021 婚約者達からの招待
大騒ぎの入学式の後、ニコニコ顔のサクラさんとあきれ顔のシンティと一緒に、これから過ごす事になる特A教室に向かった。ホームルームがあるからだ。
あの王太子達と顔を合わせるのかーと憂鬱な気分で教室に入った。いたのは、カロスト王国のボン様とクリシスだった。
苦笑いの2人に迎えられ、他の学友を待ったが1人も来なかった。どうやら初日からサボるらしい。先が思いやられる。
しばらくして、教室に1人の教授が入ってきた。隣にはエルがいた。
「僕が君たちの担任になったシオンだよ。よろしくね。こちらは僕の助手をしてくれるエルだよ。サクラさん達には紹介の必要がないかな」
そういって、優しく笑った。どことなくパーソンさんの雰囲気を漂わせているエルフだった。
「隠してもいずれ知れることだから正直に言うね。実は、この教室の担任になりたいという教授がいなくてね、仕方なく僕がやることになったんだよ」
うん、私でもきっと断る。
「なので、私にはこれをしたいということがないんだよ。君たちの方で何かやりたいことがあるかい」
うーん、今のところ思い浮かばないな。
他のみんなもそうなのだろう。黙っている。
「じゃあ、思いついたら研究室においで。歓迎するよ。ああ、ホームルームを毎日するってことはしないから、適当に来て適当に帰っていいよ。試験だけ受けて単位を取得するでもいいから、好きにしていいよ」
そう言って、にこにこしながらエルを残して帰って行った。どうやらこの教室は休憩場所のようだ。きっと、王太子達が来ないのも事情を聞いているからなんだろう。
特にやることもない。今日はとにかく疲れた。帰ろうということになった。
「学友君。その、君も大変なんだね。私にできることは協力するよ。何しろ私達の恩人だならね」
クリシスもにっこり笑ってうなずく。うん、ありがとう。頼りにします。
隠れ家に着いた。お昼までしばらく休憩だ。自室で横になる。窓から空が見えた。青空だ。
そう言えば、この世界って雨が少ない。でも水は豊富だ。不思議な世界だ。そんなことをぼんやりと考えていたら、いつの間にか眠っていたようだ。
ジェイドが体を揺すって起こそうとしていた。
「すみません、また起こしてしまって。でも、お昼です」
「気にするな、少し眠ったからスッキリした」
うん、気分はいい。疲れはない。
お昼は、パスタだった。ナポリタンだ。私の好きなメニューだ。つくも(猫)が気を利かせてくれたのかな。
お腹がいっぱいになり、頭もスッキリした。うん、いつも通りだ。
「作戦会議を始めます」
恒例の、エルが司会の会議が始まった。シンティが黒板を用意した。
「シンティから、だいたいの情勢を聞きました。他のメンバーはその場にいたからあらためての説明は省きます」
みんながうなずく。
「攻略対象を整理しましょう」
「カロスト王国の攻略は達成です」
シンティがカロスト王国と書き、赤いチョークで花丸をした。
「ウイルド州国の王太子は、ピエールです。婚約者はメトロン侯爵家の第1公女ペンティーレです」
シンティが黒板に名前を書いていく。
「シエン州国の王太子は、クラウドです。婚約者はネオドロス伯爵家の第1公女リクリスです」
「レオーフ州国の王太子は、ミリコスです。婚約者はカプロトス侯爵家の第2公女リューズリーゼです」
「最後に、ディスポロ商業公国の公太子はチャルダンです。婚約者はまだ姿を現していません。名前も分かりません」
シンティが全ての名前を書き終えると、
「これらの情報は全てジェイドが教えてくれました」
と言って、拍手をする。
ジェイド参謀、ありがとう。本当に頼りになるよ。
「では、ジェイド参謀より追加情報があります」
「婚約者は、全てエレウス王国の貴族でした。なので、侯爵家、伯爵家ではありますが、州国貴族の公爵家よりも身分は高いです」
なるほど、エレウス王国は、周りの王国を属国扱いにはしないで州国として自治権を保障し、エレウレーシス連合王国にしたということだな。
「その婚約が成立したのが、全て12月頃です。つまり、カナデさんがイローニャをコテンパンに負かした時です」
ああ、つながったよ。全てエレウス王の計画ということだ。
「つまり、全てがエレウス王の意志ということになります」
「なんでエレウス王が出てくるんだよ。別の国の王太子だろが」
イグニスが納得できないようだ。
「10層が動き出したからです。エレウス国は冒険者が作った国です。2000年の悲願達成のためなら、なんだってやりますよ」
なるほどと、イグニスも納得顔だ。
「これは、カナデさんが偶然にも聞いてしまったことです」
私が聞いたことは、帰りの車両の中で説明してある。
「王太子達は、もともとこの婚約に不満を持っていました。なので、カルミア様の言葉に直ぐに反応しました。ちょっと、できすぎな演出です。きっと、何か裏があります」
まあ、そうだろうな。そのうち明らかになるだろう。
「まあ、数日の内に3人の公女達からお茶会の招待状が届くと思いますよ」
外でつくも(猫)の神力を感じた。
「つくも(猫)様すみません。送ってもらってしまって」
猫がソフィア達を迎えに行ったようだ。便利な猫だ。
ソフィアがリビングに入ってきた。その後ろにはイディアもいる。
「生徒会長が落ち込んでいて、慰めるのに時間がかかってしまいました」
どんどん決まっていく生徒会の面倒事に耐えきれず、胃が痛くなり途中退場をしてしまったようだ。その事を気にして落ち込んでいたらしい。すまん。天然少女が暴走した。
「それでですね、3人の婚約者達からお茶会の招待状が届いたんです。なぜか生徒会室にです」
みんなで顔を見合わせた。今ジェイドが予想したばかりだ。予言者か!
