072 味噌と醤油の村
つくも(猫)の命令とも言える要望で、味噌と醤油の村に行くことになった。ベニザクラ号には、ディーラさんも乗っている。その村がアルエパ公国のしかもマルモル公爵領にあることが判明したからだ。
公爵家公女であるディーラさんが行けば、いろいろと都合がいい。シンティも一応公女ではあるが、ディーラさんの知名度にはかなわない。本人もその事で気に病む様子はない。
「シンティも、あと100年もしたらディーラさんぐらいの貫禄が出るわよ」
慰めになっているのか分からない天然少女の言葉に、みんなが微妙な顔になる。
「サクラ、いくぞ!」
猫が急かす。
「はい、風の道」
ベニザクラ号が静かに隠れ家の上空に浮かび上がった。
「いったんキリヤ島に行きます。そこで、カナデさんの風の道を重ねがけします」
みんながうなずく。
「出発します」
景色が後ろに飛んでいった。
30分ぐらいでキリヤ島に到着した。そのまま砂浜に着地をする。上空から見た限り、人影はなかった。船も停まっていない。
「では、久しぶりにリセットね」
今日は私の風の道を重ねがけする。樹魔車両も初期化をした方がいいだろうということになった。
サクラさんが右手を前に差し出した。
「世界樹の枝」
右手に小枝が現れた。
その枝を、頭上にあげ、何もない空間を叩く仕草をする。
ビーン
空気が振動した。
「めざめよメーム」
キーン 金属音の澄んだ音がする
「太古のメーム」
キーン 振動が魔法陣のように広がる。
「自我のメーム」
キーン 振動が樹魔を包み込む。
「ふるえよメーム ひとつになれ」
「ホスタンツァ ライエン」
制御木琴を奏でる。
「シャラララーン」
木琴を左から右へ木の枝で打ち流したした。
「ベニザクラ『白銀』、超高速移動型よ」
双子の樹魔車軸が直ぐに反応した。
後ろの樹魔が車輪の形から翼のように三角形になった。前の樹魔もそれに重なるように三角形になった。ぱっと見、もはや戦闘機だ。
「風の道」
世界樹の枝を頭の上でクルクルと数回回すとそこに風の渦ができた。
その渦を3メートル程手前にボールを投げるようにポンと置く。
半透明な桜色の風のトンネルが静かに数百メートル先までつながって行った。
その動きに合わせて、ペンテも動く。羽を広げて後ろに伸ばすと、ハングライダーのような姿になった。
そして、風のトンネルの中で静かに浮かんだ。
テネリも羽を広げ、ハングライダーになる。
そして、静かに浮かび上がった。
樹魔車両も風の道といっしょに静かに浮き上がっていく。
そのまま高度を上げていき、キリヤ島上空に出た。
「カナデさんお願いします」
「わかった」
サクラさんの隣に行く。ペンテとテネリを見た。期待するように羽をパタパタしながらこちらを見ている。
マッハ1のスピードは、初めて体験する速さになる。地球なら、風の抵抗を考えないといけないが、風の道の中は無重力真空状態と同じ効果を有している。宇宙空間を航行するのと同じ感覚だ。
「神装力第三権限開放」
「神力『風の道』」
いつもは結構適当なのだが、今回は樹魔車両ごと運ばなければいけない。慎重にもなる。
「行きます。発動!」
クルクルッと手で渦を作りそれを「ぽん」とペンテとテネリの手前に放り投げた。
サクラさんの半透明な桜色の風の道に銀色の風の渦が重なった。ベニザクラ号と同じ色の風の渦になる。
隠れ家でやらなくて良かったよ。かなり派手だ。
紅色だが白銀に輝く神秘的な風の道が数百キロメートル先まで繋がっている。
「サクラさん、飛び込んでみて」
「わかりました。出発します」
樹魔車両ごと渦の中に飛び込むと、音も衝撃もなく秒速340メートルでベニザクラ号が移動していた。
下は湖なので景色は水色一色だ。遠くを見ると、緑が線になっている。その中を神秘的な風の渦が一筋真っ直ぐアルエパ公国に向かっている。
「アステル湖を抜けます。カナデさん」
「わかった」
「神力『認識阻害』発動」
ここからは街道上空を飛ぶ。一応用心の為だ。地球なら、ジェットエンジン音と空気摩擦音ですごい音が出るのだが風の道は無音だ。ステルス機も真っ青だ。
「サクラさん、ペンテとテネリに異常はありますか」
「ないわね。ものすごくはしゃいでいるわ」
「……さすがです。魔鳥って順応性も度胸も性格もいいんですね」
「ペンテとテネリだからよ」
