069 変人バカ王子の称号
下の5の日つまり5月25日になった。日本の感覚だと今日は金曜日になる。明日とあさっては学院は予備日なので、基本教室での授業はない。あるのは実技のみだ。学生達にとっては一番楽しい時間になる。
私達は、アルエパ公国の味噌と醤油を作っている村に行く。なので、アステル湖にある5島調査はお休みだ。
「おれの専攻は2の時間からだから、それまでは生徒会室にいるよ。生徒会長といろいろ相談しないといけないからな」
サクラさんの目が輝いた。「お仕置き!」と小さくつぶやいている。危ない世界に行きそうで怖い。
「わかりました。学級の時間が終わったらぼくも顔を出してみます」
金曜日の学級は芸術関係の授業だったよな。どんなことをしているのか、ちょっとだけ気になるぞ。生徒会長との約束の時間までまだ少しある。少しだけ覗いてみるか。
「ジェイド、まだ時間がある。ちょっとだけおれも一緒にいていいか」
「もちろんです。歓迎します」
教室に入るとあいつがいた。
「おや、今日は役立たずの騎士も一緒なのですわ」
くそ、縦ロールめ、おまえの軽はずみな発言で大変な目にあっているんだぞ。少しは自覚しろ!
「一つ謝罪しますわ。魔法学園との試合は私の軽はずみな発言の結果よ。ごめんなさい」
う、そう直球で来られると、対応に困るな。
「リアスさん。魔動機関貴族に常識がないだけですよ。気にしないでください。それに、どんな卑怯なルールを考えても、カナデさんが負けることは絶対にありません」
ジェイドがどや顔で演説をしている。美少年は何をやっても絵になる。周りの女生徒たちがうっとりとしている。
「もちろんですわ。わたくしだって、そう思っていますわよ。おほほほほ」
縦ロールはこっち方が似合っている。ジェイドありがとな。
「リアス。たぶん、魔術学院対魔法学園の総力戦になる。魔術と魔法の対決だ。ちょっとワクワクしないか」
「こんな不利な状況でも楽しめるのですね。ちょっと、見直しましたわ。ペリティア公爵家としても協力は惜しみません。長年の魔動機関貴族との因縁に決着を付けるいい機会ですわ。無様に負けて、試合会場で言い逃れができないように徹底的に根回しをしておきます。安心しなさい」
なんか、ラウネンと同じこと言っているぞ。ちょっと心配かも……。
「ありがとな、でも、ほどほどでいいぞ」
ふん、とそっぽを向いて行ってしまった。ツンデレか。
さて、見せてもらおうか、異世界の芸術教育とやらを!
このクラスの担当教授は、王都にある大劇場の楽団員を兼ねている実力派だった。教室に入ってくるなりいきなり演奏をはじめさせた。楽器は全て個人持ちになる。日本で言えば、リコーダーを全員が持っているような感覚だ。
音楽室に行けば、演奏に必要な楽器はそろっている。しかし、それを使っているのは課外活動の学生だ。どこの世界でも専門の楽器はそれなりのお値段がする。簡単には貸し出さない。
このクラスは高等部2学年のAクラスになる。1学年のAクラスのようなギスギスした感じはない。きっと、リアスがしっかりまとめているからだろう。この娘に逆らえる貴族は限られる。
いい具合に音が重なり美しいハーモニーが奏でられていたところにリアスに逆らえる数少ない乱入者が現れた。
「なかなかいい音が出ているね。さすがはAクラスだ。でも、私のレベルにはいくら練習しても届かないけどね」
レオーフ州王国王太子の『ミリコス』が演奏中であるにもかかわらずドアを開けて入ってきた。これだけで音楽家としては失格だろう。
「ミリコス殿下、今は授業中それも演奏中ですよ」
教授が抗議をするが、それを無視してリアスの元にずかずかと近寄ってきた。そして、私とジェイドを見ると、ニヤリと笑った。
「なんと、騎士がいるではないか。手間が省けたよ。どうだい、取引しないか。おまえが負けをここで認めれば、サクラシア様の事は見逃してあげるよ。私が欲しいのはそこにいる芸術品だからね」
そう言って、物を見るような目つきでジェイドを見下ろした。
「いいねえ、美しい。私の専属モデルにしてあげるよ。光栄に思いなさい。それと、騎士はケルデース商会のお抱えになる予定だからね。大富豪に雇ってもらえるんだ。平民としては大出世だよ。嬉しいだろう」
なんだろう、このバカ王子は何かものすごい勘違いをしているようだぞ。
「ミリコス殿下、それは試合の申し込みということでよろしいですの」
頬をヒクヒクさせながら必死で怒りに耐えているリアスが確認する。
「試合なんて必要ないだろう。芸術だよ。練習したからどうにかなるものじゃないんだよ。才能が全ての世界だ。勝つのは私なんだから今直ぐ負けを認めさせれば終わりだよ」
どこまでも持論を主張し聞く耳を持たない殿下。側近はどこにいる。なぜ止めない。
「それは殿下のお考えですわ。わたしくしたちとはだいぶ違う感覚のようですわね。本来は、生徒会室に申し込むルールでございますが、特別です。ここで申し込めばこのわたくしの権限で即刻受理して差し上げますわ」
リアスが仁王立ちで殿下に詰め寄る。他の女子生徒達からもなにやら怪しいオーラが立ち上がっている。さすがにこれは良くない雰囲気だということを感じ取ったのか、
「しかたないねー。時間の無駄ではあるが、試合を申し込んであげるよ」
「その申し込み受理いたします。試合方法やルールはどうなさるのですか」
「面倒だねー。後で要項を生徒会室に持っていかせるよ。それでいいだろう」
「了解しましたわ。では、授業中ですのでお引き取りをお願い致しますわ」
貴族ってすごいなー。ものすごく怒っているのに、それを顔に出さないで対応しているよ。おれには無理だ。
「騎士君、後悔するよ。これでサクラシア様もぼくの物になってしまうからね」
バカ王子はそう言って、優雅に入り口に向かって歩きだした。これだけの冷たい視線を向けられても平然としていられるなんて、王族ってすごいなー。おれには無理だ。
「塩でもまくか?」
リアスにそう言うと、
「何ですのそれ?」
キョトンとされた。
「騎士、ジェイド様へのあの仕打ち断じて許せません。コテンパンにやっつけなさい」
リアスに命令された。
「任せとけ、ボキボキに心とプライドを折って学院から放り出してやるよ」
パチパチと割れんばかりの拍手と歓声が上がった。ちょっと、いい気分かも。
「カナデさん、あの人怖いです」
かわいそうに、ジェイドが震えている。そうか、あの手の変人に耐性がないか。ジェイドにこんな怖い思いをさせるとは、許さんぞ。バカ王子!
