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002 森の中

『大樹の森編』の続編になります

 



 ベニザクラ『白銀』は、歩行型のまま森の中を進んでいる。昨晩は、森の中で簡易宿泊型になって夜を過ごした。もともと、宿に泊まるつもりはない。なぜなら、ベニザクラ『白銀』はどの高級宿よりも快適に過ごせるからだ。


 エルが作製したユニットは、どれも一級品だ。特に、トイレとバスルームのユニットがすごい。


 トイレは温水シャワー付きの便座が採用されている。しかも、男女別々の仕様だ。


 お風呂も男女別々で、シャワーまで完備されている。へたな宿よりも、数倍充実した設備になっている。


 宿に泊まれば当然貴族の使い達が部屋に押しかけてくる。しかも、その町の領主が、ぜひ食事でもとしつこく要請してくるだろう。その(わずら)わしさもないので、まさに天国なのだ。




 エレウレーシス連合王国がある新大陸の南西側や南東側は、広大な森が広がっている。魔力草(まりょくそう)がどんどん成長し、森を活性化させているからだ。


 ストラミア帝国がある北西側は、砂漠化が進み始めていて、森が縮小している。これは、魔素の(かたまり)である『木魔(もくま)』を大量に伐採(ばっさい)したために起きている現象だと思われる。


 実際に行って調べたわけではないのでこれは私の推測(すいそく)だ。


 魔素は『木魔』が放出している。そして、その魔素を取り込んで魔力草が成長する。その魔力草を食べた動物や魔物が、体内に魔素を溜め込む。


 人間や強い動物や魔物は、その魔素を食べた草食生物を食べてやはり体に魔素を取り込む。


 その動物たちが死んだり霧散(むさん)したりすると、魔素は土に帰る。そして、その魔素を魔木が取り組む。


 きっと、地球の植物が二酸化炭素を取り込んで酸素を放出しているような現象が、この世界でも起こっていると考えられる。


 ストラミア帝国は、その大切な魔木を燃料として使ってしまった。なので、魔力草が育たないその地域は砂漠化が進んでいるのだろう。


 魔物でも、魔草でも、魔力を取り込んだ生物は、取り込めない生物よりも強い生命力を持つ。これは、入り口の町に住む人間にもあてはまるのかも知れない。




 森は豊かで多様性に富んでいる。大樹の森のように、強い生き物が生き残った環境ではなく、いろいろな生物が共存して成り立っている森だ。


 うん、おれの基礎研究(だましい)()がともりそうだ。いかんいかん、自重しなければ……。


 人々は、元気がいい魔力草や魔物たちと戦いながら、人が生活できる場所を開墾(かいこん)してきた。なので、どの町も、何らかの城壁で囲まれている。


 その町の領主は、独立した権力を持ち土地を(おさ)めている。王都までの道のりには、そんな町が数多く点在している。




「やっぱりいました。馬車が1台と魔動車が1台です」


偵察に出ていたリーウスとイグニスが戻ってくるなりそう報告をする。


「この町は確か、エレウスで一番小さくて道路からも離れた場所にありますよね」


 エルが信じられないという顔で首を(かし)げた。


「これは駄目(だめ)なパターンね。やはり全ての町に、いや、全ての集落にまんべんなく配置されているわね」


 シンティが腕組みをしながら「うんうん」とうなずいている。


「まるでグライヒグの戦法みたいな完璧さですね」


 私も遠い目をしてそう言うしかなかった。




 道路沿いの大きな町には、当然貴族達の配下が待ち構えていることは予想できる。なら、少し離れた場所ならいないのではないか……そんなかすかな希望をもって訪れてみた町だ。


「でも、これで覚悟は決まりましたね。ここから王都まで全て森の中を進みます」


 サクラさんが再び宣言をする。


 全員が、やれやれと言う表情でうなずいた。




 なぜ、道路を進まないのか。それは、故障したり壊れたりした馬車や魔動車が至るとこに止まっているからだ。つまり、助けを求める()りをして、あわよくば同乗させてもらおうという魂胆(こんたん)なのだ。貴族も商人も本当に(たくま)しい。