サクラさんがコロコロ笑っていた。そう言えば、こうやって2人でいるのも久しぶりだ。入り口の町にいたときは、いつも2人と1匹だったな。
仲間が増えた。守りたい人たちも増えた。でもやはりサクラさんは特別だ。あらためてそう思う。もちろん、だからどうしたと言うことになる。仲間もみんな、同じぐらい大切だからだ。
ベニザクラ号の車内は穏やかだった。もはや、何が起こっても大抵のことは気にしなくなっている。3人を除いてだが……。
「おいシンティ、外の景色がみんな同じ色になっているがどういうことだ」
「うるさいわね、高速で移動しているからよ」
「マッハ1という速さの単位があるのか。興味深い。秒速だと340メートル、時速だと1224キロメートル、未知の速さになるな。そしてだ、1があると言うことは、マッハ2、マッハ3もあると言うことだ。益々興味深い。第三権限の神力はでたらめだ」
「上位者様だからなのよ。当然なのよ」
「ジェイド君、どうなっているの。アステル湖を抜けたってどういうことなの。まだ、数十分しか経っていないわよ」
「メディさん、カナデさんのやることをいちいち気にしていたら前に進みませんよ。慣れてください」
他の仲間達は優雅に紅茶を飲みながらおやつを食べている。慣れって恐ろしい。
神力に疲労はない。しかし、精神には疲労が来る。この風の道は3時間が限界だ。それでも、目的地上空に到着した。ディーラさんに目視で確認してもらったので間違いない。
「目的地です。止まります」
減速無しでピタッと止まる。マッハ1でも変わることはない。加護の力もでたらめだ。
「ディーラ、村に続く道はあるのか」
猫が道を確認する。
「山の麓までならあるが、村人はそこからは歩いているな」
「どうします。ベニザクラ号でいきなり乗り込んだら警戒されそうですよね」
「嬢ちゃん、魔物と間違えられて攻撃されるか逃げられるかだぞ」
サクラさんとイグニスの言う通りだな。
「歩きますか」
私の言葉に全員がうなずく。ベニザクラ号はこの場で待機だ。一応認識阻害で姿は隠しておく。留守番として、『風の森』とエルは残ることになった。クエバが残念そうだ。
「クエバさんだけでも行きますか?」
クエバがイグニスを見る。いいぞと言う合図がある。
「行く!」
すごく嬉しそうだ。村に興味があるのだろうか。
行くメンバーは、9人と1匹だ。結構な人数なので、ディーラさんがいなかったらかなり怪しまれるところだった。
ここから歩いて1時間ぐらいの距離らしい。5キロメートル位だろう。
懐かしい日本の里山風景だった。5月下旬、緑がだいぶ濃くなってきた頃だ。のどかな山道をテクテクと歩いて行く。
やがて、少し開けた場所に出た。民家がポツンポツンと建っている。畑には、農作業をしている村人がいた。まだ、こちらには気がついていない。
「仕事中すまないが、村長に会いたいんだがどこに行けば会えるかな」
ディーラさんが、一番近くで働いていた男性に声をかけた。
「だんだおめー。こげな村に何しにきたべ」
リーウスがいたら喜びそうな方言だ。
「わたしはディーラだ。マルモル家の者だよ」
その男が固まった。様子をみていた近くの女性がすかさず動いた。
「公女様でねえか、ひんさしぶるだべー」
「おお、ディーラざまだべ」
村人がぞろぞろと集まってきた。
「みんな、元気そうでなりよりだ。ちょっと、捜し物をしていてね。村長はどこにいるかな」
「そんじょうなだ、家さいるべ」
「ああ、いるべ」
「ありがとう。家はどこかな」
「ごっじだー。おらがあとくるべー」
若い女性が道案内をしてくれるらしい。後をついていく。
少し大きめな家に前で止まる。
「そんじょう、ディーラざまきたべー」
「なにじょうだんぶっこくかー」
中から、ドワーフ族その者が出てきた。髭だるまだ。
ディーラさんをみて、髭の上から冷や汗を流す。これは、カルコス親方もやっていたドワーフ族の得意技だ。
「ディーラ公女殿下、ご無沙汰しております」
へへーと、その場で土下座をした。
「そうかしこまるな。公務ではない。視察でもない。自家製酒の抜き打ち検査でもない。安心しろ」
そんな検査あるんだ。
「それでは、何しに来たのでしょうか」
「味噌と醤油を探している。この村で作っているという噂を聞いてな、確かめに来た」
「味噌と醤油ですか。確かに作っていますが、皆自家製で自分たちで食べる分しかありませんよ」