「まさに今その話をしていたのよ」
シンティがびっくりしてそう言うと、
「そうなんですね。招待状の相手はカナデさんとジェイドさんです」
ん、サクラさんはいいの?
「サクラは招待されていないの?」
シンティも同じ事を感じたようだ。
「はい、2人だけです」
みんなで顔を見合わせた。
「行ってみるしかありませんね」
ジェイドが澄ました顔でそう言った。
招待日は明日だ。場所は、例の防音室だ。これは、学院長も絡んでいるな。
その日の会議は終わりになった。シンティが黒板に『3バカ王子』と書いて、それぞれの名前と矢印で結んでいた。うん、いい称号だ。
* * * * *
ここは、学院長と面談をした部屋だ。今ここにいるメンバーは、3人の公女、そして、私とジェイドだ。なぜか猫もいる。
一応お茶会の招待なので、それなりの準備はされている。
「カナデ様、いえ、探求者様、ジェイド様、お呼び出しすることになってしまい申し訳ありません」
それから、猫に向かって深々と頭を下げて、
「神獣様、お初にお目にかかります。ペンティーレと申します」
「リクリスと申します」
「リューズリーゼと申します」
と、挨拶をした。なるほど、全て承知の上での婚約破棄か。
猫はテーブルの上で丸まったまま、ひょいっと尻尾を上げた。
「今回の事情をご説明申し上げます。そして、私共からのお願いがございます」
説明役は、ペンティーレのようだ。
「私共は、全て、エレウス王、『エーデルシュタイン国王陛下』の指示で動いております」
予想通りだな。
「今回の婚約破棄は、そうなるように仕組まれた結果です。殿下達の性格を分析し、殿下達自ら婚約破棄を言い出すように計画されました」
「なぜだと思いますか」
リクリスが尋ねてきた。
「10層ですね。攻略するためには殿下達では役不足だと王が判断したのではないですか」
「その通りです。探求者様は全てお見通しですね」
いや、ジェイドのヒントがあったからだけど。
「平時の王国運営なら、周りの協力さえあれば殿下達でも何とかなったんです。でも、今は10層が動いているのです。いろいろな国が足を引っ張ろうとしてくるでしょう。そうなると、殿下達では取り込まれてしまう可能性があります」
ああ、シエン州国は既に取り込まれつつあるな。
「殿下達は、大衆の面前で私達を一方的に婚約破棄をした咎で廃嫡されます」
少しかわいそうだな。何とかならないのか。
「ただし、ちょっと計画に狂いが出ました」
ん、どういうこと。
「もし、殿下達がカナデ様に勝利をし、サクラシア様と婚姻を結ばれることになったら、全てがひっくり返ります」
おお、カルミア様は無実だ。加担していなかった。
ずっと黙って聞いていた、リューズリーゼが口を開いた。
「もちろん、私達もカナデ様が負けるなどとみじんも思っておりません。しかし、あのバカ王子達に希望を与えてしまったのです」
おう、やっぱりバカ王子なんだ。でも、希望って何だろう。
「それはどういう希望なんですか」
ジェイドも気になったようだ。
「彼らは、王としての資質は落第ですが、ある分野についての実力は一流なのです」
うーん、話が見えない。
「ピエール殿下は魔法の才能がずば抜けています」
「クラウド殿下は、体術、剣術など、格闘技の才能が一流です」
「ミリコス殿下は芸術分野の才能が一流です」
それぞれの婚約者が自分の相手の得意分野を説明した。
「つまり、その王太子の一流であるプライドを壊さない限り、廃嫡に異議を唱えそうだということですね」
「はい、もし異議を唱えてエレウス王に逆らえば、最悪処刑もあり得るのです」
全て理解したよ。ジェイドもそうだな。王太子達の未来を悲観している顔だよ。
「わかりました。あなた方の望みは、あの3バカ王子をコテンパンに負かして、プライドをズタボロにして欲しいということですね」
3人の公女達がにっこりと微笑んだ。
「そういう事情なら、手加減はしません。徹底的に心を折りにいきます」
ホッとして、静かに頭を下げた。
「それで、あなたたちはどうなるのですか。婚約破棄は何かしらの痛手になるのではないですか」
その言葉を聞くと、3人の公女達の表情がぱっと明るくなった。
おやー、どういうことだ。
「自由をもらえるのです。貴族というしがらみを捨てて、自由に生きられます」
ペンティーレが嬉しそうにそう言うと、
「私達は、平民になって入り口の町に行きます」
リクリスの声が弾む。
「3人で冒険者になり、パーティーを組みます。『これで活動停止だ』と宣言するのが夢です」
リューズリーゼが顔の前で手を合わせ、目をつぶって何かを妄想している。
『……』
ジェイドの目が点になっている。こんなジェイドは初めて見る。新鮮だ。
「……えーと、その時は声をかけてください。私も冒険者です。一緒に依頼を受けましょう」
「本当ですか。よろしくお願いします。教官!」
どこでそのネタを仕入れた!
公女達とのお茶会はお開きになった。
いろいろ突っ込みたいところはたくさんあったが、ようは、自分たちのせいで殿下達が処刑されるのは御免被るということだろう。
うん、わたしも誰かが死ぬのを見るのは嫌だ。全力で潰すよ。そう、決心をした。
次話投稿は明日の7時10分になります




