020 魔術学院の入学式
今日はいよいよ入学式だ。ちょっと楽しみにしている自分がいる。
ベニザクラ号は、歩行型で森の中をシャカシャカと進んでいる。既に認識阻害は解除してある。それは、学院に続く道にもう直ぐ出るからだ。
道には学院に向かう生徒の魔動車が数台走っていた。王都では、これが普通の姿だ。馬車は馬を養える財力がある大商人か、貴族は馬車で移動しなければいけないと思い込んでいる権力者達が使うだけだ。
ベニザクラ号は森の門から学院内に入る。そこに専用の停車場があるからだ。今日の牽引はペンテだ。テネリはお留守番をしている。
そこからテクテクと正門まで歩いて行く。学生がたくさん歩いている。この光景は久しぶりだ。
正門まで行くと、たくさんの馬車が停まっていた。貴族達の見栄の馬車だ。管理に相当のお金がかかるはずだ。貧乏貴族にとっては死活問題だろう。
そのまま馬車が入ってくる様子をみていると、偉そうな教授と思われる姿の男が近づいてきた。貴族枠の教授だろう。
「サクラシア様とその付き添いの方たちですね。お待ちしていました。でも、なぜ、馬車に乗ってこられなかったのですか。ここは格式高い魔術学院ですよ。常識ある貴族は馬車で登院するのが習わしです」
そう言ってから、魔動車で登院している学生の方を見る。
「最近は、あの様な乗り物で登院する学生が増えてきました。それに、魔物が引く車両で登院する学生も時々います。本当に嘆かわしい」
魔物って、きっと賢魔鳥のことだよね。
ブツブツとしつこくうるさいその男の前に、銀色の車両が停まった。ギンギツネ号だ。牽引しているのはリタス。そして、御者台にいるのはカルミア様だ。かっこいい。
周りにいるご婦人方がうっとりしている。
「やあ、サクラ待ったかい。ちょっと貴族の馬たちがリタスに怯えてね。手間取ってしまったよ」
ギンギツネ号からは、ビオラ様も降りてきた。
「リタス、待っている場所は分かるよね。行っていいよ」
賢魔鳥は本当に賢い。自分で待機場所に行き、静かに地面に丸まった。周りでは、怯えた馬がヒンヒンとうるさい。
「すみません。私達はもう行ってもいいですか」
貴族枠の教授の方を見ると、賢魔鳥とカルミア様を交互に見ながらセルビギティウムの紋章が入った旗をみて真っ赤になっている。
これは関わらない方がいいな。そっと、その場を離脱する。
カルミア様達は来賓用の部屋に向かったので、今は私とサクラさん、シンティ、ジェイド、ソフィア、イディアだけになった。エルは直接研究室に向かっている。猫は自由だ。
みんなでテクテクと講堂に向かって歩いていると、いました。あいつ達が! テロピールと取り巻き達。
クリシスを取り囲んで何やら話をしている。
クリシスがこちらに気がついた。
「ソフィアお姉様」
嬉しそうに駆け寄ってきた。
「何でおまえがここにいる!」
テロピールが思わずそう口走ってしまった。慌てて、口を押さえている。
「妹の入学式です。それに私は副会長です。いるのは当然だと思うのですが」
ソフィアがしれっとそう言うと、
聞いているのは『どうやって島を抜け出したんだ』だ。でも、ここでそれは聞けないだろが、とでも思っているのだろう。くやしそうに唇を噛む。
そして、近くにいる桜色の髪をしたエルフを見つける。
「な、サクラシア様……」
言葉が続かない。状況が理解できないのだろう。
空気を読まない天然少女が、クリシスに話しかけた。
「クリシス、ごめんね。もう少しソフィアを貸してね」
「はい喜んで!」
そのまま、陰謀者達を置き去りにして、クリシスもいっしょに歩きだす。
それをぼう然と見送る男達。
今はこれでいい。それに、テロピールはボン様の獲物だ。横取りはよくない。
講堂前は、学生達で賑わっていた。クラス分けの表示を見ている。一緒のクラスだと喜ぶ学生達。懐かしい光景だ。
サクラさん達のクラスはもう決まっている。特Aクラスになる。王族達が集まっている今回限りの特設クラスだ。まあ、その方がいろいろと都合がいい。
上級貴族達は、一般の学生達よりも遅く入場する。これは、単に余計なトラブルをなくすための物で特別扱いということではない。まあ、建前だが。
