003 狩りをしよう
『大樹の森編』の続編になります
ベニザクラ号は、エレウス王国の密林地帯を歩行型で進んでいる。大樹の森と違うのは、植物の多様性だ。特に蔓の状態で成長していく種類が多い。なので、ベニザクラ号も歩きずらそうだ。
ペンテとテネリは、自由を満喫している。いろいろな昆虫や小動物がいるのでそれを構うのが楽しいらしい。ベニザクラ号の周りを走り回っている。
御者台にはみんなが順番に座っている。樹魔である『紅』と『白』がとても優秀なので、サクラさんでなくても操縦者が務まるからだ。これは嬉しい誤算である。
旅は順調に進んでいた……ように見えた。
「緊急会議が必要になりました」
エルがみんなを招集した。といっても、もともと全員が同じ部屋にいるのだが。
「食料が足りなくなりそうなんです」
マーレが神妙な顔でそう言った。
「えっ」と、みんなが固まった。
「どういうことよ『……だ』」
イグニスとシンティの声が重なる。ドワーフ族にとっては大問題だ。
「イグニス達にも責任がありそうなのよ」
マーレが少し心配そうに2人を見る。
「カナデ君、おやつはどの次元箱に入れていましたか」
エルがいくつかの次元箱をテーブルの上に置いた。
「確か、黄色の次元箱だったと思います」
えっ、という顔をするドワーフ族の2人。
「青の次元箱には、お昼を入れていたんですよね」
エルが確認をする。
赤が朝食、青がお昼、緑が夕食と、色分けで区別できるようにしておいた。そして、お昼はパンではない、ちょっと嗜好が変わったものを選んで入れておいたはずだ。
「すまん、青がおやつだと思って遠慮なく食べてしまった」
イグニスがうなだれる。
「うちも……。ずいぶんボリュームのあるおやつだなーと思っていた」
シンティもうなだれる。
「すみません。これは私にも責任があります。きちんと伝えていなかったかも知れません」
見ればおやつかお昼かが分かると考えていた。失敗だ。ドワーフ族の食欲を舐めていた。ビオラ様が言うように、カルコス親方にドワーフ族の事を聞いておくべきだった。
「みんな、何で深刻な顔しているのよ。ここは森よ。周りは食料だらけじゃない。」
サクラさんが、「何の問題もないじゃない」と、笑顔でそう言う。
「ククク、私達は冒険者。食糧確保はお手の物」
クエバさんが、顎をクイッと横に振り、イグニスに「早く行け」と合図をする。
イグニス達の顔つきが変わった。
リーウスが、自分専用の鞄型次元箱から必要になりそうな物をとり出し始めた。
マーレもイグニスも、自分の鞄を取りに行く。
クエバさんは、特に用意をするものはない。立てかけてある魔法の杖を握るだけだ。
サクラさんありがとう。嫌な雰囲気になるところだったよ。
さて、一応な!
(真色眼発動。範囲半径3キロメートル)
神様からもらった力の1つ。私や私が守りたい人たちに害をなす存在を、赤玉、黒玉で教えてくれるのだ。
うん、イグニス達の脅威になりそうな動植物はいない。大丈夫。
「みなさん、半径3キロメートルには、特に危険なやつはいませんが、毒をもったのがちらほらいますので、毒消しのポーションもっていってください」
そう言って、黄色の毒消しポーションを手渡す。
「ありがとな。どうやって調べたかは聞かないぜ」
そう言って、イグニス達は森の中に消えていった。
1時間ほど経っただろうか。イグニス達が戻ってきた。
「何というか、弱いぞ。この森の生き物たちは……」
イグニスがあきれたような表情だ。
「ほんとよ。大樹の森の1層ぐらいのレベルよ」
マーレさんも困惑している。
「ここ、濃い緑の密林ですよね。変ですよね」
リーウスも首を傾げる。
「うじゃうじゃがみんな小さい。踏み潰しそうだった」
クエバさんもめずらしく神妙だ。
でも、どういうことだ。大樹の森の6層レバルの脅威度のはずなんだが……?
