016 夜の訪問
2章が始まります
王都は、貴族街と平民街がしっかりと区別されている。それに意義を唱える者はいない。なぜなら、そのほうがどちらにとっても過ごしやすいからだ。
各国の貴族や王族の本邸も、この貴族街にある。カボーグ邸ももちろんある。サクラさんと私とシンティは今この屋敷に滞在している。
入学式まで後3日だ。カルミア様とビオラ様も入都している。なので、一緒に過ごすためだ。
カルミア様は、S級案内人でもある。入り口の町から王都まで、超高速ゾーンを使えば2日ぐらいで来られる。無理をすれば1日だ。ナツメさんはジェイドの件の時は1日で往復をした。どれだけ加護の力が強いんだろう。
「父様、来てくださってありがとうございます」
「サクラも元気そうでよかったよ。その別邸での生活には慣れたかな」
「はい、すごく静かでいい場所です。兄様さすがです。褒めてあげます」
ナツメさんが嬉しそうだ。
「カナデさんもありがとうね。いろいろあったみたいだけど、ぜんぶ解決できたみたいでよかったわ」
ビオラ様が話しかけてきた。
「いえ、全部これからですよ。ソフィアのことは聞きましたか」
「うん、ナツメから例の通信機で聞いているよ。あれは本当に便利だよ。何とか量産化できないものかな」
カルミア様が考え込む。
「種族が希少動物なので慎重にしたいです」
みんながうなずく。本当にやりやすい。
「今夜、そのカロスト王国の王太子殿下と交渉をします。つくも(猫)の力を借りたちょっと強引なやり方になりますが、格の違いは早めに知っておいてもらった方が何かと都合がいいので……」
ちょっと傲慢だったかなと、私が少し言葉に詰まると、
「ふん、その通りだ。圧倒的な力の差を見せつけることが重要だ!」
猫がソファーで尻尾を巻き込んだエジプト座りで豪語する。
「ねこちゃんかっこいいです」
天然少女が手を叩く。
これからやることを簡単に説明した。
「うん、その王太子殿下もきっとこちら側に付いた方が得策だと思うだろうね」
カルミア様が太鼓判を押してくれた。うん、大丈夫。決行だ!
サクラさん達が神装結界を使えるようになったことはまだ話していない。何しろ『人間やめますか』レベルの話になる。慎重に進めたい。
神装結界を使えない人たちからは、あの白い渦は見えないらしい。そして、触れることもできない。
ここは貴族街なので、貴族達の動きが気になる。大丈夫なのだろうか。私が思案していると、ビオラ様がそっと教えてくれた。しつこい接触もとりあえず心配しなくていいらしい。
なぜなら、王都までの道中の報告を聞いたカルミア様が、冷気を纏ったものすごい剣幕で、入り口の町にある各国の大使を呼びつけて拒否権を発動したからだ。
その剣幕に恐れをなした外交官が、自国に警告文を送ったのでしばらくはなりを潜めるだろう。
* * * * *
夜の貴族街は無駄に明るい。どの屋敷も富と権力の象徴のように灯りをともしている。
貴族街は道路を挟んで南側がエレウレーシス連合王国の州国王族や貴族達の王都での屋敷がある。カボーグ邸もここにある。
北側にストラミア帝国、カロスト王国、ナダルクシア神国の王都での屋敷があり、マイアコス王国、アルエパ公国、ディスポロ商業公国の王族や貴族達もここに屋敷を構えている。
カロスト王国の王族屋敷も無駄に明るい灯がともっている。その中にほどよい明るさの部屋がひとつあった。どうやらそこが王太子殿下の自室のようだ。
「ソフィア、あそこが殿下の部屋で間違いないね」
つくも(猫)の神力風の道で宙に浮きながらそう尋ねると、
「はい、間違いないです。そして、今部屋にいますね」
ソフィアがやはり宙に浮いた状態でそう答えた。
「どうする、さすがに壁を通り抜けることはまだできないぞ」
まだなんだ!
