023 エレウス王との密談 ★
エレウス王城の玉座の間に、3人の男女が集まって何やら深刻な話をしていた。
エレウス王の懐刀である『キュリンドル』が、聡明さを隠そうともしない風貌をした男に話しかけた。
「10層抵抗勢力の貴族達が活発に動きだしました」
「そうか、予想はしていたが意外に早く動き出したな」
「一番大胆に動いているのが、州国の小麦貴族達です。昨年度の収穫量も過小に報告しています」
「ごまかした量をストラミア帝国に売るためだな」
「はい、ストラミア帝国の砂漠化がだいぶ進んでいます。小麦は高値で売れます」
「その帝国から圧力も掛かっているのだろう。足を引っ張れとな」
「はい、間違いなくそうです」
「他の貴族達はどうなっている」
「エレウスの上級貴族はまとまっています。2000年の悲願達成のために協力を惜しまないという書簡が届いています」
「エレウス王国の悲願だからな、当然だろう」
「中級、下級は、様子をみている感じですね。特に州国と隣り合っている領地はその様子が強いです」
「今の代の州王はみな優秀だ。状況をしっかり把握して動いている。しかしなー、次の世代がみんな凡人だ。あれでは他国や自国の有力貴族に取り込まれてしまうだろうな」
「はい、そして、州国貴族はみな、10層攻略に懐疑的です。10層に誰かが行ったとして、何か変わることがあるのか、そう思っています」
「まあな、その気持ちは理解できる。もう少し、何か強力な説得手段は欲しいな」
「やはり、姫様に動いていただきましょうか」
「姫よりもカナデ君という探求者が案外鍵なんじゃないかな。そんな気がするぞ!」
この人の勘はよく当たる。本当にそうなのだろう。連絡を取ってみるか、ああ、探求者といえば、まだあのことを伝えていなかった。
「陛下、例の3人の王子は予定通り、大勢がいる前で一方的に婚約破棄を言い渡しました」
「そうか、なら廃嫡の言い渡しはいつにする」
「それが、ちょっと困ったことになっています」
「どんなことだ」
「サクラシア様が、自身との婚姻が可能になる可能性を作ってしまいました」
「はっ、言っている意味が分からんぞ」
「3人の王子に対して、カナデ様と勝負をし、もし勝つことができたなら望みを何でもひとつ聞いてあげると入学式で宣言してしまいました」
「……あの姫にも困ったものだ」
そう言って、傍らに控えていた自分の護衛騎士を見た。
「あの子のことは、私の一族の誰もが止められません」
そう言ったのは、長い金髪の髪の毛をさっとひとまとめにしたポニーテールのエルフだった。
「アルティーヌよ、おまえでもだめか」
「無理です」
「ふー、なら、確かに誰も止められないだろうな」
「探求者であるカナデ君が負けることはないだろう。なら、任せるか」
「はい、負けることはないでしょう。しかし、王子達が素直に廃嫡を受け入れるかどうかは、負け方によって、違ってくると思われます」
「ああ、理解した。もう少しで勝てたのに、という負け方だと、受け入れない可能性があるな」
「はい、そうなりますと、廃嫡ではなく処分対象になってしまいます」
「当たり前だ、エレウス王命の婚約だぞ。本来なら断った時点で処分だ」
「それだと、協力者に名乗り出てくれた彼女たちに辛い思いをさせてしまいます」
「うむ、確かにな……」
話が行き詰まり、沈黙が訪れたとき、玉座の間のドアが静かに開いた。しかし、そこには誰もいなかった。
「なんだ、どうなっている。外にいた護衛は何をしている」
「陛下、何かがいます。空間が揺らぎました」
身構える2人の男、
「大丈夫です。あれは神聖なる力です」
アルティーヌがそう言って、静かに跪いた。
突然、目の前に魔術学院の学院長である『ペルビア』と猫が空中に浮かんでいるのが見えた。
ペルビアが静かに床に降りたち、エレウス王に進言した。
「神獣様でございます」
そう言って、静かに跪いた。
状況を理解した王が、自身も跪こうと動いたとき、猫が口を開いた。