「ああ、それでいい。ちょっと、分けてもらえればもっと嬉しい。おれいは、ほれ、あれだ」
シンティが次元箱から酒の樽を覗かせた。効果はてきめんだった。
「村人を全員いますぐ集めろ!」
命令された、案内役の女の子も、風のように跳んでいった。
あっという間に、村人達が集まってきた。総勢100人位か。
「味噌と醤油を作っている家の者、出てこい」
バラバラと出てくる。60人位だ。全部の家で作っているのだろう。60世帯ということか。
「この中で、少し分けてもいいという者は残れ、だめな者はひっこめ」
30人位が残った。作っている量はギリギリなのかも知れない。
「提供者はこの者達になります。どうしますか」
「すみません、作っている樽ごとでもいいという家はありますか。小さな樽でもいいんです。それと、作っていた樽だけならあるという家庭もないでしょうか」
樽にすんでいるかもしれない微生物が欲しいのだ。
提供者達が顔を見合わせた。
「あんのー、味噌はだめんだが、樽なら余ってるべー」
さっき、ひっこんだ家の1人だろう。そう言って名乗り出てくれた。
「ああ、そんならおらの家でもあるべー」
数人が前に出てきた。
「ください。お礼はします」
村人の目がキラリーンと光った。
交渉は順調に進んだ。味噌は、持ってきた小さな壺に入れて、その家庭の名前を書いた紙を巻き付ける。いい味噌なら専属契約をしてもいい。
作っていた樽も、その家の名前を書いて次元箱に収納する。醤油についても同じように、樽だけでもいいことにする。ただ、醤油を作っている家は少なかった。
「大豆はどのぐらい栽培していますか」
醤油を作っている村人に聞くと、
「畑というよりは、空き地で勝手に育っているという感じかのー」
ということだった。もったいない。なんとか大規模栽培ができないだろうか。また、相談だな。
「そのダイスも、分けてもらう事ってできますか」
「まだ叩いてないのなら、たくさんあるぞ。持って行けるならみんな持っていっていいぞ」
さやごとということか。それでもいいな。
納屋に積み上がっていたのをまとめてアイテムボックスに送る。固まる村人。ごめんなさい。調子に乗りました。
5月下旬は丁度大豆の種まきの時期だ。畑というよりも空き地に適当に蒔くらしい。蒔く場所は毎年変えている。なるほど、連作障害について理解しているということだ。
「空き地にまだそのままになっている大豆があったら刈り取っていいですか」
村長に伺いを立てた。
「いいぞ、そうしてもらえるとありがたい」
よし、許可はもらった。
(真色眼 対象さやつきの大豆 発動)
ピコン! ピコン! ピコン! ピコン! ピコン!
ピコン! ピコン! ピコン! ピコン! ……
「おお、たくさんある。全部収穫だ!」
様々な空き地にさやのまま放置されている。家族の分だけならそんなに必要ないということだな。
「サクラさん。風の加護で収穫手伝ってください」
「任せて!」
ひょいっとサクラさんをお姫様抱っこで持ち上げて、全身に神力の身体強化を掛ける。
「行きます」
一番遠い場所までだいたい5キロメートルほどだ。5分ぐらいで到着した。時速60㎞位出ていたか。相変わらずつくも(猫)の神力はでたらめだ。
一面に枯れて茶色くなった大豆がさやごと立っていた。地面に落ちてしまった大豆も多そうだ。
「さやを風で振動させてください。豆が飛び出しますのでそれを銘柄指名してアイテムボックスへ転送します」
私だって、進化しているのだよ。収納へ転送する物を指定できるようになったのだ。
「わかった」
サクラさんが集中する。どんな風にするかをイメージしている。
「風よ渦になり地面を這え」
竜巻のような小さな風の渦がいくつも地面に現れた。それが一列に並び地を這うように進んでいく。揺らされたさやから大豆が飛び出す。
「銘柄指定 対象大豆 転送」
浮かんでいる大豆が一瞬で転送された。地面に落ちていた大豆はこれから芽が出るはずだ。そのままにする。
「ここは終了です。あと数十箇所あります。急ぎますね」
「神力風の道 認識阻害で発動」
透明な風の渦が次の場所まで伸びている。そこに2人で飛び込む。あっという間だ。15秒ほどで目的地に着く。
やり方は同じだ。テキパキと効率よく作業を進めていく。全ての大豆の収穫が終わったのは、丁度お昼頃だった。
次話投稿は明日の7時10分になります




