018 キリヤ島の玉座 ★
★ ★ ★ ★ ★ (ボン様視点)
私は、何かいい解決方法がないか思案していた。
「クラート、どうにかしてこの屋敷を抜け出したいんだが何とかならないか」
「無理です。至る所に見張りがいます。絶対にこの屋敷から出すなと言う指示が出ているようです」
「やはり、タリチャート公爵の手のものか」
「多分そうです」
「一体何が起こっているんだ。クリシスが突然婚約解消を申し込んできたと言っているが、絶対にそんなことはないはずだ」
「はい、クリシス様ご本人ではないようです。どうやらテロピール様が言っているようです」
「ふざけた話だな」
コンコンと窓の外で音がした。
私はクラートと顔を見合わせた。二人に聞こえたようだ。聞き間違いではない。
クラートが用心をする。外に向かって叫んだ。
「誰だ、外にいるのは」
返事はない。クラートが窓を開けて確認をする。
「殿下、特に異常はありません。そら耳だったのでしょうか」
「二人が聞いたのだよ。それはないだろう。鳥だったのかも知れないね」
突然、空間が揺らいだように見えた。
クラートにもそう見えたようだ。
「ボン殿、何かがいます。私の後ろに隠れてください」
クラートは優秀だ。とっさに私の身分を隠してくれた。
指示通りに後ろに隠れて様子を伺う。
「殿下、ソフィアでございます。高貴な存在のお力を借りて今ここにおります」
揺らぎがあった場所から、ソフィアの声がした。しかし、姿は見えない。どういうことだ。それに、ソフィアは旅行に行っているはずだ。そう報告を受けている。
「確かにソフィアの声だが、姿を見せない相手を信用するわけにはいかないよ」
「ボン様、クリシスの好きなケーキは、王城で作られた豪華なティラミスではなく、農場で作られた甘い苺がのったショートケーキでございます」
どうしてその事を知っている。
小さいときの話だ。なんとか彼女の気を引きたくて、お茶会に招待をしていたときがある。その時に、側近たちの言いなりになり、豪華なケーキをいつも用意していた。
しかし、彼女はいつも半分食べ残して帰って行った。不思議に思い、側近に理由を尋ねると、
「女性とは、太ることを気にするのですよ」
と笑い飛ばされた。しかし、この国はカロスト王国だ。武術と剣技に価値を置く貴族の国だ。ましてや、彼女は剣技の貴族だ。毎日鍛錬をしているのだから太るわけがない。
不思議に思ったが、側近達は豪華で甘すぎるケーキしか用意してくれなかった。そんなとき、ソフィアがそっと教えてくれたのがさっきの言葉だ。
ふっ、そうだったな。このことは私とソフィアしか知らないことだ。
「そうだったね。わかったよ。君は間違いなくソフィアだよ」
私の言葉を聞き、クラートの威圧が少し和らいだ。
「ボン様、姿を現してよろしいでしょうか。高貴な方も一緒にいます」
うなずくしかあるまい。クラークも剣を引いたが、私の前からは動かない。律儀な男だ。
突然、本当に突然だ。ソフィアが見えた。なんと言うことだ、浮かんでいる。その隣には、猫と知らない男が浮かんでいる。あの猫はなんだ。
猫と男とソフィアがゆっくりと床に降りてきた。
「殿下。神獣様と探求者様です」
ソフィアが跪いた。
なんと言った、今神獣様と言ったのか……。宙に浮いている猫。あわてて、我々も跪く。
「俺様の神力を前にして怯えないとは、よい護衛を従えているな」
猫がしゃべっている。そして護衛を褒めている。言葉を操る強獣、やはり神獣様だ。
「殿下、このようなところからの突然の訪問をお許しください。クリシスのことでご相談があります」
くっ、その事か。
「殿下、これから私と一緒にサクラシア様と会っては頂けないでしょうか」
私はクラートの顔を見た。まさに、今その事で困っていた。ここから出られないのだ。
「今この屋敷を抜け出すことは、事象があり難しいのだよ。たぶん、そちらの話と関係があるだろう」
すまない、くやしいが、どうしようもない。
「神獣様のお力をお借りすれば、何の問題もございません」
ソフィアが断言した。何事にも慎重な彼女がここまで言い切るとは……。そうなのか。問題ないのか。
猫を見た。後ろ足で耳をかいていた。探求者を見た。うなずいている。信じてもいいのか。
「わかった。クラート1時間だけ誰もこの部屋に入れないをお願いできるか」
「わかりました。何とかしてみます」
不安そうだな。無理もない。相手が相手だ。