「いいじゃない、弱いなら怪我しなくていいし狩も楽でしょう」
サクラさんがあっさりと流した。確かにそうですね。
風の森パーティーのメンバーも顔を見合わせ、まあそうかと気持ちを切り替える。
「さて、こいつらどうする」
イグニスがAランクが持てる容量が大きい携帯用次元箱から獲物を取り出した。
うん、うさぎだ。普通のうさぎだ。そりゃー弱いです。
「大物は、向こうで血抜きをしているから後でな」
ですよねー。大物いますよね。ああ、びっくりした。
みんなで顔を見合わせた。そうなのだ、大樹の森では、その場で食肉処理などしないしできないのだ。
「前にやったことがあるので、私がやりますね」
この異世界に転移してきた最初の10日間で、つくも(猫)に教えてもらったから多分できるだろう。
つくも(猫)の時は、兎に似た鼠の魔物だったけど、まあ、体のつくりはいっしょだろう。
ナイフはさすがに今はある。神装結界のナイフの方が切れ味がいいのだが、今は自重しよう。
つくも(猫)に教わったことを思い出しながら、何とか処理を済ませた。
「結構手際がいいな、どこで習ったんだ」
冒険者独自の特殊な力ではない、イグニスも気兼ねなく疑問点を聞いてきた。
「コパンさんの師匠です」
ん? そんな人いたっけかなと、必死に考えているイグニス。
いますとも、そこで丸くなって寝ています。
アンモニャイト状態で寝ているつくも(猫)を見る。
サクラさん達が必死で笑いをこらえている。
そう、つくも(猫)が『神獣様』であることは、まだ風の森パーティーには教えていない。早く話しておかないと、いろいろ面倒そうだ。
私が食肉処理をしている間に、クエバさんが融合魔法でかまどを作ってくれた。本人に属性がなくても属性がある人がいればその魔法が使える。融合魔法は万能魔法だ。
火はシンティが魔法で作る。薪は、マーレさんが見つけてきた。足りなかったらマーレさんが若木を魔法で乾燥させることができる。
いや、なんだろう。魔法がある世界だとキャンプというか野営が本当に楽ちんだぞ。
肉がジュージューと音を立てて焼けていく。食欲をそそる臭いが辺りに充満する。みんながジュルリとつばを飲み込む。
「もう焼けたんじゃないか」
イグニスがもう待てないという顔で懇願する。
「そうよ、もう十分よ」
シンティもよだれが出ている。見なかったことにしよう。
うん、確かにもうよさそうだ。
骨付きの大きいのをよだれを流している2人に渡し、小さめのを切り分けて、皿にのせてほかのみんなに手渡す。
「もう待てない食べるわよ」
シンティが肉にかぶりついた。イグニスもかぶりつく。
「……」
2人が微妙な顔をする。
さて、なんだろう。石でも付いていたか?
私達も肉を口に運び咀嚼する。
「……」
なるほど、2人の反応の理由が分かった。
「味がないわね」
マーレさんがぼそりと真実を言う。
魔物の肉は、魔素がたっぷり含んでいて味が濃いのだ。その味に慣れてしまっている私達には、普通の動物の肉は、味がないと感じてしまうようだ。
「……」
さっきまでのテンションが嘘のように、みんながひたすら咀嚼する作業だけに集中する。
ああ、焼き肉のタレが欲しい。作るか……。
「まったく、しかたがないな」
どこからか声がした。
みんなで顔を見合わせて、自分ではないと首を振る。
「どれ、俺様が焼いてやろう。さっき言っていた大物をもってこい」
猫がしゃべっていた。
固まる風の森パーティーのメンバーたち。
「カナデ、肉を切り分けてもってこい」
猫が命令をする。
「どの部分が欲しいの」
「そうだな、今回はモモだけでいいな」
「わかった」
私が肉を取りに行くと、なるほど、猪だ。しかも魔物化していない普通の猪だ。
体長が1メートルぐらいの立派な猪だ。野生としては十分強い部類に入るだろう。でも魔物ではない。弱いのは当然だ。
太ももを、神装結界で作ったナイフでスパッと切り分ける。それをもってみんなの所に戻った。
