが止まらない。
「アルコール度数は25度前後で、どの酒よりも高いぞ?」
「契約する。いや、是非契約させてください。猫の神獣様ー」
猫の巧みな話術により村長が落ちた。契約成立か!
「話は聞いていたぞ! 猫殿、その契約には父の許可が必要になる。味噌と醤油は見逃しても、酒造りに関しては絶対に見逃しはない。ドワーフ族とはそういう種族だ」
「もちろん、許可はさせる。ディーラよ、これからおまえの父の元に飛ぶぞ」
猫がそう言うと、ニャンと鳴いて立ち上がった。
「神力 風の道」
前足でクルクルッと渦を作りそれをポンと空に放り投げた。紅色の風の道が空に数十キロにわたって延びていった。
「ほれ行くぞ」
ディーラさんをその渦に放り込み、自身も中に入ると2人の姿がふっとそこからいなくなった。きっと、時速300㎞は出ているだろう。ディーラさん、ファイトだ!
さて、今夜は戻ってこないかも知れないな。この宴も終わりそうもない。まあ、たまにはいいか。ゆっくりしよう。
賄いをソフィア達と交替するか。
「ソフィア、ありがとう。替わるよ。ゆっくり食べてくれ」
「分かりました。お任せします」
うん、素直ないい子だ。
(つくも(猫)、具材おれのアイテムボックスに転送しておいて)
(わかった。……おわったぞ)
相変わらず仕事が早い。
(こっちは任せて)
(たのんだ。期待していろ)
さて、具材の補給をして回りますか。
小さな村にいつまでも歓談の声が響いていた。いい村だ。味噌造りなどが産業になっていくと、この村も潤うだろうな。
* * * * *
朝になった。まだ5月下旬だ。外は寒いだろう。みんな酔い潰れて寝ている。風邪は、引かないだろうな。
イグニス達が風邪で寝込む姿が想像できない。
『風の森』パーティーを抜かした仲間達は、早々にベニザクラ号に引き上げた。酔っぱらい達に付き合ってはいられない。それに、ジェイドの教育上よろしくない。保護者代理としてはそこは譲れない。
つくも(猫)とディーラさんは、結局戻ってこなかった。何か用事があるなら念話が届くだろう……その念話が来た。
(全てうまくいった。村長を連れてすぐに来い)
(連れて行くメンバーは誰?)
(『風の森』以外は全員来られるだろう)
ははは、お見通しか。
(了解した。そこまで何キロぐらいあるの)
(100キロメートルだ。サクラの風の道なら30分ぐらいで来られるだろう)
(わかった。じゃ出発まで30分はかかるよ。1時間後にそっちに行けるように頑張るよ)
(問題ない)
さて、みんなを起こすか。
ソフィアが起きてきたので、手分けをして起こす作業をする。寝ぼけている間に身支度をぱっぱとしてもらう。
おれは村長を回収にいく。たぶん、爆睡していて起こすのは無理だろう。そのまま確保する。イグニスが目覚めていたので事情を話し留守番と村人への事情説明をお願いする。
さて、こっちの準備はいいぞ。
ベニザクラ号に戻ると、全員の準備が整っていた。予定よりも早く出発できそうだ。朝食は、シンティの実家で何か食べられるだろう。だめならアイテムボックスの中にも食料はたくさん保存してある。
「サクラさん。行きましょう」
「わかりました。風の道」
桜色の風のトンネルが、数百キロメートル先まで繋がっていた。
「出発します」
一気に時速200㎞での移動が始まる。加速するのではない。瞬時にそのスピードになっているのだ。
30分後、ベニザクラ号はシンティ実家の上空でピタリと停止していた。認識阻害は発動している。
「ここで間違いないね」
「当たり前でしょ。実家よ、どうやって間違えるのよ」
シンティがプンプン怒っている。どうやら空腹らしい。
(つくも(猫)今上空にいるけどどうすればいいの)
(そのまま庭に着地だ。合図を送るから認識阻害を解除しろ)
(了解した)
なるほど、何かの演出をするわけだな
「猫殿、本当に村長を連れてくるのか。ここからどのぐらい距離があると思っている。もう、人数分の朝食も準備させてしまったぞ。もし来なかったら、おれが怒られるんだからな。責任取ってもらうぞ」
ははは、あれがシンティのお父さんか。なんか、フラフラしているけど大丈夫か?