「助けたら助けたで『ぜひお礼がしたい』としつこいだろうし、助けないで無視したら『なんて冷たいんだ』と苦情が来ますから仕方ないですね」


 エルはいつでも冷静だ。でもその通りだよ。




 さて、そうと決まればおれにはやることがあるのだ。


「すまん、おれは時々別行動をさせてもらう」


「ああ、例の魔道具の実験ですね。でも、すごい発明ですよ。連絡の概念(がいねん)がガラッと変わりますね」


「まったくよ、これが普及(ふきゅう)したら伝書魔鳥の出番がなくなるわよ」


 エルとシンティは興味津々(きょうみしんしん)だ。




 この世界の連絡は、案内人が運ぶ手紙の他に、伝書魔鳥がいる。賢魔鳥(けんまちょう)ほどではないが、かなり賢いので、指名された場所に確実に届けることができる。


「まあ、まだ実験だからな。どのぐらいの距離まで魔波(まは)が届くのかを見極めなければいけないから、実用化まではほど遠いな」


 ツバキさんと冬の間に実験を繰り返した。いろいろな伝導性のある魔石を試してみて、使えそうな種類や種族をより分けた。


 そして、ある種族の魔石に体内魔力を込めながら話すと、数キロメートルぐらいなら、声が届くことが分かったのだ。それを改良に改良を重ね、数十キロメートルまで距離を伸ばすことができた。


 まあ、これでも画期的であり、ツバキさんは「革命よ」と大興奮(だいこうふん)だったが、エレウレーシス連合王国の王都となると、距離的には使い物にはならない。


 あきらめかけたときに、つくも(猫)が、ヒョイと神力を込めたら、数百キロメートルは問題なく届くことになったわけだ。


 入り口の町から王都までは直線距離なら900キロメートルほどだ。魔石が5個もあればきっとリレーしながら通信することが可能になる。


「わかりました。なら丁度いいです。いっそのことまっすぐ進んじゃいましょう」


 会話を聞いていたサクラさんが、全く問題がないよと言うそぶりでそう提案した。


「まじっすか」


 リーウスが真っ先に反応した。


「サクラ、まっすぐって言っても、湖よ。森の中じゃないのよ」


 シンティも地図が頭に入っている。ルートとしては、湖の岸に沿った森の中をシャカシャカと進むのが妥当(だとう)だ。


「風の道で行くもの、ひとっ飛びよ」


 サクラさんが、「そんなの簡単よ」と手をひらひらさせてそう言う。


「……」


 誰もが無言だ。湖の上だ。下は水だ。落ちたら沈んでしまう。


「サクラさん、みんなちょっと不安みたいですから、予定通りのコースで行きませんか」


 ここは、私の出番だろう。サクラさんの暴走を止めるのもパートナーの役目だ。ナツメさんがそう言っていた。


「そうなの、だって、どうせ空飛ぶんだもの。水の上だって同じよ」


 サクラさんがしぶしぶ了承(りょうしょう)する。


 でも、確かにそうだ。私とサクラさんだけの時に1回実験してみよう。それが可能なら、移動がかなり楽になる。




「では、状況を確認して今後のルートを決めます」


 恒例(こうれい)になった、エルが進行役の作戦会議が始まった。


 シンティが黒板を用意する。チョークも、赤、青、黄色の色が加わった。後は、緑色ができれば日本の学校と同じになるぞ。


「今の位置を確認します」


 シンティが地図が描かれた紙を黒板に貼る。さすがに磁石はまだない。()()き草の粘液(ねんえき)を固めた物を使う。


「現在位置が、この辺です」


 エルが指さした場所はアステル湖北東だ。湖は丸みを帯びた星形の形をしている。また、その面積は新大陸最大になる。星形の頂点から頂点まで直線で700キロメートルはある。


 この北東の頂点には、船の発着場がある。王都近くの船着き場まで、その船で行くこともできる。馬車と比較するなら、陸路の3分の1の日数で移動できるのでかなり便利だ。ちなみに魔動車なら8日間ぐらいで移動できる。


「王都までの船着き場があるのがこの辺です。私達がいるのはそこから150キロメートルほど離れた場所にあるこの小さな町です」


「当初のルートからずいぶん離れてしまったわね」


 マーレさんが地図を見ながら隣にいるクエバさんに話しかけている。そう言えばさっきから無言だ。不気味だ。


「船に乗りたい……」


 そっちかー!!