イグニス達はまだ固まったままだ。うつろな目でつくも(猫)を見ている。
「火力が弱いな」
つくも(猫)が神装結界を纏わせた爪で近くの丸太をスパッと輪切りにする。それを縦割りにして薪状態にした。
「マーレ、乾燥魔法を使え」
猫がマーレに命令をする。
マーレはフラフラと立ち上がり、体内魔力を高めてから
薪の水分を蒸発させた。
「うん、上出来だ」
猫が褒める。
「シンティ、火力は強めで熾火にしろ」
猫がシンティに指示を出す。
「分かったわ。エル手伝って」
シンティが火魔法で薪を燃やす。出来上がった熾き上の薪を、エルが土魔法で保存する。
「炭ではないからな。うまく『遠赤外線』はでないだろうが、まあ仕方ないな」
「カナデ、神装結界で網だ」
猫が無茶な要求をする。
イメージだ。焼き肉の網のイメージだ。集中しろ。
「神装力第三権限開放」
「神装結界 イメージ焼き肉の網」
見事な紅色をした焼き肉用の網ができた。うん、やればできる。おれ頑張った。
網を熾きになった薪の上にのせる。高さはエルが土魔法で調節する。
「さて、猪肉か、モモ肉の厚切りステーキだな」
猫が爪を伸ばす。
シュパッと、モモ肉を厚切りのステーキ肉に加工する。それを、丁度いい火加減になった網の上にのせて焼く。
「カナデ、約4分だ。下から5ミリほど白くなったら裏返す。牛肉ではないからな、最初は様子見だ」
「寄生虫は大丈夫なの」
「ああ、神力で除外した」
「わかった。じゃ安心だね」
「塩コショウは、まあ、今回は焼きながらだな」
そう言いながら、何もない空間から、塩コショウが入った小瓶を取り出す。
「あ、それ私がやりますね」
黙って成り行きを見守っていたサクラさんが味付け役の助手をするようだ。
「ねこちゃん、指示出してね」
サクラさんがウキウキしている。
肉が焼ける臭いが辺りに漂う。さっきとは違う。明らかに違う。
「流水血抜きはしていないからな、コショウ多めだ。臭いを消す」
猫が細かい指示を出す。
サクラさんがうなずく。
時間が止まったように、静寂が訪れた。いつもうるさいメンバーが無言で固まっている。
パチパチと火が弾ける音だけが暗闇に吸い込まれていく。
「よし、いいころあいだ」
猫が満足そうに瞳孔を狭めて尻尾を激しく左右に振る。
猫の爪が伸びた。そして、シュパッと肉を切り分けていつの間にか出てきた木の皿にのせる。それをイグニスとシンティの前に置いた。
「食べてみろ」
猫がおもてなしをする。
恐る恐る皿を持ち上げ、肉を木の棒で刺して口に運ぶイグニス。
それをじっと見つめる猫。
その様子を、興味津々で見ているサクラさんとエル。
イグニスが肉を咀嚼する。
「んんんん……うめーぇぇぇぇぇー」
イグニスが吠えた。
その様子をみていたシンティも肉を口に運び咀嚼する。
「うーん、おいしいー」
シンティの笑顔が弾けた。
後は無言で肉を食べる2人の食いしん坊。
「ほら、おまえ達も食べろ」
猫が賄いをする。
クエバ、マーレ、リーウスが、皿を受け取り肉を口に運ぶ。
「うーん 何これ、肉に弾力があってすごく柔らかいわ」
「油がジュワーってひろがって甘いっす」
「美味」
幸せそうな顔で肉を食べる『風の森』パーティーのメンバー達。猫がしゃべったことなどもうどうでもいい。今のこの幸せな時間を大事にしたい。そんな感じだ。
「さて、私達も食べましょうか」
サクラさんが肉を切り分けて皿に盛り、それを私達に渡してきた。
猫がどんどん肉を焼いている。
「うん、猪肉の臭さがないね。美味しいよ」
「焼き方でこんなに味が変わってしまうんですね」
「この肉を食べちゃうと、もう他の肉は食べられなくなりそうね」
この旅の料理長は、つくも(猫)になりそうだな。
何となくそんな予感がする。
肉を味わいながら、そんなことを私は考えていた。
次話投稿は明日の7時10分になります