「ふん、この人形に声を吹き込め、おまえの代わりに答えてくれる」
猫が何かを投げてきた。受け取ってみるとそれは猫の人形だった。よくできている。そっくりだ。しかし、これをどうすればいいのだ? 私が困惑していると。
「『今忙しい後にしろ』と、人形に話しかければよいのです」
ソフィアが使い方を教えてくれた。
言われた通りにすると、人形がほわっと光り「いまいそがしいあとにしろ」としゃべった。
なるほどこれは便利だ。クラークもホッとしている。これなら時間が稼げそうだ。
「神獣様、お願い致します」
「こっちは大丈夫そうだね。じゃ私はクリシスを迎えに行くよ。向こうで落ち合おう」
探求者殿がクリシスの所に行ってくれるのか。すまない。よろしく頼む。
「分かりました。わたしも殿下に何が起こっているのかを説明しておきます」
「うんよろしくね」
探求者殿が、突然消えた。
何なんだ、何が起こっている。
ソフィアからだいたいの事情を聞いた。テロピール、貴様は絶対に許さない。覚悟しておけ。
どこだここは……。キリヤ島なのか。
いつ着いた、屋敷を出て、数分だぞ。
何もない、砂浜だけだ。だまされたのか?
ペンダント、ああ、さっき渡された猫の形をしたやつか。
魔力をながせだと。
……。
なんなんだこの車両は、どこから現れた。樹魔車両なのか。でも、大きすぎる。
入り口に足を踏み入れたときから、すでに勝負は付いていた。圧倒的な美を放つ装飾に目が奪われる。そのまま、サクラシア様が待つ王の部屋に入る。
目の前に、玉座に座る女神がいた。
夜だというのに、部屋の中は昼間のように明るい。煌びやかな装飾が部屋を埋め尽くしている。ただお金をかけただけの豪華さではない。
オークションの最後に登場するような見ることもかなわない希少素材が惜しげも無く使われているのに、そこにあることが自然に見えるような洗練された装飾が施された調度品がバランスよく配置されていた。
飲まれるな、王族としての感覚がそう警告している。しかし、無理だ、神獣様の奇跡を体感してしまった。そして、この部屋だ。ここはキリヤ島だぞ。なぜ、王の部屋がある。
ん、なんだ、装飾の方から声が聞こえるぞ。この声には聞き覚えがある。ソフィアと一緒にいるときに時々聞こえてくる声だ。「たのしい」と言っている。
ふと、傍らにいるソフィアを見る。花の咲くような美しい笑顔で笑っていた。
心がふっと澄んでいくのが分かった。
「やっぱり、ボン様にも聞こえるんですね。なら、ボン様はこちら側にこられる資格があります」
何を言っているんだ……。
「カロスト王国の王太子よ。よく来てくれました。さあ、話し合いを始めましょう」
玉座の女神が、鈴が転がるような声でそう言った。
「サクラシア様、事情はだいたいソフィアから聞きました」
クリシスを見ると嬉しそうにうなずいている。
やはり、クリシスは美しい。
「ソフィアとクリシスを助けていただき、ありがとうございます」
静かにゆっくりと、深々と頭を下げた。
「私達はこれから学友になるのですよ。親しき友を助けるのは当然です」
椅子に座るよう勧められた。本当になんなんだ。王城にもこんな美しい椅子はないぞ。
「現状を整理します」
側近か、若いな。それになんだ、あの緑色の板は。
「殿下に許されている時間は後40分ほどです。効率よく話し合いをまとめたいのでご協力をお願いします」
優秀な文官だ。状況をよく理解している。
「まず、殿下のお気持ちを確認します」
「ボンシュタント、あなたの本心を話してください。そうすれば、我々が手助けをしましょう」
クリシスとソフィアを見つめた。澄んだ目をしている。
「私は、クリシスとの婚約を破棄するつもりは全くない」
「私は、クリシスを愛している」
この言葉に嘘偽りはない。これが私の本心だ。
「わかりました。なら、話は簡単です。対抗勢力はお仕置き……いえ、潰します。それで解決です」
いま、サクラシア様はなんと言ったのだ。潰すと言ったのか。無理だ、後にあの国がいるのだ。
「お言葉ですが、サクラシア様、そんな簡単な相手ではないのですよ。その貴族の後には、大国が付いています。とてもやっかいな国です」
サクラシア様が窓を見ている。
「ボンシュタント、その窓から下を見てみなさい」
本当に何を言っているんだ。ここはキリヤ島だぞ。下は砂浜しかないはずだ、そこに何かがあるのか?