「無理です。船にベニザクラ号は乗れません」


 エルが冷静に対処する。


「ならあきらめる」


 うん、言ってみただけなんですね。


「で、これから行く道はどこなんだ」


 イグニスがそう言うと、みんなが地図を見た。


「この森の中よ」


 サクラさんが、濃い緑色が塗られた場所を指さした。


 全員が、ゴクリとつばを飲み込んだ。


濃い緑色の場所は、深い森林地帯だ。大樹の森の6層ぐらいの脅威度(きょういど)になる。ここに生息する魔物も、C級からS級まで生息している。大樹の森よりも魔物の強さは弱くなるが油断できる場所でもない。


「まあ、仕方ねえな。行くしかないな」


 イグニスが「にやり」と笑う。他のメンバーも「にやり」としながらうなずく。


 風の森パーティーは冒険者だ。本当はワクワクしているに違いない。


 そういう私も楽しみで仕方がない。基礎研究の宝庫がここにもある。この異世界はやはり私の理想郷だ。神様ありがとう。




 * * * * *




「ツバキさん、私の声が聞こえますか」


「カナデ君ね、聞こえるわよ。今どの辺りなの?」


 私はいま、入り口の町から300キロメートル程離れた場所の森の中にいる。ベニザクラ号は、小さな町から50キロメートルほど移動した森の中で、完全宿泊型の姿になっている。


 つくも(猫)の神装結界が張られているので、外からは見えないし、この時間にこの森の中にのこのこ入ってくる人間もまずいない。なので、サクラさんのやりたい放題だ。


「入り口の町から300キロメートル程離れた場所です」


「まだそんな場所なの。どうしたのずいぶんゆっくりじゃない」


「いろいろありまして、まあ一番は、有力貴族達の面倒事を避けるためです」


「父から警告文が出ているはずなんだけどなー。まあ、他国の貴族が守るわけないか」


「はい、どうやらそのようですね」


「でも、300キロメートルは問題なく通信可能なのが確認できたわね」


「はい、なので、これからも300キロメートル事に、例の魔石を設置していきます」


「分かったわ、父にもそう報告しておくわね」


「はい、よろしくお願いします」


「じゃ、時間も今日ぐらいで予定しておけばいいかな」


「そうですね。たぶんそれで問題ないと思います」


「わかったわ。サクラはどう」


「嬉しそうですよ。生き生きしています」


「ふふふ、でしょうね。それに、ねこちゃんもあなたもいるし、何の心配もないわ」


「そこはなんとも……。暴走を止める役割だけは難しそうです」


「私達の家族の誰も止められないもの、そこは心配しなくていいわ」


「そう言ってもらえると少し気持ちが楽になります」


「ふふふ、カナデ君も学院生活を楽しみなさい。きっと、あなたが望むものもそこにたくさんあるはずよ」


「はい、わかりました。では、今日はここまでで」


「ええ、次の定時連絡も楽しみにしているわ」




 さて、300キロメートルごととなると、5日の行程になるな。またみんなと相談だな。


 幹が太くて周りの木よりもかなり高い魔木のてっぺん近くに、通信用の魔石をセットする。つくも(猫)の神力が込められた魔道具だ。木に登る魔物や魔鳥が来ても逃げていくだろう。


 さて、みんなが待っている。ベニザクラ号に戻るとするか。


神装力(しんそうりょく)第三権限開放」


「神装身体強化発動」


 イメージ、100パーセントだ。


「神装力 風の道」


 クルクルッと手で風の渦を作りそれを手前に放り投げる。


 白銀に輝く風の渦のトンネルを作る。神力の風の道だ。地上から30メートルほどの高さに数キロ先まで浮かんだ状態で続いている。


 周りは真っ暗だ。誰も見ていない。


「うん、おれもやりたい放題だ」


 ここからベニザクラ号までだいたい250キロメートルだ。100パーセントの風の道なら、たぶん1時間かからないで到着できるだろう。


 エルの作ったユニット風呂は最高だ。ゆっくりお湯につかってのんびりするか。


 私はポンと風の道に飛び込んだ。


 空に輝く星の光が全て線になった。





次話投稿は明日の7時10分になります

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