007 キリヤ島
『大樹の森編』の続編になります
入り口の町を出発してから、5日目の朝が来た。
なんだろう、みんなの顔がテカテカ光っているような……? 脂身の食べ過ぎか……。
「作戦会議をします」
エルがみんなを招集した。
シンティが、地図が貼られたままの黒板を用意する。
「行き先と、今後の予定の確認をします」
エルが私を見る。ああ、そうか、ナツメさんの事を伝えないと。
「これから行くのはここです」
アステル湖南西にある小さな島を指さす。
「キリヤ島は、面積が入り口の町とほぼ同じぐらいの島です。一応無人島ということになっていますが、ときどき魔術学院の学生が調査に訪れているみたいです」
「今は学院もお休みだから、たぶん学生もいないわよね」
シンティが心配そうに聞いてきた。
「いても、島は広いですしベニザクラ号を認識できませんから、問題ないですね」
シンティがホッとした表情をする。まあ、見つかると面倒だからな。
「ここからだいたい300キロメートルです。風の道を使えば3時間で着きます。お昼はキリヤ島で食べられますよ」
みんなの顔がテカリと光る。
「ここで3日間過ごします。そうすると、入り口の町を出発してからから8日後ということになります。少し戻って、王都へ続く道に行きます。そして、そのままベニザクラ号で王都に入ります」
「貴族の連中は大丈夫なのか」
イグニスが聞いてきた。
「予定よりも2日早いです。私達の動きも見失っていますから、たくさん待ち構えてはいないでしょう」
「ああ、なるほど、ちゃんと王都に入りましたよと言う証拠作りね」
シンティが鋭い。
「その通りです。きっといるのは見張りと伝言役だけです。『今王都に入りました』といろいろな貴族に知らせてもらわないとこちらとしても困りますからね」
そう言って、私がにやりと笑うと、みんなもテカる顔でにやりと笑った。
「それから、ナツメさんが多分キリヤ島に来ます。ちょっと打合せをしておきたいことがあるので、私が案内をします」
みんながテカッとおでこを光らせて、うなずく。
「では、みなさん出発しましょう」
サクラさんの風の道がキリヤ島に向かって伸びていった。
「本当に湖の上ね。下に地面がないわ」
マーレさんが下を見ながら感激している。
つくも(猫)の神力で守られているの意味はよく分からないが、絶対に落ちないという確信は持てた。なら、旅を楽しもう。
まあ、そんなところだろう。風の森パーティーのメンバー全員がはしゃいでいる。
「ここならうじゃうじゃも溺れるからいない。安心」
いや、別の何かがきっとうじゃうじゃいると思います。
ここは王都に行く船の航路でもない。漁船が存在するのかは知らないが、これだけ広い湖なら遭遇することもないだろう。まあ、いてもベニザクラ号を認識できないんだが。
何の問題もなく、3時間後、キリヤ島の東側にベニザクラ号は上陸した。
さて、一応な!
「真色眼発動 範囲半径30キロメートル」
大きな魔物はいない。敵意をもった人間もいない。平和な島だ。
「みなさん、危険な動物や敵意をもった人間もいません。ただ、島の西側に数名の人間がいます。ここからかなり離れているので、多分会うことはないでしょう」
私がそう告げると、
「本当に便利な能力よね。いろいろ聞かないけど神力ってでたらめな力ね」
シンティが容赦なく突っ込んできた。みんなもうんうんとうなずいている。でも、これからのことを思うと早く慣れてもらうしかない。
「ねこちゃんとカナデさんなんだから当然です」
サクラさんがぶれない。本当に素直ないい子だ。
「では、お昼はいつものように夕飯用のお弁当です。その後は、手分けをして島の調査をします。イグニスさんが指示を出してください。問題ないようなら、明日からの2日間は自由行動にします。料理長、何か手伝うことはありますか」
エルが猫にお伺いを立てる。
「野菜があるかだけ確かめておけ。それと、魚だ。どんな魚がいるか調べておくように」
「了解しました」
全員が敬礼をする。
「おれは、ナツメさんが来たら抜けさせてもらうよ」
イグニスにそう言うと、
「ああ、わかっている。ただ、野菜の調査だけ、あの力つかってくれ、その方が早い」
「わかった」
野菜の調査はすんなり終わった。山菜が豊富にあった。春の七草のような食用の草も数種類見つけた。
みんなで手分けをして収穫した。
かごに山菜が山盛りになった頃、1台の樹魔車両が島に近づいてくることに気がついた。
「イグニス、ナツメさんが来たようだ。抜けていいか」
「ああ、大丈夫だ。後は任せろ」
ややメタリック調の青い樹魔車両が近づいてくる。速度は時速30㎞ぐらいだ。低速も安定している。S級は伊達ではない。
島の上空を少し旋回してから、海岸沿いの砂浜に静かに着地した。
「ナツメさんお久しぶりです。わざわざ来ていただいてすみません」
「相変わらず丁寧な物腰だね。探求者というのはみんなそんな感じなのかい」
青い髪の精悍な顔立ちのエルフが樹魔車両から降りてきた。
ん、もう一人いるぞ。だれだ?
さすがにナツメさんが連れてきた人だ、真色眼は失礼だろう。発動はやめて、ナツメさんの紹介を待つ。
「紹介するよ。私の息子のリムケンだよ」
おお、1回目の契約者との子どもだな。
エルフの結婚はほとんどが期間限定の契約だ。ナツメさんの1回目の伴侶はもう他界している。
「カナデさん。初めましてではないんですよ。分かりますか」
え、どこかであったか。人の顔を覚えるのには自信があるが、意識して覚えないと記憶に残らないんだよな。
そう、『ラウネンはゴリラ』そんな風に関連付けて覚えているのだ。
私が困惑していると、
「よかったよ、カナデにも覚えていないことがあるんだなと安心したよ」
そんな、人をAIかなにかと一緒にしないでくれ。
「C級スター試験の受験番号10番ですよ」
あれ、棄権したって試験官が言っていたよな?
「棄権した人ですか」
「そうです」
「私が、サクラの事で手をぬくと思うかい」
ナツメさんが目を細めて笑う。
「思いません」
「息子は保険だよ。メニーケがポンコツだからね。イローニャに負けそうだと判断したときは、息子が本気を出してトップ合格を確保する。そんな計画だったのさ」
「カナデさんが身体強化を掛けて、淡々と回答している姿を見て、ああ、問題ないなと判断したんです。だから棄権しました」
まじですか。
「ふふふ、カナデのそんな顔を見られて満足だよ」
ナツメさんがとても嬉しそうに笑った。
次話投稿は明日の7時10分になります