「その行為はしなくてよい。俺様は、おまえと話がしたくて来たのだ。賢王よ」
エーデルシュタンが顔を上げると、そこは白い世界だった。アルティーヌ達には色がなく石のように固まっていた。
「安心しろ、俺様が、この部屋の中だけ時を止めたからだ」
(俺様の時間停止はこれが限界だ。まだまだだな)
猫は世界樹の精霊の見事な時間停止を思い出して、悔しそうに小さくつぶやいた。
「さて、賢王よ。おまえは10層に何があると思っている」
「わかりません」
「では、なぜ10層に拘る」
「冒険者2000年の悲願だからです」
「それは、あの3人の王子達の命よりも大事なことか」
猫の瞳孔が狭まり線になる。
「……」
「まあ、いい。俺様はその事でおまえを責める気はない」
猫が耳をぴくぴくと動かし、後ろ足で掻いた。
「10層には多分可能性しかないぞ」
「それはどんな可能性でしょうか」
「それは、すべてサクラが決めることだ」
「神獣様は、関わらないのですか」
「俺様は、カナデの守護者だ。カナデ以外に興味はない。ただ、カナデが望むことは、俺様が望むことだ」
そう言いながらも、猫の気持ちは揺れていた。サクラ達に対する自分の感情がカナデに対するものと同じだからだ。
「賢王よ、おまえに頼みが2つある」
エーデルシュタンがうなずく。
「1つ目だ。カナデがあの3人の王子と勝負をする。カナデは高度な文明と価値観の中で育っている。命を大切に扱う思考しかできない。そこを考慮してくれ」
「具体的には何をすればいいのでしょうか」
「公平な試合ができるよう、ペルビアと相談して取り計らってくれ。3人の公女達が、あの王子の希望を打ち砕くようお願いに来た。カナデが手加減することはない。王子達に希望は残らない」
「わかりました。必ずやそのように致します」
「2つ目だ。船を作る準備を進めてくれ。それも、外洋を航海する大型船だ。この意味が分かるか」
「まさか……。本当に存在しているのですか、創世大陸が……」
「さあな、だが、これも可能性の1つだ。そして、サクラはきっとこの可能性を選ぶはずだ」
驚愕するエーデルシュタン。
「これは、おまえへの前渡しの謝礼だ」
そう言って、直径30センチはある巨大な魔石を何もない空間から出して、そっと、床に置いた。
「精霊の頼み事を邪魔したのでお仕置きをした。これは9層にいる蟻型の魔石だ」
「9層に行ったのですか」
「世界樹の精霊に頼まれたからな」
そう言って、猫はペロリと前足を舐めた。
「それと、こっちは大型船の動力だ。ストラミア帝国の技術が必要になるだろう。カナデ達の準備が整うまでしっかり保存しておけ。人目に触れると争い事しか起きないぞ。気をつけろ」
そう言って、直径100センチはある巨大な魔石を、やはり何もない空間から取り出して、そっと床に置いた。
「こっちは、蜈蚣型だ。多分9層の主だったやつだ。そいつもお仕置きしておいてやったぞ」
エーデルシュタンは言葉もなく、ただ巨大な魔石を見つめていた。
「これは、サクラがカロスト王国の王太子に言った言葉だ。『10層に行くことは確約なのです。あとは、どういう状況で行くかだけなんです』おまえなら、この言葉の意味が分かるだろう」
猫はそう言って、にやりと笑ったように見えた。
気がつくと、懐刀であるキュリンドルに、「陛下」と声をかけられていた。
周りに色が戻っている。アルティーヌの美しく輝く金色の髪が、キョロキョロと周りを見渡す度にしなやかに動いていた。
ペルビアは、まだ跪いたままだ。そして、床には巨大な魔石が2つ。鎮座していた。
(夢ではない。全て現実だ。さて、忙しくなるぞ)
「ペルビア、魔術学院の3バカ王子とカナデ君の試合のことで話がしたい。いいか」
「おおせのままに」
エーデルシュタンは、静かにうなずく学院長を見下ろし、こいつもこれから大変だろうなと、同情した視線を送った。
次話投稿は明日の7時10分になります