「窓からコンコンと、ノックしましょうか」
「怪しさ満開ですね。でもそれしか方法はなさそうです」
殿下の部屋は3階だ。きっとびっくりするだろうな。ごめんね。
ゆっくりと窓に近づく。認識阻害の結界を張っているので見つかることはない。
「いきます」
ソフィアが緊張している。震える手で窓を叩いた。
反応は直ぐにあった。
「誰だ、外にいるのは」
ソフィアが首を横に振った。殿下の声ではないようだ。
ガラッと勢いよく窓が開いた。護衛の剣士だろう、下をのぞき込んでキョロキョロしている。でも、チャンスだ。そっと、窓から部屋に侵入した。
「殿下、特に異常はありません。そら耳だったのでしょうか」
「二人が聞いたのだよ。それはないだろう。鳥だったのかも知れないね」
落ち着いた声だ。なるほど、この人が王太子殿下か。
つくも(猫)が少し空間を揺らした。
「ボン殿、何かがいます。私の後ろに隠れてください」
護衛が殿下の前に剣をぬいて立ちはだかった。この剣士機転が利く。とっさに殿下の身分を隠したぞ。
「殿下、ソフィアでございます。高貴な存在のお力を借りて今ここにおります」
ソフィアが、声を出した。相手に姿は見えないはずだ。
「確かにソフィアの声だが、姿を見せない相手を信用するわけにはいかないよ」
「ボン様、クリシスの好きなケーキは、王城で作られた豪華なティラミスではなく、農場で作られた甘い苺がのったショートケーキでございます」
王太子がふっと笑った。
「そうだったね。わかったよ。君は間違いなくソフィアだよ」
その言葉で護衛剣士の威圧が和らいだ。
「ボン様、姿を現してよろしいでしょうか。高貴な方も一緒にいます」
王太子がうなずいた。護衛も剣を引いたが、王子の前からは動かない。
つくも(猫)が認識阻害を解除した。
ソフィアと、その隣に私とねこが浮かんでいるのが見えるはずだ。
殿下と護衛が目を見張るが、特に大騒ぎはせず沈黙を守る。
「殿下。神獣様と探求者様です」
そう言ってソフィアが跪く。つられて二人も跪いた。うん、計画通りだ。
「俺様の神力を前にして怯えないとは、よい護衛を従えているな」
猫がしゃべっている。そして護衛を褒めている。
「殿下、このようなところからの突然の訪問をお許しください。クリシスのことでご相談があります」
殿下の表情が曇った。何か、心当たりがあるのだろう。
「殿下、これから私と一緒にサクラシア様と会っては頂けないでしょうか」
殿下が護衛と顔を見合わせた。
「今この屋敷を抜け出すことは、事象があり難しいのだよ。たぶん、そちらの話と関係があるだろう」
殿下が、くやしそうに言葉を絞り出す。
「神獣様のお力をお借りすれば、何の問題もございません」
そう断言するソフィアの自信たっぷりな表情を見て、殿下も思案している。私をチラッと見てきたのでうなずいた。
「わかった。クラート1時間だけ誰もこの部屋に入れないをお願いできるか」
猫が宙に浮きながらしゃべったのだ。神獣様であることは間違いない。ならば、逆らうわけにはいかないはずだ。
「わかりました。何とかしてみます」
「ふん、この人形に声を吹き込め、おまえの代わりに答えてくれる」
ねこちゃん人形を殿下に放り投げた。受け取った殿下が困惑している。
「『今忙しい後にしろ』と、人形に話しかければよいのです」
殿下が言われた通りにすると、ねこちゃん人形がほわっと光り「いまいそがしいあとにしろ」としゃべった。
なるほどと、それを護衛に預け、「神獣様、お願い致します」と深々と頭を下げた。
「こっちは大丈夫そうだね。じゃ私はクリシスを迎えに行くよ。向こうで落ち合おう」
「分かりました。わたしも殿下に何が起こっているのかを説明しておきます」
「うんよろしくね」
私はその場で認識阻害をかけ、神力風の道で窓からクリシスがいる屋敷に向かった。
「クリシス、カナデだよ。迎えに来たよ」
外からそう声をかける。直ぐに窓が開いた。事前に打ち合わせができているので準備は整っている。身代わりのねこちゃん人形も渡してある。
「じゃ、島まで送っていくからね。ちょっと、失礼するよ」
お姫様抱っこだ。下には何もない空中移動なので、慣れていない人は恐怖ですくんでしまう。うん、仕方ないのだよ。
「神装力認識阻害風の道」
透明な風の渦が、キリヤ島に向かって数キロメートルにわたって延びていった。
「ちょっとの間だから目をつぶっていてね」
クリシスが黙って目を閉じた。
20分ほどで、キリヤ島の砂浜に到着した。
「着いたよ」
クリシスをそっと下に降ろす。殿下はまだ来ていないようだ。きっと、事情の説明で時間がかかっているのだろう。
砂浜には何もなかった。クリシスが困惑する。
「クリシス、前に渡したねこちゃんペンダントを取り出してごらん」
クリシスが言われた通りに、金属でできたねこちゃんペンダントを取り出し握った。
「自分の魔力を流してごらん」
意識を集中させる。クリシスも魔力操作は苦手なようだ。
突然、目の前に紅色だが白銀に輝く完全宿泊型になったベニザクラ号が現れた。
このねこちゃんペンダントは、シンティの鍛冶能力で鋳造した神装結界を一時的に展開できる魔道具になっている。もちろん、つくも(猫)の神力が付与されている。
クリシスといっしょにベニザクラ号の中に入ると、サクラさんがリビングでソファーに座ってくつろいでいた。クリシスを見るとちょっと思案したが、座ったままで口を開いた。
「ごめんね、このドレス重たいのよ。動くの面倒で……」
おいこら、どこのおばさんだ!
サクラさんは、本気モードのドレスを着ていた。側でシンティがやれやれと首を振っている。
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