まだ時間がある。サクラさん専用の部屋が用意されているはずだ。そこで休憩だ。
私だけ部屋を出る。猫は護衛だ。
「真色眼発動」
一応な。用心するに越したことはない。
学院内に敵はいない。一安心だ。まあ、セルビギティウムの存在を快く思っていないやつは少なからずいるだろうが、今回は除外だ。直接の脅威ではない。
部屋に帰ろうとしたとき、いきなり近くのドアが開いた。王族用の部屋だ。
「だから何回も言っている。この婚約は仕組まれた物だ。どうして入学前のあの時期にいきなり婚約者が現れるのだ。可笑しいだろう」
どこかの国の王太子だ。誰だ。
とっさに認識阻害の神装結界を発動する。
「たぶん、殿下が余計なことをしないためですよ。サクラシア様に変なちょっかいを出してセルビギティウムに睨まれるのが怖かったんでしょう」
「ふん、それこそチャンスではないか。サクラシア様を妃に迎えれば、ストラミア帝国が大喜びだぞ」
「殿下、声が大きいです」
「ああ、すまなかった、迂闊だった」
そのまま、部屋に入っていった。
なんですとー。ここにもストラミア帝国がでてくるのか。
でも、変な話だな。サクラさんの入学が決まったのは、おまえ達が入ってくるからだぞ。たぶん、別の理由だろな。
またドアが開いた。違う王族の部屋だ。今度は何だ。
「殿下、考え直してください。婚約破棄だなんて、困ります」
「ふん、突然押しつけられた婚約者だぞ。おれは自由だ。それに、卒業までに自分で婚約者を見つけるのが本来の姿だぞ。父の言いなりになどならん」
そう言って、そのままどこかに行ってしまった。側近が慌ててあとを追って行った。
うーん、婚約破棄! 母がはまっていた乙女ゲームに出てきた言葉だな。異世界では有名なイベントらしい。
またドアが開いた。どうなっている。
「ぼくは決めたよ。この婚約は破棄する。入学前に突然押しつけられた婚約など、無効だよ。ぼくの美学に反するね。ぼくは、サクラシア様と結ばれる運命なんだよ」
そう言って、部屋に戻っていった。なんだろう、何かの芝居でも見せられたのだろうか。
それにしても、これは困ったことになったぞ。
思案していると、まだドアが開いた。いったいどうなっている。
「なんかつまらないね。公太子になったんだから刺激があるハラハラした事件が起こると思ってちょっと期待してたんだけどね。なんというか、普通だねー。偵察にも来ないのか。がっかりだよ」
そう言って、部屋に戻っていった。その台詞、ドアを開けて言う必要ありますか?
うん、攻略対象の王太子達が全員出てきたよ。入学式が荒れないといいんだけど……。
講堂には、生徒達がたくさん集まっていた。日本の学生のように並んで座ってはいない。それぞれが好きな場所に座っている。椅子は設置型の動かせない長椅子だ。
サクラさんは用意された場所がある。そこに座る。近くには、さっきの王太子達もいる。その横には、婚約者だろう。公女達が座っている。
会話はない。ぎずぎすした雰囲気だ。嫌な予感しかしない。
高等部の入学式に保護者は同席しない。それが慣例のようだ。それにしても、この王太子達は態度が悪い。椅子にふんぞり返っている。
ボン様達はさすがだ。背筋を伸ばして静かに式が始まるのを待っている。
学院長がカルミア様を案内して講堂に入ってきた。そして、来賓用の席にカルミア様が座る。女生徒達がざわめく。
「それでは、これから魔術学院高等部入学式を始めます」
司会はソフィアだ。
校歌や国歌の斉唱はないようだ。起立や礼もない。式は淡々と進んだ。
「来賓挨拶 カルミア様お願いします」
カルミア様が壇上に上る。女生徒達がうっとりと見つめている。
「学生諸君、入学おめでとう。私もこの学院の卒業生だよ。ここに来たのも久しぶりだ、懐かしいね。さて、この学院は、魔法や魔法陣の他に、いろいろな専門分野を学ぶための施設も知識も伝統も全てがそろっている。そして、ここにいるみなさんも、難関を乗り越えてここにいる。この出会いは貴重だよ。そして、自分を磨くチャンスでもある。君たちの未来に期待する」