まだ震えが治まらないジェイド。ねこちゃんペンダントの状態異常無効化も効果がない。何て恐ろしい変人スキルなのだろう。
そのまま生徒会棟に向かう。約束の時間をかなりすぎている。すまん、生徒会長。
生徒会室に入ると、会長が困惑した顔をしている。
「お、カナデ君来たね。早速で悪いんだが、ミリコス殿下から対戦の申し込みが来ているんだ。ただね、持ってきたのがケルデース商会のドモン会頭なんだよ。なんでかね」
本当に何がどうなっている。おれが知りたいよ。
「その申込書見せてください」
会長がテーブルの上に置いた。それを、ジェイドと一緒にのぞき込む。
「勝負は3戦ですね」
「1戦目がグループでの演奏勝負か。人数は5人で楽器は自由、一曲ごとに歓声の大きさを魔道具で計り勝敗を決める。なるほど、武術の『型』とおなじだな」
「一曲ごとって事は、勝敗が決まるまで演奏を続けるって事ですね」
「ジェイド、つまり、持ちネタが多い方が有利って事だよ」
「つまり、変人バカ王子が有利ですね」
おお、変人の称号がついたぞバカ王子!
「2戦目が個人戦か。つまりおれとバカ王子の一騎打ちだな」
「勝敗は、『精霊のダンス』という魔道具で決まることになっています。これ、聞いたことあります。ストラミア帝国の国立音楽劇団が所有している国宝級の魔道具ですよ」
「ジェイド君、それならおれも聞いたことがあるぞ。美しい音楽を聴くと精霊があらわれてダンスを踊るらしいぞ。本当かどうかは知らないがな」
「会長、本当のことです。今までにその奇跡が起こったのは3回だけです」
あり得る話だ。精霊は美しい事が大好きだからな。
「どれだけ金を積んだのか、それともストラミア帝国の思惑通りなのか、やってくれるよな、はぁー」
「カナデさん。3戦目です。えーと……バカじゃないですかね。ドモンもストラミア帝国も……」
「ストラミア帝国の国立音楽劇団とおれたちで勝負しろだと、まじかー。で、勝敗は……音量が大きい方が勝ちだと。あほかー、人数多い方が大きいに決まっているだろー」
「まったく、あの国の人たちには、恥ずかしいという気持ちがないんですかね」
「ないぞ! 勝つことが全てだ。そう言う思想の国だ」
「どうする。今回は殿下が直接申し込んだわけではないから、断ることもできるんじゃないかな」
「……」
「ん、どうしたのかな?」
「もう、受けちゃいました……ははは」
「……」
「カナデさん、帰ったら作戦会議ですね」
「ああ、そうだな」
グライヒグ、やってくれたな。あのバカ王子はこの内容を知らないだろう。今頃怒り狂っているぞ。何しろ、あの男のプライドを侮辱するごり押しの戦術だ。なるほど、案外、そこにつけいる隙ができるかも知れないな。
「会長、別件です。サクラさんがお仕置きが早くしたいとウキウキしています」
「……」
「どうしましょう」
「うん、頼んだのはこちらだ。早急に何とかする。役員と話し合うから、賢者殿、お知恵を貸してください」
「わかりました。いつ話し合いますか」
「今日の課外活動の時はだめだよね」
「はい、みんな一緒に帰宅しますから……ん、(レーデルさんのところからでも帰ることができるか)多分大丈夫です」
「たすかるよ」
「では、4時半に集合でいいですか」
「無難な時間だな。そうしよう」
「では、お昼になるのでこれで失礼しますね。この申込書は複製してありますか」
「ああ、3部入っていたよ。実行委員長、本人、学院長用だろう」
商人だな。そういうところは細かい。
「では、一部もらっていきますね」
「ああ、他の2部はおれが直接届けるよ」
「ありがとうございます。どちらにも、絶対負けないしボキボキに心とプライドを折ってやるから安心しろと伝えておいてください」
「ああ、必ず伝えるよ」
笑顔で生徒会室を後にした。
「ジェイド、忙しくなるぞ」
「はい、楽しみです」
これで、3バカ王子全てからの挑戦が来た。一人目はすでに旅だった。残り二人にも、早急に退場してもらうとするか。さて、どうやって料理をしてやろうか。作戦会議が楽しみだ。
次話投稿は明日の7時10分になります
68話で今後の展開に関わる修正をしました。
魔法学園との戦いは『団体戦』だけです。
学長は隠れ家に行きません。
掲載予約後に出てきた修正だったので見落としました。




