017 王太子との交渉
しばらくして、外につくも(猫)の気配を感じた。どうやら到着したようだ。サクラさんに目で合図を送る。
ガラッと、雰囲気が変わった。サクラシア・セルビギティウムの顔になる。
エルがユニット操作をする。サクラさんとクリシスは奥の部屋で待機だ。リビングが豪華な装飾を施された入り口になった。
そこに、ソフィアの案内でカロスト王国の王太子殿下が登場した。
きっと、ねこちゃんペンダントの所でかなりびっくりしているはずだ。でも、本気モードの王族仕様型ベニザクラ号を舐めてはいけない。驚愕するのはこれからだ。
私は、入り口でぼう然としている王太子殿下をじっと見た。
さすがは王族である。かなり動揺しているはずだが何とか平静を保ったまま玉座のある王室に足を踏み入れた。
部屋の中に入れば、目の前にサクラシア様が座る玉座が見えるはずだ。
視線が釘付けになっている。きっと、女神がいるようにでも見えたのだろう。本当の姿を知ったらがっかりするかな。
王太子がふっと自然体になる。そして何かを気にしている。キョロキョロはしていないが、集中し思案している。
王太子がソフィアを見た。ソフィアは笑っていた。嬉しいようだ。
「やっぱり、ボン様にも聞こえるんですね。なら、ボン様はこちら側にこられる資格があります」
何を言っているのかはきっとまだ分からないだろうな。でも、決まりだ。王太子はこちら側に来られる人材だ。取り込むぞ。
「カロスト王国の王太子よ。よく来てくれました。さあ、話し合いを始めましょう」
頃合いかなと思ったのだろう、サクラシア様モードに入っているサクラさんがそう声をかけた。
「サクラシア様、事情はだいたいソフィアから聞きました」
そう言って、クリシスの方を見た。クリシスが嬉しそうにうなずく。
「ソフィアとクリシスを助けていただき、ありがとうございます」
王太子が静かにゆっくりと、深々と頭を下げた。
「私達はこれから学友になるのですよ。親しき友を助けるのは当然です」
サクラさんが椅子に座るよう勧める。パルト作の王族用の椅子だ。
ソフィアとクリシスも椅子に座り、いよいよ会談が始まった。
「現状を整理します」
エルが進行だ。シンティが黒板を持ち出した。
殿下が黒板を興味深そうに見ている。
「殿下に許されている時間は後40分ほどです。効率よく話し合いをまとめたいのでご協力をお願いします」
全員がうなずいた。
「まず、殿下のお気持ちを確認します」
エルがサクラさんを見る。
「ボンシュタント、あなたの本心を話してください。そうすれば、我々が手助けをしましょう」
王太子がクリシスとソフィアを見た。
「私は、クリシスとの婚約を破棄するつもりは全くない」
クリシスを見据えた。
「私は、クリシスを愛している」
クリシスが恥ずかしそうにうつむいた。
うん、貴族ってこういうのを恥ずかしくなくできるんだよな。すごいよ。
「わかりました。なら、話は簡単です。対抗勢力はお仕置き……いえ、潰します。それで解決です」
王子がポカンとしている。うん、気持ちは分かるよ。ごめんね。サクラさんにとっては、その貴族も大樹の森の魔物も大してかわらないんだよ。
「お言葉ですが、サクラシア様、そんな簡単な相手ではないのですよ。その貴族の後には、大国が付いています。とてもやっかいな国です」
サクラさんがベニザクラ号の窓を見た。シンティがその窓を開いた。
「ボンシュタント、その窓から下を見てみなさい」
何を言っているんだ。そんな顔をしている。王族のポーカーフェイスは崩れてしまったようだ。
王太子が窓の外から下を見た。そして、固まった。
地上には、見栄の象徴である貴族が作り出した光が輝いていた。ベニザクラ号は、いつの間にか王都上空にいたのだ。
「これは、いったい……」
「貴族達が作り出している無駄な光です。大切な魔石の魔力を浪費しています。大樹の森の魔石が使われているはずです」
大樹の森の魔石は一級品だ。貴族がこぞって買いあさっている。
王子が顔をしかめる。思い当たることがあるようだ。
「私達は、10層に行きます。これは、もう確約です。あとは、どういう状況で行くかだけなんです」
王太子が王族の顔に戻った。サクラさんの言葉の裏を考えているのだろう。
「私は何をすればいいんですか」
さすがだ、全てを理解した顔だ。
「今は何もしないでください。一緒に学生生活を楽しみましょう。もう、お友だちです」
サクラさんに戻りかけているぞ。シンティと同じ、時間限定のサクラシア様モードらしい。
「殿下、そろそろ時間です」
私がそう声をかけると、
「探求者様も、学友になるのかな」
と、いたずらっぽく聞いてきた。
私がうなずくと、にっこりと笑った。
殿下にも余裕が出てきたようだ。
「サクラシア様、ひとつ心配な事があります。ストラミア帝国の魔動機関は、何か強力な武器を隠し持っているようです。それは、裁きの前に作られた物のようです」
私は、エルとシンティと顔を見合わせた。そう、予想していたのだ。イローニャから譲られた魔動車を調べていたときに、違和感があった。燃費がよすぎるのだ。
この魔動機関なら、木魔や樹魔を根絶やしにするようなエネルギーは必要ないはずなのだ。
「承知している。でも情報をありがとう。学友さん」
私もにやりとしてそう言ってやった。
殿下が嬉しそうに笑った。
「おい、行くぞ。なにやら護衛が困っているようだ」
つくも(猫)がそう声をかけた。
つくも(猫)の風の道が屋敷に向かう。ここからなら一瞬だ。
殿下はスッキリした表情で屋敷に帰っていった。
「ふー、終わったわ。本当にこの格好は疲れるのよね」
つくも(猫)に頼んで、軽いドレスを作った方がよさそうだな。玉座から滑り落ちてバタバタしているサクラさんを見てそう思う。
シンティがご機嫌で『対抗勢力を潰す』と黒板に書き、そこに大きく赤いチョークで花丸を描いていた。
今日、4月10日は、サクラさんの誕生日でもある。彼女は17歳になった。エルフの記念日は1周期ごとになる。なので、誕生日パーティーのような特別なイベントは50年ごとに行う。
エルフとは、どうしてこんなにもゆっくりとした考え方で生きられるのだろう。
さて、あと2日で入学式か。なんか、荒れそうだぞ。
そんな予感を抱えながら、窓の下に広がる魔石が作り出している光をじっと見た。
次話投稿は明日の7時10分になります
『みてみん』にエレウス王都とアステル湖の地図を投稿しました
活動報告があります。よろしければご覧ください