ここで話を切り、学生達の反応を見ている。真剣な顔でその言葉を受け止めている者と、敵対するような目でにらみつけている者に分かれていた。
「今年は、私の娘であるサクラシアもここの学生になった。どうか仲よくしてやってくれ。娘は身分を気にしない。また、貴族の特権にも興味がない。誰とでも分け隔てなく接するだろう。気兼ねなく友達になってくれ」
ここで、咳払いが起きる。教授達の席からだ。貴族枠の教授達はどうやら風邪らしい。しきりに咳をしている。
「ひとつ忠告するよ」
カルミア様の冷気が漂う。窓枠が少し凍り付く。咳払いが止まった。
「娘によからぬ考え方や行為を押しつけるような輩は、サクラの騎士が許さないよ」
会場が凍り付いた。
パチパチパチと拍手が起こる。何事かとそちらを見ると、ディスポロ商業公国の公太子が立ち上がって拍手をしている。刺激がある事件が起こらないかと期待していたやつだ。
「おもしろい。こうでなくては魔術学院ではないよ。カルミア様、その騎士に挑戦してもいいですか」
「ああ構わない。その騎士は強いよ。絶対に誰にも負けないよ」
カルミア様がニコニコ顔でそう言った。勘弁して、その騎士って、絶対に私のことでしょう。
王太子がまた1人立ち上がった。シエン州国だ。
「おれも挑ませてもらおう。そして、ここで宣言する」
隣にいる婚約者を見た。
あ、だめ、やめて、それやめて!
「おまえとの婚約を破棄する」
婚約者がフンとそっぽを向き、
「よろしいのですか。後悔しますよ」
そう言って、会場を出て行った。
また1人、立ち上がる。レオーフ州国だ。
「私も挑ませてもらおう」
そして、やはり婚約者を見る。
いや、だめだから、たくさんの人が見ているでしょう。
「婚約破棄だ」
婚約者が黙って、王太子を睨み付ける。
また1人立ち上がった。ウィルド州国だ。
もう、かんべんして。お願いだから。
「当然、おれも挑むぞ。そして、おまえとは婚約破棄だ」
隣にいる婚約者にそう言い放つ。
「おもしろいわ。どれだけできるか見ていてあげる」
その婚約者がにやりと笑った。
「その勝負、受けたわ」
いつの間にか、サクラさんが壇上にいた。カルミア様は来賓席でにこにこしている。
「もし、私の騎士に勝てる人がいたら、その人の要求をひとつ聞いてあげるわよ。どんなお願いでもいいわ。だって、私の騎士は、絶対に負けないもの」
そう言って、ものすごいどや顔をした。
「サクラシア様、ご提案があります」
ソフィアさんだ、今度はなんですか。
「さすがにこれから挑んでくる方を全て相手にしているのは時間の無駄です。なので、どんな内容でもいいので、10人勝ち抜いてきた人の挑戦を受けるというのはどうでしょうか」
「そうね、私の騎士も暇ではないから、その提案採用よ」
私抜きでどんどん決めるのやめてください。
その願いが叶うことはなく、いつの間にか生徒会主導で試合をする方向で話がまとまっていった。
生徒会がやること多いぞ。生徒会長大丈夫か? あれ、いないぞ。
「生徒会長が体調不良で退席しましたので、挨拶は割愛します。学院長の挨拶です」
「うむ、今年は楽しい学院になりそうじゃ、わっはっはっは。終わりじゃ」
何ですかその終わり方。もっと、しっかり締めてくださいよ。私への配慮はないんですか。
他の学生達は、何が起こっているのか分からないだろう。すまない。
ポカンと口を空けたまま、成り行きを見守っている学生達に手を合わせる。
こうして、大騒ぎの入学式が終わった。
疲れ切った心と体で、フラフラしながら会場から出ると、そこにあいつがいた。イローニャだ。
「おまえも本当に大変だな。同情するぞ。それから、ストラミア帝国の学生のことはおれに任せておけ」
そう言って去って行った。ホントにイローニャか偽物じゃないか。
「カナデさん。ボクもいますよ。大丈夫です」
ジェイドが花が咲くような笑顔で待っていた。
うん、何とかなるかも知れない。何となくそんな気持ちになってきた。ジェイドは魅了の魔法使いなのかも知れない。
こうして、波乱の学院生活が始まった。
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