「安心しろ。もう到着している」
「どこにいる! うお、頭がズキンズキンする。こりゃたまらん」
「カナデ、いいぞ!」
「了解。認識阻害解除!」
紅色だが白銀に輝く少し丸みを帯びた樹魔車両が突然庭に姿を現した。
「……」
父親達が固まって動かない中、まずサクラさんが地面に降り立った。そして、シンティが次に下車する。さらにソフィア達が次々と降りていく。最後はエルだ。これはお約束になっている。
おれはまだ爆睡している村長を担いでその後に続く。
「父様、ご無沙汰しています」
シンティが淑女の挨拶をすると、サクラさんがセルビギティウム式で、ソフィア達がカロスト王国式でそれぞれ挨拶をする。めがねっ娘は立ったままだが例外だ。
男達は、花のような淑女達の邪魔にならないよう、そっと会釈だけをする。
「おいおい、いつ来た。いや、いつからそこにいた。警備は何をしていた……」
「父上、これが神獣様のお力です。昨日も嫌と言うほど思い知らされたでしょう。まだ懲りないのですか」
ディーラさんが、腕組みをして仁王立ちしている。いったい何があった。
詳細は聞けないまま、屋敷の中に案内される。パタパタと走ってくる女性がいた。
「シンティ、お帰りなさい。会いたかったのよ。元気だった」
「母様、ただいま戻りました。うちも会いたかったです」
シンティが抱きついた。少し涙が出ている。
いったい何年帰れなかったのだろうか。感動の再会にもらい泣きをしてしまいそうだった。
ギュルギュルギュルー!
シンティのお腹が鳴った。
「ごめんなさいね。お腹すいたでしょう。朝食、あなたの好物をたくさん用意したわ。さ、行きましょう。みなさんもどうぞ、こちらですよ」
シンティの母親に客間だろう座敷に案内された。日本風の家屋だ。懐かしい。
和式のテーブルの上には、これでもかと言うほどの料理が並んでいた。
使用人だろう、それぞれの席に仲間達を連れていき、座らせる。ソフィアたちは大丈夫か。慣れていないだろう。視線を移すと座布団の上にきちんと正座をしている。
そうか、剣技でも正座はするのか。なら、心配ないな。
では、めがねっ娘は……小さな椅子を用意してもらっていた。まあ、いいか。こいつは例外だ。
しばらくすると、ふらつく足取りで頭を抱えたまま、父親が入ってきた。
「くそ、おまえはなんともないのか」
猫を睨み付けている。
本当に何があった。誰か説明して。
願いが通じたのかディーラさんが説明してくれた。
「父上は、神酒の儀式に負けたんだよ」
「本当ですか。誰に負けたのですか」
信じられないという表情でシンティが声を上げる。
「いててて、大きな声を出すな。そこにいる猫だ!」
マルモル公爵家当主が、テーブルの上で欠伸をしながら後ろ足で耳を掻く器用な猫を指さす。
「……はい、全て納得です。父様、あたなはアホでしょう。神獣様に勝てるわけがないです」
さんざんな言われ様の当主様である。
「まったく、あのぐらいの酒でこうなるとは情けないぞ。どれ、そのまま動くな」
猫がトコトコテーブルの上を歩いて当主様に近づく。前足の肉球を額に押し当て、「にゃっ」と短く鳴いた。
「ほれ、状態異常は解除してやったぞ」
キョトンとしている、当主様。そして、
「なんだ、スッキリしたぞ。どうなった」
「父様、ねこちゃんが状態異常を解除したんです。感謝しなさい」
マルモル家のみなさんはみんな仲良しのようだ。よかった。
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