「これは、いったい……」
窓の下には、星が見えた。どういうことだ……。いや違う。光だ。あれは家の窓の光だ。ここは空の上だ。
「貴族達が作り出している無駄な光です。大切な魔石の魔力を浪費しています。大樹の森の魔石が使われているはずです」
その通りだ。いったいいくらの予算を使っていると思う。
「私達は、10層に行きます。これは、もう確約です。あとは、どういう状況で行くかだけなんです」
考えろ。この奇跡の前では、今までの常識は通用しない。サクラシア様の言葉を分析しろ。おれは王族だぞ。
10層に行きます。確約です。どういう状況で行くかだけです。3つのヒントをもらっている。
確約なんだ。神獣様の力、サクラシア様の加護の力、探求者の存在。彼らには10層が見えている。
そうか、どれだけの協力者を引き込んで10層に行くのかを見極めているんだ。敵対した勢力は情勢に乗り遅れ潰れることになる。なら、私がとるべき行動は決まっている。
「私は何をすればいいんですか」
「今は何もしないでください。一緒に学生生活を楽しみましょう。もう、お友だちです」
了解した。
「殿下、そろそろ時間です」
「探求者様も、学友になるのかな」
彼がうなずいた。そうか、たのしい学院生活になりそうだ。楽しみになってきたぞ。
「サクラシア様、ひとつ心配な事があります。ストラミア帝国の魔動機関は、何か強力な武器を隠し持っているようです。それは、裁きの前に作られた物のようです」
母とストラミア帝国の魔動機関技師が話をしているの偶然聞いてしまった事がある。
「承知している。でも情報をありがとう。学友さん」
探求者殿が笑ったよ。全てお見通しか。かなわないな。
「おい、行くぞ。なにやら護衛が困っているようだ」
神獣様が呼んでいる。行くか。
一瞬だった。気がついたら私の部屋の中にいた。夢だったのか。
「殿下、いい加減開けてください。さっきから同じことばかりを言って、ふざけているのですか」
激しくドアを叩く音がしていた。おれは王太子だぞ。敬意はないのか。
「今開ける」
心底ホッとしているクラートに合図を送る。
「やっとですか、殿下の我が儘にも困ったものです」
ふん、おまえの不敬の方が困ったことだぞ。
「それで、何の用だ。私は今忙しい。手短に頼む」
「クリシス様の事です。あまりにも理不尽な一方的な婚約破棄です。ここは、殿下から見切りをつけて、こちらから破棄を申し出ましょう」
なるほど、クリシスがうんと言わないのでそういう作戦に変更したのか。
「断る。私はクリシスと結婚をする。これは確定だ」
「……」
「よろしいのですか。我々の後には、あの大国がいるのですよ。それに、女王陛下もこの婚約には反対されているのですよ」
ふん、母は関心がないだけだ。
「構わない。何とでも好きにしてくれ」
「嘆かわしい、これが次の王になる方の言葉ですか。これは、我々も覚悟を決めないといけませんな。あたなが次の王になるには、我々の力が必要なのですよ」
「ひとつ聞きたい」
「なんでしょう?」
「おまえは、これから確実に沈む船に乗りたいか」
「いえ、乗りませんよ」
「そういうことだ。要件はそれだけか。なら出ていけ」
クラートが嬉しそうに追い出していた。すまない、迷惑かけたな。
「ふふふ、あの女神は今頃玉座から滑り落ちているだろうな」
最後の方は素が丸出しだったぞ。慣れないドレスを着ていてさぞかし疲れただろう。でも、力は本物だ。周りにいる者も皆一流だ。
ソフィアは、仲間になったのか。そうか、なら応援しよう。ソフィアはいい子だ。よろしく頼むよ探求者殿。いや、学友殿か。
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